一月卅一日(木)早いもので一月ももう晦日。かうして今年ももう残すところ三百三十三日ばかりとなりましたが(つてこれぢや志の輔)今年発売のDVDで最
大の話題は何といつても帝国キネマ製作、鈴木重吉監督・脚本、

高津慶子主演『
何が彼女をさうさせたか』(昭和5年)でせ
う。上映後のフィルムが消失=幻の映画がソ連崩壊後のロシアでフィルム発見され復元され
紀
伊国屋書店よりの発売。清張が好きだつた祖母から戦前に凄い映画があつた、と聞いてゐたのがこれ。大詰めの場面がいぜんフィルム消失のままなのが
残念。多忙につき晩遅く麥奴でBig Macに揚げ馬鈴薯まで食し帰宅。また太りさう。昨日会つた放送作家の
村上さんからいただいた、故・月本裕さんが編
集長してゐたRACING
POSTの第2号丁寧に読む。12月に創刊号が出て第2号が月本さんの最後の出版になつてしまふとは。編集長が月本なら書き手は
須田鷹雄さん、
斎藤さん、
市丸博司さん、
成澤さん、と香港競馬にいらつしやる知己の方々がライター陣でづらり。
▼香港空港のフェリー中継サービス(
SkyPier Ferry)。
今回、香港国際空港に到着の放送作家M君は香港に入境せず空港から直接のマカオ行き。香港の空港では入境手続きの手前にマカオや珠江デルタ行きのフェリー
客相手のカウンターあり、そこでフェリーチケット購入し専用バスで空港内移動しフェリー波止場へ。M氏は手荷物だけだつたが、預け荷物がある場合、きちん
と飛行機から荷物が降ろされ回転寿司のベルトに並ぶ前にピックアップされフェリー乗り場に届くサービスあり、バングラディシュのビーマン航空からバジェッ
ト航空のバンコク航空までサービス提携(
こちら)。
▼結局一度しか食してはおらぬが炮台山(Fortress Hill)の城市酒店(City Garden
Hotel)カフェの美味なる海南鶏飯。なぜホテルのカフェのが、と不思議だが唯靈さんの信報の連載で合点は、このホテルや尖沙咀のローヤルパシフィッ
ク、黄金海岸などのホテルが
信
和財閥の系列で、創業者が南洋幇(南洋系華僑)のためソテーや海南鶏飯、肉骨茶など東南亜風味がこの系列ホテルのカフェの人気料理に、と。御意。
ローヤルパシフィックのスイス料理Chaletすでに閉業の由。
一月卅日(水)極寒。天気不良。朝の中環の風景はまるで真冬の倫敦の如し。某ホテルの理髪室で散髪。FCCにて新聞と読書。南方熊楠コレクション第3巻
『浄のセクソロジー』編集・中沢新一、河出文庫のうち中沢新一による解題のみ。

昼
頃に尖沙咀。雨は冬に珍しい本降り。ミゾレにでもなるんぢやないか、といふほどの寒さ。シェラトンホテルで
放送作家M氏と待ち合はせ。多忙のM氏の来港
は
2年前の7月以来。オクトパスカードの記録照会で前回の利用=来港がいつかわかるのは便利なのかアリバイ崩しの証拠になつてしまふ不便なのか。それにM氏
からホテルでのチェックインでも「上客への配慮」通り越した3年前の過去データしつかり照合に驚き(詳細は書きません)。でM氏と中環。鏞記で遅めの昼
食。歳末だからと旧正月用の
鏞記の年糕いただく。注文した鹹
魚蒸肉餅、M氏が鹹魚を美味しさうに食べるので、食後、トラムで西環に参り海産食品屋街を社会科見学。鹹魚街は名前こそ残るものの店など全くないこと今更
理解。中環から寒波のなかスターフェリーで尖沙咀。
ペニンスラホテルのバーで
一杯。買物してシェラトンにM氏一旦戻り一緒に今度は銅鑼湾。歩いてハッピーヴァレイ競馬場。第3レースまで観戦。かすりもせず。寒さと雨で場内閑散
(11千人の入場者だつた由)。Z嬢来場。三人で小雨のなか歩いて成和街の
益
新。豪州の
Mitolo醸造所の
Reiver Shiraz
05年、と紹興酒。紹興酒は加飯酒注文したら花彫酒ならある、と女給。花彫も加飯も同じ、と宣ふので加飯酒を何年も寝かせて旨味が出たのが女児紅のやうな
花彫で、辛口ドライが好きだと加飯のはうがいいのだ、と教へてあげる。バラエティ、スポーツ番組の売れつ子作家だけありM氏との鼎談款語三更に至る。タク
シーでM氏天后のMTR驛まで送り帰宅。
▼中華人民共和国建国以来の極寒。広州で見れば三十万人の驛前に溢れた帰省客、信報によれば十萬人が鳩まる区画に公衆便所一つもなし。「許多人到處找角落
解決大小便」とは、まるで上杉謙信に攻められし越中畠山氏七尾城籠城の如し。信報の社説が指摘するのは自然現象は避けられぬものとして行政の対応の拙さ。
風雪厳しいことは二週間以上前から予測されてゐたが気象部門、地方政府や民政部など然るべき警戒予報を出してをらず、定例のプレスリリースで御座なりな情
報提供しかせぬ部署も少なからず、地方政府は未だに自分たちの安全対策の不備を指摘、報道するのがマスコミだ、といふトラウマがありマスコミ利用して有効
な情報を提供しようといふ意識に欠け、情報がないから人々は疑心暗鬼で不安感だけが高まる、といふ悪循環。
▼放送作家M氏の話では昨日、成田からの日本航空のフライトは香港便は平常通り、だが広州便は「航路の悪天候」で運行取り消しの由。香港からわづか
70kmしか離れぬ広州で雪が降るはずもなく悪天候といつても雨風。取り消しは実は悪天候でなく一旦、広州に飛べば空路の混乱で復路確保の保障もなく(飛
行場の状況、燃料等々)往路の客にはまさか「復路のテクニカルな心配」理由に運行取り消しも出来ず「悪天候」理由としたのではないかしら、と猜う。
▼東亜銀行主席・李 Baby
國寶氏による、李氏本人が役員でもあるダウジョーンズ株インサイダー疑惑。英国金融時報の報道によれば李氏と米国証券取引監視委員会?との間で李氏が
800万米ドル支払ふことで和解協議の由。8.4億円に相応する和解金だが昨年5月に李氏に近い人物がダウジョーンズ株の売買で得た利益とほぼ同額。米国
の証券取引法によればインサイダー取引の罰金は利益の最高で3倍の額、背後で情報提供した者は最高100万ドルの罰金、懲役は25年にも及ぶさうな。
一月廿九日(火)極寒続く。子どもの頃から定期購読の雑誌が届いた日ほど一ヶ月で一番楽しい日は他にない。かつては噂の真相だつたのだが。ジャスコの旭屋
でアサヒカメラと日本カメラ二冊受け取り帰宅。

今月はデジタル時代のレンズ特集だかの前者
よか中古カメラ特集の後者の方がアタシにとつて楽しいのは当たり前。日本カメラはコシナがフォクトレンダー銘柄で2月に発売する
NOKTON
classic 35mm F1.4のレンズをもう4頁にわたり特集してしまたたのがアタシの琴線に触れちまつた。往年のライカファンなら
35mm
F1.4といへばズミルックスだが、このノクトンは6群8枚の対称型といふまさにクラシックレンズの面白さを復刻。しかも75,000円といふライカ好き
の年寄りにはお手頃価格。ウイスキーをちびちびと舐めながら「ほしいなぁ」と惚れ惚れ。2月下旬に東都に赴けば銀座松屋の中古カメラ市があり、このノクト
ンのレンズも発売になっている。「じつは父の四回忌の法要がありまして、鳥渡、日本へ戻ります」といふわけにもいかず。なぜ仏事は三回忌の次は七回忌なの
かしら、と馬鹿なこと考へちまつたがアタシのカメラ道楽も父譲り、先考は優しい人で「いいよ」が口癖、あの世から笑顔で見てゐてくれるのぢやないかしら、
とご勘弁請ふ。
▼ふと思つたのだが首相福田君、官邸での記者団との連日のやりとり、きまつて「……ぢやないんぢやないんですか?」が多くないか。つなぎ法案は「与党の強
硬ばかりぢやないぢやないんですか」だし年金問題も「全く解決のメドが立つてゐないわけぢやないんぢやないんですか」となる。この人の論法はいつも「そん
なことないでせう」と相手の指摘の否定から入るところが面白い。性格かしら。
一月廿八日(月)天寒地凍。内地も五十年ぶりだかの寒波に覆はれ雪で各地の交通網遮断され旧正月前に早くも始まつた民族大移動で鉄路不通に広州驛前など帰
省列車逸した云わば難民数十万人寒波のなか昼夜の列車待ちの由。驛周辺の弁当など高値、即席杯麺すら市価の四割増とか。人の移動ばかりか石炭など基幹物資
の輸送も支障あり。香港も対岸の火事とは言つておれず北京、上海を結ぶ長距離列車の運転、豚肉や野菜など流通が滞る。午後、中環歩みふと小腹空き
陳成記訪れるとシャッター降りて旧正月には早いし怪訝に思へば中環の

Graham
街、Peel街一帯の再開発にて陳成記の入る建物既に政府徴用。移転再開に非ず過去四十年の御愛顧に感謝と父母に代はり、とご亭主の挨拶が店先に貼られて
ゐるを読む。十二月十七日に廃業の由。一杯十五元程度の商売で家賃高騰の折、移転してまで、而も小麦粉など原材料高騰もあり、では政府からの保証金貰ひ商
売畳んだはうが得策か。香港一の上湯伊麺がもう食せぬとは残念。

永
吉街の
麥奀記忠記に雲呑麺食す。最近ふと髪の毛を伸ばす余は
髪の収まりつかず。若者ぢやあるまいしムースだのジェルだのヘアウォーターなどで髪をつんつくてんに出来ず。昔ながらのヘアクリーム売るを見つけるのに難
儀。それと櫛。櫛を売つてをらぬのには驚いた。かなり久々にジムで一時間の有酸素運動。帰宅して湯豆腐。広州の驛前広場には数十万人の列車待ちの群衆ある
と思へば広州より三、四度は暖かな香港で自宅で湯豆腐に酒で暖まれること、申し訳ないほど。樫村愛子『ネオリベラリズムの精神分析〜なぜ伝統や文化が求め
られるのか』読了。著者が社会思想史の研究者として優秀なことも、かなり広く文献読み漁つてゐることや、何よりも著者の政治的な立場のリベラルな明快さな
ど共鳴するところ多し。ただ理論書でなく書かれたのが新書であると思へば新書は「バカの壁」だの「国家の品格」だの「日本人のナントカ」だの、さういつた
低レベルな、扱ふテーマは地味でも、それでゐてどこかビビッドな印象与へる、さういふのが新書の売れる基本であつて、このネオリベラリズム捕らへた視点は
面白いし「なぜ伝統や文化が求められるのか」の着目はいいのだが、古今東西の社会思想史の学者の言説を多々引用し理論攻めしても、新書としては売れない、
だらう。新書の読者の素人の一人として読後感は、それぢや「なぜ伝統や文化が求められるのか」が今ひとつはつきり理解できず。『下層社会』であるとか、社
会に警鐘鳴らす意欲的な光文社新書であるから(じつはこの『ネオリベ』と『下層』の編集者は同じ)これはもう少し噛み砕いていただきたかつた一冊。
一月廿七日(日)朝の気温摂氏十一度。極寒。香港の生活で何が最も不愉快か、と云へば電源のコンセントのデカさと電源コードの太さ。電器の配線など見えな
ければ見えないはうど良いわけでアタシは米国は嫌ひだが110Vだかで電源コンセント小さくしてくれたことだけは属国の民として恩恵感じる、のに対して欧
州のあのコンセントのデカさはどうにかならないのか、香港はかういふところは英国真似て無様。家具の影で隠れるやうな場所ならいひが例へば洗面所とか、と
くに漏電防止で洗面所の電源は高所の目立つ位置にあり(ホテルの髭剃用電源の位置が正しい)髭剃の充電かドライヤーくらゐならいひが拙宅の洗面所は洗面台
の蛍光灯と洗面所用のスピーカー、電動

歯
ブラシなど電源が美しからず気になつてゐたのでヒマに任せてテーブルタップなど購つて来て見えない位置に電源コード類をまとめ日曜大工してゐたら昼。ピア
ノを弾く。午後雑事続け尖沙咀。香港芸術館。
「香
港製造」Made In Hong Kongは香港のモダンアートの展覧会。周俊輝による映画場面の精緻なる油絵、殊にビデオクリップで見せる映
画『無間道』の所謂、紙芝居も面白かつたが何といつても萬青屴の21世紀的な山水画と書画の面白さ。続けて
何
添園の嶺南画の展示を見る。何添園(1899〜1970)は広東省順徳生まれの嶺南画派の画家。嶺南画の20世紀初期の復興は高剣父、高奇峰兄弟
に負ふもので高兄弟は1907年に日本に留学し四条圓山派で田中頼璋(1868~1940)から川端玉章に学び中国に戻り嶺南派を復興。何添園は奇峰の高
弟。書もよくして戦後は香港の金文泰中學で美術教鞭の時期もあり。ところで金文泰中學は1926年創立の官立漢文中學が母体。香港植民地政府が最初に創設
の漢文中学で1951年にかつての香港総督Cecil Clementi(漢文に秀でること歴代総督の中でも傑出)

の名を頂き金文泰中學=Clementi
Secondary
Schoolとなる。午後五時から香港文化中心にて香港フィルの演奏会ありZ嬢と待ち合はせ参観。香港フィルがラフマニノフの3番、つてピアノ協奏曲ぢや
なくて交響曲。1941年に故郷のロシア思ひながら、と云ふ曲だがアタシにはわからない。実際に2番は聴いたことあるが3番は今回が初めて鴨。香港フィル
は江戸出悪人さんになつて着実に上手くなつたのは事実。だがさすがにまだアンサンブルを楽しむやうな、さういふ域には(一瞬、さういふフレーズがちよつと
垣間見られるが)達してをらず。で今回の主役は後半、で
李
雲迪(Yundi Li)がプロコフィエフのピアノ協奏曲2番。アタシにとつては初の生ユンディ。ユンディ様のプロコフィエフの2番といへば昨
年、小澤征爾&伯林の同録音(独逸グラムフォン)が評判。さすが18歳でショパンコンクール1位の25歳になつての演奏だねぇ、と今日も上手だがCDで聴
いたいろいろな演奏に比べて遜色あり、会心の出来ではない?と思へるのは今日の夕方五時の追加公演が一昨晩からの三度目だからか、一月に入り日本での巡業
(リサイタル9公演)終へての疲れか。さすがのデ=ワールト先生もプロコフィエフのこの曲はあまり馴染んでゐないのかピアノの独奏の間も小節数へるやうな
緊

張感あり。寧ろ李雲迪がまるで指揮者のやうに、とくに第1楽章でのオケの合奏だけの間の振舞ひが可笑しい。ところで
A列27番の客が最悪。左側の息子は始終、パンフレットにお絵描きで落ち着かず右席の娘は李雲迪様の目の前で椅子に横たはり熟睡。そのA列27番に居座つ
た母はガキの居ずまひを正さぬばかりか自ら始終落ち着かぬキチガイぶり発揮で髪をずつと弄くる、肩を揉む、背を伸ばす……何が諸悪の根源か、といへばその
家族の亭主で娘の隣席にゐるのだが妻と子二人とは距離を置き自分の世界に没入。一列目中央、李雲迪のかぶりつきがそれで台無し。アタシの席はバルコニーの
ちやうど「ピアノの指動が見事に眺め降ろせる席」だつたので否応なく、こいつが目障り。エコエコアザラクなり。終はつて御一緒になつたご婦人三名とZ嬢と
五人で「尖沙咀の」
Jimmy's Kitchenに晩餐。
夕方五時からの音楽会も終はつて夕食にはいい鴨。皆さんお酒のイケるくちで、まづドライマティーニで乾杯。豪州McLaren
ValeのWoodstoneの白でアボガドの蟹肉合へ、など前菜。カレー料理を注文してゐたので新西蘭のGinsen
Estateの名前失念のPinot Noirを合はせる。
▼あまりの御用選挙で話題にするのも忘れてゐたが廿五日に全人代の香港代表選挙「一部で」実施され三十数名の代表選出される。千数百票で范徐麗泰(立法会
議長)がトップ当選。舌禍女王・羅范椒芬も無事当選。中指事件の黄宜弘(土共立法会議員)が落選。
一月廿六日(土)早晩まで諸用続くが始終宿酔気分。ジムのサウナで汗を流し漸く酒が抜けたが喉が渇きコンビニで麦酒立ち飲み。始末に終へず。

Z
嬢と待ち合はせ湾仔Jaffee Rdの伊太利料理
Al Denteに
夕食。芸術中心で映画『
追悼のざわめき』松井良彦監督、
1988年を見

る。
一昨日の新聞でこの映画の上映知つたもので芸術中心では
大阪怪奇歌(Osaka Weird
Sonata)なるシリーズで大阪で製作された自主制作映画8本上映してゐたものの千穐楽。地味な企画をようわるわ、ほんま、とつくづく感心。関
西カルト映画の巨匠・松井良彦のこのカマガサキを舞台にした150分の長編ももう20年前の古典。中野の今はなき武蔵野ホールでの単独公開とロングランは
伝説となり(04年の武蔵野ホールの閉館記念上映も確かこの映画)今かうして見ても「かたわ者」の扱ひやキチガイとなつた小人症の女が女子高の校庭に乱入
するシーン(ハプニング的な混乱を高所より撮影)や空きビル屋上での火事の場面と消防、その後の現場検証など20年後の今日では「撮影できない」だらう。
この映画、86年には香港での日本映画特集での上映不許可となつた由。今回は16mmフィルムではなくニュープリントからのHDテレシネデジタルなるもの
ださうで画質が恐ろしく鮮明。それが残虐な場面がむしろさらつとあつさりと見えてしまふから不思議。見え過ぎるといふことは想像力も演出の妙も顕過ぎて欠
けてしまふのかしら。
一月廿五日(金)寒波再来。冷雨。かなり久々の本降り。街を歩く人も車も雨に慣れてをらず。早晩にバーYでハイボール二杯。F氏と鵝頸橋の居酒屋・和居和
居に飲む。バーSに飲み深更に至る。
▼健筆なる蔡瀾氏、いくつもの連載かかへ旅行中でも旅先から意欲的に寄稿し蘋果日報の連載随筆「草草不工」など欠かすことなし、が昨年、蔡瀾氏は旧友の倪
匡(60年代に少年向けの「衛斯理シリーズ」で一躍馳名、香港代表し

たSF作家)を客旅先の桑港
より實に14年ぶりかで香港に戻すと何度か蘋果日報の自分
の連載を、旅の最中は倪匡に任せるやうになつてゐたが、今年一月三日まで連載寄稿続けたあと翌四日より倪匡氏の連載がずつと続き(それまではせいぜい一週
程度)さすがに二週間を超え「体調でも崩したか?」と思つてゐた矢先の十九日に蔡瀾氏久々に登場したが「
天
意」といふ題で
太過操勞,被兩種病毒入侵,好在我抵抗力頑強,把對方打倒。生病這
段時間,請倪匡兄代筆一個月……
と一ヶ月の休筆宣言。翌廿日に「
租
界」と題して面白可笑しく、自分の連載コラム欄の又貸しについて語り、当面は『壹週刊』誌の「一樂也」と「未能食素」、それに『飲食男女』誌の連
載だけと執筆を軽減の由(本当は「一樂也」も休筆したいところだが挿絵画家の蘇美璐が稿料の半分を父に仕送りしてゐるので連載継続、と余計なコトまで書く
のがある面では蔡瀾の面白さか)。
いづれにせよ、さういふわけで蔡瀾の草草不工は連載中断のまま。一ヶ月後に復帰すればそれで万事好し、だらうが体調芳しからず、か、いつ死んでもをかしく
なかつた不健康の極みの倪匡氏が元気で、が皮肉なところ。蔡瀾、倪匡といへば故・黃霑と三人がホストとなつた伝説的なテレビ深夜番組「今夜不設防」
(89〜90年、亜州電視)懐かしいところ。あれから17年、と思へば黃霑氏が逝き、さすがの蔡瀾氏も体力に衰へ見えても不思議でもなし(が、やはり倪匡
氏が元気なのがいちばん不思議)。
▼ふと「はてな」富柏村日剰をアクセス分析で皆さんがどの単語検索で当日剰に辿着かれたか、を眺める。2007年通算で上位は「富柏村」「空の空」「村上
湛」「片岡郁美」「田原牧」「香檳大廈」「別所浩郎」「de mong-ha
pousada」「新翠華茶餐廳」と続く。「空の空」は加藤周一先生が朝日の夕陽妄語での引用から。畏友村上湛君の名は實は古典芸能といふ一見古風な世界
がその好事家たちはネットで情報ゲットもお好き、の証左。片岡郁美さんはもう何年も前に数回触れただけなのに根強い人気。田原牧さんも支持が高い。香檳大
廈は尖沙咀の中古カメラ商入る雑居ビルだが情報少なくカメラ関係の好事家が検索か。別所浩郎氏は外務省の国際協力局長で、この検索が多いのもどういふ方た
ちが検索されてゐるか、に寧ろこちらの興味津々。「de mong-ha
pousada」はマカオのホテルだが情報少ないゆゑ。新翠華茶餐廳は香港の代表的な大規模茶餐廳でアタシはバーSで酔つた帰りに一度寄つたくらいだが。
でこのあと、なぜか有栖川宮、秋篠宮、高松宮と宮家が続き、湖舟、益新美食館、サイトウキネン、沢田研二、白洲次郎、顔福偉、コントアール、一碗麺、八重
洲書房、変圧器、按摩椅子、李玉剛、稲ぎく、草間彌生、柳澤秀夫、はたはた、ノクティルックス、葛飾ビラ、ホテル三條苑、内掌典、廣東茶居、徐展堂、男色
画、福和煙草、胡文閣、西苑酒家、雪園飯店、ガディス、山の上ホテルモーツアルト、ユンディ、中村紘子、九龍皇帝、住家菜、張震、新光戯院、明記甜品、永
合隆飯店、璽光尊、稲菊、蔭山征彦、藤田玲央、陰間茶屋、靴に恋する人魚、香港ヴァース、二階席、レリーズ、ラウンジ、GR
Digital、Peninsula
Pharmacy、あげ半、ふろふき大根・阿部なを、アミノギア、インポートフジイ、チンチンカモカモ、ランパーン・象使ひ、一樓一鳳、上野富吉、中古カ
メラ、井上直幸、京笹、今夜は最高・藤村有弘、国民教育中心、坤記、安藤光雅、寿司澄、小南国、島貫果樹園、役者買、景記粥王、梁蘇記遮廠、民建聯、永合
隆、滝山コミューン、澳門珈琲、瀬戸正人、生き試し、米原範彦、葉劉淑儀、蓮華生輝、藍宇、雪園、香港バレエ、鯛萬、森喜朗衆議院議長……と続く。意表を
ついていちばん可笑しかつたのは「チンチンカモカモ」と「役者買ひ」かしら。でも安倍なをさんのふろふき大根作らうとして検索してこの日剰に辿着いた人は
困つただらうに。
一月廿四日(木)蘋果日報、今日は一面トップは本来なら絶対に昨日の株価反復であるべきところ映画“Brokeback
Mountain”主演俳優の紐育自宅での変死が一面トップ。

この映画、邦題はカナ書きの
「ブロークバックマウンテン」で珍紛漢紛だが香港では「断背山」と見事な直訳。この映画のヒット以来「断背」がいつのまにか男色を指す意味となり「近來、
傳著張敬軒與好友關智斌的斷背情」など用法あり。早晩にハッピーヴァレイの
大
少爺茶餐廳。評判の海南鶏飯食す。極めて上品ながらピリツと辛み。海南鶏飯に大切な「滑らかさ」通り越してちよいと脂つこさが気になるが美
味。所用済ませ二更に帰宅。昨晩に続き休肝日。臥床間際に養命酒服すとさすがに酔ふ。
▼日本で弔事あり明日の通夜に急ぎ弔電送る。NTT東日本にネットで弔電依頼。原則は「国外からのお申込みは出来ません」(おそらくKDDIとのかねあ
ひ)だがネット上で現実には可。送信後に先方送り先住所が自宅でなく斎場であつたことわかり斎場名を送り先に追加しようと思つたが依頼後の電報の変更は電
話でのみ受け付け、でフリーダイヤル。海外からフリーダイヤルかけられず仕方なくNTTの「電話部門」の海外からのお問合せ番号に電話して「電報の」と言
ふと「恐れ入りますが海外からの電報の申込は……」なので「知つてゐます。電報の申込みぢやなくて『内容の変更』です。問題ないでせう」と答へる。相手は
一瞬詰まり「……国内で申し込まれた、といふことで」と電報担当に転送してくれ、万事休す。
一月廿三日(水)米国が金利引き下げ。米国FRB長官よりずつと高給な香港金融管理局総裁(年収1.2億円は日銀総裁福井君の4倍)任志剛の「


米
金利引き
下げを安定剤として歓迎しつつ金融諸問題の根本的解決にはならぬ」といふ見解に対してマカオのカジノ王・何鴻燊(Stanley
Ho)様は(陶傑氏が聞いて苦笑か)恒生指数は今後23〜24千で徘徊するであらうが旧正月迎へる頃には30,000ポイント、と相変はらずハッピー。で
香港市場も何鴻燊の期待に応へるかのやうに前二日の下落に反発し2,332.54ポイント(10.72%)上昇。ちなみに董建華君の東方国際はHK
$40.65也、まだまだ。アタシは胃腸風邪の気配あり帰宅途中に近隣のC医師の診断請ふ。案の定、胃腸風邪。C医師のくれる薬はいつもアタシに合ひ、帰
宅して服薬し養生すると晩遅くにはだいぶ回復。岡田暁生『オペラの運命』読了。ショルティ&シカゴ響でマーラーの4〜6番を聴く。晩は北角街市で売つてゐ
るKadoorie農場系の地鶏で親子丼。樫村愛子『ネオリベラリズムの精神分析』光文社新書少し読む。本といへばC医師の診療所からの帰途、商務印書館
に寄り陳夢因著『食經』全5巻購入。『食經』は星島日報で1950年代に連載された、香港でも飲食を記事とする魁となつた連載。著者の陳夢因氏
(1911〜1997)は星島日報の元編集長。飲食関係の記事で今もよく引用される古典でアタシも「食經」の名は聞いてこそゐたが数十年絶版を商務印書館
がこのたび5冊にまとめて復刻。
▼岡田暁生『オペラの運命』中公新書。同著『西洋音楽史』のはうが圧倒的に読み応へあり、だが、オペラ音痴のアタシにもこの本は面白い。
オペラの基本的性格が規定されたのはバロック時代である。バロック
時代の宮廷文化にルーツをもつ幾つかの文化的前提を知らずして、オペラになじむことは難しい。もし読者の周囲にどうにもオペラと相性の悪い人がいるとしよ
う。おそらくその人は、オペラというよりまず、オペラが前提としている文化史的な諸条件と体質があわないのだろう。それはつまり華美(それも桁外れの)を
肯定する体質である。この派手好みの気質の点でオペラは、同じ「クラシック音楽」でありながら、交響曲に代表される近代の演奏会音楽(器楽音楽)の対極に
ある。
といふ指摘に納得し、独逸留学時代に三度の飯より歌劇、の経験もつ著者ですら
いまだに記憶に残っているのは、どういうわけか、「作品」でも「歌
手」でも「演出」でも「指揮者」でもない。クライバーもシノポリもムーティもドミンゴも皆聴いたのだが、十年という歳月にふさわしく、これらの思い出は既
におぼろげになり始めている。だが今でも鮮明に記憶に焼きついているいくつかの光景がある。それはオペラ劇場の周囲の街並であり、劇場の建物や内装であ
り、観客の立振る舞いであり、それらが渾然一体となって作る「場の雰囲気」である。
といふのだから鳥渡、安心。
▼テレビマンユニオンの村木良彦氏。萩元晴彦はすでに亡く、今野勉さんだけが設立者でご存命だが今野氏がドラマ出身であることを考へるとドキュメンタリー
ではやはり村木氏。当時の報道のTBS、日本テレビですら読売テレビの「ドキュメンタリーにつぽん」などなど、今のただ面白可笑しく馬鹿馬鹿しいテレビに
比べ当時はシリアスな番組がいかに多かつたことか。
農歴十二月十五日。早起きで朝の四時半(香港時間)より大相撲の再放送あることを知る。本日、股災=世界同時大幅株安。昨日5.49%下落の恒生指数は本
日さらに8.65%下落。

2,016ポイント「狂瀉」は史上最大。
(結果論だが)米国の低所得者相手の融資貸付に便乗しての濡手に粟での金儲け、借り手の返済焦げ付きで結局のところ火傷は世界中の投資マネー側。昨年秋に
香港恒生指数31958の最高記録した折には「来春の旧正月には33000」と宣つてみせし香港「股神」李兆基(恒基地産主席)は最近、姿見せず。前行政
長官董建華など自社(船会社東方国際)株を過去数ヶ月港幣1億元(14億円)の資金調達し(HK$56より最近のHK$45.8の間で)買ひ戻せば昨日の
株安

で
東方国際は8.47%下落し13ヶ月ぶりの最安値HK$41.05を記録。董建華、1ヶ月で港幣18百萬元(2.5億円)の損失(以上、SCMP紙Lai
Seeの記事“Tung's investments all at
sea”による)。で本日は同社株終値は更に8.16%下落のHK$37.7となり董建華先生大火傷。香港らしいのは(翌23日の蘋果日報の記事だが)銅
鑼湾の阿一鮑魚で有名な金満食堂・富臨飯店の今晩の売上げは2割減、と(笑)。一昨年秋来のカメラ・レンズ購入での浪費で自己破産の、投資など縁もなき余
には股災は他岸の火事の如し。林行止が信報で経済学者の立場で科学的に『聖書』読んで聞かせる(看『聖經』學猶太經濟學)。出エジプト記(第十章)
爰にヱホバ、モーセにゐひ給ひけるは汝の手をエジプトの地なうへに
舒べて蝗をエジプトの國にのぞませて彼の雹が打殘したる地の諸の蔬を悉く食はしめよ。モーセすなはちエジプトの地の上に其杖をのべければヱホバ東風をおこ
してその一日一夜地にふかしめ給ひしが東風朝におよびて蝗を吹ききたりて。蝗エジプト全國にのぞみエジプトの四方の境に居りて害をなすこと太甚し。是より
先には斯のごとき蝗なかりし、是より後にもあらざるべし。
まさに今回の米国プライムローンに由る股災はこのイナゴの如し。この他にも聖書の物語に経済への忠告少なからず林行止が見事に紹介す。このところ多忙続き
で体調もいま一つ、ジムに寄り運動する気も失せ帰宅。今日は兵庫の
播磨屋本店のお菓子いただき、ついつい黒大豆の大粒の甘納
豆がお茶受けに良く2パックも昼のうちに一人で食べてしまひ反省。「朝日あげ」のみ持つて帰宅。九龍東の夜空に昇る十五夜の赤月。妖しげ。股災の晩に不思
議と似合ふ月。
農歴十二月十四日。大寒。大寒だが暖かい。諸事忙殺され早晩に北角埠頭近くの「札幌」で葱ラーメン急ぎ食し所用済ませ二更に至る。夜な夜な月眺めつつ漫
歩。北角の街外れの公園では一輪車で器用にホッケーする若者たちあり。

危
なさうだが巧みに相手躱し衝突や倒れることも稀な様子。暗い公園のベンチに坐るのは、どうみても家出の行き先のない、ボストンバッグと「そごう」の買物袋
一つで途方に暮れたやうな少年。帰宅して大寒なので久々に風呂の湯に浸かり、文藝春秋二月号で特集「見事な死
阿久悠から黒澤明まで著名人52人の最期」しみじみと読む。個人的に自分がさうなりさうなのが中島らも(泥酔して階段転げ落ちて打ち所悪し)と芦屋雁之助
(大の甘党で糖尿)。今夜もこの文藝春秋一冊読む間にGlenmorangieの18年シェリー樽つて酒をダブルで三杯も飲んでゐる。へんに酔はないとこ
ろが我ながら寧ろアル中気味。しかも自分の家なのに寝室で立つたまま背の低い箪笥に凭りマーラーの2番を聴きながら酒を箪笥の上に置いて本を読んでゐる。
家で立ち飲みの変な風景。そんな酒飲みの私にとつてやはり理想像は田村隆一。最期は妻が冷や酒を吸飲みにいれてくれたのを一合すつと飲んで「うまい」と喜
び眠るやうに亡くなつた、と。團伊玖磨は2001年の5月、文化交流で訪れてゐた大好きな中国の蘇州で、旅先のホテルの部屋の灰皿にはパイプ煙草の葉の燃
えかす。この訪中、古くからの友人である唐家璇外相(当時)との会見が小泉靖国参拝意向表明で取り消しに。故人の意外な、寧ろ印象損なふから知らなければ
よかつたやうな逸話を父に語られたのが尾崎豊(個人事務所立ち上げダブルのスーツ姿で背広の胸にハンカチをさした尾崎豊が社長室で自分のツアーのスケ
ジュール交渉)や小田実(風来坊的な行動派、実は「なんでも見てやらう」も詳細な旅程組みや旅先での知人への紹介状依頼、その実際の旅に基づく単行本化の
ための小説風の筋書きメモ=つまり「なんでも見てやろう」はドキュメンタリー風のフィクション!、を見つけた妻)など。また、逆に意外な言葉から「やつぱ
り」と私は納得できるのは水上勉の長女が語る、父の晩年の謎の言葉、は昼すぎの日向ぼつこで恍惚の水上勉が口にした「私は道を違えておりません」の一言。
生や死に直に向き合つた(といふ姿勢が読者の心をうつた)老作家は死に際まで「実は違えていた道」との葛藤か、やはり「否定したゐ何か」があつたのね、と
妙に納得。
一月廿日(日)本日西貢北潭涌にてChina Coast
Marathonありハーフ之部に参加で朝六時すぎにタクシー雇ひ参加者用バス乗車の集合地点の天后へ。だが恒例の集合地点に人影なし。集合地点は北
角!、

而
も突然猛烈な腹瀉に襲はれ維園の手洗ひに駆け込んでから再びタクシーで北角へ駆せる。主催者側誂へのバスは乗客多く1台に乗り切れず主催者側のメンバーが
更に1台を追加手配を決める。Citybusは路線バス運行も多く緊急用にバスが各地に待機の由。その機転も早かつたが主催現地本部に電話連絡のスタッフ
は「バス利用者が多く乗り切れなかつたので、こちらの判断で1台追加手配。10分後にバスが来る、といふから、これについてはOK、で他に……」と。何か
「予期せぬ事態が発生」の時に右往左往せず何かの判断をして解決すれば結果的に「トラブルではない」のだから報告で「これはOK」で済ましてしまふ、その
感覚は「何事にも大騒ぎ」の我々は多いに学ぶべき。で現地到着し40分後の8時にフルとハーフが同時にレーススタート。折りからの晴天……は暑すぎ(摂氏
18度くらゐなのだらうが湿度は95%!)。アタシにしては高速のキロ6分以内のペースで快調に走つてはみたが10kmの折り返しから途端に足が上がら
ず、ふと気づけば10km以上をレースできちんと走つたのは昨年三月の香港マラソン以来、しかも最近はとんと運動量少なく、後半は速度は落ち上り坂でもな
いのに少し歩き競歩のオヂサンにも抜かれる!始末。結果2時間15分。午後お仕事あり、でフルに参加の同じランニングクラブのK会長らの応援もせず一人、
西貢。
龍記桂林米粉に寄るが開店は11:30でまだ半時間も
あり
松記車仔麺に食す。ジムのサウナに寄り帰宅。午後遅く打
合せありFCCのラウンジ。Y氏と三時間ほど作戦会議。見事な十三夜の月を愛でつつ帰宅。昨晩に続き蘇州I君が来宅。Drappierのシャンペンと智利
のMaule Valleyは
Cremaschi
furlottiのcarmenere
05年持参してくれる。二日続けてシャンペンに赤葡萄酒は幸せ。Z嬢の手料理。だがさすがにアタシは朝からの疲れで沈没。I君に言はれて競馬は今日がクラ
シックマイルとスチュワートカップであつたこと知る(I君は勝つたさうで)。
一月十九日(土)週末だが忙しく北角で午前中の所用終へご一緒したAさんお連れして昼に寿司加藤。午後の所用済ませ早晩にFCC、蘇州より来港のI君とZ
嬢と飲食。Heidsieckの赤ラベルを開け、タイ風牛肉のサラダ、トマトと生玉葱のピッザなど食しZenato Ripassa DOC
05年を飲む。
▼I君の話で笑つたのが成田空港での「
チャッカマン」。
蘇州でガスコンロの火のつきが悪く日本で買つたチャッカマン持参で成田空港へ着いたI君。案の定、手持ちだらうが荷物に預けようが「チャッカマン」は危険
品で認められず。だがI君が納得できぬのは、そもそもライターもダメなのだがライターなら喫煙者に対して1個の携帯は見逃されること。チャッカマンはそも
そも百円ライターなのだし、喫煙者への配慮を拡大解釈すれば「チャッカマンでタバコに火を点ける酔狂な奴もゐる」とすればチャッカマンも1個だけなら携帯
許されてもいいはず、と交渉したが税関は「どうかご勘弁を」と。ライターがダメなら一律、ダメとすべきで喫煙者に1個配慮してゐる点にそもそも矛盾あり。
結果、I君のチャッカマンは柄の部分が長く「ライターとしては認められない」が税関には他の搭乗客が残した「多少、柄の短い」チャッカマンがあり、それを
「ライターとしての使用」といふことで携帯許せなくもなし(とかなり強引な解釈だが)、で結果、I君のチャッカマンとそれを交換してライターとして機内持
ち込みの由。
一月十八日(金)多忙。晩に久々に餃子を茹で食す。かつて香港では湾仔碼頭の水餃子を、スーパーなら箱入りの冷凍がお気軽、湾仔の交加街の本店に足を運べ
ば出来立てが購入可。それより昔なら実際に湾仔碼頭でオバチャンが立

ち
売りしてゐた伝説となつた餃子が買へたわけだが。で、その湾仔碼頭餃子もスーパーで販売の冷凍物は、かつては粗末な黄色い箱に小麦粉に塗れたバラが入つて
ゐるだけで安くて美味いからお手頃だつたが、それがいつのまにやらパッケージもしつかり、小振りの餃子がプラ皿に並び、見た目はきれいだが味は格段に落ち
て、湾仔の交加街も再開発で本店は立ち退き。もう何処かの工場で大量生産のはず。多角化か、なんだか奇抜な飴の餃子多種多様。で「湾仔碼頭」印の餃子もす
つかり買はなくなり、知らないメーカーの1パック35個入り!の冷凍餃子を調達。なんで35個なのか……、せめて36個なら3打と納得できるのだが。内地
の餃子は「段ボール紙が飴に混ぜてある」だとか、段ボール紙ならまだしも鼠肉や場合によつては猟奇的殺人絡みで人肉も?なんて報道(といふかガセネタが多
いが)もあるが。いろいろ噂を思ひだしつつ餃子にパクつく。食前にGlenmorangieのウイスキー数杯飲み餃子を頬張りつつ五糧液を盃に数杯飲んだ
ら睡魔に襲はれ早寝。
▼外務省で薮中三十二外務審議官が事務次官に就任。薮中氏絡みで一つ知りたいのは外務省経済協力課が小泉三世の御世、国際協力局に昇格、で当時の経済協力
局長がそのまま国際協力局長になることが公示までされてゐたのに、それを撤回。薮中氏が審議官のまま国際協力局の初代局長を暫定で兼任、それを別所浩郎氏
が襲ひ現任。別所氏といへば小泉三世の首相補佐官で、当時の対北朝鮮問題扱つたのも、この方。当時のこの急な人事が何を意味してゐたのか。7,000億円
のODAを扱ふ部署であるから、とくに対中国、対インドネシア絡みなどでいろいろキナ臭いこともあらうし……。そこが気になる。ところで、今回の薮中氏の
事務次官就任で後任の審議官は佐々江賢一郎アジア大洋州局長。この方も北朝鮮拉致問題に強く関はつた。今の外務省幹部が薮中氏、佐々江氏、別所氏、と三者
とも小泉政権での(安倍といふ官房副長官もいらつしやつたが)北朝鮮絡み。結局、北朝鮮外交は外務省の幹部人事に大きな影響こそ与へたが、本来の拉致被害
者問題は何処にいつてしまつたの?といふ感じがしないでもなし。
一月十七日(木)終日多忙。湾仔のImmigration DeptでHKIDの再発行受領。昨年末に申請の母のHKIDも受領。郵便で母に送る。
▼香港政府前廉政専員羅范椒芬の全人代香港代表立候補、36人だかの定数に50名だかが立候補し推薦人数では彼女がダントツ

一
位。これに続き今度は
香港大律師公會主席(弁護士会会長)の袁某が広東省政治協
商会議の委員に任命され