教育基本法の改「正」に 反 対! 反対はこちら。 文部科学省の基本法関連サイトはこち ら。憲法改正も反対(九条の会こちら

乾坤容我静 名利任人忙 乾坤は和訳に難き言葉なれど天地、陰陽、つまりは宇宙の理か。

わかりやすい言葉が跋扈すると、みんな目をきらきらさせて連帯を始め、ボランティア精神が賞賛され、強要される。そしていつか来た道になる。

■ 富柏村日剰サイト内の検索はこち ら
■既存の新聞に満足できないなら日刊ベリタを 読みませふ。富柏村の記事も「稀に」あり。
■この富柏村サイトは中国国内では閲覧出来ませぬ。日剰ご 覧の際は「はてな」の富柏村日剰(テキストのみ)こちらを ご覧 ください。
■最近のブログ化のご時世に敢へてブログ化せぬ日剩を。の 心づもりでをります。敢へて全て讀むこと強ゐる日剩あつてもいゝのでは?と。
讀みにくいこと間違ひなきサイト乍ら今後とも御贔屓の程宜しくお願ひ申し上げます。

2000 年11月24日からおそらくあなたは番目の閲覧者です。

二月廿八日(火)二時間ほど寝て朝五時半すぎ起床。香港站までタクシー走らせチェックイン済ませ荷物預けAirport Expressにて空港。キャセイパシフィック航空のラウンジにて朝食。新聞数紙攫うが信報並んでおらず。9時10分発のCX504便に搭乗。744機で 誰にも邪魔されぬ二階席80Hと80K席押えていたが新聞読もうと照明つけようとしたが点灯せず。座席の肘掛けに内蔵のハンドセットの不調。照明ばかりか (どうせ見ないが)映画などのスクリーンも制御できなければ服務員呼ぶことも能わず隣席のZ嬢のハンドセットも同様に不調。技術員参りハンドセット制御す る主電源リセットされたが今度は照明だけは点灯したものの消灯しなくなり依然としてハンドセット動かず。機体はエプロンをば離れ離陸に向かう。服務員にこ れぢゃ成田までずっと照明眩しく不自由も続くと伝えると離陸後に「後ろのお客様に移動いただいてお二人分の席を確保しますので」と。その搭乗客には申し訳 ないが自分もそういう事情で二人掛けの席に一人でいれば気軽に譲るであろうし。でシートベルトの表示消えて「お席を移動してください」と言われ立ち上がる と移動してくれるのはすぐ一列後ろの女性。すると服務員が我に向かい「シートを倒したりは問題なくて、動かないのはスクリーンだけですよね」と言う。どう やら後ろの客には「もしスクリーンが動かなくても差し支えないなら」と移動をば仄めかしたようで、それぢゃ私らが、たかだか「映画が観れないなんて!」と 駄々捏ねた客の如し。「いや、そうじゃなくてハンドセットが全く作動しないし照明がずっと頭上からあたったままなのです」と説明すると、服務員がその客に 「それじゃあちらの席のほうがいいですね」と別な席勧め、それで事無きを得る。ちょっとした不具合なら妥協するが、機内サービスに大きく影響するハンド セットの不調では妥協し難し。それでも我らなど服務員にも「お手間とらせて」とつい下手に出てしまうから、まだいいほうかも。Z嬢と思い出して笑ったのだ が東京に住まう頃、知人の音楽関係会社の重役にM氏という「飛行機に乗ると文句を言わないと気が済まない」病的な御仁あり。とにかく飛行機は高いカネ出し て乗る特別な乗り物であるから必然的に要求高い。一フライト搭乗毎に何らかのお詫びの品だの次回搭乗の際の特典など得ることに固執。エールフランスの巴里 行きに搭乗しYクラスでも「最前列」にこだわるのだが搭乗して「風邪をひいた」そうで、その理由が搭乗口の扉周辺から漏れてくる寒気によるもの、とM氏。 扉の隙間から大気が侵入などしてきたら理論上、飛行機は飛んでいられるはずもないのだが到着後の数日に渡る執拗なる苦情にエールフランスとて東京支店の営 業担当課長だかが菓子折りだか持参でお詫びに現れたほど。余も実は「別のお席を用意しますので」と言われた時に一瞬、Fクラスへのアップグレードか、と期 待したが世の中そう甘くはない。新聞読みブランチ食しワインを少し飲みLelf Ove Andsnesで機内の音楽でピアノでラフマニノフのピアノ協奏曲1&2番を聞く。Z嬢がY氏から数日前に借りた中村紘子の随筆でラフマニノフについての 記載もあったが1番が発表当時は不評で、という話があり。今これを聞くとポップス、で2番は浪花節だろう。朗郎のピアノでメンデルスゾーンの1番聞いてい たら、もう日本。成田から京成スカイライナーで日暮里。車内の酸欠のような暖房に閉口。おもわずTシャツ1枚になるが寒からず。上野より実家に戻る。特急 は1時間5分にまで時間短縮。時速100km越えているが狭軌鉄道で揺れがひどすぎる。ここもTシャツで寒くない。郷里の駅ではJリーグの地元サッカー チームの宣伝らしく選手らも駅のコンコースでファンサービス。実家に戻る。父をなくして時間もある母も歌舞伎の切符までネットの時代となりネットとメール 始めるというのでiMacをば贈り、モノも届きブロードバンドの工事も終わっていたのでさっそく立ち上げる。晩遅くスーパー銭湯。
▼朝日新聞衛星版(香港)のアジア面に香港支局の記事で「日本のイベント定着」という香港での早食い大食いコンテスト(競食)の話題あり。これのきっかけ となったのが昨年8月14日に開催された蔡瀾の美食坊での早食いコンテストで小林尊という人が叉焼飽の早食いで圧倒的強さ見せつけたこと。それが話題にな り翌日マスコミで大きく取り上げられた、と、それはいいのだが「翌日」は当然、8月15日。これを企画した広告代理業の旧知S氏が「あえて終戦記念日にぶ つけてみた。戦争の問題が厳然とある一方で、日本と香港の若者が楽しくやっているという現実も伝えたいと思って」と語っている。これは敬服。だが気になる のは、この朝日の記事で「翌15日、終戦記念日の各紙には、日本の戦争責任を厳しく問う記事と一緒に、小林さんの大食ぶりを紹介する記事が写真入りで載っ た」とする。一瞬、これを読むと日本の戦争責任特集の記事の横にこの大食漢ぶりのイベント記事が出ているようにすら思えるが、事実そうだったのだろうか。 どうもイメージが先行している気がするのだが。
▼機内で読んだ『アエラ』に「堀江マネー操るスイスの金庫番」という記事あり。これは拍子抜けで大笑い。沖縄で謎の死を遂げた野口英昭氏もかかわる日本 M&Aがらみでクレディ=スイス香港のKなる人物がライブドアの海外資金に深く関わる、というわけで記事の舞台は香港。で野口氏もかかわった香港の Pacific Smart Investmentなる投資会社の取材となるのだが、アエラの記事はこの会社が中環の中心地のビル(東亜銀行本行ビルのこと)の28階にあるが訪れてみ ると、ここが東亜銀行系のセクレタリーカンパニー。数千社のペーパーカンパニーの会社登記が此処でされている、と。で、まさかクレディ=スイスのライブド アの口座の全貌が明らかにされるはずもなく、当然、話はここから進むはずもない。で記事は香港がいかに簡単に会社設立登記ができるか、という誰でも知って いる話が延々と続き、最後は「鄙びたビルの小さなオフィスで簡単に手に入れられるペーパーカンパニー。だが、それは、当局の網をかいくぐって国際的な資金 移動を可能にさせるパスポートともなる」と。えっ……タイトルは「堀江マネー操るスイスの金庫番」だったのに記事は「香港はいかに簡単にペーパーカンパ ニーが設立できるか」で終わってしまった(笑)。これぢゃ週刊文春や週刊ポストなら編集長どころかデスクに「バカヤロー、なんだよ、これで堀江のマネー記 事かよ!」と一喝され「記者、さっさとやめろ!」だろう。朝日のアエラであるから、これが活字になるアエラらしい毒にも薬にもならぬ典型「報道」なり。
▼中国の広東省前省長・梁霊光氏が逝去。享年90歳。文革の混乱も収まった1977年に福建省から北京中央に引き上げられ軽工業部長(大臣)。翌78年に 北京で民族工藝展を開催。これが文革後10年で北京初の工業展覧会。三度目の復活果たしたばかりの鄧小平が会場に突然現れ、この展示会開催した梁霊光をば 評価。80年に中国経済成長の花形であった広東省に遣られ広州市党委第一書記、市長、広東省党委書記、広東省長を歴任。80年に広州の五星ホテル・花園酒 店が建設されたが香港からの資金をば当て込んだ開発であったのに香港側の資本は香港の中国返還問題が当時未確定で先行き見えぬ不安から中国投資が冷えてお り資金調達ままならず。その時に広州市長であった梁霊光が一筆認め「この投資事業については何が起きようとも広州市政府が全て責任を負う」と信任状をば香 港側に送る。これでリスクかなり回避され香港側の信用が取り戻され花園酒店も開業に漕ぎ着ける。
▼朝日新聞でNHK番組への自民党有力議員の介入報じた本田雅和記者が人事異動で「アスパラクラブ」なるネット上の顧客サービス担当に異動。朝日社内での 社員のメール管理も厳しくなるようで中国なみか。

二月廿七日(月)午後遅く小雨から本降りとなり風雨甚だし。朝八時から晩十時までかなりの諸事に追われ最後、お針仕事の頼まれ物をお客様へと届けに急ぐが すでに戸も閉まり叶わず。尖沙咀天文台道の*洞Expressな る韓国料理の快餐店に寄り炸醤麺注文せば快餐の店なのに10分以上待たされ厭な予感すれば供された炸醤麺はタレも一見して「好きになれそうもない」もので 麺は一掬いで麺が玉になり持ち上がるほど茹ですぎの団子状態。一口食べて「げげっ」と思い二口目で降参。尖沙咀の韓国街Kimberley街から目と鼻の 先で、これは驚き。仕切り直しでChatham Rdに最近開店の九州らーめん店*竜に入る。店の案内のちょっとあやしい日本語に「日式?」と思ったが 東京に五、六店舗ある九州らーめん店の海外第一号店だそうで愛想のいいカウンターのスタッフは好感度大。「自分仕立て」と麺の湯で加減からスープの濃さま でお好み次第というので固茹でスープあっさりの高菜らーめんにしたつもりが、それでも豚肉などかなり濃厚で個人的には苦手。地元の雲呑麺屋が10ドル単位 でかなり高水準の麺を供している香港であるから、その値段の三、四倍からそれ以上をとる麺については辛辣に評価していいと思える。帰宅して夜中に旅支度。 雑用済ませ何かと午前三時に至る。

二月廿六日(日)知人のお教室のお稽古事お浚い会あり昼すぎまでお手伝い。昼遅くZ嬢とFCCにて昼食。昼からハイボール二杯。帰宅。お浚い会の写真整理 して現像に出す準備済ませ午後遅く脚按摩。ジムに一浴。昏時帰宅してハイボール一杯。書斎の机まわりの雑事済ます。大河ドラマ「功名が辻」ほんの少し見 る。次回のタイトルが「初めての浮気」とは。日活ロマンポルノか昼のソープドラマぢゃあるまいし大河ドラマで「初めての浮気」とは。晩におでん。今年はこ れが最後か、と思いつつ来週もまた摂氏11度くらまで下がると天気予報。二日分の新聞、計七紙など読む。
▼マカオで上水道の塩分濃度異常値続きマカオ政府は上水道の飲用を不可として上水道料金も三割だか市民に還元の非常措置。上水道で塩分?というのはマカオ は珠江支流の濠江河口近くで河水組み上げ浄水。それがここ数年、珠江の河川水量の減少が原因が河口から海水の逆流が深刻で塩分濃度上がり浄水では塩分濃度 の低下には限界あり徐々にマカオ市街の上水道の塩分濃度上がる。米国ラスベガス系のカジノ乱立させ中国大陸からの観光客相手の博打場稼業という甘い水にと んだ災難。

二月廿五日(土)曇。環境保護団体Greenpower主催 の慈善山歩き開催され早朝に一緒に参加のN君夫妻に車で迎えに来てもらいヴィクトリアピーク。ここから石澳の大浪湾まで山あり谷ありの50kmの行程。も う今年で6回目くらいの参加だろうか。今年は天気予報は雨のところ曇空で気温も16〜18度でしんどくはなさそう。午前7時半に先発の部としてスタート。 精鋭のランナーらが走り去ってゆくなか、午後三時のゴール目指しかなりゆっくり走り、ひとまずマジョリティなる団子からは抜け出す。あとはひたすら走り (といっても時速8km、キロ7.5分くらいのゆっくり)登りは当然歩いて、の修業。足に痙攣がなんどか走ったが予定では午後3時に石澳大浪湾に到着と言 い放っていたが予定通りの2時59分。7時間29分で50kmを踏破。数年前までなら上位1割に入っていたが今は出場者のレベルも上がり、おそらく上位5 分の1くらいだろうか。今回は大会新記録出て1位は3時間47分ということは山道を登りを含め平均で13kmで走ったとはただ驚くばかり。友人のT君が陽 明山荘〜大浪湾までのハーフの部で2時間6分で優勝。N君の車で送ってもらい夕方に自宅近所のジムでサウナに入り帰宅。晩に今日のトレイルの打ち上げと帰 国するN氏、T氏の送別会で北角の寿司加藤。晩九時には帰宅。さすがに疲れ甚だし。

二月廿四日(金)曇。読売新聞号外がメールで届く。いつも開けてみる迄いったい何の特報か、がわからず。開けてみると「巨人監督に原氏」とどうでもいい話 題であったり。で今日は一瞬「民主党永田議員辞職」か、と思ったが永田辞職ではさすがに号外までにはなるまいと思い、もしかすると「民主党前原代表辞任」 か、と胸踊ったが、開けてみれば荒川「金」、てっきり荒川の放水路にて砂金でも摂れたか?、と。早晩にFCCにてハイボール一杯。Z嬢来てそのままFCC のダインにて晩飯済ませスターフェリーで尖沙咀。香港芸術祭も後半に入り余はこれが最後の「禅武不二」鑑賞。河南省嵩山少林寺武 道館と台北優人神鼓と の共演で、演出と脚本が練られておらぬが、謂わば海峡挟んでの舞台交流で、鐘太鼓の見事な演奏に少林寺の武術に禅の世界の芝居を交え、まぁ「よくできまし た」。少林寺の若い修験僧らも舞台で芝居までする世になり、あと数年すればJohnny's Jr.の如きのアイドルグループも出現だろうか。
▼中国で89年の天安門事件の際に天安門の毛沢東の肖像画に黒の漆喰をかけ「反革命破壊活動と暴動煽動罪」で懲役20年だかの刑に服していた男性が胡錦涛 国家主席訪米を前に釈放される。天安門事件での重要「犯罪人」で刑に服していた最後の一人だが、まだ七十余名の服役者がいるという。この男性、釈放された のはいいが服役中に精神に異常来たし家族の顔も認知できず言葉も喋れないほどに。毛沢東の顔にまさに泥を塗った、中共にしてみれば最大の侮辱なのだろう が、服役中に何があったのか、どれだけ精神的に追い込まれたのか。
▼湾仔の太原街と交加街界隈の露天屋台市場。路上の屋台に対して政府は営業許可をこれまでの1年から月毎に変更は太原街に政府の室内市場来春完成予定ゆ ゑ。これまで路上では営業許可は年HK$4,500にて家賃はただ。それが室内市場は月HK$3,000では路上の店々が営業続けるも難し。市街が清潔に 整備されるなかで猥雑さも風情もなにもなし。

二月廿三日(木)曇。ライブドア問題が自民党苦しめるどころか民主党が武部メールの「偽装」に嵌り議員永田某憔悴しきって入院、代表前原某の去就まで焦点 になるとはライブドアでの自民党との攻守逆転。かつての社会党よか民主党よっぽど自民党の補完に尽力はご立派。晩に金鐘の*都海鮮酒家にて送別の宴会あり末席を汚す。東海集団の高級店にて場所 柄、隣の個室には「金融管理局」だのCOSCOだの「それらしい」お客様多いのも、エレベータであがれば、この料理屋、フロアの客席をば通り抜けずに直 接、個室に入れるゆゑ。そこでVIP客も少なからず首相の要職にあった頃の森さんも南アフリカ訪問だったかの時に「政府専用機の給油のため」香港にお立ち よりになり在香港総領事の案内にてこの海鮮料理屋で森さん自身が給油。で宴会始まったが厳選したはずの菜譜なのに、どうもどれもこれも味付けが順徳風味と いえばそうかも知れぬが田舎風の甘辛さで単調。フカヒレのスープは化学調味料がかなり効いておらぬか。どれもこれも大蒜の使いすぎで揚げた海老も塩辛いし 油っぽすぎ。甘い中華ハムは同席の客の半数が残す。蟹肉ふんだんに使ったはずの伊麺もクリームに和えているが「ちょっとごめんなさい」。香港での有数と評 判のマンゴープリンすらマンゴーの果肉が黒ずんでいるではないか。大丈夫だろうか。数年ぶりに来たが主厨は変わったことは確か。それにしても香港の広東料 理の粋であるはずの店がこの田舎仕立てに驚くばかり。部屋についた給仕の機転利かず。いちいち指図せぬと要領を得ぬ。そして高級店とはいえ必要以上に静 か。店の喧騒感じられず、ふと気になりフロア偵察に向かえば「ガガーン!」のお茶っ挽き。フロントの客の予約簿覗けばフロアは晩の予約が三組のみ。場所 柄、昼の営業が主であろうがバブルな店で晩は晩で濃い客多きはず。それが晩の八時に客なしとはいったい何事か。晩十時に食事終われば隣の宴会室もすでに空 でフロアもしんと静まり果てつ。この料理屋は湾仔の新鴻基中心にも店あり。そちらの賑わいがどの程度か気になるところ。

二月廿二日(水)早晩に二日続けてバーY。パイプを一服とハ イボール一杯。銅鑼湾の寿司翔太にてかつての仕事関係S氏主 宰にて余の廿年の旧知U氏、S氏の友人お二人と某経済誌特派員氏で食す。S氏らお三方とかなり久々にバーS。畏友B氏おり真夜中にもう一軒。二度目だが名前知らずの某ビル14階。カウンターのなかのホステス嬢数名がかなり聡明。四川省 出身だそうな。四川人があの内陸にありながら何故に外語に堪能となるのか、尋ねるが勿論それに名答ないが広東語、日本語、英語にあゝも堪能に而もかなり知 的に物語りされてしまうとただ驚くばかり。
▼作家の福島次郎氏逝去。享年76歳。『三島由紀夫—剣と寒紅』の書き手。澁澤去り六代目歌右衛門、春日井健去る。先日読んだ三島本の作者は堂本正樹氏。 最後に残るは美輪明宏先生か。

二月廿一日(火)曇。早晩にA氏とかなり久々にバーYにて快 楽時光(Happy Hour)過す。麦酒一杯に氷抜きのハイボール。おでん少々。晩に朝日新聞と全日空の共催にて桂文珍の落語会あり。前座は月亭八天と林家うさぎ。寄席三味 線の内海英華の艶やかさと話芸に、英華師匠の都々逸と語りなど聞きながらお座敷で一酌などコトのほか楽しかろう。で桂文珍は、てっきり前座が飽きるくらい 話したあとで一席、かと思えば、八天のつぎにネット関連の現代落語、でうさぎが出たら再び文珍師匠現れ「お神酒徳利」。お神酒徳利というとあたしの場合は 圓生が印象深いが圓生の「お神酒徳利」と比べれば上方の、しかも文珍がかなりこってりと練ったお神酒徳利はもはや別の話にすら聞こえる。あたしが落語を寄 席で本格的に聞いたのは小学5年生だかの上野鈴本。日曜日にひとり神田の鉄道博物館に行き、その帰り、ふと鈴本。中学くらいのころは病みつき。志ん生は高 座を観ておらぬが春風亭柳橋の老境を拝めたギリギリの世代。圓生、正蔵、小さんもまだまだ元気。桂文楽の寝床などテープを入手し「いいねぇ文楽は」と畏友 J君らと楽しむ13歳。しばらく落語への関心失せていたが80年代の東京は志ん朝の全盛期。だがVHSよりβ、WindowsよりMacのあたしゃ「志ん 朝もそりゃ素晴らしいが通はやっぱり馬生でしょう」と池袋演芸場などで馬生の話や踊りを堪能したのも懐かしいかぎり。閑話休題。で文珍師匠、お神酒徳利の あと中入りとなり10分休憩。さすがに客が驚くほど長丁場覚悟で少なからずお帰りになる客(そりゃそうだ、のここまで2時間)。で内海英華の寄席三味線で 最後は文珍師匠が得意の「星野屋」。小朝で聴いたような記憶のある、これは確か江戸の咄か。星野屋は文珍師匠であるから身投げして死んだはずの檀那が妾家 に現れてからの騒動はもっとたっぷりできるはずだが三時間になる長丁場の香港寄席となり最後はだいぶ端折った感あり。だが充分に堪能。会場は主催者側発表 で七百人と盛況。全日空はJALの低迷に「ここぞ」とばかりの躍起。香港もANAプラチナカードだか大新銀行と提携で発行の大宣伝。名前だけは「プラチナ カード」も日本人相手に所得額など事前審査なしの向こう見ず。実際にはクレジット発行会社合弁の審査会社あり香港IDの番号だけで個人の過去の信用実績な どたちどころにわかる仕組み。一方の朝日新聞。全日空に比べ幾許の宣伝効果あろうか。朝日の購読者対象と限定せず、読売、日経、聖教新聞などの読者にも門 戸広げる気前の良さ。それぢゃ「ウチもこれから朝日にしましょう」となるはずもなし。当日の朝日衛星版会場に積んであれば開演前に不躾にも関係者の前で一 部とって「あら、暇つぶしにいいわね」と宣った客など摘んで場外に放り出してもよかろうに。せめて朝日の購読者は上席にするとか(読売など他紙読者は立ち 見)、衛星版発刊10周年記念なら発刊以来の定期購読者は文珍師匠との茶飲み会に参加特典とかすべき。だが朝日読者のみ上席になどすれば立ち見の客の間で 「坐ってる人たちってみんな朝日新聞読んでるんだって〜」と(笑)白眼視か。香港でいったいどの程度の発行部数あるのか知らぬ読売なども含めた新聞など月 に1万円もかけて定期購読する「知識階級」が在港邦人の何割なのか、そのうち朝日の読者は幾許か。駐在員的には日経、家庭では読売が圧倒的に多し、で聖教 新聞も人口的には1割だろうが、新聞読まぬ非創価学会世帯に比べ創価学会信者が聖教新聞購読は相対的に高いだろうから1.5とすると、日経5、読売3で朝 日と聖教新聞が1.5ずつ、と見てはどうであろうか。寄席も終わり「銅鑼湾に主催者側発表の700人の邦人が溢れる」と料理屋、飲み屋の混雑も想像に易く 早々に帰宅しカップうどん「ごんぶと」食す。すっかり年寄りの薄味で粉も液体もスープなど半分で充分。おまけに「揚げ」まで一度湯がく。これでようやく あっさり。
▼この日剰にても地味に取り上げてきた仙台市の梅原某がついに全国区に登場。朝日新聞の投書欄に「「こども」表記、漢字はやめて」という産経的には活動家 であろう仙台市民の投書あり。戦後、左翼に汚染され続けた市政の改革進める市長は「こども企画課」や「こども家庭係」などの名称を「子供企画課」「子供家 庭係」に統一し新年度には「子供未来局」設け、今後、市の文書や政策では「子供」と漢字に統一だとか。市長は「漢字があるのだから漢字を使うのは当然」と 新都市構想での中華街建設には反対した市長にこの漢字好きの漢意(からごころ)とは矛盾甚だし。それならまず「仙台」を「仙臺」にすべき。よーするに思想 も思考も浅はかで、単純に「こども」「子ども」の響きに市民運動、左翼の臭いあり、これを毛嫌いしての「子供」への無理強い。だが文部科学省でもHPなど 「子ども」「こども」が混在で「子供」見当たらず。http://www.ocs.co.jp/
▼「香港の良心」(と言われる)元政務長官・陳方安生女史のご母堂Fang Zhaoling(方召●)女史逝去。享年92歳。浙江省無錫の富裕家に生まれ1930年代にマンチェスター大学に学ぶ。同 学の方心誥と結婚。方心誥の父親は国民党の抗日戦での名将・方振武。戦禍逃れ来港。長女の安生女史が香港政府で女性初の地元採用上級公務員職として出世。 方心誥氏は若くして急逝するが未亡人となったZhaoling女史は嶺南派の国画の画家、書家として才能発揮。97年の香港返還を前に英国側の香港政庁で パッテン総督により布政司に抜擢された安生女史が返還後の政務長官候補となることで中国側に反発あったがZhaoling女史の国画を中国側に贈り安生女 史の祖父が抗日戦の英雄ということで中国側も妥協とか(陶傑氏が突っ込む話題であるが)。高齢でも旺盛なる制作意欲衰えず。でこの家族、長女の安生女史筆 頭に弁護士(退職)、医者、国連職員、旅行会社社長と子どもらも錚々たるもの。だが問題は長男の弁護士氏。1999年に九龍は油麻地の雑居ビル内の小さな マンションで若い女性の白骨死体発見される。この部屋の所有主がその安生女史の長兄である弁護士。当時は証拠不十分で刑事事件化されず。高度な政治的判断 という風聞もあり。が董建華から「自称政治家」Sir Donaldの御世となり司法長官が悪名高き梁愛詩女史から現職の若造に代ると、この事件、再調査なる。今度は、これが世論の支持高き安生女史の政治的蘇 生警戒する北京筋からの仕業という風聞も。でZhaoling女史の弔報伝える今日の新聞にはこの白骨死体事件の裁判で昨日、白骨と化した若い女性の母親 が「娘はこの安生女史の長兄の実質的な愛人で、長兄氏の弁護士から「方家は当局ばかりか裏の世界にも強いパイプがある」と刑事事件化せぬよう圧力示唆あっ た」と証言とか。Zhaoling女史の葬儀となればこの長兄氏もさすがに喪主として葬儀に出ざるを得ず。安生女史がどこまで「香港の良心」なのか。董建 華夫妻と家族ぐるみのつき合いする畏友のA君からは安生女史のかなりの傲慢さも聞いたが、果たして。
▼久が原のT君といろいろ物語りするなかで歌舞伎の話となり(いつものこと)突端は神谷町の話から芝翫の婿にあたる中村屋の話となり先代の勘三郎の話に至 る。勘三郎の強烈な印象は梅幸がダブるわけで余も幼き頃にみた勘三郎と梅幸の、道行だったのかお軽勘平だったのか子どもながらに眼に焼き付いて今もって離 れぬが先代の勘三郎で、とT君に言われた昭和62年11月の歌舞伎座。梅幸との「廓文章」は「粉だらけの大福餅が引っ付いたような一幕」で名品。そうそ う。最終三日間は松緑復帰記念の「山門」の出幕。「巡礼に御報謝」の競演で一日目が中村屋(17代目勘三郎)の久吉、二日目が大檀那(六代目歌右衛門)の 久吉女房長浜御前、千秋楽は梅幸の久吉。大松嶋(13代目仁左衛門)の美事な仁木の引っ込み。T君をしてT君の見た歌舞伎座で最も名優が揃って輝いたる昭 和も終わりに近き62年11月。懐かしいかぎり。

二月廿日(月)曇。諸事に忙殺される。晩に尖沙咀の吉野家で 牛丼。香港の吉野家は定かでないが豪州産牛肉だとか。数年前に東京は中野の友人宅に泊まり歌舞伎を母と見る朝、国鉄中野駅北口の吉野家にて朝定食を注文の はずが店員に早口でホニャララと言われ聞き取れぬも知った顔で「ええ」と答えれば朝から特大盛の牛丼出され閉口したが、その一カ月後だったかに吉野家が米 国産牛肉の使用断念から牛丼の営業停止。中野の朝の特大盛は今にして思えば貴重。
▼阿倍某の戦後教育批判は築地のH君の指摘の通り「戦後の教育」がもし悪かったのなら、当然、教育行政の責任者である文部科学省と政府与党が責任をとるべ きもの。それを何でも他人のせいにする、というのは人間としての徳のなさ。中国が悪い、韓国が悪い、教育基本法が悪い、憲法が悪い、とすべて他人の所為。 そういうのをひっくるめて責任をとるのが政府与党というもの、と。御意。それほど無責任なる政府与党に下駄を預けてきたのだから最終的には国民に竹篦返し がくるのは当然か。
▼朝日新聞に「団塊」の世代論あり。上野千鶴子お姉さまと「三井の良心」寺島実郎氏。千鶴子姐は大学紛争が大きな出来事としつつ、さすが社会学者、当時、 大学進学率は13%(女性に限れば5%)、人口の9割が大学に行っておらず、全共闘は周辺のシンパ入れても学生の2割、反全共闘が2割、残り6割はノンポ リで「大学闘争は世代のマジョリティーを巻き込んではいない」こと指摘。御意。香港のバーとかでこの世代の人と話すと、当然のように全共闘世代と熨斗がつ くのだが余のかねがねの疑問が「ほんとうにそんな世代間の大きな動きだったのか?」ということ。千鶴子姐の歯に衣を着せぬ指摘は(って上野先生の歯に衣を きせるのは優秀な歯科医でも難儀だろうが)溜飲下がる思い。寺島氏のコメントは「自分はこうしたい」という主張で世代論の体はなしておらず残念。

農暦正月廿二日。雨水。週末にゆっくり寝ていればさぞや快適であろうと思いつつ早起きし8時にMTR坑口站に6名で集まり一昨年 Trailwalker100km一緒に歩いたI君が帰国のため送別のトレイルで西貢は北潭凹に。我が勘違いでMcLehose Trailの3の鶏公山の登山をば間違って2を歩きませうと告知しておき「えっ……」であったがI君の英断で3を登ることにするが雨は本降り。息も白くな るほど。それでも標高300mほどに登れば雨もやみ雲の絶え間に馬鞍山などの稜線も見事でため息。Cheung Sheung の山中の茶屋に名物の豆腐花を食す。何度 も訪れし茶屋で豆腐花もいつもは「凍」ばかりで「熱」食したのは初めて。もちろん「凍」よか格段に美味。昼すぎ西沙路の峠に下る。タクシーで西貢に戻りい つものThe Duke of Yorkにて麦酒一飲。他2 名合流し西貢で海鮮料理堪能だが午後に観劇の予定ある我は一行と別れ独り龍 記桂林米粉にて美味なる金銭展米粉を食す(展の字は正しくは「月」扁に)。西貢のミニバス乗り場に「ダリ に」車輪の歪んだ放置自転車あり。午後3時より尖沙咀の香港文化中心にて台湾の雲門舞集「行草」三部曲の二「行草弐」の舞台開演まで90分。ミニバ スで坑口に戻りMTRで香港島に戻りタクシーで帰宅し慌ててシャワー浴び着替えて金鐘までタクシー急がせ尖沙咀の会場にZ嬢と滑り込み。「行草弐」は水曜 日に感嘆の「行草」に比べ照明や音楽を抑え純粋に舞踏に徹す。余計なものをここまで削ぎ落とすか、の究極なる舞踏。この舞踏団の呼吸の大切さが三階席にま で伝わる。Z嬢とフェリーで中環。彼女はお買い物で余はFCCにてハイボール飲みながら新聞読みと日剰綴るなどしZ嬢来てFCCでそのまま晩飯。復た尖沙 咀に戻り午後8時15分より雲門舞集の「行草」三部曲の終章「狂草」の舞台を観る。「行草」から「狂草」であるから文字から期待はかなり破天荒。だが昨年 11月に台北の国立劇場にて初演のこの「狂草」は予想に反し、ここが林懷民の見事さで、「行草弐」では舞手が「個々に」舞踏が洗練されていたものが「狂 草」は十数名の舞手がまるで一つの生命体、有機体の如く舞う見事さ。ここに至ったか、と感嘆。
▼昨日記述に漏れたが香港から中国への長距離列車出ずるHung Hom站の免税店にかつては見たこともなきパイプ煙草各種充実に驚く。紙巻き煙草も紐育の高級紙巻き煙草 Nat Sherman などあり、一服すれば「なにが高級なのか」と納得する銘柄ではあるが中国のバブル、取引先への珍しいご贈答品としてばかり売れるのかも。いずれにしても美 味なる煙草好きには一興。
▼官房長官阿倍二世ライブドア堀江社長について「(事件は)決して規制緩和の結果ではない。やっぱり私は教育の結果なんだろうと思う」と宣う。もちろん言 わんとするところは教育基本法の改正。「国を愛する心を書き込んでいただきたい」と。国を愛せばホリエモンも現れず、とはただただ唖然。これが首相になっ ては小泉三世どころのお話では済まず。それにしても阿倍二世によれば戦後教育が間違っていたからホリエモンの如き輩が現れた、と言うが、なぜ戦後教育が阿 倍の嫌うものとなったかと言えば米国による戦後占領政策ゆゑ。なぜ米国が戦後占領政策に当ったかと言えば太平洋戦争での敗戦。太平洋戦争で勝っていればホ リエモンも現れず……となれば究極は戦時内閣に大きく関わった阿倍二世の御祖父・キッシーら当時の官僚にも責任あり。つまり岸信介ももっとちゃんとしてい ればホリエモンも現れず、となるのだから、ホリエモン問題を教育基本法などに短絡的に結びつけるべからず。
▼シンガポール政府が06年政府予算案に財政黒字を国民にボーナスとして還元と発表。全ての成人に所得に応じSin$200〜800(14〜56千円)支 給。国民の45%が最高額のS$800受け取り月収S$1,500で公団住宅に居住の4人家族の場合、低所得者へのボーナス加算や学生補助などで臨時収入 はS$3,780という大盤振る舞い。昨年夏に世襲で李Jr.首相選出されてから初の総選挙がこの春予定されていることから(李光耀からの世襲による禅譲 でなく「最良なる人材を公正に選出した結果」とシ政府宣うが北朝鮮も同様に世襲制を解釈)選挙対策のばらまき予算は明らか。と以上は朝日新聞の報道(19 日)だが、この金銭での票の買収の不正選挙、買収につき18日の信報にはこのシ政府の06年政府予算案の数字も出ており(ここまで報道しないと実態見え ぬ)、それによれば財政黒字どころか06年の政府予算はS$28.6億の赤字で、そこにこの国民ボーナス(14億)を含む26億円の国民給付金が含まれ、 単年で見れば今年がこの大盤振る舞い分が赤字だが、それじゃ05年に同額かそれ以上の財政黒字あったのかと言えば05年単年の黒字は4.3億にすぎず。明 らかに政府による政府与党のための公的資金による不正選挙運動。恐ろしや。但しシ政府の予算案で遺産相続税撤廃は少子化対策や国民資産の海外流出を抑える 上で最良の案。

二月十八日(土)ご公務あり朝八時廿五分に鉄道にてHung Hom出で一路、広州。「九広通」の二階建て列車で一等車はHK$40高いだけでと思えばお値打ちの快適さ。昨 晩三時間ほどしか寝ておらず、だが香港の新聞は広州到着前に読み捨て。広州東站に着けばホームで息が白き、気温は摂氏十度。香港より八度低し。広州東站か らタクシーで本田自動車広州工場に近い某所ご訪問。夕方ご公務終わり市街に戻り雨空のなか海珠路のあたり路地を散策。廿数年前に広州に列車で香港から入 り、この都市の広さわからずタカをくくり駅前からこの解放路をば大きなリュック背負って歩き始めその遠さに途方に暮れた炎天下のこと思い出す。晩に復た鉄 道にて香港に戻る。青島麦酒(といっても深圳にある朝日麦酒との合弁工場の産品)一缶飲み香港まで熟睡。

二月十七日(金)諸事に忙殺され晩に至り晩の観劇に急ぎタクシー走らせ金鐘からMTRにて尖沙咀。英国国立劇団の“History Boys”は昨 年のLawrence Olivier賞にて最優秀作品賞受賞し主演の教師役Richard Griffiths氏が主演男優賞受賞の話題作で香港でも五日連続公演だが尖沙咀站にて、ふと「それにしても香港文化中心の劇場で5日連続?」と一瞬不安 過り切符あらためて見れば会場は金鐘の香港演芸学院のテアトルで「がちょーん」の開演15分前。慌ててMTRにて金鐘に戻り演芸学院に滑り込む。さすが英 国の話劇(英国Guardian紙の劇評はこ ちら)。といっても実はOx-bridge的な世界だの英国特有の風刺だのあたしには正直言ってわからない箇所も少なからず中文の字幕も要を得て おらぬから(井上ひさしの芝居を外語にしたらやはり難しい)周囲の客が大笑いしているのに聾桟敷になったり。脚本はアラン=ベネット(Alan Bennett)。劇の幕開きは車椅子に坐った歴史家が登場。一瞬、状況がわからぬのは観客の誰もが舞台は英国の何処にでもありそうなグラマースクール (公立学校)であることを“History Boys”なる劇名と事前宣伝で知っているから。で舞台は一瞬にして、この学校となり(この舞台の大道具の簡素ながら見事な舞台設計だけでも一見の価値あ り)学校の格を上げたい校長は学生8名を選抜しOx-bridgeに入学させたいが悩みの種は定年間際の風来漢なHector教師(Richard Griffiths)。 英文学が専門ながら、この8名の精鋭クラスで授業といえばフランス語の授業をしてみたり(このフランス語での寸劇が抱腹絶倒)哲学や人生を語り生徒には人 気。だが、すぐに生徒をノートで叩くし、校長の方針だのカリキュラムは一切無視で、而も男子校で下校時にお気に入りの学生をば自ら運転するバイクに乗せお 触りするが如きどうも英国の伝統か?生徒にチョッカイ出す悪癖あり。この状況を打開しようと若い歴史家(Stephen Cambell Moore)を非常勤講師に招くが、これも一癖ありの人物。この公司が幕開けの歴史家と同一人物だとわかると健歩にて授業する講師がどうも著名な歴史家に はなるが車椅子に坐る不自由な身となっていることが気にかかる。で物語はたっぷりとこの学校でのHector教師と学生との語り合い、それに講師や校長ら との騒動、と続き、最後に講師がなぜ車椅子になったか、と話が進む。途中20分の休憩はさみたっぷり3時間。英国のとてもとても英語話劇。だがAlan Bennettの脚本はそれほど英国では珍しくない学園モノのはず(耽美的に描けば“Another Country”になってしまうし社会的に描けばケン=ローチ監督であろうし、誰にでも愛されるほのぼのとした学園モノのようで見る人によっては社会派の 『小さな恋のメロディ』であるような)。それが演劇の賞を総嘗めなのは、個人的にはRichard Griffiths演じるところの教師には魅力が多少感じられぬが寧ろ肥満体のこの懲戒免職もありの定年退職間際の男を魅力的にした配役と演出によるもの なのだろう。

二月十六日(木)諸事に忙殺され遅晩に至る。帰宅してNHKの放送は通常であれば香港時間8時にニュース9で9時にニュース10となるが日本での冬季オリ ンピック中継の関係で衛星放送の番組編成も影響受け香港時間8時台にはNHK映像アーカイブで「シルクロード」が連日放送される。スポーツ中継やオリン ピックの類いには殆ど興味もなく「シルクロード」で結構だがニュース番組もオリンピックなど「放送権の都合で画面をご覧いただけません」多し。日本の報道 番組の不思議はスポーツ中継に割く時間の長さ。そりゃBBCでもCNNでも中国中央電視台でも報道番組にオリンピック取り上げられるが催事としての報道で ありニュース番組の後半で活躍する選手の姿など映るだけで、日本ほど他のニュース削ってまで各種競技が「報道」されることは稀。
▼民主党が堀右衛門による自民党幹事長武部某の次男への3,000万円送金追求に小泉三世「根拠のないことを公の場で民主党の議員が言うのはおかしい。ガ セネタをもとに委員会で取り上げるのはおかしいと思う」と宣う。笑止千萬。「根拠のないことを公の場で言う」のが上手はだれか。イラクの大量破壊兵器保有 など根拠のないガセネタをを根拠に自衛隊の派兵を決定し、公の場で「自衛隊が駐屯する地域は非戦闘地域」だのと公の場で平気で宣うのが誰か。小泉三世とい う人のバカさ加減に呆れながらも、根拠のないことを公の場で「民主党の議員が言うのは」おかしいのであり、自民党でしかも総裁なら根拠のないことを公の場 で言うことも小泉的には赦されるのか、と妙に諦めに似た納得。ところでその小泉三世の木曜朝名物のメールマガジンでは「先日、「世界によい影響を与えてい る国の第一位は日本」という世論調査がありました」と馬鹿馬鹿しくて引用も恥じるほどの書き出しで延々と首相官邸での懇談会に来た、日本の文化や自然を愛 おしむ親日家の紹介が続く。「私たちが気づかない日本のよさをたくさん教えられました」と、この人は人に讃められるのが大好き。で懇談会の司会した木村尚 三郎の「街づくりで大切なのは、女性にやさしく、高齢者に安全で、そして外国人にわかりやすいこと」という言葉を紹介。「国づくりで大切なのは、弱者にや さしく国民すべてに安全で、そして外国人にわかりやすいこと」ということこそ小泉三世に理解してほしいが無理であろう。
▼韓国外相(外交通商部長官)潘基文氏国連事務総長出馬。国連常任理事国入り叶わずの日本がこれに嫌韓的に難色示すのは驚きもせぬがフランスの志らく大統 領が事務総長は英語とフランス語を駆使できることをば条件に挙げたことも嗤える(朝 鮮日報)。それにしても潘氏の学歴、経歴の見事さ(http://ja.wikipedia.org/wiki/潘基文)。我が国もぜひ韓国に対 抗し(学習院から)スタンフォード大学院、倫敦大学大学院と学歴も立派な麻生太郎君(http://ja.wikipedia.org/wiki/麻生太 郎)をば国連事務総長に出馬させるべき。日韓外相がスタンフォード対ハーヴァードで英語でディベートでもしてアジア代表権を争うのも一興か。ちなみに麻生 君はスタンフォード的な米語をば倫敦で矯正されたそうだが、その際、やはり「べらんめぇ調」が売りの麻生君であるから英語もコックニーだったのだろうか。

二月十五日(水)朝の濃霧から雲一つなき快晴となり群青の空に気温は摂氏廿三度で汗ばむほど。晩に香港文化中心にて台湾の「雲門舞集」(Cloud Gate Dance Theatre of Taiwan)の公演あり。