乾 坤容我静 名利任人忙
教育基本法の改「正」に 反 対! 反対はこちら。 文部科学省の基本法関連サイトはこち ら。憲法改正も反対(九条の会こちら) 
米国の理性Barack Obama氏(民主党、上院議員)を米国総統に推しま せう。                     

わかりやすい言葉が跋扈すると、みんな目をきらきらさせて連帯を始め、ボランティア精神が賞賛され、強要される。そしていつか来た道になる。

■ 富柏村日剰サイト内の検索はこち ら
■既存の新聞に満足できないなら日刊ベリタを 読みませふ。富柏村の記事も「稀に」あり。
■この富柏村サイトは中国国内では閲覧出来ませぬ。日剰ご 覧の際は「はてな」の富柏村日剰(テキストのみ)こちらを ご覧 ください。
■最近のブログ化のご時世に敢へてブログ化せぬ日剩を。の 心づもりでをります。敢へて全て讀むこと強ゐる日剩あつてもいゝのでは?と。
讀みにくいこと間違ひなきサイト乍ら今後とも御贔屓の程宜しくお願ひ申し上げます。

2000 年11月24日からおそらくあなたは番目の閲覧者です。

八月卅一日(木)いぜんからきちんと記録に残そうと思っていた戦前の日本人学校の跡地について。まず1907年に始まったといわれる本願寺学校は湾仔道 170號、現在は英皇集団中心ビルの裏側でJohnston Rd側の番地に飲み込まれてしまい、湾仔道170號の番 地ぢたい存在せず。この本願寺の数十メートル先にかつて葬儀場(現在は北角にある香港葬儀館)があったのも興味深き事実。1916年から1919年にかけ て日本人学校は銅鑼湾の 1 Sharp St East(利舞台の向かい、現在、Leighton Centreのビルの一角、家具屋G.O.D.のあるあたり、続いて旧総督府(現在は行政長官「自称政治家」Sir Donald住う)行政長官官邸隣という一等地の 1 Upper Albert Rdに現存の瀟洒なる洋館(現在は聖ポール教会のゲストハウス)、続いて 28 Ice House St.は現在の順豪ビルで香港初のガス灯がともり現在も風情ある一角と毎年移り、1919年に 7 Kennedy Rdの現在、聖ジョセフ中学のある場所に落ち着き1930年にKennedy Rd向かいの土地に自前の校舎建設を待つことになる。それにしても当時は場末の銅鑼湾の 1 Sharp St Eastを除けば市街の一等地ばかり。当時の日本の財力、英国との蜜月関係が思い浮かぶもの。ちなみに銅鑼湾の 1 Sharp St Eastだけは場所断定できず。これは史料にカナ書きで「シマープスリフード東1号」とあるが該当の場所がなく余が「シャープストリート東1号」の書き間 違えであろう、と考えたこと(おそらく間違いあるまいが)。晩にミントの葉をいれてドライマティーニ。金目鯛の粕漬け、冷奴。菊正宗。晩遅く中井英夫『虚 無への供物』読む。推理小説読み慣れておらず而も登場人物など多く読み進まず。
▼小泉三世メールマガジンで
今日で8月も終わり。学校では明日から新学期のところが多いのでは ないでしょうか。「よく学び、よく遊べ。」元気に勉学に励んでほしいと思います。小泉内閣もあと1月。任期いっぱい、最後まで、内閣総理大臣の職責を果た すべく全力を尽くします。
と気分ルンルン。「外交から何も学ばず、外遊はよく遊んだ」のが小泉三世。それに国民の支持がまだ五割というのだから亀井静香的に悲観するばかり。東京都 知事石原慎太郎は、昨日のオリンピック国内立候補都市選出の場で「金持ちの、金持ちによる、金持ちのためのオリンピックで、世界に勝てますか?」と東京開 催否定し福岡推挙の応援スピーチせし東京大学の姜尚中教授に対して「さっき、どこかの外国の学者さんが東京は理念がないとおっしゃっていた。何のゆえんだ かわかりませんが」と発言し東京開催決定後の祝賀会でも「怪しげな外国人が出てきてね。生意気だ、あいつは」と発言(朝日)。こんなのが 東京都知事であると思うと情けなく涙出るほど。在日韓国人に対してのこの暴言。石原慎太郎自身のバカさ加減はいいとして、都知事選で石原に投票した三百万 人ばかりか都知事に据える全ての東京都民の良識が問われるところ。紐育、倫敦、巴里……どこであれあの発言の一言で市長更迭が常識じゃなかろうか。その発 言もひどいが朝日ですら社会面のベタ記事扱い。NHKのNW9も相変わらず長崎の女子学生殺害事件の犯人は?など時間費やし都知事暴言など扱いもせず屑番 組としての面目躍如。石原慎太郎であるとか小泉三世など個々人の資質の有無よか、深刻なのは我々日本国民自身の思考力のなさ、民度の低さかと涕泣するばか り。
▼中国では香港市民でシンガポール海峡時報紙北京特派員の程翔氏が中国国内での取材活動について諜報罪で逮捕され懲役5年の有罪判決。
▼陶傑氏蘋果日報の随筆にて「香煙的巴黎」とフランスでの公共場所での禁煙について述べる。巴里にとって紫煙は都市の風景、文化の一部でありカリフォルニ アでSmokerが迷惑がられるのとパリジャンのFumeurは違う文化的世界であろう、と。御意。不思議と巴里で煙草の煙が気にならず。ジタンやゴロ ワーズといった黒煙草の癖のある匂いなのに。フランスのあのレストランの特有の狭さで隣席の客が莨蒸すのがなぜ気にならぬのか不思議。

八月卅日(水)好天続く。暑さこそ厳しくも光は、はや秋の気配。光もまた面白く輝く。早晩に編集者S嬢、映像家H氏とFCCに涼み地麦酒飲む。 Aldrich Aleなるエール供す会社のHong Kong Beerという。こ の地麦酒会社、英国人青年が十年程前に企業しAberdeenだかで麦酒製造始める。香港で地麦酒?と最初は皆に首傾げられていたが直営店をば Quarry Bayに出して、これが余も屡々訪れるEast Endで、当時まさに東の果てのバーなりき。それが今ではTaikoo Placeなど一大ビジネス街と化す。これに目をつけたのが伊太利料理屋Grappa'sなど地場で手広く飲食店経営する会社El Grandeで、この麦酒製造会社とEast Endなど傘下に収め今日に至る。銅鑼湾のかつてのKing's Armはこの傘下でEast Endとなり、銅鑼湾ではEast Endぢゃあるまひ、と思いもするが北角がNorth Pointなら、東角(East Point)は実は昔は今の「そごう」百貨店のところがEast Pointで(事実、そごうのあるビルはEast Point Centreと言う)、そういう意味ではEast Endが銅鑼湾にあるも歴史的には不思議でもなし。ところで地麦酒ばかりか地エールまで供したのが、その英国青年の大したところ。麦酒の製造過程でエール 出来るにせよ香港で殆ど地場で馴染もないエール供したのだから。でその名前が、なぜAldrich Bayなのか。East Endの店を出したQuarry Bayの東の向こう、Shau Kei 湾にAldrich Bayという地名あり。 英国風の古い地名のようだが実は最近の埋立地。この地名がエールの由来か。ところでAldrich Bayの漢字名は愛秩序湾と言う。嗚呼、なんて下品なのかしら。帰宅してハバナクラブの3年物、オリーブきらしミントの葉だけでロックで飲む。これはドラ イで美味。夕食にパスタ。サントリー白角のハイボール。食後にちょっと苦手なテキーラにContereau垂らして飲む。美味しさ発見。我ながらこうして 綴ると、よく飲む。本当に酒好きとあらためて思う。酒が美味いなぁと感心して飲んでいるから泥酔などなく延々と新聞など読みながら飲む。今晩のNW9、ま だ8月で政治などあまり動かぬ所為もあろうがニュースは延々と殺人事件続報にC型肝炎だけで終わる。政治も外交も一切なし、のテレビ三面記事。そろそろ再 現フィルムとか始まるか、と期待。
▼2016年のOlympicつまり国家対抗運動会に日本では東京都と福岡市が名乗り上げ東京と決定し都知事石原君嬉しそう。対抗馬もなき都知事選に立候 補も表明し当選で三期目。これで2016年オリンピックの東京開催は絶望的か。「都知事が石原」では韓国、台湾、中国、シンガポールなど反石原包囲網で東 京開催阻止せよ!である。初の南米開催でリオデジャネイロ、あるいは時代の趨勢は印度でニューデリー開催あたりに落ち着く予感。
▼香港のヴィクトリアハーバーで中環〜尖沙咀結ぶスターフェリーで中環側の新しい埠頭建造終わり11月から使用開始の由。その建物の陳腐さディズニーラン ドの開拓時代の街並み復元の如し。現在の埠頭から歩いて10分。Cable TVのニュースでは「歩いて5分の便利さ」と虚報流すはCable TVがWharf財閥系にてスターフェリーと同資本ゆゑ。この新埠頭完成でフェリーの運行距離は1,260mだかから1,000mに短くなり中環側の不便 さは増し専門家の予測では利用者3割減。
▼朝日新聞論壇時評に「丸山眞男の現実主義」と題し孫歌氏らの丸山眞男論紹介。今年は丸山眞男没後10年で特集多し。それにしても不思議なのは丸山眞男な ど今さら論じるのではなく戦後の日本の一つの(小文字の)constitutionとして体現されているべきはずのもの。本来であれば好き嫌いは別として 現実的な政治では吉田茂、思想では丸山眞男、そして何よりも現行憲法があって、それゆゑ今日の日本がある、と前提の前提のような気もするが。だが実際には 民主党の代議士が勉強会で丸山眞男の言説教えられ「こんな面白いものがあるんだ」と知るというのだから、況んや自民党の小泉チルドレンなど丸山眞男など読 む知力すらあるまひ。

八月廿九日(火)晩に帰宅してドライマティーニ二杯。鯖魚焼いて食す。NHKのNW9眺めれば番組冒頭で山口県で二十歳の女学生殺害。事件は新たな展開。 19歳の少年逮捕。被疑者につき警察の発表がなく事件は依然真相つかめず、としつつまぁ10数分にわたり「そーなんです、川崎さん」と主婦相手のバラエ ティ番組の如き「報道」。学校でこんな事件が起きたことが「やるせない」のかも知れぬが「激増する少年犯罪」というのま丸っきりの嘘、未成年の殺傷事件、 少年犯罪がけして増えていない、むしろ減少していることはかつて日剰で述べた通り。被害者の知人らが「こんなことになるなんて信じられません」「とても優 しい人だった」と、なんでこんな痛ましい悲劇が、と、そりゃ被害者の家族や知人にとって不幸は事実。だが、その悲しみだのセンセーショナルに報道する低俗 さ。人が人を殺すことなど映画『2001年宇宙の旅』で獲物めぐる争いで猿人が動物の骨を握り仲間を殺すところで象徴的に描かれ、その殺人の道具が放り投 げられ宇宙船になる、あの印象的な場面の通り、殺人こそ人類の歴史そのもの。それをまぁまるで昨日、今日、人類史上初の悲劇の如し。続いて稚内で16歳の 少年が友だちに30万円払って母殺害。子どもが親を殺す「悲しい」出来事で「世の中が荒んでいる」そうで、キャスターの会津出身の柳澤秀夫君、国際紛争取 材の猛者のはずが、かつてのNews10の今井環君ですら口にするのが恥ずかしいであろう「少年の心の変化を丁寧に解き明かす必要がある」と宣う。金八先 生か。親殺し。しかも息子が友人に金子を握らせての親殺しなど黙阿弥の世界。江戸の頃の話なら、それを今だって歌舞伎座で芝居として楽しんでいるだろう に。福岡で幼児三名の命奪った21歳の青年の両親も弁護し通じて謝罪。成人した息子の過ちを親が謝るのは被害者に対してあるならあっていいがマスコミにが 報道すること。その加害者の父が消防団に所属し、この事故の救援活動に従事していた、とは事実は小説より奇なり、だが、これも「ドラマ」である点に着目す べきか。落ち着いて考えるべきことは歌舞伎の芝居など、こういった話の積み重ねで話が出来て、それを芝居として楽しんでいる我々が現実の「事件」となると 「信じられない」と驚いてみせること。テレビを見ていると本当にバカになりそう。新聞も(翌日の話だが)卅日の朝日新聞社説がこの飲酒運転のひき逃げ事件 取り上げ「罪の意識が低すぎる」とこの事件論じるが「「逃げ得」を画策するほど運転者のモラルが崩壊しているのなら」などと言うけれど「ひき逃げ」など今 に始まったことぢゃないし「モラルの崩壊」なんて「ない」のだ。言葉だけが浮いて拡張してゆく怖さ。こんな「報道」が廿数分も続き時間の浪費とテレビを消 してRTHKの第4台をつけると倫敦の夏恒例のBBC Promsから演奏の中継が流れる。ネット上(こちら)でもこの夏の一大古典音楽会の全てが聴ける幸せ。
▼二人組の女性歌手の一人、マレーシアでの舞台にて着替え盗撮され雑誌壱本便利に盗撮写真掲載される。涙流し健気にその侮辱訴える姿共感を得、ジャッキー =チェンら芸人及び婦人団体も盗撮などマスコミの人権無視に抗議、行政長官「自称政治家」Sir Donaldも報道の自由とプライバシーにつき懸念述べるに到る。盗撮もひどい話だが「見られてなんぼ」の芸人。歌舞音曲の芸道選びし事でもはや通常の 「人権」超越すべき、とは言い過ぎか。芸人であればコカイン、大麻程度吸おうが色に溺れようが裸体曝そうが曝すまいが芸が秀でてば好し、の世界であっても らいたいもの。それの体現が勝新。今回のこの女芸人、盗撮の侮辱に強く耐える女性、とすでに印象の昇華。これも「見られてなんぼ」の世界。涙の記者会見に て「わたしのことを応援してくれる子どもたちに今回のこのひどい出来事がどんなに悪い印象を与えるかと思うと……」と自らの屈辱より「子どもたち」「子ど もたちに」と多く言及も興味深いところ。この芸人、今回は見事に災い転じて、だが数年前には中国だかどさ回りのなか宿泊先のホテルにてチェックアウト後に 散らかした部屋に出歯亀雑誌の記者に侵入され煙草の吸殻だの麦酒の空き缶写され清純派アイドルの化けの皮剥がれる、と報道されたのも今や昔のことか。歌舞 音曲の世界、そう簡単に人権だの考えて何になろうか。

八月廿八日(月)久が原のT君より祇園祭のみやげに伯牙山の厄除粽送られる。中井英夫に絡み彷書月刊のコピーも拝受。築地のH君より週刊朝日百科『人間国 宝』のうち歌舞伎で先代(三世)左団次、紀尾井町(先々代松緑)、大橘(故・羽左衛門)に音羽屋(当代菊五郎)の巻と長唄三味線の巻送られる。諸事忙殺さ れ晩に至り茶餐廳のぶっかけ飯で夕食済ませメールだけで数十本は片づけねばと三更に到る。メールで、というかノートブック上で全て片づくだけ世の中便利に なったもの。メールはある、スカイプはあり電話がわり、リモートでサーバー開いておけば関係者でデータ共有出来、と。ところでそういう日進月歩の便利な世 の中ではすでに、あの独占企業体マイクロソフト社ですら中年クライシス期に突入、と信報の記事にあり。マイクロソフト社がヰンドウズ94から2000を売 り捌いた頃だろうか、電脳業界は「ハードを売るメーカーの時代は終わった」とソフト売るマ社が脚光浴びたのも束の間、すでに市場価値2600億米ドルの巨 象・マイクロソフト社はGoogleなど情報メディア媒体をば市場とする先端企業に比べ「ハード化したソフト」売る企業として旧守派に位置するのだそう な。マ社に追いつけ追い越せの身軽な他企業との競合で年間66億ドル費やした研究開発部門も縮小し経費削減と利潤確保に懸命の由。世界的跨際企業といえば 星巴珈琲とて今年第二・四半期の売上げ減で星巴側はこの夏の猛暑で夏の主力商品たるFrappuccinoの 売上げ増見込んだが、このフラッペ、作るのに他の珈琲商品に比べ多少時間要するそうで、酷暑ゆゑ顧客がその「待ち時間」に耐えかねFrappuccino (あ、フラッペとカプチーノの合成語か、いつもエスプレッソしか飲まぬので気づかず)から客足遠のき売上げ減、と。確かにそういう理由も一利あろう、が、 天気次第で今年の夏のキャベツの作柄が……という農作物ぢゃないのだから星巴ほどの巨大化した企業が夏の暑さ云々で売上げが左右されていては今後の事業展 開に難題を課すだろうに。グローバリズム社会、企業も成功の果てに利潤謳歌もほんの束の間の歳月にすぎず甚だ商売難しい時代となる。晩に諸事片づけながら 聞いていたRTHKの第4台のMonday Concertにラフマニノフの交響曲2番が流れる。曲の紹介がアシュエナージの指揮でロイヤルコンセルトへボウ管弦楽団演奏、とあり、それはいいが 1955年とは。さすがに17、8歳のアシュケナージはまだコンセルトヘボウの指揮はしていない? 録音の音質がかなり悪しく古い演奏だと思うが何か、が 間違いなのか、本当にそんな指揮があったのか、余にそれほどの知識もなく不明。まだ17、8歳のアシュケナージ君がピアノで、メンゲルベルクかハイティン クの指揮でラフマニノフのピアノ協奏曲の2番というのなら(それが実存するかどうかは別として)まだわかるのだが。続いてバーンスタインが1942年に維 納フィルを指揮して?のシューマンの交響曲2番が流れる。バーンスタインがブルーノ=ワルターの代役で紐育フィル指揮してワーグナーのマイスタージンガー がセンセーショナルに好評博し全米に名前が知れ渡ったのが1943年、その前年、弱冠24歳でウィーンフィルを指揮した?、本当だろか。ここまで細かいク ラシック音楽の知識もないのでわからぬが不思議な演奏を2つも聴く。
▼福岡で福岡市職員の飲酒運転で幼児三人が命落とした事故……というより「これは犯罪です!」とニュースだのバラエティのコメンテーターの憤り。この酒酔 運転者の責任は個人として当然だとしても、何故に福岡市に対して九百件だかの抗議が電話で殺到し市長が詫びる必要があるのか。犯罪者で「寿司職人」と職業 出すと寿司職人に不快感煽る嫌だが、市長がおわびをして、福岡市の職員が幼児の冥福祈り市役所で正午に黙祷するのも不思議。この全体主義の怖さ。
▼New York Times北京支局の助手・趙岩氏の裁判。これについて事件の当事者たる紐育時報紙が27日の社説でOf Shame and Faceと題した社説載せる。
Mr. Zhao was arrested after this newspaper correctly reported that former President Jiang Zemin was ready to give up his final post as military chief. The article infuriated China’s political leadership, and Mr. Zhao was arrested, despite The Times’s insistence that he never provided any state secrets to the paper.
と強調。趙氏拘束で人権問題とか報道の自由といった点が指摘されるが、具体的に「江沢民がすでに党中央軍事委員会主席辞任を決定」という事実報道がどう考 えても国家機密とはいえない、という指摘。確かに。
▼重慶、四川省での記録的な猛暑と旱魃。一帯の殆どの河川、湖水干上がる。それに追い討ちかける大問題が乾燥により全体の三分の一だかのダムに入った多く の亀裂。いったん大雨ありダムの水嵩高まればダム決壊の危機との由。

八月廿七日(日)拙宅の建付けの修理だの食料品の買い出しなどしているうちに昼となる。中井英夫『薔薇の供物』読了。そういえば、幸い、夢に「足の指の間 の垢」出て来ず。午前、驟雨通り抜けたが雨も降らぬ様子に昼すぎから裏山より大潭を一時間半ほど走る。空の雲も高く秋の気配あり。海 岸に出て浜辺の木陰で海野弘『アールデコの時代』中公文庫読む。博覧強記の著者であるから1920年代のアールデコの時代を、女優、芸術家さらに自動車や 腕時計といった生活のアイテムに注目までして徹底的にアールデコを語る。実際に知ったからといってタメにならぬ点では「トレヴィアの泉」どころぢゃない。 そこがいい。この時代でグレタ=ガルボ、アンナ=パブロアについては知ったつもりでいたが著者が多くの頁をモダンダンスの「裸足のイサドラ」イサドラ=ダ ンカンに費やしたのが印象的。彼女が革命後のロシアに渡った時の手記
私はロシアへ行く。私の人生の夢を実現するために。それは、私の劇 場、私のオーケストラ、そして座席を売買しなくてもいい観客と、授業料を払わなくてもいい生徒たちを持つことである。(略)ロシア人はずっと誤って伝えら れてきた。彼らは十分な食料が足りないかもしれない。しかし彼らは、芸術や教育や音楽を、すべての人が自由に近づけるものであるべきだと決定したのだ。私 は、子どもたちの精神的、身体的教育をコマーシャリズムより高く評価する、世界で唯一の国が存在するかどうかをぜひ見とどけたい。きっと私はポルシェヴィ キになるだろう。しかし私は生涯、子どもたちを教え、自由な学校と自由な劇場を待ちたいと望んできたのだ。アメリカはこれを拒否した。あそこではまだ未成 年労働者がいる。そして金持だけがオペラを見ることができる。美は劇場の支配人と映画界のボスによって商業化されている。彼らの望むのは、金、金、金なの だ。
嗚呼、革命万歳!(と谷譲次的に『踊る地平線』っぽく感動してしまうのだけど)このイサドラのソ連共産主義革命に対する理想、期待。そして見事に裏切られ る。そのイサドラは1927年8月、巴里のモガドール劇場でシューベルトのアヴェマリアを踊る。その一ヶ月後、彼女はニースの海岸通りで乗っていたスポー ツカーの車輪に赤いショールを巻き込まれ、それに首を絞められて劇的な最期を遂げる。アールデコとは著者に言わせれば、世界の国際化の中でフォーヴィズ ム、キュビズム、未来派といった芸術がエジプトでのツタンカーメン王墓の発掘で注目されたエジプト芸術や、中南米のマヤやインカといった古代文明の発見、 さらに黒人彫刻やジャズ、それにジャポニズム(日本趣味)といった世界各地の美から大きな影響を受け、その結集がアールデコとして花開いた、という。ジム に寄り帰宅して、〆鯖と秋刀魚。秋刀魚はもう秋口だからいいか、と今朝、ジャスコで半冷凍が3本でHK$13とお買い得のもの。美味。魚といえば昨日、永 利漁村という海鮮料理屋で清蒸石班が供され、それの骨を外していたら、店の亭主に「骨を外すのが上手い!」と讃められた。魚の食べ方が上手いと讃められて 嬉しくないわけがない。『アールデコの時代』読了。この本に巴里で『日はまた昇る』で成功しリッツホテルに出入りできるようになったヘミングウェイのお気 に入りはスコッチウイスキーにライム半個搾る、とレシピあり、想像しただけで不味そう。それでも酒飲みゆゑ性懲りも無く、ただ無難なところでスコッチも無 難にFamous Gooseでライム半個のジュースで割って飲む。酸味強い胃液の如き味。中井英夫『戦中日記』続き詠む。
▼香港の四川坦々麺の老舗、詠藜園が東京銀座に支店開業の由。それほど格別に美味かしら。香港で食す、から、まだ美味い。それも小汚い店が再開発の立ち退 きで一旦潰れかかったのが蔡瀾美食坊で復活して好評の店でなく、その小汚い店であったから美味だったのだろう。この店の坦々麺、もともと上海風で、麻辣の パンチは効いておらず。そういう意味では湾仔にあった「Q麥」のほうがずっとマシだった。

八月廿六日(土)日の出に雨音で目覚める。朝食後にぼんやりと新聞読んでいるとApple社でノートブックでソニー製造の電池交換という記事あり余の用い るPowerBook G4の12インチ型その対象で電池番号確認せば「当たり〜!」で指示に従いApple社に電話。すると土曜日の朝の九時というのに電話に出た職員が流暢な 英語で「もういい加減疲れたよ」と言いたげにぶっきらぼうに香港のサービスセンターの場所教えてくれたが「土曜日も開いてるのかしら?」と尋ねると「サー ビスセンターに電話して聞け」と言う。なんでそんなことも知らない!と思ったが、ふと、この電話番号は香港の、だが電話すると米国のApple社に転送さ れていたのだ、と思う。世界中から問い合わせの電話受け、自動的に画面か何かにHong Kongと出て、手順説明した上で現地のセンターの場所を教える、という仕事で。北朝鮮とか南極の観測隊員だったりしたらどうするのかしら。いずれにせよ 電池の交換対象であれ実際には昨年五月から利用していて何ら電池に不具合もなく寧ろこの時期に電池交換はちょうど電池も疲労ある頃だろうし幸い。早速午前 10時に銅鑼湾はTimes Squareにあるサービスセンターに参る。現物確認され番号控え数週間後に電池届き次第お取り換えします、と。天気回復に向い昼過ぎにかねての約束通り 余の主宰でZ嬢除くと八名の知人と将軍澳は坑口の地下鉄駅に待ち合せ午後ハイキング&海鮮。ミニバスで西貢。バスで北潭涌。上窰にある、客家の住居跡が保 存され文物館となっているのをちょいと見学し上窰郊遊徑(Sheung Yiu Country Trail)を歩く。この新界の今では人も住まぬ鬱蒼とした緑のなかの辺鄙な集落である、客家の在郷の襲封なる家とはいえ、子弟をせいぜい市街の学校に通 わせる、くらいが教育と思えるのだが事実、勉強よくする子らは英国の寄宿学校からオックスブリッジにまで留学している。当時の彼ら客家家庭の世界観の面白 さ。今朝の雨であちこちに渓流あり風も心地よし。暑 いは暑いが初秋の予感。萬宜水庫(High Island Reservoir)の西ダムの下、今は公共の水上活動センターとしてすっかり整備された処、かつて越南からのボートピープルの収容所あり。その収容施設 もすっかり解体され緑の芝地広がるが此処にいた難民ら今は何処に。MacLehoseトレイルを歩き糧船湾より沙橋頭の小さな漁村へ。此処まで途中何度も 休憩してゆっくりで約三時間。歩きの途中、N氏よりとらやの羊羹いただく。沙橋頭には何軒か海鮮料理屋あり週末だけ営業。予め予約の永利漁村という店で海鮮料理堪能。日没の頃に予め手配の船でゆっくりと 一時間かかり島々を眺めつ西貢に戻る。今日はバスの中などで少しずつ中井英夫『薔薇への供物』の短編をいくつか読む。「薔薇の獄」という物語で副題に「も しくは鳥の匂いのする少年」とあり物語中に「まだあまりにも稚い少年の躯は、小鳥の胸毛に鼻をおし当てたときのような、かすかに焦げくさい匂いがした」と いう表現を読んで、ふと確か数年前に読んだ誰だったかの随筆にこの一文が引用されていたこと思い出したのだが「小鳥の胸毛」なんて言われても感性乏しき余 には、何より鳥がちょいと怖いので小鳥とはいえ胸毛に鼻をおし当てる、なんてことは余には想像もできず。この「薔薇の獄」に続く短編「薔薇の縛め」には (この文庫本には中井の薔薇に紆る短編ばかり収める)主人公の男が「足の指の間の垢」、それも奴隷扱いすべき相手のそれをいい匂いとして嗅ぐ場面あり。こ の「足の指の間の垢」も、それがいい匂いかどうかという好事家的な判断以前の問題として足の指の間にたまった垢というものぢたい想像もできぬのだが、これ は先日、東京で映画『ゲルマニウムの夜』を見た時に映画の終わりのころに、やはり「足の指の間の垢」がいい匂いとして大切に用いられていたこと。何十年も 生きてきてまったく偶然に一月の間に「足の指の間の垢」というモチーフに映画と小説で遭遇するとは……。これまで「いい匂い」どころか存在すら意識したこ ともあき「足の指の間の垢」ゆゑに逆に意識にこってりと貼りついて離れず。そういえば、こういう偶然といえば昨晩見た映画『嫌われ松子の一生』で足立区の 荒川河川敷が松子が故郷の筑後川思い出す重要な場所。今月は北千住を偶然訪れていたし、松子の旅行鞄につけられたキーホルダーが大阪万博の太陽の塔のミニ チュアで、これも今月偶然に水戸芸術館のショップで岡本太郎の「太陽の塔」のオーナメントをば購入してきたばかりであったので(事実、机の上にこれがあ る)偶然とはたんなる偶然なのだが、そういう偶然のことが映画や音楽によけいに引き込まれる一因となることだけは確か。なんか、寝たら夢に「足の指の間の 垢」が出てきそう。
▼来月廿二日に廿日の自民党総裁選受け臨時国会召集され安倍三世(これまで安倍二世(岸三世)と綴っていたが安倍家の祖父も衆議院議員のため安倍三世の間 違いであった)首相就任。民主党の小沢一郎君が対立候補だろうが野党がかりに共産党まで首班指名で小沢君に投票しても先の郵政選挙で自民党に国民が全てを 委ねてしまった結果、安倍三世の優位は動くはずもなし。たとえば総裁選出馬辞退の福田君や党内で壊滅的打撃受けているハト派の加藤紘一君ら自民党非主流派 が反安倍で小沢君に投票し公明党が日和れば「あっと驚く」だが有り得まい。加藤君、近々上梓の著書『小沢主義』で教育は「最終責任を国家に持たせる」とし つつ「親が子どもに何よりも教えなければいけないのは『自立せよ』というメッセージ」で「愛国心は、幼いころから適切な教育やしつけをしていれば、自然と 生まれてくる」として愛国心教育に否定的な考え示す。安倍三世の「教育の再興は国家の任」という考えへの対抗。だが、安倍で決まり。保坂正康氏が今日の朝 日新聞(私の視点)で述べているが今年の終戦記念日の靖国で、七八年前だったかに八月十五日、靖国で戦場体験者らの名前を呼び合い語りかけるような光景と は全く異なる、若者の目立つ無機質な風景と、その晩のNHKの番組で小泉靖国参拝賛成が7割超えたこと、若者の支持多きことへの保坂氏の驚きと警戒心。安 倍三世は教育改革など訴えるが、実は安倍三世らの嫌う戦後教育こそ小泉・安倍を支持する無機質な思考力乏しき国民を養成してくれた事実に恩義忘れるべから ず。ダグラス=スミス『憲法は、政府に対する命令である』平凡社より刊行、日本国憲法第99条「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員その他の公務員は、こ の憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」のに総理大臣自ら憲法違反が許されるこの国に対して。だが戦後、その憲法すら咀嚼し自らのものに出来ずにいるのなら、 いっそのこと改憲して、実際に改憲されれば自らに竹篦返しのくることすらわからぬ邪拙なヒトビトが不幸になるのは致し方ないことか。だがあたくしは被害被 りたくない……などと語ると築地のH君に言われたのは「それじゃ荷風先生でしょう」と。そうかもしれない。

八月廿五日(金)銅鑼湾の日本料理、湖舟。芋焼酎薩摩宝山を ロックで熊本の馬刺、鰹のたたきに盛岡風冷麺。幸せ。Z嬢と旺角UA映画館にて中島哲也監督、中谷美紀主演の映画『嫌われ松子の一生』見る。昭 和なら昭和という時代の世相や風俗に絡ませた演出で、主人公の女が風俗業にという設定は香港だと呉君如の主演した映画『金鶏』思い出す。この演出だと観客 が同時代的に共感する部分も多く無理なストーリー展開も受入れが自然となる効果あり。で松子は一度、不幸という窩に陥ればどんどん不幸になる、と、それは 黙阿弥なら三人吉三の夜鷹「おとせ」だが、芝居にはよくある話で、松子の場合、不幸という窩に嵌る切っ掛けにちょいと無理あるが中島哲也の演出の巧みなと ころで濃いストーリーを濃いままに、だがいいノリの演出。役者もこの監督の映画に出演すること大変楽しんでいる。楽しくなければ映画ぢゃない、誰かと映画 を見て帰るまでずっと「あの場面……だったねぇ」とその映画の話で盛り上がれることがいい映画だの芝居の証左。但し映画上映前に監督と中谷嬢の舞台挨拶あ り、監督が一言「とても悲しいエンディングですが……」と。敢えて筋書きも見ずに映画見ようとしているのに少しでも映画の筋の話聞きたくなし。更に映画終 わりがけエンディングロールで画面こそ切られはしなかったが場内明るくなり音楽が止まり司会現われ挨拶し始め監督と中谷嬢とのトークセッションの案内。か なり手の込んだ映画ゆゑ制作者布陣を眺めていたのに。理解できぬ。監督自身は場外におり状況わからず終いかも知れぬが、いくらエンディングロールとはいえ 切ってはいけない。この映画、音楽がかなり重要でもある。監督や俳優のトークセッションが嫌いなので音楽も切れてしまったし、さっさと会場出ようとすると 扉の外に監督と中谷嬢。雨。帰宅して中井英夫『虚無の供物』読み始める。
▼廿4日づけNew York Timesに“Losing Afghanistan”という社説あり。
Nearly five years after American military forces help topple a Taliban government that provided sanctuary and training camps to Osama bin Laden, there is no victory in the war for Afghanistan, due in significant measure to the Bush administration’s reckless haste to move on to Iraq and shortsighted stinting on economic reconstruction.
だそうで
Americans are coming to see the war in Iraq as something apart from the war against 9/11-style terrorism — and a distraction from it. The war in Afghanistan has always been an essential part of that larger struggle. That makes it a war that America simply cannot afford to lose.
と。このようなことがあの軍事行為、さらにいったい何万人の生命を奪って得ることのできた、教訓なのか。これだけの他者への迷惑と5年の歳月かけねばなら ぬほどバカで世界の覇権国家であるとは怖いかぎり。

閏七月初一。来週水曜日が今年二度目の七夕となるが七月の閏年は次は2044年だそうで余にとっては年に二度の七夕は今年が最後か。書 斎が冷房ではとても寒く扇風機購ふ。中環で外装お披露目のマンダリンオリエンタルホテル眺めば、「もう終わったな」のチープさ。プレハブが如き外装、もう 少し配慮できなかったものか。チープといえばスターフェリーの新しい埠頭も、現在の埠頭のシンプルな美しさを劉健威兄は簡潔雅淡と形容したが、それに比べ 新埠頭は中環市街より遠く不便な上にディズニーランドの「開拓時代の米国」の如きチープな光景。あの場所ではもう香港国際映画祭の開催期間中の市大会堂と 尖沙咀の文化中心との15分での往来はもはや無理。香港の最も大切な資源であるヴィクトリアハーバーの埋立の醜悪さよ。早晩にZ嬢と香港大学美術館訪れ る。香江冷月:香港的日治時代という 歴史写真展見る。鄭寶鴻氏の写真コレクション。日本軍による占領関係の写真は大半が「一億人の昭和史」でお馴染、毎日新聞の提供。その他では陳照明なる人 の蒐集の写真興味深いものあり。ところで日治期に香港の主だった地名が日本語にされし経緯あり彌敦道は香取道と呼ばれしが展覧の記述には香取通が Koshuとあり音読みでは確かに「こうしゅ」だが「かとり」だろう。ネッ ト上で捜せば朝鮮語のサイト(こ ちら)にNathan路는 돗토리 도오리「とっとりどおり」?とあり。「かとり」が正解(のはず)。1945年1月に今は日本人多く住む太古城にありし造船所爆撃の空中写真あり。米軍によ る攻撃。日本軍占領の香港をば米軍が攻撃の写真初めて見る。写真展終わり帰ろうとすると樓上よりY総館長の声が聞こえ階段昇ればやはりY総館長の姿あり。 Y総館長の自室に通され暫し物語す。この写真展のカタログなど頂く。美術館出ようとすれば雨。台風の警報も発令あり。暫し雨弱まるを待ちタクシー雇い中環 は粗呆(Soho)に到る。数年ぶりに仏蘭西料理屋、Le Tire Bouchonに食す。開業20周年。香港大学より散歩のはずが雨空に自動車での移動で早く着きすぎてしまひ料理屋未だ晩餐の店開かずバー ルにて酒の一杯でもと勧められシェリー酒の盃傾ける。前菜にズッキーニと山羊乳酪、それに鵝鳥肝臓のソテー。この店の鵝鳥の肝臓はペニンスラホテルの Gaddi'sよか更に美味。ソース美味なれば予め仏蘭西麺麭をばソース浸し肝臓食し終わった頃にじゅうぶんにソース吸ったパン食せば美味至極。江戸前に て鮪のズケの如く仏語にて「ズケ」とか通じそう。まさか。四谷荒木町あたりの裏通りでシラク大統領引退後に小さな料理屋でもやれば最高とZ嬢と笑う。白葡 萄酒(Les Jamelles04年の Sauvigon)と赤葡萄酒(Mas Carlot)をハウスワインにてぐびぐびと飲む。このLe Tire Bouchonなる仏蘭西料理屋、香港にて最も巴里の街角にありさうな料理屋にて葡萄酒も50clのカラフあらば二人で白も赤も飲める分量。主餐は羊の腿 肉、それに鵝鳥の内臓のソテ。美味。珈琲も香港では格別のエスプレッソ。たまには食後にバーでも寄ろうか、と話したが雨空に何処にも寄らず帰宅す。モヒー ト飲む。晩遅く雷鳴轟く。
▼Z嬢と晩餐の最中去る十九日土曜日のNHK番組につき余はうとうとと半ば寝ていたがZ嬢の話では美輪明宏氏が(要旨)百人いれば百人の意見がある、それ ぞれの背景は異なり一概にまとめられず、ただ大切なことは言いたい事を言えない世の中はいけない、暴力で言論を抑えてはいけない、自分の言いたい事を言え る世の中が大切、とおっしゃった、と教えられる。但し百マス計算校長も司会者も「番組に出演の若い人たち」も誰もその美輪明宏の言葉の真意に応えられず、 と。
▼昨日の映画『ナイスの森』について。Z嬢と「グロすら美しく見せる」その演出の見事さ、と語る。
▼浅草のコメディアン関敬六氏逝去。享年78歳。エノケン劇団からフランス座、渥美清、谷幹一とのお笑いトリオは伝説。

八月廿三日(水)朝、裏山を走れば快晴の空に陽射し厳しくも心地よい風に日陰はひんやりと「もう秋か」と思い帰宅して暦をみれば陰暦七月卅日。処 暑。早晩にZ嬢と待ち合せ油麻地の美都餐庁に食す。味つけ あっさり。旺角のUA映画館。映画館のあるLangham Placeは若者中心にかなりの賑わいだが、この高層ビル、火事になったら逃げ場なし。日本映画『ナイスの森』見る。オムニバスのように「くだらない」短 編がいくつも重なり続く。くだらなさに150分も辛いかしら?と思うのだが徐々に面白くなってくるから不思議。くだらなさもここまで徹されるとシュール。 他の観客も最初戸惑い感じられたが後半はリラックスして笑いが起きるようになったのは制作者の思い通りか。大麻でもキメて見たら最高に楽しかろう。それに してもくだらない(笑)。 Z嬢帰り独りタイ映画“Dorm” 見る。いわゆるホラー映画。ホラー映画は殆ど見ないがタイのホラー映画は一つの世界を創り出している、と何かの映画評で読んでおり(暑いタイだから映画館 で涼しくなれるホラーは人気なのかしら)、筋 書き読み興味もった作品だが一見の価値あり。舞台はタイの寄宿制のお坊ちゃま学校。いわゆる「学校の怪談」なのだが、薄ら寒そうな映像表現が見事で、鴎外 の「ヰタ・セクスアリス」的に少年の思春期という微妙な時期を上手く用いた秀作。どこか南方熊楠的。鈴木清順『ツィゴイネルワイゼン』的に観衆をその世界 に連れ込むのだ。帰宅途中に驟雨。晩遅く中井英夫『戦中日記』少し読む。昭和19年の戦況緊迫とはいへさすが陸軍参謀、演芸会(戦地なら慰問団か)に出演 が川田義雄、笠置シズ子に貞丈(五代目)、柳家三亀松。三亀松師匠が人真似声色付きで泉鏡花の「婦系図」を、「はやせ」を吉右衛門(初代)、お蔦を小勝 (三升亭、五代目?)でやった、というのだから可笑しそう。この中井英夫の昭和十九年十月三日の日記より。
新しい小學校の三階。校庭では體操の時間で二百名くらゐの女の子男 の子が騷ぎ立てゝゐる。水色、赤、黄、華やかな彩どりのいきものが、この二三日、平氣ばかりいぢくつてゐた眼にいとほしい。
集まつて、あしぶみして、歌を唄ひ出す、「豫科練」を「七つ釦は櫻 に碇」を。ふいに先生の鋭い聲がする。じつと指されてゐる、一人の子が。
……あの子はうたつてない。
その子よ、わづかにめぐみ出した嫌惡の心を、ひとりしづかにつちか ふがよひ。やがて咲く不幸の花にいくだび涙させられることはあつても、そこにこそ詩の故郷はあるのだから。そこにこそおまへが、詩人の名を得られるのだか ら。
このさはやかに晴れわたつた秋のひとひ、空には飛行機雲がいくすぢ か絲をひゐてゐる。賑かに、邪氣もなく(?)群れてゐるみんなの中でたつたひとり、歌をうたはなかつた子供、萬歳。
あの子はうたつてゐない、その聲にたぢろいではならぬ。
ヘイ、をかしくつてうたへません、ト。