乾 坤容我静 名利任人忙
(旧)教育基本法(1947〜2006) 改正に反対した文化人129 名の声明 憲法改正反対(九 条の会こちら)          

また眞理を知らん、而して眞理は汝らに自由を得さすべし。
ヨ ハネによる福音書8章32節)

メディアはコミュニケーションの道具という素朴なイメージがあるが、もっともこの言葉は「中間」という意味であり、二つのものの間を取り次ぐという意味で はコミュニケーションの道具となるが、同時に最初は一つであったものを二つに分けるという効果ももたらす。メディアは、それがもたらす情報を共有し仲間意 識を持つグループと、そうしたものに無関心、あるいは反発するグループとの分裂をもたらす。メディアが発達すればするほどこの分化は進む。だから、メディ アの発達がコミュニケーションを豊かにするというのは幻想にすぎない。(佐藤卓己)

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■最近のブログ化のご時世に敢へてブログ化せぬ日記を。の 心づもりでをります。敢へて全て讀むこと強ゐる日剩あつてもいゝのでは?と。
讀みにくいこと間違ひなきサイト乍ら今後とも御贔屓の程宜しくお願ひ申し上げます。

2000 年11月24日からおそらくあなたは番目の閲覧者です。

三月卅一日(土)早晩まで忙殺され続ける。通りがかりの九龍の某ショッピングセンターで手塚治虫のキャラクター展開催中。手塚治虫の世界はどこが「子ども に 夢と希望を与える」のかしら。よ くよく見ると大人が子どものキャラを使ったエログロ的なところもあり。それが「夢と希望」のオブラートに包まれるから、それが手塚治虫の凄いところなのだ が。宮崎駿あたりはそれを踏襲する気負いなのだろうが。科学館で映画『下 午狗叫』(監督:張躍東、中国、06年)見る。やっぱりどうもビデオ映画作品って苦手。フィルムに比べると何処でもロケできる手軽さが映像に出て しまう。マイクも音を拾いすぎたり雑音が五月蝿くて。都市に生きるさまざまな人間模様、みたいのを科白少なく傍観的に映したビデオがどこまで映画なのか、 ちょっと困る。二更に香港市大会堂で映画“No Regret”(中題:愛在基吧的日子、邦題は「悔いなき恋」らしいが不明、監督:李松喜一、韓国、06年)見る。ソ ウル舞台にした同性愛の恋愛物。田舎から出てきた主人公の青年は昼は工場に働き夜は自動車代行のアルバイトで将来の学費稼ぐが工場を解雇され、同性相手の 看板はカラオケ、実は淫売の店に入る。廓にいったん足を踏み入れたら泥沼、という友人の勧告に「カネを工面するだけだ」と主人公。自動車代行の客であった 青年実業家、実は主人公が解雇された工場の社長の御曹司、それ彼が主人公に恋し、この淫売カラオケに客として現われ、……あとは「韓国らしい」テイストか もしれぬが御曹司にはフィアンセがおり結婚の重圧、全てを捨てる覚悟で愛を貫こうとするが「このままじゃ泥沼」と覚悟した主人公は……と殺しか心中か、 と。成人映画指定はカラオケ淫売での口交や二人の肛交があるゆゑ、だろうが、どちらかと言うと韓国らいしい情と怨念の激愛モノ、である。映画終っ久々に FCCに寄る。ドバイからの競馬中継を見るがため。自宅でも見れるのだが。Dubai Sheema Classic(芝、2,400m)には香港からVengeance of Rain(爪皇凌雨)参戦。香港でのオッズ見ると何故かポップロックが人気。昨年5月に目黒記念(G2)に勝って思いっきりの重賞狙いだが昨年10月のメ ルボルンカップから有馬記念も2着、今年2月の京都記念(G2)も二着で、御祝儀も含めVengeance of Rainに賭けていたのだがよく頑張った!で優勝。続くDubai Duty Free(芝、1,777m)は昨年12月の香港国際で独走のPrideに迫り僅か首差で二着のアドマイヤムーン(武豊騎手)である。四着くらいのいい位 置から「きちんと出て」見せ鞭くらいで優勝。おっと気持ちがいいねぇ二連勝だよ、アタシは。でDubai World Cup(ダート、2,000m)である。ダントツで一番人気はDettori騎手のDiscreet Catなのだが、どうも神憑さの欠けた感あり、のDettori師(Duty Freeでゴールしてさすがに興奮の武騎手にパッカパッカと近づき「おめでとう」と祝福する自らは酸敗のDettori騎手の「優しさ」が印象的であった が)に賭けたいと思えずアタシは今晩の絶好調で「絶対に来る」と自信もってInvasorに賭けたら、来ちゃったよ。でドバイ三連勝。
▼本日、六世中村歌右衛門命日。丸五年で神式なら六年祭。青山のお墓も折りから満開の桜。黒御影の墓碑に散りかかり綺麗だった、と聞く。墓前には神谷町が 真喜雄さんの名で供花の由。さすがに岡本町の墓前に神谷町も五代目の名を継いだ栄次郎で花の手向けは躊躇われたかしら。大成駒の「關扉」については久が原 のT君の話によれば大檀那がこれ演じる時は小町姫と墨染の二役を必ず兼ねたものだが先帝崩御のあと、アタシも見た平成元年三月には六代目歌右衛門、さすが に体力衰え、小町を京屋に任せ墨染の片役のみ演じ、これは後にも先にもこの時かぎり。配役決まったのは「昭和」のうちだったが宗貞の「崩御を悼むあまりに や薄墨色に咲きたるを」というセリフは原作の能「墨染桜」に従い仁明天皇崩御後の設定、それが、そう、一月の先帝崩御で、諒闇の春の芝居になったもの。

三月卅日(金)教育再生会議が道徳を「徳育」だかにして教科に、と提案。1月の第一次報告では「我が国が培ってきた倫理観や規範意識を子供たちが確実に身 につける」とかワケのわからぬこと宣っていたが(そもそも道徳や倫理、文化などに「我が国が培ってきた」なんてフレーズを被せることぢたい陳腐で不自然だ が、敢えて「我が国が培ってきた」と言うのなら、自民党のオトーサンたちの土建文明のどこに倫理観や規範意識があろうか。とても恥ずかしくて子どもたちに 「これが我が国の」とは教えられまいに)、今回は「戦前の修身のように先祖返りするのではなく、人としてどのように生きるか、他人をどう思いやるか。命あ るものを尊重すること(を教えること)で環境教育にもつながる。全体主義になったり、右になったりするわけではない」と弁明(主査の白石真澄・東洋大教 授)。社会が荒廃しているから徳育が必要、って、テロの脅威があるから国家による安全保障の拡充が必要、街角に監視カメラも容認、と同じで、ほんとに荒廃 や危機あって、なのか、何か企みがあるから荒廃や危機の強調なのか……アタシには後者としか思えず。本日。滑り込みで早晩に尖沙咀東の科学館。今晩はここ で映画三本。最初は映画『檳 榔』(監督:楊恆、中国、2006年)。中 国の独特な方言話すどこか南方のような風景だが湘西。湖南省西部の、そう、作家・沈従文はこの湘西の鳳凰県の出。漢族、苗族、土家族など混在する土地で言 葉も普通話どころかさらに西の陝西や東南の四川より更に独特な方言を話す。物語はこの湘西の小さな街にふらふらする少年らと一人の少女の日常。ビデオ作品 でホワイトバランスが狂っていて終始ちょっと白けているのは意図的なのかどうか、はわからぬが、本当に淡々と日常を映すだけ。たまに恐喝したりする以外は バイクで走り回り、河を眺め煙草を吸うばかり。112分の作品だが煙草を吸っている場面が90分くらいで、本当に話の展開は30分くらい。自然にあんなに 煙草を吸うか。そんなにやることがないのか。演出だとしたら退屈。結局、自由にカメラの前で振る舞っていい、と言われた少年らが手持無沙汰で煙草を勧め合 う事ばかりになってしまった、ように思える。ふらふらしている若者を描いても中上健次のような若者に神聖性など見ない。魅力があるわけでもなく、それが自 然といえば自然なのだが。かといってドキュメンタリーでもないし、結局、中途半端なのか……。続 いて映画“Men at Work”(監督:Mani Haghighi、イラン、2006年)見る。冒頭から面白い。イランというと私らは勝手に殺伐とした中東の、イスラムだのテロだの戦争での混乱など、ば かり想像するがイランのテヘランに住む裕福で知的な中年の男四人が、山岳地帯にスキーに行くところから話は始まる。日産の高級ジープで、話題はもっぱらそ の晩の、ワールドカップ(たぶんアジア地区最終予選?)での母国イランの対日本戦。で山岳地帯の山道を走っていた四人が見つけたのは急な崖に立つトーテム ポールのような石柱。最初は眺めているだけだったが、その石を倒せないか、崖下の谷底に落とせないか、と思案し押したり引っ張ったり、を始め、だんだんと それに熱中しスキーに行くことも忘れ晩まで延々と……と、こう書いてしまうと面白みもないが、面白い。伊丹十三が撮ったら、もっとお笑い的な要素も入ろう が、この監督がシリアスに描くところがまた、これがいい。イランにこういう映画がある、こういう都市層がいる、とそれだけでも見た甲斐あり。さすがに疲れ て帰ろうか、とも思ったが昔は映画の三本立て、なんてあったし平気だった、と思い出す。京成線の堀切菖蒲園の映画館で桃井かおりデビュー作『エロスは甘き 香り』と『限りなく透明に近いブルー』と『エーゲ海に捧ぐ』の三本立て500円、とか、見たなぁ、昔は。で 三本目は映画“The Elephant and the Sea”(監督:Woo Ming-jing、マレーシア、2007年)。ちょうど蔡明亮が出てくる直前のころの台湾みたいな、マレーシアはそんな映画の時期にあたる。若い華僑の この監督の描くマレーシアは、自分の故郷であるマレーシアの田舎の華僑の街。鳥インフルエンザや水質汚染がひどく家族を亡くす者が多い。主人公の若者は兄 と一緒に田舎道に釘のついた板など並べては自動車が通りかかりパンクするのを待ってパンク修理で小遣い稼ぎ。その彼は兄を疫病で亡くし、もう一人の壮年の 漁師は漁に出ていた間に妻が亡くなり自宅は疫禍対策で封鎖されてしまう。漁師はシェルターに隔離され、失意の若者は淫売宿でバイクを使って客の送迎の仕事 にありつく。漁師は政府からの援助金で娼婦を買い、若者は小遣い欲しさに妹を淫売宿に売る……疫禍の中の絶望的な暮らしだが、この監督のセンスの良さで実 にいい映画に仕上がった。
▼香港教育学院の香港中文大学への合併吸収計画強要について。政府教育統籌局による大学再編成とメガ大学構想において中文大との合併案を教育統籌局局長ら が職権乱用で強要、として教育学院の学長が提訴。政府は特別委員会を編み、この問題調査に当たるが、香港政府の現・教育統籌局長で中文大学元学長のアー サー王(Arthur 李國章)が合併案合意強要では教育学院のPaul Morris学長に対して“the institute would be raped if it does not agree to merger with Chinese University”と語った、と証言。政府の教育担当最高責任者が大学再編成問題で「言うこと聞かないならレイプするぞ」と脅すとは……。また教育統 籌局長の教育学院の卒業式への来賓としての参列についても学生の中で自分に対して抗議活動などあるのなら身の危険を鑑みて出席せぬ、と表示。Morris 学長はアーサー王に対して「学生は抗議文を手渡すなどするだけで危害を加えるようなものではない。学生にも発言の機会は保証されるわけで物事を自由に考え ることをどうコントロールすればいいのだ」と諭すがアーサー王は「自分は率直な人間だ。先鋒に立つ。もし自分を攻撃する者がいたら自分は復讐 (retaliate)する」とまるで石原慎太郎。この会話を聡明なるMorris氏は録音しており昨日の委員会でこれを暴露。さすがの厚顔アーサー王も 顔を紅潮させ神妙な表情であった由。アーサー王がアーサー王なら王に仕えた教統局常任秘書長のFanny羅范淑芬(現在は廉政公署 ICAC の局長とは世も末)もさすが狂気の沙汰で執拗に教育学院に合併案呑まぬのなら課程見直しなど圧力かける。このFanny羅、一連の教育「改革」の最中、重 圧に耐えかねた教師が二人続けて自殺した際に「教育改革が自殺の原因ならなぜ二人だけなの?」と発言するなど政府でもその人格まで疑われる人。

三月廿九日(木)小泉三世の御世は毎週木曜日といえば小泉内閣メールマガジン話題にしたが安倍三世になってメールマガジンも話題にもならず。安倍内閣発足 以来今日まで27回のメルマガのうちいったい何度話題にできたかしら。今日は「予算成立に思う、がんばれ地方」と題して相変わらず毒にも薬にもならぬ作 文。24日に高松と岡山尋ねた記述あり。が、首相官邸側から岡山県庁の記者クラブに対しての記者会見開催依頼は記者クラブ側から岡山県庁の記者クラブとし て首相記者会見開催する意義見当たらずとして開催断られた由。本日。諸事忙殺され晩飯も食わぬまま二更に至る。バーYのバーテンダーT君が今月末で帰国と 思いだしバーYに寄りT君にお別れ。ハイボール二杯とモルト一杯。バーSにも寄りさっとモルト一杯。

三月廿八日(水)諸事忙殺され続けるが今日は強制終了ボタン押して夕方に尖沙咀。香港芸術館にて開催中のThe Chater Collectionの絵画や写真の展示見る。香港に公園や街道に名を遺すCatchick Paul Chater卿(1846-1926)は出自はカルカッタ生まれのアルマニア人。英国植民地にてWharfやThe Hongkong Landといった大企業の創始者、で1987年に英国政府よりCGM勲章得て1902年にSIrの爵位授けられる。香港開闢当時の絵や20世紀初頭の風景 写真などChater卿蒐集のもの数多く展示あり。Space MuseumにてPaolo Gioliの映像作品(こ ちら)を看る。写 真を次々と組み合わせた印象派作品……としか言いようがない。この人の映像作品を4回にわけ紹介する企みが今回の香港映画祭で実現したが(日本でも殆ど知 られてない作家のようだが)この日も十数名の観衆と閑散。変貌激しいKCR尖東站の地上部分歩き尖沙咀東。ズミルックスの50mmのレンズ買って以来で久 々に永安広場の新富山撮影器材(New Francis Camera)冷かす。西洋人の若い客あり。なんとライカの M8を買う算段中。M8の現物も初めて見たがM8を買う酔狂な御仁がいようとは……かなり驚 く。その客「妻が何と言うか」で思案顔。やはり世界中、ライカ購入で何が最も障害か、と言えば配偶者の怒りと落胆。最終的にデポジットをHK$2,000 だか預けることでカメラ本体取り置きで今日は落ち着いた模様。それにしても、その客が去った後に店主に聞くと、このライカM8、値段は41ドルだそう な……(この店主、上海人だと今日、電話でのやりとりを聞いて初めて知ったが、なにがイヤか、といえばカメラの値段を聞くと例えば今日も見たズミクロンの 35mmが12ドル、って当然これは12千ドルなのだが、全てがこの調子。つまりライカだから千ドル単位で当たり前、なのだ)。高い、ライカのMシリーズ とはいえ「たかだかデジタルに」HK$41,000だ。日本の57万円(価格.com調べ)のほうがまだ安いが……それにしても。41千ドルもあったら上 質のM3とレンズ2本くらい買うけどね、アタシだったら。と思うが「そんなの持ってるからデジタルM8に食指延ばしたのだ」と言われたらそれまで、か。い ずれにしても他人の買い物だ。科学館で映画“Black Gold”見る。黒い黄金、中文題は見ての通り、で『不公平珈琲』である。エチオピアなど産出国で低価格に押さえられた珈琲がどうやって20倍の 価格の一杯の珈琲にまで値段が跳ね上がるのか、エチオピアで生産者利益考えながら珈琲豆輸出する商人を主な主人公にして不公平な南北貿易の実態に迫った、 というルポ映画で、当然のようにスポンサーはOxfamである。会場ではFair Tradeの珈琲豆も販売。映画終って、ふと五味鳥で独り焼き鳥でも数串、と思ったがダイエット中の身、焼き鳥はいいが熱燗二合がね、と思って我慢。雲呑 麺食べて地下鉄で中環。ス ターフェリーの波止場に隣接する歴史長きQueen's Pierも取り壊しだそうで通りがかりに写真撮影。歴代の総督が船から上陸するのがこの波止場で、飛行機の時代になっても啓徳空港に着いてから自動車で尖 沙咀まで来て(海底トンネル潜らず)わざわざ総督の船艇に乗り換え、このQueen's Pierに上陸して総督就任式典に臨んだのも懐かしい集団記憶の一つ。今晩三本目の映画は“Poison Friends”という仏蘭西映画。巴里のソルボンヌ大学で文学や哲学学ぶ学生らの、興味ある人にはとっても巴里っぽい人文哲学の青春だけど、興 味ない人には「バカじゃねーの、こいつら」な物語。アタシは個人的にはこの文学青年らに「将来はない」と思うが、他人の勝手で、オタクだと思えば電車男の ように面白い。がこの青二才どもが突然、作家になってしまったり(石原慎太郎も、そうだが)「世の中、そんなに甘くねーんだよ」と言いたくもあり。ところ でこの監督、Emmanuel Bourdieuという人、実際に大学で人文学の先生で今回この映画を撮ってカンヌ映画祭でも批評家週の特賞取った由。でこのブルデュという名前、どこか で聞いたことがある?と思ったアナタは80年代のニューアカ世代。構造主義で「ディスタンクシオン」でしたか、確か今村仁司先生とかが日本で紹介、の仏蘭 西の社会哲学者ピエール=ブルデュのお子さんだそうな。京の桜を愛でてきた村上湛君からメール届き、歌舞伎だと「関扉」にあたる能の「墨染櫻」という曲、 アタシが能に疎いのは承知で「日の本の初花の心にて」と村上君自身が古い完本より起こした脚本見せていただく。歌舞伎の関扉だと関兵衛が盃中を見込む場面 が能の現行の演出では、この「能の前場でシテが出家する時に盥の水に姿を映す趣向のヤツシ」にあたるそれがないのだそうな。で村上君の本はそれの復活。こ の関の扉の墨染といえば先帝陛下崩御の年、アタクシも東都に在り、大成駒の最後の墨染を歌舞伎座で見たこと思い出す。
▼香港文化人類学会の会報で中文大学のCheung Wai-shanという学生の卒業論文だろうか“Training Good Citizens: A Case Study of A Boy's Home in Hong Kong”を読む。香港の政府系のBlue Sky Centreという非行少年収監施設(少年刑務所や少年院に比べ週末の外出が出来たりする)でのフィールドワークに基づいた調査。こういった更生施設の特 異性についてはフーコーなどすでに興味深い指摘あるが、この学生も、理不尽と思える罰則制度や見せしめ、寮生がシャワー中にたった2人が雑談していただけ で「声がデカイ」と注意され全員がシャワー中断され裸のまま注意勧告受けることなど、更生施設にありがちな制度などに着目。また更生施設では寮生らが実際 に「更生」したかどうか、が結果だが、施設内でどう振る舞うことによって寮監から評価されるか、それに合わせることなど寮生にとっては常識的に容易な見せ かけ行為で(これは精神病などの患者が医者の前で精神病的に振る舞うと医者が喜ぶ、というのと同じか)、論文は結論として、<施設>は非行少年の更生とい う大義名分、それに対して実際は非行の問題を社会から隔離することが存在の根拠の一つ、とシニカルに結論づけたことは興味深い。

三月廿七日(水)尖沙咀は宣昌街に沙龍撮影器材というカメラ店あり。Ashley Rdに行く横丁なので時々通るのだが一見して問屋。小 売とも書いてあるが客がいたためしもない。商品も箱のまま。ライカとかハッセルブラッドまで扱っているようで、おそらく、の推測だが尖沙咀に星の数ほどあ る、少なくとも「源記」系茶餐庁より数の多いカメラ屋にとって高価なカメラの在庫維持は難あり、この問屋はそういったカメラ店に急ぎ出出来マスなのかしら (当初、バッタ屋か、と思ったこともあったが)。Ashley Rdの京笹でZ嬢と待ち合せ晩飯。香港映画祭、というと京笹、がもう何年も続く。中落ち丼。文化中心で映画祭の重点上映作品となった『武士の一分』(監督:山田洋次、06年)を見る。木村拓哉が出てきただけで喜ぶ ファン多し。V6の岡田君のファンほど一挙一動に大騒ぎせぬだけ、まだマシか。その木村拓哉君演じる三村新之丞の役がどうしても最近の山田洋次の時代劇だ と真田広之にオーバーラップしてしまう。檀れい、こんな武士の妻が似合うとは……。この映画、何といっても笹野高史、といえば上海バンスキングだが、笹野 高史の名演よりも、さらに感動したのはやはり緒形拳の道場主役での剣捌き。この監督の前作の『隠し剣 鬼の爪』では悪代官役で殺陣なかったが今回で久々に 新国劇出身のこの人の剣捌きを見て、さすが。でもやっぱり藤 澤周平原作の山田洋次の時代劇もまだ続くのかしら。寅さん、じゃないが、卯建の上がらぬ下級武士が実は剣に優れ、何かの遺恨で……と。
▼朝日新聞の調査によれば都知事選で「東京が大きく変わってほしい」と望む都民は初回調査では浅野史郎支持が石原慎太郎支持を上回ったが今回調査では石原 支持が挽回。浅野候補の主張など聞くに従い官僚的な背景を感じ「これじゃ変わらない」でやっぱり石原、か。何か変わること期待した時に左翼的、革命的な社 会改革ではなく明治の御一新同様にお上からの変革、ひどいと昭和はじめの昭和維新のように右翼的なファッショに走ったわけだが、石原に期待、もそれに近い もの、否、まさにそれ。

三月廿六日(月)早晩にSpace Museumの会場で映画『副 歌』(監督:崔子恩、中国、06年)見る。109分の映画でシーンはわずかに11のみ。延々と十代の兄と弟の二人が映される。両親に捨てられ二人 暮らし(家があるということは両親は家に二人の子を残し蒸発という設定か)の兄弟。兄は所謂、精神薄弱。生活費にも事欠 き弟はギター弾いて路上で歌い小銭を稼ぐことで糊口を凌ごうとするが身体を売りHIVに感染という背景(ここは映画では具体的には語られず解説でようやく 知った事)。家族もおらず社会的福利も得られずで外界から孤立した二人。シーンは冒頭から家のなかで兄と弟は文字通り「赤裸」で振る舞うことは一見、異様 ではあるが、これは「赤貧」の記号だろう。が、そういった貧困と精神薄弱、疫病といったトピックスにしては、あまりに肢体の美しい二人の若者が赤裸でずっ とあることは(カメラは容赦なく全裸の二人を映す)当然、この崔子恩監督らしいところで、この映画は日本でいえば明らかに折口先生の身毒丸、それを蜷川先 生が演出するようなもの。死に急ぐ弟に妖精のように振る舞う兄。精薄であるはずの兄が晩に(ちなみにこの映画はわずか5日で撮影されたそうだが物語はまる で或る日の朝から晩にかけての物語にすら見える、とくに陽光がそうなのだ。)部屋に蝋燭を沢山灯して基督教の聖式の如く対して弟に主からの給わったような 葡萄酒とパンを与える。その葡萄酒は兄が夕方、自分の唾液を混ぜただけなのだが。その儀式が済み足を洗う二人。寝台に臥せると徐ろに兄は背後から弟に対し て肛交の如き仕草の真似を続け物語は終章へと導かれてゆく。ほんと折口先生の世界。今晩はあと二本、映画見るつもりではあったが帰宅してやり残したお仕事 の続き済ます。パスタと葡萄酒。阿部寛の『結婚できない男』だったかケーブルテレビで観る。先週あたりから忙しい日が続き憂さ晴らしにイースター連休など 論外で直近で悲しいかな夏の旅行の計画立てる。

三月廿五日(日)朝四時前に胃痛で目が覚めてしまい胃薬服してもまんじりともせぬまま夜明け。HK Distance Runners Club主催の第31回Mount Butler Race開催あり朝七時すぎにタクシーで黄泥涌水塘。もう何回目だろうか大潭に下りバトラー山の峠に上りSir Cesil Rideを走る約15kmほどのレース。坂道の登りは歩くに徹すと決めたが、さすがに体重は今朝で旧正月からわずか1ヶ月で4kg減は軽く感じて走ってい ても前方の三人を追い抜こう、と思うと瞬発がきくから面白い。昨年などの疲労感を思い出しつつ楽しく走り昨年より10分短縮で1時間40分ほどでゴール。 一旦帰宅して昼にZ嬢とMandarin Oriental Hotelの(このホテルの改装昨年末に終わり初めて)Cafe Causetteに食す。かつてのG階のMandarin Cafeが中二階に移りこの食肆に。ベーカリーも。ようはG階はブティックなどの賃貸でショバ代稼ぎ自店の飲食業は中二階でいいでしょう、という算段。メ ニューに海南鶏飯あり。もう二、三年前だか改装前のMandarin Cafeで悲しいほど不味い海南鶏飯出されこのホテルの嘗ての美味なる海南鶏飯思うと涙出るほどの失望トラウマとなり今日も怖くて注文できず。白葡萄酒は グラスで伊太利のSolaiaの02年。サラダ食し余は白葡萄酒と大蒜味のムール貝入りのパスタを注文。パスタは幼麺(linguine)とメニューにあ り。但し出てきたのは明らかにスパゲッティ。美味ければいいがやはり海鮮であっさりと、でパスタが歯ごたえあるスパゲッティでは美味いはずもなく給仕に 「これ、まちがってなぃけ?」と丁寧に尋ねると「linguineですが……っ申し訳ございません、これは明らかにスパゲッティッ!」と給仕低頭「すぐに お取り換えを」と。百歩譲って咄嗟にわかるだけまだキョービ許容すべきか。間違えは誰にでもあるが厨房でも料理人、料理長、給仕、給仕長……と誰かしら気 づかぬものか。暫 く待ってlinguineでパスタ供される。やはりこの店、Mandarin Cafeから何か「脇の甘さ」引摺っておらぬだろうか。先ほどのお詫びに、とデザートでチーズケーキ供される。これで今晩は夕食抜き決定。そうそう、昼食 前にThe LandmarkのThree Sixty°という高級食材店に初めて、Z嬢に連れられて行く。商品の陳列に難有り、というZ嬢の指摘に納得。CitysuperのK氏ならきっ と「バカじゃないの?、これ」と嗤うであろう、お願いだから点々バラバラはいいけど、家庭用品のパンパースの棚が酒売り場の隣、はやめていただきたいとこ ろ。これだけでOliversに軍配が上がろう、というもの。何を考えているのかしら……デリカシーの欠如甚だし。Z嬢と別れ尖沙咀に渡り午後、香港映画 祭で“This Film is not yet Rated”(監督:Kirby Dick、米国、06年)看る。米国の「映倫」の凄まじさに対する非難のドキュメンタリーなのだが社会派にならず敢えて風刺的なのが見事。それにしても、 やっぱり結局は基督教右派なのよね、問題は。終って旺角で映画『フ リージア』(監督は熊切和嘉)を看る。申し訳ないけど駄作。仇討ち法成立、って言われてもねぇ。原作の漫画読んでないので何とも言えないが仇討ち 法とか突然持ち出されても、着いていけましぇん。結局、主人公のオニイチャンが過去のトラウマから脱出できずに何人も仇討ちの助っ人で人を殺して、結局は 「スパゲッティナポリタンで大嫌いだったタマネギとピーマンが食べられるようになっただけじゃないのよっ!」と「おすぎ」なら言うかしら。つまらない映画 であった。銅鑼湾のUAで『十 三棵泡桐』(監督:呂樂、中国、06年)看るつもりで行列に並んだが満席で通し券はアタクシの数人前で打ち止めで入場できず。過去四、五年、通し 券で香港映画祭看て来て、確かに通し券は満席の場合入場お断りもあり、と書かれてはいるが実際に入場お断りされたのはこれが初めて。それほど人気の映画な のか、ただ銅鑼湾UAは気温摂氏25度で湿度高いなかTimes Squareの駐車場出口の横に並ばせるし映画館に映画祭の客を上げるのも面倒で実際に映画始まって10分ほどしてから通し券やプレスの客らに満席で入場 できず、と告げるなど手筈甚だ悪し。久々にバーYでハイボール二杯。新参のバーテンダー氏なかなか丁寧なハイボールを供してくれる。少したまった新聞と雑 誌『世界』四月号半分ほど読む(魚住昭『聞き書・村上正邦−日本政治右派の底流」という「余りに長すぎる」連載が「なんらかの事情で」休載)。浅野史郎氏 の連載もこの号で終ることになっていたのね。都知事選、その時点で出馬の覚悟決めてたか。西松建設の戦争中の中国人強制連行についての最高裁判決に向けた 記事興味深く読む。人権であるとか個人の尊厳であるとか「国際社会には、国家が自由に処分することができない利益がある」ということ、日本国憲法であると かが普遍法であることの意義、それが自民党のオトーサンたちや石原慎太郎はどうでもいいけど最高裁の裁判官でどれくらい咀嚼できているのかしら。

三月廿四日(土)北京より畏友O氏来港。O氏につき合い昼前に中環のカメラ屋巡り。目標はニコンのシャッターレリースAR-1の未使用品を探せ。40年前 のニコンのF、F2用で、アタシはF2にこれを中環の某カメラ店で「あげるよ」と授けられ使っておりO氏は御尊父譲りのFにこれを装備したい、と。御意。 Stanley街の有力カメラ店数軒覗くが在庫なし。それじゃ、と尖沙咀に渡る。「まぁここは新品のレンズとか眺めるだけで」と最初に天祥撮影器材に入り 一通りレンズ眺めアタシがLFI(Leica Fotoprafie International)という雑誌の2月号眺めているとO氏が「ありましたよ」と目敏くAR-1発掘。箱入りの新品。若い店員は「これ、何?」の表 情でHK$100で入手。ひとまず任務完了で香檳大廈の中古カメラ屋巡り。アタシなんざ眺めていても「これって何?」のようなファインダーであるとかアク セサリーがO氏の如き好事家にとっては垂涎のものばかり。い ろいろご指南いただく。David Chan氏の店でもかなり念入りにカメラ眺める。店の対面にある客は入れてくれないDC氏のカメラ倉庫は圧巻(画像)。徳發牛肉丸で昼に牛腩麺を食す。旺角。萬成などカメラ店ちょっと眺めO 氏と別れ午後は九龍で薮用済ませ夕刻、観塘のampなるショッピングセンターで確かCitysuperがあった、と思って葡萄酒買いに寄るが大きな勘違い だったようでジャスコがありジャスコ食品売り場の酒コーナーでMedocはCh. Saint-Hilaireの03年、St. EmilionはCh. De Monturonの2000年の二本購入し地下鉄で北角、タクシーでJardine's Lookoutの益新食堂。O氏夫妻とZ嬢と晩餐。益新は盛況。今晩も実に美味い粤菜堪 能。久々に夕食を腹一杯食す。まぁ明日走るからいいか。葡萄酒はCh. Saint-Hilaireが正解。それにしてもアタシが益新に入るなり支配人のW氏が厨房に「花彫、熱一枝!」と紹興酒のオーダー伝え「今日は葡萄酒だ よ」と慌てる。Z嬢が万歩計つけているのだが、それが東京から京都まで東海道五十三次のとても「ダサい」。中国でもこんなの売れないかね?という話題とな り、アタシの提案は題して万歩計「長征」。雷鋒に学べ!みたいなスローガンで万歩計で中国共産党の革命の苦難を実感、というわけでディスプレイは「遵義か ら延安まで」である。中国共産党のお墨付きグッズで、とくに若い党員などに向け販売、中学校とかでも使用が奨励され、かりに一個50元として少なく見積 もって五千万人に販売されたら25億元の売上げである。

三月廿三日(金)早晩に旺角UA映画館で映画“Dasepo Naughty Girls”(Dasepo Sonyeo、李在容監督、韓国、06年)看る。映画祭だから看ようと思った、B級クダラナイ映画で少し期待したが今ひとつ。コメディ映画にありがちな (マイケル=ホイの映画によく言えたことだが)冒頭のネタ満載、中だるみ、最後の筋もなんだかわからない極端な大詰め……。太空館で映画『垂 乳女』(監督:河瀬直美、06年)を看る。映 像にかけた人というのはここまで撮らないといけないのか、と柳美里の小説を読んだ時のような、何といえばいいのか、これを見せられてしまった者として「思 いつめ」を強いられる。男は、大宰治なんて甘い、江藤淳も此処までの覚悟に到ったかのか。河瀬直美は『萌の朱雀』を看た のが最初。その『萌』のスタイリストがアタシが恵比寿に住んでいた頃に仲良くしていただいた星さん、で納得。『垂乳女』と同時上映はファッション写真で気 鋭なNikki Leeが監督で自ら追ったドキュメンタリー“a.k.a. Nikki S. Lee”だったのだが『垂乳女』の河瀬直美のあとにどうしてもNikki Leeが生理的に受け付けられず半分ほど看てやはり我慢できず途中退場。雨降って空気がきれい。

三月廿二日(木)諸事忙殺され深更に到る。最近、夕食とらぬことに慣れ、せいぜいバナナ一本でも平気。朝かなり空腹で目覚めあんパンとか美味しく頂き昼は それなりに栄養価高く食す。旧正月日本に遊んだ頃より1ヶ月で5kg減。健康のため、というより「帽子がもっと似合うようにしたい」という気持ちから。勿 論、田中長徳とか嵐山光三郎とかデカい顔で帽子が似合う(とされる)御仁もいるが、ありゃ有名人だから許容されるのであって、普通はただの顔のデカいオヤ ジは「暑苦しい」だけ。寝際にウオツカの養命酒割り飲んでみると意外に美味い。椹木野衣『戦争と万博』続き読む。二月に日本に戻る際に途中迄読んでいて実 家に届いていた沢山の本に埋もれ昨晩発掘したもの。戦争と万博というテーマで話に満鉄が出てくるくらいは想像したがダダカンまで出てこようとは。アナーキ ズムどころかシュールレアリズムといった芸術でのアヴァンギャルドですら震災あればそれでお役御免なのが日本、関東大震災が大杉栄殺害や朝鮮人虐待といっ た政治的、社会的事件であるばかりか「視覚的」な意味で人々に与えた影響、都市とシステムの崩壊、箍が外れて、の昭和はあの態。或る面では「近代の超克」 か、と思う。ところで1940年の東京五輪開催に向けた東京の美化計画、今は石原慎太郎が歌舞伎町や新宿二丁目の浄化で同じこと再び。
▼香港映画祭で映画『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』看たZ嬢の話によれば主演の芸人、広末涼子と阿部寛来港し上映の小屋に登場。阿部寛のテレビドラマ『結婚できない男』が 丁度ケーブルテレビで放映中にて香港では今メジャー。今晩も映画見れず。だが四月十一日までの長丁場ゆゑ焦るまい。

三月廿一日(水)FCCでドライマティーニ二杯。香港映画祭始まって三日目にして漸く映画鑑賞。旺角のUA映画館。“Sons” (Erik Richter Strand監督、諾威、06年)看る。公共室内プールで監視員する主人公がプールで少年漁る男を見つけ勇気をもって告発してゆくのだが(ただそれだけな ら社会正義で終るが)この監視員じたいが売春婦の請け負いで買春客を恐喝したり単なる正義漢ではないのがミソ。さらにこの監視員や周囲の友人らの過去のト ラウマなどいろいろ絡み地味ながら面白い展開に。ちょっと映画館を出て旺角の裏町を歩く。「再開発」で出来たLangham Placeの裏手、Nelson街のあたりはまだ路上市場あり安堵の感。すぐに「再開発」されるのだろうが。「人和」系の豆腐屋で煎豆腐(HK$5)食 す。ほ んの数口の豆腐で今夜はこれが晩飯がわり。旧正月で日本から戻ってから香港マラソン挟んで体重は4kgくらい下がったままを維持。我ながら偉いと思う。映 画館に戻り“Three Days to Forever”(Riri Riza監督、インドネシア、06年)看る。ジャカルタの都市型上流階級の一族を舞台にイトコにあたる若い男女の恋愛物。結果が見えるだけにけったるくも あり。さりげなく煙草を吸う場面でつないでしまうのは演出の「逃げ」だと思うが、それが何度も続き食傷気味。勿論、ジャカルタからジョグジャカルタまで車 で旅する二人がイトコ同士ということで愛情を抑えようとすることをチェーンスモークが表わしている、ととらえることも可能なのだが。終って監督と主演俳優 との一問一答などあったが銅鑼湾での次の映画に急ごうと会場を出ると次の映画に並ぶ行列あり。一見して「クセのある」かなり年齢層の客筋に何の映画か?と 気になりパンフレットを見ると“The Yacoubian Building”(Marawan Hamed監督、埃及、05年)という映画で172分という時間に本晩3本目としてちょっと二の足踏んだが、どうせなら看てしまえ、と鑑賞(これまで香港 映画祭で一日に六本映画看たこともあるが、同じ映画で三本通し、というのは初めて)。埃及の首都カイロに1920年に建てられた高層の豪華な西洋建築の建 物(現存)を舞台に舞台をキョービに移し何人もの住人の態を描く。それだけでも面白そうだが住人というのが、このビルが栄華の象徴であった時代から住まう 財産家の兄妹は親の財産をめぐり骨肉の争い(兄の老いても尚盛んなエロ事も面白い)、路上での靴磨きから一念発起し贈賄続け政界進出を狙う自動車ディー ラー社長は愛人を囲い愛人が妊娠すると堕胎を迫り、ビルの屋上は半ばスラム化し貧困層が住まい、若い大卒の男は出自が被差別層であるため正職に就けず社会 正義のためテロ組織に加わり、その妹は生活費工面のため上述のディーラーの愛人となる。同性愛者である新聞編集長は路上で軍人など誘い自宅に連れ込み(そ の軍人を愛人とするのに軍人の妻子までこのビルの屋上に住まわせ)……とまるで現代のエミール=ゾラ的な世界。このビルが朽ちかけるように登場人物はみな 破局に向う。それにしても一つのビルディングをまるで生態系のように見事にモチーフにする。偶然ながら看て良かった作品。
▼中環の路上で見つけた自動車のナンバープレート。デザインが比較的自由なのは許容範囲としても香港でEUのナンバープレートの意匠は如何なものか。Dだ から丁抹の、ということになるのか、かりにこの車でユーラシア大陸横断してEUに行ったとしよう(あるいは自動車がナンバーつきで輸出されるとか、有り得 ないが)、その場合、このナンバーはEUで丁抹に属する、ということになりナンバー偽造の咎に。

三月二十日(火)多忙。晩八時すぎに新界大埔北で用事終わり香港映画祭は今更九時九よりの映画『さくらん』上映には間に合うのだが映画見る元気もなく「東 京メガネ」で出来上がりの眼鏡受領。これを食べたい、と思った時の執念は人一倍だが、空腹満たすためだけ、と思うと二更の銅鑼湾でなど別段何も食べたいと も思えず晩飯抜きでバーSに寄りウイスキー二杯飲み帰宅。 <狐>の書評少し読む。
▼中国では北京に長江から水を供す有史以来の大規模な用水路建設工事あり。北京の水不足は今に始まったことに非ず、古来、砂漠の中の都は水が足りず、それ だからこそ頤和園であるとか中南海であるとか北京で湖水のあることは権力者ゆゑの贅沢。今は2010年の北京五輪に合わせ長江から水を引く工事盛んで、長 江の三峡ダムもどこまでが長江の治水なのか、首都の思惑も気になるところ。若い頃に中国映画『駱駝之祥子』見て、何故、北京に駱駝?と訝ったが北京訪れ本 当に駱駝に乗った人が永定門近くの運河沿いを歩くのを見て驚愕(もう二十数年前のことだが)。ここは砂漠のなかの樓城なのだ、と知る。

旧暦二月朔日。石原慎太郎君の選挙対策本部長が「ミスター国家安全」「佐々が歩けばテロに当たる」、「中古カメラの買い取りなら新宿アローカメラ、危機管 理といえば」でお馴染の佐々淳行君である、と知る。愕然……ぢゃなくて当然、か。石原陣営(って言っても石原慎太郎という孤高の王様ただ一人、それに烏合 の衆だが)にとって今回の選挙は前回の独走時に比べマジに今回の選挙は浅野君が怖いのではなく都民にそっぽ向かれるんぢゃないか?の「危機管理」モードな の鴨。最近ずっと眼が疲れる。昼間しているコンタクトも数年前に手許の小さい字が全く見えず度数落とし、家でかけるメガネ(フレームは巴里のlafont)もコン|