乾 坤容我静 名利任人忙
教育基本法(1947〜2006) 改正に反対した文化人129 名の声明 憲法改正反対(九 条の会こちら) 
米国の理性Barack Obama氏(民主党、上院議員)を米国総統に推しま せう。                     

また眞理を知らん、而して眞理は汝らに自由を得さすべし。
ヨ ハネによる福音書8章32節)

メディアはコミュニケーションの道具という素朴なイメージがあるが、もっともこの言葉は「中間」という意味であり、二つのものの間を取り次ぐという意味で はコミュニケーションの道具となるが、同時に最初は一つであったものを二つに分けるという効果ももたらす。メディアは、それがもたらす情報を共有し仲間意 識を持つグループと、そうしたものに無関心、あるいは反発するグループとの分裂をもたらす。メディアが発達すればするほどこの分化は進む。だから、メディ アの発達がコミュニケーションを豊かにするというのは幻想にすぎない。(佐藤卓己)

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■最近のブログ化のご時世に敢へてブログ化せぬ日記を。の 心づもりでをります。敢へて全て讀むこと強ゐる日剩あつてもいゝのでは?と。
讀みにくいこと間違ひなきサイト乍ら今後とも御贔屓の程宜しくお願ひ申し上げます。

2000 年11月24日からおそらくあなたは番目の閲覧者です。

二月晦日。政府の新年度予算案発表。好景気による法人税所得の伸び反映し政府の財政も改善あり所得税は02/03年水準まで引き下げ(税率は16%くらい だろうか)何より好事は酒税見直しでアルコール度数30度以下の場合、税率は現行の40%から20%に引き下げられ(つまりウイスキーやスピリッツは対象 外、だが日本酒は恩恵ありか)、そして吉報は悪名名高き香港のワイン酒税が現行の80%!から40%に軽減され、これは財務官・唐英年君がワイン党である から、という噂もあるが、現在300ドルの葡萄酒が230ドルになるのは嬉しいところ。香港政府は財政と税制について日本に比べたらかなり真面目で財政改 善されれば減税、消費税導入なら所得税減税、と対応は立派。ただただ盲従的に増税、に非ず。午後に一つ高座での与太話を済ませ早晩に一旦帰宅。ドライマ ティーニ一杯。Z嬢と北角で待ち合せ和富道の勝利小厨に海南 鶏飯など食す。ついHK$8追加料金で脾肉で注文してしまったが、この店の海南鶏飯の場合、普通のほうがずっと「滑」で美味。店に貼り出された雑誌での紹 介記事を読むと、この店、もともと旺角の(タクシー運転手の食堂と呼ばれる)小食堂並ぶ勝利道で牛腩を出す食肆であったが近所の店との競合で新機軸にタイ 式の海南鶏飯を始めると、これが好評で一躍有名になった由。
▼東京都日野市の教員が99年に入学式での君が代伴奏を拒み戒告処分受け東京都教育委員会相手取り処分取り消し求めた裁判で最高裁は「伴奏を命じた校長の 職務命令は、思想・良心の自由を保障する憲法19条に反しない」として上告破棄。何が驚いたか、といえば最高裁小法廷で5人の裁判官のうち1人から「君が 代斉唱の強制自体に強く反対する信念を抱く者に、公的儀式での斉唱への協力を強制することが、当人の信念そのものへの直接的抑圧となることは明白」として 審理の高裁へ差し戻すべき、と反対意見があり、その良識示した裁判官が藤田宙靖君であること。藤田君といえば我が日剰に何度か登場する、おそらく唯一の裁 判官。頁捲るだけでも「疑わしきは罰する」で東電OL殺人事件で被疑者に無期懲役確定したのがこの人。そしてジャニー喜多川さんが週刊文春のホモセクハラ 記事を名誉毀損と訴えた訴訟は最高裁での裁判長がこの人。「セクハラの記事の重要部分は真実だが、『飲酒、喫煙をさせている』などの記述は真実でなく名誉 棄損」ということで文春側に120万円の賠償金支払いを命ず(一審では880万円)。氏の少年セクハラという本来裁かれるべき「戦後の一つの巨大な闇」が 「未成年への酒、タバコを勧めた、ことが事実かどうか」という枝葉の問題に据え置かれての迷判決。もともと東北大学で行政法を専門にしていた地味な学究の 徒。その御仁が政府自民党の大学機構改革(独立行政法人化)に与したことで最高裁判事への道が開かれた、という人もあり。その人が今回のこの反対意見と は。
▼東京都知事選に浅野史郎氏が立候補の意志固めた由。これでも石原再選となったら、もうお終い。活力ある東京、強い日本だかなんだか知らぬが、オバサンだ の障害者だの社会的マイノリティや外国人が差別される東京、都知事がまともに登庁せず接待交際費に海外出張手当浪費で息子にギャラ払っても許すのなら、あ たしゃ本当に都民とはもう絶縁だよ。2000年にブッシュが米国総統に「選挙で選ばれて」からブッシュ在任中は絶対に米国には足を踏み入れぬ、と決めたが 石原再選となったらホントなら東京には足を踏み入れず、としたいところ。選挙のカギはまず日本共産党。共産党が独自候補擁立を取りやめぬと反石原票が全て 死に票に。そして何より公明党支持者の良識。党の「なにがなんでも与党シンドローム」に与するか、自らの良識を票にするか、の判断。それにしても石原落選 は本人にとっても自民党にとっても末代までの恥となるから、こりゃ総力戦。公示前に形勢不利となったら自民党は(そもそも石原を「公認」ではないのなら) 最後の切り札で小泉三世の擁立とか(笑)。だが、ふと思えば、石原慎太郎を都知事に選んだことで、あたしゃかなり都民に罵声を浴びせたが、石原君を都知事 に据えてくれたことが石原首相待望論(って本人がそう待望したのだろうが)抑え石原首相実現がならなかった直接的原因と思えば、石原君を都知事にした都民 のそれは良識であったのかも、とふと思う。

二月廿七日(火)昏時、灣仔大王東街の国際咖喱館に羊肉咖喱 飯食す。美味。値段も相応。尖沙咀に渡りペニンスラホテルのバーで ドライマティーニ一飲。香港文化中心。Z嬢と待ち合せ。莫斯科フィルハーモニー交響楽団の演奏会。文化中心のロビーで鐘や太鼓がなり響き賑やか。何かと思 えば今年の香港芸術節(HK Arts Festival)の開幕祝賀式典で政府財界のお歴々鳩まる。ちょうど行政長官「自称政治家」Sir Donald君らが舞台にあがり筆を持って獅子舞の獅子に眼をば書き入れる。ロビーの混雑で、これぢゃモスクワフィルのコンサート会場にも入れぬわい、と 舞台の袖から裏手に周りこもうとするとVIP関係者エリアの片隅でカナッペ片手に赤葡萄酒飲む御仁あり。余 の知己、政府某署署長のT氏なり。皆が開幕式典に目を向けるなか立派?な態度。ちょっと雑談。莫斯科フィルはユーリ=シモノフの大袈裟な指揮。山本直純の 「オーケストラがやって来た〜っ!」の如き雰囲気でショスタコーヴィッチの祝典序曲で幕開け。会場にはSIr Donald君筆頭に香港の田舎政財界、ジョッキークラブ首脳らS席にずらりと並び、香港金融管理局で禄を貪るT総裁や東亜銀行のBaby李國寶頭取ら並 んでA席後方。ショスタコーヴィッチの祝典序曲に続きプロコフィエフのピアノ協奏曲2番。ピアノはKonstantin Lifschitz(コンスタ ンチン=リフシッツ)君。グールド以来の奇才と称されるが、グールドがピアノの演奏的な意味での奇才なのに対して舞台に出てピアノに向うところから奇行っ ぽいところでグールド以上。淡々とした表現なのだがかなりのクセがあり面白い。Z嬢曰く、ピアノから音を吸い上げるそうな奏法、と。それにしてもプロコ フィエフの、とくにこの帝政ロシア末期の1913年にプロコフィエフ22歳の時のピアノ協奏曲2番というのは、あたくしにとっては「わからない」曲の代名 詞の如し。難解なら難解でいいし、きっと奇才のリフシッツは「わかってしまっていて」ピアノを弾いているのだろうが、どうもシモノフの指揮が、個人的にと ても生理的嫌悪で見ていられず、目を閉じて聴いていたが、途中だいぶ「落ちてしまい」今晩も、このロシア未来派のモダニズムの曲はよくわからぬまま。ピア ノのアンコールでリフシッツはバッハのゴルトベルク変奏曲から1曲、もう1曲あたしは知らぬ曲を披露。この人のゴルトベルクはきちんと聴いてみたい。途中 休憩でも警察の要人警護のSPが会場に現われSir Donald君をエスコート。たかだか一地方自治体の、大阪市長程度の格のこの男のためにここまで大それた警護が必要か、とただ嗤うばかり。後半はあたく しは初めて聴くミハイル=グリンカの交響詩「カマリンスカヤ」とムソルグスキーの「展覧会之絵」。展覧会の絵、なんて聴くのは中学生以来かしら。どうもこ の莫斯科フィルの演奏は、大きな音を出すことばかり目立って、個々のソロはかなり上手いのだが、抑揚に欠けるというか、オケとしての全体の音のうねりがな いことがモノ足りず。ひとりでお茶屋遊びの如く指揮台で踊っているシモノフの指揮がやっぱり見ておれぬ。でいろいろこの曲について考える余裕?というか暇 つぶし。この曲は、そういえば中学1年の時だったか冨田勲のシンセサイザーでの作品のLPを、ホルストの惑星に続けて買った、そうそう「展覧会の絵」は小 学生でも聞くクラシックの定番であったから、小学6年だったかに買ったLPがオーマンディ指揮でフィラデルフィアの演奏だった、などと思い出してみたり、 このラベルによるオーケストラのための編曲はこれほどまでにヴァイオリンが後手にまわっていたものか、ほとんど出番なし、と認識したりする。アンコールは ムソルグスキーの何某という歌劇からの一曲。万雷の拍手でスタンディングオベーションまでする客あり。莫斯科フィルのこの演奏も、客の興奮もよく理解でき ず。もう一曲アンコールがありそうだったが、ちょっとシモノフ指揮のこの楽団に今晩はもう食傷気味で香港地元要人らのお帰りを考えると閉幕後かなり面倒に なりそうなのでZ嬢と早々と退散。文化中心の正面の車寄せには金持ちのショーファーつきの自動車がずらりと並び、何より驚いたのはBMW7シリーズの 「AM」一桁ナ ンバーつけた政府官僚専用車が本来自動車進入禁止のエリアにまで入り込み主人待つこと。このような破廉恥な自動車乗り入れは、まさに中共の高級幹部的な横 柄さ、或いは小役人どものそれの真似で、中国では鉄道駅のホームにまで自動車で乗り入れるのは小役人らの日常茶飯事。香港の地方自治体の小役人もさすが 「国風文化」に馴染むのはお早いようで。帰りがけに、Z嬢の話では、昼間にRTHKのRadio 4でモスクワフィルの演奏を何曲も流したそうで、Z嬢はメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を聴き、いたく感激し「今晩はこれか」と期待したそうで、指 揮はデュトワ。指揮者によりだいぶオケの音は変わるのでしょうが……。比べちゃいけぬのだろうが同じロシアのオケとして旧レニングラード、サンクトペテル ブルグ交響楽団の演奏を3、4年前に聴いた時のあの感動。Yuri Temirkanovの指揮でムソルグスキーの「モスクワ河の夜明け」、Natalia Gutmanのチェロでドボルザークのチェロ協奏曲。そしてラフマニノフの交響曲第二番。

二月廿六日(月)晴。晩にHappy Valleyの寿司「澄」で 宴会あり末席を汚す。宴会料理も悪くはないがやはりこの店はK氏の握る寿司に限る。寿司といえば先日、築地の寿司清本店で、味噌汁が供されていた。寿司屋 で味噌汁というのはどうも苦手。むかしは寿司屋で味噌汁なんて野暮はなし。寿司など花街遊びのまえにちょっと小腹落ち着かせる、屋台での今ならさしづめ ファーストフードだと思えば、味噌汁などあるはずもなく、だいたい魚と酢飯の味覚に、あの味噌臭さが合うとはとても思えない。おそらく北陸だか北海道で寿 司屋が魚のアラだので雑に汁をこさえ、それが味噌仕立てであったものが美味く、それが各地に伝染したのではないかしら。その地で美味いのはいいが、例えば 「るいべ」とか、北海道なら鮭の寿司もまだ許せるが、世界的に(とくに熱帯で)サーモンが寿司になることがヘンで、「寿司屋の味噌汁」も築地とか海外でま で普及していることが厭なのだ。それも「アラ汁」とか「潮汁」とか、漁師町じゃないんだから……。寿司屋で口から魚のアラの小骨を出しているなんて、ほん とみっともない話。基本的に寿司屋というのは銀座の九兵衛とか、いい寿司屋とか行くとわかるが本来、基本的に「無臭」であるべきなのだ。そしてカウンター など水々しくなく、乾いた世界。においといっても、せいぜい玉子を焼いたり穴子のために「ツメ」を煮るくらいで、それも本来は店を開ける前の下仕事である べきで、そのような空間に「味噌汁臭さ」がどうも所帯っぽくっていけない、と思う。何年ぶりか、で香港の日系某活字媒体より執筆の依頼あり。ちょっと書い てみる。

二月廿五日(日)家を朝の七時すぎに出て馬鞍山までバスで参って馬鞍山の吐露ハーバー沿い走る8kmのロードレース。集合場所の馬鞍山の運動場の入り口で 八旬どころか今年86歳のロードレーサー葉さんに出 会う。「おはようございます」と日本語で挨拶して通りすぎたつもりが軽快な足取りで葉翁は余に追いつき「日本人?、日本から来たの?」といつになく今日は お元気。もう何度もお会いして何度か香港に住んでいる、とお答えしたが、今朝またこう尋ねられたこともご愛嬌。「東京でマラソンがあるの?」と尋ねられ 「先週、終わりましたよ」。「終わったんだ」と残念そう。「来年お出になりますか?」「ぜひ」「生まれは熊本なんだ、熊本」と確か5歳までしか日本にはお 住まいになっておらぬはずなのに本当にきれいに日本語を操る。日本で走ってみたいでしょう。ゼッケンの受取りなど葉翁のお手伝い。「日本まで飛行機はいく ら?」と葉翁は真面目に来年の訪日でのマラソンを考え始めた。なんて意欲。「今日は何キロだっけ?」「8kmですよ、短くて、もう楽でしょう」「短いのは ダメだよ、みんな速い、長いほうがいい」と……御意。先週、東京マラソンに出場のK氏、O氏の話を聞く。悪天候での東京マラソン、雨の中スタートまで1時 間も待つ中で都知事よりギリシャの詩人がなんとか、だかの御言葉あった由。君が代まで吹奏だか斉唱があったそうで「青梅とかどこあでもそんなのあるの?」 と尋ねるとO氏の話では「他ではそんなことない。アメリカだと珍しくないけど」。日本生まれの華僑の87歳のマラソンランナーが東京マラソンを走る、なん て都知事が喜びそうだね、と鼎談。一瞬、生まれ故郷の熊本ならどう?と思ったが熊本といえば阿蘇カルデラスーパーマラソンでまさか50km、100kmを 走っていただくわけにはいかず。8kmのレース終わり葉翁に「それじゃ来週の香港マラソンで」とお互いの健闘を祈る。いつものようにK氏の車に便乗させて いただき銅鑼湾。ヴィ クトリア公園で来週の香港マラソンのゼッケンなどの受け取り。気温は24度だが朝の小雨がうってかわっての炎天下、暑い。天后の華姐清湯腩で牛腩麺と菜飯。牛腩麺をさっと食べて残った汁を菜飯にかけ て食すのがとても美味い。その足で整体へ。夕方、Z嬢と散歩と買い物。ライカで愉快にスナップ写真撮る。かなり久々にQuarry BayのEast Endでエール一飲。帰宅して「利休」で昨日もらった糠床 で、さっそく浅漬けの胡瓜と茄子、日本橋の「みかわ」の天かすで茄子の味噌汁、日本から調達の柚子味噌で風呂吹き大根など。最近、香港のローカルテレビで 「電車男」が放映されているらしく、ビデオで第1話を看る。伊藤淳史の演技も美味いが、これはちょっと前なら片岡孝太郎のニンか、と思う。赤木洋一の 『「アンアン」1970』(平凡社新書)読む。

二月廿四日(土)昨日読んだ『偽ライカ同盟入門』チョートク先生の著作。デジタルカメラの技術的進歩=デジタルカメラをダメにしたのはプロジェクトXなん て番組が好きな国民性だから今さら言ったところで遅いが、と前置きしてチョートク先生は、その日本人独特の「無限上昇志向的な便利主義」だ、と指摘。
これは確かに一面から見れば、戦後の日本を進化させる原動力になっ たのではあろうが、その便利主義というのは、「王様のアイデア」のつまらなさなのである。つまり、思いつきの新案特許であって、物事の本質に立ち返っての モノの使い方に関する考察というものが、最初から欠如していた。もとより「これもあったら、便利だね・主義」であるから、そんな思いつきの便利さというの は、無くても用が足りるものに過ぎない。
と。饒舌な、読む人によっては「どうでもいい」ような話の中に物事の本質をズバリ指摘するところがこの先生の筆致。「たかだか写真家で」ありながら六本木 ヒルズの50階にオフィス構えてしまう。昨晩遅くに読んだ『さらばライカ』は6章の「簡単明快なデジカメ選び」秀逸。
1 デジカメの命は短い
2 デジカメはどこのメーカーでも写りに変わりなし
3 デジカメの値段は生鮮食品である
というが、これは「デジカメはどこのメーカーでも写りに変わりなし」でも「撮る人によって」当然、映り方が違うのが弘法筆を択ばずの極意。でこの本も饒舌 の中に、デジカメではフラッシュを使わないほうがいいのは「デジカメの画像再生の色調とコントラストの特徴は「やや暗い場所でコントラストの低いシーンの 方が綺麗に撮れる」というデジカメの再現性の特色にある」とか「デジカメの場合、綺麗な色彩を得るには、単一の光源を利用すること。これに尽きる。ストロ ボは全体のカラーバランスを崩すので得策ではない」といった、他の教則本ではこんな的確に指摘のない、とても大切なことが簡単明瞭に書かれている、のが チョートク先生がやはり六本木ヒルズの50階にオフィスを構えるほどの(ってやたらそれにコダワルが)御仁である所以。というわけで昨日から今日はすっか りチョートク先生漬けになってしまった(文体までチョートク先生になりつつあるが)。昼過ぎまでご執務。といっても旅行中のチケット半券だのマッチの箱を 解体してノートに貼ったり香港映画祭のパス券の取得であったりするのだが。早晩にやはり香港に戻れば食したくなるのは焼鵝飯であったり牛腩麺であったりす るわけで尖沙咀は海防道街市の徳發麺家に赴けば丁 亥年正月七日でもまだ正月休み。さすが。蔡瀾氏がかつて徳發は旧正月など大いに休みカナダ、豪州などばっちり旅游愉しむも尚のこと結構、と書いていたが本 当。隣の仁利という潮州麺家に食す。店の息子二人か健次の小 説に登場しそうな若衆二人、店の繁盛手伝ったり弟妹の宿題を見たり、とどこか余にも懐かしき店屋の昔の風情。香港文化中心にて江蘇省崑劇院による「桃花 扇」の芝居見る。崑劇というと一瞬、まるで雲南省は昆明の伝統的戯劇のようだが江蘇省崑山に六百年の歴史誇る古典演劇でユネスコにも Masterpeace of the Oral and Intangible Heritage of Humanityとして認定されている由。と聞くとコテコテの支那演劇のようだが然に非ず。白先勇が古典劇「牡丹亭」を青春版に仕上げ、それを上演したこ とでこの崑劇院が評判になって数年、この「桃花扇」も清朝初期の1699年に戯曲作家の孔尚任(孔子第64代末裔)が脱稿の古典劇「桃花扇」を江蘇省崑劇 院が見事に「いい意味で」現代的に演出。役者はほぼ全員が江蘇省戯劇学校崑劇科を卒業したばかりの20〜22歳の若い役者。当 然、例えば京劇で梅派の一つ一つの所作に練熟の、客を唸らせる如き真骨頂など、この若い劇団員には、ない。が何がこの劇団の「見通し」か、と言えば、敢え て経験も乏しく役者としてはまだまだ修業中の身の彼らを採用するか、と言えば、明末から清初の動乱期に睦まじき二人の男女の悲劇のこの古典劇を練りに練っ て三時間余に。そして舞台も旧態依然とした支那戯劇の大道具に拘らず四本の紅色の支柱に何枚かの幢を下ろすだけ(初めてケータイで写真撮っちまったよ)。 開演前から舞台の上下に置かれた椅子が上演中に取り払われるだけで明朝の宮廷人の、坐る席がなくなったことだけで、明朝の滅亡を表わすような、そういう見 事な演出。音曲の鐘や鳴り物もただ賑やかなだけでなく西洋の弦楽器なども含めた、言わば「中楽団」。これだけの舞台の「準備」が整った中で、かりに役者が 経験豊かなコテコテであったらどうか……それぢゃ脂っこすぎ。……で計算された上での、敢えて役者学校出たばかりの若い、まだまだ線の細い役者ばかり用い ることで、熟練の演出家や舞台作家らの環境と、その浅い役者が微妙な平衡で、それが実に面白い。いやいや、実にお見事。中国に北京をはじめ各地に、伝統的 な戯劇をこうした形で将来に向けどう残してゆくか、の実験的な取組みがいくつもあり。それが日本では残念ながら(落語はまだ面白そうだが)歌舞伎でいえば 沢瀉屋であるとかコクーンなどだけで、それは意欲的でも、日本各地で、数百人の若者が、といった動きにはなっておらぬことが残念か。香港のうるさい客もこ の崑劇団は「牡丹亭」での評判もあり事前の人気も高く超満員。いつもの戯劇の如く芝居の最中に「好!、好!」といった掛け声だのは起きぬが、劇終でやんや の喝采とStanding Ovation続く。

二月廿三日(金)朝五時半起き。六時に雨のなかホテルからタクシーで東京駅。六時半の成田エクスプレスで成田空港。七時半について出国審査潜りCXのラウ ンジに着くまで45分。この空港第二ターミナル、規模が大きいようでチェックインカウンターエリアの奥行きの浅さ、手荷物検査から出国審査の天井の低さと 圧迫感がお粗末。わが国の首都の空港として華がない。第一ターミナルのほうがぜんぜん良い。第一から第二ターミナルに移ったCXのラウンジは香港のラウン ジの内装踏襲し、そりゃきれい。いちおう外景見通せるバーカウンターもあり。ここまでやったならCXの評判の高い「ヌードルバー」設けて香港の雲呑麺、台 北の南京牛肉麺に続き日本らしく生蕎麦でも供せばいいのに。睡眠不足で席について昨日の蘋果日報と信報、今日のFinancial Timesに目を通しただけで眠りに落ちる。機中、CXでは個人的にあまり好きではないハーゲンダッツのアイスクリームにかわり、この成田→香港便では森 永製のFauchonのアールグレイ味のアイスクリーム供され美味。食後のポートワインで復た眠りに落ちる。飛行機が香港での着陸近いのか機体の高度が下 がる感じで目覚めると、肘掛けのテーブルにさりげなく一杯の水とおしぼりが置かれている。CXのこういう配慮が嬉しい。香港空港に着いて思うに、 Norman Foster卿のこの設計は個人的にはあまり好きではないが「機能的で」「華がある」ことでは成田の第二ターミナルなど比べ物もなく、何 より「空港職員という、言うなれば空港の利用者」が例えば出国審査エリアならその場所に外務省だの法務省から届いた馬鹿馬鹿しいポスターを何ら思考もない ままに、ただ「お上からの通知」というだけでべたべた貼っている成田に比べ、設計者の空港建築に託した哲学を壊しておらぬ点で香港の国際空港は「機能して いる」。飛行機の着陸から預け荷物の受取り、Airport Expressの車中で田中長徳『偽ライカ同盟入門』読了。赤瀬川原平『ライカ同盟』にひっかけてのチョートク先生本。チョートク先生のあの筆致が苦手だ と読みづらい。苦手だ、と思った箇所はすっ飛ばして読む。紀宮様の旦那の黒田慶樹氏の中古カメラ好きの下りなど興味深し。飛行機が香港の空港に着陸してか ら70分後には自宅到着。旅の荷を解き荷物片づけ。また30冊ほどの書籍が新に。すでに書棚には収まりきれず。夕方、先週十七日でお店閉じられた天后の利 休へ。この店の胡瓜と茄子の漬物が絶品で、女将さんが手塩にかけて糠漬けされた結果だが、閉業にあたり「この糠漬けが食べられなくなると思うと」と思い最 初はバーSのM氏に「胡瓜の糠漬けとかお通しで出せば?」とか提案したがバーが糠味噌臭くては、と断念され結局、うちで頒けていただくことに。その糠床を 受取りにお伺いした次第。今後は我が家で利休の糠漬けが継承できるかどうか、である。帰宅して荷物片づけ再会。ドライマティーニなど飲みながらカメラの手 入れなどする時が一番楽しい。晩に蕎麦を茹でて食す。いつもの刻み葱と海苔に加え今晩は日本橋「みかわ」の天かす、まで入る。幸せ。食後、Z嬢が銀座ヤマ ハで購入の井上直幸「ピ アノ奏法」のDVDを見る。井上直幸先生はあたしが13歳であったかNHKの「ピアノのおけいこ」に彗星の如く現われ、それまでの「かたくてつま らない」ピアノのおけいこで、いきなりドビッシーとか、それもかなり常軌を逸した面白い曲ばかり取り上げ当時かなり話題になり、あたくしも同じクラスのT さんという女の子の「ありゃ面白すぎ」という話で井上直幸の「ピアノのおけいこ」をかなり見続ける。番組のテキスト(楽譜)もかなり売れた記憶。この天才 は64歳だかで亡くなったが、このビデオ録画おそろしく精緻な出来。クレジットを見るとテ レビマンユニオンの制作で「なるほど」と合点。ところで井上直幸のこのビデオは同氏の「ピアノ奏法」というテキスト本が好評だったこで「実際の奏 法を映像で」の要望に応えたもの。でその『ピアノ奏法』は確か吉田秀和氏が朝日「音楽展望」で好評したことで注目集めたもの。秀和先生といえば一昨日の朝 日(夕刊)の音楽展望でモーツァルトについて語るが、秀和先生はバルバラ夫人亡くした悲しみを越え、物凄いハレの境地へ達してしまった。加藤周一の悲観超 越しての達観した最近の楽天的な見方と同じものあり。晩に田中長徳『さよならライカ』読む。

二月廿二日(木)築地の新阪急はサイト情報では客室ネット接続可ながら余の部屋はモデムでの電話回線での接続も能わず。ホテル側の言い訳によれば「じゃら ん、など通してご予約いただたい場合の(つまり廉価提供の)お部屋についてはネット接続ができませんで」と。どうやら33階の(最低階)大川見下ろす北向 きの部屋がそれに当たるらしい。ネット接続の提供くらい全館一斉に整備して良かろうものを。で、部屋でネット接続できぬ場合でも昨晩投宿の新橋の某ビジネ スホテルはロビーでWi-Hi接続可。広州でもチェンマイでも同じ。「で、それじゃどうすればいいのかしら?」と問うても「あいにくネット接続できません ので」としかホテル側は答えられず。iPassで調べればこのホテルのある聖路加タワーにあるExcelsior HotelにWi-Hi提供あることを知り、朝7時30分からの営業開始に合わせ朝の珈琲とネット接続に参る。Z嬢と八時すぎに散歩して築地の場外。寿司清本店。カウンター15席のうち半数が香港人なり。寿司を好むはい いが「にぎり」コースで一通り食したあともでれでれと玉子を握れだの蟹を巻けだのと居続ける。外にはそろそろ客も並び始めた時間。ふらりとやって来る近所 の常連も「あれ、満席だ」。板前もさすがに長居の香港人らに「もう帰ってよ」とも言えず。さっさと食してお勘定の客には「どうもあいすいません」と親方。 香港からの旅行者はどうやら10時の銀座のデパート開店まで、と算段の由。日比谷線で上野。国立近代美術館……ありゃ皇居北の丸だよ、上野じゃないよ、で 竹橋まで引き返し。Z嬢の好みで国立近代美術館で開催中の柳宗理の作品コレクション展。うちには柳宗理は牛乳沸しのような鍋ひとつだけだが家具や陶器など ばかりか東名高速の中央分離帯や東京料金所防音壁(1980年)などもあることを知る。同館には荷風散人の濹東綺譚が新聞連載の 折に添えられた木村荘八による有名な挿し絵のコレクション(全 33回の連載のうち初回からの33回分と最終回の下絵)もあり、これを初めてじっくりと見る。昭和の初めの玉ノ井の風情。更に、横山大観の展示部に「生々 流転」あり40mにも及ぶこれも初めて直に見る。九段下経由で半蔵門線で渋谷。Z嬢といったん別れ東急ハンズに急ぎ皮用接着剤と好きな皮製眼鏡ケース購 入。前者はレモン社製のライカの革紐が長さ調整すると余り部分が邪魔なための接着、後者は数年前に老眼鏡用に購入のものだが使い勝手よく近視用にも一つ。 渋谷駅に戻りZ嬢と彼女の母堂と待ち合せ。お昼一緒に、ということで元祖くじら屋」に食す。今では新しいビルの一角となっており。Z嬢母娘 とまた別れ独り恵比寿経由で六本木。新国立美術館にポンピドーセンターの蒐集絵画からの「パリの異邦人」展を見る。かつて住んだ恵比寿の様変わりも驚くが 六本木のこの美術館も確か東大の生産技術研究所だった場所のはず。戦前は軍の施設ゆゑの広大な敷地。生技研のあった頃、まだ余が高校生の時に塾の講師で、 この生技研の研究生であった東大の院生おり、広島出身のその人に請い何度かここに忍び込みで泊めていただいたこともあり。で「パリの異邦人」は Leonardo Fujitaを見るのが主眼であったがTore JohnsonやWilliam Kleinといった白黒写真もけっこう展示あり観賞愉しむ。だが偶然の収穫は、この美術館の設計者である黒川紀章の作品回顧展がこの美術館の開館に合わせ 開催されており、折りから
「わけのわからない」都知事選立候補で、この黒川紀章展が かなり「変な意味で」注目浴びる結果に。同館関係者もまさかこの開館記念展の最中に黒川君が都知事選に立候補するとは想定外であったろう。これが新東京都 美術館であったりしたらもっと可笑しいのだが。この美術館はコンセプトよろしく美術品の収蔵と展示でなく、まるで見本市会場のメッセの如し。それはそれで いいが開館したばかりなのに仕切りの壁が粗末。内装で用いられたのであろう接着剤の臭い蔓延が不快。せっかくなら内装も日本の木材用いて組木にするとか、 工夫もできたでしょうに。大江戸線で新宿。常圓寺に母方の祖母の墓参。東口に出てちょっと遊び早晩に銀座。サンボアにZ嬢と待ち合せなのだが実は蘇州よりいぜん香港在住のI君が 帰省中でI君とも待ち合せ。Z嬢には内緒でI君とハイボール飲み始めZ嬢が来て驚かせる嗜好。で三人で面白可笑しく飲む。I君と別れZ嬢と茅場町。天麩羅 のみかわに食す。相変わらず美味秀逸。天つゆを全くつけず食 すと素材の旨味がじつによくわかる。親方も若衆も揚げ場は全く無言のまま。張りつめた緊張感が、揚げが一段落した親方がちょっと柱のかげにかくれ煙草一服 した時にだけ、ちょっと一段落。これほどの店なのに外で待つ客に店を出て来た先客が「この店、そんな有名なの?」だの「おい、領収書もらってないよ、領収 書」だの、と野暮な奴ら。この「みかわ」の天麩羅で東都の最後の〆、が終わる。

二月廿一日(水)ホテルなのに朝五時起き。朝六時頃に静かなロビーで上網。タクシーで築地の新阪急ホテル。荷物だけ預け大川沿いを築地の場外まで散歩。ま だ朝の七時。「かんの」でまぐろ丼。恥ずかしくて人には言え ぬが「大一」でらーめんまで食べてしまう。朝 早くて何もすることないし食べ過ぎ反省し 有楽町まで散歩。JR有楽町駅前の珈琲屋で赤瀬川原平『ライカ同盟』読む。もっとライカ同盟な本かと思ったが基本は「小説」なのでカメラ好きでない人も読 める感じ、で多少物足りず。Z嬢丈から「鉄火丼美味しい?」と電話が入るがじつは二時間も前に食べていたのでアタクシの勝ち。銀座に出ると朝まだ早いのに 四十歳以上老人までの行列あり……職安?、寒そうに丸めた背中はちょっとドヤ街の日雇いのオトーサンたちの労務の職探しっぽいが、この場所は銀座松屋の入 口に行列。銀座松屋恒例の第29回世界の中古カメラ市の初日。あたし自身それが目的なのだが。で行列がずいぶん長くなったところで店内に誘導されテキパキ と8階までエレベーターで上げられる。毎年のことでデパート側も手慣れたもの。「えー、お寒いなか皆さま朝早くからお並びいただき……これから開場となり ますが先頭のほうには百歳の方がかなりいらっしゃいますので、ぜったいに押さないで」などと笑いをとる。開店時間より10分早く開場。熱い客が一斉に向っ たのは銀一カメラのキャノンの一眼関連。それと藤澤商会とかのRolleiの二眼あたりが人気。あたしがそんなことレポートしていられるのも「とてもライ カのレンズには今回は手が出ない」からで最初から今回は買えない=あまり見ない、に徹したため。それでもどの店にもライカのレンズが並び欲しいレンズはみ んな20万円台。あたくしのM6にいいレンズを装着させたいのだが……。ボディはM3のかなり美品が三共カメラなどで15万円くらいからずらりと並ぶ。そ れにしてもどのオジサンたちも30万、40万を万札で現金買い。けして「金持ち」って感じでもない。フェブラリーSででも馬券を当ててのかしら。今ごろ妻 はパートに出ているのか、泣いているのか、呆れて言葉もないのか……などと勝手に他人の家庭の事情まで気になる。長居すると「せっかく来たんだからエル マーの50mmの一本くらい買ってこうか」みたいな赤瀬川原平的に言えば「悪性のライカウイルスに感染しかねない」ので40分くらいで後ろ髪引かれつつ会 場を出る。ここから階下に来ると眼鏡売り場の8万円のフレームも48,000円の春物のコートも、ついライカのレンズに比べて「安い」と思えてしまうのが 怖い。伊東屋でペーパーセメントのディスペンサー購入。こんなもの素人には本来、必要ないのだが植草甚一的になんでもノートに貼る私はペーパーセメント愛 用で、刷毛つきのこのボトルが重宝する。トラヤ帽子店でBorsalinoの中折帽購う。忘れもせぬ小泉三世が首相として靖国神社に初めて参拝した夏から トラヤ帽子店で帽子を揃えようと考え自分なりに考えた5つか6つの様々な用途やデザインの帽子で、最後に、と思ったのがクラシックな中折帽。今日はこの買 い物があったので松屋のカメラ市でもあえて冷静でいられたようなもの。銀座教会堂ビルのレモン社に寄る。協会所有のビルの8階に、ライカ中心にオジサンた ちが大好きなオモチャ集めたレモン社。ここも1,100円のレモン社オリジナルのM型ライカ用シャッターレリーズボタンだけ、と決めていて、なるべくいろ いろ眺めないようにするのだが、やはりライカレンズの誘惑。怖い。いつもの銀座での買い物は続く。鳩居堂でぽち袋。やはり現金を裸で渡すのは失礼、祝儀袋 では大袈裟という時にポチ袋は重宝。香港でいつも財布の中に一枚入れていたりすると使う時には驚かれ、喜ばれる。喫煙具の菊水。菊水オリジナルのパイプ の、フィルターにあたる金属パーツ割れたので購入。300円。宮脇賣扇庵。生活必需品である扇子を一本。銀 座ニコンサロンで加山又造“USSR 1991”の写真展見る。Z嬢と資生堂パーラーで待ち合せ昼 食。珈琲も美味。「とらや」で豆かん。リーガル靴店で革靴一 足購入。グリコぱっちり買いまショウみたいに今日は買い物をしている気もするが「香港では買わない」「香港では買えない」物ばかり。で香港での消費は結果 的に抑制されている、はず(言い訳に過ぎないが……)。夕方に歌舞伎座。通し狂言で仮名手本忠臣蔵。一階席最前列の20番というまったくもって中央の最上 席。菊五郎の勘平に玉三郎のお軽で五段目と六段目。吉之丞演じる「おかや」は女形としてしっかり老け役しているが足裏の絆創膏が。勘平は音羽屋の当たり役 の一つだというが仁左衛門で見たいし、あたしは個人的には「ちょっと」だが勘三郎の勘平なら客は入るの鴨。七段目「祇園一力茶屋」。吉右衛門の由良之助、 玉三郎のお軽、寺岡平右衛門に仁左衛門。播磨屋がどうしても鬼平に見えてしまうのは御愛嬌。この七段目の由良之助、先代の仁左衛門で歌右衛門のお軽だった らどんな舞台になるか、と想像するだけでゾクゾク。往年の孝サマ玉サマ、なのだが感情移入の物凄い、ずっとテンションの高い松島屋に対して大和屋のお軽は どうも白けている、というか舞台にあっても演技している時としていない時のスイッチのOnとOffのようなものが感じられる。播磨屋は、役者としていまが 絶好調の松島屋に本来であれば嫉妬したのかも知れないが、どうであれ、この芝居では由良之助であるからヒーロー役にある精神的満足が窺え、それが松島屋と 大和屋の芝居を茶屋の高座から見下ろすニン?になっていたりして。七段目終わり幕間にロビーで仁左衛門丈の奥様に御挨拶。昨年の三月の菅丞相以来1年ぶ り。いつも親しげに接していただき感謝。「あとでちょっと楽屋にでも」とお誘いいただくがとてもこちらが緊張してしまい松島屋さんにお目通りなど出来ず。御 辞退するしかなし。最後「討ち入り」の十一 段目。勘平の悲劇である六段目、由良之助の大役の七段目、しかも松島屋があれだけの演技見せたあと、この「討ち入り」はどうも雑で、なんか突然、明治座か 新宿コマのよう。「通し」であるから討ち入りの大詰めをせぬわけにはいかぬのだろうが。通し狂言といえば歌舞伎座が三月は義経千本桜の「通し」で昼夜、音 羽屋が忠信狐、高麗屋の碇知盛で何が見たい、って仁左衛門の「すし屋」でいがみの権太。これも見たいですね、と仁左衛門夫人に申し上げたら「四月も来て よっ!」と渡されたチラシ見れば仁左衛門丈による実盛。歌舞伎が見られるだけ東京はいいなぁと、散歩しながら築地のホテルに戻る。

丁亥年正月初三。北京の畏友Dazhao氏が「今後のカメラをどうしようか?」といろいろ悩んだ揚げ句、ご尊父愛用のニコンFにニコンメーター、それにレ ンズは最近ニコンFマウント対応で開発されたツァイスのプラナー、50mm/f1.4の組み合わせ。その装着を画像で見せていたいだいたが「ど うでげす、 旦那、最高でげしょう」としか言いようがない完ぺきな美しさ。これこそ美しさ。デジカメといえば突然、秋田在住のキャノンのG7にすべきかリコーのGR Digitalにしようか思案中とは聡明、な女性がネットでいろいろ情報集めていて余の拙日剰に辿り着かれた由。日剰読み進むうちに彼女は余が彼女のご尊 父(かつて中学教師)の教え子であること発見。メールいただく。世の中、狭し。午前中、新橋のビジネスホテルに投宿。チェックインはできぬがロビーがネッ ト環境よく数日分のメールに返事したり東京に来るまでにスーパーひたち号の中で書き込んだ日剰や整理した画像の上網など済ますと昼近し。虎ノ門の砂場い いねぇやっぱり東京は、で蕎麦。午後、新橋でサラリーマンごっこ。早晩に銀座。五丁目の銀座サンボアでハイボール一飲。じつに美味。久が原のT君参られる。八 丁目の渡辺版画店。川瀬巴水の版権もつ店でとりあえず巴水の画集購入。数日前まで丸善で巴水の版画展開催の由。