香港の自由と言論のため香港特別行政区基本法第23条による国家公安維持の立法化に反対〜! 

教育基本法の改「正」にも反対〜! 反対はこちら。文部科学省の中教審答申はこちら。ちなみに文部科学省サイトには教育基本法の原文すらないのが事実。
文部科学省は他にも「英語が使える日本人」の育成のための行動計画……だって、ダサ〜!、英語が使えれば日本人でもアイヌ人でも朝鮮人でも何人でもよし。
        

2000 年11月24日からおそらくあなたは 番目の閲覧者です。


六月三十日(月)晴。土曜日にM氏とEast Endにて歓談の折にポケットから床に落として外殻が破損したNokiaの携帯修理に出す。中国主張温家寶君SARSにかかわった医療関係者への慰労だの家族を失った遺族への見舞いだのAmoy MansionやPrince of Wales病院の視察だのと精力的に動く。それについてまわる我らが行政長官、首相の横で愛想笑いしているだけなら無能だが温首相がかなり能弁でその北京語についてゆけぬ市民に対して董建華君通訳となり珍しく有能。明日は温首相昼には離港だそうで午後3時からの10万人規模といわれる23条立法反対デモを見る機会なし。もともとは明後日までだか滞在の予定がこのデモの規模拡大があり滞在日程変更という噂もあり。岩波の『世界』七月号を読む。自衛隊の海外派兵、有事法制、教育改革……日本がどんどんおバカさんになってゆく。寺島実郎氏が書いているが日本がどれだけ独自の外交などと口にしたところでアジア諸国は日本を米国の子飼としか見ておらず、大国とはむしろ「米国との関係を決定的に損なわない範囲でイラク攻撃に反対」した中国であり、日本がいくら親米主義をとろうと「米国はみずからの世界戦略の枠内でしか日本を守らない、という常識」である、と。ただ危険なのは下手にその米国からの自立を提唱すると反米だけを支柱とす陳腐なる国家主義となること。今さら大人になれ、といっても半世紀もガキのままだと今さら自分で考えろ、といっても自民党の総裁からそのへんのオジチャンオバチャンまで思考回路は閉ざされているかも。『世界』の特集は石原による東京都の教育改革について。各公立校への教育主幹の派遣、これってほとんど校長教頭のかわりに「何でもやります」の学校配属将校になってしまうか、もしくはPHP的であり松下政経塾的な(つまり本人の自意識過剰があるだけで役に立たない)幹部候補教員養成コースだろうが。その悪夢のような都の教育に対して橋本知事の高知県にては生徒と教員と保護者による三者「共和制」での学校運営が行われている。こちらは強権で上からの改革など押し付けても生徒保護者のニーズに適合しておらぬ公立学校の現状を見た知事がこれではマジに公教育が崩壊してしまうという危機感から始めた教育改革。同じ『世界』にムネオ疑惑での背任だの不正業務妨害などで拘留中の元外務省主任分析官佐藤優氏による拘置所で書かれた『冷戦後の北方領土交渉は日本外交にどのような意味をもったか』は秀逸なる外交論。
▼中学生用の保健体育の教科書(学研)を見る機会あり。余が中学生の頃に教科書に比べると喫煙や飮酒と並び薬物乱用だの性感染症までかなり具体的な記述多し。99年の東京都での調査で「性情報をどこから得るか」という質問ありアダルトビデオという本来中学生が見てはいけない(ことになっている)媒体からという答えが10%おり、少なくても教科書に健全なタテマエだけが書かれていないことに共感覚えるが、そのAVの10%のほかダイヤルQ2が3-4%、パソコン通信が1-2%とあり、もうこの4年でダイヤルQ2はほぼ消えてパソコン通信にかわるインターネットがかなりの比重になっているはず。それにしても畏友M君と先日話していたのだがかつての青少年にとって「どうやって見えないものを見るか」にかけた情熱と労力は凄まじきもので、それに比べるとキョービの若者はインターネットにて恐らく数秒で目的の画像をゲットしてしまうとは楽すぎはせぬか。でいちばん興味深いのは薬物乱用での大麻の記載で
大麻を乱用すると、感覚が異常になったり、精神が錯乱状態になったり、幻覚や妄想が現れたりします。乱用をくり返すと思考力が低下したり、無気力になったりします。また、精子の減少や月経異常などの性機能の障害や、気管支炎、白血球の減少などの身体的な障害が起こることもあります。
と、この記述のうち正確なのは、幻覚や妄想が現れるというくらいだろうか。思考力の低下や無気力もただ思考力と気力が盛り盛りであることを積極的にとらえることぢたい偏向しており、喧騒なる世の中たまに思考力を低下させ無気力で気休めも好し、という発想も可。そもそも人間のほかの動物に比べるとかなり低下している本能の鈍い感覚を正常として、大麻での覚醒を「異常」としてしまうのも短絡的。でかなり読みごたえあるのが「大麻乱用患者が書いた手紙」という資料で29歳の男性が
こんどみんなとあうときはほんとうのほんとうにきれいになってあいたいです。はやくおうちにかえりたいです。もうこりごりです。ふかく考えることができるようにどりょくします。ほんとうにこりました。はやくおうちにかえりたいです。はやくいち人まえになっておやこうこうをしたいです。たいまやくすりなんてひつようがないのにてをだしてしまったのはぼくの心がよわいからです。たくさんはんせいします。たいまをすうとあたまがぽーとしてふわふわするだけでねむくなっておしまいです。おさけとあんまりかわりません。ぼくのむかしのことはよくおもいだせません。せんせいどうもすみません。ひとつひとつおもいだしてかくと3日も4日もかかりますのでかけません。
と、かなり29歳でこの子どもにフラッシュバックしてしまったとはジャンキーな方だが(まぁこれは大麻だけぢゃないでしょうが)、それに大麻乱用患者とあるがもしかするともともと頭のヘンな人(大麻乱用以前に“患者”だったりとか)である可能性もあり。いずれにせよこの手記を読むと「施設での療養」という環境がかなりよく出ている。大麻への反省より施設から出る=家に帰ることへの憧れ、それと最後に突然あらわれる「せんせいどうもすみません」という施設の指導員への詫び=恐怖?が興味深し。で詐欺っぽい専門家とかなるとこの手記を読んで「ほら、見てください、平仮名しか書かない患者が漢字を使ってますね、どこですか?、人と心ですよ。人の心が大切なのです」などと(3日と4日の日という字は敢えて見なかったことにして)道徳などを説いてしまうのだろうか(笑)。ところで最後の「ひとつひとつおもいだしてかくと3日も4日もかかります」という大麻での確執で本当に3日も4日もかけて綴った粘着質な文章での「むかしのこと」を読んでみたい。そう考えると大麻も吸わずに書かれたソルジェニーツィンの『イワン・デニーソヴィチの一日』であるとか大西巨人『神聖喜劇』は凄い。

六月廿九日(日)明走会にて大埔墟に朝集まり林村の梧桐寨より大帽山に向かい渓谷をさかのぼり梧桐寨群瀑の滝めぐり。朝は時折通り雨に見舞われるが歩き始めると昼より見事な快晴。梧桐寨の集落より山道に入ると四輪車も入らぬ山中に萬徳苑なる見事な寺院あり。廿分ほど歩き最初の景観は低瀑(下滝)の滝底の井低瀑。見事な水量の中瀑(中滝)にて水浴び、香港一の35mの高さを誇る長瀑(主瀑とも云う)に至れば高度三百米ほどとなる。滝はここ数日の雨で見事な水量を有しその姿も水のおちる音も太陽の光あびてきらきらと輝く水飛沫も見事(写真)ここから数年前の大雨で岩崩れがあって未修で一応通行止めの滝横の沢のぼり散髪滝と云う小さな滝まで上がる。滝底の真っ暗な洞窟に入り写真撮る蜻蛉なのだろうか飛んでおり、画像左上には「手に本を持った男性」が写っている?(写真)ここで大帽山に登る本隊と別れZ嬢、I嬢と山道を一気に梧桐寨まで下りバスで太和、KCRで九龍塘、車で九龍城に向かい金蘭花にてタイ料理。福老村道の地茂館甜品にて黒芝麻糊、秀逸。車で土瓜湾の馬頭角道にある牛棚芸術村(写真)牛棚(Cattle Depot=牛舎)という名は嘗てここが牛の屠殺場だったからであり、この土瓜湾の周囲は工業地帯だの階下に板金業や自動車修理工場の並ぶ下町になぜ屠殺場かといへば1908年に此処にそれが設けられた当時はおそらくここが海沿いで船で牛が運ばれてきたのだろうか。周囲の景色は大きく変わったが此処の屠殺場は80年代末まで使われ、90年代には動物検疫所となったが周囲の環境問題もあり閉鎖。1908年からの煉瓦造の建物が当時のまま残っており香港政府が奇跡的にここを再開発せずその建物を遺して芸術家や演劇などの団体(進念であるとか)に貸与、彼からの活動場所となっており、そこでここ数日「夏之日與牛棚芸術節」なる企画ありまだ10代からのアート系の若者が好きに企画運営、それを少し参観。内容は全く大したことなき創造活動だが好き者の若者らがここでコミューンのようにこうして活動できるだけでもよいこと。ちなみに食用牛は今では中国であれ外国産であれすでに解体され食肉製品となり香港に輸入されるが、豚は香港島のKennedy Townに90年代中葉まで屠房ありKCRで強烈な悪臭撒き散らしながら貨物列車にてHung Homに運ばれてきた豚が今度はトラックに押し込まれ海底トンネルを抜けて湾仔から中環のハーバー沿いの大通りをブイブイ言わしながらKennedy Townのその屠房まで運ばれていたもの。KCRのホームでこの豚列車に遭遇した時もなんとも悪臭と埃がひどかったがトンネルでこの豚トラックの後ろについてしまうと、当時冷房などないバスの中は地獄だったもの。新界に屠房が移り今では食肉化された豚しか市街には参らず。……閑話休題快晴を通り越して遠くの山が近づいて来るほど見事な強烈な晴れ間のなか九龍城の波止場まで歩く。白宮冰室という古めかしい店あり(写真)冰室とはパーラーとでも言おうか、暑い香港では夏に冷たいアイスクリームだの氷菓子を供する店が冰室という喫茶店のような形態としてあり今でも下町にいくつか冰室が残る。フェリーで北角に渡り帰宅。午後六時を過ぎても強烈なる日差し。
▼“帰来超人”の地球防衛軍が国連の組織と書いたら築地H君がウルトラマンの科学特捜隊の本部はパリでドゴールの時代、と。確かに国際科学警察機構(科学特捜隊の正式名称)の本部はパリだがド・ゴールといわれるとド・ゴールは一時代前の人でウルトラマンを知らずに亡くなったような印象もあるが調べてみると確かに69年に失脚し70年の逝去、昭和41年=66年のウルトラマンの時は確かにド・ゴールがフランス大統領であり、とするとこの国際科学警察機構がなぜパリに本部があるのか、ということもド・ゴールと関連して考えなければならぬ。勿論、国際科学警察機構が国際刑事機構の本部がパリということで連携から同じパリに本部を置いたということも考えられるが科学特捜隊は当時の国連にとって正規軍と同格であり、それを米国がそう簡単に海外、しかもフランスに本部設置を認めたとは。当然、当時はベトナム戦争の真っ只中、米国も冷戦でのソ連との対立があり今日のような覇権主義の余裕もない時代であったが、これも強力なド・ゴール主義の外交戦略というとらえ方も可能なはず。
▼月本さんが日記に野村萬斎『ハムレット』を見たと書かれているがオフィーリア演じた中村芝のぶを褒めている。15年ほど前に稚児の会とかでこの芝のぶの演技をみて今後が楽しみと思っていたがこのオフィーリアの好演は是非見てみたいもの。もう若手女形ではないし今後、この役者は老け役や新派(新派が今後もあれば、の話だが)でかなりいい演技を期待できるはず。
▼昨日綴るのを忘れたがS氏が骨董時計屋を再開した西港城にて階上のレストランよりジャズバンドのリハらしい音が聞こえてきて一聴してその巧みな音を奏でるギターからそれがEugene Pao氏である、と判る。ここまでギターの音色ひとつでわかるのはこのPao氏であるとか竹中尚人(Char)であるとか。リハのため階には上がれぬがエスカレータからステージ見えてやはりPao氏。その姿は後光がさすほどなり。

六月廿八日(土)曇。引越して一年、引越前に改修終えていたものの住んでみれば塗装の斑だの扉の木枠の隙間だの気になる箇所少なからず亦日々の暮らしで壁を汚しもすれば電線など引いた際に目立たぬようにカバーしたもののそのままになっていたりとあちこち気になる箇所あり浴室の水道のフィルターも錆が目立ち香港にて師傳などと称されちやほやされるが「それなら自分でやったほうがマシ」の如き非熟練者少なからず漸くとくにする事もなき土曜日に重い腰上げてQuarry Bayの五金屋にて水道のフィルターだの砂紙だの平板剤など調達してきて午後まで塗装など。修繕道具だの塗装や接着といった液剤などもきちんと揃っており、我ながら日当もらってもいい出来。日本にては借家でしたくても何もできずであった余も香港にきて簡単な工事だの塗装だのかなり本格的に出来るようになり嬉し悲し。かつて中環の閣麟街にて骨董時計店営んでいたS氏が小さいながらも西港城(Western Market)に店出したと報せありお祝いに訪れる。手ぶらでは、といったん西港城に着いてから周囲を探したがワインの一本花一束売る店なくマカオフェリーの波止場へとConnaught道渡れば波止場にはかなりの人で賑わいあらためて疫禍過ぎ去ったことを認識。それにしても土曜日とはいへ人出は平常より多くSARSにて出控えていた人湧出たかのか、と思ったが来週火曜日は特区成立記念日で月曜日に休みとれば4連休か。ふと思ったのは成立記念日に23条立法反対の大規模デモあり政府がその日の映画鑑賞券を1万枚配るという愚挙に出たくらいであれば親北京の企業など月曜日代休を積極的に推進、従業員に積極的に旅行にでも行かせてデモ不参加とかもあり得るはず。ワイン屋も見つからず百年ぶりに上環の永安百貨店。歳末大売出しでもこれほどの客入らず恐らく年に二度の恒例得意客限定セール並みの人出。いったい何が起きたのだろうか。それでも街の賑やかさに眺めてどこか安堵。赤葡萄酒一瓶購い西港城。S氏に祝い。ついでに(といっても実はそれが目的でもあるが)精工舎の「鉄道時計」と呼ばれる懐中時計の玻璃表面がかなり細かい傷ありそれを磨研して頂きたくもあり。お祝い述べ葡萄酒渡すとS氏早速時計の表面を丁寧に磨研してくださり感謝。この時計、時計ぢたいは丈夫であるし電池も10年保つという逸品で15年以上前に銀座の和光で購ったものながら、オリジナルについてくる木綿の紐が意外と早く傷み香港に来てすぐ当時まだ東京にいたZ嬢にこの紐のみ購入を願ふとZ嬢和光訪れればさすがに和光だけあって和光オリジナルのこの時計用の絹製の紐あり値段は三倍ほどながら10年以上傷むどころか使うほどに絹糸が絞り丈夫と思えるほど。或る聴講。帰宅するにも日もまだ明るくQuarry Bayに向かい普段渡ることのない歩道橋に上がるとそこに床屋あり(写真)路地を利用した露天の理髪店など珍しくもないが何故に歩道橋の上なのか、と疑問だが暑く蒸す市街にあってこの歩道橋に上がると山側(小径が山に入れば二伯公廟)から涼風あり、いつもこうなら納得。歩道橋おりたところで芝居の脚本のようにばったりと余の日経の付属誌の編集者でもある畏友M氏に遭遇。彼は土曜の夕方ふとMount Parkerの方に散歩のつもりだったそうだがここで遭っては、とEast Endにてale飲みながら競馬についての真面目な話、マカオジョッキークラブの将来性、マカオについての記事の企画など話す。帰宅して久々の晩餐。Z嬢がJuscoにてちょうど刺身になっていたカンパチの粗(あら)が僅かHK$9にて出ていたそうで、それで大根との粗煮、美味。いいちこの焼酎のお湯割り。夜遅く久々にBowmore飲みながら『神聖喜劇』読む。

六月二十七日(金)小雨。晩に西湾河の香港電影資料館にてMurnauの“Faust”(1926年・独逸)観る。ゲーテの原作をこれもまた疫病蔓延する中世の都市にて疫病の病原菌を究められぬ老学者のところにメフィストが現れ囁きファウストが若返ることで物語が始まる。また疫禍である。都市と疫禍というのがMurnauにとっての大切な舞台。それにしても役者が悪魔メフィストは独逸の平幹二朗、ファウストは老年が往年の勘三郎で若返ったのを若い頃の猿之助みたいな役者がやっているクドサさ凄まじ。これでもか、これでもか、とねっとりと見せる二時間余の大作。終わって太安商場の三益麺家にて雲呑麺。牛南飯であるとか目玉焼き乗せただけの定食とか見てて美味そう。
▼今日のSCMP紙の2面半頁で突然にPeter呉光正氏(貿易発展局代表でWarf財閥の総帥)の“It is time to address the city's big problem”という論説あり。内容はとくに目新しいこともなき地価対策で、それがなぜ総合面のこのような位置にデカデカと掲載されるのか、と思った瞬間、これは下手すると次期行政長官か、と察す。97年の行政長官選挙は董建華の出来レースであったが呉氏も形式的に立候補。この呉氏のその論説は董建華支持で最後を結んだものの97年後の香港経営において香港経済の根幹である地価対策の不能についての論評であり明らかにこれは董建華の失政であり、いくら董建華を実際には否定するもの。ちなみに今日の信報にも同氏の“「後典型」的地産樓市機遇”という同じ記事あり。董建華が任期中に失脚するとしたら病気とかの理由になるのだがろうが。競馬とちがいこういう予想は当たっても配当もなし。
▼7月1日の特区成立記念日に予定されている大規模な23条立法反対デモ。董建華と保安局長葉淑儀(絵)はこの立法が市民生活に影響ないと宣伝に躍起になっているが23条といえば葉局長の横で男芸者ぶり発揮するDepartment of JusticeのLegal Policy Division(日本の内閣法制局だろうか)そこのSolicitor General(首席法制官)であるRobert Allocock氏が昨日の新聞でこれ以上の23条の条文の改正は中国政府にかなり悪い印象与え得策でなし、と表明。政府のお抱え法曹官は默々とただ法の精神に基づき法制の準備していればよろしく、こういった政府のプロパガンダ宣伝に出てくるとはこれでも法曹人士だと思うと呆れるばかり。いずれにせよこの23条立法について民主的手続きを求める側と民意など汲まず立法に盲進する政府との間で断絶は深くなるばかり。政府への失望、信頼の墜落あるばかり。
▼香港の星巴珈琲が慈善団体Oxfamの提唱する“Trade Fair”に共鳴しこのタンザニアの生産者から直接買い付けられた無農薬の珈琲豆も購入、と。この取引きにより現地生産者は食物大手会社により買い叩かれる価格の3倍の利益を得て、それ以外の収益がOxfamにより福利活動に回される、という仕組み。この問題も上述の貧困の問題と同じで、厳しい現状はplantationの構造では珈琲生産量が増大すればするほど儲かるのは食物大手だけで生産者は経済的に貧困に陥るという現実。ちなみに4大メジャーはKraftNestleProcter & GambleSara Leeとなる。ところで偶然見つけたが、このSara Lee Bakeryなる米国の大手菓子屋、“Nobody doesn't like Sara Lee”って宣っているが少なくても私はこれみただけで(写真)とても食べたいとは絶対に思わぬが……。
▼香港の空港近くに建設中の香港デズニーランド。商売上手のこの帝国企業に対して香港は上海とデズニー鼠の誘致合戦で争わされ広大な敷地の埋め立てだの地下鉄延長工事だのインフラ工事を全て香港政府が支出するというデズニーには好条件にて香港での開園となり、デズニーが嘘つき鼠であるのは(ああ、こういうこと書くだけで名誉毀損で数億ドルの賠償を請求されるのであろうか……笑)それでいてちゃっかり上海でも将来の開園を計画していること。で何が問題かといえば自然保護団体 Friends of the Earth の指摘によるとこの香港鼠園のための埋め立て地 Penny's Bayはかつての造船所で、そこに堆積された3万立方米の土が発癌性のあるダイオキシンを含有するそうな。政府はこの造船所19haでのダイオキシン含有する土の除去作業にHK$450百万(そのうちHK$350百万は毒素除去)を要す。この土地の不明朗さは土地は所有会社から香港政府に2001年にHK$15億で譲渡されたが、この会社の着港権について二者の間で合意みられず会社は政府にこの慰謝料としてHK$25億を請求。また売買契約成立前に政府側はこの土地への立ち入りが会社側により許可されず売買の僅か2ヶ月前にようやく実地検分となりHK$15億の売買価格が決定してから、このダイオキシン含有が発覚。そのため当初の土砂除去の予算HK$22百万をHK$450百万に増額するハメとなる(香港の高等裁判所での審議経過かこちら)。そこまでして何故この鼠楽園の誘致なのか理解できぬが、そういえば浦安でもこの土地の建設にからみ(株)オリエンタルランドにはいろいろきな臭い噂もあり、と思い出す。
▼新華社香港支局といえば英国領香港にて実質的な中国政府の出先機関としてながく存在し、この支局社長が事実上の中国政府の香港代表者。というわけで香港にて反中国の示威運動があればHappy Valleyの競馬場前に位置するこの新華社香港支局がデモに囲まれ、当然、かなり警備厳重なビル。歴代の支局長のなかでも登β小平の開放改革の時代の許家屯氏はその温厚な人柄でかなり親しまれたが天安門事件にて中国政府に愛想つかし米国に亡命……と何かにつけ新華社は香港で中国の象徴だったのだが、97年以降は軍部だの外交部だの中共の政府機関が当然のことながら公然と駐港できるわけで新華社香港支局も歴史的役割を終えて一国営通信社と位置づけられる。で、いつの間にかこの湾仔の地から上環の新しいビルに遷っていたのが事実。で、空家となったこの旧建物、いったい何にするのかと思えば中国政府側はこの物件の売却を選び、買い手捜していたそうだが、関係者の話では中国側はこの売買について価格よりもとにかく買い手の素性に拘ったそうで、SwireであるとかHK Landといった英国系財閥が買い手となることだけは名誉として避けたく、結果的に中国での商売を主とする香港の地場会社に譲渡。で、ここをその会社がどうするかといえばホテルなのだそうな。……と以上SCMPの報道で以下は余の憶測。新華社香港支局といえばCIAであるとかKGBの如き諜報活動もしていた印象あり、そんな特務機関のビルを改修したくらいでどうしてホテルに?と思われるだろうが、事実は、この建物、ビル全体がそんな特務機関なのではなく、その中上層部のほとんどが大陸から公務だか特務でやってきた公務員の宿泊施設(笑)。特務だから外に泊めたくないのか、じつは内輪で反革命的な裏切り者を傍聴していたのか、たんに外部のホテルに泊まる資金節約か、いずれにせよ宿泊施設であったのが事実。であるからちょっとの改修でホテルとなる。ちなみに報道によると歴代支社長の執務室は客には開放せぬそうな。そりゃ支配人室であろう。

六月二十六日(木)小雨。俳優名古屋章氏逝去の記事蘋果日報に写真入りで有り。なぜ香港?と思ふが何といっても香港の30〜40代にとってはウルトラマン。記事には「“帰来超人”で地球防衛軍隊長を演じ」と有るが正確には“歸來超人”にて名古屋氏はナレーターであり氏が隊長なのは“超人太郎”のZATだったはず。地球防衛軍が国際連合の下部機構であったといふことを改めて認識す。冷戦の続いた70年代に米国の覇権によらずかふして国連主導にて世界が一丸となり地球を防衛した美談なり。
▼蔡瀾氏の「十件事」なる本日の隨筆。
また出かけていろいろ片付けなければならない。
秘書から指示あり。今日は十件あって、まず友人と九龍城で朝食。9時半から11時まで病院で身体検査。喉飴のはいったアルミ管くらいの試験管に一本一本、七八本も採血されるので、看護士に「なんで一本だけ採血していろんな検査に共用しないの?」と尋ねた。
看護士は笑って「採血はいいんですよ、新陳代謝になるし新しい血ができるから」と言う。
なるほどね、採血されているが彼女の技量がいいのか痛みもない。11時半から12時まで知り合いの歯医者で歯の洗浄。黎医師の噴射式洗浄はギーギーガーガーと歯を研磨したり超音波など使わないからまったく痛みもなく半時間で終わる。
12時半から1時半まであるレストランで試食。なかなかいい味だが平凡で特色がない。店のために自分がいくつか料理を発案したらなかなかいい味でだがいくつかの料理はまだ改良が必要、次回までの宿題である。
午後2時から整髪。美容師Billyは上手く私の髪の毛を毛根の向きでうまく揃えてくれる。だがこんな年になっても禿げもせず、彼の技量よくてもそれを活かすこともできず、か。
3時からは(自分の企画する)旅行ツアーの会議、もう勝手がわかっているから30分で終了。
4時から新刊の自書の打ち合わせ。夏の書展に間に合わせて刊行。5時からは雲呑麺の研究だが、もうネタが出尽くしたかもしれないが、友人が新しいタイプの雲呑麺を創作したいという。旧来の雲呑麺の市場はもう値下げ合戦でボロボロ。ここの店は10ドルでかなりのボリュームかと思えば隣家が9ドルにして、次には8ドルが現れる。何ができるか。銅鑼湾なら1ヶ月の家賃が27万ドルにもなるってのに。
6時に酒場でHappy Hour、マネージャーがブランデーを1瓶注文してくれたらもう1瓶つけるよ、と言っている。7時から晩餐。
こんなに一日に沢山のことができるのは香港だけだ。
……一読した感想。ただただつまらない。単なる日記。これが香港で最も人気のある隨筆家だと言う。問題は蔡瀾氏が大家になりすぎて新聞社側に蔡瀾氏に物申せるような編集者の不在。
▼Souch China Morning Postの先週末の記事だったか、3万人という貧困層の子どもへの環境調査の報告あり。約70平米の住宅に8世帯で暮らすという少年。70平米で実用面積が80%とした場合に1世帯あたりの床面積はわずか7平米=2坪、つまり畳4帖が1世帯。二段ベッドに夫婦と子どもらが添い寝して生活も当然ベッドの上でとなる。集合住宅の1単位を簡易壁で仕切ったり小部屋に1世帯ずつで台所と便所を共有したり、ビルの屋上の不法増築であるとか、籠屋と呼ばれる鉄格子のついたベッド1つ毎の賃貸であったり。もちろんこのような劣悪なる生活環境は今日に始まったことに非ず、中共成立前後であるとか文革であるとか数十万という難民が一度期に訪れ当時の住宅事情など今日のこの貧困などに比べても想像絶する劣悪さであったのが事実。だが何故、今この問題が深刻かといえば当然当時は皆が貧しかったわけで今日のこの調査対象となった子どもらの6割が友だちを家には絶対に入れない、と答えていること。当時なら皆がその環境であり貧困は恥ずかしくもなかろうが今日では貧富格差が大きく(富裕層は当時も今もそのままだが貧困層と中間層の格差の大きさ)貧困層の子どもの精神的な圧力の大きさは過去の比でなし。ましてや経済成長が滞る時代ではちょっとした商いでは薄利、普通に学問して普通に働いて、でどうにか糊口をしのぐ程度では、とても夢も希望もなし。

六月二十五日(水)10年に及ぶAppleとの蜜月を脱しシャープのノートブック使うようになり次に気になるのは同社の「ガリレオ」なるパーソナルサーバー。このデザインなら部屋にドンと据えていても見映えも好し、畏友M君と話したのはこのサーバーに自分のサイトを置くのは勿論自らの人生の全て記憶残すとか。佛壇の横にこれを置いて供養がてら維持していただく。そろそろサーバー一体型の佛壇があってもいいしサーバーが小型化されれば位牌一体型もありかも。死んだ祖父さんの個人サイトとか。と考えると非営利団体で個人のサイトを本人の死後も維持管理してくれるような組織があってもよし。といふようなことを考えたのは、この富柏村のサイトとて余の老い先短きことを思えば余の死後にtripodへの支払い滞ればこの世からこのサイト消え去ると思えばなり。

六月二十四日(火)快晴。昨日WHOが香港の感染地域指定を解除。それに由り日本政府も外務省のパブ安全の海外渡航情報だの厚生省の勧告も解除。三月末からの感染症「症候群」ひとまず終焉迎えるかと思うと安堵。さまざまな問題がこの症候群で明らかになった感あり。
1)対処の遅れ。香港の感染蔓延は単えに当初の隔離などができなかったことに因るが日本及び在港法人の動きなど見ていても感染源が特定できず感染者が街をうようよしていたころには対処せず日本政府の外務省だの厚生省の勧告が出たら一気に警戒ムードとなり渡航自粛だの、と。だがその頃にはすでに感染源も特定され蔓延地帯の封鎖だの隔離だの行われていた事実。
2)マスコミ、とくに日本のマスコミの過剰報道。「とにかく情報がなくて混乱してるんです、というコメントだけ言ってくれればいいんです」とテレビ取材の依頼、某新聞社は「情報がなくて大変だと思いますが」と(嗤)。情報がなくて混乱しているのはアンタらマスコミであろうし、情報がないということを強調することによって結局は疫禍を伝えるよかマスコミ報道の重要性を認識したいだけ。だが現実には感染源特定されず香港内の各地で感染者が出た数日を除けば情報がなくて困惑したこともなし。
3)そのマスコミが扱うべき情報について実は面白き現実はSARSについてはインターネットでの情報がかなり早く流れており(たとえば香港政府であるとかWHO、草の根的には日本人のこちらとか)マスコミもそれの後追いとなり、かつてはマスコミの情報を得る視聴者側と取材する側が今回のSARSでは同じスタートラインとなってしまった事実。マスコミがやっきになって取材しても例えば総領事館とか日本人学校などがすでに情報をそれぞれのサイトで公開しており取材するマスコミに「HP見てくれますか」と扱われては立場というものなし。芸能人が結婚するとか妊娠したとか最近はまず自分のHPで流してしまう、というのも実によくわかること。マスコミの餌食となるのなら最初に情報を公開したほうが勝ち。
4)今回のこの感染「症候群」のヒロインは、感染から疎開するため成田空港に降り立った主婦の感染が怖く「下界には下りないようにしていました」と。いったいアンタ何者?と唖然。陽明山荘にお住まいという噂も流れたがもう下界には下りてこられるのだろうか。
5)今日の信報の社説でも最初に語っていることだがSARSは結局、死亡率が17%に上ったこと。政府は当初、死亡率は5-6%としていたが、4月25日のこの日剰にて紹介した通りこれは死亡者数を当時の感染者数で割った数字のトリックで、本当は死亡者を完治者と死亡者の合計(つまり感染後の結果=生死が判明した者)で割らねばならず、そうすると死亡率は当時で最終的に19%と予想されていたもの。それが17%に下がっただけでもわずかの幸いか。感染を初期に抑えられなかった政府の責任はこの5-6%などという数字を用いたことからしても許されぬこと。
黄昏に尖沙咀東のRoyal Garden Hotel。このホテルもアーケードの商店は半数以上がすでに廃業、この不況のなかでのSARSの恐ろしさを感じ入るばかり。ただ疫禍解除とちょうど時を同じくしての朗報はかつて中環は閣麟街にてRolexの骨董時計扱っていたS氏より携帯に伝言あり西環街市にて家業再開と。嬉しいかぎり。ホテルの酒場Matiniで一人新聞読み記事を拾う。Z嬢と待合せ。19時前に格式ある酒場のシキタリとして酒菜が供されたのはありがたいが、それが焼豚(写真)麦酒ならまだしもMatiniを売り物にした酒場でMatini飲む客に焼豚ではあるまい。口に豚の脂味が残ってとてもMatiniなど美味く飲めず。お勘定の時に大変申し訳ないが女給にそれを伝えたが“I see”などと笑顔で答えているが、ありゃきっと「この客は焼豚が嫌いなのだ、こんなに美味しいのに」と思っただけであろうし、明日あらためて飲食担当経理にお電話で伝えるべき。Z嬢と二人で某日本料理店にて寿司を主とした懐石料理。酒のリストを所望して開いたらいきなりアルゼンチンから始まり何かと思えばこの日本料理屋だけでなくホテルとしてのワインリストでインドとメキシコの間にJapanあり、そこに清酒並ぶ。日本料理屋でワイン出すのは自由だが(余は飲まぬが)他のウイスキーであるとかウォッカとかはそのリストに含まれておらず日本酒だけはJapanese Wineということなのだろうか。多国籍料理屋ならまだいいが、そこそこ名の通った日本料理屋で懐石というときにインドとメキシコの間から清酒選ぶのもねぇ……。結果的にお食事はといえば価格は超一流、味は寿司も含め愕然とするほど、福正宗の生冷酒も酢が入ったような味……とかなり悲しくなるくらいだったのだが、今晩は実はお食事券いただいて、の話なので余り悪口をいうのは失礼かと思い敢えて店の名は挙げぬが、ただお食事券使っても懐石とお酒の差額で他の店なら二人で軽く飲んで食べれるけっこうな額も払っており、その額だけで考えてもまだ割が合わないほど。二度と行くまひ。前回一度行ったのは歌舞伎の市村萬次郎丈の初めての香港公演跳ねたあとに萬次郎ご夫妻に招かれ末席を汚した時。その時そこそこイケた記憶もあるのだが。
▼8名のSARSで亡くなった医療関係者の写真を掲げたSouth China Morning Post紙の1面全面記事、このSARSの数字を大きく掲げる。
These people died fighting a disease that struck down 378 of thier colleagues. In total, 1,755 Hong Kong residents were infected, 321 at Amoy Gardens alone, and 296 died. 1,262 people were put in isolation, 13,300 jobs were lost and 4,000 businesses folded. A WHO travel advisory was in place for 52 days, 13,783 flights were cancelled, 3,600,000 fewer travelleres crossed at Lowu and 1,000,000 foreign tourists stayed away. Today, 104 days after the outbreak began, we are free of Sars.
▼そのWHOの香港が疫禍から解除という報道を伝える日経の文章にSARSの撲滅まで「あと一歩まで来た」とか香港では20日以上「SARSの疑いで隔離した患者は出ていない」などという表現あり。「あと一歩まで来た」は文法としての間違いはないのだが「あと一歩のところまで来た」か「あと一歩だ」のほうが馴染む表現。また「SARSの疑いで隔離した患者は出ていない」というのは疑いで隔離された場合、まだ患者ではないと思うのだが如何だろうか。
▼SARSは去ったが待ちかねたように尖閣列島。日本政府がこの島々を「民間」から借り上げたことに抗議して中国より抗議船が釣魚台=尖閣列島を目指したところ日本の軍艦=海上保安庁の巡視船に航海阻止され、また数年ぶりに釣魚台=尖閣列島問題が日の目を見る。あまりにSARS終わっていいタイミングで意図的か、とすら疑いたくなるほど。
▼インド首相が訪中。中印関係原則並びに全面協力宣言を締結。インド政府はチベットが中国領土であることを初めて承認。ダライラマがインドに亡命し亡命政権をインドに設けているようにチベットは中国とインドの対立をうまく利用してきたが……。よくわらかぬが米国の覇権に対してインドという大国が中国と組んでそれを牽制という観測もあり。そのなかでチベットなど翻弄されろうのだろうが。
▼Z嬢がある日本人の女性から「ねぇ、○○さんの家ってお米がDouble Rumなんですって」という噂を聞かされた、と。Double Rumは豪州産の日本米にて、つまりこれを使っている家庭というのは貧乏、恥ずかしいというcodeが彼女たちの間にはある、ということ。くだらぬ。ちなみにZ嬢はDouble Rumには「劣るとも勝らぬ」桜の新城なるやはり豪州産日本米購っているとは言えずとも、客観的に考えて電気釜で日本に比べ電圧の関係でどれだけ早く炊飯がされ、水がこれほどまずく、そのような条件では日本産のコシヒカリ使ってもDouble Rumでも同じ、とZ嬢。むしろきちんと米を研いでから水切りして良質の炭までいれて炊けばどれだけ米も美味いことか。

六月二十三日(月)晴。香港で英語の地位低くなったのは事実。英語を解さぬ者がいるのも、それをとやかく言う必要もなし。ただし今日驚いたのは或る歯医者に電話したら、電話に出た相手、こちらが英語で話していても延々と広東語にて答える。英語ができぬのならそれはいい。こちらが広東語なりにあわせばよし。ただこの人が奇怪なるはこちらが英語で質問することにきちんと広東語で答えているわけで、つまり英語をきちんと解した上で広東語で答えるというかなり不親切というか横柄な態度。呆れるばかり。築地のH君より指摘あり池田理代子先生『栄光のナポレオン―エロイカ』なる全12巻もある大作を上梓している、と。ベルばらのアランも出てるそうな。それなら、やはりあの『ベル薔薇』のあの最後のナポレオンの強調の意味はやはり次はナポレオンなのよ、という池田先生の公言、と合点いく。それにしても『ナポレオン』を余も知らず築地H君ほどの人も読んでおらず。地下鉄の某駅を降り立てば商店街あり、その一角からカラオケ絶唱聞こゆ(写真)何かと思えばフィリピン人の女中さん相手にした小さなピノストアにて故郷産の小物扱うのだが女中さんの福利厚生で国際電話だのインターネット接続された電脳だの、でカラオケもあるのだが、それはいいが黄昏に店の前に椅子まで出してカラオケ熱唱とは大らかというか何というか。帰宅してテレビ見ていればアイルランドで開催の身障者オリンピックの報道あり、次回は長野市が主催地で田中康夫知事が引継ぐらしいが、香港チームはSARSで出られるの、出られないの、マカオにて10日自主隔離して合宿として参加だのといろいろあったが無事参加。このオリンピック、「片輪でも五輪とはこれ如何に?」とかそういうことを言うと差別となる。

六月二十二日(日)曇。今季の競馬の千秋楽なり。午前雜用済ませジムに寄り沙田に向かうつもりが雨ひどく旺角の場外で馬券購入済ませジムにて長く鍛錬。旺角の繁華街ふらつく。雜居ビルの裏手で滝のようにビルから水が流れ出ており(写真)何事かと驚いたが、この路地でゴミ掃除などする者はいっこうに気にもせずいつものこと?なのだろうか。帰宅して競馬テレビ中継を見る。Size調教師の見事な勝ちぶりに脱帽。今日の新聞見ていたらSize調教師の夫人、調教も手伝うまでの鴛鴦夫婦だがここ数ヶ月お目にかからずSARS避けて豪州に帰省中かなどと察していたが血液系の病気でシドニーにて入院中とのこと。Size師はレース開催中ということもあるがSARSにて豪州に戻ることも、ましてや病院への見舞いは病院に謝絶されるので香港に留まり、確かに三月あたりから破竹の勢いがなかったが見事に最多調教師の栄誉。晩餐で昨日購った荏胡麻(えごま)のキムチ食す。美味。『ショムニ』の最終回のビデオ見てからゆっくり読書のつもりがここ一週間の疲労甚だしく爆睡す。
▼7月1日(香港特区成立記念日)に予定されている23条立法の反対デモ行進、主催者側は5万人の参加と気勢をあげるのに対して香港政府は当日の夜に湾仔のConvention Centreにて市民一千名を招いての回帰宴、これはデモ対策ではなく祝賀会ともいえるが昨年は実施されておらず、それよりも醜悪は当日の映画の入場券一万人分をばら撒くとはこれは明らかにデモ対策。愚策。所詮このテの親中系に動員されるのは97年のこの日も大雨のなか徹夜で未明の人民解放軍の入港に小旗振って祝賀した「一般」市民で、この盲流の如き人々は最初から23条立法反対デモに参加する者とは別。つまり映画鑑賞券配ってもデモ参加者の数減らず、せいぜい「デモなんか参加する奴の気がしれないね、こっち側にいればこうして映画がタダで見れるってのに」と親中派でいつも動員かけられる市民の慰労にしかならず。
▼最終的には焦点はやはり「ここ」だろうと思っていたがEUの憲法についての草案審議にてキリスト教の扱い巡り紛糾。憲法序文の表現で「欧州の精神基盤はキリスト教」とするイタリアなどカソリック教国に対して「それではコンセンサスを得られない」としてジスカールデスタン氏が「欧州における文化、宗教及び人文科学上の遺産」と言及するに留める。政教分離という近代国家の理念、それに欧州にイスラム教徒が1500万人いる事実もあるが、何より欧州が「所詮は田舎で野蛮」であり、キリスト教どころか欧州の文明基盤がギリシア、ローマに遡るわけで、かつイスラムの科学文明なしには欧州の盛隆もあり得ず。今更キリスト教だけに執着もないだろうが。
▼菊五郎が人間国宝に。若い、若いといわれていた音羽屋もすでに還暦。築地のH君より「第3世代」では最初、この年代では音羽屋がいちばん年上、これは座りがよく俳優協会長もすんなり継承か、と。「菊吉」もあくまで「菊」が最初。吉右衛門は音羽屋と組むことで高麗屋の上に立てれば満足であろうし、成田屋はじぶんの分を知っている役者だからそれ以上の野心はないはず。問題は歌舞伎役者の人間国宝5名のうちの最高齢82歳ながら雀さんが当分君臨しそうなこと(他に鴈治郎、富十郎、芝翫と又五郎)。音羽屋ももう還暦なら黙ってれば劇壇の覇権転がり込む筈が雀さんのが長寿壮健がどこまであるか、が気がかりか。雀さんにとって目下の人生の目標は新之助君の海老蔵襲名での助六での揚巻であろうし、まさかその海老蔵の団十郎襲名の時は雀さんもすでにこの世にはなかろうが。

六月二十一日(土)雨。昨晩久しぶりに荷風先生の『断腸亭日剰』読む。まだ昭和11年にて?東綺潭を買い終えたところ。午後よりジム。この数週間足りぬ鍛錬集中しようと思えば天井より樓上の工事にてコンクリ打ち砕く音すさまじく、ジムの入るビル、テナントいったん解約してまでの大幅な改築工事の最中にて、単に内装工事といふよりビル躯体にまでヒビ入れているのではないかと恐れるほどの響音と振動。怖いのは真剣な話、非熟練工がたんに壁だの床だのを壊せといわれ大型ドリルをキチガイに刃物でダダダダダッ……とコンクリの床に穴穿ち躯体でも平気でそれされれば下手したら床抜けてジムの天井陥没、ジムには土曜日午後にて数百名はおり落下してきたコンクリ床で圧死など真っ平御免。さっさとジムから非難。半分冗談だがマジに躯体に亀裂入りビル崩壊といった工事も数年に一度あり。尖沙咀にてZ嬢と待ち合わせに時間あり行きつけの酒場も未だ開かぬ午後にて幾つか酒場が軒連ねるPrat Aveに赴けばかつてのDelaney'sも違う名前のIrish Pubで営業続けていたがこれも閉じて久しく場外馬券場の隣にずいぶん前からある酔軒Harry's Barなる酒場にて麦酒。Cable TVのニュースにて23条反対の世論高まり白宮の報道官も23条立法に関心示すとともに懸念表明、それに対して葉保安局長が23条立法は中国国内での保全法であり他国の干渉は一切抜けぬと「おまえ北京中央の領袖か?」と疑うほどの放言。『神聖喜劇』読む。この小説ジムに行く時も地下鉄にて一つ駅を乗り過ごすほど久しぶりに精読に価す。Z嬢と落ち合ふべくHoliday Inn Golden Mileに向かう途中、香港にて1964年から続いたフランス料理の老舗にてかつてはMody Rdの銀座太郎の向かいにあり10年ほど前にCarnarvon Rdにて営業続けていたAu Trou Normandは近いうちに店閉めると春に新聞記事になっていたが今日通ってみると五十嵐なる日本料理屋にすでになっており驚き。閉店が決まってからこの店の味懐かしむ客で予約殺到と記事にあったがSARSの影響が重なり閉業が早まっていたのかも知れず。という余もこの「銀座のみかわや」に匹敵する料理屋は旧祉にて一度、この場所でZ嬢と晩餐に10年近く前に一度訪れたのみ。今でこそ西洋料理の選択も多いがかつてマトモなフランス料理といえば尖沙咀対でペニンスラホテルのGaddi'sか此処かといわれた時代もあり。尖沙咀の香港歴史館。26日までの拿破崙大展 ナポレオン展観る。ナポレオンといふと何故かルパン三世でのナポレオンに纏わる挿話(確かナポレオンのトランプだったか、ロシア侵攻で不運を告げるような話だったと記憶)とか、何よりも『ベルサイユの薔薇』の最後にオスカルらが命をかけルイ王朝を倒した市民革命が起きて、そのフランスがナポレオンという皇帝の誕生を待つ、というところでこの漫画が確か終わっており(最後がナポレオンの肖像なのである)、あれほどに人々が犠牲となり大きな社会変動を経たフランスになぜナポレオンが現れたのか『ベル薔薇』を読んだ当時かなり疑問であったがその疑問は未だに解けず。そういえば当時、池田理代子はきっとナポレオンを描くのか、と察したがいつの間にか声楽家になってしまった。尖沙咀のDomonにて餃子と葱ラーメン。Domonは香港一高いが創業当時からそれでもDomonのラーメンなら、と思わせていたのが(室蘭出身だかの調理人おり)どうも今日も前回も不味くはないがいまいち「そこまでして」といふほどでもなし。寧ろ幸福中心地階の一平安のほうがDomonほど凝ってはおらぬが値段でいえばそれなりで味も含め御手頃。Kimberley Stにて韓国食材購ふ。Z嬢と別れバスで西湾河。太安商場抜けて昨日に続きNurnauの今日は遺作である“Tabu”観るために電影資料館。だがガウチョ〜!で映画はなんと科学館。Nurnauの今回の特集すべて電影資料館とてっきり思っていたが3本のみ科学館なり。上映の20時まであと3分、今更80分余の映画のため大雨のなか駆けつけても始まらず断念。何が情けないかといえば先ほどまで参観せし歴史館と科学館は続きの建物にて其処から雨のなかわざわざ西湾河まで来たことが甚だ情けなし。帰宅してZ嬢手製のアイスクリーム食す。映画見れなかった腹癒せに暫く前にわざわざ米国のamazon.comから購入せし70年代末の香港映画(Show Brothers製作)“Mighty Peking Man”(北京原人の逆襲、こちらこちらに詳細あり)見る。脚本がる匡倪(蔡瀾氏の畏友のSF作家にて今はサンフランシスコにて余生送蔡瀾の連載随筆に屡々電話での歓談の相手として登場する)なのには驚き。前半の、アフリカ象からチーターまで登場するヒマラヤの山奥のセットに比べ確かに円谷英二の流れ汲む有川貞昌が担当した香港市街での特撮シーンは完璧。何が精緻かといえば掃桿埔の香港スタジアム(改築前の運動場)で見世物にされていた巨大猿が逃げ出して湾仔の鵞頸橋の高架道を壊しながらハーバー岸に出て女ターザンが強姦されようとする銅鑼灣のExcelsaior Hotelにまで現れ、そこから海沿いを中環側へと進み駐港英軍と戦う場所が湾仔の埋立地(今の香港展覧会議中心だのGrand Hyatt Hotelのある一帯)で最後、夜に中環まで来た巨大猿がお約束で登るのが、当時(湾仔にHopewell Centreできるまで香港一の超高層であった)Jardine House、と巨大北京猿人の歩くルートからその市街の光景、ホテルの客室の窓の塗装まで完璧なミニチュア。Excelsaior Hotelの向かいにあるガソリンスタンドが爆発するのだから思わず精緻さに拍手してしまう。被害受ける住宅はといえば窓から見ると麻雀していたり低所得者相手の籠屋(集団住宅)だったり台所ではちゃんと中華鍋で料理していてその火で油が勢いよく火事になったり……。最後はJardine Houseの丸窓を巧く使って巨大猿が屋上まで登り英軍の総攻撃を浴びて火達磨となり落下して死んでしまうし(General Post Officeが木っ端微塵)女ターザンの美女も亡くなり女ターザンの遺体を抱いた主人公(今では大物プロヂューサーのDanny Lee)がJardine Houseの抉られて壁も大破した火災現場からビクトリアハーバーを呆然と眺めている。巨大猿が女ターザンと森に帰って幸せに暮らしました、に非ず、全く救済のない映画。唯一人生き残るDanny Leeも恋人=女ターザンを亡くしたのも巨大猿が香港市街をここまでめちゃくちゃに破壊したのも元はといえば自分がジャングルの山奥にいた女ターザンを「香港で一緒に暮らそう」と連れてきたからなのであり、おそらく彼女の遺体を抱いたままJardine Houseから投身自殺であろう。たかだかキングコング映画の、しかも「パクリ」なのだが、巨大猿が理性も捨てて暴れ市街を破壊し最後は残酷な殺され方をして美女が肌も露な姿で香港市街を駆け回り最後はこちらも死んでしまふというのは原作や他作のキングコング物に比べても遜色ないどころか露骨さはこちらのほうが極端。Nurnauを見逃した代わりであり、ただ70年代の香港の市街を忠実に再現したミニチュア見たさに入手したDVDながら思わぬ極端さにただ唖然とする。ちなみにここでJardine集団の本部であるこのビルがここまでの被害受けていたら下記に綴ったOliver's Super Sandwichの大家楽による買収も、というかこのサンドイッチ屋すらなかったかも知れず。『神聖喜劇』読む。
▼北京にてSARS蔓延によりわずか18時間だかの貫徹工事(さすが共産党!)にて建設したといふ小湯山の隔離病院にて最後の18名の患者退院し早急なる使命達成しひとまず閉院、と。それにしても政府のコメントは「北京防治非典型進入全面勝利段階」ってなんですぐ“勝利”宣言せぬと気が済まぬのか。革命政権の野暮さ。香港の遅れに遅れた対応に比べその対応の迅速さは大したものながらこれが疫病蔓延ばかりか政治犯収容とて対応できるところが独裁政権の怖さなり。
▼民放である商業電台 Commercial Radio HKにて“風波裡的茶杯”なる時事放談番組10数年にわたり続けてきたりし鄭経翰今月16日より無期限の休暇つまり実質的な番組中止。歯に衣着せぬ彼の論説ゆえに巷にて董健華に対する不満から鄭は「10時前特首朝10時までの行政長官」と称されども彼の番組に於るSARSでの対応に不備多かりしHospital Authorityや醜聞続くHousing Departmentへの非難に対して廣播事務管理局よりこの非難一方的にて且つそれに非難された側に反論の機会与えずそれ姿勢として公正さ欠くと警告あり商業電台側は即刻この番組中止決定す。確かに鄭の言説政府与党への罵詈強靭ながらこの程度が容されるぬではとても時事放談だの言論の自由など維持できず。これに比べ日本にて言論自由かどうか。少なくともこの程度の省庁非難にてお咎めなどなかろうが香港の場合少なくとも中国共産党への非難は現状にては(23条立法以前として)許容範囲。日本の場合香港の中共=いわば国体に該当するものが天皇制であるとすれば天皇制への言及完璧なまでに禁忌とされると思えば日本の言論もけして憲法は保障する自由でもなし。
▼23条といえば19日のSouth China Morning Post紙に保安局長Regina Ip女史の論説あり。葉淑儀局長曰く国家がテロに備えるのは当然にてどの国もきちんとした法体系があり国家が守るのは市民にてこうした保安法が市民の自由を剥奪することはない、と。だが何故そうした保安報有する国家からもこの香港の23条立法に懸念があるかといえば「この国」の場合は一党独裁にて暴力を振り翳し市民の人権蹂躙し多くの殺害まで行った歴史があり(国家テロ)それ故にこの立法もそれに加担する恐れのあること。通常の国家保安をこえていわば中国共産党のための安寧法である事実。つまりこの23条立法は自然法からは程遠い特定の権力保身のための法ゆえに多くの非難が集まる……と『神聖喜劇』の東堂君っぽく。
▼16日の横田総領事による日中関係についてのSouth China Morning Postでの投稿(5月のFrank Chingの連載に反論するもの)に対して一市民より総領事の主張受けた形で歴史認識も大切であるが日本中国の協調アジアにて殊更重要であり新しき世代は過去の悲惨なる歴史越えて積極的なる連携を建立すべし、と。正論。16日の投稿への続稿20日に掲載されれば「あれか」と合点。
▼Oliver's Super Sandwich(OSS)が大家楽により買収される。OSSは香港の一大財閥Jaedines傘下でありJaedinesは「中環の三菱地所」の如きLandmarkだの有するHK LandやMandarin Orirantal Hotel、またDaily FarmはWelcomeだのManningsだのIkeaを有す。Daily Farmといえば花園道の現在のピークトラム駅(米国総領事館の対面)付近に牧場有しその乳製品の倉庫が現在の蘭桂坊のFringe Clubの古い洋館。このOSSは香港だけで15店有し東南アジア計30店舗ながら買収価格はHK$7Mと1億円強でしかないのはOSSのかかえる負債大きいため。Oliver'sといふ名前の通り中環の高級スーパーOliver'sに隣接してできたサンドイッチ屋。Oliver'sは超級市場チェーンWelcomeの高級志向店にてつまりJardines傘下といふわけ。場所柄かネームバリューかかなりボリュームあるサンドイッチとはいえBLTとV8の野菜ジュースとでHK$40にもなってしまえばかなり割高。しかもデフレに対応せず「たかだかサンドイッチ」でこの値段で大失敗。大家楽にしてみれば「ダサさ」をどう払拭するかに懸命にて店の内装に高級感出すだの躍起だが所詮客層が客層。そこでOSSの買収も多少は意味あり、か。

六月二十日(金)曇。二更に西湾河の香港電影資料館。Murnau特集にて1922年の作品“Phantom”見る。『神聖喜劇』読みながら待てど定刻より10分すぎても始まらず館員の説明にてこの資料館での無声映画上映となると必ず伴奏される電気ピアノ師の来場遅れており、と。それなら演奏なしで始めてくれ!と請願したきところ件の師現れ残念ながらまた大音量での伴奏始まり耳栓して防災。演奏は上手いのだが映画に邪魔。翌21日に電影資料館に「音楽もいいが音楽聴きに行ったのではなく映画見たいのであり無声映画で最初から最後まで二時間以上もあんな大音量で音楽聴かされては邪魔なこと」と苦情申し上げる。この1922にNurnauは“Nosferatu”とこれと更に“The Burning Soil”の三本完成する超人的作業。この“Phantom”物語ぢたいは誠実なる男が美女に出会ったことでこの悪女に翻弄され自分の人生台無しにする、と実に他愛なき筋ながらNurnauの映像の見事さ、その構図、調光、模型など利用しての特殊撮影など。どうすれば20年代にてあそこまで暗い夜の風景、室内でも鮮明なる撮影ができたのか、当時のレンズとフィルムの質の高さ。この“Phantom”のフィルム、ドイツにてかなり精緻に至るまでの補修がされ(小津のフィルムの破損ぶりに比べる)傷などほとんど修正され、しかもそれが良いことかどうか賛否両論だろうがオリジナルフィルムを35mmの現在の標準のコマ速度(1秒に18コマだかなんだか)にまで向上させた復元(これは復元でない)だそうで3月だかのベルリン映画祭でも上映されたが実はそれはまだ完成前のβ版だそうで復元完了は実は6月に入ってから。つまり今回の上映も実施できるかどうかかなり危ぶまれた結果世界での初映だそうな。ただ問題はこの復元作業、精緻である以上に場面ごとに視覚効果出すためかオレンジだの緑色だのと画面に色づけしてしまったこと、それにト書きがきつい黄緑色でしかもこの映画ト書きが多いためそれ読むのがかなり目に堪える。残念。映画愛するW君に遇う。あの音楽どう?と尋ねたら「大嫌い」と。通常の感覚ならそうであろう。映画終わって西湾河に出て最近かなり興味ある太安商城に入る。ディープなり。三益麺家なる雲呑麺にて名を馳せる店あり其処に向かったつもりが新橋のガード下の如く煙たなびく一角あり何かと思って覗けば美味そうな炒麺を専ら供す屋台あり客が暑さ猛々しく煙に咽ぶほどのこの通路で客が三、四人注文した麺の出来上がりをじっと待つ(写真)この汚らしい屋台の主人とその妻がこれまた中上健次の路地の住人の如し。不味かろう筈なく干炒牛河を注文し帰宅して食す。甘辛のソースに葱や大蒜の芳ばしさ、油っぽいのは今どき珍しいがラードの強烈なる脂味。懐かしいかぎりの味。小熊英二&上野陽子(どうもこの師妹コンビが往年の平尾昌晃&畑中葉子を彷彿させる)『<癒し>のナショナリズム』読了。「新しい歴史教科書をつくる会」をただ右翼保守反動だのファシストであるとか非難しても意味がないこと、彼らの多くには自らに体制側であるという意識もなく一貫した右翼的イデオロギーもなく、寧ろ健康で常識的なリアリズムがある。そして国際化が寧ろ日本というアイデンティティの無理な構築を無意識のうちに強要する点もあり(香港の旭屋書店にゆけば何故こういった日本のアイデンティティ本=この歴史教科書だの小林よしのりの『戦争論』だの『ゴー宣』などが平積みになって売れているかよくわかる)、経済成長の結果として生活保守的な「日本人の誇り」(80年代初期の“Japan as No.1”からバブルまで)が平成不況で「歴史という別なシンボル」を求めたこと。そして更に重要なことは実は保守反動を非難する「戦後民主主義」だの「リベラル」という言説が若者にとって現実には日本社会が平等とも民主主義ともほど遠い事実、つまりそれを信奉して生活していたら体制と権力に抑えられ損するばかりのが現実、という状況にあること。そういった諸象が現代の何も信じられぬ人々の間で<癒し>となるようなナショナリズムを生む土壌である、と小熊氏。具体的にこの「作る会」の公民教科書を小熊氏が丹念に読めば、そこには一貫した保守的な思想も主義もなく戦前の国体のようなものであったり実は50年代の日本共産党の主張したようなナショナリズムであったり。この「普通の市民の」(といっても神奈川県の市民団体で産経新聞の購読者が4割を超えるというのは「普通」からはかなり乖離しているのだが)<癒され方>から昭和10年代の<近代の超克>を思い出す。<近代の超克>も今の言葉であれば<癒し>であり、軽井沢の避暑地にて精神的レジスタンス?を続けていた加藤周一などの「リベラル」も現実を回避することで癒されていたわけで、つまり戦争という事態になって転向側もリベラル側もただ癒されているだけで戦後に「なってしまった」わけで、そこから戦後が始まったことが取り返しのつかぬ日本の不幸なのかも。
▼首相小泉三世閣僚の夫人ら10数名を官邸に招き昼食会開催。夫人らからは「うちの主人より背が高くてステキ」といった声が、と日経。背が高い? 厚相の頃かニ度ほど歌舞伎座にて三世の尊顔に拝したことあれど席にお坐りになっておれば周囲の御婦人方に隠れて見えぬほど小柄で華奢、一人でふらりと芝居見物というのはさすが又次郎氏の孫で粋なものだが、お帰りになるお姿見て背が低い印象あり。で、具体的な資料みれば169cm、60kgと痩姿であるがそこそこの身長、これなら閣僚の夫人が「うちの主人より背が高い」というのもあり得ぬ話でないが、記憶に残るは北の将軍様とお並びになった際の絵面にて(写真)将軍様と対して変わらぬ背格好。将軍様といえば165cmという説もあるが(それもブーツだの魔法靴とその世界に二人とおらぬ崇高なる髪型にて背は5cm高いとか)、とすると、小泉三世も将軍様の公式身長と同じくらいとしか思えず。疑問ますます深まるは小泉三世が江沢民や(写真)や朱鎔基(写真)と一緒に写真に収まると背が同じなのだが朱鎔基のほうが森喜朗よか背が高く(写真)つまり森喜朗よか小泉三世は背が高い?となるが森君は175cmの巨体。つまり小泉三世の背は公式でも165cmの金正日から175cmの森喜朗よか背が高い朱鎔基まで10数cm伸び縮み。それくらい鵺の如くなければ政治家など務まらぬか。政治の世界といふのはまことに不思議なものなり。外交儀礼として各国領袖の背を同じに見せるというのなら、つまり外交なり政治が茶番といふこと。

六月十九日(木)
桜桃忌。17歳であったか桜桃忌に参ったことをふと彷彿。中学の頃に「太宰を読むと自殺したくなる」と聞いてあまり読みたいとも思わずにいたが高校に入りサボリ癖あり朝から高校に行かず喫茶店にて文庫本貪り読む日々あり新潮文庫一冊ずつ読むなかで太宰をふと手にとり『人間失格』読み自殺したくなるどころか滑稽本にすら思え独自の太宰観にて(太宰を読む者皆そうなるのだが)全冊読み続けるうちやはり太宰読むと知った同年の子としっぽりとなり「桜桃忌に行ってみたい」と言われ学校サボり三鷹禅林寺に参ったとは今思えば紅顔の感あり。昼に深大寺にて蕎麥食すは17にてすでに老境ながら午後は岩崎ちひろ美術館訪れ、とは何とセンチメンタルなる日々。

六月十八日(水)美シキ快晴。諸事にかなり忙殺されるがHappy Valleyにて今季最後の競馬あり知人らとStable Bend Terraceにて観戦。R1にて今季未勝の大埔之星4番人気8.0倍ながらクラス1つ下りたことで快勝、R2に続きR3でも総流しで連複23倍ゲットと好調な滑り出しながら後続かず負け。

六月十七日(火)午後ヨリ久々ニ晴レ。養和病院歯科に定期検診に参る。まるで書斎の如き待合室の大きな窓より見下ろすハッピーバレーの競馬場、最もエキサイティングなる第四コーナーにて、芝もだいぶ剥げて今季残すところ明日のみとなることを物語る。待合室には古今東西の美術書から災難続きのNew York Timesまできちんと揃いNY Times読んでいたら極道者の如き紫色のシャツに薄黄色のズボンに白い野球帽と何ともその筋らしき風采の男現れ受付でやたら馴れ馴れしく図々しい態度に「その筋らしくさもありなむ」と思い診察予約表まで見させて、もしやその筋の者対立する組の幹部でも診療中にてそこを襲撃か?と一瞬冷やりとせしが看護婦のやけに慣れた態度で「ん?」と思えばその筋の風采の男この歯科部長でこの病院の経営理事でもあるWL教授(笑)。しかも恐れ多いことに余のたかだか検診にWL教授現れ自ら検べられる光栄に拝す。WL教授には二年ほど前に親知らず抜歯されたことあり神業の如き治療にただ唖然とす。ヤクザ風であることと大の愛煙家にて指がタバコ臭きもWL教授らしさ。WL教授の部長室の扉には親ブッシュ元大統領夫妻とWL教授夫妻がホワイトハウスにて(つまり親ブッシュ現役の頃か)の記念写真あり。部長室は日本でいえば「たかだか私立総合病院付属の歯科医」で診療室ではなく個室があるだけでも贅沢なところ40平米ほどでシャワーつき洗面所まで完備(入ったことないが避難経路図に記載あり)。それにしてもWL教授、極道者か歌舞音曲の芸人のような華あり、独特の威厳漂ひ、こちらが萎縮するほど。抜歯した親知らずの手前に位置する奥歯の見えぬ裏側に虫歯あり保険使ってもHK$4,000と見積もられ夏に日本での治療を期す。晩にY氏と天后の利休にて食し款談暫し。むぎいちなる焼酎一本空けて更にもう一本を半分ほど愉飲。大阪の味を供す利休で鰻の柳川がやたら、割下が駒方どぜうよかもっと濃い口で正直言って酒菜としては頂けず折詰に。ふと厨房みれば新参の料理人あり、その所為か、と察す。いずれにせよ上方の店としては以前に比べだいぶ味が濃くなりぬ。
▼かなり日本語堪能なI嬢より読解の質問受ける。ネタは光村図書の小学4年国語(下巻)『はばたき』にて巻頭にある今西佑行なる児童文学者の『一つの花』という出征した父親を先の大戦にて失った少女主人公とする物語。話の筋ぢたいは右から自虐史観だの愛国心に乏しい反戦贊美、左傾教育と避難されそうなもの。だがその思想性云々を考えるまえに確かに読みづらい文章。例えば
お父さんが戦争に行く日、ゆみ子は、お母さんにおぶわれて、遠い汽車の駅まで送っていきました。頭には、お母さんの作ってくれた、わた入れの防空頭巾をかぶっていきました。
という文。子どもであるとか日本語に堪能でない者には文章の係り結びが不明朗。
お父さんが戦争に行く日、ゆみ子はお母さんにおぶわれてお父さんを遠い汽車の駅まで送っていきました。ゆみ子はお母さんの作ってくれたわた入れの防空頭巾を頭にかぶっていきました。
なら、本多勝一のような構築系の日本語になってしまうが(笑)わかり易い。このくらいなら文法的に間違いというものに非ず。だがこちらはどうか。
ゆみ子とお母さんのほかに見送りのないお父さんは、プラットホームのはしの方で、ゆみ子をだいて、そんなばんざいや軍歌の声に合わせて、小さくばんざいをしていたり、歌を歌っていたりしていました。まるで、戦争になんか行く人ではないかのように。
一瞬、その出征する駅でのシチュエーションを考え直してみらいとわからぬ。駅は軍人の出征を祝う万歳や軍歌で賑やか、それに対してゆみ子と母が見送るだけの父の出征は寂しいもの。ああ、この父が周囲のばんざいや軍歌の声に合わせて自分も小さく万歳したり歌を歌っていたのか、この父は戦争に行きたくないのだな、と感じるのだが(このへんが左傾教育!……笑)「ゆみ子とお母さんのほかに見送りのないお父さんは……歌を歌っていたりしていました」までの一文が長すぎて複雜な係り結びになってしまい、これは本多勝一ぢゃなくても悪文。確かに、この係り結びの多い長い一文は「心ならず出征する父親とそれを送る家族の複雜な気持ちを周囲の情景に合わせ敢えて散漫な文章で描いている、といった説明もできるかも知れぬ、が、これを読むのは10歳の子、教師も説明できるかどうか。文部省も教科書検定するのなら、思想性よかこういった部分の改良を原作の独自性も大切だが「小学4年生の教科書として」行うべきではないだろうか。特に「ばんざいをしていたり、歌を歌っていたりしていました」という、これはひどすぎる表現。「万歳したり歌を歌っていました」でいいはず。「いたり、いたり、いました」と小学生でこの表現は直される。例えば
お父さんの見送りはゆみ子とお母さんだけでした。お父さんは、プラットホームのはしの方でゆみ子をだいて、まわりの他の人たちのばんざいや軍歌の声に合わせて自分も小さくばんざいしたり歌を歌い始めました。お父さんはまるで、自分が戦争なんかに行く人ではないようです。
とかで如何だろうか。こういった教材の思想性とは面白いもので、右からみれば偏向していても、左から見れば、この物語はお父さんが戦死する悲しみだけで、そのお父さんが国を守るためなのか侵略で支那人土人相手なのか戦争で何をしたのかもわからず平和教育の教材とまでは言い難い、となる。

六月十六日(月)曇。昏時美孚に藪用あり時間持余しふと地下鉄を茘枝角にて降りて地上に出ず。九龍湾と並び香港代表する工業地帯にて香港の軽工業らしく大工場が並ぶのではなく工業ビルのなかに紡績や塑膠などの小さな工場並ぶ。ちょうど退勤時にて香港工業中心や香港紗廠工業大廈など立ち並ぶ大きな工業ビルより工員吐き出され片側四車線の長沙湾道はバスとその日のうちの原料だか製品の運搬と納入急ぐ貨物自動車で咽るほどの排気ガス。この界隈など10数年香港に居ても自動車で通り抜けたことあるばかりで、こうして街路に企つのは4、5年前だかの香港マラソンにてこの地下鉄駅に近いSham Shui Po運動場が終点であったから、と3年前にトレイルの練習の帰りに城門水塘よりタクシーで下りてきて以来。夕方の散歩なら楽しかろうが悲しいかなこの界隈、香港でもこれほど雑然とした場所なきほどに工業大廈立ち並ぶだけ、せめて幹線の長沙湾道さけて一本裏に入ったが其処も渋滞と工場から発せられる騒音ひどく大通り以上の渋滞と排気ガスの充満、思わず数週間ぶりにマスク装ふ。中国茶で有名な茶藝楽園がこの工場街にあるのを見つけたが藪用あってはのんびり茶を啜る暇もなし。茘枝角から美孚に向かう街外れ(長順街と甘泉街の角)に汚いが美味いとタクシーや貨物車運転手に評価高いという公営の熱食中心あり(写真)だが夕飯時前で従業員が賄い飯しているだけだが、あまり賑っている気配なし。この一帯も海側の埋め立て地に新しい集合住宅建てられどその殺伐とした光景はまるでウルトラセブンに映し出された都会の如し(写真)九龍バスの本社と車庫(大規模工事中)の裏を抜けて美孚に至る。
▼本日のSouth China Morning Post紙の投稿欄に横田淳総領事の一文あり……ほとんど誰も見ておらぬだろうが、同紙にて連載もつ時事評論家Frank Ching氏の日中関係についての反論なり。かつてNY Times紙の記者であり香港に戻りSCMP紙の記者となり文革末期から登β小平の時代始まる時代の北京特派員として西側に数々の報道を続け名を馳せたChing氏の論調は、旧日本軍が中国にて生物化学兵器を使用したことについて法的な賠償責任を負っておらず日本政府の誠意のなさを非難し、小泉靖国参拝など障害が多く、日本政府が高度なレベルでの変革を遂げぬかぎり日中関係は打開されない、というもの。それに対して総領事曰く、今日の日本政府の対応は、化学兵器禁止条約の当初よりの批准国家であり、遺棄科学兵器 ACW(Abandoned Chemical Weapons)についても旧日本軍が中国に遺棄したそれについてUS$53億の予算で処理に当たっており、日本は1995年に村山首相が日本の戦争責任について談話を発表しそれを認めており中国など被害を受けた諸国に対して謝罪の念を表明、また親密な外交関係も維持されておりChing氏の指摘するような日中関係の未成立はない、と総領事。外務省の公式見解といってしまえばそれまでだが、実際、この遺棄科学兵器についての日本政府の対応などきちんと報道されておらず、ただ日本が過去の戦争を蔑ろにしている、というのは間違いであり、やることはやっている、「が」歴史教科書だの首相の靖国参拝だの石原の差別発言だの尖閣列島の領有権などでそういった誠意ある遺棄科学兵器対策など見失われているのが事実。それにしても、このFrank Ching氏のこの文章、見た記憶もここ数日なく???だったが、実はこれ5月22日の掲載だとのことで、つまり一ヶ月近く前。それの対応としては、やはり総領事名の一文ともなると東京の本省の内容批准とか必要なのか、ただ香港での対応が遅かっただけなのか……余りにも投稿が遅すぎる。
▼基本法23条に則った国家安全のための条例制定についてこの週末、香港の大学数校が共同で世界各地より有識者専門家集めて23条立法の討論会開催。殊に興味深い指摘はかつての香港米国商工会議所会頭にて天安門事件以降は中国の人権監視続けるDui Hua Foundation(対話財団)運営する米国のJohn Kamm氏が指摘していることで、香港が23条立法することが単に香港のみならず、寧ろ中国国内において、この香港での立法化が引き金となって人権蹂躙や集会結社の制限などこれまで以上に管理が進む懸念がある、と。中国は国家治安維持の法令こそあれ具体的に国家転覆標榜する(もしくはその「危険性」のある)団体を治安目的で抑える法律が現状ではないのであり(香港政府は中国において「社会団体登記管理条例」「民弁非企業単位登記管理暫行条例」と「中華人民共和国国家安全法」の3つにより国家安全に危害与える団体の規制ができる、としてるが法律専門家から見て、国家転覆の危険性ある団体を具体的に法的に規制する条文がないそうな)、これは余も不勉強で知らず、当然あると思っていたが、言われてみればそれ故に「あの」法輪功であれ中南海の政府要塞を人の輪で取り囲むほどの行為に出ても未だに個々の信者の活動こそ逮捕拘束できても法輪功じたいを危険団体として信者一括拘束するなどの強攻策には出られぬ、ということか。納得。で、その状況にあって香港で23条立法があれば中国はこの「国内」の条例をテコにこれまで以上の治安維持を図る恐れがあるのであり、今回の23条立法は香港が中国国内のそうした人権や自由の悪化に寄与したことになる、明らかなる歴史の汚点である、と。香港政府側の答弁は、この立法化は予め香港基本法で決定している法制化にすぎず、これは香港市民の自由などを迫害するものではなく、あくまで中国という国家の安定化に寄与する、としているが、今回指摘されていることはそれとは逆にこの立法化が大陸でどれだけ悪い作用をもたらすか、ということ。また今日の香港の繁栄は、香港が政治化にかかわらず自由を維持し資本が経済活動のみ効率的に運用されてきた成果であり、香港政府の政治化と、その政府と反目する市民という社会の分断化が香港の経済発展に何らメリットなきことも指摘される。今日の信報「林行止専欄」は基本法においてこの国家安全条例の立法化が規定されており、それを避けられぬとしても、一番の問題はこの立法化の手順が全く市民の意見も世論も重視されぬまま政府内で詳細が独善的に決定し保守系政党の多数により立法会でも可決が見込まれるなかで香港の自由と法治が蔑ろにされ、これを憂う市民には街頭デモという行動しかもはや選択肢がないほど追い込まれている、と。信報は今年創刊30周年の記念すべき年だが、このような状況下では祝賀は一切行わず、徹底して香港の伝統的な報道の自由の原則で報道続ける覚悟であり、市民のなかの知識分子は沈黙せずに「帝力於我何有哉」(帝力我に於て何ぞ有らん哉)でみずからの言論空間を維持すべき。だが香港は一歩一歩閉鎖的で愚昧な世界となっており、これは政府指導の誤りであり、香港の悲哀である、と結ぶ。日本のマスコミもSARSばかりかこうした香港が中国の下でどのような障泥を受け、また香港のこの状況悪化がどう大陸だの経済発展に影響を与えるのか、など焦点を定め報道すべき。
▼そういえば昨日NHKのニュースで新宿のゴールデン街で家事があり飲食店経営の男性一人が被害、というニュースを見て余は咄嗟に「中国人男性か」と思ったがZ嬢は「ゲイバーのママの場合でもやっぱり報道は男性なのかしら?」と。いずれにせよ新宿らしさ、か。同じニュースでミャンマーのスーチー女史の自宅監禁解除かとミャンマーの人権問題の報道があったが、軍事政権だの独裁だのと揶揄されるミャンマーであるが、外務大臣が西側マスコミのインタビューで英語でミャンマー政府の見解を示しているだけ、少なくとも政治的状況に西側とミャンマーに乖離こそあれ、言葉が通じているだけでもまだ英語という言葉すら通じず外交経験も外交理解すら乏しきド素人が外務大臣になる国家よか、まだマトモと思わざるを得ず。

六月十五日(日)曇時々雨。昼からジムにて二時間鍛錬。お稽古にて時々最後のクールダウンにLuigi Denza作曲のフニクリフニクラを使うのはジムの自由だが振付けが曲調からか中世の騎士物語でも想像してしまったようで、この曲がイタリアのヴェスヴィオ山の登山鉄道の宣伝音楽といふことが判っておらず。昨日の「砂付近さん」暴打といいこの中世騎士版フニクリといい連日驚くばかり。フニクリといへば余の世代だと戦前の話となるがこの曲を時雨音羽の歌詞(あえて訳とはいわず)で二村定一歌った「となり横町」なる曲思い出すばかり(こちら)。ジムを出て百年ぶりに旺角の新旺記で叉焼飯と例湯食さむと訪れれば新旺記の場所がDVD Cheapyなる見るからにどーでもいいDVDとVCD屋に成り果てており新旺記がいつの間にか閉めていたこと知り立ち竦む。叉焼飯も美味かったがこの店の例湯は「ガサツなほうの」例湯としては香港でも有数の味。無念。この一、二年で香港の昔からのいい店がかなり潰れてしまった。昏時西湾河。いぜんから気になっていた牛筋売る屋台が西湾河の太安樓なる集合住宅の地階にあり、この商店街は昔ながらの香港の下町の小汚い店がいまだにいくつも並び郷愁あり、その牛筋屋がよく見ると太安樓から太健街に出る角の電気屋の小銭稼ぎなのだが、どう見ても電球だの電池だの売る本業より牛筋のほうが儲けもあるようでいつも客が二、三人あり。試しに牛筋を一串食してみるが小汚いが確かに美味。思わず近くの士多でサンミゲル一缶。香港電影資料館。ドイツの20年代から活躍した巨匠F.W.ムルナウ(Friedrich Wilhelm Murnau)の特集始まり、まさかMurnauを香港で見れるとは思ってもおらず。“Mosferatu”は吸血鬼映画であるがペストに感染した船がドイツの小さな港に停留し(まさに疫埠)その街がペストで疫禍となるという物語が偶然にもSARSの疫禍に襲われた香港で見ると他人事に思えず。1922年、もう80年も前のこの映画がre-printされているとはいへ映像の鮮明なこと。当時のドイツのレンズが、撮影機が、そして何よりもフィルムがどれだけ良質であったか。画面の隅々までソファの布柄まで鮮明にうつり唖然とするばかり。帰宅して白葡萄酒飲みつつタイ産のソーセージ、そら豆を茹でずに皮ごとオーブンで焼いて、トマトのバルサミコ酢和え、チーズとクラッカー、塩バターでパン。NHKの『武蔵』数ヶ月ぶりに見る。ちょうど一乗寺下り松の場。確かに盛り上がらず。例えば『風と雲と虹と』で平将門(加藤剛)の俵藤太(露口茂)との戦いであるとか藤原純友(緒方拳)のハレさであるとか懐かしいかぎり。何よりも物語が「おつう」などの所詮どーでもいい話に偏りすぎ。メロドラマに非ず大河ドラマなのだがおつうの恋愛沙汰は大河でないのである。これは例えば『風と雲と虹と』で吉永小百合と太地喜和子ですら、『草燃える』の友里千賀子(静御前)ですら、今回の米倉涼子ほどの人物描写はされておらず。何故かといえば大河ドラマだから「おつう」は申し訳ないがどうでもいいキャラ。珍しく大河ドラマに続けて『NHKスペシャル』でガンダーラとクシャナ朝が仏教に果たした役割などみていたく感動。東大寺のお水取りが確かに火を祭るゾロアスター教の影響などといわれると背筋ぞくぞくするばかり。日本にいるよかウソでもこうして大陸の一地方に身をおくとこの大陸の悠大さを感じらざるを得ず。Miles Davisの“Round about midnight”久々に聴く。
▼日経に豪邸型結婚式場のブームの特集記事あり。結婚式大手T&Gが手がける式場など全国のこういった豪邸型といわれる式場を紹介しているがアーセンティア迎賓館(仙台)だのアーカンジェル迎賓館(宇都宮)だの、ラ・フォレスタ・ディ・マニフィカ、ザ・ハウス・オブ・ブランセ(ともに茨城)、コルトーナ多摩ウエディングヒルズ、アンジェリーナ(山形)、アートグレイス・ウエディングコースト(大阪)など奇抜通り越して意味不明の式場ばかり。唯一、北九州の「海の見える迎賓館」は意味納得。そもそもこのT&Gなる会社がテイクアンドギヴ・ニーズといふTake and Give Needsで“互助”なのだろうが会社名からして奇抜な和製英語。秋元康先生かかわりあり……なるほど。それにしてもArthentiaは意味全く不明、Arkangelは欧州の動物権益保護過激派だのブリュッセルのエロサイトだし、La Foresta di Manificaはmanifestazione=見せるから「披露の森」という和製伊語なのだろうか。The House of Branche? も英仏ごちゃまぜ、せめてThe House of Brideだと「婚礼の家」で結婚式場らしいか、このThe House of Brancheではbrancheは英語ならbranchであるからThe House of Branchで敢えて約せば「分家」ぢゃ妾家ぢゃあるまいし新婚早々物騒(笑)。Cortona Tama Wedding Hillsはコルトーナが「イタリア・トスカーナ地方の街のひとつで、聖母マリアがキリストを宿したことを天使に告げられる様子を描いたルネッサンスの名画『受胎告知』(ベアト・アンジェリコ作)が司教区美術館に所蔵されていることから“天使の舞い降りた町”と言われており」「また、最近では映画『ライフ・イズ・ビューティフル(1998年・伊)』の舞台にも使われるなど、丘の上に広がる特徴的な街づくりがイタリアののんびりとした片田舎の風情を残しております」とこの式場のサイトに紹介されており名づけた意味もどうにか納得。アンジェリーナは佐野元春の歌でも「オー、アンジェリーナ 君はバレリーナ ニューヨークから流れてきた 寂しげなエンジェル」とあったが、この歌詞も式場名も意味がないのは同じ。アートグレイス・ウエディングコーストも同業のベストブライダルという会社の経営で、このArtgraceも当然和製英語だがArtとGrace(優美さ)のつもりでもgraceには特赦だの支払猶予だのの意味もあり結婚と思うと笑えず。つまりこの世界ほとんど意味がない。かつては明治記念館とか東郷記念館とか椿山荘とか結婚はなぜか明治に遡っていたが(今も、か)そういった“伝統”(なにが伝統なのかわからぬが)から乖離するといきなり地中海を望む意味不明の世界に陥ってしまうのは何故か。
▼意味といえば同じ日経ので橘玲の「日曜日の人生設計」で「教育から目をそむけること」という一文あり。これは橘の知人に高校教師があり、この学校は授業もロクに行えないほどひどい学校で授業中に生徒がタバコ吸いに教室から出てゆき、昼休みなど校庭が喫煙所、と。それを注意もできぬ教師。「荒れている」ということも可能だが、学校側にしてみればこのような若者たちが異様な格好で昼間、街を徘徊して「健全な社会生活を脅かすのを阻止する」ために学校が「生徒の収容施設」として機能しており、教師はその収容という「地域社会の期待に応える」「重責に耐え」ているのだ、と。橘玲はそういった学校の現状に対して「その事実を気にかける人はいない。汚いものから目をそむけたいのは誰だって同じ」で人々は「どのような子どもでも、正しい教育を受ければ、豊かな教養と人間性を兼ね備えた立派な大人に育つ」という「教育に大いなる幻想を抱いている」のだが、それが現実にはあり得ないのなら橘も「私とてこの美しい神話を汚したくない」から「ならば自分が目にしたものを記憶から抹消すればいい」と。それが幻想ならば美しい神話にすることも間違い。そもそも教育という名のもとに子育てが個々から国家という政治装置に委ねられ公教育の名が被された段階での「放棄」があり、学校が荒れるのは教育の問題ではなく社会そのものの問題。目を背れば背けるほどひどくなるもの。

六月十四日(土)時々雨。拙宅も引越して一年近くなり浴室の水道管だの廊下の幅木だの痛みも目立ち内装工事した会社の棟梁が来室。競馬のデータ眺め午後はジムにて二時間の鍛錬。拳闘系のクラスにてお師匠さんがこともあろうに参加者に打たせるためにと『ムーミン』の、しかも厭世感もあるが最も平和主義であるはずのスナフキンさんの人形を用意して来て楽しげにスナフキンさんをぶっ叩く。きっと『ムーミン』の物語も読んだこともないのだろうが野蛮なこと極まりなし。バスの中で競馬予想。Quarry Bayの場外にて馬券購入。East Endにてale飲みながら『神聖喜劇』少し読み帰宅。餃子、油菜、茄子の冷菜、胡瓜の四川風一夜漬と中華の晩餐で五糧液飲みかなりいい気分。テレビで競馬中継。R5にて百勝真威なる馬がdirtで前二戦三一着と好調でしかも馬場は雨で騎手が梁明偉君で5磅減の108磅で絡まぬはずないと信じて荒れる予感もありこのレースのみI君見倣いこの?軸に総流ししたら見事二着に入り而も一着に永恒之趣が入り連複でHK$1071.50の高配当。沙田マイルはMerridian Starに賭けたがCitizen Kane、R8では馬主C氏のDashing Championが1000mに初陣にて28倍と期待薄だが梁明偉君で114磅と軽量でDC含み三連複にするがDC善戦したものの最後差されて4着で馬券は惜しくも124着。『噂の真相』読む。筒井康隆がヒトゲノムについて書いているのだがヒトゲノム以前にも胎児の段階で男色傾向の有無など判り堕胎された例などもかつてあったそうで、ただそういう堕胎があるとコクトオみたいな優れた芸術家を葬ることになると筒井先生懸念を示し、ただヒトゲノムの研究が進めば部落差別といった差別に何の根拠もないことが明らかにされ差別も解消されるかも知れぬが、伝染病などなくなりヒトの寿命が一気に100歳になる日も近いのではないか、と。老害。Ken Parkの映画で少年が祖父母殺す場面を彷彿。台湾出身のインリン嬢のインタビュー拝読。ブッシュ死ね、とインリン嬢。「個人情報保護法」=「言論弾圧」反対!、「住基ネット」=「国民管理制度」反対!、「有事法制」=「軍事優先国家化」反対!と主張続き、侵略と戦争の時代は前世紀で終わりにして、日本は非武装中立穏健文化国家を目指そう!国家を捨て、個人の為に生きよう。民族を捨て、地球の為に生きよう。信仰を捨て、現実の為に生きよう。競争を捨て、他者の為に生きよう。暴力を捨て、理性の為に生きよう。武力を捨て、知性の為に生きよう。自由を捨て、平和の為に生きよう。人間なら生存の為に出来るはずだ。御意。『神聖喜劇』一行一行じっくりと読む。
▼視聴率13%台まで低迷しているというNHKの「武蔵」。余も当初新之助君の演技に期待して見たがここ数ヶ月すでに見ておらず。だいいち脚本(ほん)が悪い。築地H君指摘するに「おつうがどうしたの小次郎の女がなんだと脇筋に入りすぎてまったく盛り上がらなかった」所為なのだが、これがアサヒ(アサヒ芸能ではなく朝日新聞である)によればNHKはイラク戦争が敗因の一つと分析してるそうで、前半の山場であるはずの「一乗寺下り松の決闘」がちょうどイラク攻撃と重なり、武蔵に斬られる吉岡道場の跡取りがイラクの子どもと視聴者にはダブって見えたのでは…って、ウソだろう、そんなの。いずれにせよこの一乗寺下り松の場がNHKの「配慮」によて刺激的で血腥いシーンを当初予定の3分の1までカットしたというが……。H君続けて脚本も悪いが脚本家の所為にばかりできずキャストとて問題あり。結果論だが小次郎に妻夫木聡、おつうは広末涼子が適任、と。さらに柳生宗矩は菅原文太。おつうは断然、ちょっとキレてる広末が新之助相手にいい演技できたはず。
▼Washington Postが昨日中国のCoquinteau国家主席が来る7月1日の中国共産党建党82周年祝賀大会にて地方議会の競選制を導入発表と伝える。これまで事実上党公認候補の信任投票。今回の改革はポスト江沢民の路線明確にしたい胡錦涛の思惑と新型肺炎の蔓延隠蔽に見える党官僚機構の重大な弊害の改革が目的。小さな一歩であるが党が地方議会とはいえ選挙制度導入し党支持なき者でも立候補できるようになることは意義あり。疫病が社会を改める事実。Coquinteauが国家主席に就任したものの依然として軍を掌握する江沢民が実質的な領袖であり子飼のCoquinteauはまだ見習いでしかなく実際の権力掌握にはあと数年かかる、という見方もあったが、今回の疫禍にて江沢民や朱鎔基、李鵬らが疫禍の北京をそさくさと離れ上海などで防疫に籠ってしまい、それと対比される形でCoquinteauや温家寶、特命にて疫禍対策を統帥することになった呉儀らが疫禍のなか果敢に防疫に奮闘する様がメディアに流れ新しい時代の指導者の姿となる。北野武監督『教祖誕生』という映画で教祖がいかに偶然のなかで誕生してゆくかの過程とその神格の虚構性が描かれていたが、この中国の指導部の変遷と疫禍を見ているとまさに政治の可笑しさ感じ入る。

六月十三日(金)雨。雨模様続き。晩にかなり久しぶりにジム。フランス語少し勉強。二日続けてSARSの感染者おらず。
▼教育基本法改「正」について与党内で自民公明の調整つかず今国会提出見送り。国家主義について懸念するとして公明党義賊……ぢゃない「義党ぶり」。
▼香港にて40年操業してきた大日本印刷が撤退、大手旅行会社広東旅遊が倒産。この広東旅遊は昨年まで中国側で香港行きツアーの認可受けた代理店わずか4社の一つで中国旅行社などとほぼ独占営業権を享受してきたが昨年、この香港旅行取り扱いが解禁となり代理店乱立と価格破壊生じて営業困難に。倒産といえば大手のレストランの倒産も相次ぐが、経営者側はぎりぎり(基本的には閉鎖当日)まで従業員にすら閉業を告げず、ただ何がその前兆かといえば、まず店から魚翅(フカヒレ)と干し鮑が持ち出されるのだそうな。そして石班や伊勢海老などの高価な魚介類。店が倒産すると従業員がせめて退職金かわりに、とまず手を出すのが魚翅と鮑だそうで、大きな店となると安いころに買い込んであった乾物がいくらでもあるので、かなりの金額になる。魚翅といえば香港一有名な楊貫一氏の阿一鮑魚の富臨飯店も昨年、宝石泥棒ならぬ鮑泥棒に隣の店より壁壊して押し入られ深夜のうちに貴重な干し鮑強奪される騒ぎもあり。青森の吉浜だのの、それも今では採取困難といわれる大ぶりの鮑だの盗まれ、香港では盗んでもそれを料理して出したら富臨飯店から盗んだとすぐ判るわけで、賊は大陸からだろう、と。
▼ふと外務省の海外安全渡航情報、このhttp://www.pubanzen.mofa.go.jp/の「パブ安全」という名前がどこか「安全」という名の飲み屋の如く、安全な飲み屋と聞くと我々の世代はかつての青線の飲み屋に掲げられた「抜けられます」の看板を思い出すものなり。で香港情報みるとそこに地図あり地図見れば「シンチェ」なる地名あり一瞬、ここは朝鮮かと思ふ。よく見れば「新界」の北京語読みのXin Jieのカナ書きのようだが、いずれにせよ朝日新聞の北角「ばっこっく」以上に全く使えぬカナ書き。「新界」は日本語で「しんかい」と読まれているのだから「しんかい」でいいのをなぜわざわざ「シンチェ」なのか。寧ろせめて広東語読みに倣い「さんがーい」のほうがまだマシだろうし、カナ書きしても意味がないのであって英語でNew Territoriesと書いたほうがよかろう。でその「シンチェ」の北にあるコワントン省もフランスの如し。これも北京語のGuang Dongをカナ書きしたつもりなのだろうが中国(コワントン省)と書いても誰もわからぬのであり何故に素直に中国(広東省)か、せめて「カントン省」と書けぬのか。非常識甚だし。

六月十二日(木)曇り時々驟雨。エルサレムにてパレスチナ過激派による自爆テロあり17人死亡しイスラエル報復攻撃に出て早くも中東和平危機に。結局ブッシュによる力で抑える和平など困難なこと明らか。で米政府はブッシュが「最も強い言葉で非難している」と。ブッシュの「最も強い言葉」とはXxxx!とかsome of xxxxx! であってホワイトハウスにて報道官がとても口に出来ぬのだろうか。『噂の真相』7月号でいつも痛快な連載の中森明夫先生がとんでもないことをやってくれる。村上春樹の『ライ麦』批判、しかも村上春樹を「ヘドが出るほどのインチキ野郎」って野崎っぽい文体パロディにしてるんだから。村上春樹を「奴さん」って呼ぶなんで、ほんと野崎訳好きな読者には目から涙だして笑いたいくらいたまらないわけで、結局「去年『浜辺のカフカ』が出なかったら新潮社の社員なんか虫に「変身」してたっていう」わけで「白水社の社員が臨時ボーナスを欲しかった」から出してしまったのが村上訳本、中森先生は「僕がなりたいものといったら文壇畑のつかまえ役さ。インチキな作家たちをつかまえて崖下に突き落としてやるんだ。でも、たぶん村上春樹は殺しても死なないね。インチキな世界では一番インチキな奴こそが王様なんだよ」と。先生の罵声止まるところ知らず“The Catcher in the Lie”『嘘つき(春樹)をつかまえて』だそうな。メモ書きでも更に村上訳の『ライ麦』を「誰も悪く書かない」ことに触れ斎藤(L文学)美奈子が村上本を「翻訳のリフォーム」と言ったことに対して「ガウディの建築物を空間プロデューサーの山本コテツがリフォームした」ようなもの、と揶揄。御意。溜飲下がる思い。Larry Clark監督作品“Ken Park”香港映画祭にて見逃したもの映画館に掛かったので見る。十代の少年少女の本番だの口交だの父による息子へのレイプだの自慰の大写しだのが香港映画祭での上映後よからぬ関心をよび劇場上映では検定で数箇所削除される。七月の芸術中心での上映では編集せず原本で公開とのこと。いずれにせよ確かに上述のシーンなど露骨ではあるが見ればわかるがエロ映画ではなくカリフォルニアを舞台に「かなり病んだ」社会の描写であり、寧ろ少年少女らの性表現はそういった病んだ世界で病んでいない行為の象徴として描かれており、猥褻でもなんでもない。義父による寝ている息子へのフェラチオ行為とて息子にしてみたら「とんだ迷惑」だが、これとて典型的なホモフォビアで強い父を演じるこの男が息子にその変態行為に蹴り飛ばされた時に「誰も俺を愛してくれない」と泣くシーンにしても、ボーイフレンドをベッドに縛ってSM楽しんでいた娘に激怒する敬虔なクリスチャンの父親が処女ではない娘を汚れたことを理由に自らの妻にしてしまう行為も、いずれも権威だの倫理だのといったものの裏返しのインチキぶりを吐露。この映画、猥褻であるということを理由に、そしてキリスト教への冒涜が問題なのだろうが、製作された米国はじめ数カ国で上映禁止、大幅な修正が求められている。ホモフォビアの義父、実は娘を精神的に犯してしまっている敬虔なクリスチャンの父親、軍役時代の栄光だけに活きる老人など実に政治的な権威の装置、それが完全にイカれてしまっていて、そこに押し込まれている若者はセックスとドラッグで息が詰るのをどうにか凌いでいる、という社会をまざまざと見せつけられる。地下鉄の中など少しずつ『神聖喜劇』読む。

六月十一日(水)雨ノチ曇。黄昏に銅鑼灣のInside Out(日曜日にEast Endと綴ったが)雨上がり屋外にてStella Artois一飲。心地よし。競馬予想。Z嬢来。Stella Artois小杯一飲しThe Lee GardenのHermesにてZ嬢より誕生日のお祝いと馬と騎手の柄のネクタイ(……と書くとかなりエグい馬主タイを想像するがHermesだけあってよく見ると小さな愛らしい馬とおどけた騎手が草むらに在る)頂く。競馬での銅鑼灣の渋滞抜けて東区走廊に出ると日暮れにて先週末から続いた雨雲晴れて大嶼山のほうに夕焼け、雨で大気も洗われ塵も流され雲の絶間から大帽山だの飛鵞山だのと稜線もかなり鮮やかに映り絶景。帰宅して鰻丼。ふと、鰻でなくほんの少しの白飯で穴子が食べたいと思ひ老いを感じざるを得ず。鰻もふと白焼で食べたい、と思うのせふね、とZ嬢。競馬は雨上がりの馬場で狭いCコースはかなり荒れるかと思ったが不思議と固いレース続きそこそこ儲かるが最終8レースにて『大勝』の予想のTriccoloは26倍で『大勝』は「前レースは護航(同じ厩舎の別馬勝たせるためのペースメーカー)に徹したが今レースは自らが勝つ番」言うが今季の惨澹たる戦績見てもは調教の時計見ても「どこが?」だったが、見事に二着入り副賞でHK$121ついて脱帽。『大勝』の真摯な予想。昨晩に続き『<癒し>のナショナリズム』読む。
▼香港政府の財政赤字解消にむけた公務員給与見直しにつき「従業員」側がこの給与削減が香港基本法の第100条「警察部門を含め香港特区成立以前に香港政府各部門で職務についていた公務員はいずれも留任することができ、その勤務年数は保留され、給与、手当、福祉待遇、勤務条件はもとの基準を下回らない」や第102条(略)に抵触する不法な措置として香港政府を告訴(笑)。香港高等法院の判決は、この条文は1997年の過渡での制度としての公務員体系について述べたもので制度中の条件(賃金等)については改変は可、確かにこれまで公務員の給与待遇が下がったことはないが(!)それが今後も給与削減ないことを保障するものに非ず、削減されてもその水準は民間企業に比べ優遇されており公衆利益を鑑みこの経費削減は香港政府の財政赤字解消のため有効、と。当然。それにしてもこの第100条“may all remain in  employment and retain their seniority with pay...no less favourable than before”だが“may”が“retain”にも掛かるのかどうか、それに法律表現として“seniority”と“favourable”で具体的な金額the amount of payの保証までしているかどうか。中文でも「其年資予以保留、薪金、津貼、福利待遇和服務条件不低於原来的水準」であって、社会一般に照らし合わせて水準の保留ができていればよろし、という程度では? 信報の社説は皮肉たっぷりに、どうせなら政府も給与削減に反対する公務員に対して基本法107条の香港特区政府は「収支が均衡を保つように努め、赤字を避け、地元の総生産額の伸び率に見合うようにする」という条文を盾に裁判所に提訴しては?、と。
▼香港大学の鐘庭耀氏は香大民意研究計画の主任で、この人の名を一躍有名にしたのが董建華による世論調査介入で、支持率の低い董建華側から大学に調査中止を働きかけ、それを鐘庭耀が暴露して董建華子飼いの私設秘書と大学の学長、副学長が辞任となったのだが、この鐘庭耀と中文大学の陳健民氏(社会学)が今日の信報に基本法23条について一文を寄せ、それが曰く、今回の政府のこの立法化は(その立法を非難しないが)手続きとしての誤謬を指摘。政府は市民に対して公聴会を開催しるなどして市民に諮ったこととしているが、まず、この草案は政府案が提出されただけで、それにYesかNoかだけで具体的な選択ができず。本来ならこの法案のいくつかの要点について異なる選択肢を提示して、それを市民が選択すべきところ、それに欠けるために論争が単に23条擁護と反対に単純化され感情化してしまった。つぎに公正性に問題があり、市民の意見書を政府がどのように賛成と反対に分別し、どういう観点で分析した結果、賛成と反対の割合すら一切公開されておらず。3つ目として、提出された意見を具体的にどう活かすのか全く不明朗なまま、ただ市民に諮ったという事実だけを口実として残したにすぎず。このような立法化に必要な明朗な手続きを経ぬ立法化が内容如何以前の問題であること。これと同じことが日本でも罷り通っているわけで、教育基本法の審議だの諮問だの公聴会などの茶番がそれ。

六月十日(火)雨。さして日剰綴るほどのこともなし。フランス語をMP3で聴きながら車窓から眺めるとQuarry Bayの電車道もどこかパリのシナ人街に見えるから不思議(笑)。風呂につかり小熊英二+上野陽子の『<癒し>のナショナリズム』少し読む。
▼中国の自家用車台数1000万台突破、3年で倍増と(日経)。中国での自動車といふと思い出すのが20年ほど前に吉林省、北朝鮮国境のカルデラ湖有す長白山の麓、二道白河を一人訪れた時の事にて、その二道白河の村で出会った青年が(これは当然当時は自家用車でなく)彼の属す国営企業で山路ゆえに日本製のジープを購入することとなり、ちょうどこれから瀋陽に出ようとしていた余と一緒に山村から下ろうということになったのだが、この青年の行き先がなんと海南島。北朝鮮に近いこの村で購入する自動車をベトナムに近い海南島まで受け取りにゆき海南島からそれに乗って帰ってくる、と。今にして思えば関税優遇のあった海南島がこうして日本車を輸入し(恐らく並行輸入)国内で売りさばきかなりの利益を上げていたのだろうが(それが贈賄だの公費横領で90年代に深刻となり海南島じたいが断罪されたのだが)たかだか一台の車のための中国横断にただ驚くばかりであった20年前のこと。この青年と通化といふ嘗ての満州国政府がソ連侵攻受けて新京(現・長春)を捨てて逃げ込んだ臨時首都(といっても名前だけで数日で陥落するのだが)まで一緒する。ちなみにそのときの一人旅は未だ個人旅行で中国入境の査証とれぬ時代でわざわざ香港に来て(佐敦にあった富士ホテルに投宿)広州、北京、長春、白城、チチハル、満州里、海拉爾、加格達奇、ハルビン、吉林、敦化、白河、長白山、通化、瀋陽、大連、上海、香港、高雄、台北という50日ほどの一人旅。
▼英国INCAの調査によると年間授業日数は小学校で香港は190日とだいたい世界の平均、最も少ないのが言わずもがな(笑)ラテン国家でスペインとフランスが180日、それにポルトガル185日と続く。意外にイタリアが200日と多いのだがこれも予想に易いが200日を越えるのは韓国が220日で日本が世界で最も多い225日。スペインやフランスに比べ年間45日も多く通学、小学6年間で270日、中学3年までを義務教育とすると405日と実に1年余多く学校に通っているわけで9年間に対して10年間の義務教育を施していることになるのだが、その1年分がそれぢゃどうなんだ、と質されると答えに窮すのが日本の教育「制度」。
▼画家村山槐多の評価について村山槐多の絵がそれほどまでに凄いのかどうか感性乏しき余には判らず未知ながらすでに畏友に匹敵するS君にそれを聴く。S君曰く村山槐多に限らず日本近代の洋画家の多くについて同じ問題があるといえて、本来、美術家の評価は一般に生前における高い評価の延長上にある(例えば雪舟)が難しいのは生前において評価されながら没後に忘れられた画家たちの中には二種の場合があるということ。一つは評価そのものに問題があった場合、もう一つは評価した支持層が没落した場合。後者の代表格は谷文晁(絵は谷文晁筆の雪舟像岡山県立博物館蔵)で、これは「幕末から戦前までの間の彼の支持層が主に皇族華族だったため戦後その評価まで下がってしまった例。前者の「評価そのものに問題があった」例となるのは敢えて名前の公表を避けるが(笑)誰でも知っている抜群の頭脳と政治力有する巨匠とか。で村山槐多だが、見落とせないのは彼が22歳の若さで亡くなっておりながらも実は明治の日本美術院の洋画部のエリートでかつ大正のアヴァンギャルドとも接点がある、という時代を跨いだ存在であり、それに文学の側からの評価も可能であり美少年や女性との情熱的な恋と失恋のような事件に彩られた短い生涯も関心を惹き、実のところ「彼を評価しない方が難しい」とS君。たとえ作品そのものを見て「本当に、そんなに魅力的だろうか?」と疑問を抱いたとしても、である。やはり村山槐多が脚光を浴びるのが今の時代なのであろうし青木繁が80年代に今よかずっと脚光浴びたり、時代の要因と支持者の盛衰があるはず。岩崎ちひろと東京都の革新主婦の存在の関係と雜誌『クロワッサン』の部数とか。

六月九日(月)大雨。昨晩は老四川でかかっていたテレビで「重建香港獻愛心」とかいう題のSARS復興祈願「愛は香港を救う」の如き慈善番組あり毎度のことながら芸人が歌い財界だの政府の偉いさんがその舞台見て拍手しているだけの番組なのだが一昨日は利用者激減で大打撃の空港の搭乗ロビーを使って「香港再起飛」なる同様のイベントあり。今日の新聞にこの「香港再起飛」に出演した女性(元芸人だが現在は中国の全国協商会議の委員でもある)が舞台前だかに慌てて洗面所を使おうとしたところ、その洗面所が來賓である董建華夫人専用と使用拒否され激怒、と。空港管理局側は行政長官夫人専用にしたつもりはなく、あくまで來賓用でこの女性も來賓として使用できたはずが何らかの誤解で、と釈明。いずれにせよ何かと人々が不快に思う印象強い行政長官夫人。夕方ミシュランのフランス案内購おうとPacific PlaceのKelley & Walshだったか書店訪れるがここにもミシュランなく(もう三四軒そこそこ大きな洋書店巡ったがどこもミシュランを置いておらず、あるのはLonely Planetなどばかり)、Covaの横通ったら薄暗い店で其処だけ照明の明るい一角あり誰がまた賑やかに、と思えばAnita梅艷芳姐だのNicolas謝霆鋒君だの芸人五六名にて下午茶。確かに歌舞音曲に精進する芸人だけに華あるが、店の外には蝿マスコミが飛び回りよくその下品な取材を起こる芸人諸君だが、よくよく考えればわざわざ四方八方から素通しで見えるCovaの店の、しかも最も照明明るい場所に陣取り、それでなくともチンドン屋の如き風采にて有名芸人であるから誰が見ても目立つわけで、わざわざそこまでして目立っておいて「プライベートな時間」だの蝿マスコミが群がるのを非難したりは大きな矛盾。けっきょく民衆のまなざし浴びてナンボの世界、常人には非ず。ちなみにこれ翌日の新聞(蘋果日報)にて記事みれば、芸人梅姐やNicolas謝君らがPacific PlaceのCovaにて茶など喫していたのは盈科保険の設立した教育基金保険計画なるものの開設式だそうで、梅艷芳姐がそれの親善大使だか仰せ仕った次第。紀伊国屋より本届く。デイビッド・コパフィールドは新潮文庫の中野好夫訳で三四巻。岩波文庫の石塚裕子訳で30数章読み肌合わず断念しもう二十年以上前に読んだ中野好夫訳に少し目を通すと、そう、この小説は石塚裕子訳のような主人公の「僕」が書いているのではなく、中野好夫訳のようにディケンズのような大人が若い頃の日々を回想してくれなきゃ困る。そうでなければ老境にさしかかった読者も胸躍るというもの。それに坪内祐三の『一九七二』文芸春秋、小熊英二+上野千鶴子ぢゃなくて上野陽子の『<癒し>のナショナリズム』慶応大学。かなり売れているらしい養老孟司『バカの壁』とても期待し某所への地下鉄の往復で一気に読む。ベストセラーだそうで「なぜバカがいて何がバカの限界なのか」を養老先生らしく痛快に弁証してくれると期待したが正直言って期待外れ。バカが一元の発想で壁の向こう側が見えず、向こう側の存在が見えていない……そんな誰でも米国大統領見ればわかる程度のことで結ばれていて、そのなぜ一次元の発想しかできないのか解剖学の先生らしく人間が進化しているようでkyo-biの世界見ればバカは寧ろ増えているのは何故?という疑問に応えてくれると期待したのだが、最後は多元的思考、複眼でのモノの見方を提唱するだけで、これがなぜベストセラーなのかわからぬ。まぁいくつか面白かった点といえば養老先生に対して碩学「こんばんわ」ピーター・バラカン氏の「養老さん、日本人は“常識”を“雑学”のことだと思っているんじゃないですかね?」という指摘、戦後の日本人が失ったものが<身体>で、戦前まで軍隊が担っていたのがこの<身体>であり、そこに所属していれば身体について考える必要がなかった、と。戦後はそれがないことで身体を支える思想というものが欠如してしまったこと。長嶋茂雄の言語感覚が普通の人と違うのは優れた運動能力のためにシナプス(神経細胞間の接触点)をふっとばして(爆走して)情報が伝達されることに関係あるのでは?という推論。それにしても養老先生ともあろう碩学に残念だったのは「退学」というキーワードについての文章で(というかこの第7章の教育論はあまりに凡論なのだが)退学は復学が前提になっており、それが団塊の世代以降は退学は学校に戻れないようになってしまった、と。そこで持ち出したのが桑原武夫の「森外三郎先生のこと」という昭和初期の旧制三高の学生ストでの校長の義徳についての回想で、この校長はストに加わった50名の学生を退学処分にしたが大学進学のための卒業検定試験を実施しこれらのスト学生が進学できるよう配慮をして自らは責任をとって校長を辞任した、と美談ではあるが、これを持ち出して今日の教育荒廃を嘆いてもどうすればいいのかしら。戦前の旧制三高である、ここの学生はバカなのではなく頭がよすぎて左傾して時代に逆らいストしたのであって、校長とてこれらの英才の将来を思っての尽力、現代のいわゆるおちこぼれの学校とは全くことなる環境。この『バカの壁』読んでもあまりなぜ戦争だのテロだの民族宗教間の紛争おこすバカがいるのか……たんにそれが一次元の思考であるから、だなんてことは小学生でもわかること。養老先生にはもっとすごい理論を期待したのだが、残念。
▼昨日の日経の「春秋」が文部大臣に対してかなり強烈なる批判。主張は最もなのだが社説ならまだしも春秋でなぜここまで?と思うほどの内容。それくらい主張して当然なのだが産経だの読売の親方日の丸での主張を除きそういった自己主張がないのが日本の当たり前になっており昨日のそれには驚愕。日経もリトルナベサダ鶴田元会長への損害賠償までおこされ多少風通しがよくなったのか。よくわからず。

六月八日(日)曇。朝雑事済ませ昼前にZ嬢と初めて一緒にマンションの遊泳池にて水泳。午後までちくま学芸文庫で平出鏗二郎『東京風俗志』上巻読む。明治30年代の貴重な東京の風俗の記録であるが平出の文語がこれまた巧妙で明治の文部官僚の「生きた文語」の記録としてだけでも貴重。夕方までジム。黄昏に銅鑼灣のEast Endの屋外のバーにて麦酒一酌。ここは香港にて珍しくStella Artoisの生がありこれが美味。大西巨人『神聖喜劇』読み始め、のめり込む。絶海の章「風」を読んでいたところへZ嬢現われ更に一酌。The Lee GardenのHermesへネクタイ購おうと立ち寄ると日曜日は六時で閉店。そごう百貨店のHermesの出店も訪れるが所望の柄はあっても色がこの店にはなし。道すがらそごうの向かいにある忌まわしきほど下品な串物屋、衛生署の監視厳しくなり大気汚染ひどい店先での食品販売も打撃受けているかと思えば何のことはなく平常通りの賑わい(写真)のちほど週刊香港のK氏と話したのだが、衛生署の指示に従いアルミの蓋などして中身見えずでは商売にならず罰金をかりにHK$1,600取られても売り上げ伸ばしたほうが得か、と察す。四川料理の私家菜でかなり評判の老四川。3月にZ嬢主催した某会合でお手伝いいただいたK氏夫妻とH嬢労を労ひ一宴。老四川かつて三越裏にて細々と始めたが折からの私家菜ブームで評判となり雑誌などに多く取り上げられ一時は予約殺到し商売繁盛。資金提供者現れ現在の白沙道の広めの唐樓に新装移転。殊に日本人にはかなりウケてNHKでも紹介されたほどだとか。そこそこの味だが麻?の味つけばかりでもう一つ工夫がほしいところ。辛いばかりでなく素材の味も活かし異なる風味で、という点では中環の劉健威主宰のYellow Gate Kitchenのほうを好む。しばし款談し帰宅して『神聖喜劇』読む。安田記念は四位君でアグネスデジタル、香港での活躍馬であるということだけででも買っておくべきだった単勝4番人気の940円。

六月七日(土)朝から強い驟雨幾度となく襲い雷鳴轟く。朝から机まわりの電線などあまりに醜悪にて思い切って整理。机まわりだけでソケット有す電化製品が17もあることに唖然。携帯だけで普段使う携帯、海山用の携帯と普段は使わぬが中国用のサブと3つの充電器。日経に中野香織女史が連載する「モードの方程式」にNarrow Tieについての記載あり。今秋は60年代の如く細身のタイが出回るそうで楽しみ。初めて知ったが英国のストライプのタイに魅了された米国のBrooks Brothersが米国でこのストライプのタイを生産始めたのだが米式で記事を裏返して裁断したがためにストライプの方向が逆になり英国式が左肩から右下に縞が流れるのに対して米国では右肩から左下に。ふと衣類棚のネクタイを確認すると縞のタイは10数年前に廟街で購ったHK$10のを除き全て英国式で(つまり米式でなく)安堵(笑)。もともとBrooks Brothersはスーツは好きでもタイはどうも好きになれず。雨はやや小降りになれど出街の気もおきず昼すぎZ嬢北角の徳興隆にて買ふて来た鍋貼(肉餃子)と肉饅頭それに芳ばしい豆腐花食す。夕方まで雑事済ませ銅鑼灣。Sony Styleにてイヤフォン購ふ。余は耳道の形が異なるのか通常の耳に当てるイヤフォンは上手く合わず数年前に耳に掛ける型のBang & Olufsenのイヤフォン購ったがこれもしっくりとせずSonyの耳孔にはめ込むこれなら、と判断した次第。余は歩きながら音楽など聴くを余り好まぬがこの耳栓式のイヤフォンすれば街の雑音もキチガイの如き大声の話し声も少しは抑えられるか、と期待した次第、さすがに耳栓して歩くと目立つがこれなら音楽聴いているようでさっそく装してみると騒音も多少遮断され心地よし。商務印書館にてRandam Houseのフランス語教本(CDつき)購う。今から学んで秋に間に合うかどうか。たまに繁華街の散策もいいものでふらりと古本の写楽堂訪れれば移転のため在庫一掃の半額セール中。新潮文庫で紅葉の『金色夜叉』と岩波新書の青版『新唐詩選』と『新唐詩選続篇』いずれもHK$10。『金色夜叉』は最近何でも新漢字新仮名に改訂されて原文のよさ損なわれる小説の多いなか平成3年版でまだ原本の文章を保ち、でなければ紅葉の良さなど損なわれるのは当然だが、荷風『ふらんす物語』もすっかり読むのも呆れるほどズタズタにされており、この『金色夜叉』に安堵するような思い。掘出し物は大修館書店の『漢語林』改訂版と岩波『古語辞典』で、いずれも新古本で全く使われた跡もなき整本、いずれも定価HK$90のところ半額とは。『漢語林』は12の頃からずっと角川の新字源使ってきた余が他にもう一冊手許に置きたいと思っていた漢和辞典で定価2300円が700円とは嬉しい限り。岩波の古語辞典も自宅にはあるが秘密基地に一冊置きたくこの値段なら文句なし。帰宅して枝豆でビール。枝豆が美味い初夏。チゲ鍋。テレビで大雨の沙田の競馬。地場G2のShatin Vaseは今季10戦6冠1亜2季1負しかもここ4戦4勝でratingはダントツで131のGrand Delight(Size/Dye)と新鋭で昨年12月の緒戦から4戦4冠の負けなしで急上昇のSilent Witnessの一騎打ち。調教と勢いではSWだが重馬場で天候が荒れれば経験不測のSWに比べ5歳馬で悪路も積んでいるGDと信じて買えば大雨となり「これは頂き」と喜んだらハナを行くSW悪条件でもいっこうに速度落ちずGDはDyeの悪い時のパターンだがずっと折り合いあわず三着。SWの実力に脱帽。競馬まるっきり当たらず。この悪天候では掛金は小さく、どうせ荒れるのだからもっと極端な馬選びが必要なのだが出来ず。明日の安田記念は後藤君に賭けて?ローエングリンの馬券購入を妹に託そうと電話すると父が出てちょうど出走表見ていたそうで父は最近の外国人旗手の活躍を見てOliverで?イーグルカフェか、と。日本ダービーは衛星で中継あったが明日はETVスペシャル「永六輔・医の旅」だかで安田記念の中継なし。
▼もともと香港の旧家の財閥である李一族の御曹司で東亜銀行の頭取である李Baby國寶氏は銀行界選出の立法議員でもあるが議会への出席率は最悪だわ、愛人とのパリ旅行を醜聞雑誌に写真入りで書き立てられるわ、と嗤われ者でもあったが、最近は悟ったのだろうかかつての保守派が最近は歯に衣着せず董健華の執政に苦言し23条立法を急ぐ政府と保安局長Regina葉淑儀に対してその品格欠如を指摘、香港を世界的金融都市として維持発展させるには中国政府の香港自治への干渉をも歓迎せぬ言論。その李が昨今の中国銀行疑惑に言及。これは上海資本の土地開発会社に対して中国銀行が不正融資を行ったもので同銀行の香港総行長が絡んでいたのだが、中国銀行側は急遽人事異動でこの代表を内地に戻す仕業。それが通常、香港の銀行であれば1ヶ月を要す香港金融管理局による銀行管理層の交替承認が今回の中国銀行については2週間ほどで承認されており、この不公平優遇措置をとった金融管理局を非難。李じゃなくとも金融管理局がこのところ際立った通貨管理も出来ぬまま単に北京中央に対しての御用聞きの立場で米国のFederal Reserveの数倍の厚遇に甘んじられては許せるはずもなし。
▼カタール訪れた米国大統領同行記者団に彼の外交スタイルを問われ「私は本音で語るように努める。こちらが期待していることが何なのか、皆がわかるようにするためだ」「私はとても直截な人間だ。相手に質問をぶつけ、挑むのが好きだ。それでも相手に不快な思いをさせない自信がある」「パウエル国務長官やライス大統領補佐官に聞いてもらえればわかるが、私はじっくりと分析するタイプではない」と。素直な人柄だ。ただ頭は相当に悪い。大統領が期待していることが何なのか皆にわかってもらいたいなら本音で語るいぜんにまともな言語感覚が必要。直截なのは認めるが相手に不快な思いをさせない自信は本人にあってもブラジル大統領に「ブラジルにも黒人はいるのか?」と質すことで相手がどれだけ不快な思いをするか理解できず。じっくりと分析ができない=バカであることなど国務長官や補佐官に聞かずとも誰もが知っている。

六月六日(金)朝から驟雨幾度となく。早晩に雨の中ぼんやりと車窗にあたる雨粒の向こうに対岸の建物など眺めておれば週刊香港のK氏より携帯に電話あり連載の〆切り週明けであること発覚。週末原稿に呻吟するも惜しく但し今回の連載の種本である69年発刊の『香港台北いい店うまい店』文藝春秋の複写が秘密基地に置きっぱなしで雨の中基地まで引き返し件の複写携え帰宅。いつものことだが僕の場合原稿は書く前に頭のなかでモーツァルトの如く旋律が湧き出で(言いすぎ)書く(正確には電脳に向い打つ)といふ作業は頭の中にある文章を文字化するだけの作業のため原稿仕上げるのだけは早く寧ろ疲れきった思考を柔軟にするには珈琲よかDry Matiniなど飲みながら800字余の原稿ならば小一時間あればデータの確認など含め終わる。これまで全く気にも止めておらぬは江蘇省の揚州の地名にて楊州の字がかなり多く使われ(新聞などでも)こちらのほうが楊(やなぎ)でよっぽど文雅であるが。じつはどれくらい楊州が使われているかと思って検索かけたら余も昨年8月に楊州炒飯と記載あり。有事法案が今日成立。60年安保にてアイク訪日阻止、岸退陣させたほどの世代が自分たちが老境に達したおり、70年の学生運動激しかった世代が自らが50代で社会だの会社をまとめる将来に有事法案を通すとは「当時は」思ってもいなかっただろう。後藤田氏は有事法案に反対だと思われるかも知れぬが、と前置きして本来は文民統制を踏まえ自衛隊成立のまえに立法化しておく必要があった法案で、これが日本の平和主義を脅かすものに非ず、と(日経)。確かにそれに一理あるのだが、問題はそこまで広範深意な判断や議論もなく、ただぼさーっとしている世論のなかでこういった重要な事項が通ってゆくこと。これが教育基本法であり憲法にまでゆきつく。なにか国家としての体言があってのことならばよい。が問題は頭のなか空白のままであること。
▼長野県が住民基本台帳網への離脱を求める動きに対して総務省は「首長が独自の判断での不参加は認められず」と見解を各都道府県と政令指定都市に出す。総務省は「住基ネットは極めて安全なシステムでハッカーが侵入しても住基ネット入り込む怖れはない」と。笑止千萬。侵入しても入り込めぬということは住基ネットにこそ入れずとも総務省の門潜り徘徊している、ってか。どのようなシステムであれ極めて安全など在らずハッカーはそういう奢りを聞けば発奮するわけ。実は総務省とて国民情報の管理システムを実はNECなど民間大手に放り投げたのが事実。長野県の極めて理性的な判断であっても結局は地方自治などこの国にはなし。米国であれば少なくとも州自治の鉄則にてこういった判断を尊重し、その上で見えぬところで管理する「叡知」あるところ。日本はまだ幼稚か。
▼大阪教育大付属池田小の児童殺傷事件で国が謝罪し4億円賠償。国立の学校であるから賠償は当然だが被害を最小限に食い止められずの管理責任を問い学校の校長や教員も処分、と。確かに子供を助けるため自らの命も犠牲にしてキチガイを取り押さえられなかったのは事実、だが日本中の学校が塀は低く校門を開けっ放しであったのが事実。それで映画などで紐育のハーレムの職員室が鉄格子で生徒から守られた学校を見て「アメリカは怖いわねぇ」と。キチガイが偶然侵入したのが池田小だったわけで、どこの学校でも誰かが命を犠牲にして刃物もったキチガイを捕まえぬかぎり被害は同じこと。今だって自宅の玄関に鍵かけておらぬ家も多いわけで、その家に突然こんなキチガイが入ってくることが現実にあることを理解しておらず。結局「日本の社会は安全」という神話できたことのツケが今こうして出ている。だが犯人はシナ人でもパキスタン人でもなく同胞であること。
▼日経に北京からの記事で中国が「汚水処理施設に4兆円投資」と。河川の水質悪化を防ぐため都市の生活用水や工場廃液の処理が目的だそうだが、現実に北京などの事情を知る者にとってはこの4兆円で全土に何ができるのか、と甚だ疑問。北京があの砂漠のなかにどうやって数百万の人口に耐えうる都市を築いてきたか、それは生活用水を極端に節約した生活ぶり。水は盥のなかで使い汚れた水は庭に撒くなり草木にやるなり。汲み取り式の便所も夏の悪臭など酷かろうが、今日のようにシャワーだの水洗便所の生活普及すればもともと水のない北京(それ故に湖水に憩うことが宮廷にとってのどれだけ贅沢であったことか)で水不足は当然。川というより運河であり水の流れは悪いのだからそこに生活汚水が流れれば汚染される。治水が歴代の王朝にとっての最大の要事。中国が経済発展する上で最大の問題が水利。
▼昨日綴ったDRAMについて事情通のY氏より教示いただく。日経の「記憶保持動作が必要な随時書き込み読み出しメモリー」という表現はY氏ですら「確かに言われてみると変な日本語表現」であり「最初に聞いたときは何のことかわからなかった」と。ただしDRAMはいつもこう訳されるそうな。具体的にはDRAMとは「常に電圧(すなわち電源がONになっている状態)をかけてないと記憶された内容が消えてしまう」もので、これが「記憶保持動作が必要な」ということ。言われてみればわかるが「記憶保持動作が必要な」だけでは全く意味不明。で、通常PCで作業している時はまずDRAMに記録されるのでそれをHDなど(つまり電源OFFにしても記憶の残る媒体)に保存しないといけない、ということ。よくあることだが急に電源が落ちたり電脳が硬直してしまった場合それまでの作業が消えてしまう、あれはDRAMなどにしか保存されていなかったから。ではなぜDRAMが必要か、といえば操作性が早いのとコストが安いからで、このDRAMとHDなどの「記憶保持動作が不要なメモリ」との組み合わせが要る、ということ。なるほどよく理解できたが、ここまでの説明をせぬとDRAMが理解できぬのが事実。「記憶保持動作が必要な随時書き込み読み出しメモリー」では何もわからず。
▼仙台の某君より創価学会との闘いに明け暮れる週刊新潮に我らが萩原健一先生が「麻薬常用の後遺症で骨がぼろぼろに!」といい加減な記事あり、と。まずショーケンは麻薬じゃなくて大麻。さすがに記事には「通常は、大麻や麻薬の常用で骨に異常をきたすということはありえない」という医者のコメントを載せ「それじゃ何なんだよ!」だが、よーするに麻薬でハイになった人は食事を抜いても興奮状態にあるので栄養不足になる……とそういう話。確かにシャブ打ってもらって一日何も食べずに元気だった余の友人もいるが、大麻は聴くもの見るもの食べるもの全てがこれまで未知の至極の味わいがあるわけで、それは常識、大麻の萩原先生では骨はぼろぼろにはならず。勝手な記事。某君曰く敢えて大麻で骨がボロボロになるとすればショーケンはキメるととても甘いものが食べたくて食べたくて甘いものの食べすぎでカルシウム不足になった、とでもいう状況しか考えられず、と。御意。このようなインチキ記事をまた何も真実知らぬ無知な読者が読み「大麻で身体がボロボロに蝕まれる」と信じきって、そういう東横線でこの記事読んでいたオトーサンに限って高校生の息子が渋谷のディスコで大麻を友人より譲り受けた疑惑あることが息子の友達が警察にパクられたことで発覚、息子の将来は?、あと8年で退職となる自分の会社人生はこのバカ息子のおかえで台無しか、と悩み、母は母で生垣の向こうに歩く人影あれば警察が密偵しているのではないか、ご近所に知られたら……と夜も眠れず、それで家庭がとんだ災難に見舞われる……と、想像するだけでも悲劇。「どうだい?、ジミ=ヘンドリックスのギターがどんな違う音色に聴こえた?」というくらい粋な父であつてほしいと願ふ。

六月五日(木)晴。朝、昨晩の競馬疲れもとれぬまま新聞広げ卒倒しそうに。海老鞍サミット終えたブッシュがヨルダンにてイスラエルとパレスチナとの首脳会談開きシャロンがパレスチナ国家容認と違法入植地からの撤退を表明、パレスチナ側も武装闘争停止を確約、と。93年のオスロでの暫定自治宣言にかわり米国主導での和平始まる。眩暈。これじゃ暴力団の抗争の手打ち。地元暴力団と地元住民との抗争に広域暴力団が乗り込み「てめーら、いつまでもドンパチやってるとウチの組が出てくぞ、いいのか、てめーらそれでも」とガン飛ばすが如し。かつてのパレスチナ解放のためにと日本赤軍までが合流し左翼ゲリラ活動が威欲衰えたあとはカーターのキャンプデービッド会談やオスロ合意など人道的見地よりの調停と和平交渉が続いたが、結局は覇権と軍事力による抑止とは……。イスラエルにしてみれば周辺の「テロ」国家を鎮圧成敗してくれる米国が自国支援を着実にするならばパレスチナとの対立、抗争など続けるよか譲歩を見せ周辺イスラム諸国に対して中近東にて謂わば小米国的に覇権握れるという利益勘定というか悲願達成。それもこれも米国がブッシュを大統領にしたことで米国本来の「悪い奴等をやっつけろ」という非常に単純で安易な保安官演じることになんの躊躇もなくなったからで、イスラエルにしてみれば祖国建国から着実に続けてきた米国でのロビー活動の成果がブッシュ当選という茶番でかなり急な展開みせ見事成就。それにしてもブッシュ当選、9-11、イスラム原理主義テロの登場、必要悪としてのイラクのフセイン政権、と本当に偶然なのか疑うほど世の中に余りにも米国主導の新保守主義とイスラエルに有利な出来事ばかり。これのどこが偶然なのだろうか、偶然のわけもなし。まるで広告代理店が仕込んだキャンペーンの如し……などと考えながら新聞スタンドに並ぶ朝刊見ると蘋果日報だけが一面全面昨晩の天安門事件追悼の維園64燭光集会。他の新聞は故意か偶然か富豪の車が事故で火災とか一面トップ。信報が一面トップは別記事(かなり興味ある内容にて下に綴る)ながら同面にこの追悼集会記事あり。昨晩の追悼集会は主催者側発表で50,000人と昨年を5000人上回る、これは93年並みの参加者数(ちなみに官憲は99年からだか数字発表せぬのは政治的配慮からか)。64からは14年経ても23条立法など悪雲立ち込めカソリック教会がこの動きに反対表明したことも大きい。ちなみに政府はこのビクトリア公園(維園)よりわずか1kmほど離れた香港大球場にて「活力香港強身健体show」ってもう少しマトモなアイデアはないものだろうか?、芸能人集めSARSに打ち勝つ健康な身体を作りましょう、というフィットネス企画。つまり市民は頭は使わず身体だけ動かして健康馬鹿になれ、ということか。これの参加者が18,000名(主催者発表)で、64の50,000名は少なくとも香港市民は理性的な判断ができるだけの頭があるということを表明。親中資本に買収され最近は董健華に対する辞任勧告ともとれる社説で話題のSouth China Morning Postは社説で、64の追悼集会が開かれることは香港が一国両制を維持できている証左であり、23条立法は来年のこの集会がどうなるのか?と不安材料でもあるが、中国も天安門事件で当時の総書記趙紫陽氏が天安門に学生見舞い涙ながらに学生に罪はない旨を演説した時にその趙氏の傍らに企っていたのが現首相の温家寶氏であり、趙紫陽の側近中の側近であればそれだけで党中央で天安門事件以降は失脚させられても当然という予測もできたのにこうして首相に抜擢されるだけでも中国も中国なりに改革を遂げているのであり、その中国とのバランスのなかで香港は香港のこの自由をどう維持してゆくかが問われている、といった要旨。親中資本であると思えばぎりぎりの線でよく説いたと納得。箱島体制で体制すり寄りの迷走飛行続ける「ひかえめな愛国心」宣う朝日はこのSouth Chinaの爪の垢でも煎じて飲んだほうがよい。藪用あり尖沙咀東にある華懋廣塲ビルに参る。ここは香港の大手不動産デベロッパー華懋集団の大本営でもあり華懋集団といへば世界有数の女富豪と称されるNina女史が社主であり、もともとこの財閥は彼女の夫の父親が創業者であったがこの夫が二度目の誘拐で行方不明のまま裁判所が死亡確定し妻が亡夫の事業引継ぎ才覚で事業発展せせたが納得ゆかぬのは創業者である老父。息子の二度の誘拐は未解決のまま迷宮入り、亡息が妻を遺産相続人と遺書に認ためていたことで事業はこの妻に乗っ取られたようなもの、息子の死も釈然とせぬがまず明らかにこの遺書の信憑性が疑い裁判おこし昨年初審では偽造の可能性が指摘されこの女富豪が警察の事情聴取受けている。それだけでもかなり怪しいのだが何よりも妖しいのはこの女史の容貌であり(写真)ご覧の通りいがらしゆみこのキャンディキャンディの大ファン、そればかりかこのビルに入るなり昇降機ホールに巨大な女史のイメージキャラ像あり(写真)眩暈起こしそうになる。ちなみにこの伽羅キャラ像、韓国の何某か芸術家の製作、寄贈だそうな。このビルにオフィスがある会社の社員毎日この像を拝みながら昇降機にて階上に上がるとは。
▼信報にあった興味深い記事とは香港中文大学の調査によるとここ数年企業の収益が急減するなかで一部の大手上場企業では取締役の報酬が逆に上昇しており、具体的な数字で見ると91年から98年まで企業の利潤の増長が1.8倍なのに対して管理層の給与上昇は3.5倍という不均衡。例えば電話独占企業のPCCWが2000年にHK$69億の巨額損益を出しながら取締役の報奨金だの手当がHK$6.3億、高級ブランド小売のDickson Conceptも2001年の業績が前年比63%と低迷しながら社主Dickson Poon氏の年収が前年比6.25%上昇の推定HK$800〜850万などなど。明らかに会社経営層の給与取りすぎだがが会計士協会の専門家は上場会社の管理層の待遇給与を小株主などの意見で左右するようになると会社の管理機能体系を壊すことになりかねず監査役員の権限増強であるとか適正なる報酬検討委の設置などを提言。もはやこの厚遇は不公正、横領の域であろう。昔の経営者に比べ実際の創業能力や指導力など甚だ落ちるのだが肩書きだけが権威、それに最初からいつかは失脚が目に見えており「もらえるうちにもらっておこう」という狡賢さか。それにしても会社ぢたいが損益で株主だの投資者に明らかに負資産をもたせておいて、経営陣の無能力な上のこの狼藉がどうして許されるのか理解できず。香港金融管理局であるとか総裁の年収が米国のグリーンスパン米連邦準備理事会(FRB)議長の数倍であるとか嗤うばかり。このような虚業の輩、魑魅魍魎が会社の現金をごっそりと横領して逃げてゆく、もしくは追い出されると思うと年収数千万円に甘んじ企業経営に勤しむ日本の大手企業の経営者は清貧と言わざるを得ず。ただどうせそこまで管理層が品行正しても結果的に会社の利益上がらぬのなら意味がないと言われては反論もできず?
▼昨日の日経一面に「エルピーダ1000億円調達」とDRAM製造企業の記事あり。ではDRAMとは何か記事読んだら「記憶保持動作が必要な随時書き込み読み出しメモリー」とあり意味全く不明。文字通り読めば「随時書き込み読み出しのできるメモリーなのだがいちいち記憶保持動作なるものが必要」って、つまり不便なメモリなのではないか?と読めやせぬか。そんな不便なものに親会社のNECと日立製作所、それに米インテルなどが1000億円投資するだろうか。このDRAMなるもの、素直にDynamic Randam Access Memoryと書かれていれば素人ながら「ああ、なるほど、かなりダイナミックにランダムなアクセスのできるメモリ」なのだ、と判りその製造意義が理解可。せめて「書き込み読み出しが随時可能なメモリ」でいいのではないだろうか、日経の説明の「記憶保持動作」の「動作」がよく判らぬのだが、これは動作でなく「作用」だとしたら「記憶保持作用」つまり、それってメモリのことか? どう考えても不可解な説明。それにしても英語か、日本語だの長ったらしい言い回しになってしまい品がなく、こういった造語が見事な漢語ではどうなのかと探したら「静態随機存取記憶体」と真に言い得た表現。集積回路なのであるからHDのようにガギガギと音たてて動くものに非ず(つまり記憶保持に動作はなく)静態でありながら随時、機に応じて保存と取出しできる記憶体(メモリ)とこれなら理解可。せっかく漢字と漢語の伝統があるのだから話し言葉はDRAMでいいが書き言葉でもっと漢字多用して意味を伝えるほうが「記憶保持動作が必要な随時書き込み読み出しメモリー」なとどいう不明朗な言葉並べるよかどれだけ利があるか。
▼同じ昨日の日経だったが拉致議連が北朝鮮政策を巡り外務審議官田中均君らの責任追求だそうな。田中君は先の日米首脳会談で小泉三世が北朝鮮には「対話と圧力が必要」と述べたのに対して田中君が記者への説明資料から「圧力」の文言を抜き、更に北東アジア局長平松君も国連人権委員会作業部会に対して拉致問題の追加資料がないと事実に異なる通知をしたのが咎だそうな。拉致も家族会、支援する会に続いて議員連盟(おまけに会長はムネオとの冷戦構造の箍の外れた中川昭一君)、この拉致についてはちょっとでもその主催者らの意向から反れた発言、思考があるだけで糾弾されてしまうのだから、このままゆけばどこまでこの覇権が及ぶのか理解するだけでも恐ろしいこと。それにしても拉致議連って言い回しはどうにかならぬだろうか。「ナベサダ兄殺害」でナベサダ氏が兄殺害したのか?と驚いたように、これでは拉致する側の議員連盟。抗拉致議連とか拉致抗議議連とかでないと漢語としての意味通じず。
▼これも昨日の新聞にあった弔報だが、若い方はご存知なかろうが和製ディマジオの異名とった50年に松竹で(って六代目菊五郎が亡くなった翌年の歌舞伎世ではない、野球である)プロ野球初の50号超える本塁打記録した小鶴誠氏が逝去(80歳)。そしてわれら往年のプロレスファンにとっては「銀髪の吸血鬼」と名を馳せたフレッド・ブラッシー氏も逝去(85歳)。得意技が噛みつきの反則攻撃だってんだからたいしたもの。日経には「数度にわたって来日」し力道山やジャイアント馬場らと戦ったとあるが数度どころぢゃない。「数度米国に帰国」というくらい日本で活躍。それにしても相手に噛みついて相手の額だの耳だのを血だらけにして血まみれの口をあけて客を睨んでみせる演技は見事。それも当時だからできたことで今のような感染症の蔓延する社会ではあの噛みつきなどまさに命取りで数ヶ月でお陀仏かも、とても85歳の天寿など全うできず。50年代から70年代が今にして思えばなんと平和な時代であったか。
▼昨日の新聞は読んで驚くこと多かったのだが、日経で演劇研究の河竹登志夫氏(市村萬次郎の初回の香港公演(確か96年)の際に河竹氏も同行し歌舞伎についての講演あり)の自伝的随筆あり、それに子供の頃に見た芝居で1924年生まれで5歳の時だそうだから29年になるのだろうが昭和4年に大隈講堂で勘弥と八重子(13代目守田勘弥と初代の水谷八重子)が演じる「ファウスト」を見ており、牢獄の場と加藤精一のメフィストを覚えていると。こんな芝居が演じられていたとは想像するだけでもわくわく。細かい説明は省くがこの13代目の姉の子が14代目であり、このファウストからつづく情念の結晶のようなものが玉三郎という稀有の女形を生んだと思うとさらにぞくぞく。と書いても若い方にはご理解いただけぬだろうから多少説明すると玉三郎君は14代目の養子なのだがうちの祖母など生前「玉三郎ちゃんは勘弥と八重子の子に決まってるぢゃないのよ、どうして突然巣鴨だかの料亭であんな綺麗な子が生まれるはずがあるのよ」と。これが事実かどうかは別としてその筋のほうが美が引き立つ、というそういうお話。

六月四日(水)祝日だが天安門事件14周年で、ではなく偶然に端午節が64に重なる。昼は天気も冴えず自宅にてビデオで日本のテレビドラマ(やまとなでしこ)最終回まで通しで眺めつつ諸々のたるい雑件片付け。沙田で夜競馬ありZ嬢も珍しく沙田まで行くというのでI君と天后にて待ち合わせビクトリア公園にて64の天安門事件犠牲者追悼の集会が夜開催されるため夕方からすでに事前イベント始まっており(写真)募金かねて23条立法反対のTシャツ購う。ちなみに香港では14年たった今でも、この天安門追悼集会への支持が42%あり、当時の中共政府の弾圧を約8割の市民が否定。人民解放軍が人民を殺戮したことが97年返還を控えた香港で与えた衝撃の大きさ。タクシーで競馬場、メンバー席のParade Ring Barに陣取りまずはHeidsieck Heritage Brutのシャンペンにて乾杯。そこそこのClubhouse Sandwich頬張り豪州はShirazのEllen Street Mclarenの赤葡萄酒(2000年)けっこう美味いねぇなどと酔っていて成績は惨憺たるもの。とくに10〜20倍で入賞してくる脚になる馬選べていて軸馬を外すレース3つも続きI君にそれほど自信のある馬ならなぜ総流ししないのか、と指摘されごもっとも。I君は結果的には負けているが260倍の連複をHK$20で流しており快感。このBarはとくに日暮れまで気持ちいいサンルーム、ちょうどパドック(写真……右下に白い勝負服着て歩く譚さんのお姿ありから馬場に向かう馬がこのBarの下を抜けてゆく眺め。隣の馬主の卓に神様仏様Size調教師様いらっしゃり凛々しいお姿。反対隣のテーブルは今季で引退のHownes調教師、斜め向かいはD.Cruz調教師と馬主。終わってタクシー代だけ残していたI君のおごりでタクシーで帰宅。競馬の間に荷風先生『ふらんす物語』読了。オペラ観劇の素養あればかなり面白い荷風先生のオペラに関する文章、読んでもさっぱりわからず。ドビッシーについての記載はかなり面白くドビッシーのピアノ小曲好むZ嬢と競馬眺めつつ暫しドビッシー談義。
▼天安門事件から14年。今年はこの追悼集会を例年主催する支聯會と民主諸派は64に23条立法問題を重ねカソリック教会の23条反対や総主教の積極さ目立ち例年にない盛上がり。天安門事件は若者らの愛国心をかつての革命政府が弾圧し改革に燃える若者らを殺害した悲劇。中共じたいが(当時はまだ登β、葉剣英、陳雲、楊尚昆ら革命世代健在)若い頃に同じような闘志に燃えて革命起こし新国家建設したわけで、なぜそれが赦され89年の天安門がその革命世代に弾圧されたか、といえば、49年に至るまでは(そのあとは悲劇だが)当時の中国の社会情勢にあっては腐敗した政権と海外列強の侵略のなかで少なくとも若い共産主義者らは旧守派よか未来を託すに値したわけで、それに対して89年は経済成長のなかで中共の抑圧体制に社会の不満は鬱積していても実際に天安門に集った若者らが指揮権握り中共が弱体化したらどうなるか?と冷静に判断すれば成果より混乱が予想され「それなら中共のほうが現状ではまだマシ」といふ判断が中共内部にすらあり、それで主権者にしてみれば憂国の念か、この市民弾圧がどれだけ中共の威信を失落させ国際的非難受けようが断行した、というのが真相か。結果論だが、あの時に中共が広汎なる社会改革運動を抑制せず民主化が進んでいれば当然そのリスクとしての社会混乱がおきるわけで、それが人口12億の国家となると只事では済まず。だからといって天安門事件での中共の取策が肯定されるわけでなく、そもそもの問題は49年にそこまで民衆の支持を受けて革命に成功した中共が50年代にはすでに高級車宛がわれ専用の娯楽施設で遊び外国映画を鑑賞して山海の珍味頬張る特権階級と化していたこと。結局建国から40年で中共は理想主義から単に(といってもそれが最も困難なことなのだが)10億の民衆を抱く経済貧困の国家をどう統率し経済発展維持するか、これだけができるかどうかが国内外で中共に対する唯一の依託となったのであり、それが出来うる限りは自由だの人権だので問題あっても中共の治世を認める、という駆引きだけの世界。ただ将来い対して悲観的にならざるを得ないのは、シンガポールが人口僅か300万人にも満たぬ小国であれほどの経済成長と安定を果たしても未だに一党独裁体制を維持するような現実、そして社会は経済成長果たした挙句に米国、日本のような「ひかえめなファシズム」が21世紀の世界に待ち受けていること。とすると条件は更に厳しい中国にとって希望的な未来はかなり難しい、としか思えぬか。

六月三日(火)曇。黄昏にジム。最近は平日はせめて週1になりぬ。ジム出ようとしてばったりT君と邂逅。T君は某銀行にて余の口座担当で数年前に別銀行のPrivate Bankingに移る。最近の話を聞けば長年つきあう恋人、これが或るコンピュータ系ベンチャー企業の御曹司にて数年前のハイテクバブルの頃はかなり羽振りよかったが一気に冷めた最近は噂も聞かぬが、その彼が今は市民権有する豪州にいるそうでT君もその彼を保証人として移民目的で現在の仕事止め来月渡豪、5年間のうち2年の滞在があればT君も市民権を得られるそうで、それまで5年は豪州と香港を往来、と。こういう緩い感覚で国籍であるとか永住権であるとかが扱われているのが日本を除く世界の現実。日本はたかだか日本国籍の相手と結婚しただけで中国にいる親兄弟親戚までの素性明らにさせる。帰宅して明日が端午節、今年は中環の金庸記の粽をいただ(写真)一つHK$70だかするのだからさすが金庸記のいい値だが魚介類から上質の鶏肉、椎茸など具豊富。いただいた苺があり、苺といへば日本では蜜柑を抜いて果物の消費量で一位が苺だとか、苺など洗わなければならず蔕を取らねばならぬし甘みも弱く蜜柑のほうがよっぽど美味いと思うのだが、Z嬢が苺をBalsamico酢とメイプルシロップに和えて、これが殊のほかイケる。毎週火曜日の夜は隣家にて夜8時に教師参りピアノの練習あり。隣家の愛娘がピアノ弾くのだが夜11時なっても弱音ペダルすら使わずピアノ引くので抗議したら隣家の主人は余を彼の家庭の幸福崩壊させるテロリストとでも思ったのか過剰な反応みせ妥協すらせぬ態度とっていたが、さすがに住宅管理所より指摘あったようで弱音ペダルは使うようになり、それで毎週火曜日の練習だが何が不憫であるかといへば折角親が娘のためにとピアノ習わせても香港式でOxfordだかのmethoodで試験の課題曲ばかり練習、それも教師が弾いてみせて覚えさせてゆく練習が一曲のためにもう半年以上続いており、実際の課題曲はその子にとって実力よりかなり難度が高いのだが徹底してその曲ばかり、しかも譜面を読ませていないとZ嬢は指摘。これぢゃこの子にとって本来のピアノは会得できず可愛そう。それを娘のためと盲目的に施そうとする親もまた不憫。最近越してきた反対側の家は麻雀キチガイ家族。どういう家族構成か知らぬが狭い家に大人3名と高校生くらいの娘にまだ幼児が一人。そこで連日のように麻雀、週イチで徹マンもあり、他人事ながら他に何かやることないのだろうか、娘と幼児はその狭い家で麻雀の音聞いてどうしているのだろうか、聴覚はもはや麻痺しているのだろうか、などと想像。荷風先生の『ふらんす物語』読む。『あめりか物語』でもそうだが娼婦は英語でも仏語でも「おにいさん、ちょっとあんた、〜ちょうだいよぉ」と烏森口の私娼の如し。これが風情といふもの。ちなみに当時これがウケたのは米仏にて悠々と遊ぶ荷風先生が羨望されたからであり、荷風先生といへども『ふらんす』あたりだとまだ文章は習作、そのうえ新版の文庫本ではやたら句点が打たれ読みづらいのだが……。ところで身は米国にあっても渡仏に憧れる荷風先生曰く(句点は省いた)
何につけても吾々には米国の社会の余りに常識的なのが気に入らない。ロシヤのような例えばキシネフの如き虐殺もなければドイツ、フランスに於いて見るような劇的な社会主義の運動もない。ユーゴーがエルナニの昔、ドビユイッシイがペルデアス・ヱ・メリザンドの昨日を思わせるような激烈な芸術の争論もない。何も彼も例の不文法(Unwriting law)と社会の世論(Public opinion)とで巧に治って行く米国は、吾々には堪えがたいほど健全過ぎる。
videonews.comにて神保&宮台のTalk on Demandにて漫画家の江川達也氏ゲストにした日本の愛国心談義聞く。英仏に見られる王政を打倒するためにうまれた愛国心と宮台氏のいう田吾作を集めて国家を作るために想像された愛国心の違い。日経の衛星版付属誌の連載の原稿校正。
▼朝日の天声人語「ひかえめな愛国心」説く。
「他の国よりそれほど見劣りはしないと信じたい」。そんなささやかな「愛」である。
……と。自民党麻生三世の「創氏改名は朝鮮人が望んだ」といふ
「控えめ」ではない刺激的な発言
に対して、伝統工芸展50年を記念する「わざの美」展を見た天声人語子は
「日本工芸の多様さと美しさとを改めて教えてくれる。繊細な技能を駆使した「控えめの美」が「控えめな愛国心」を満足させてくれた。
そうで
愛国心をあおるような政治家発言や、教育基本法をめぐる「愛国心」論議などを聞くにつれ、思う。日本の伝統が育んだ「美」を見る方が「愛国心」にはどんなに効果的か。
と。言いたいことは、形骸だけの国家主義(ここでは他国を詰っての権威主義)を徒に煽るのではなく、素直な心で誇れるもの(ここでは工巧の美)を培うことの大切さ、なのだろうが、そもそも愛国心と工巧というのは質的に全くことなるものであり、ここで「危険な」愛国心の抑制のために工巧を挙げて用いることの朝日の天声人語のなんたる幼拙ぶり。丸山真男先生が読んだら卒倒するであろう、これ。本来、ここで「朝日の嫌う愛国心」と対峙して主張されるべきは(寺島実郎氏が積極的に主張しているような)憲法であると理想的な平和、民主と自由などを標榜する日本という国家(もしこれがあるのなら)それへの積極的な愛国心であるべきで、現実にはいくらそれがここまで蔑視され慘澹たる社会であろうとも、「ひかえめな愛国心」などという全く意味のない屈折した言葉で濁すとは呆れるばかり。どんなに嗤われようと、護憲なり丸腰平和論なり主張してこそ朝日であろうし、それを積極的な愛国心と主張するべき。それがH君曰く弱弱しく「ボクらも愛国者だけど、ただちょっと控えめなだけなんだよね」と語らざるをえないところが、今日の朝日・民主党左派の思想的な致命傷、と。21世紀の「ひかえめなファシズム」がここにある。

六月二日(月)快晴。晩に出先にて日経の付属誌に月一連載の原稿呻吟。出先にて原稿書き送れてしまふのだから便利。これまでも出来ないことではなきところ電脳ぢたいが携えるには重く煩わしく辞書くらいなら電脳なりに装備していても資料検索ができず(実は原稿書いているより資料蒐集に大きな時間を割いていた)どうしても書斎なり使いこんだ図書館なりでの執筆を要したがインターネットで資料検索が格段に容易となった結果。もともと余は原稿なるもの頭のなかで想像と構想続いていれば実際に打字するのは早いのだが1,600字を1時間余でできるのは字や言葉を査すのに時間浪費せぬため。
▼自民党の麻生太郎君、東京大学の学園祭で朝鮮での創氏改名についてそれが日本の強要ではなく朝鮮人が望んだことなどと言及。驚くほどのことではなくこういった歴史観は自民党にとって常識であり寧ろ自民党の代議士で日本の朝鮮半島支配に心から深謝し支那侵略だの虐殺を認めるほうが稀。基本的に日本は東アジア諸国の発展に寄与してきた、のである、彼らにとって。ただ理不尽なことがいくつかあり、まず、この東大での発言、麻生君曰く「学生にわかりやすく説明しようとして言葉が足りなくなり、真意が伝わらなかった」と(こちら)。キョービの東大の学生、麻生君にここまで易しく説いてもらわぬと近代史理解できぬほどバカか。そこまでひどくはない。それにしても、麻生君、自民党に多い地方の田舎漢代議士とは異なり、太郎君は麻生財閥の創業者であり衆議院議員の太吉の孫であるから麻生三世でいいのだろうが、母側の祖父が吉田茂、祖母は牧野伸顕の娘、牧野は大久保利通の次男であるから大久保から数えたら五世、太郎君の妹は三笠宮寛仁殿下の妻であり、太郎君の妻は鈴木善幸の娘(ここだけ多少格が落ちる)、とまさに自民党のサラブレッド。それにしてもそういう人がなぜこんな陳腐な発言を?と思ってはならぬ。まず筑豊の麻生家であるから朝鮮とそれほど疎遠感はないはず。むしろ一衣帯水。しかも宮家だの裏千家だのもともと朝鮮から渡ってきたといふ古い家々と姻戚関係にあり、朝鮮に憎悪などないかも。で、この発言、よく読むと、本人にしてみたらこれに「朝鮮」差別はないのでは? 朝鮮の王家、家柄のいい財閥とならなんの隔たりも偏見もなくご近づつきあいできる。この人は麻生家の感覚として、日本による朝鮮支配という現実があるから(明治の元勳とこうも繋がっていては明治の国策を肯定して当然、それの是非は問わず)日本名のほうが便利だし差別されないのであり、民衆への識字も支配階級で文化と学のある者が施すのが当然といふ「善意」にすぎず。筑豊の炭鉱で朝鮮からの強制労働があったことも、そこに産業があり労働力が必要でその供給地が朝鮮半島であった、という認識も可能となるかも。かういふ人だから考え方が間違っているといってもはじまらず。寧ろ問題は自民党の未来の首相候補が東大での講演でこんな陳腐な話題しか呈せぬこととそんなのを拝聴してしまった最高学府の悲劇である。朝鮮側にしてみたら民族感情逆撫でされたろうが「もともと東ひむがしの蛮族に文化どころか文明供しその東国支配したのも我らが祖先」と嗤ってしまへばよろしいこと。

六月一日(日)快晴。昼前に裏山を小一時間走るが流石に気温30度越え強烈なる日差し辛い。そのままマンションのプールに飛び込み少し泳ぎ甲羅干し……といふ表現をプール傍らで突然思い出したが曾ては甲羅干しにより日燒けすることが健康な肌の象徴の如しが今では日燒け=皮膚の劣化と癌など恐ろしく日燒け大敵。午後はワイヤレスLANの設定をM君に請い来宅を待ちつつテレビで競馬中継、日本のダービーまで衛星報道で観戦。Charter CupはPrecisionが7番人気20倍で一着。余の本命高山名望は10着と全く揮わず原居民に至っては末尾に甘んじる。M君により簡単にワイヤレスLAN設定。ただし流石に書斎より居間にまでは電波弱くBooster必要。今日大埔近郊に野鳥見学に出向いていた走行会のうちI君、I2君、O君の3名が晩にMoet & Chandonなどシャンペン2本持参で現れ良く飲み良く食す。白ワイン1本、封の開いていたサントリー山崎、バランタインの17年もとたんに空となり、ブランデーからバランタインの21年まで飲み始めこのままでは酒蔵空になる危険感じたがI君寝てしまいお開き。

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