乾 坤容我静 名利任人忙
(旧)教育基本法(1947〜2006) 改正に反対した文化人129 名の声明 憲法改正反対(九 条の会こちら

また眞理を知らん、而して眞理は汝らに自由を得さすべし。ヨ ハネによる福音書8章32節)

メ ディアはコミュニケーションの道具という素朴なイメージがあるが、もっともこの言葉は「中間」という意味であり、二つのものの間を取り次ぐという意味で はコミュニケーションの道具となるが、同時に最初は一つであったものを二つに分けるという効果ももたらす。メディアは、それがもたらす情報を共有し仲間意 識を持つグループと、そうしたものに無関心、あるいは反発するグループとの分裂をもたらす。メディアが発達すればするほどこの分化は進む。だから、メディ アの発達がコミュニケーションを豊かにするというのは幻想にすぎない。(佐藤卓己)

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■ 「はてな」の富柏村日剰・香港日記(テキストのみ)はこ ちらを ご覧 ください。

■最近のブログ化のご時世に敢へてブログ化せぬ日記を。の 心づもりでをります。敢へて全て讀むこと強ゐる日剩あつてもいゝのでは?と。
讀みにくいこと間違ひなきサイト乍ら今後とも御贔屓の程宜しくお願ひ申し上げます。
■香港の高級紙「蘋果日報」からの紙面、寫眞の無斷借用多し。同紙社主・黎智英氏自ら同紙の無斷借用轉用大歡迎と公言ゆゑ、それに甘えてをります。
2000 年11月24日からおそらくあなたは番目の閲覧者です。

*掲示板(富柏村絡みの世界)はプロバイダーで海外からの利用に多少 の難あり。現在、暫定停止中です。あしからず。

二月廿九日(金)曇。新界に行く用あり昼に大埔墟の和暢粥麵專家に食す。看板は粥、麺だが客家系の料理供し評判。武術の教頭が弟子に職を与へるため始めた 食肆といふ話もあり。美味。晩に香港演藝学院。北京京劇院の公演(こちら)。丑 角(道化役)の第一人者であつた蕭長華(1878-1967、写真)讃へ丑角にはベテランの鄭岩(1941〜)招聘の、北京京劇のうち「譚派」の公演。譚 家は譚鑫培(1847-1917)、四大須生の一人と称された譚富英(1906-1977)、富英の子の五代・譚元壽などアタシでも知る名優を排し、今回 の譚派はこの元壽の子六代目・譚孝曾が率ゐる。演目は緑牡丹全伝よりの「龍潭鮑駱」の「嘉興府」と「巴駱和」の二つと「烏盆記」。劇場入り口で香港政府某 署のT署長居られご挨拶。香港で京劇通として著名なT氏だが今日はいつも以上にご機嫌。あとでパンフレット見たら「小花瞼藝術 記一代宗師蕭長華」なる小論を書かれてゐる。二階最前列最中央の上席に坐す。「龍潭鮑駱」は義士・鮑賜安(演ずるは韓巨明)に纏る話。忠臣蔵のうち二幕の 上演のやうなもので登場人物多く筋解すのに難儀。駱広勛役の譚正岩は若い頃の松島屋彷彿させる二枚目の若手。六代目の嫡男。京劇界の覇権に食指動かす大和 屋がこの七代目と親しくする由。舞台大道具など最小限度に削り簡素ながら興味深い演出。中入後は烏盆記。烏盆は文字通り黒色の鉢。宋の頃に絹織物商人の劉 世昌(譚孝曾演ず)と云ふ者あり。付人の劉升と行商終へ商家に戻る途中、定遠県東大窪村で大雨に遭ひ一宿請ふたのが趙大なる者の家。趙大は劉世昌の抱く金 子に目がくらみ劉世昌と劉升の夕食に毒を盛り殺害。二人の死体焼き黒い鉢を作る、と猟奇的。怨念込めての譚孝曾の歌唱は絶品。舞台が暗転のあと客間の額か ら抜け出した怨霊(李揚)が舞ふ態はまるで往年の沢瀉屋のやう。で場面は一転、客の喝采のなか登場したのが丑角・張別古役の鄭岩。歌舞伎なら勘三 郎にニンのある役どころ。草鞋づくりで糊口凌ぐこの老人、趙家に昔の借金取り立てに参れば劉世昌殺害で富を成した趙大、烏盆の鉢を見せ、これで借金を帳消 しに、と。張別古はその鉢を受取り家に帰る途中に劉世昌の霊が現はれ無念の死の復讐を請ふ。品のよゐ譚孝曾の口跡の佳さと鄭岩の丑角役の上手さの掛け合ひ がお見事。十五分の中入りはさみ芝居は三時間半に及ぶ。「北京」に託つけたわけぢやないが晩飯逃したままゆゑ湾仔の北京餃子皇に参れば店仕舞ひの最中。近 隣のサブヱイでサンドヰツチ食 し半夜三更に帰宅。

二月廿八日(木)早晩に連日の銅鑼湾。何洪記で咖喱牛腩飯喰らつてゐるとテレビ局の取材中。この店の名物で香港でも極高カロリーな「干 炒牛河」など取り上げる。まづ物撮りで、暫くして男女レポーターが食して「美味い」連発するのだが、物撮りから10分くらゐ放置されすつかり冷えて河粉も 伸び切つたであらう料理を美味さうに食つてみせるのだから芸人は大したもの。所用済ませ二更に閉店間際のアピタ(旧ジャスコ)に寄り日本食フェア覗くが食 指動かず、Ritter Sportのチョコなど購ふ。JCHECA*Fブログで読み(こ ちら)無性にこのチョコに関心が。帰宅してジャック=ダニエルのアテに頬張つたが確かに美味。ウオフ『国民の天皇』少し読む。
▼用事の合間にふと近くに張五常教授の経済解釈巻 三『制度的選擇』なる経済理論書あり少し読む。近代経済学など門外漢のアタシは中国人初のノーベル経済学賞候補だつた、米国での脱税容疑でインターポール に追はれる張教授の著作をきちんと読んだこともないが(それに教授の看板である佃 農理論もけして画期的な発見とは思へないが)この人の著述に「華がある」のは経済理論書を数頁読んだだけでも納得。
▼香港といふと過密都市の印象強いが実は香港全域の7割が自然公園。淡路島全体の3割に700万人以上が住んでゐると思ふと過密だが。で香港島も意外と緑 に覆はれてゐるが実はこれも戦後40年ほどでの繁殖の結果で植物に詳しい人が見ると岩肌にコケが生すやうに自然には共存する筈のない世界各地の様々な植物 が繁る奇景の由。そのなかでも香港島で鬱蒼と目を引くのが印度ゴムの木。英領印度より香港に主に日よけ用の観賞樹として運ばれたのはいひが迷惑なくらいの 繁殖。で香港大学の学長公邸。学長に邸宅に招かれた左丁山が「本来であれば住宅周辺に植ゑてはいけない木なのに」とその浸蝕の凄さを暫く前に書いてゐたが (蘋果連載)今日の蘋果日報にその報道あり(こ ちら)。こりや凄すぎ。香港大学はこのゴムの木を伐採したいが香港で樹木伐採は地政署の批准が必要。で批准許可されず。ちなみにこの学長大学、築 60年の香港では貴重なアールデコ建築の洋館。
▼香港での葡萄酒と麦酒の酒税撤廃。現実にどの程度か、といふと、香港の酒税はこれまで葡萄酒は40%、麦酒20%でハードリカーは100%(これが高す ぎ、今回も税率維持)。昨日の酒税撤廃受けスーパーは一触即発、葡萄酒を一律28%価格下げ、ちなみに某葡萄酒商では1986年のCh. Lafite RothschildはHK$15,633が発表と同時にHK$11,515に値下げ。小売り単価の小さい麦酒の場合は缶ビールで1缶あたり30セント 安。この手つ取り早さは香港の真骨頂。日本なら酒税改正でいつたいどれだけの労力を浪費するか。電力料金の世帯あたり1,800ドルの政府援助も日本なら 電力各社との調整で数年は要しようか、といふもの。
▼紐育フィル後日談その2。信報(26日の記事)によると北京では(香港との演目の違ひは)チャイコフスキーの「悲愴」。五輪開催で沸き立つ北京で「悲 愴」とは失礼(笑)。ところで香港でのアタシも見た三日目の公演、香港政府政務司・唐英年様ご臨席。でバルコニー席の最前列にご着席。このバルコニー最前 列、落下防止のため欄干に物を置かないでください、が規則でパンフレットでも置かうものなら係員すつ飛んで来るのだが政府ナンバー2の唐英年が着席し徐ろ に欄干にパンフレット置いたが注意受けず、の不公平。で旁人虎假虎威でその一列、みんながパンフレット欄干に置いてゐた由。別な記事によれば香港フィルの 音楽監督・江戸出悪人(Edo de Waart)はんが今度はミルウォーキー交響楽団の 音楽監督に就任。今のところまだ本妻は香港フィルだらうが気持ちは何処に。

二月廿七日(水)本日、香港政府財務司による政府新年度予算発表=決定。香港政府の優秀さについてアタシもこれまでこの日剰でかねがね言及続けてゐたが、 財務司(曽俊華さん)は財政黒字(今年度HK$1156億)を背景に所得税減税(税金還付
が昨 年の所得税の75%!で最高25千ドル)、麦酒と葡萄酒の酒税撤廃など市民に至れり尽くせりの大盤振る舞ひ。私らは香港市民であることがなんと幸せなこと か、と思はず感涙に咽ぶ。税金還付で中古のライカレンズ購入して葡萄酒でお祝ひしないと……。それにしても、 ホテル宿泊税3%撤廃、北京五輪祝賀で7〜9月の公共娯楽施設使用料全面無料措置、低所得者の遠距離通勤補助、電気料金値上げに対しての家庭毎の補填、固 定資産税の1年免税、所得税基本控除拡大(年収が単身者で11万ドル、既婚者で22万ドル以下はつまり無税)、月収1万ドル以下の市民に6千ドル即金で年 金口座にボーナス支給……「多かれ少なかれ家計はゆとりが生まれ貯蓄なり消費をしてください」と。まぁ「ここまでやつていいの?」と驚 くが、実際、09年度は一転して75億ドルの赤字ださうで大盤振る舞ひも安易といへば安易。曽俊華が将来の行政長官のポスト狙ひといふ揶揄もあり。早晩に 銅鑼湾。ここ数日なんだかんだと嫌ひなはずの銅鑼湾に日参。通りがかりでWatson's葡萄酒商店に寄る。酒税撤廃は即刻発効だが小売店が追ひつくはず もなし。それでも安売りの銘柄あり祝儀に数本購ふ。今日、葡萄酒携へて歩くは道楽者。「そごう」の旭屋書店。カメラ雑誌二誌受領。帰宅してミントの葉をい れてホワイトラム飲み洋琴稽古。クラウ ィオ=アラウ先生のリストのソナタ聴く。夕食後に『日本カメラ』と『アサヒカメラ』読む。とくに後者は「桜、桜」 といつたい何頁をバカの一つ覚えの如く桜に費やせば気が済むのか。前者のはうが同じ桜の撮影でもアタシ好み。ずつと子どもの頃から父の影響で『アサヒカメ ラ』ばかり馴染み、最近また自然とこれを定期購読してゐたが、ふとしたことで『日本カメラ』の方とお知り合ひになり、それがきつかけでこれも読み始める。 いぜん書いたが時刻表みたいなものでJTBの時刻表に慣れてゐると鉄道弘済会のがどうも使ひづらいやうなもので(車はスバルだとずつとスバルみたいなも の)『日本カメラ』はどうも……と敬遠してゐたが読み出すと、とにかくデジイチ、デジイチで時流とはいへ愚の骨頂でデジイチばかり大きく取り上げられるな か『日本カメラ』の地味な「オールドカメラ天国」とかが心のオアシス。四月号もドイツ中古カメラ紀行なんて地味な特集あり。両誌の読者投稿の素人フォトコ ンテストとかでも『日本』のはうが燻し銀のやうなな地味な写真多し(撮影者の年齢も少し高め?)。でこつちのはうがずつと熟読気味。吉田秀和『音楽展望』 1977年のを少し読む。
▼写真家・金村修氏の説得力ある筆致。アサヒカメラで 「金村修に叱られたい!」といふ連載から、今度は『日本カメラ』で「金村修の作家になりたきゃなればいい」が毎回面白い。実に面白い。多少長くなるが引用
キャノンのカメラは良かった。カメラフェチにならない程度のボディ の感じが好きだった。大量生産でたくさん作っている工業製品みたいなところも良かったし、ライカみたいなワン・アンド・オンリーっていうよりも、壊れたら 代替品はたくさんあるって感じで、カメラのことなんかよく分からない人間にはピッタリだった。いまもライカなんてあんまり好きじゃない。ピントは合わせに くいし、カメラは重いし、ファインダーが明るく見え過ぎるというか、なんでも美しく見える。それに『サライ』にでも紹介されそうな、粋なカメラみたいなイ メージもあるし。レンズのボケ具合がいいっていっても、そんなものでB/Wの写真をやったら中国の墨絵みたいな感じで、もっとコントラストがあがり気味で ピントがキッチリくる写真のほうが好きだった。着物のたもとの中にライカを入れて、正面やシャッターチャンスを意識的にはずす撮影方法がスカしてるみたい な感じで嫌いだ。なんであんなに斜めにものを見ているのか。そういうとり方が東京的というか、都市的な照れというのか、多分田舎からみた都会の粋というも のなんだろうけど、撮影はモノを斜めにみたり、意識的に何かをはずす行為なんかじゃない。撮りたい時に正面から堂々と撮るべきだ。だからやっぱり土門拳は 偉いと思う。
実に説得力あり。名文。だが「着物のたもとの中にライカを入れて、正面やシャッターチャンスを意識的にはづす撮影方法」なんて器用なこと誰がするか。がい かにもさういふ酔狂な和服姿のオヤヂがゐさうだから可笑しい……まさに銀座の「くのや」の前で、と『サライ』的な世界だが。
▼紐育愛樂樂團(NYPO)の平壌初演。報道多いが演奏曲目が(さういふサイトに行けば情報もあらうが)一般紙でアンコール含む全曲の演奏曲目リスト掲載 は経済紙の信報。さすが。ちなみに曲目は、さもありなむ、か「ここまでやるか」の
1 朝鮮民主主義人民共和国国家「愛国歌」朝は輝け (아침은 빛나라)
2 米国国歌 The Star-Spangled Banner
3 ドヴォルザーク 交響曲第9番 新世界より
4 ガーシュイン 巴里のアメリカ人
5 ワーグナー ローエングリン 第3幕への前奏曲
アンコール ・ビゼー アルルの女 第2組曲より ファランドール
      ・バーンスタイン キャンディード 序曲
      ・アリラン
全てが「意味深」な曲がづらり。ドヴォルザークの新世界が米国謳ひ上げる交響曲なら、ガーシュインは「米国の快楽」の象徴、でワーグナーの「ローエングリ ン」といへば云はずもがなヒトラーの愛した曲で、それの平壌での演奏は皮肉か、だが劇中のハインリヒ王による「ドイツの国土のためにドイツの剣をとれ!」 との演説も平壌だとハインリヒ王が将軍様に思へなくもなし。アンコールも「アルルの女」と聞くと小学生必聴のやうだが「ファランドール」は主人公のフレデ リが狂つて自ら命を絶つ壮絶な場面の狂騒曲。バーンスタインのキャンディードもこの音楽劇の主人公「カンディード」は「天真爛漫」の意、誰を指すのかし ら。さういへば「ローエングリン」の日本初演は戦局険しい1942年11月に歌舞伎座で藤原歌劇団。藤原義江のローエングリン。調べてみると演奏は東京交 響楽団(現在の東京フィルハーモニー交響楽団)で指揮はマンフレート=グルリット。

二月廿六日(火)晩に中環。中國會にて宴会あり末席を汚す。1920年代の上海モダ ンは良いがオーナーの嗜好での上海灘テ イストとのミスマッチの悪趣味がアタシは苦手。慇懃無礼、とはまさにこのこと、の 給仕らの丁重なやうで客を小馬鹿にしたいい加減な仕事ぶり。
苦言 少々。“One more ビール?” などと街市の熱食中心ぢやありまいし、英語なら英語で “One more beer?” か日本語で「ビール、もう一杯?」と言ふか、あるいは広東語でもいいから、あの“One more ビール?”やエビ?、蟹?は大嫌い。ジャズバンドの演奏ありぃの、曲芸の如く茶を注いでみせる見世物や、拉麺手打ちなどあり、あらためて思ふに、会員制の 倶楽部で客も「美味いものを喰はう」と本気な食欲の客もをらず、だから給仕も料理人も客との切磋琢磨もなし。西洋人客多し。言はずもがな大部分が○人 (笑)。エンターテイメントとアミューズメント性が幼稚なに受 けるのは当然。オーナーのDavid Tang(鄧永鏘)氏は長年のチャリティ事業賞され祖父の故・鄧肇堅に倣ひ先日、英国女王よりKnightの称号得、Sir Davidになつた由。

二月廿五日(月)某所にて師匠より洋琴稽古授かる。終はつて晩にZ嬢と銅鑼湾の天麩 羅「岩波」に食す。年中無休の日本料理屋でありがちな月曜は親方非番か、地場の若い板前に向ひカウンター席。天麩羅屋で刺身を供すのは魚屋系なら珍しくな いが(つな八など)、この店は寿司も握るのは百歩譲るとしてメニューは寿司がメインで天麩羅の扱ひがおまけのやうに小さいのには出鼻挫かれた感じ。親方の をらぬ日の地場の、健気な若衆の仕事ぶりはなかなか。赤貝と平目のお造り食す間に揚げ方の板前が揚げる具の下拵へするが丁寧な仕事ぶり。アタシが天つゆは たくさん要らない、天麩羅も天つゆにぢやぼんと浸けず、天つゆの大根おろしをすこし天ぷらに載せて食べる流儀なのも板前君はちやんと観察、で給仕がアタシ の天つゆを足さうとすると「天つゆはほんの少し。それと大根おろし、おかはり」とか機転がきいて立派。天麩羅もけして日本橋の「みかわ」だ「はやし」だ、 ヒルトップホテルの「山の上」だ、つて話をしてるんぢやないんだから、香港ではぢゆぶうんに美味い天麩羅を供される。揚げ方の板前君がいい奴で、一見の客 である私らなのに追加で注文の(ふつうは天麩羅のコースだと含まれてゐるが、この店は違ふ)掻き揚げと「食べますか?」と向かうから聞いてきたゴーヤの天 ぷらはチャージされてをらず。敢へていへば、揚げた天麩羅の油をきるのに、やたら必要以上に箸でつまんだ天麩羅を振るから(⇦今まで見たことない)せつか くのあつあつが冷えてしまふこと。そして天つゆの鰹の出汁の強さは(蕎麦汁みたいで)ちよつと閉口(湯気がたつほど熱い天つゆで供されたので余計に鰹の臭 ひがきつかつたのだが)。麦酒の後に、初めての店ではよくやることだが銘柄指定せず、ただ「熱燗」と頼み、出てきた熱い酒が芳香豊かな大吟醸。しかも天麩 羅で、である。安つぽい純米酒で十分なのだが。食し終はり板前君が丁寧に「如何でした?」と尋ねるので酒の銘柄を質すと給仕が答へるに「出羽桜」と。なる ほど。板前君が「お酒はどうですか?」とちよつと心配さうな表情するので「個人的には、こんな日本酒のなかでも特有のフルーティーな酒は、天麩羅で、しか も熱燗には絶対に向かないと思ひます」と告げる。板前君、見上げたもので「わかりました。ありがたうございます」と(以上、全て日本語)。礼儀正しさに甚 だ敬服。今度、是非、親方の番の日にも食してみよう、と思ふ。余談だが食事中のBGMで「蛍の光」が流れ、どうも日本人にだけは、あの曲が流れると「店は 終はりです。お帰りください」に聞こえるから可笑しい。帰宅して寝る前に吉田秀和さんの「音楽展望」1977年だつたか、宝塚歌劇について、を読む。初め てヅカを観た秀和さんの素晴らしい宝塚評。
▼香港芸人の「淫照門」猥淫画像網上流出騒動の顛末。妻が(結婚前とはいへ)男芸人陳某のカメラ前に醜態曝したこと暴露され、妻とともに醜聞からずつと隠 遁続けてゐた芸人のN某君が内地での仕事に出向くため数週間ぶりに姿を現せば憔悴隠しきれず。河北省でのスポーツブランド「特歩」の宣伝活動。この「特歩」のイメージキャラの芸人がこのN某 君と女性デュオT。このデュオTの片割も「淫照門」の悲劇のヒロインの一人。そのデュオTもN某君と一緒にこの宣伝活動に堂々の参加。いやはや「芸人根 性」とはまさに見上げたもの。「見られてなんぼ」の芸人はどんな恥辱に曝されようと所詮「見られなければ」商売あがつたり……どころかアイデンティティの 危機もあるかしら、でスポットライト浴び(ふと、ちあきなほみの「喝采」を彷彿)、イメージキャラに使ふ側の企業も企業で「若いスターたちに再起の場を」 といふと聞こえはいいが「あんたらになんぼギャラ払つたかわかつてるんか、こらぁ!」で働くだけは働いてもらひまひよ、のこの宣伝活動は醜聞のおかげで宣 伝費の数十倍の効果でマスコミが取り上げる。芸能も資本主義もまさに文字通り「極道」「無間道」の世界なり。

二月廿四日(日)気温摂氏14度で小雨、と寒々しい日曜日。昼前に洋琴稽古。昼から Z嬢と香港電影資料館にて映画『黒 玫瑰與黒玫瑰』看る。1965年の『黒 玫瑰』(今月三日に看る)が好評で翌66年の続編。南紅と陳寶珠が演じる「黒玫瑰」姉妹、今度は悪の軍団に捕まつた謝賢を助けようと敵の本拠地に 乗り込み大活躍、前作の白黒が総天然色となりアクション巨編、といひたいが「いい意味で」B級映 画で今となつて
は笑 へるシーン連続。今回はスタジオ撮影ばかりなのが残念。携帯にジャスコ太古店の旭屋書店より今月いつぱいで閉店と連絡あり。今後の雑誌定期購読は「そご ふ」の店でお願ひします、と。銅鑼湾に出向くのを避けたくジャスコの店にしたのに……。といひつつ珍しくZ嬢のお買ひ物に付き合ひ珍しく日曜午後の、避け たい銅鑼湾。人出多し。「先週も銅鑼湾に来てたぢやない」とZ嬢に言はれ「えつ?」と思つたが、確かに言はれてみれば、この人混みのなかフルマラソンの ゴール目ざして「そごう」横を走り抜けたのだつた。思ひ出すだけで恥づかしい。夕方帰宅して洋琴稽古。ポルトガル産の白葡萄酒 Carm Douro レゼルヴァの03年とパスタ。昨晩に続きDVDで「のだめ in ヨーロッパ」看る。バブルな80年代後半ならまだしも、よくもまぁロケしたよな、と感心。オタクな話だがヒャルト=シュトラウスの交響詩「ティル=オイレ ンシュピーゲルの愉快ないたづら」が流れれば、のだめの「変態の森」に千秋先輩が辿りつく時はきつと「ツァラトゥストラはかく語りき」が流れるか、と思へ ば外れ、のだめが巴里について最初に演奏しリサイタルの最後を締めくくる曲も原作のラヴェルのピアノ曲「水の戯れ」期待したらドラマでは「鏡」であつ た……どうでもいい話だが。ケネフ=ウオフ『国民の天皇〜戦後日本の民主主義と天皇制』(共同通信社)、長い「はしがき」と第1章読む。原題は “The People's Emperor” で the people が「国民」と訳されたのが気になつたが、これは憲法学の基本の「き」で、日本国憲法で英文(原文?)では the people が日本語(訳?)では注意深く「国民」と訳されたことに基づくものか。日本語では通常、例へばリンカーンの有名な演説も "Government of the people, by the people, for the people" も the people は「人民」と訳されるのだが、憲法で the people を「人民」としてしまふことに当時の関係者は赤化でも怖れたか。アタシは個人的には日本国憲法の普遍法としての性格からすると「人民」と訳すはうが好きだ が。
▼昨日の信報をバスの中で読んでゐて陳雲氏による「華志羅憶」を読み不覚にも涙。湾仔にあつた青文書店の店主・華志羅さんが年廿八(二月四日)に経営する 出版社の倉庫で図書整理中に倒れ書籍の箱に埋もれ圧死。死後十四日(二月十八日)に近隣の住人が発見の由。湾仔の青文書店を閉め早幾年か。細々と図書出版 続けたが金策に追はれたことは想像に易く陳雲氏の文章読むと現実にはかなり切実。老読書人が書に埋もれて亡くなるのは本望といへば本望か、だが独り書庫 で、あまりにも惨し。

二月廿三日(土)3月下旬からの香港国際映画祭の チケットが今日からネットで発 売。毎年通し券購ひひどい年には日に6本、全部で50本も映画看たこともあつたが寄る年波にも勝てず面白さうな映画も見当たらず今年は20数本で、ぎりぎ り通し券
(HK $1500)よか25枚以上で1割引きのはうが少しお得。香港は映画料金が安い、安いと思つてゐたが今年の映画祭は1本60ドル。かなり高い。チ ケットのネット発売、さすがにサーバー混み合つて、か反応鈍く一時間かけて全ての切符手配。今年面倒なのは全般的にはURBTIXで チケット発売のところ開幕上映・山田洋次『母べえ』や周防正行監督『それでもボクはやつてない』、浅野忠信主演の『モンゴル』など香港会議展覧中心での上 映分だけはチケット発売がHK Ticketingであ ること。午後所用で出かける頃に小雨。早晩に帰宅するころ本降りとなる。近所のスーパーで福岡の莓「あまおう」が2パックでHK$148(2千円以上!) が熟れてしまつてHK$60でお買ひ得をゲット。水団食し「あまおう」頬張りながらDVDで「のだめ in ヨーロッパ」前半看る。
▼香港で英文中学復活。香港政府教育局が母語教育の推進のため中学での指導言語を中文とする政策を導入から十年で転換、学校裁量で英語か中国語かを選択 可。英国統治時代に英文中学が主流であつたが政府が母語重視でかなりの数の英文中学を中文中学としたが結果的に伝統的な英文中学に人気集り、英語力の低 下、母語教育で教科・単元の理解力が具体的に伸びる成果に乏し。多くの中文中学が英文に戻るのは確実。
▼中環のWyndham街にSushi Qubeなる寿司屋あり。文字通り銀座の「久兵衛」のパクリ。湾仔の鵝頸橋に「二郎」なる寿司屋は、ない。

二月廿二日(金)春の雨。寒流洶湧冷雨霖霖。晩に独り北角寿司加藤に食す。バーSに 寄り二更に帰宅。
▼今年秋の香港立法会選挙。港島区が俄然、面白い。現状は民主派4、民建聯1、無所属1の6議席。民建聯は馬力議員逝去で失つた1議席奪回で2議席確保し たいが現職の福建女皇・蔡素玉が不人気で(前回選挙は民主派票が割れての棚ぼたで当選)党としては蔡素玉外し中間票まで獲れる候補で行政長官・文革曽の特 別秘書官・陳克勤など推したいが蔡素玉は断固立候補の意志堅し。立法会議長の范徐麗泰引退を襲ふのは葉劉淑儀が確実か、と思はれたが自由党も党ナンバー2 の周梁淑怡を立て港島区での議席奪回目指す。民主派は陳方安生の当選は確実で公民党が党魁・余若薇に加へ前回区議会選挙で自由党の基盤・山頂区で当選のヒ ロイン・陳淑荘で2議席欲せば民主党はいつまでも李柱銘と楊森のコンビで2議席確保も飽きられ気味で、かといつて有力な若手不在。アタシの予想では親中御 用政党から順に陳克勤(民建聯)、葉劉淑儀、周梁淑怡(自由党)、陳方安生、余若薇(公民党)、李柱銘(民主党)か。

農暦正月初十五。元宵。昼は晴れ気温摂氏廿度に到る。
▼香港芸人の「艶照門」で淫猥画像撮影の主と云は れる芸人陳某香港に戻り九龍灣の展覧会場にて記者会見。流出の数百枚の画像の「大部分は自らが撮影」と認め(つまり情事現場に撮影の他者がゐたケースもあ りか?とすぐ勘繰るが)、これは文字通り「赤裸々な」自白のやうでゐて裏返せば「画像の所有権は自らにある」と主張したことになり今後、猥褻だらうが着衣 だらうがこの私事画像は彼のものでネット上で勝手に流すこともマスコミが掲載することも制限される、といふ恥を忍んでの業。虎穴に入らづんば虎子を得ず。 この芸人の表情、まさに「憔悴」とはこれ。本人には甚だ失礼だが彼のどの映画の演技よりも「絵になる」姿。さすが芸人、翌日の新聞は「好戯」と称讃。また この「艶照門」で恥をはいた女性デュオアイドルの片割や肥肥の娘さんと同じく、芸人つてのは大したもの、とアタシもつくづく感じ入る。香港で芸能活動から 撤退の意思表明。三田佳子もさうだし、海老蔵も新之助の頃の隠し子騒動で「おなかに子供がゐて(彼女が)生みたいといふので、どうぞと言ひました。私は結 婚を考へてゐませんが、それでもいいですかといふと、いいですと言はれました」の台詞も(富柏村日剰03年2月13日に 記述あり)みんな実に見事。芸道。それにしても「いま話題の」香港警察。今日はこの芸人陳某君の空港から会見場所、自宅での家宅捜索協力、仮住まひのホテ ルまで国家元首並みの警護。やりすぎ。警察は今回、全てにわたり何か勘違ひ。平和ボケかしら。

二月二十日(水)本日より松屋銀座恒例の中古カメラ市、と人形町のS嬢より便りあ り。S嬢の仰有るとほり写真機愛好家の春の季語の如き催し。これが夏の季語なら
カメラ市 松屋銀座に 来夏かな
と一句詠めたんだが。今回の目玉は、さもあらむ、でコ シナのフォクトレンダー・ノクトン(Mマウント)が限定百本の由。シグマのDP1も発売。この春の東京は足を踏み入れるには危険 (笑)。昨両日は足腰の肉体的な痛みが今日になつて倦怠感甚だし。フルマラソンが余の如き基礎体力なき者にいかに苛酷かあらためて痛感。風邪気味。悪寒。 早晩に帰宅しアラウさん演奏のリスト「超絶技巧」聴きながら山崎のお湯割り。Kadoorie農場の鶏肉で親子丼。雑誌『文學界』三月号読了。小林秀雄没 後四半世紀の特集で橋本治&茂木健一郎の対談読むため、であつたが、文芸誌の頁捲りながらあらためて自分が小説読みが苦手と実感。バーンスタイン先生指揮 の紐育フィルでベートーヴェンの5番と9番を聴く。74年くらゐの吉田秀和さんの『音楽展望』読んでゐて無性に聴きたくなつたのだが第5も第9も、第5は 第1楽章のあの「ジャジャジャ、ジャーン!」、第9は「合唱」が「聴くのが恥づかしくて」それでほとんど聴かずにゐたが、ふと第5は第2楽章から、第9な ら第3楽章まで聴くと安心して聴ける大発見。
▼雑誌『文學界』三月号の書評で『エドワード・ヤン』(ジョン=アンダーソン著、篠儀直子訳・青土社)といふ、先頃亡くなつた台湾の映画監督・楊徳昌につ いての映画論の出版を知る。興味あるが評者(中原昌也)曰く「偉大なる才能の喪失」。寡作は寡作でいいのだが遺作となつた『一一』(邦題:ヤンヤン 夏の想ひ出)も含め個性的な作品こそ残したが申し訳ないが楊徳昌が映画監督として「偉大なる才能」とまで絶讃されるだけの作品を遺したかアタシは正直言つ て疑問。
▼昨日逝去の芸人沈殿霞の一人娘鄭欣宜が記者会見。健気に微笑み語り始めても懸命に抗病の母の姿から「自己會爭氣、會乖,I'll try my best to learn to be a responsible woman.(盡我所能做一個有承擔的人) 我知道我媽咪只想我咁樣。Thank you」と語るとさすがに涙止まらず。タレントの記者会見といへば先日の「艶照門」芸人淫猥画像での半ば開き直つた「無涙」の会見彷彿。一般的には「あれ に比べ、この母を亡くした欣宜さんの涙は……」と人々の共感あつめるだらうが、ただ一つ確かなことは、あの淫猥画像でもこの健気な欣宜でも「記者会見とい ふ「まなざし」の場での芸人の振る舞ひ」といふ点では等価であること。それを「どう解釈するか」が異なり正悪まで判断されるが、いづれも「さすが芸人」と いふ点ではまさに「藝字是一門專業」なり。
▼海上自衛隊艦船が漁船に衝突の事故につき野党各党が批判、民主党鳩山幹事長が防衛相辞任求める。制服組責任者の職責問ふならまだしも大臣更迭したところ で事故再発防止にならず。単なる野党の政策なき与党攻撃。だいいち石破先生のやうな希有の軍事オタクの他に誰が防相、他に誰が適材か。

農暦一月十三日。雨水。朝起きてやうやく電熱器つけず。早晩にFCCで先週末から抱 へて歩いた新聞一気読み。HMWでクラウディオ=アラウのリスト・ピアノ曲集(ピアノソナタ・ロ短調、「詩的で宗教的な調べ」第3曲~孤独のなかの神の祝 福など)、それにツィメルマンが小澤&ボストンでの同じくリストのピアノ協奏曲1、2番などCD購入。九龍に渡り尖沙咀。バンコクからY氏来港で映画評論 などよくされるS女史、その友人のU女史とZ嬢で居酒屋「京笹」にて飲食。京笹もすつかり老舗の風情あり。1990年頃にこの店があつたか?といふ話題に なり店のご主人に尋ねれば(この方は何代目か、だが)来年で20周年の由。京笹の前はカラオケ「京子」と教へられ「あ、あつた、あつた。それに来る人、来 る夢と書いて〜♪の来夢来人」と私らの記憶呼び戻される。三更半夜雲一つなき天上の見事な十三夜の月を愛でる。
▼香港で李嘉誠ファミリーに次ぐ百億富豪の新鴻基地產、その三兄弟の長男・郭炳湘が弟二人と袂分かち突然の役職退任。三兄弟の父、郭得勝(原籍広東省中 山)戦後香港に移居、1952年に鴻昌進出口公司設立しYKKの代理商として香港の繊維業発展とともに事業拡大。60年代に馮景禧、李兆基とともに新鴻基 企業有限公司を興し地産業に進出。郭得勝は1990年に亡くなつたが「リア王」の如く三人の息子に事業託し二代目社長は凡そダメ者多いなか三兄弟協力し見 事に事業発展続けたり。が長男氏、97年9月に誘拐され(その主犯は渾名「大富豪」張子強(1998年中国で死刑)と云はれる)、妻が7億ドルの身代金払 ふ直談判して釈放されたが、その後、事業全般は弟二人の主導。だが長男氏を名誉職に据ゑることに何ら問題もないはずで、実は長男氏と懇意にて、この財閥に 侵蝕企てる某女性の存在あり。それ食止めるための長男氏更迭の由。
▼芸人エディソン某君絡みの芸人淫猥画像流出(信報の練乙錚主筆がこの騒動「艶照門」と題す)、マカオ賭場王スタンレー=ホー氏曰く
the "naughtiest" thing was for a man to have sex, then tell. Men can be playful but they cannot spread these things around.
と。さすが。この艶照門につき信報・林行止専欄もつひに語る(二月十八日)「難為家長的網上大千房中秘」。当該芸人も災難だが「悪意ある捏造画像」と警察 に届けことが虚報で、それが刑法に触れるのは当然で、これはこれできちんと対処すべき。財閥御曹司のスピード違反や財閥系芸能事務所へは甘く、猥褻画像 ネットに流した愉快者や民主電台(自主放送)には厳しく、と香港警察に「確実存在厚此薄彼不公平的事実」で香港の法治が危ぶまれる、と。
▼雲南省の昆明日報が昆明の市党政府の市党委書記、市長ら含む官員電話番号一挙掲載。地方自治体の党政府の透明度増すこと期待しての動き。だが党政府要職 者宛に電話しても応答なし。党政府幹部の電話番号は機密事項が取り扱ひ注意、か。香港などネットで用意に末端の事務職まで検索可(こちら)。
▼香港の戦後の芸能界で大活躍の、先日見た1969年の映画『花月爭輝』に呂奇の気さくで陽気な妹役で出演の「肥肥」こと沈殿霞女史逝去(60歳)。肥満 体で愛想あり。

二月十八日(月)フルマラソンを走った日の晩は、膝や大腿に痛みがあっても走り切っ た興奮からか、あまり気にならない。僕の大好きなサミュエル=アダムスのビールを飲んで酔っぱらっている。だけど翌朝、目覚めた時は、いつもと違う身体の あちこちの痛みに、僕は42キロ走ったことをあらためて認識する。ランニングブルー(僕がつくった言葉)になる時もあるし、気持ち良く完走した翌朝は、次 はいつ走れるかな?と、やたらハイになっている。今日の僕は昨日のフルの後半の伸びで、やたらハイだ。だから朝のコーヒーを飲みながら、「あれっ?、今年 はもう出られるかな?」とニューヨークシティマラソンのウェブサイトを見た。今年の申込みは2月25日だ。「ちょうど1週間前に気づいた!」ってことも、 なんか僕はツイている。だけど「あれっ?」と気になって確認したら、今のアメリカの大統領の任期は来年1月まで……。民主党の候補者選びが、なんかもう終 盤戦みたいな勢いだから、僕はてっきり、今年のニューヨークシティマラソンのある秋には、違う人が大統領になっている、って早合点。また1年伸びちまっ た。僕はランニングを始めてしばらくした頃、10キロはどうにか走れる自信がついた時、僕の遠い、遠い目標をフルマラソンで、大好きなニューヨークのシ ティマラソンに決めた。深秋のニューヨークで、サイモン&ガーファンクルの歌声が僕の頭のなかを流れるなか、セントラルパークのゴールに走り込む。それが 僕のランニングの目標だったわけだ。だけど、その時には、もう現職のあの人が大統領になっていた。だから、僕なりの些細な政治的主張として「あの人が大統 領をやっているあいだはアメリカの土は踏まない」と決めた。僕の身体がフルマラソンに耐えるようになるには、まだ数年かかるし、僕のコンディションが整う ころには大統領もかわってるだろう(たぶん)という、ボストンの若い精神科医のような、淡い期待があった。それが、多言はいらない……9・11のあの出来 事、イラク戦争、テロとの戦い(見えないヴァーチャルな仮想敵)とか今までずっと続いて、僕の好きだったアメリカは、なんか僕の期待を裏切り続け、それで 僕は目標だったニューヨークシティマラソンへの参加ができないまま、2005年に香港でマラソンデビューしてしまった。そして今年が4回目。来年もたぶん 香港マラソンで走るだろう。大統領は確実に別の人になっている。そのマラソンが終わった時、僕はニューヨークシティマラソンに応募する政治的な資格を得 る。今年は香港と同日開催となった東京マラソンも同じようなもの。神宮外苑で走り始めた僕にとって、東京マラソンこそホームグラウンドのレースだ。だけ ど、僕にとって苦手な人が都知事だから東京マラソンにはちょっと出たくない。……でも都知事が違う人だったら東京マラソンこそ開催なんてなかっただろう な。都知事は昨日、「ますます東京が一つになった感じがした」って言ったらしい。僕の気持ちは一つになるどころか、東京からちょっと離れてしまっているの に。
……と以上、村上春樹風に書くとアタシの今日の気分はこんな感じ。あーあ(笑)。でもやつぱり村上春樹、凄いのは
川のことを考えようと思う。雲のことを考えようと思う。しかし本質 的なところでは、なんにも考えてはいない。僕はホームメイドのこじんまりした空白の中を懐かしい沈黙の中をただ走り続けている。それはなかなか素敵なこと なのだ。誰がなんと言おうと。(村上春樹『走ることについて語るときに僕の語る事』より)
つて、こんな文章が続く。すごすぎ。ただジョギングしてマラソンしてるだけだが、ここまで書けるところがさすが小説家。以上。で本日、早晩に上環の文華里 で印鑑誂へる。久が原のT君に彼の席号「朗然亭」の印恵贈。赤茶の瑪瑙。予めT君に刻字は何が宜しいか尋ねると、畏友に印鑑を贈る話で思ひ出したのは、と T君が語るは、荷風散人が愛玩し終生座右に置いた印鑑「断腸亭印」は昭和廿年三月十日の東京大空襲で麻布偏奇館炎上、その焼け跡の灰の中から奇跡的に獲た もので、そもそもは谷崎大人恵贈、の故É