乾坤容我静 名利任人忙 乾坤ハ我ヲ静カニ容シ名利
ハ人ノ忙ニ任ス 乾坤は和訳に難き言葉なれど天地、陰陽、つまりは宇宙の理か。
よ
り本日で閉業(画像は本年六月十九日のもの)。雨のなか閉店惜しむ客が傘さして路上での雲呑麺食す様をテレビのニュースで見る。
だが最も知りたいデータは巨人軍ファンの文春
購読率かも。……で本日。早晩に尖沙咀に向かおうと金鐘で「金鐘廊」から地下鉄駅に下るエスカレータ下りていたら、此処は路上でのビラやチラシ配りの多い
場所などだが珍しくチラシ受け取る者多く何かと思つてエスカレータ下りてみたら立法会議員でトロツキストの梁「長毛」國雄君が明後日挙行される言論自由デモのチラシ配り。長毛君らはマ
スコミの言論統制に反発し人民台も運営。チラシ見ればデモ連絡先に自分の携帯電
話の番号。執念の人。晩に畏友O氏とM君で数年ぶりに一席といふ話になり尖沙咀の錦城韓国餐廳。盛況。食事終わり、まだ十時前で昨年末からこれから銅鑼
湾に寄りバーSやバーYで一杯といふパターン多かつたが雨止まず荷物も多くオマケに今日は朝、バスに折畳み傘忘れ晩は晩で料理屋で客の誰かにFCCの傘を
持つて行かれる災難。さつさと帰宅。ジャックダニエルを一杯。ハーブ茶。七月廿七日(水)朝刊が届くより早く目覚め朝刊が配達になり拙宅の扉前にパタンと落ちる音を聞く。朝日新聞にニッポン人脈記なる連載で「国家再建の
思想」なる「旧制高、朽ちぬ青春賦」とあり旧制静岡高校、静高といへば中曽根大勲位で「国家再建の思想」の主旨、成程。大勲位といふと改憲私案で読売新聞
の印象強いが、この「旧制高校の精神」追憶は、これを読めば立場的には産経の財政界のオトーサンたちも朝日の書きぶりに「若い頃の気持ち的には朝日」で満
足かも。で、読めば書き出しの一文に驚いた。「その昔、日本各地に旧制高校という学校があった」と。その昔、といふ表現は「その昔、日本各地に国分寺とい
う寺があった」なら「その昔」だが旧制高校も「その昔」か。我もさすがに旧制の中学、高校に学んだ程の年配ではないが「旧制」はけして遠くない世界。その
筆者が余程若輩かと思えば早野透君の執筆で早野君は終戦の年生まれ。それでも旧制は「その昔」か。余の祖父が営む食肆は地元の旧制高校の学生で賑わい当時
の学生は早晩にちょいと食して花街に繰り出すといふ粋な時代。旧制高校といへば全国各地から学生集まり寮生活。寮祭。戦後に同窓会ありすでに政財界で活躍
する者多き同窓生が同窓会開くとなると寮祭の再開となる。で祖父(正確には義祖父)がその同窓の寮祭に招かれたがすでに老いて祖父の姪にあたる我の母方の
祖母が祖父の代わりに寮祭に行くのに幼き我を連れて出かける。祖母は当時、その食肆で謂わば看板娘。祖母に「あの当時は西園寺公とか作家になった船橋聖一
とかね、来てたんだから」といふ話など聞いたもの。で当時は未だ残つていた旧制高校の校舎校庭で我が見たものは、戦後もだいぶ経ちかなりの年配の男らが校
庭に櫓を組み学生帽、袴羽織に高下駄のバンカラで泥酔して寮歌を合唱。目を転じればファイヤーストームのまわりでドイツ語だかで合唱。「なんだぁこの世界
はっ……」と余は絶句。この戦後の寮祭に、あとになつて思えば、この旧制高校の卒業生である当時の「三井の大番頭」江戸英雄君や警察官僚であつた後藤田正
晴君も来ていたのだらうか。彼らは政財界の重鎮となるのだが学生の頃には梅本克己のマルクス経済学など学んでいるのだから小泉、安倍といつた若輩者との格
の違い。さう思ふとこの朝日の連載、旧制高校の物語通しての中曽根大勲位のヨイショも当然、保守の断層化狙つての「新」自由主義への朝日なりの政治部の
「運動」なのかも。勘ぐりすぎだが。……で本日。出かけても早晩に市場に寄り食材仕入れ真つ直ぐ帰宅の日々続く。ドライマティーニ一杯。鯵を焼いて食す。
最近、夜も九時過ぎると睡魔に襲われる。NHKのニュースで愛知万博。参加者が芝生に打ち水して打ち水の気温低下の効果測定、って万国博覧会ですよ。ため
してガッテンぢゃないのに。使い捨てのランチボックスの容器もトウモロコシのパルプ使つてます、と自然に優しそうだが容器の説明が日本語だけ、で国内博。
博覧会というより明治の昔の勧工場の如し。新聞読み。かねがね気になつていたのが酒樓、酒家、飯店、茶樓、茶室の区分け。唯霊氏が信報で書いている。戦後
は区分けが緩くなつたが戦後でも昔は毎年九月一日に港九酒樓茶室総工会の例会があると香港中の「酒樓」と「茶室」はこの日は休み。酒樓は茶市を設けず、茶
樓と茶室は当然、酒菜は置かず。茶樓といへば上環と中環に名店多く高陞、蓮香、慶雲、龍泉、得雲、萬國、添男、得男、第一樓、清華閣など。同じく飲茶でも
大同、金龍、銀龍、金城は酒家(酒樓は茶を供さぬが酒家は別)。酒樓でも遅れて開業の月宮、京華藍天、建国、金寶、夏恵などは夜総会(ナイトクラブ)で前
述の九月一日は休まず。上述の蓮香樓と陸羽茶室は戦前の開業で蓮香樓は広州で開業の百年老店。元来は「姑蘇館」で小酌の酒肴供したが民国の時代となり花柳
業やめて茶樓に専念。茶樓の全盛期は朝、昼、晩と三市の繁盛で晩は晩で「附設歌壇唱女伶」と賑わつたのも半世紀も前の話。「飯店」は粥粉飯麺に小料理を供
応の小食肆。華人行の楼上に大華飯店という高級店があり名が「飯店」なのが当時は首を傾げた、と唯霊氏。「飯店」といへば「阿一鮑魚」で世界に名を馳せる
楊貫一が営む最高級の「富臨」が最も格式高いはずの「酒家」を名乗らず「富臨飯店」なのは楊貫一氏
が若かりし頃に修行したのが大華飯店であるため「有点飲水思源之意」なり、と唯霊氏。なるほど。ところで「有点飲水思源之意」は何と訳すか。「飲水思源」
は文字通り「水を飲むはその源を思う」で、この故事成語は「その実を落とす者はその樹を思い、その流れに飲む者はその源を思う」といふ北周の詩人・癒信の
「徴調曲」という詞からだそう。で「有点飲水思源之意」を訳そうとすると、楊貫一の富臨が敢えて飯店に執るのも「飲水思源」といふことか、と。これを訳す
には「その飯店への執りも大華飯店で働いた昔を思つてのことか」と具体的にしか訳せず。具体的であることの野暮。文雅といふものがない。漢語の「有点飲水
思源之意」が文雅もつて訳せず。
▼蘋果日報に「大馬酒店住房證出現辱華圖案600中港旅客抗議被畫豬頭 」と一面トップ記事。これも端的なる漢文の美事さ。日本語にすると「マレーシアの
ホテルの宿泊者カードに中国を侮辱する絵が描かれ六百人の中国と香港の旅行者が豚の顔が描かれたことに抗議」なのだが日本語では長すぎて見出しにならず。
事の次第はマレーシアの観光都市ゲンティン(こちら)
はイスラム圏にあり博奕場まで設けた総合アミューズメント都市(こ
ちら)で野暮の局地だが野暮な場所には野暮な観光客が鳩るわけで宿泊施設も一応「五つ星」のゲ
ンティンホテルから(宿泊費は一応一泊二百米ドル)安ホテルまで提供。で問題のホテルは三つ星のファー
ストワールドホテルで一泊三、四千円程度。ここに海外旅行がブームの中国から田舎者の団体旅行が押しかける。折角の楽しい旅行のはずが朝食の
ビュッフェにて宿泊料金に朝食込みであることの確認のためだろうが宿泊者カード(チェックインの際に鍵をいれて渡される部屋番号書かれたアレである)を給
仕が客に提示求めるのだが給仕は中国からのツアー客だとそのカードに豚の顔を描く。どうやら「この連中は中国から」で「言葉通じない」とかのいずれにせよ
ネガティブな意味の印らしいが怒つたのはこの団体客。民族の侮辱だとホテルのロビーに座り込みホテル側の謝罪求めること八時間。中国国歌合唱し嗚呼、愛国
の団結心。首都より中国大使館の外交官まで駆けつけホテル側と対応協議し一人あたり二千円ほどの慰謝料払うことで和解とか。ホテル側は差別や侮辱の意図は
なく客が不快に思つたなら遺憾、と。さもありなむ、の話。侮辱もあろうが民族感情より野暮な団体客への不快感か。薄利であるのにビュッフェとなると大騒ぎ
で食べきれぬ量を皿に盛つて喰い散乱し食べ残し、など想像に易し。陶傑氏はこれを小農と嗤ふのだろうが。同じこのテの客なら中国人なら豚の顔、日本人なら
猿なのだろうか。印度人だとターバンの絵とか。それにしても座り込んで「立ち上がれ、汝ら奴隷になりしこと願わぬ者たちよ!」と歌うとは。生まれた時から
どっぷりと精神に染み込んだ愛国主義か。でも義勇軍行進曲であるから「この場に似合う」わけで我が国の「君が代」では座り込んで苔が生してしまふ。
七月廿六日(火)リンパ腺痛みあり夏風邪の気配。老身には風邪も用心と早晩に帰宅。先週末から貯つた新聞がかなりの量ありゆつくりと読もうかと思つ
たがGoogleの衛星写真など眺め始めれば東都は畏れ多くも宮城の吹上
御所から半島に目をやれば平壌市街、それに中国なら北京の中共幹部棲息される中南海の壁の内まで「あらまぁ」といふほどに衛星からの眺望。ついつい呆見。
晩に韮を使った豚肉のしゃぶしゃぶ。と聞けば「あれか」と合点される方も少なくなからうNHKの「教養」番組・ためしてガッテンで紹介せし平野レミのレシ
ピによる韮の栄養素を無駄にしないといふ豚肉のしゃぶしゃぶなのだが(番組評はこちら)
予想よか韮を使ったタレが美味(レシピ)。
レシピでは市販のチキンストックや蕎麦つゆ用いるが軽く出汁をとり蕎麦つゆも自家製でなお好し。韮と豚肉から出汁がでたスープでウドン煮て残ったタレで食
すとこれも秀逸。豚肉といへば四川省で豚の連鎖球菌で廿人近くが死亡。香港も四川省から豚肉多く仕入れ「疫禍」で中断らしいが今更この時代この程度の疫病
に驚きもせず。数時間かかり新聞読み。先週の中国人民元切り上げについては紐育タイムスの七月廿二日のPaul
Krugman氏による論評“China
Unpegs Itself”が興味深い。かなり久々に深更に至る。
▼朝日新聞の郵政民営化支持について。教育に新聞を、のNIE「ののちゃんの自由研究」で郵政民営化取上げるが「郵便局が変わる?」の内容は明らかに郵政
民営化の良さばかり強調の偏向。前回の「国連は何するところ?」に比べても、国連の場合、国連の存在は前提としての国連の役割の検討であつて勿論、国連の
存在の可否など問うてはいない。それに対して今回のは郵便事業の根本からの存続の存続の可否について。問題の置き方が明らかに違うはずなのだが。
▼蘋果日報の日曜版で陶傑氏が「中国の歴史では大きな戦乱の惨禍にて人口が減ることは平常のこと」と述べたのを副刊で連載の左丁山氏が受け驚く勿れ西漢平
帝元始二年(西暦2年!)に中国の人口は5,959万人が(この時代に人口統計あることぢたい偉大だが)千六百年経た明朝末年(熹宗天啓六年・西暦
1626年)は5,165万人と人口増加なし。三国時代には数百万人に迄減つたといはれ南宋の光宗年間(西暦1193年)に金宋だけで7,630万人の人
口があつたともいふ。歴史上、戦乱や天災にて人口激減が頻繁。それが一気に人口増加となつたのは清朝になつてから。乾隆六年(西暦1741年)に人口統計
がそれまでの「丁」つまり納税単位から「口」実際の人口に変わつたこともあるが康煕・煕雍・正隆の三代は戦乱もなく正に太平の世が続き出生率上昇し乾隆六
年に人口1億4300万人に膨れ上がり百年余経つた道光廿九年(西暦1849年)には4億1298万人に至る。太平天国の乱で死者が二千万人と云はれるが
人口の5%。それからも人口増加続き日本による侵略、国共内戦、中共統治下での大躍進運動や文革など経ても人口増える。
▼ディスコでのお気軽な麻薬売買は夏が旬。学校が終わり学年末で長い夏休みの若者=鴨が「ひと夏の出来事」求めディスコ=餌場に鳩るわけで「組織」にとつ
てはおクスリ販売の強化月間。音楽が賑やかな暗いディスコの片隅で売り手は目聡く鴨を見つけ「ちょっとハイになる合法ドラッグあるけど要らねぇか?」と声
かけてエクスタシーだのアイスを一粒百ドルの現金取引で……と想像したら大間違い。旺角のディスコでは「組織」がなんとレストランで飲茶の点心を販売する
ワゴンにおクスリ各種を並べてディスコ内でワゴン車推して商売(笑)。警察が三カ所のディスコで現行犯逮捕。だが警察も隠れて商売してくれてりゃ検挙も格
好いいが「蝦餃〜、焼売〜!」のノリ相手ではお笑いである。
七月廿五日(月)快晴。世界が黄色く映るといふのは聞いたことがあるが(実際に体験はない)北角の寶馬道のこの一角はなぜか赤色系の看板やビルの塗
装が多く朝日を浴びて一面赤色に染まる。
早
晩に灣仔の新華書城。開業し半年以上経ち初めて訪れる。中共系である新華書店の香港の旗艦店。店内はかなり広く新宿の紀伊國屋書店本店のフロアとほぼ同じ
面積が3フロア。良く云えば近年の台湾の誠品書店に代表されるゆとりある店内、悪く云えば品薄。レイアウトと木目調の内装は誠品系そのもので、中共系とへ
ば油麻地の中華書局の印象からは格段の違い。当然、毛沢東暴露モノであるとか天安門事件真相究明や中国民主化など「敏感」な書籍は扱つておらず。賈平凹の
(当然か偶然か『廃都』は在庫なし)『白夜』と『高老庄』の二冊購入。Z嬢と待ち合わせ鵝頸橋街市。香港島では九龍の九龍城街市に匹敵する野菜と果物の品
揃えと安さ。
青果購ひタイムススクエアのシティスーパーで食材購ふ。博多屋
で豆腐買うなら「ざる豆腐買わなあかん」と奈良出身のA嬢に一昨晩に云われ試しにHK$19もする「ざる豆腐」購入。帰宅。夕陽がきれい。ドライマティー
ニ一杯。晩のNHKのニュース見れば東都の地震に続き今度は台風が関東直撃か。地震といへば東京都の地震対策での不備が指摘されていたが都知事石原某の防
災とは震災の日に合わせ銀座で防災「軍事」訓練など挙行し見かけの勇ましさばかり。
石
原都政は張り子の虎。倫敦は倫敦でスコットランドヤード(Metropolitan
Police
Service=首都圏警察)の警視総監(日本のマスコミはMPSをロンドン警視庁と云い、その長は警視総監)がブラジル系市民をテロ容疑者と間違え殺害
したことについて「もし地下鉄で爆破テロが起きていたら、と考えると被疑者の殺害も止むを得ない」と発言。これこそ無差別テロ。倫敦の警察の良識は何処
に。少なくとも「シティ」は今もつてロンドン市警の管轄でロンドン警視庁はシティを除くグレートロンドンが管轄なのでシティに逃げ込むのは安全なのか更に
テロ対策が徹底しているのかどちらだろうか。ところでNHKのニュースでも
The War against Terrorism
をなぜ「テロとの戦い」と呼ぶのだろうか。直訳で「反テロ戦争」でいいのだが。「テロとの戦い」と呼ぶほうが「反テロ戦争」より正義が正当化されているよ
うに聞こえてならず。あれは「反テロ」を口実にした覇権のための侵略なのに。晩飯は牛丼など。博多屋の「ざる豆腐」はデザートのような食感の上質の絹ごし
豆腐。我には厚手の大豆臭い木綿豆腐が合ふのだが「法王様、やはり所詮、東国の田舎者は田舎者。豆腐ひとつとっても田舎者の口には京の上品なものは合いま
せんようでごじゃりますなぁ」で昨日放映のNHK大河ドラマ「義経」録画ビデオで見る。それにしても毎回のタイトルの幼稚さはどうにかならぬのだろうか。
今回が「母の遺言」で次回は「忍び寄る魔の手」である(嗤)。小学生が少年推理ホラー小説大賞に応募した小説の章立てぢゃないのだから、もう少しマトモに
出来ないのだろうか。NHKの水準もかなり低下。「常磐最期」とか「法王の碁盤」とか大河ドラマには大河ドラマらしいタイトルがある筈。いただきもので福
岡は八女の巨峰頬張る。美味。
▼築地のH君が司馬遼太郎読んでいたら「文化は、交流するものである。どの民族がすぐれている、という迷信は人類が最後までもちつづけたがる迷信かもしれ
ないが、おずれは衰弱してユーモアになってしまうかもしれない。ついには、その国の民度を測る基準として、極端に自文化についての優越感情をもっている民
族こそ、卑陋で安っぽいといわれるようになるにちがいない(あと何世紀もかかるだろうが)」と『街道をゆく』「南蛮のみち」に記述あり。自由主義史観が卑
陋で安っぽい、のだがH君の言う通り、そう言われるには「あと何世紀もかかるだろうが」と加えるところが司馬的。ワンクッションおいて一応「自由主義史
観」の人の顔も立てている。自由主義史観の御仁が目の前にいれば「いや、まあ、いまの時代ではそんなものかもしれませんなあ」というくらいの。或いは、こ
の「あと何世紀もかかるだろうが」は読み方によつては「人類はそれくらい時間がかからないと真実もわからないほどバカなのかも知れない」という風に読めた
りもする。この幅が司馬的な旺盛なサービス精神。朝日だからちょっとコスモポリタン風に、産経や文春に書くときは、それらしく国士風に書けるのが司馬遼太
郎。いずれにせよ、である、いま教科書を採用しようとしている人たち、とくに田舎者の栃木県大田原市や茨城県大洗町の教育委員会のオトーサンたちはこの言
葉をよく噛みしめるべき、だが、地元のカラオケスナックにフィリピンからのホステスさんもいるし工場にはブラジルからの日系人も働いているし「文化的に交
流してっぺよ」だろうか。
▼昨日の産経新聞に「大江氏、岩波を訴える」と記事あり築地のH君は何だかわからぬが蜜月である筈の大江と朝日が「進歩派の内ゲバか?」すわ面白いことに
なつたと記事読めば「大江氏と岩波書店を訴える」でフランス語より日本語難しい、とH君。記事はこちらだがネット上では「大江氏・岩波を訴える」となつて
いる(こち
ら)。沖縄戦での集団自決が日本軍の命令かどうかでの当時の将校らが大江先生や岩波書店相手に名誉毀損で訴えたものだが産経新聞は「この時ぞ」と
ばかりに一面トップ扱い。「つくる会」の人たちもしょっちう訴えられているが……。
七月廿四日(日)今年はOxfam
HK主催のTrailwalker2005の抽選に幸いなことに外れ十一月のこの百キロトレイルに出場はないのだが「せめて練習だけでも」と昨年これに伴
に出場のI隊長、O君と朝八時に坑口のMTR站に集合。写真家Y氏と東莞から八月には恒例で瑞西のアルプス登攀に行くといふO氏も本日参加で計五名。昨年恰度同じ七月廿五
日に歩き始めた通り。西貢の北潭涌よりMaclehose
TrailのStage-1歩き始める。坑口からのミニバスの車窓から眺めた西貢はいい具合に曇り空であつたが北潭涌から歩き始める頃には快晴。肌を灼く
陽光に今回は持参の傘が活躍。香港の山歩きのオヤジ連中見習ひ上半身裸に短パンで傘をさす。これがじつに快適。何より涼しく体力消耗もかなり軽減され汗も
かかぬから摂る水の量もかなり抑えられる。今回はデジカメ持参しておらず画像は昨年七月のものだが空と海の青さは全く同じ。本来はStage-2終点まで
25km歩く目標もあつたが昨年同様に暑さ猛々しく12km歩き標高315mの西湾山に海抜0mから登り全員一致で「勇気ある撤退」決定し西湾の海岸の茶
屋にも向かわず吹筒凹より西貢西湾路の車道終点まで引き返しタクシーで西貢に戻る。午後二時。お決まりでパブ
Duke
of Yorkに寄りカルスバーグ麦酒がぶがぶと飲み涼す。ミニバスで坑口に戻りジムに一浴し帰宅。早晩にZ嬢と西湾河。太安楼の商場にあ
る泰式小食館は湯粉が美味と評判で牛南湯米粉など食す。確かに美味い。この肆に食す間も
「チョキ、チョキ……」と軽快に鋏音が聞こえてくるのは近隣の「牛什が美味いと評判の電気部品屋」
(画像)

が
牛什を串刺しにするのに切る音。晩に香港電影資料館にて抗日戦期映画特集でニュース映画フィルム短編「香港重光」と「長相思」を観る。「香港重光」は日本
の敗戦で東京に入城する進駐軍マッカーサー最高司令官の勇姿。鬼畜米英で育つたはずの子どもらが笑顔で星条旗振る姿印象的。それに続く香港は八月十五日以
降も総司令部(ペニンスラホテル)に籠る日本軍の抵抗と降伏、降伏の調印式で軍刀を英軍に差し出す司令官の姿。で「長相
思」は監督が何兆璋。戦後の香港映画だが物語も制作者も俳優も上海。主演は周旋(「旋」の字は正しくは「王」扁に「旋」)で相手役が舒適。周旋は
歌ふアイドル女優の第一号。日本で云へば「湖畔の宿」で高峰三枝子。実際に似ている。歌唱も芝居も一本調子のところまでそつくり。高峰秀子ではない。知的
な美男子の舒適は佐野周二か佐分利信。どこか魅了される影のある点では佐分利信に似ているだろうか。で話は太平洋戦争開戦前夜の上海が舞台。開戦で国民党
の将校である夫が遊撃隊の一員として戦地に向かい、妻(周旋)は盲目の母と残される。それを援けるのが夫の親友である舒適。上海で職業訓練学校を営むが国
民党の地下諜報員でもある。戦時下の上海で夫は行方不明のまま周旋は歌唱上手活かしてナイトクラブで歌手をして老母を養い親友の妻である周旋を舒適も実は
恋いこがれ金銭的にも精神的にも援け続ける日々。日本軍に拘束された舒適を釈放に尽力した周旋。周旋は夫が戦死といふ訃報を受取り悲しみつつも舒適との間
に恋が芽生える。終戦。新しい日々が始まるかと思いきや戦地から還る夫。それを喜びながらも周旋への愛は叶わぬものと失意のまま去つて行く舒適。と戦時下
の苦しい生活の中での恋愛物語。で非常に興味深いのは、この舒適が冒頭、周旋を思い出しながら海岸でレコオド聴く場面から始まるのだが(ここから戦争中へ
の回顧での本筋)舒適のいる場所が学校であることから舒適は教師であることがわかり学校の建物には「台湾省立国民学校」の看板。で物語は1941年の上海
に戻り舒適が国民党のシンパであることから映画の最後には上海を失意のうちに去つた舒適は国民党とともに台湾へと逃れたのか、と思ふに易いが実はそうぢゃ
ないところが興味深い。この映画の制作は1947年。上海の映画人が国共内戦の戦禍逃れ香港に来て一連の「国語片」制作を始めるのだが、この「長相思」は
その国語片のなかでも黎明期の作品。で1947年であるから蒋介石率いる国民党が台湾に逃れるのが1949年であるから、この映画はまだ内戦期に該り、つ
まり非常に重要なことは舒適が失意のうちに上海を去り台湾に渡つたのは国民党とは関係なく失恋で「できるかぎり周旋のいる上海から遠く離れたい」気持ちの
表れ。この時期であれば上海の映画人のように上海から香港に逃れるのが当たり前。台湾も勿論、日本の敗戦で国民党の統治下にはなつているが蒋介石が渡る前
で台湾はこの1947年は国民党による台湾居民弾圧の二二八事件の起きた年。非常に情勢不安定な年。上海との往来の多い当時の香港でなく孤島を選んだとこ
ろに舒適の心の悲しみが痛切に描かれているといふこと。
農暦六月十八日。大暑。朝六時起床。気温廿六度で窓から入る風が涼しいと思える朝。気分は乗鞍高原か。七時近くとなり本格的に朝日が差し始めるとも
う要冷気。天気予報は曇りだが陽光明るくけして酷暑といふ程にあらず。


ニコンのD70Sを携え裏山から大潭に入る。英軍の対日軍戦の野
営場跡はよく手入れされた花壇。ふだんは疾風の如く颯爽と走つてばかりで(といふことに)大潭ダムの歴史案内の看板など初めてじつくりと読む。このダムは
着工が千八百八十年代。香港島のヴィクトリア市の住民の飲料水と生活用水確保のために建設。ここから地下水道、灣仔の寶雲道(Bowen
Road)を通り中環界隈に水を供給。云われてみれば今ではジョギングや散歩道として有名だがなぜ寶雲道が古くから石橋など渡しかなり整備されているのか
納得。第二期工事が千九百二十年代に竣工し現在のダムの規模となり豊かな水源はヴィクトリア市東部、現在の北角以東の市街地に給水可能とし市街地拡張に多
大な影響を与える、と。納得。この上水塘のダムは築百年で現在補強工事中。中水塘のダムは放水の美しさ。涼風心地よし。大潭道まで出てミニバスで赤柱。赤
柱より6番バスで午後市街に戻る。
山間の木陰や車中
どこだかの古書市で入手の小林よしのり『ゴー宣』1、2巻読む。著者の怒りや主張は「発端として」ところどころ納得するところもあるのだが。灣仔。一瞬、
この週末に開催中の夏恒例の「書展」香港ブックフェア訪れようかと思つが想像絶する人出が灣仔會議展覧中心に向かつており断念。
遅い昼食に餃子でも食そうかと北京餃子皇に参れば午後二時半で満
席。近くの普段は混まぬ麺屋まで盛況。全て書展の客。猛暑にセブンイレブンで冷たい物求める客まで店外まで長蛇の列。アナーキストで立法会議員の梁國雄君
の「街宣車」と遭遇。Quarry
Bayまで来て太平街市で食材調達。礼記でラスカ食す。帰宅。晩に所属のランニングクラブで
夏恒例の蛍狩りあり太古のMTR站に集合し康柏カントリートレイルに入り蛍を愛でる。七月下旬だといふのに蛍は幼虫ばかり多し。すでに盛り過ぎたのか大雨
たたり未だ蛍も育たぬのか。二更に太古坊迄下り総勢でタイオーキッドなるタイ料理屋で晩餐。
かなり久々に人多く集まる会合に参加。早目に辞す。胃腸調子悪しく早寝。
▼東京で直下型の地震あり震度五。古代であれば改暦か遷都にて祓ふところ都知事を迭えるも可なり。
七月廿二日(金)朝の五時頃に雷鳴甚し。朝刊届くまで読書。朝日朝刊を開けば社会面のベタ記事に「巨人清原選手、カード盗難」とあり眠気覚めぬまま
「清原、かなりキテるとは聞いていたが、ついに夜の六本木での豪遊に金欠となり他人のカードまで盗んだか」と一瞬納得。あ、だがこれは「ナベサダさん、兄
殺害」と同じ言い回し(〇二年九月十六日の日剰こちら)。
ナベサダさんの場合は阿部貞さんに近い語感であつたが、今回はナベサダ「さん」に対して清原「選手」で呼び捨てにしておらず「盗難」は「金品を盗まれる災
難」で「盗難に遭う」だと思えば被害なのだが、どうもこの中途半端な漢字表現はいけない。「カード盗まれる」か「被盗難」「遭盗難」とでもしてくれれば被
害とわかるのだが。昨晩のあの程度の辛さの四川料理で昼迄胃腸の具合劣悪。晩も煮うどん。倫敦の爆破テロ第二弾のほうの「容疑者」が警察の尾行中に逃走し
警官に撃たれて死亡。ケネディ、ジョン=レノン、最近では台湾総統選挙で亜扁銃撃の容疑者などなど重要な容疑者に限って「口を開く」前に殺される不思議。
不思議でもなんでもないのだが。口を開かれては困るから、か。疲労感で起きておれず早寝。
▼かつて我の連載もあつた『週刊香港』誌廃刊といふ話。一瞬ガセかと思つがサイトも消えている。この邦字誌は個人的には「マクルホースの小徑より」(こちら)に思い入れあり。月刊
香港通信での長い連載と朝日新聞の「亜洲の理屈」以来、唯一個人的なコメント含みで書いていたもの。ところで昨日だか余のサイトのヒット数が突然多い一
日。Googleで「週刊香港」検索してみたら余のサイトが「Soknetの」ザ・香港より上の五番目だかにあり、これが原因か、と納得。我のサイトの表
紙に「『香港ポスト』と『週刊香港』を除くとみんなもう廃刊になりました」と書かれているのが引っ掛かつた由。この表現も変えねばならぬことに一抹の寂し
さあり。
▼中国元切り上げ。朝日は社説で「中国パワーの真価問う」として経済面で中国の現状を1971年末のスミソニアン合意で日本円が360円から308円に大
幅切り替えを実施(二年後の変動相場制への移行)の時期と酷似しているとして中国が人民元改革に踏み出したことで通貨面ではドル、ユーロ、円に人民元の四
極体制への幕が開いた、とする。中国政府の商務部(通産省)の高官も中国の輸出力は2%程度の人民元切り上げの影響を受けるものではないと断言。だが最も
気になることはその輸出大国となつた中国産品のうち純粋な「国産」がどの程度の割合占めるのかといふこと。日本の七十年代始の状況は日本の輸出力は低い人
件費に依存した廉価製品でなく高品質商品が主力の筈。それが1ドル=360円で廉価感あり円切り上げ。その後プラザ合意経て円高進むが日本産品は高価格感
を陵駕する高品質で生き延びてきたもの。それに対して現在の中国の輸出力のうち香港企業(これはまだ「国内」投資だとして)や日本や欧米各国の投資による
中国工場での産品輸出量は国産に対してどの程度の割合なのか。今後、人民元が基軸通貨化するなかで変動相場制となり当然のように人民元切り上げが求められ
るなかで本当に中国の経済支える輸出力が人民元切り上げに耐えていけるのか、耐えたところでそれが海外資本による在中の生産現場での産出に依存しているも
のならば無理の多い話、と経済は門外漢の我は思うのだが。翌23日のSCMP紙の経済面がトップ記事の見出しに“Long
wait follows China's small step”と掲げ“Financial liberalisation depends
on how fast banks and companies learn to handle the exchange
risk”と指摘。巨大な田舎が世界経済に乗り出す事実。勿論、内需で見れば中国経済は輸出に頼る比率は日本など比べようもなく輸出依存にはならぬわけで
人民元切り上げは内需にとつては寧ろ歓迎かもしれぬ。ちなみに日本企業の中国現地法人売上高は04年度に6兆9千億円(前年度比約25%増)で内3兆円が
中国国内向け販売、日本への輸出が2兆円1千億円、米国など第三国への輸出が1兆8千億円だそうな。
七月廿一日(木)朝五時起床。朝刊もまだ配達ならず『敗北を抱きしめて』続き読む。昼にハッピーバレーで画像は馬道。かつてハッピーバレー坂上の
ジョッキークラブに厩舎あつた
当時は水曜の夕刻ともなると厩舎からこの馬
道通り競馬場まで厩舎員に引かれて馬が通ふ。我がハッピーバレーに住んだ十数年前にはまだ見られた光景。早晩に驟雨。知人のお通夜ありホンハムの萬國葬儀
館。拝霊。雨あがりタクシーで尖沙咀。


バーWに寄りウォッカレモン一杯。通りがかりで尖沙咀の東英大廈の画像。築四十年以上の尖沙咀の有名な
オフィスビルだが老朽化で取り壊し決定。余計な意匠を用いぬ洗練されたモダニズム建築。ネイザンロードに面した入り口の照明からして美しい。四十年の間、
ほぼ原型を留めた階下の商店街。階上の医療クリニック階も含め、この廊下の幅など今の営利主義では考えられぬ贅沢。バブルになる前の建築の美しさ。今でこ
そ古いビルディングの代表格のようだがYKKであるとか大阪の商社モリトなど数多くの日系企業がかつてこのビルにオフィス構えたもの。数軒となりのミラマ
ホテルが出張者の宿泊に便利で当時はこのミラマホテルにあつた日本料理・金田中であるとか懐かしいはず。バンコクよりY氏夫妻来港中で夫妻と雲陽閣川菜館に食す。かつては辛いもの好き自認していたが最近は年の所為か食もあまり進まず。午後十時
には早々に帰宅。帰宅の道すがら雲の合間に満月。
▼週刊文春トップ記事特集は「安倍総理でないと自民崩壊」ポスト小泉で(安倍)4割の支持、と(嗤)。一瞬「安倍総理にすれば日本崩壊」の間違いじゃなか
ろうかと思つたが、小泉首相の「自民党をぶっ壊す」に共鳴した国民の八割である、政治がよくなるなら自民党が崩壊して政界ガラガラポンがあつてもいいと思
うではなかろうか。自民党が崩壊してしまふと困るのはとうの文藝春秋であり安倍晋三支持も文春世論。文春がこれを載せるのは実際に自民党のなかで流れが
「次は安倍」どころか「経験不足で次の次」とする安倍期待論も実際には下手すると、この流れでは「次の次もなし」となることへの警戒感だろうか。
▼人民元切り上げ。わずか2%だが今後の動きへの序曲の如し。ロンドンでの爆破テロ第二弾の報道排け人民元切り上げがニュースのトップ。人民元。若い頃に
大陸放浪した頃にはまだ中国人民銀行の人民元と中国銀行発券の外匯(FEC、兌換券)あり。外貨との両替で入手できるのは外匯で人民元と外匯はタテマエで
は等価だが実際には1.7倍だかの闇レートあり。外国製品なども売る友誼商店は外匯しか使えず当時も北京や上海、広州などの都会では外匯の需要高い。逆に
外国人は外匯が日常生活で使えぬか使えても1:1の公式レート。そこで外国人から外匯を得る闇市場あり。北京の王府井など歩いているとチンピラのような若
者が「外匯、外匯」と声を掛けてきて路地に入り、警察の目を怖れる場合は小汚い公衆便所(当時の地面に穴掘っただけの強烈な悪臭と汚水)での両替。なかに
は外匯だけ取られ逃げられる場合もあり。地方都市では外匯の需要もないどころか外匯の存在すら知らぬ者もあり人民元が財布で底をついて仕方なく外匯を出す
と「こんな札は知らぬ」と都会でなら喉から手が出るほど欲しい外匯も偽札扱い。吉林省の長春に滞在していた時にバックパッカー仲間の英国人のT君が北京か
らソ連のモスクワまでシベリア鉄道で旅すると葉書で報せあり。長春の站で、この列車は中国国内での途中駅での乗客の乗降はないが長春にも乗務員の交替か燃
料、食糧などの積み込みかで停まるらしく、どうにかT君に別れ告げたいがまさかホームに入ることなど密出国と思われるがオチで叶わぬか、と思つたが当時の
大らかさで勝手にホームに入り、いつ来るのかわからぬ列車をひとりホームで待つていても駅員の咎めもなし。廿両編成近いのだろか列車がホームに入ると車輌
の窓からT君が手を振る。列車を追ってT君と窓越しに再会。T君は「富柏村(って当時は名はないが……笑)、米ドルを二百ドル持っているか?」と。おいお
い、まさかここで金の無心か。このあといつ会うかもわからぬ、こちらとて貧乏旅行者なのに」と一瞬落胆したのだがT君は「早く、米ドルを出せ」とT君の手
には何か赤色の札が……って人民元じゃなかろうか。T君は余が東北の放浪で人民元に欠いていること察し北京で人民元を調達してきてくれたのだ。感謝感激。
懐から米ドル出して窓越しに闇取引。「それじゃ、元気でね」とT君。列車は満州里の国境に向けて走り出す。もう二十数年も前の話なり。それにしてもT君の
温情。余が長春の站でT君とランデブーできるかも確かでなく、ましてや余が米ドル携えていなければT君は等価の米ドルを受け取れず。長春駅前の安宿に泊ま
り(本当はその旅館に外国人の宿泊は不可。だがシャープのカラーテレビを入手したが故障で部品調達できぬといふ職員がおり彼女が余が日本に帰つたらシャー
プのテレビ部品を調節できぬかと相談あり応じる代償に安旅館への違法滞在可となる)流石に貴重品を手放せず站に友を送るにも腹巻きに現ナマ据えていたのが
幸い。それにしてもT君は余に站で再開できねば人民元持つたまま旅を続けることになり外貨と両替できぬのだから紙屑同然。なんというリスクを背負つての余
への人民元提供であつたことか。紙屑といへば今でこそ人民元切り上げがこれほど世界経済で話題になり香港でも堂々と人民元通用するが十数年前など人民元は
ボロボロに使い回された小汚い紙幣にすぎず。広東省への小旅行に日本政府の某国立銀行(って日銀か……笑)の方と同行した際に余の財布に人民元があるのを
見て「あ、ずいぶん紙屑が入ってますね」と笑われたことあり。それが今では、の話。
七月廿日(水)朦霧甚し。蘋果日報巻頭に「警遭割頸」と大きな見出し。漢語の見事な表現。大きな写真。警官が喉を割かれ血がどくどくと溢れ制服を血
で染めるは三島由紀夫が見たらさぞや興奮するであらう姿。この惨事に至る経緯はこの警官独り長沙湾の市街警邏中に不審に思えたのか一人の青年に職務質問し
香港身分証提示求め身分証の記載事項をば本部に無線で確認中のところ青年刃渡り五吋程の刃物で警官の喉割いて逃走。警官一命取り留め青年は五時間後に自
首。聞け
ば神経衰弱か「恐怖症」で殊に警察への怖れひどく護身用にとまさに守り刀いつも携帯。その青年が偶然にも警官の目に留まり職務質問され気が動転し護身用の
刃物にて警官斬りつけ逃走するが警察の更なる仕打ち怖れたのか自首。偶然に偶然重なつての出来事。警察はこの事故でさらに警邏など警戒強めるのだろうか。
フーコー的な権力装置と精神の病の係り。早晩に久々にFCCに
独りドライマティーニ二杯。Contaxのデジカメ故障中にあつてニコンのD70S試写。


晩にZ嬢と銅鑼湾で食事となり十年ぶりかで某インドネシア料理屋。老舗だが隣の北京料理屋松竹楼とともに(って書
いたら匿名性もないが)「市街開発のなかでいつ潰れてもおかしくない」状況にあつたが松竹楼はその羊肉のしゃぶしゃぶが惜しまれつつ閉業したのに対して、
この印尼料理屋は経営者の若い息子三人が心機一転で経営学を修めた長男、次男が建築で内装担当し三男が店の営業だか店も今様に改装して人気復活。かなりの
人気だが料理は全くいただけず。お勧めといふ牛タンは臭くて残したほどの失望。
七
時半すぎには帰宅。相変わらずの閑かな日々。ダワー著『敗北を抱きしめて』読む。なかなか読み進まぬがかなり面白く熟読ゆへ。戦後の憲法制定について
キョービ我が国は一言で「押しつけ憲法」としているがダワーの詳細にわたる分析によるとマッカーサーの司令部は当初、旧憲法改正を日本側に促し近衛公爵だ
の松本烝治に憲法草案の作成を託すのだが司令部側にしてみれば(これを「米国側」とはできず)日本側の対応を見る限り日本側が正式に受諾したにもかかわら
ずポツダム宣言の
意味を理解しておらぬこと確かで不安は司令部が引き上げたあと戦前の日本に戻らぬ体制づくりの困難。例えば松本の憲法草案に加わつた美濃部辰吉博士ですら
明治憲法の改正急ぐことは不要、占領下での改憲は不適切、日本の失敗は憲法の真意の曲解であり天皇を神聖不可侵とするのは欧州の憲法にもある文言であると
する
(ところで美濃部博士は天皇機関説でまるで反体制のように思われもするが寧ろ天皇制を天皇機関説により近代国家体制に合致させることの大切)。進駐軍は本
来であれば国民レベルで憲法修正の気運盛り上がり選挙で憲法起草委員会の選出などが理想的だが現状はポツダム宣言の要求満たした憲法草案の日本側による作
成は無理と判断し憲法草案作成「指導」することを決定。なぜ草案作成急ぐかといへば戦勝国による多国籍の極東委員会の対日理事会の結成が迫るゆへ。司令部
が最も懸念するのは天皇の地位。対日理事会には豪州や中国など天皇の戦争責任を求めるであろう空気があり国内にも共和制実施(つまり天皇制廃止)の世論、
共産主義の人気も少なからず。その状況で司令部は早急に憲法草案を作成。天皇制の護持のため、それ以外については「かなり左に舵をとった」内容を日本政府
側に受容するよう打診。日本側はこの草案を受け入れ具体的な憲法作成を始める……とこの経緯を見れば、自主憲法の制定ができなかつた原因には日本側が当初
の機会失つたことがあり次に「押しつけ」憲法は天皇制の維持といふ最大の意図があつたこと。もしこの憲法草案受け入れねば対日理事会や国連の采配で「國
軆」の維持も難しかつたこと。つまり「押しつけ」を受け入れたことで皇室も國軆も維持できたのだから保守反動右翼の諸君は、現行憲法を本来は崇め奉るべ
き。
▼昨日の蘋果日報の陶傑氏の「ダウニング街故事」なる一文面白い。倫敦がテロに怯えつつも冷静な様はいかにも倫敦的、と陶傑氏が紹介するのは1991年の
にダウニング街十番地(首相官邸)が愛蘭共和国軍の爆撃にあつた時の話。この日メイジャー首相は官邸の戦時内閣室にて閣議の最中。外務次官が首相にペルシ
ア湾歴訪の報告の最中にロケット弾打ち込まれ二発は不発で三発目が首相官邸の裏庭に飛んで窓ガラス割れる。内閣成員みな卓下へと身を隠す。その卓下にて首
相メイジャー君曰く“I think we'd better start again somewhere
else”と。この「どこか他の部屋で話を続けようか」に内閣同意し十分後に隣室の内閣事務所にて会議継続。このテロ行為はこの日の閣議の記録には“A
brief interruption to the war committee of the Cabinet took
place”の一行加えられたのみ。いかにも英国らしい話。アイルランド共和国軍のテロになど動じぬといふ空威張りも佳し。で話はブレア君。メイジャー君
のあとを襲い首相になつて一年後の労働党大会でのスピーチで打ち明け話は「首相になり最初に教えられたことは核弾頭発射のためのコンピュータ操作につい
て、で次にパスポートを返却した。それ以降はパスポートなしで世界中を旅行している」と。陶傑氏曰く、ブレア君若い頃の労働党といへばその首相になつて扱
いにウキウキの核弾頭の整備に反対したのが社会主義信奉する当時の労働党。立場的には親ソで英米政府に対して核廃絶訴えたのが今では労働党のブレア君がこ
の核弾頭発射の暗号装置のはいつた革鞄を携える。ロマン的な空想家がこのダウニング街十番地の主人となつた瞬間に一人のPoliticianとなること。
ブレア君首相に当選し初めてダウニング街十番地訪れた日、すでに前の主人メイジャー君は搬走のあと。がらんとした部屋の書卓の上にリボンが結ばれた一本の
シャンペン。ブレア夫妻にメイジャー君からの贈り物。カードには“It's great
job - enjoy
it”と。大人やなぁ。(英国首相が責任担う)民主、自由、そして首相であることの快楽とは何か?……それが時としてお好みのシャンペン一瓶にすぎないの
かも、と陶傑氏。
▼朝日新聞に核問題について中曽根大勲位へのインタビューあり。拝読。日本は非核を貫くべきで核保有国に対して軍縮を迫れ、と。御意。本来であればこの平
和主義こそ日本が世界に誇るべきで、それでこそ我が国が国連常任理事国にになることを世界各国が推すべき事由となる。廿年前にまだ六十代と青年将校・中曽
根君が総理就任の頃に「戦後日本の総決算」などと雄叫びあげすわ改憲かと岸君以来の保守反動かと当時思えたが今になつて思えば「自民党をぶっ壊す」どころ
か「戦後の日本をぶっ壊す」小泉三世に比べて大勲位の知性、良識、そのリベラルぶり。
七月十九日(火)午前二時頃に雷鳴轟き大雨。二時間の間に数千回の落雷とか。台湾から福建に抜けた大型台風の影響もあり酷暑。香港天文台は最高気温
摂氏
35.4度と告げる百二十年来の観測史上七位の高温だそうだが尖沙咀の丘上の涼しげな百葉箱での気温がそれで実際には空港や沙田など三十九度記録。実際に
銅鑼湾の繁華街を午後二時頃歩いたが暖炉にあたるが如き熱風の最中。炎天下の画像残したいが最近デジカメ写真の日剰への掲載ないのはContaxのデジカ
メ故障で修理依頼中ゆへのこと。ふと「画家になる決意」して(笑)湾仔の画材屋・藝林にて携帯用の水彩画セット購入。いつものことだが先ず物から入る。本
当はホルベイン社の旅行用水彩画材セット(これ)
欲しいのだがDaler-Rowney社のAquafineの
を購入。いつ絵など描くことがあらうか。早晩にジムで一時間の筋力鍛錬。黄昏も気温下がらず熱風の中、酒場オー
ルドチャイナハンドに避暑。カルスバーグ麦酒1パイント飲み帰宅。焼鯖など食す。晩も気温は摂氏33度。古へならば連日のこの天気に人は祟
り怖れ神仏に祈り加持祈祷、戦への派兵も止すなど畏怖の念なり理性ありしものの現代の我々の如き野蛮人は冷房強くするばかりで戦も止す知性もないか。知人
が図書館から借りた本を興味あるでせふと見せられる。著者は魯金の『香江旧舊語』なる本。香港の古い言葉の謂われなど紹介。余も好んで食す粥のなかの「及
第粥」は余は勝手に味が及第であるから及第粥と思つていたが、これは科挙に纏る話で科挙に合格してほしいと父母が息子に精をつけよと食べさせた粥が謂われ
で、この粥を食すと科挙にも合格する、で及第粥。香港に多い「大良」の冠の甜品屋の「大良」は「鳳城」と並び広東は順徳のことだが「大良」といふ地名はな
く本来はこれは「太艮」といふ地名がいつの間にか「ヽ」がズレたとは。美味いものなので「大良」で良し、といふこと。揚州炒飯も数年前に揚州が地名を登録
商業とするのしないのと話題となつたが揚州にもともと揚州炒飯はなく、これは広東料理。実際に香港では順徳の出である鳳城酒家の揚州炒飯が馳名。この「揚
州」は炒飯の具である蝦と叉焼のこと。また「京都排骨」も京都は地名にあらず肉の焼汁のこと。だが残念ながら魯金氏はではなぜ「蝦と叉焼」が「揚州」で、
京都が肉汁なのか、には言及しておらず。例えば嘘でも蝦仁叉焼のうち「仁」と「焼」が転じて揚州でそれが符丁に、とか納得なのだが。←これは咄嗟に思いつ
いたがちょっと信憑性もありかも。で広東語の「打冷」もなぜ潮州の小料理屋が「打冷」なのかずつと疑問だつたが「冷」は潮州語で潮州人が「人」のことを
「冷」と発音するので広東語では「冷」は潮州陣を意味して「打冷」が「潮州料理を食う」だそうな(「打」は「打つ」でなく「する」の意、日本語の「耳打
ち」とか)。
▼水戸を離れて東へ三里、波の花散る大洗……と有名な「磯節」に歌われます、この大洗海岸は南は鹿島灘から続く海岸線に……とバスガイドは遠足の小学生相
手に通り一遍の観光案内を続け小学生の心はガイドの歌う「磯
節」なんてどうでもよくて心は一刻も早く大きな水族館ア
クアワールドへ。といふわけで大洗。「やはり」と余の危惧が的中。「つくる会」の歴史教科書が大田原なる栃木の田舎で採択され栃木茨城の「未開ぶ
り」を先日論つたが「つくる会の教科書を採択しておらぬ茨城」には失礼と思つていたが「やはり」栃木の次は茨城。的中。さすが未開。茨城県大洗町が地域近
隣での教科書選定に反して大洗町の教育委員会が「つくる会」教科書採択を議決。さすが。大洗なる「単なる」常陸の海岸町、だがそれにとどまらず。まず、い
きなりだが五・一五事件。血盟団である。怪僧・井上日召が当時、加持祈祷していた立正護国堂が大洗にあり。今も常陽明治記念館なんて幕末から明治のまさに大日本帝国の雄英
を物語る愛国的な歴史博物館まであるのが大洗。愛国的な風土は動燃の核施設が大洗にあることからも明らか。しかも大洗は「栃木県民の海辺」なのだ(こ
ちら)。大洗町の南隣りの旭村には(ほとんど広域には大洗だが)数億円かけた広大な「とちぎ海浜自然の家」まである。今でこ
そ東関東自動車道が整備され「海水浴渋滞」は解消されたが、かつては栃木県から海水浴の自動車が渋滞は大洗から西へ三里、水戸まで及んだほど。栃木ナン
バーの自動車が続く様は茨城の夏の風物詩。ところでこの東関東自動車道は常磐高速から大洗を経て「ひたちなか」で東海村に至る。言わずもがなの原発自動車
道。核燃料など運ぶためとか、不要な高速道だが原発受け入れの地元への利益還元とか言われるが栃木県民が大洗に海水浴に行くことにかなり便利。といふわけ
で栃木の大田原に続いての茨城県大洗町の快挙。見事。
▼磯節の関連サイトを見ていて現在よく聴かれる節回しは那珂湊の尺八家・谷井法童によるもので、水戸の金太の妹・秋子から習ったものといふ記述あり。ここ
にも水戸二上りの金太姐さんにまつわる話。……と回顧しても戦前の水戸のとびっきりの芸者であつた金太姐さんのことなどgoogleで見てもこの磯節のサ
イトと余の昨年四月六日だかの記述しかヒットせず。
▼仙台市長選挙について中道から左派の候補共倒れと書いたら仙台出身のH君よりオンブズマン小野寺君、元民主党鎌田嬢と共産党伊藤君ばかりか県議から立候補の菅間進君は県知事浅野君が背景にあり。この四候補が、小野寺と伊藤で支持基盤食い合
い、小野寺と菅間は主張が極めて類似、菅間と鎌田とも民主党支持層が票田、その票田に期待かける小野寺、と恐ろしいほどの「共食い」は間違いなく自公で梅原君の当選だろうが得票は三分の一程度か。その程度の支持で首長。とんだ
選挙違反疑獄で仙台市に落下傘の鎌田嬢はともかく市民運動派で小野寺君と共産党、或いは浅野県知事と中道左派の手打ちで小野寺君か菅間といふ一本化の余地
あつたはず。まさに自公が漁夫の利。それにしても不甲斐ないのは民主党。政令指定都市の市長選挙で態度保留。党内には鎌田、菅間、小野寺の支持者が混在し
当然のように保守派は梅原支持で意志の一致できぬ、まさに民主党「らしさ」がこの仙台市長選挙に顕著。これじゃ政権獲得などできるはずもなし。
▼数日前に中国国内でのインフルエンザ研究に圧力ありと香港大学の研究者が公開と書いたが本日の蘋果日報一面トップの続報によれば具体的にこの香港大学微
生物学系の菅軼助教授が汕頭大学(李嘉誠君が全面的に資金提供し設立)の流感研究センター(香港大学との協同運営)の研究主任をしており中国国内での流感
研究をしていたが政府の農業部の官員が同センター訪れ病原サンプルの廃棄あるいは提出を求め同センターは活動停止処分(18日のウォールストリートジャー
ナルの報道)。一学者による研究及び研究成果の発表について政府当局はかなり敏感。国立大学の公的な研究機関の研究であれば公開に何も問題ないと思うが中
国の場合これも国家機密。恐ろし哉。
▼湾仔のグランドハイアットホテル横の公園地下に駐車場あり。それが一昨年だか突然、中古自動車販売展示場と化す。駐車場不足の香港で呆れた話。だが、こ
この地権者は財閥・新世界発展。政府は新世界発展に対して土地用途が駐車場となつており商業活動認められぬとしたが(03年初)新世界が土地計画委員会に
対して土地用途変更を申請し運輸署はそれに反対(03年6月)。だが当時政務官であつた自称政治家サー・ドナルドがある「社交活動中に某市民から意見があ
つた」として所轄部署に対してこの土地の使途の検討命じる(同年9月)。その結果1ヶ月後に運輸署もこの土地を商業地とする変更に同意。で「偶然に」翌
04年5月に自称政治家サー・ドナルドの実弟である元警察署署長の曽蔭培君が新世界発展の傘下にあるデベロッパー新創建集団に天下り。見事によく出来た
話。サー・ドナルドの如き小役人が権力握ると思考回路がどうなるか、の明白地なる事例。
七月十八日(月)猛暑。摂氏34.4度は香港天文台観測史上十位の高温とか。この気温、山形や京都、甲府など日本の盛夏に比べれば南洋の香港がこん
なものか、でジャンジャン、だが朝晩の気温低下で日格差大きい日本に比べ晩も三十度で蒸した体感気温は香港凄まじきものあり。呼吸も能わず。湾仔のMTR
駅のA3、A5出口付近に政府の合成麻薬の配給所あり。麻薬中毒「患者」が麻薬に深く手を染めぬやう、かといつて「更生」難しき者どもに政府が麻薬合成し
て支給する場所なり。ちなみにこの合成麻薬の原料は覚醒剤など政府押収の非合法麻薬類にてここ数年香港での押収量減り減量不足とか。でこの配給所の門前に
は中毒者が徘徊。その日に決められた所定の次の配給時間までこのへんに屯する。一見して「廃人」モード、小汚い犬など連れて座り込む者少なからず。此処は
湾仔のハーバー沿いの政府庁舎や會議展覧中心に向かう歩道橋の入り口でもあるが「あそこを通るのは怖い」とジョンストンロード側からは敢えてA3から湾仔
MTR站に下りて地下構内のエスカレーターで歩道橋にあがる(またはその逆)市民も少なからず。話は長くなつたが、この暑さと淀む大気のなか、その麻薬中
毒者の屯するところを通るのはかなり不快。それだけ。それにしても福祉といふのは立派なもの。麻薬中毒で廃人化した者にまで公的資金で合成麻薬給してまで
の業。人間性。愛情。人権の尊重……だが裏を返せば合成麻薬与えることで「これ以上、暴れるな」かも知れぬ。最終的には社会の保全。早晩にジムで久々に一
時間の有酸素運動。いつも冷凍庫のように冷房きついジムも強烈な西日で蒸すほど。上海三六九飯店で
青椒肉絲飯と蝦仁豆腐飯をテイクアウト。そのへんの茶餐庁に比べても高くない(どころか安い)HK$29で立派な「ぶっかけ飯」に美味なる例湯がつく。注
文して、待てば数分なのだが、その待ち時間を理由に近所の愛蘭土バーDelany'sでギネ
ス麦酒一杯飲む。本来であれば「ちょっと、すぐ戻ってくるから」で三六九飯店にジム用のカバンくらい置かしてもらふのだがブッシュ、ブレア、小泉の三馬鹿
トリオのおかげで「ちょっとカバン、置かしておいて」も警戒される時代。上海料理屋はまだテロの標的になつておらぬが、あと数年すればウイグル独立武装戦
線など各地の北京、上海料理屋なども標的にするかも。すべてその元凶がテロリズム利用する<体制>にあるのだが。ギネス麦酒でほどよい酔心地でテイクアウ
ト受取り、ついでにこの店の秀逸なる芝麻地湯圓も一箱。帰宅。青椒肉絲飯はイマイチ。おそらく最後の味付けと片栗粉流すの忘れた感あり。最近の晩の閑かな
生活。自宅で晩飯を済ませ季節の果物、それに甘味を一口。美酒。読みたい本。江藤淳的に他に何も要らぬ。これでこのまま死んでしまふと伊丹十三の「お葬
式」の奥村公廷演ずる老人のぽっくり死でさぞや幸せなことであらう。だが元気なので資料整理したり書棚からいくつか本を出して調べ物などしていると、本の
隙間から昨年七月廿九日の吉田秀和氏の語り書きの切り抜きが出てくる。(昨年七月下旬の日剰参照されたし)再読。愛妻を亡くし「心の空白」填められぬまま
執筆を中断した氏の悲しみ。朝日新聞での「音楽展望」の再開も「せめて正月にならなければ、この先いつやれるかわからない」とこの切り抜きは終わるが、今
年になつても再開されぬまま連載は梅原猛氏にかわる。ダワーの『敗北を抱きしめて』続き読む。
▼米国のおそらく黒人で初の大統領に近い将来なるであろうBarak
Obama君のイリノイ州Knox Collegeでの
Commercement(こちら)が
話題になつている。一読したかぎりApple社のSteve
Jobs君のCommercementよりかなり深い内容。この小濱馬楽君の政治家としての特性は見事なものでシカゴで開催された米国図書館協会の総会にも招かれての演説(こちら)読むとFBIなど国家当局がテロ防止のため図
書館が憂慮する個人情報蒐集について(なんと醜悪なるPatriot
Act「愛国者法」といふ法律の名前)ワシントン(政府)はいつも“either-or”で「テロから市民を守るか、或は、我々の最も大切な基本
的精神(つまり自由)を守るか」の選択を強いるが、小濱君に言わせると問題はそういうことぢゃない、で“We
can harness new technologies and a new toughness to find terrorists
before
they strike while still ptotecting the very freedom we're fighting for
in the firtst
place”で市民的自由という基本を守りながらも図書閲覧や電子メールの解読といつた技術捜査もテロを未然に防ぐには必要であり図書館員は図書館利用者
の閲覧記録の当局への提供や電子メール解読に不安を抱くであろうが議会がこの愛国者法の制定にあたつては政府捜査当局のこういつた情報捜査に対して議会の
監視と司法の厳正な判断が規制力となるものであることへの理解を求める。個人的には我は賛同できぬが小濱君は「テロの驚異」も利用しつつ米国の建国理念で
あるとか議会の、つまり議員の尊厳と権限であるとか巧みに用いて自らへの信頼を求める演説内容。見事ではある。これだけの演説ができる代議士が日本にどれ
だけいようか。せいぜい北朝鮮の悪口言つて陳腐な愛国心煽るだけ。それにしても日本のマスコミ、通信社の小濱馬楽君への感心が低すぎる。ワシントン総局と
か日米間の尻ぬぐい報道ばかり。
▼仙台市市長選挙。現職藤井黎君引退で31日投票。公明党の藤井君支持を思えば実質的な禅譲で(河北新報)
公明党に自民党が便乗で元経済産業省通商交渉官の梅原克彦君の当選は確
実。せいぜい話題といへば選挙違反疑獄で民主党離党した鎌田さゆり女史の立候補だが今回の選挙には香港市民オンブズマンの元代表・小野寺信一君が市民団体の推挙で立候補しており本来であれば自主投票
決め込む民主党票や相変わらず単独候補擁立の共産党が小野寺君支持にまわるべき。小野寺、鎌田での票の喰い合いで共倒れ。この二人の票に共産党票加えると
当選の梅原君の得票を上回る、ということか。結局、チャンスはあつてもそれを活かせず。なぜか。利権がないから。利権があれば保守であれ「思想信条を越え
た」自公の協調もできるといふこと。仙台市長選挙もかつては26年間市長勤めた革新市長島野武君の逝去で84年の市長選では保守の推す(って実質的に三塚
博君の子飼いだが)石井亨に対して伝説的な社共共闘で弁護士の勅使河原安夫君が対決。結果、石井亨の当選となつたが石井亨は全国市長会会長にまで就任した
三期目の93年にゼネコンからの1億円収賄で逮捕され有罪。で藤井君の登場だが今にして思えば藤井君擁立での自公協調はその後の小泉政権での自公蜜月の前
兆だつたのかも。
▼李嘉誠財閥の土地開発会社・長江実業のいくつもの新築マンションの中でも高級さでは群を抜く72階建のホンハムの海
名軒の広告で「以睿智創造経典」(睿智ヲ以テ経典ヲ創造ス)と金庸の言葉らしいが大きく引用し顔こそ写らぬが金庸らしき老文人の手許の写真。これ
でこのマンションの気高さの宣伝か。宣伝はいいが金庸先生はケムブリッジ大学の栄誉学位授かった中国の現代文学代表する小説家(武侠大衆小説とは言わぬ
が)、日本でいへば池波正太郎か司馬遼太郎である。それほどの文人が財閥の一マンションの宣伝に荷担するとは。
七月十七日(日)快晴。家事諸事あり。天文台の天気予報で摂氏三十四度。炎暑さ猛々しきなか裏山から大潭を下り島南岸の浜辺に至る。熱中症で倒れて
も不思議でない結果10kmのランニング。大潭もダムこそ満水の水湛へるが引水路はさすがに渓流の流れ失せる。天下の実際は四十度近いか。さすがに途中歩
く。ふと二十年ぶりかでマルクス&エンゲルス『共産党宣言』読む。昭和41年第27刷の岩波文庫で★1つ。大内兵衛と向坂逸郎の簡潔なる訳。この四十年も
前の岩波文庫版を何処から入手したのかも記憶になし。共産主義の優位と党の指導についての理論的根拠と肯定については具体的な共産主義の「実現」と現実を
見てしまつた我々には当時のこの書物に書かれたことをそのまま信ずるには能わぬが例えば今日われわれがグローバリゼーションと呼ぶ社会についての文章。
ブルジョア階級は、世界市場の搾取を通して、あらゆる國々の生産と消費とを世界主義的なものに作りあげた。
反動家にとつてはなはだお氣の毒であるが、かれらは、産業の足もとから、その民族的な土臺を切り崩した。長年の歴史をもつた民族的な産業は崩潰されてしま
ひ、またなほも毎日破壞されてゐる。これを押しのけるものはあたらしい産業であり、その採用はすべての文明國民の死活問題となる。しかもそれはもはや國内
の原料ではなく、もつとも遠く離れた地帶に産出される原料を加工する産業であり、そしてまたその産業の製品は、國内自身において消費されるばかりでなく、
同時にあらゆる大陸においても消費されるのである。國内の生産物でみたされてゐた昔の慾望の代りに、あたらしい慾望があらはれる。このあたらしい慾望をみ
たすためには、もつとも遠く離れた國や氣候の産物が必要である。地方的であり民族的であつた昔の自足と隔絶の代りに、あらゆる方面との交易、民族相互のあ
らゆる面にわたる依存關係があらはれる。物質的生産におけると同じことが、精神的な生産にも起る。個々の國々の精神的な生産物は共有財産となる。民族的一
面性や偏狹は、ますます不可能となり、多數の民族的および地方的文學から、一つの世界文學が形成される。
を読むと百六十年も前にこのグローバリゼーションを見通していた二人の思想家の偉大さ痛感。この共産党宣言の第一章はその社会構造の分析の見事さからして
永遠に読まれ続けるべき。マルクス&エンゲルスの予想外となるは、資産階級と無産階級との社会の分化の中で無産階級が団結どころか若い人口が労働力になる
ことすら回避したこと。そして工業化はかつての労働力を必要とせず。彼らが「放っておかれる」こと。工業化社会での労働力になる荷担もなく投資者として余
剰資本の再生産に加担することもなし。熟練の技術であるとか専門知識もない点では農業など経験を要する生産にも就業できず。資産階級と無産階級に対して彼
らは「非産階級」とでも名づけられようか。この非産階級の誕生と増加が社会をどう変えるか。革命かも。資本主義社会が彼らにより崩壊される革命。……これ
で新書が一冊書けるかしら。レモン搾ってウオツカレモン。日が長く明るいうちに大河ドラマ「義経」観る。番組冒頭の配役に大江広元は松尾貴史とあり。演じ
るを見て全くニンがない。当代一の文官である、のちの幕府公文所別当となる大江広元の役は「やはり岸田森」。岸田森の天逝が四十三歳で79年の大河ドラマ
「草燃える」で見事に広元役を好演が四十歳であつたとは今さらながら驚くばかり。ちなみに問注所執事となる三善康信も「草燃える」の石浜朗が今でも彷彿さ
れるのは言う迄もない。木曽義仲の息子・義高を斬首にした頼朝が斬首に異を唱えたであろう義経を斬首済んだあとに呼んで武家の世について理想を語るシー
ン。わずか数分の場面であるが眉間に皺をよせた表情のタッキーに対して中井貴一の一見厳しい表情だけだが実に豊かな表情の変化。これぞ役者。思慮深い頼朝
を好演。だが頼朝もいつ義高が父を殺した恨みで自ら(頼朝)を殺そうとするかわからぬ、身内だからと温情はかけられぬ、と冷静ではあるが「源氏でも平家で
もいいのだ、望むは武士(もののふ)の世」と言ってはみせるが結局は嫁家の北条に天下とられると思うと義高に対する斬首が冷静さといふより自らの半生での
トラウマにしか思えず。冷静なようで実は頼朝の思考には幼少期からの怯えが根強いこと。脚本と演出がそれをよく映す。当然、中井貴一の好演あつてのことだ
が。先週からのこの源平合戦見て興味深いのは法皇もさることながら武家である源平も天皇といふ存在より何よりも三種の神器への執着。これをもつことの正統
性。ダワーの『敗北を抱きしめて』でも昭和天皇の人間宣言、あれは「人間宣言」と言われているが正確には「新日本建設ニ関スル詔書」と言うのだそうな。そ
れだけでもそれがけして天皇の神格否定が主旨でなく新日本建設のために必要な詔書であつたことは容易に想像できる。が問題は「人間宣言」などという「愛
称」ばかりが通用していることからくる誤謬。進駐軍による原案には「国民性に優越する人間性」といふ当時の実に明朗な精神が書き込まれていたが、その詔書
は完成してみれば、通常言われる「神格の否定」人間宣言など二の次で、最も強調されたことは「叡旨公明正
大、又何ヲカ加ヘン。朕ハ茲ニ誓ヲ新ニシテ国運ヲ開カント欲ス」「国民ガ朕ト其ノ心ヲ一ニシテ、自ラ奮ヒ自ラ励マシ、以テ此ノ大業ヲ成就センコトヲ庶幾
フ」と明治帝の五箇条御
誓文の精神に立ち返り国づくりに努めるご決意。結局、自らが神であることは否定しても天照大神の子孫であることは否定せず=できず。なぜなら天皇
制といふものが神話理論の系譜の上に成立しているからであり、その抽象的な神話理論と天照大神の子孫であるといふ証左が具体的には三種の神器であること。
話は「義経」に戻るが後白河法皇がどれだけ権力を握り政略に優れ源平をも愚弄するほどであつても三種の神器が手許にないことだけで法皇とてそれでは策士で
終わつてしまふほど。今上天皇陛下におわせられても護憲派のリベラルな陛下だが神事には先帝にもましてご熱心とお聞きするが、それも民主主義やリベラルと
いつた理念とは全く違う次元でやはり天照大神からの神話の系譜の流れに御自らがおわせられることへの通念なのであろうか。『共産党宣言』読了して伏床。
▼若い頃からずつと平凡社だったか宝島だったのか雑誌に「リリー・フラン
キー」といふ書き手あり。この人の登場から暫くは「リリー」といふ名から艶っぽい姐サンがオヤジ気取りの文体で、と信じていたが実は本当にオヤジ
臭い若者だとわかつた時の驚愕。今日の朝日の書評にこのリリー・フランキーの『東京タワー』といふリリー氏の母の物語について池上冬樹が書いておりリ
リー・フランキー版「死にたまう母」という言葉が目に留まり母へのオマージュの文学として茂吉の『赤光』、井上靖の『わが母の記』や安岡章太郎の『海辺の
光景』を挙げ、死にゆく母をみつめる息子の物語……という文章に「やはりリリー氏はこの域に達したか……」とかなり感慨。だがよく読むと「死にたまう母」
だが「深刻な話も笑い話にしてしまう作者だから何度も笑える」「死にいく母をみつめる息子の物語はあるけれど、それに比べると冗漫で、ネジのゆるい語りで
あるが、でも逆にそのゆるさが風通しをよくし、豊かな猥雑さをとりこんで、ユーモアを光らせ」「情感豊かに、しかも“バカタレな日々”を通して描いた」と
いふ紹介を読んでリリー氏はやはりリリー氏であるとどこか安堵。それにしても「母の死を恬淡と語りながらも静かに胸にしみいるものにしている」「まぎれも
ない才能による、まぎれもない傑作だ」とはやはり凄いこと。
▼先週の話になるが香港の汚職贈賄摘発のための廉政公署(ICAC)のナンバー3、政府関係調査部主任のGilbert
Chan
Yak-Shing氏が十四日に一身上の都合により廉政公署から辞職を表明。十五日で退職。弁護士になるとか。今日の香港社会に最も貢献したマクルホース
総督が創設した廉政公署が香港をまさに廉政化してきたのは事実だが、政府汚職等摘発のための独立機関で政府の権限が及ばぬ事が目立ち、例えば財務官であつ
た梁錦松の自動車税増税公布直前の自家用車購入(これで辞任)、香港警察マル暴幹部警視正が暴力団からの売春接待享受で警察側に一切の事前通告ないうちに
プレス発表、贈賄摘発のための盗聴など、この組織の存在が煙たい組織が多いのも事実。昨日のSouth
China Morning Post紙は今回のGilbert
Chan氏の辞任は事実上の更迭で、廉政公署の現在の権力と規模の縮小が北京中央から「自称政治家」行政長官サー・ドナルドに与えられたThree
dirty
jobsの一つであると指摘。信望のかなり厚いChan氏を辞任に追い込むことでICACの勢いを削ぐこと。3つのやっかいな仕事とは何か、ひとつがこれ
なら、もう一つは明らかに香港電台(もう一つは何かしら)。だが北京中央がICACを嫌うのはなぜか。指導下にある香港政府の庇護なのか、或いは駐港の中
央政府の関連組織が香港での親中派の勢力維持拡大での「作業」上でICACの捜査対象になどなつたら困る、といふ配慮なのか。
七月十六日(土)朝一旦帰宅して急ぎ雑事済ませまた某宿泊先へ戻る。天気は絶好調だが午後遅くまで室内に籠りまずはじつくりと新聞数紙読みダワーの
『敗北を抱きしめて』下巻読むが微睡みばかり。東京裁判を勝者による厳正さ欠ける法廷とする論調がキョービでは当たり前のようになり直近の週刊文春でも小
野田寛郎が阿川佐和子相手の対談で東京裁判について「あれはラグビーの試合やって、終わってからこれはサッカーだったんだ、お前はボール持って走ったから
ルール違反だと言われるのと一緒。自分だってボール持って走ったじゃないかと本当は言いたいですね」とここまでは多少「確かに」と思うところもあるが「裁
判になっちゃいないですよ。マッカーサーも東京裁判結審の二年半後に上院で「あれは日本の侵略戦争じゃない」と証言してるんです。自衛のためだったと」と
指摘。阿川佐和子が「もっと大きな声で言ってください(笑)。」とバカなかけ声。ダワーの著作を読むと東京裁判は確かに勝者が敗者を裁く裁判であるが日本
は被告の立場でなく國體の維持と天皇制の存続、裕仁天皇の続位のために進駐軍とかなりの共同作業があり東条英機らA級戦犯は連合国側からではなく我が国か
ら「天皇を守るために戦場ではなく正義の法廷において文字通り死ぬことを求められた」といふ。生贄之羊。それを思えばA級戦犯が靖国神社に合祀されること
には一理あり。単に戦争で命を落とした、とすると戦争に兵隊を駆り立てた東條らは加害者であるがお国のため、天皇のために命落としたといふ点では東條らの
A級戦犯は誰よりも祀られるべき対象なのかも。ある面では小野田寛郎の言ふ通り東京裁判は裁判になつていない。が後藤田先生も指摘している通り東京裁判は
日本を独立国家として再建し国際舞台に出すために必要な通過儀礼なり。小野田寛郎が取り上げたマッカーサーの自衛戦争「史観」はダワーの著作を読みながら
考えると、あの無表情なマッカーサーがかなり彼なりの理念上の<日本>といふものが存在していることがわかり、それを考慮すればマッカーサーの日本の見方
はけして客観的ではなく寧ろ(上手く表現できないが)ジョセフ=コンラッドの“Heart
of
Darkness”的なものかも知れぬ。午後遅く帰宅。最近やたら楽しい市場での食材調達。夕餉。アボガドとトマト、緑アスパラのサラダ。トマトと挽肉の
パスタ。新西蘭のNobiloなる白葡萄酒のSauvignonの04
年。自宅にいる時間が多く必然的に片付け整理整頓。Gary張智強の“Hotel as
Home”なる本を見たことで意識的に“Home as
Hotel”しているところもあり。晩遅くなつても気温は摂氏三十度下回らぬ超熱帯夜。黄角ソーダぐいぐいと飲む。
▼昨日のヘラルドトリビューン紙にシンガポールの映画監督Royston
Tanの新作“4:30”紹介する記事あり。昨年の香港映画祭で彼の“15”がいまだ印象に強く残る。今回の作品はNHKが拘つておりシンガポー
ルの文化基金だかの援助もあるようで“15”に比べれば普通に収まるのだろうが。
七月十五日(金)快晴。雲一つなき青空。某組織に請われ某所にて講演一つ。講演といふより漫談か。早晩にハッピーバレーの澄寿司でにぎり寿司を持ち帰り。
祥興珈琲室でエッグタルトも購ふ。今晩は某所(ゲストハウスのような場所)に隠る。日曜日に薮用あつたがそれも無理を言つて断り週末は隠る
打算。いくつか 本を持参し心ゆくまでのんびりするつもりなのだが。
▼昨日からの今日の楽しみは勿論、船橋の市立図書館での司書による「つくる会」関係書籍焚書についての産経新聞の論評。築地のH君より産経社説(こちら)
が期待通りの出来、と知らせあり(笑)。誰もがこの司書の印象は左翼、市民運動に熱心、購読するのは間違いなく朝日新聞、なわけで朝日は社の主張としては
「つくる会」の歴史観に反対するが表現、出版の自由は擁護されるべきで図書館で司書が個人的判断で書籍処分したことに対しては反対を主張(こちら)。それに対し
て産経は、この判決がもちうる意義として公民館や図書館での(産経的には絶対に許容できない)「自虐的」「反日的」主張をも保護しなければならない、とい
うようなことは当然、意識の片隅にものぼっておらず。むしろ「新しい歴史教科書をつくる会は日本の未来を担う子どもたちにバランスのとれた歴史を伝えよう
という人たちの集まり」であり「マスコミの一部に扶桑社教科書のみを排除しようとする論調もあるが、やはり自由な言論を封殺するものといえるだろう」とこ
の時ぞとばかりに扶桑社ばかりを排除しようとするマスコミ=つまり朝日を「自由な言論を封殺する」と攻撃。それじゃ産経が扶桑社の教科書のみを推薦するこ
とは言論機関として「バランスのとれた」ことだろうか?となるが産経に指摘するだけ野暮。また多様な言論を保証することが大切だとするならNHKも公共放
送として図書館同様に多様な言論が保証されるべきで、NHKのドキュメンタリーなど偏向と批判していいのだろうか。この図書館司書が図書館の規定にそぐわ
ず自分の判断で勝手に蔵書を処分したことが最高裁で違憲とされるのならNHKも自民党からの圧力はなかったとしても総局長が勝手に番組内容に示唆を与える
ことも図書館司書の行為が違憲と同じレベルで問題があると思えるのだが。それにしても産経が「蔵書の取捨選択は地域住民の立場から、公正に行われるべきで
ある」と強調するのは気になるところ。下手すると関係者動員して組織票を集め身内、味方の著作を購入させる。いったん購入すれば「市民が要望した本」とな
り、一方で、従軍慰安婦などを扱った図書に対しては「公共図書館にふさわしくない」という「地域住民の声」を集中させれば「公正に」排除も可。
▼多摩のD君から図書館の話ひとつ。沖縄の西原町なる自治体の図書館前広場に大砲を飾る動きあり。2004年12月に西原町幸地の建設現場で旧日本軍の
155ミリ榴弾砲見つかり町は「平和教育に活用する」としていたことから始まり今年3月に町議会がこの大砲を図書館前広場に設置すること可決。60年前の
沖縄戦で住民の二人に一人が犠牲者となったこの町。地元の反対住民の主張を紹介すると、町長は「平和教育のため」と謳ふが説明文が加えられるとしても単独
で置かれ人目にさらされる「大砲」が与える衝撃の大きさ。図書館は「一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資することを目的と
する施設」で「大砲」の設置場所としてふさわしくない場所。
▼北関東の民度の低さについて仙台出身の友人に指摘される。選挙の結果をみれば一目瞭然。いまどき「保守独占」など北関東のほかは北陸と九州くらい。東北
は案外自民党が弱い。知事も6県のうち半分以上は自民が負け。小沢一郎の影響も多少はあろうが、やはり農政への批判が強くて(これが理性)、もう百姓が
黙って自民党入れる時代でもない、と。つまり北関東は東北の百姓(と栃木茨城は東北を嗤うが)その東北の百姓より田舎者であること。
七月十四日(木)快晴。早晩に献血。あつといふ間に三ヶ月の一度の献血。献血の針刺す前に刺部への麻睡の要不要尋ねられ最近の好みは不要。普通の注
射針よ
かいくぶん太めの採血針が静脈に刺される。450ccの血液が採れる間の気だるさ。ここまでは森田童子的だが採血終わり血液検査のため真空の試験管四本に
次々と血が勢いよく吹き出す様眺めていると気分は朔太郎。五分ほど安静にしていろと言われ針を抜いたところに脱脂綿当て反対の手の指でそこを押さえ献血用
の簡易だが坐り心地良き仏蘭西製のリクライニングチェア(これは香港赤十字ご指定のようで何処の献血センターも同じ椅子)に横になつたままでいる、その時
の微睡みほど快感は他にし。香港で実に三十度目の献血で顔なじみの職員に礼を言われるが献血(実際には抜血)したあとの首や肩凝りの痛み失せる気分を思え
ば寧ろ一回毎にHK$100払つても抜血したきほど。時代広場のページワン書店にてヰリアム登β達智が信報に随筆でずいぶん前だが紹介していたGary張
智強の写真と随筆“Hotel as
Home”購ふ。この書店は新嘉坡で創業。十数年前になるが創業者のT氏が香港での事業展開図りまずは自店のまえに問屋として本配給考えていた頃にお会い
したことあり。すぐに銅鑼湾の柏寧酒店の商場に店構え発展は今日に至るが香港の旗艦店であるこの店は時代広場といふ「上下階に動きづらい」商場の而も九階
は残念。慣れていれば十階以上の食堂街に上がる昇降機で十階へ行き一階下るか、実はオフィスタワーの昇降機も便利だのだが。昔はかなりアート系写真集の揃
えが良かつたが今はデザイン系はあるが写真集は非常に乏しい。単価が高く売れないと全く売れぬ写真集は敬遠なのだろうか。地下のCitysuperにて食
材購ふ。博多屋の豆腐。日系のパン屋でそりゃ美味いのだろうが食パン一斤と菓子パン数個購いHK$62と言われ千円だ、普段買わぬのでとても驚く。ジンの
うちタンカレーが切れていたので補充。芋焼酎の白波もついでに。帰宅して冷奴にネギ焼。とろろ芋に麦飯。焼酎。散乱つたままだつた机上をいつきに片付け
る。何年も使つておらずの初代iMac、当然だがボンダイブ
ルーが美しい。ずつとMac IIと一緒に窓辺に飾つておいたのだがさすが書斎で場所をとり断念。余丁町散人氏もお使いだつた(こ
ちら)。iMacの前にさりげなく置かれたジタンが絵になつている。いつ放出してもいいように中身再インストールしてきれいにする。どう処分する
か。従兄のS兄から晩の早い時間に浅草の神谷バーで叔父(従兄の父)と従弟のT君と飲んでいる画像がメールで届く。神谷バーはやはりハンチング帽が似合ふ
ようにならないとサマにならない、と叔父の姿を見て思ふ。叔父が被つているのは我が亡父の、つまり叔父にとつては弟の遺品のハンチングかも。ダワー『敗北
を抱きしめて』下巻少し読む。
▼大河ドラマ「義経」で物語はもうすぐ屋島の戦。(以下、ナレーションは白石加代子風に)屋島といへばぁ那須与一でございます。九郎義経さまが与一に「あ
の扇を弓で射落としてみよ」と申されましてからぁ……時代は八百年ほどすぎたのでございますぅ。与一の故郷はぁ那須塩原、現在のぉ栃木県大田原市。奥州への街道筋とは申しましても所詮は
下野の鄙地、那須と八溝の山にはさまれたこの地は海もなく、玄海の彼方には高麗、唐国には宋が栄えるも知らず、無知ゆへの度胸か、来年度から市立中学校で
「新しい歴史教科書をつくる会」扶桑社の歴史、公民教科書の採択を決定したのでございますぅ……とここでタイトルの「義経」の文字、アシュケナージ先生の指揮する
N響の奏でるテーマソング流れ、本編へ。。(朝日)さすが栃木、
大田原の快挙。教育委員会で全会一致で採択。もはやカルト。日本政府も海外マスコミもこの極右教科書が検定通り出版はされたとはいへ採用は国家神道系の極
右反動私立校か石原の鮴押しで都立中高一貫校だの養護学校だけで一般の公立学校は採用しておらず全体のシェアの1%にも満たない、といふことを「安心して
ください」の説明としていたが栃木の田舎者の反乱でご破算。突然「男を上げた」市教委の小沼隆教育長は「自国の伝統、歴史を正しく学習して日本という国に
愛着をもった子どもが育つと思う」と宣ふ。那須のご用邸も近いこの地で「日本を愛する心を育むことで天皇陛下にも晴れて那須塩原駅をご利用いただける」と
か勝手に感動しているかも(笑)。しかし今上陛下なら寧ろこの大田原の愚挙に呆れ那須ご用邸に参られる際は那須塩原駅お使いにならぬのではなかろうか。教
委での採択決定に先立つ教科書採択協議会では会場が「ホールの窓はカーテンを閉め完全非公開」で「採択委員がトイレに出るさいも職員がつきそい、ものもの
しい雰囲気」(赤
旗)と圧力かかつた栃木の未開の地の寄合いの怖さ。茨城栃木の民度の低さ(群馬は除く)は今更指摘するに及ばぬが(東北地方への偏見も実は最も強
いのがこの北関東=自分たちが精神的に田舎者であることを理解しておらず)東北新幹線や高速自動車道で那須塩原を通り過ぎる際は知的判断力が鈍らぬよう、
また未開が染らぬよう注意すべき。栃木は前回採択の際に小山市のある地区で扶桑社教科書の選定を決めたが各市町教委が良識でこれを不採択とし決定が覆され
た過去あり。今回は扶桑社側の復活戦で保守王国の名に恥じぬ快挙。このカルト的な大田原の教育委員会であるがカルトといへばオウム真理教の信者の子どもの
公立学校入学拒否したのもこの教育委員会のこの小沼隆教育長で、つまり「男を上げた」のは二度目。立派。
▼栃木県大田原市の快挙も怖いが逆に千葉県船橋市の市立図
書館の司書が「新しい歴史教科書をつくる会」や関係者の著作などを勝手に処分(朝
日)。これもカルト的な怖さ。同館の「除籍基準に該当しないにもかかわらず」つくる会や同会関係者の著書30冊、西部邁君の著書43冊と渡部昇一
君の著書25冊を含む百冊余を廃棄。最高裁も書籍処分は違法判決。この司書らは偶然の結果だと主張し破棄した本の中には岩波書店の『世界』や週間金曜日も
あつたといふ。逆の意味でちょつと気になるのはこの程度の規模(こちら)の図書館で(蔵書数は電話で聞いたら25万冊)廃棄されただけでも西部君43冊と
渡部君25冊あつたといふのは意図的に多すぎ。
七月十三日(水)快晴。猛暑続くが日陰に入れば香港にしては涼しくもあり。木陰でバスを待ちながら余も愛用のMacintosh製造するアップル社
社長のスティーヴ=ジョブス氏によるスタンフォード大学の卒業式典(学位授与式こ
ちら)での来賓祝辞が話題になつており読んでみる(こち
ら)。有名大学でこの晴れの場で(毎年一人のこの祝辞述べるは栄誉も栄誉)大学を出ずとも大成したジョブスが、で内容は“Stay
hungry, stay
foolish”とテキストを読めば「それほど話題になるほど?」と思うがスピーチというのはその場でその空気のなかで、而もプレゼンテーション上手の
ジョブスであるから彼が式典で話すのを聞けば殊更感動するのかも。北角で食材など買い出し。豆乳を売る店が北角はことさら多い事実。注意して歩くと北角道
あたりは数軒に一軒が豆乳を売る。買い物終わり陽もまだ高く開店早々の寿司加藤にかなり久々
に寄る。当然まだ客はおらず口開け。エビスビール小瓶。板前N君の用意してくれた胡瓜とぬた、焼蛸で冷酒で澤の泉コップに一杯。半時間でさつと辞す←美
学。近くの勝利小厨で海南鶏飯をテイクアウトし帰宅。雑事済ませかなりたまつた未読の新聞切
り抜き数時間かけて読む。
▼今月初旬の信報の記事だが香港大学の民意調査の雄、鐘庭耀氏が専門的立場から自称政治家ドナルド曽の立法会での所信表明演説について分析。ところでふと
思えばドナルド曽などと呼びつけしていたが彼は英国女王から大英勲章(The Most
Excellent Order of the British Empire)授けられており大英勲章でも序列ではGBE(Knight
Grand Cross of the Order of the British Empire)に次ぐKBE(Knight Commander
of the Order of the British
Empire)で「ナイト」なのである。男爵だ。サーの称号でサー・ドナルドと呼ばなければならない(サーの称号は臣茂と同じで姓でなく名前の前につけ
る)ので今後は自称政治家サー=ドナルドか自称政治家ド
ナルド曽卿と呼ぶこととする。KBEがどれくらい偉いかといふとビル=ゲイツと同位。でちなみにGBE、KBEに続きコマンダーでCBE、オフィ
サーでOBEと続き第五位のメンバーでMBEまで。エリック=クラプトンがCBEでベッカムはOBE、ビートルズがなぜか真田広之と同じでMBE。閑話休
題。で鐘教授はサー・ドナルドが所信表明演説中にかなりの時間割いて中央政策組による民意調査のデータ用いていること。市民の関心は経済問題(5割弱)、
民生(3割弱)、政治と環境(それぞれ1割)で調査に提示した二十五の問題テーマのうち市民の関心高いトップ10を挙げると雇用拡大と失業対策、政府行政
改善、環境、公営医療、貧困、行政府と立法会の関係改善、義務教育での少人数クラス実現、年金、旧市街開発、などと続きサー・ドナルドが強調したのは基本
法二十三條での公安立法は18位で普通選挙実施は13位と市民の関心低きこと。鐘教授は世論調査の具体的な数字が政治行政に反映することはいいこと、とし
ながらも、このサー・ドナルドの用いた調査は「いつ、どこで、誰が、誰を対象にどのように」調査したか、といふ世論調査で公表すべき前提の基礎データが正
確に公開されておらぬ点を指摘。「誰が」は中央政策組」のようだが演説中に「この調査は香港の大学の専門機関に委託」と述べてもいること。どうも怪しい。
が怪しい以上にサー・ドナルドが意図的なのは(以下、富柏村私見)この市民の関心あるテーマは現実の生活に関係あるものと政治的関心の2つの異なるファク
ターが混在している点。雇用拡大と失業対策、環境、公営医療、貧困、義務教育での少人数クラス実現、年金、旧市街開発などは直接の生活にかかわり、政治的
関心は政府行政改善、行政府と立法会の関係改善に続きで普通選挙実施があり当面は立法化のないであろう基本法二十三條での公安立法が下位にある。しかも政
府行政の改善と行政府と立法会の関係改善は現実の政治上での関心であり、普通選挙実施はこの関心テーマのなかでは政治的関心で而も将来的関心ではわずかに
これ一つのテーマであること。つまり「ごちゃまぜ」のなかで政治的将来的関心である普通選挙が13位にあることはどれだけ関心が高いか、と認識すべき。こ
のような調査項目の整理は社会調査ではとても基本的なこと。それが理解できないのか、だが多くの場合、理解していてデータをば意図的に利用改竄する場合、
このテの誤用が意図的にされるのが事実。
▼十日の蘋果日報日曜版で陶傑氏の政治評論連載「星期天休息」が面白い。香港の政治がサー・ドナルドと世渡り・許の公務員コンビの「行政主導」となつたこ
とで、これからの香港で子どもにならせてはいけない職業は「政治家」である、と(笑)。而も政治家を選ぶのは選挙で、選挙こそチャーチルが“No
part of the education of a politician is more indispensable than the
fighting
of
election”と述べたほど選挙が政治家を育てる。地域議会から市政局、立法会へと政治家が育つ。香港でいへば廿年前に英国植民地政庁が市政局議会の
普通選挙実施から始めた政治民主化の動き。この頃に政治活動志望した若い世代が今、立法会で立場こそ左右に分かれても李柱銘や曽[金玉]成、周梁淑恰、李
卓人など活躍しているのはその証左。だが市政局議会が廃止され、区議会もほとんど地元の中小企業社長のお座敷化。選挙制度は肝心の行政長官は間接選挙、立
法会も業界枠あり政府に有利、選挙でも親中派や財界、御用労組が後押しして愛国陣営が自らの政治力量以上の得票を得るのが現状。廿年前に始まった選挙制度
改革が無駄になる。上述の李柱銘以降の世代は育たず。
▼香港フィルの今季最終の演奏会、マーラーの五番はかなり上出来と李欧梵氏が信報の文化欄で絶賛。地元贔屓もあろうだろうが現在の世界のオケでマーラー奏
でて秀なるはオランダ放送フィルと維納フィルで、ベルリンは抑揚ありすぎシカゴは響かせすぎ、サンフランシスコは上手だが意気込みがなく紐育、フィラデル
フィア、ボストンもマーラーでは理想的とは言い難い。勿論、香港フィルは世界の水準からは「有待百呎竿頭」だが一歩の進歩あり、と李欧梵氏。そう、言われ
てみれば昨年の九月だつたか鳴り物入りでWaart氏が音楽監督就任して最初の本格的な口開けがマーラーの一番であつた。マーラーで始まりマーラーで〆
る。
▼築地のH君が自民党の靖国「慎重派」の勉強会、誰がメンバーなのか詳しく知りたいと欲すればさすが産経新聞(笑)で発起人の名前一挙掲載、は右翼の人た
ちに「このメンバーを恐喝せよ」の教唆か。産経の記事は実に党紙じゃあるまいに「相次ぎ発足した両議連の動きに、「ただでさえ郵政民営化で党内が混乱して
いるのに、党内の亀裂がさらに拡大するのでは」(党中堅)と危惧する声も出ている」と(笑)。読売新聞は勉強会への参加者リストまで掲載。さすが。勉強会
の講師は剃刀後藤田先生。朝日新聞は隙かさず後藤田先生の「A級戦犯には結果責任がある」「東京裁判受け入れで国際的約束」「首相の靖国参拝は説明つか
ず」といふ後藤田先生の筋の通ったインタビュー記事を掲載。で派閥別にまとめると下記の通り。発起人は★で勉強会欠席の場合は☆
(森派)衛藤征士郎★、谷畑孝、塩谷立、中山泰秀、柴山昌彦
(橋本派)小坂憲次★、後藤田正純★、萩野浩基☆、竹下亘☆、小泉龍司、小淵優子
(高村派)高村正彦★、大島理森★、北川知克☆、伊藤信太郎
(小里派)加藤紘一★、園田博之★、原田令嗣
(亀井派)渡辺喜美☆、青山丘、宇野治、三浦一水
(山崎派)野田毅☆、稲葉大和
(堀内派)真鍋賢二☆(参)、林芳正☆(参)、西野陽
(河野派)中馬弘毅★
(無派閥)舛添要一☆(参)、荻原健司
という布陣。政治家の先生であるから勉強会参加の思惑もお寺さん背景であつたりいろいろであろう。が荻原健司君の参加が目立つ。ふつうスポーツ業界出身の自民党代議士
は失礼だが人寄せパンダ的であるし荻原君も「この国に、スポーツマンシップを!」とか主張はよくわからない。ブログを読んでも一般論。全日本スキー連盟が
靖国に否定的といふ話も知らない。勉強会と聞いて「なんでも勉強しよう」といふ好奇心だろうか。群馬県出身で早稲田が同窓で福田康夫次期首相の関係とか。
▼SARSの疫禍にてこの疫病が果子狸からのウイルス感染であること突き止めた香港大医学部の研究員夫婦が学会誌に中国での流感蔓延での調査しようとして
も中国政府農業部の規定により流感のサンプルだの実体把握困難であること言及。中国にとつて国家的規模の伝染病感染は国家機密といふこと(本日の蘋果日報
二面記事)。
七月十二日(火)快晴猛暑。地下鉄でもう何年だろうか無料配布定着の新聞メトロ紙に続き、じり貧の星島日報社が起死回生かけて頭條新聞なる無料タブ
ロイド紙を本日創刊。不動産大手の中原地産も近々「am730」なる同じタイプの新聞発行とか。新聞スタンドには『多維月刊』なる月刊誌見かける。多維新聞網の活字版。政治論評に多少スクープ、醜聞をかませ「李嘉
誠夫人自殺」説の検証だのグラビアも北京の中南海の盗撮写真だの面白い。創刊号かと思えばすでに第4号で、だが新聞スタンドで大々的に売り出されたのはこ
の号が初めてと思うが記事豊富だが今後どれだけ内容が続くか、が見極め。昼過ぎ車で東區走廊を行けば突然の渋滞に何かと思えば交通事故。貨物トラック車線
変更で急停車し後続のタクシーが追突。高速運転に数メートルの車間距離。後続のトラックも衝突してタクシーはサンドイッチ。倫敦で爆破テロに遭うより香港
で交通事故の確率はかなり高い。中環のプリンスビルディングのラフルローレンで買い物。晩に上環に工作任務あり久しぶりに九如坊の路地抜けて九記でカレー牛南麺。隣席の客は入るなり名前を呼ばれかなりの常連。注文も「伊南加湯」と符丁で伝え何
かと思えば「牛南伊麺と別に上湯ひとつ」で、やはりカレー麺食すのは邪道かとそういう客の隣で思つたのだが、その初老の常連は牛南伊麺が運ばれ一口頬張る
と卓上のチリソースを鷲攫みにして思いつきり伊麺の上にたつぷりとかける……そんな、と唖然とするほどの量に驚く。食後、九記とGough街向かいにある大排档の茶屋(名前知らぬ)で美味なるミルクティー。暑いが敢えて熱い
のを注文。美味。上環のK氏のオフィスで香港でなら四両(約120g余)三百ドルという鉄観音をご馳走になる。晩十時に任務終了しバーで飲まずに帰宅。夜
空は青い空に白雲が見事に映える。晩遅くに新聞読んでいたら、信報の連載で劉健威氏が「なんのための死か?」と倫敦での爆破テロ取り上げ、近々倫敦訪れる
劉氏に友人が「大丈夫か?」と心配するが劉氏は「香港で市街歩いていて空から窓枠が降ってきて死傷する確率のほうが倫敦で爆発テロよかずっと高い」と。余
の交通事故遭遇への懸念も同じ。さすが劉氏は米国のイラク侵略がこのテロの主因であり、この終わりなき戦いの犠牲者が無辜の市民である悲劇、戦争で犠牲に
なるにしてもナチスのファシズムに抗して死ぬような大義もなく何のための死なのか誰も知らず、と慨く。御意。蘋果日報では陶傑氏がやはり「爆発テロより香
港で窓枠降ってくる危険性のほうが確率高く、旺角を歩いていて洗衣街で空から窓枠降ってきて路上での物売りなどが見守るなかで命落とすことの死の尊厳のな
さを慨く。無差別テロも老朽化したビルの窓枠が降ってくるのも、同じ乱世。
▼本晩、民建聯の結党十三周年記念。全国政治協商会議副主席(笑)の董建華君現れる。自称政治家ドナルド曽も初めて参加。北京政府の香港代表部である中聯
弁の主任、外交部駐港特派専員、香港政府からは財務官(馬ヅラ)唐英年、法治破壊の司務官エルシー梁愛詩に加え七名の問責制局長も出席。さすが親中派御用
政党だけのことある馴れ合いぶり。
▼朝日新聞で「政態拝見」といふコーナーで曽我豪(曽・我豪という中国人じゃなくて曽我・豪である、我豪であればかなり傲慢な名前だ)といふ政治部記者の
「非常識好む首相にドキドキ」という文章あり。傑作。実に傑作。朝日の政治部が箱島経済部主導から多少自由になつたといふ噂あるが本当かも。小泉三世が非
常識であること前提として郵政民営化が実は小泉三世は自民党不利の情勢でも衆院を解散したかたつたのではないか?を関係者の証言などからこれまでのハンセ
ン病訴訟などの話も含め面白可笑しく裏付ける。結局、小泉三世は非常識なことをしてドキドキすることが需要で(それを国政でやられてしまふのだからたまつ
たものぢゃないが)実は一番ドキドキしているのは首相周辺で、ここで解散されたら政権党を本当に小泉三世の言葉通り「ぶっ壊す」ことになりかねず。トップ
が党を破壊すると宣言して始まつた政権の矛盾がこの土断場であらわになつた、と曽我記者。確かに。もしかすると小泉三世は本当に公約通り自民党ぶっ壊すた
めに今日まで四年以上かけて任務遂行してきたのかも。靖国神社参拝もその一環か……。としたら今日まで小泉政権を支持した国民が実に目聡く小泉三世批判な
どした余は国賊である。
▼ここ数日、築地のH君とリベラル政権の話が続く。ことの発端は『世界』での後藤田先生の立派な発言。『論座』での衆院議長河野洋平君の発言も立派である
し先日の朝日での野田君の発言も「胡散臭い」と思われていた野田君がかなり好印象となつたらしい。こうして考えると自民党がいいように利用する村山富市君
の「村山談話」こそ立派。だが問題はリベラル派は現役の時に不振であること。H君の言う通り確かに村山内閣(こちら)など村山首
相、河野外相、武村蔵相と、これが十年前に存在していたことが今では嘘のようなリベラル内閣。河野洋平君を総裁指名は後藤田先生。あらためて眺めると「自
社さ」内閣は歴史的に再評価されるべきかも。当時も今も村山内閣を評価する論調は確かに左右どちらの側もないが。H君の言う通り「社民もリベラルも一方的
にやられてたわけではない」のであり「ちゃんとチャンスは与えられていて、それでダメだった」のが事実。それゆへ安倍晋三も小泉三世も石原都知事も「自社
さ」が批判され、それが失敗したからこそ登場。社会民主政党への不信と非難がファシストの政権獲得に加担したとか、ワイマール共和国批判がナチス台頭を招
いた過去の歴史。日本の九十年代前半も同じような歴史的誤りかも。だがH君の反思は、当時、社民リベラルも当時の「今」がだれだけ重要な局面か見えておら
ず。まだブッシュ二世も安倍二世もおらず小泉三世はただの自民党の変な議員にすぎず「ここで失策つたたら彼らが台頭する」といふ危機感はなし。その象徴が
細川殿様内閣。なんとなく「バブルは終わつたけど、なーに、不景気といつてもこのくらいが恰度いいんぢゃない?」の不況といつても平均株価は一万八千が底
値といふ甘い期待感、の温い空気。そのなかで「このへんでちょっと政界再編成でも」と懐石のお口直しの如く細川内閣だの青島都政だの。共産党もあの当時は
勢いあり選挙毎に議席伸ばし共産党も社共共闘どころか旧社会党叩き左翼票の獲得に熱心、というH君の回顧は確かにその通り。その結果、なんだ細川も青島も
何もできないよ、で景気低迷と社会の窒息感のなかで変人が首相となり安倍某や石原某への期待感。それぢゃ安倍と石原が何をしてか。安倍先生は北朝鮮拉致問
題以外で何か具体的な成果ありやなしや、石原都政もホテル税は敗訴、都知事就任で最初のスマッシュヒットがディーゼル車規制。積極的なのは都知事の仕事の
範疇には入らぬ日本領土の保全。話題となるのは国旗国歌の都内の学校での強制。ではどうなる?、どうできる?は空白。空白。
▼香港フィルで音楽監督Waart氏との確執あつたコンサートマスター解雇処分。Waartの楽団指導ぶりに反発しコンサート直前に指を怪我したと「病
欠」したコンサートマスター氏、その病欠期間中に米国で他の楽団のオーディション受けていた(笑)ことが発覚し今回の処分。Waart氏も強引さに楽団つ
いて来ぬといふ話だがこのコンサートマスター氏ら反発組も楽団のなかで浮いていたようで今回の処分は喧嘩両成敗にあらずWaart氏には契約のあと一年頑
張ってください、の判定。
▼香港政府の政治的介入が話題の香港電台は立法会での公聴会に出席の電台長
Chu
Pui-hing氏が「我々は大きな問題と対峙しているが、この状況で、私は孤独なセールスマンでなく(香港電台の)職員をサポートする立場であることが
光栄だ」と発言。見事。この「孤独なセールスマン」は自称政治家ドナルド曽が行政長官「選挙」の中での遊説でドナルドが政府公務員になる前、高校卒業して
からの数年、薬品会社のセールスをしていた過去を回顧し「四十年前に私は孤独なセールスマンだった。しかしずっと孤独は続かなかった。なぜなら、私は香港
で生まれ育った「香港の子」の一人だからだ。みんなの信頼を得られれば私も多くの香港市民と同じ道を歩むことができた」と述べた、その言葉。自称政治家ド
ナルド曽の介入に対する不偏不党を理念とする公共放送のトップとしてのこの姿勢。実に見事。
▼信報で劉迺強氏が先日まで連載された練乙錚氏の文章について四万字、半月に及ぶ連載はかなり期待したが、結果「平淡」の一言が感想とずばり指摘。読者と
して「どんな内幕の暴露があるのか」と練氏が「どんな見方、考え方をしたのか」に期待したのだが、結局は練氏個人の感受と怨念のほかは、公共住宅の八萬五
千戸提供の政策の取消し発表中止の作為が董建華本人でなく林D8の入れ知恵であつた、といふほんの小さな内幕の暴露あつた程度で、連載の当初、香港での問
題の多くが北京中央に因あり、と諷しておきながら具体的な事実の指摘もなく、連載後半では曽徳成など親中派についてがそれぞれみんないい人である、と、本
来は叱責すべきことを叱責せず連氏の偏見ではあるまいか、と劉氏指摘。寧ろ、と劉氏が指摘することは興味深く、英国統治時代に「最後の総督」パッテン君就
任までの中英の蜜月時代には「副総督」を設けるという中英間の黙契があり、これは返還後の香港首長養成のための職位。その後、中英関係が拗れ、英国側は行
政長官は名誉職的なもので行政の全般は政務官が執行することを主張、中国側はそれに同意せず。実際に97年からはその政務官に就任の陳方安生女史が十八万
人公務員のトップとして精力的な姿勢見せることで、これは実に英国が期待したことだが、これは元首(行政長官)に対しての首相(政務官)制度に非ず「虚君
制」(事実上の行政長官無用論)であり相対的に董建華の立場が脆くなり中国側はこれを良しとせず。今回の自称政治家ドナルド曽が政務官に元同僚の許仕仁を
招いたことはドナルドが行政長官として執行権、決定権を保持したまま実務を許に任せるわけで、政務官はアンソン陳方安生が董建華の立場襲ふような競合制の
あるものでなく、許君がどうしてもドナルド曽襲わぬように、これは従来の行政長官と政務官の制度の構造的矛盾を解消するためには有効、と劉氏。確かに上手
く機能すればその通りなのだが……。
▼信報に在香港日本国総領事北村隆則君の「国連改革と日本の考え方」なる文章掲載あり。戦後の日本は先の大戦の悲惨な教訓を汲み反省して新たな出発をして
世界の平和実現のために尽力し戦後六十年新憲法の下で民主体制と経済復興の維持と発展に努め平和国家として戦争行為を行わず大量殺傷兵器も有さずに今日に
至つた。小泉首相も戦争でアジア諸国を侵略統治したこと事での多くの損害と苦しみについて深刻な反省と謝罪をしている。国連常任理事国である中国が日本の
常任理事国を支持することで日本と中国が協力して国際平和のために尽力していきませふ、と。正論。だが本当にアジア諸国からの日本への信頼を得て国連常任
理事国になること成就したいなら、この総領事の文章でもこれだけ強調されているように戦後日本を成功に導いた、世界に誇る平和憲法を今後とも尊重して平和
国家としてやつて行きます、と言えてこと周辺諸国の安心と信頼を得られるといふもの。周恩来に象徴される戦後の日本への信頼はまさに此処にあり。それが、
これまでこの憲法できちんとやつて来ました、ですが現実に合せて改憲いたします、はやはり信用されず。
七月十一日(月)快晴猛暑。中国湖南省に帰省した香港在住の女性が中国の一人っ子政策「堕胎」強要され危うく難を逃れる、と蘋果日報一面。この女 性、1997年に湖南省の田舎から深センに出稼ぎ。そこで香港籍の男性と知り合い香港に来て女児出産し一旦大陸に戻るが三年前に来港し居住権得て昨年男児 出産。今年また孕る。先月末に湖南省に住まふ齢七旬の父の古希の祝ひにと二児連れて帰省。昨日十日香港に戻る予定であつたが九日の朝七時に家の扉がノック され開けてみれば地域の計画出産指導する事務所の職員と名乗る男現れ二児ある上での妊娠が国家の一人っ子政策に反しているとしてこの女性に堕胎勧める。こ の女性は自分が香港の居住民でありこの政策は香港には及ばないことを説明。だが職員は「香港は中国の一部で中国の政策が及ばないはずがない」と主張。この 女性はその場で香港の入境事務処に電話し事情説明し援け求める。入境処はすぐに対応し湖南省の公安当局などと折衝。この女性も地元の警察に通報し公安当局 の職員も現れたが、公安当局は計画出産当局からこの女性の旅券や身分証など渡され確認し亦たそれを計画出産当局に渡してしまい一行八名は立ち去る。昨日の 朝、この地方の幹部ら一行十名がこの女性の実家訪れ旅券など返して鄭重に今回の件を謝罪。地元の計画出産当局の職員が香港の法律に明るくないため誤解し た」と説明。一件落着。だが「さもありなむ」の出来事。この国が21世紀の大国で日本はこの国の巨大市場での商売でどうにか利益得ようと懸命。勝谷氏的に 批難するのは易しいがこれほどの現実。早晩に久々にFCC。いつもならジムに寄る時間だがK 嬢にある添削依頼されK嬢がFCCのメールボックスにブツを置きそれをドライマティーニ飲みながらの作業。ドライマティーニをロックで、撹拌するな、は通 じてもステア(かき混ぜる=stir)するな、は注文の時にいってもバーテンダーはかなりの確実でステアしてしまふ。今晩も二杯のうち一杯目は老練のバー テンダー氏にしっかりステアされ、二杯目は若輩に「本当にステアしないのか?」と念を押される。ステアしないということは「温い」わけで信じられぬことか も。ベストは勿論、バーSやYでのようにまずグラスに大きめの氷だけ入れてステアしてグラスとグラス内の温度を下げたところに酒を注げば酒も薄まらず適度 に酒温が下がるのだが、そこまで注文していたら「ドライマティーニをロックで、オリーブは不用、レモンピールだけ。酒はシェイクもステアも不要。ロックグ ラスに大きめの氷一塊入れて酒をいれる前にステアしてグラス冷やしそこにベルモットを先にほんの少し滴らしてからジンを注いで、絶対にステアせずそのまま 供してくれ」と面倒な説明となる。晩飯にチキンアラキングをテイクアウト。ついでに揚州炒飯とクラブハウスサンドヰチも。ふと思へば先月下旬から、月末に 東京からY君来港しバンコクからのY氏と一晩飲んだくらいで、ふらりと一人でどこかに飲むことあつても行きつけの店にも行かず晩に殆ど人に会わず。帰宅。 下弦の月が西空に浮かびやがて山かげに沈むを愛でる。ドライマティーニ一杯(って三杯目か)。二更に“Why Michael Jackson won?”といふテレビ番組。見ておらぬがマイケル=ジャクソンさんが何故、無罪となつたのか、なぜ陪審員が無罪としたのか、は有罪とする具体的証拠に欠 けるなどといふことより、やはり「醜悪なるものを見たい」といふ人々の願望でなかろうか。刑務所に十数年だか廿年だか服役されては「見えない」のである。 見えない場合はイラクのフセイン元大統領のように刑務所で選択する惨めな姿が隠し撮りされ公表されるが「見えない」より見世物的に醜悪なる姿を晒してほし いといふ願望。まさかここから再度の整形手術で黒人エンターテイナーとして復活……なんてあり得たらもつと凄いことになるが、刑務所に入れてしまふより見 世物のほうがさらに極刑かも。ニュース10に外相町村君が登場。サミット、対中政策、国連常任理事国など国際問題について当たり障りのないコメント。司会 が今井環君であるから突っ込めるはずもなく只、外相のお話拝聴。結局この出演が町村君のイメージのソフィスティケート狙つたものであること確実。こんな良 識的や優しいオジサンなんですよ、と