乾 坤容我静 名利任人忙
(旧)教育基本法(1947〜2006) 改正に反対した文化人129 名の声明 憲法改正反対(九 条の会こちら)          

また眞理を知らん、而して眞理は汝らに自由を得さすべし。
ヨ ハネによる福音書8章32節)

メディアはコミュニケーションの道具という素朴なイメージがあるが、もっともこの言葉は「中間」という意味であり、二つのものの間を取り次ぐという意味で はコミュニケーションの道具となるが、同時に最初は一つであったものを二つに分けるという効果ももたらす。メディアは、それがもたらす情報を共有し仲間意 識を持つグループと、そうしたものに無関心、あるいは反発するグループとの分裂をもたらす。メディアが発達すればするほどこの分化は進む。だから、メディ アの発達がコミュニケーションを豊かにするというのは幻想にすぎない。(佐藤卓己)

■ 富柏村の一連の写真画像はこちらで ご覧になれます。
■ 「はてな」の富柏村日剰・香港日記(テキストのみ)はこ ちらを ご覧 ください。

■最近のブログ化のご時世に敢へてブログ化せぬ日記を。の 心づもりでをります。敢へて全て讀むこと強ゐる日剩あつてもいゝのでは?と。
讀みにくいこと間違ひなきサイト乍ら今後とも御贔屓の程宜しくお願ひ申し上げます。

2000 年11月24日からおそらくあなたは番目の閲覧者です。

四月卅日(月)帰りがけに日用品の買い物で太古の商場ぶらぶらしていたら商務印書館の店頭に畏友・歐陽應霽君の『香港味道』という香港の食文化に関する本 4冊組の販拡で凝ったディスプレイあり(歐陽君自身もきっとこのディスプレイに参画なのかしら)。この本一組購入。ついでにジャスコの旭屋書店に寄れば書 店の規模と本の揃えの貧弱さのわりに充実したカメラ本の一角に『M型ライカとレンズの図鑑』(枻出版)なんてムック本あり。1,500円の本がHK $165は980円くらい余計に払っているわけで海外とは言え「高い」。帰宅してこのムック本など静かに本を読む。

四月廿九日(日)瑞西の時計商Audemars Piguet協賛で国際G1競馬QE II Cupの 開催日。……実はこの日剰を綴る卅日まで提供は同じ時計商でも、てっ きりPiagetだと思っていた次第。知名度と認知度からして、この誤解し ている方はあたしの他にも結構多いのでは? というわけで昼前にZ嬢と佐敦のPホテルで蘇州から来港のかつての競馬仲間I君と、I君と一緒に青島からいら したT嬢と待ち合せ晴れ晴れしくKCRの一等車で沙田競馬場。某倶楽部の有するボックス席でお食事&競馬観戦。国際G1開始日のボックス席はゲット難なの だが(キャセイパシフィック航空のマルコポーロのボックス席も同様)、Amexのコンセルジュにお願いしたところ上手く手配してくれた結果。最近の香港 ジョッキークラブのクラブ御用達葡萄酒は智利のSenta Helenaのカベルネソーヴィニョンの05年。1レース目から延々擦りもせず。第3レース(芝1200m、クラス2)でMedic Powerは今日も二馬身差で堂々の5連勝(1負)。今後の重賞レース楽しみ。第6レース(芝1400m、クラス3)では一番人気馬に続き単勝99倍と表 示のOpera MagicがMarwing師騎乗で同着二着に入る。電光掲示板に集まる視線。結果、複勝がHK$414で、一番人気単勝HK$49.50との連複がHK $4697.50もつく。Marwing騎手、第4レースでは「国士無双」なる馬で勝ってもいて南アフリカ代表として香港に凱旋の感あり。で本日の国際 G1は2レースあり緒戦はThe Champion Mile(芝1600m)で一番人気は三月にChairman's Trophy制し目下クラス1で三連勝中のGood Ba Baなり。アタシはThe Duke(星運爵士)の入賞は固いと見て、これを2、3着のいずれかの軸としてLinngari(南非)、Good Ba Baにダービー二着のFloral Pegasusの三連単で挑んだのだが大方の予想に反しAble Winが一着(配当はHK$330.50)。二着には調子が回復のJoyful Winnerが入りThe Dukeが三着。このレースでのAble Winの勝利から「Moore調教師がMick Kinane騎手招聘したことの意義」を見出せたら良かったのだが(結果論)。でAudemars Piguet協賛のQE II Cupなのだが何といっても人々の関心はドバイでDubai Duty Free Cup制したアドマイヤムーン(武豊騎手)に集まり一番人気。同じドバイでシーマクラシック制したVengeance of Rain(爪皇凌雨)に地元の期待。でアタクシは今年のダービー馬Vital Kingなのだ。だが本日の馬場は先行馬逃げ切りが続いておりマカオのカジノ王Stanley Ho博士のViva Patacaが優勢となり(Dr. Hoの持ち馬はもう一等、今年のダービーで9着と酸敗のViva Macauも参戦) アドマイヤムーンも第四コーナー手前で大外からドバイよろしく後方から渾身の追い上げ見せたが十頭立ての十枠で出だしも悪くペースは遅いし苦しい展開で三 着に食い込んだのが精一杯(日本馬は02年と03年にエイシンプレストンが二連覇)。で一昨年にこのレース制しているVengeance of Rainの二着も妥当ではあるが一着は結局、Viva Patacaが逃げ切り。各馬ゲートインの直後に観衆から「おーっ!」と唸り声上り何かと思えばスクリーンに第四夫人と一緒のDr. Hoの姿映し出され「いやな予感」したがViva Patacaの勝利に第四夫人は髪振り乱し歓喜極まりなし。でViva PatacaといえばMoore厩舎で昨年のダービーをC Soumillon騎手騎乗で制し昨季末にはMich Kinane騎手でCharter Cupも勝っていたのだ。だが本日は完全にno marking哉。で終ってみればMoore調教師がKinane騎手で今日の国際G1総嘗め(翌日のSCMP紙の競馬欄によればKinane騎手は Dr. Stanley Ho直々のご指名だったそうな)。日本では天皇賞でメイショウサムソンが皐月賞、ダービーに続きG1三勝目、で凱旋門賞狙うとか。で九レースまで「擦りも しない」状態でI君には申し訳ないがZ嬢と先に退散。帰途、レース結果を見れば結果的に「よくあるパターンで」馬券だけはすっからかんになる前に勝ってお いた最終レースの単勝がようやく当り(クラス2、芝1600mでEgyptian Era)軍資金の三分の一ほど回収。一旦帰宅して晩にZ嬢と湾仔のホテルで『ハロン』 編集長の斎藤さんと今回初めてお会い した香港競馬に詳しい(というか香港全般に、の)土屋さんと待ち合せ タクシーでJardine's Lookoutの益新に食 す。ワインはホテル近隣のWatson'sで購入の新西蘭はHawkes BayのWoodthorpeのSauvignon Blancの05年と米国加州Napa ValleyのBeringerのピノノワール05年。それに斎藤さんが競馬場で入手のSenta Helenaの三本で本日はかれこれ九時間くらい延々葡萄酒に酔っている。湾仔のホテルに戻りラウンジで一飲。ヘミングウェイよろしくライム味でフローズ ン=ダイキリのシュガーなし。斎藤さんから『競馬ブック』の今月15日号をいただく。斎藤さんの連載でドバイワールドカップの馬券が香港やシンガポールな どで発売されていること取り上げ日本でも日本馬参戦の国際レースなど馬券発売しては如何か、という内容でドバイの日に深夜、レース三連勝で一人欣喜雀躍の アタクシが深夜でこの喜びを誰と分かち合おうか、とドバイの斎藤さんの携帯にメッセージ送ったのがこの斎藤さんの文章にエピソード的に書かれていた次第。
▼石原慎太郎が阪神大震災について「主張の判断が遅かったから二千人余計に亡くなった」と発言したことについて本人は一昨日の定例会見で「ちょっと数字は 違ったかも知れないけど、佐々さんの受け売りでね」と「男らしくない」逃げ口上。佐々が歩けばテロが起きる、の佐々淳行はこれについて石原都知事に対し災 害時の初動の重要性を説く際に「二、三千人ほどが助かったでしょうね、と言ったかと思う」と述べる。こうした発言が軽口程度で本人が弁明を済ませ、それが 都民の間でさして問題視もされず。「美しい日本」まさに此処に在りき。
▼朝日新聞読書欄で佐藤忠男氏が「たいせつな本」の「下」で取り上げたのは太宰治の『津軽』。先週の長谷川伸の『沓掛時次郎』も興味深いが大宰で『津軽』 とは。映画評で「理屈を述べた文章の中にふっと私的な感慨を短く書き込んだりするのが面白い」のは大宰の影響だと佐藤氏。文章のリズム。

四月廿八日(土)曇。ムスティスラフ=ロストロポービチの逝去について小澤征爾は昨年12月の新日本フィルをロストロポービチが指揮した彼自身の畏友たる ショスタコービッチの8番が素晴らしかったと述べる。小澤氏がロ氏に最後にあったのはこの逝去のわずか1ヶ月前、3月下旬のロ氏80歳の誕生祝賀会だった そうで「彼は来世を信じ、楽しみだと言っていた。あの世で待ってくれていると思う」と(朝日)。いつもクラシックの巨匠が逝くとメールしてくださるO氏の 言葉を引用。
カザルス亡き後、チェリストといえばこの人。反体制運動・亡命、マ ルタ・アルゲリッチとの関係、話題には事欠かない人物。日本好きで神田神保町のロシア料理『ろしあ亭』には顔を出していた由。指揮者としても悪くないが、 やはりチェロ。神経質でない、チェロがもつ骨太感と男のリリシズムが最大限に発揮されていて心地良し。
とO氏の推薦は、バッハ無伴奏チェロ組曲集、ドボルザークチェロ協奏曲(この曲は何度も録音されておりカラヤン/ベルリンも悪くはないがグリーニ/ロンド ンフィルのものがベスト、と本人引き振りのハイドンのチェロ協奏曲集(アカデミー管弦楽団)の三枚。合掌。昼まで書斎片づけ。貰い物の南部風鈴あり。風情 あるが短冊の
やわらかに柳あをめる北上の 岸辺 目に見ゆ 泣けとごとくに 啄 木
という歌はいいが色合いなどいただけず、ふとライカの小箱があったので、これで短冊を作る。ライカ風鈴の出来上がり。午後、九龍で野 良仕事済ませ早晩に尖沙咀東。フ ランシスコ撮影器材店を覗く。ライカMのファインダーの近視補正用レンズが欲しいと思ったのだがHK$600という言い値も然る事ながら、この店の主人の 愛想の無さというかふてぶてしさが不愉快で店を出る。時々あまりに愛想のない例えばタクシーの運転手であるとかレストランの給仕とか、に遭遇すると「肉親 を日本軍に殺された……とか」とまず思ってしまうのはアタシだけかしら。「再開発」で変貌甚だしき尖沙咀の裏通りを歩き河内道(河内は大阪っぽいが越南の ハノイが河内と綴られる)の独逸麦酒のバーBiergartenに Bitburger一飲。Z嬢と待ち合せ。CitysuperのCook Deliで元八の野菜らーめん食す。Z嬢はちなみにオリエンタルカレー。晩に台湾 の雲門舞集(Cloud Gate Dance Theatre of Taiwan)の香港公演、今晩は今回の香港公演二晩目で「白」参観。必要最小限の大道具(ほとんどない)と経費といえばわずかに衣裳。香港のこの大劇場 で四晩満席の好況で入場料とてけして安からず(S席でHK$380)。劇団の収益で見れば雲門舞集はA+の評価となろう。舞台を収益率で見ることも大切。 浅利慶太の劇団四季ではないが林懷民という人も禅の坊さん風情でありながら、商売のできるプロデューサーとして超一流。けして時流に乗らず確固たる自分の 美学があるが、それが例えば大野一雄先生であるとか大駱駝艦とか山海塾とか「わかる人にはわかるがわからない人にはわからない」ではなく、誰が見ても「美 しい」と感動する「ぎりぎりのところ」で、しかも世界各地何処に持って行っても感銘のある表現芸術。香港のCCDCであるとか、この林懷民のここまでの現 代舞踏の商品化はできず。大したもの。今晩は舞台跳ねた後に林懷民氏が参観者と一問一答あり。この林懷民なる人、見た目寡黙な禅僧の如し、だがいったん喋 り出すと噺家かおすぎとピーコの如きゼスチャー多し。寡黙徹する方が演出としては良かろうに。寧ろ楽屋で、舞手らがお師匠さんが観衆と喋くり続ける間、化 粧落としたり着替えたりの最中に楽屋話で何を語っているのか、のほうがよっぽど気になるところ。

四月廿七日(金)ひどい胃痛。昨晩遅くから今日にかけて、で赤瀬川原平『鵜の目鷹の目』読了。今月初めに赤瀬川原平さん本人があたしに署名してくれた大切 な本。月内に読めたが、ついいつもの癖でいくつか本文に線を引いたり書き込みしてしまう。後悔遅し。で話の中にステレオ写真について、がありオリオン座の 写真がステレオで撮影されているのだが(藤井旭氏撮影)、赤瀬川氏はそれをStereo Viewerを使わずに裸眼で見ろ、と言う。ステレオ写真など見慣れた赤瀬川氏が藤井旭のオリオン座のこれを裸眼で見たのが最も感動した、と言うのだか ら、実はここ数日挑戦していたのだがいっこうに見えない。で今晩も半ば諦めていたのだが臥床前にぐびっとジャックダニエルを寝酒にキでひっかけて酔ったか らだろう、見事に裸眼でこのオリオン座のステレオ写真が立体に見える。ほんと見惚れる。いったん慣れると裸眼でのステレオ写真鑑賞は楽、というのは本当。 翌朝、白面でも見るには見えた、がやはり酔っている時のほうがずっと素敵。この本は凄く面白い写真鑑賞満載なのだが、これが「日本カメラ」に連載されてい た時はもっと面白かったはず。連載は連載だから、の命、ってものがあるはず。で一つ驚いたのが「最敬礼の問題点」という、1989年の先帝大喪の礼に集ま り陛下にお別れしようとする人たちを写した写真(土田ヒロミ)についての記述。大喪の礼という弔いの厳粛な場の風景を、これでもか、と写真の構図としての 面白さで語り尽くす。不敬!ととられても不思議でないほど著者の筆が冴える。左翼なんて人たちは足下にも及ばない、さすが「櫻画報」の芸術家としての「体 制からの距離」(反体制ではない)を見た思い。早晩に尖沙咀の香檳大廈で中古カメラ店冷やかしDavid Chan氏の店でSummicronの50mm(沈胴型)のレンズ尋ねる。現有のものが所謂「キズ玉」で、勿論値段もそれゆゑ破格だったが予想よかずっと よく撮れて気に入ってはいたがレンズ表面の摩耗はやはり気になり、DC氏の所有するSummicronはそりゃ上質で現有のキズ玉をこちらの言い値で買い 取ってくれ上玉を入手。明後日のQE IIはアドマイアムーンで決まりか、とDavid Chan氏。Z嬢と待ち合せ厚福街の雲南桂林過橋米線に食す。荃 湾の路徳圍での開業はもう何年前だったのかしら。この雲南米線が起爆剤となり荃湾で店賃が低かったことが幸いし路徳圍に中国各地の麺が集まる結果に。この 雲南米線は成功し今では尖沙咀や銅鑼湾などに十軒ほど支店有するに至る。香港文化中心にてLondon Symphony Orchestra(倫敦交響楽団)の演奏会。指揮はDaniel Hardingだ。公演に先立ちバイオリンの成員 で楽団のマネージャーだという団員がマイクを持ち壇上に現われる。一瞬、急な指揮者かソリストの交替か?と思う。この楽団とも何度も共演のチェロの巨匠、 ムスティスラフ=ロストロポービチ氏逝去の由。享年80歳。会場から失意のため息があがる。で倫敦交響楽団であるが「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」だかのアニメ映画音楽の演奏までしてしまうらしい。それはいいとして今晩はハーディングの指揮で最初はヴァイオリンにFrank Peter Zimmermannを招きベルクのバイオリン協奏曲。あたしにとっては難解、の一言。ただツィンマーマンのバイオリンの音色がきれい、と。で後半はマー ラーの5番。5番は二十世紀初頭にマーラーにとってウィーンでの絶頂期の作品で、もう「あれもこれも」のてんこ盛りであたくし個人的にはちょっと食傷気味 の70数分。第4楽章アダージェットをヴィスコンティの映画『ベニスに死す』の挿入で聴いたのがこの5番との出会いだったこと思い出す。この5番、とにか く「あれもこれも」で、とくに木管と金管にかなりの責任があり、そんじょそこらのオケが演奏すると大変なことになってしまふのだが、さすがLSOだけあっ て、このフルコースの料理を見事に「演奏しきって」みせた。アンコールなし。ハーディングは感激一入で何度も何度も深く礼をしながらも。真剣にマーラーの 5番演奏したら、もういいでしょう。

四月廿六日(木)安倍三世がメールマガジンで
長崎市長の銃撃に続き、都内などでも暴力団による銃撃事件が立て続 けに発生しました。こうした暴力の横行は、民主主義に対する挑戦であり、言語道断、断じて許すことができません。
と宣われる。このフレーズは普通。だがこれに続くところが
治安のよさは、日本が世界に誇る美徳だと言われてきました。ここに 傷がつくようでは「美しい国」とはいえません。国民の安全を守るのは私の責務、平和な生活を脅かす暴力を断固として撲滅します。
と「安倍らしい」。治安のよさ、が日本の美徳、なんて神話も神話。すでに傷はついていて、つまり日本は安倍晋三の言う「美しい国」なんてものぢゃない、っ てこと。「美しい日本の粋(すい)」 なんてバカな企画も進行中。ほとんど共同幻想の世界。今日の朝日は昭和の先帝に仕えた卜部亮吾侍従の32年間綴った日記の公開。1969年に侍従となり平 成になり侍従退任後も皇太后に仕え皇太后の大喪儀祭官長を務め02年に78歳で逝去。死の直前に日記を朝日新聞の岩井克己編集委員に託した由。5月から朝 日新聞より卜部亮吾侍従日記として刊行(入江相政といい徳川義寛といい昭和天皇を語る日記を託されるのがみな朝日新聞なのも興味深いが)。で卜部日記につ いて。靖国へのA級戦犯合祀への不満もさることながら自民党代議士・奥野誠亮の発言(昭和63年当時、国土庁長官)についても先帝は憂慮。日記には詳細は 記載されていないが卜部によれば天皇は「英国人や米国人にすら私の気持ちをわかってくれる人がいるに」と涙ぐんだという。天皇の靖国参拝中止がA級戦犯合 祀に直接起因することも「富田メモ」裏付ける記述あり。靖国神社の当時の宮司・松平某を卜部は「大馬鹿」と日記で罵る。さもあらむ。それにしても天皇とい う人が、例えば皇居で昭和44年にパチンコを天皇に向けて撃った奥崎謙三氏の『ヤマザキ、天皇を撃て!』が上梓されればその内容に関心を持ち、科学博では インドネシア館参観に対してオランダの反感を気づかいと、なんとまぁ大したもの。で、やはり不思議なのは本来、天皇に絶対服従しそうな保守反動右翼の政治 家であるとか靖国神社なわけだが、当時直接天皇の声が届かなかったにせよ、本来、彼らにとって天皇の不満をかうことほど恐れることはない筈で、天皇の不満 をかえば即刻、国土庁長官辞任どころか議員辞職で山にでも籠るか、靖国神社とてA級戦犯合祀を控えそうなもの。だがそうぢゃない、のが「日本の近代天皇 制」の興味深いところ。薩長の倒幕から実は天皇制なんてものは利用されているだけで身勝手なことばかり。それで逆に徳川さんの末裔が侍従長になり左翼とさ れる朝日新聞が侍従日記を託される。今上天皇は明らかに護憲派。だがトキの政府は改憲に躍起となるのも天皇の御意などまるで軽視、いや、無視されるから。
▼米国のVirginia Tech Collegeでの32人の銃殺は“In the biggest mass shooting in America's History”なのだそうな(The Economist 21/04)。はたしてそうかしら。原住民殺害とかもっとドンパチやっていたような気がするのだけど。
▼高橋悠治氏が21日に水戸芸術館でバッハをモチーフにしたピアノリサイタル開催。バッハの「パルティータ」の6番を高橋悠治が「断片化して組み合えた」 という「アフロアジア的バッハ」という作品は(朝日新聞の文化人類学者・今福龍太氏による評によれば)バッハの当時のヨーロッパの音楽に隠れていた、大西 洋交易に由来するアフリカ人奴隷のダンスのリズムや、モンゴル帝国を介した中国の数理論(12平均律の起源)などが、解体されたバッハから聴こえ出す、 と。でそれに続きパルティータの6番を高橋悠治が改めて弾くのだそうな。なんて試み。すごく聴きたい、と思うのだが水戸芸術館はそんな演奏を聴き終えて出 てきた市街が寂しすぎよう。かつての繁華街が空虚と化して何もないのだ。そのなかにかつての賑わった小学校移転して水戸芸術館。ほんとうに芸術館のまわり に演奏会のあと、ちょっと食事したり酒を飲む、余韻にひたる空間が皆無に近い。誰も人が住んでいないのだ。あれぢゃ寂しすぎる。巴里のオペラ座にせよ紐育 でも渋谷でも銀座の歌舞伎座でも、さて何処に寄ろうか、とその楽しみ。香港とて文化中心ぢたの建物は下品だが文化中心を出てば目の前にペニンスラホテル、 背後には香港島の百万ドルの夜景が見事でスターフェリーで香港に渡ろうかしら、と思案が愉快。そういう土地のなかに芝居小屋や音楽堂があってこそ。

四月廿五日(水)中環の香港赤十字の捐血中心にて三ヶ月に一度の習慣としての献血。香港の献血センターで献血中に槙原敬之の歌が「ぼくはキミの前ではぁ何 も言えないけど〜」だかとBGMで流れている。ちょっと血圧が下がる。東京から旧知の元編集者でライターのK氏来港。早晩に外国人記者倶楽部のバーで旧友 のカメラマンM氏とK氏とでハッピーアワーで鼎談。Z嬢も来て軽く夕食。晩に尖沙咀の文化中心で台湾の雲門舞集(Cloud Gate Dance Theatre of Taiwan)の香港公演あり参観。今 日の演目は「白蛇傳與雲門精華」
と題して林懐民氏が雲門舞集を始めた1972年から3年後 の作品である「白蛇傳」など人気演目集める。白蛇傳はちょっと今の雲門の演出とは違う支那趣味の「白蛇傳」という演題通り京劇モチーフにした舞踏。これに 続き1986年の台湾歌謡「煙酒歌」用いた軽快な踊り、紅楼夢から「春」と三本続き前半終了。後半はバッハの無伴奏チェロ組曲による「水月」は5番ハ短 調のアルマンドによる群舞、3番ハ長調のサラバンドによる男女二組、そして四番変ホ長調のプレリュードで黃珮華による独舞が印象的。最後は台湾民歌の御大 「陳 達」の歌う「思思起」を導入に先祖が台湾海峡渡った当時をモチーフにしたという(だが、どうしてもキョービ的には中国という巨大な波に挑む台湾と 思えてしまうのだが)「渡海」。洗練、禁欲さ、けして食傷を感じさせぬ情熱といった点で林懐民というこの舞踏団の主催者であり演出家の凄さにいつもながら 敬服するばかり。舞者が本当にこの林懐民の下にあることで醸し出す美しさ。ここを離れたら、その舞者がまるで羽根を捥がれたように何もなくなってしまうの かしら。

四月廿四日(火)大雨。最近、煮豆が好物。土井勝の「今日の料理」でも豆を煮るのは難しい、と言っていたが。黒豆の煮汁が身体にいい、と言うが、ウオツカ をこれで割っても美味。火曜日晩のオゾマシいテレビ番組にNHK歌謡コンサートというのがある。仕事片づけながらついこの番組が始まってしまい、これに今 晩のゲストで南こうせつ、が出演。新曲のプロモーションで、30年前の「神田川」も歌っていたが、司会との会話で70年代の騒然とした時代は「いろいろあ りましたね」「変動の時代でした」と南こうせつ。申し訳ないが「何も変わっていない」。それどころか「変わっていないのに変えたつもりでいること」が70 年代の齎した諸悪の根源。30年も「神田川」歌っていればいいんだからいいよね、とアタシが言うと「アルゲリッチもシューマンの「子供の情景」弾いてい る」とZ嬢。確かにそうだが「子どもの情景」には「神田川」のような「あの時代の思い出」など託されていないから、いい。だいたい「あたなは〜もぅ忘れた かしらぁ〜赤い手ぬぐいマフラーにしてぇ〜」と、実際には誰もそんなことした経験もないのに、若者が貧しかった時代、なんて時代を共有してしまって(アタ シも子どもながらに、そうだった)。そういえば、その「南こうせつ」氏が六月だったか朝日新聞香港衛星版が香港返還10周年を記念して(なぜだ?)南こう せつコンサートで来港の由。かつて「朝日寄席」と銘打った落語会の時に旧知の関係者に「朝日の定期購読者だろうがYomiurianだろうが誰でもどう ぞ、では定期購読者になんのpriorityもないじゃないのよ」と苦言した甲斐があったか、今回はまず定期購読の方優先らしい。きっとアタシは行かない が。なぜかと言えば、当時はあれでよかったが、今になって、あの時代を彷彿とか共有したくない。かぐや姫、赤ちょうちん、関根恵子が主演の映画は「神田 川」なのだが(数年前までずっと「妹よ」だと誤解)これを上映した頃はあたしは小学生で関根恵子の濡れた演技が見られなくてとても残念なのだった(テレビ ジョッキーで映画紹介を見たのかしら)……と語れば実はいろいろ思い出す。晩遅く夢野久作「江戸川乱歩氏に対する私の感想」という一文を読む。乱歩という 御大の推理小説への批評文を求められた久作は「私のような若輩が……」と恐縮しつつ、一連の乱歩物を読んだ久作は、なんと「日本人は直ぐに西洋人の真似を する」と語り始め「江戸川乱歩は要するにエドガア、アラン、ポーに対するエドガワ、ランポに過ぎないのかナ」と「それを言っちゃぁお終いよ」みたいなこと を平気で言うのだった。が久作は言う、乱歩の『白日夢』を読んで、乱歩の虜となる。
……白昼の人通りの中で、天日に顔を晒しながら、ダラシなく涙を流 す中年男……うす暗いところで開け放しにされている水道の栓……ドラッグの人形の奇妙な形と光り……その中に交った生ぶ毛だらけの実物標本……そのような ものが力なくつながり合い、重なり合いながら描き出す白昼夢の交響楽……事実以上のこころの真実……虚偽以上の自然の虚偽……その純な、日本風な、ヤルセ のない魅力に、私はスッカリ強直させられてしまいました。(略)
私は、こうして初めて乱歩氏の偉大さを知ったのでした。硝子窓が深 夜にワナワナとふるえるようなポーのペンに対して、眼の球が白昼にトロトロと流れ落ちるような乱歩氏の筆が対立している事を初めて知ったのでした。ポーが 地上に残したモノスゴイ薬品のにおいに対して、乱歩氏が生み出すオドロオドロしい黒砂糖の風味が存在している事を、生れて初めて教えられたのでした。
久作のこの筆致も見事というしかない。
▼報道記者のロベール=ギラン(1908〜1998)は戦前から戦後にかけて日本に長く駐在。ゾルゲ事件などへのかかわりが疑われ終戦直後の徳田球一ら共 産主義者の刑務所からの釈放など尽力するなどまさに20世紀のジャーナリストだが、彼 のことが朝日新聞の「新聞と戦争〜それぞれの8・15」という連載で紹介される。気になったのは彼の写真。ちょうどカメラを構えて写真を撮ろうとしている 姿なのだが、そのレンジファインダーのカメラが何か。これを一見してわかるほどカメラ知識もなく右手に隠れたところにonと見えたので一瞬Nikonでニ コンSか、と思ったが、ファインダーあたりのデザインが明らかに違うことくらいはアタシでもわかることで、赤瀬川原平さんの鵜の目鷹の目ぢゃないがルーペ で写真をよく見るとonはどうやらnonのようでキャノンでレンジファインダーはキャノン6Tで あった。いやぁそれにしてもロベール=ギランのこの、我々のお手本のようなカメラの構え方、ファインダーの覗き方、これならいい写真が撮れるな……と。
▼愛知県といえば管理教育の先鋒のように思われていたが愛知県犬山市が国の全国学力試験に 不参加。この不参加が東京都国立市であるとか「真の地方自治体」福島県矢祭町あたりの決定だと「なるほど」だが、なぜ犬山市なのか。でサイトで見てみる と、なんと犬山市は「犬 山市の憲法」なんて検討中で市民による地方自治をホントに実現しよう、と考えている。これなら国による教育への介入に対して疑問に思っても当然。 東の矢祭、西の犬山か。

四月廿三日(月)昼過ぎに野良作業の時間がふと半時間ほど空いてしまったので散髪。何年ぶりか、と思い起こせば、日本で何度か理髪店訪れたことがあるが、 それを除けば、少なくても6年ぶりくらい。ダダカンのように6年間ずっと髪を伸ばしていたわけではなく自分で整髪していたのだが、眼鏡もかけるようになり 帽子の似合う髪形にしたいとほんの少し髪を伸ばしていたので、さすがに自分で整髪できず6年ぶりに中環の新文華上海理髪公司へ。年老いた理髪師が十年一日 のごとく何も変わらず(ただ一人だけ引退か非番か、で見当たらず)黙って客の調髪続ける。ちょうど董建華の(あの奇妙な角刈りの)髪を切っていることで著 名な師傳の手が空いており、これに当たる。音量の小さなラジオの音色、あとは客の髪を切る鋏の音だけがパチパチと響く。床屋っていいなぁ、と。文華といえ ばMandarin Oriental Hotelにも理髪店改装再開の由(こちら)。早晩か なり久々にジムで一時間の有酸素運動。無印で小さめの整理ボックスなど購い帰宅。書斎の散らかりが目立ち気になっていたのでドライマティーニ飲みながら さっさと整理。書棚に敢えて見せようと置いてあるミニカーやライカのレンズなど覗き雑多なものを片づけ。名前失念の智利の葡萄酒とパスタ。テレビで阿部寛 『結婚できない男』最終回見る。赤瀬川原平『鵜の目鷹の目』少し読み臥寝。
▼朝日新聞の日曜の書評欄で太田越知明著『きだみのる〜自由になるためのメソッド』の紹介あり。「きだみのる」の名前を最初に見たのは子どもの頃に、いっ たい誰の本棚だったのかしら『気違い部落周遊旅行』の背表紙で奇妙な署名と「きだみのる」という平仮名の名前。だが実はこの人が山田吉彦という名前で 『ファーブル昆虫記』の訳者であった、とずっと後になって知る。であるから子どもの頃に「きだみのる」は『ファーブル昆虫記』で彼の役を読んでいたのだ。 そしてずっとこの人の名前など忘れていたのだが学生の頃に読んだ岩波文庫のレヴィ=ブリュル『未開社会の思惟』もこの人の訳。アタシにとって決定的だった のは『大陸をかける夢』だったか何かの戦前の大陸放浪の書籍の中で『モロッコ紀行』という書籍の紹介あり。ここに記すも憚られる興味深いエピソードもあ り。これがあの『気違い部落』と『昆虫記』の人かと思うと関心がやたら高まり、かなり探したが入手できず今日に至る。が、その探求の過程で同氏の耽美主義 的な小説『道徳を歪む者』もオンライン書店で入手。この『きだみのる〜自由になるためのメソッド』もさっそく注文する。
▼その書評欄で好きな連載が「たいせつな本」という著名人のむかし読んだ本についての随筆なのだが、それに映画評論の佐藤忠男氏が登場。香港映画祭ではア タシが今年は例年より映画見ていないからかも知れぬが佐藤氏にはついぞお会いせず、でご高齢ゆゑちょっと気になっていたがご健筆。それも、長谷川伸の『沓 掛時次郎』を取り上げた。昭和3年の新国劇が翌年に大河内傳次郎主演で映画となり股旅物が流行(……とさすがに佐藤忠男もここはリアルタイムでは見ていな い、が見ているように思えてしまうから)。で佐藤さんは、この「一宿一飯の恩義」の掟というものを納得したのは、と話が越南戦争に飛ぶから凄い。越南戦争 の頃にアメリカにいた日本の青年が米軍に徴兵され脱走というニュースから佐藤氏は「一宿一飯とは国家の兵役制の原理なんだ」と思い当たり古い仁侠物の芝居 が新しい物に見え、こういった話の筋は米映画のウィリアム=S=ハートの活劇の影響を受けている!とする。じつに痛快。さすが佐藤忠男。

四月廿二日(日)朝五時起床。大埔大尾督にて第16回High Wise 10k Road Raceあり参加。最初の参加はもう十年前かしら。10kmで最近は1時間かかって当たり前であったが、今 回は3月初旬の香港マラソンから5kg減であるから当然、身体は軽やかに走る。いつもスタート後にウォーミングアップとなるのだが、途中、目の前のラン ナーを次々と抜いてみたり(堤防の直線2kmで89人抜いたところまでは数えていたが)。で結局、手許の時計で56分くらいでゴール。応援に来ていたZ嬢 とレースのあと休日運行のバス275Rで新娘潭まで上り、ここから八仙嶺自然教育徑という山道に入りWilson Trailの131〜135を含む約5kmほどの山道散歩をして昼前に鹿頸に下る。深圳の徒花・沙頭角の中国側がさらに高層ビルが並んでいるのを眺める。 鹿頸からミニバスで粉嶺の聯和墟に至る。Jazz Ramenは 開いているかしら?と期待したが、なんと今月は営業日がわずか8日間の殿様商売! 山下洋輔や筒井康隆のユニットで「ジャズ大名」ってのがあった(関係な いが……)。で今日は休み。で山東餃子店で餃子食す。粉嶺か らKCRで九龍に戻りバスで香港島。按摩と背擦。帰宅して着替え晩に北角の香港殯儀館。畏友T氏の御母堂のお通夜にZ嬢とご焼香。何人かの最近ご無沙汰続 きの知人友人と再会。前回会ったのも某氏の葬儀でしたね、ではいけないね、と。寿司加藤。5年前だかに100km Trailをご一緒している旧知のH氏とばったり。

四月廿一日(土)朝寝貪り、といつても昨晩深更まで痛飲で寝たのが朝の三時半では睡眠不足で起きて昼まで在宅。昼すぎジムに一浴し早晩まで九龍で用事済ま す。帰宅してドライマティーニ一杯。Pink Floydのアルバム“Wish You Were Here”から“Shine On You Crazy Diamond”やアルバムタイトル曲を聴く。敢えて“Wish You Were Here”から、と言うのは最近はライブ盤でばかりこれらの曲を聴いていて原盤で聴くのがかなり久々であるため。でもやっぱりオリジナルがいい。日暮れに ドライマティーニを飲みながら、というのも、ましてリテラシい。沢山のキャベツと少しの豚肉で山芋をすり小麦粉を少し加えて、のお好み焼き。お好み焼きの 粉と称して山芋粉入りのものもあるが、やはり山芋はとことんすって「つなぎ」にほんの少しだけ小麦粉を入れるほうがずっと美味い。その具を溶くのも水では なく土佐鰹の生節でとった出汁。こうなると、いわゆるオタフクとかの「ソース」をつかうのも勿体ない美味さ。酒は薩摩の濱田酒造の「兼重」。濱田酒造というとこの数年、赤いボトルの 「海童」がかなり有名だが兼重は実に美味。割らずにそのまま、ぐいっ、と。お好み焼きもピンクフロイドとかWeather Reportとかの音楽を聴きながら。気分は福生のお好み焼き屋の「しんちゃん」を彷彿するばかり。入江さんのブログで「バブル20年 一回り」という文章を読む。秀逸。このあと晩はまだ続くがきっと泥酔しそうなので先に日剰は綴り済ます。おやすみなさい。

▼The Economistの先週号に仏蘭西大統領選挙の特集記事があり、それを読んでいて思ったのだが、都知事選について。石原慎太郎の得票は2,815千票と 次点の浅野史郎の1,693千票を1.1百万票も差をつけてはいるが有権者数が1千万人いると思うと、たった28%の都民の意志で選ばれた都知事がどれだ け都民の意志を反映するのか。浅野史郎の得票とて17%なのだが、投票を棄権した都民の中で石原を支持しない人も少なくないわけで、やはり仏蘭西大統領選 挙のように選挙結果で最高得票者の投票率が過半数に至らない場合は第2回投票を行うべき。French voters often use the second round to reject the candidate they dislike most, as much as to back the other. (The Economist Apr.14, 07)のように、だ。

四月二十日(金)晴。晩に或る宴会あり銅鑼湾の太湖海鮮城。 末席を汚す。隣席になったN君とどこからか建築の話となり(たぶん奈良ホテルの話から始まり)辰野金吾から安藤忠雄まで話す。あたしは個人的に好きなのは隈研吾の建築。山形の銀山温泉の藤屋、に泊まりたい。宴会終ってバーS。Murray McDavidによるSpringbankの1992年というボトルがキープしてあるのだが後から入らした知人のLongmorn -Glenlvetの1971年物を飲ませていただき、もうお一方のStrathisla(ゲール語?でスタラスアイラと読む)1987年、それに Highland Parkの25年物まで味わせていただく。幸せ。
▼陳方安生女史が“The Road to Universal Suffrage”なる政治提言を発表。本人も昨日の信報に文章を寄せたりするが世の中、龔如心の逝去と遺産相続にすっかり関心が向いており「香港の良 心」陳方安生女史もすっかり影が薄くなる。行政長官の選出での普通選挙実施については2012年という目標を中国政府も見据えたことで余り騒がずにという のが世論か。数年前までの香港政府に対する不満から普選実施が世論として高まった頃から比べるとだいぶ状況変わる。昨年の民主化要求デモに陳方安生女史が 参加し拍手喝采だった頃から比べても、である。

四月十九日(木)晴。昨日に続き加州か豪州の春秋の如き陽気。ネットで文二郎帽 子店にハンチング帽注文し実家にこれが届き母が先日、銀座トラヤ帽子店で中折れ帽購入の折りに帽子だけは受取り帽子箱のみ自宅に送付していたため 箱が実家にあったので、このハンチングをトラヤの箱に入れて昨日、郷里の郵便局より送ってくれたのだが、これが今朝九時に配達となり、その早さにかなり驚 く。また母が、この小包に富岡鉄斎の普陀落山観世音菩薩像の60円切手10枚、東郷青児のサルタンバンク60円切手1シート(20枚)を貼ったのも圧巻。    
▼昨日の龔如心の葬儀にて龔如心が億の遺産託した神秘の遺産相続人の素性顕になる。47歳の男性の風水師。葬儀では龔如心の遺影をもち喪主の扱い。風水師 として政財界大物顧客に多し。香港島半山区の豪邸に 住まい守衛5名、自家用車5輛有す由。龔如心もこの風水師かなり信奉。だが夫の間に子もおらぬとはいえ赤の他人への巨額の遺産贈与に龔如心の妹だの関係者 の間からは疑念、不満もあり(遺族も龔如心の会社関係者、私設秘書もこの風水師の存在すら知らず)今後この遺産相続がまた裁判沙汰になることも必至。龔如 心が昨年認めたというこの遺言状は龔如心の他に立会人ただ一人。その立会人は龔如心のオーナー会社である華懋集團の職員で、裁判となればたった一人の重要 参考人。華懋集團はさっそくこの職員にボディガードつけ24時間態勢で守衛の由。なんとも話題つきぬ話なり。(以下、翌日の報道)この風水師、龔如心に対 して夫の命は無事、香港の東の離島かどこかに軟禁されている、と告げ、龔如心がそれに期待よせ西貢の沖合の離島の廟に一緒に参るなどの経緯ある由。龔如心 を巡るこの一連の話、オペレッタとまでは言わぬがオペラ・ブッファでCosì fan tutteの如く軽快な舞台にしたら、さぞや愉快か。

四月十八日(水)早晩に中環。Color Six現像店にて写真現像受領。Aberdeen街のカメラ屋数軒冷かす。幸いに出物なし。一通り歩いてHollywood道歩きFCC のバーでドライマティーニ二杯。IHT紙など新聞数紙に目を通す。久々に心地よき黄昏時。本日の気温は朝の摂氏17度から28度にまで上がる。湿度26度 は香港の1965年の観測史上二番目の低さ。HMWでEnrico Carusoのデジタル編集のCD三枚組購う。先日ネット配信音楽でVesti la giubbaが流れアタシですらCaruso、と判ったが、傷音なく「?」と思えばデジタル編集で雑音消去され蘇っていた由。無印良品で日用雑貨、ジャス コでパン粉と冷 凍の今川焼など購い帰宅。コロッケを揚げて食す。あまりにも日常的な晩だがかなり久々のことで日常にリテラシやかに安堵。
▼昨日の朝日(衛星香港版)の大江健三郎「定義集」より。大江健三郎が「37年前に」岩波新書から出した『沖縄ノート』について。沖縄(渡嘉敷島と座間味 島)での住民の集団自決。日本軍の守備隊長は住民に対して集団自決の命令を発しておらぬ、として、大江先生、今になって事実誤認として裁判で訴えられる。 時代の趨勢か。大江先生が紹介するのは今年四月から採用された高校用の日本史教科書での記述。
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