教育基本法の改「正」に 反 対! 反対はこちら。 文部科学省の基本法関連サイトはこち ら。憲法改正も反対(九条の会こちら

乾坤容我静 名利任人忙 乾坤は和訳に難き言葉なれど天地、陰陽、つまりは宇宙の理か。

わかりやすい言葉が跋扈すると、みんな目をきらきらさせて連帯を始め、ボランティア精神が賞賛され、強要される。そしていつか来た道になる。

■ 富柏村日剰サイト内の検索はこち ら
■既存の新聞に満足できないなら日刊ベリタを 読みませふ。富柏村の記事も「稀に」あり。
■この富柏村サイトは中国国内では閲覧出来ませぬ。日剰ご 覧の際は「はてな」の富柏村日剰(テキストのみ)こちらを ご覧 ください。
■最近のブログ化のご時世に敢へてブログ化せぬ日剩を。の 心づもりでをります。敢へて全て讀むこと強ゐる日剩あつてもいゝのでは?と。
讀みにくいこと間違ひなきサイト乍ら今後とも御贔屓の程宜しくお願ひ申し上げます。

2000 年11月24日からおそらくあなたは番目の閲覧者です。

農暦五月初五。端午節。珍しく朝寝貪り七時半起床。端午節の日は恒例の龍舟競賽(Dragon Boat Race)が盛ん。だがうんざりする雨空に知人らのチームも参加するが赤柱(Stanley)まで山を越え走ってゆくにも能わず。朝食に一昨日C嬢よりい ただいたお手製の粽を食す。昼にかけて秘密基地にて明日の高座の準備。かつて高座といえば話だけの一本勝負で、せいぜい幽霊話など灯りだの鐘や太鼓の多少 の演出もあったが、キョービはヰンドウズOutlookなど用いてプロジェクターで資料投影してのプレゼンテーション形式で準備も必要。午後、九龍に渡り 知る風呂屋にて擦背と按摩。香港島に戻り今晩はお粥で済まそうか、とQuarry Bayは祐民街のお粥屋(名前失念)に寄るが端午の節句で休み。当然であろう。 五節句は畏友村上湛君も書いていたが(後述)もともとは厄日で休むべき日。そういう戒めが無視される世になってきたが香港でも古い肆は年中無休でも五節句 と暮と正月は休む。端午節は中国、台湾そして韓国も祝日。東アジアで日本だけが太陽暦の5月5日に「こどもの日」などとしている。夕方遅く帰宅。溜まって いた雑誌などずいぶんと目を通す。香港競馬の『賽馬天下』(Racing World)誌の創刊30周年記念誌。古い記事の復刻があり読んでいれば、1976年4月号は見習騎手特集で(香港競馬のプロ化で地元騎手養成が目的だが 現実には鳴かず飛ばずの地元騎手で今では見習修了してもハンディキャップもらう始末だが)この第一期生にはTony Cruz(現・調教師、89年には欧州巡業でフランスのThe Prix de Diane Hermesに勝利納め香港の地場騎手がヨーロピアンクラシックで勝利納め話題、地元騎手で唯一の年間最多勝記録あり)の他に今では調教師の羅国洲と姚本 輝もいたと知る。村上湛君にいただいていた『東京文花座』の創刊号から6冊じっくりと読む。村上君の花にまつわる巻頭エッセイが素敵。ここで湛君が五節句 がもともとは厄日であることに触れている。今年の1、2月号の水仙香の文章はとくに秀逸だが、この号は余も憧れるほどご立派な片岡仁左衛門夫人インタ ビューもあれば斎藤道三のような風采で復活の團十郎のインタビューもあり(團十郎の「国語」教育についてのコメントなどさすが)、竹本葵太夫さんも登場し、かなり濃い号であった。今日は 九龍でふと「酔いたい」と発作で、だがビールは飲みたくないのでコンビニで安いウオツカの小瓶(350ml)購い、さすがに路上でウオツカのぐい飲みは憚 れたが隠れて一杯引っかける。ほとんど酒屋の立ち飲みモードのオヤジ。これが残っていたので、そのまま飲むにはさすがに安酒なので、柚子を搾ってウオツカ にいれるとこれが絶妙な美味さ。結局、この小瓶を空けてしまった。それでそれなりに泥酔していれば可愛いが、寧ろ「しゃっき」と読書続けるなどはむしろア ル中的ですらある鴨。築地のH君からいただいた朝日新聞の司馬遼太郎『街道をゆく』仙台の巻も読む。昭和55年の仙台は対橋楼春風亭での司馬遼太郎、井上ひさしに樋口陽一という対談の 写真あり。大人の集会。司馬遼太郎が仙台を沃土の地と呼んだことは、さすがお目高。沃土であることがむしろ仙台が「伊達」であっても、それ以上何か秀でる ようなところにはいかない、その風土らしさ。魯迅の碑のことにも言及あり。高橋剛彦氏らの尽力で郭沫若の揮毫ある碑。樋口陽一先生の司馬遼太郎と仙台にま つわる話もいい。樋口先生のご自宅(当時、米ヶ袋の閑静な住宅地にあり、魯迅の「藤野先生」にある下宿も近い)訪れた司馬遼太郎がのちの私信で「絵のよう におぼえています。御門のそばの暗がり、玄関、そのあたりの灯が地面にうつって黄色い果物のような道でした」と。すでにこの佇まいは残っていない。樋口先 生が司馬遼太郎について語る、能にたとえての話も面白い。ワキ僧(司馬遼太郎)が呼び出す人影(さまざまな人の姿)、と。
司馬さんは、「街道をゆく」ことによって歴史のみちをゆく。そし て、能の諸国行脚の僧がそうするように、無名有名の人影を呼びよせる。ワキツレも、時としてさりげなくだが、登場する。能とちがうのは、中入り後の場で も、このワキ僧はシテとの対話をくり返し続けるということだ。「仙台・石巻」街道のシテ役として呼び出されているのは伊達政宗である。
ほろ酔い加減でじっくりと雑誌読み続け夜も更ける。
▼産経新聞の「「君が代」替え歌流布、ネット上「慰安婦」主題?」という記事(こちら) がスタンスとしては産経的なのだが逆にこの替え歌をまるで流布するが如き態。記者が巧みだったのか産経の脇が甘いのか。この替え歌は Kiss Me Girl で、この英語で歌うと発音も原詞に近く口の動きはきちんと国家斉唱しているように見える、という。
Kiss me, girl, your old one. 
き み が あ よ お わ 
Till you're near, it is years till you're near. 
てぃ よ う に い い や てぃ よう にい 
Sounds of the dead will she know ? 
さ    ざ で  うぃ し の 
She wants all told, now retained, 
し わ  お と  な りて 
for, cold caves know the moon's seeing the mad and dead. 
  こ  け  の    むう すぃ   ま  あ で 
(訳)私にキスしておくれ、少女よ、このおばあちゃんに。 
おまえがそばに来てくれるまで、何年もかかったよ、そばに来て く れるまで。 
死者たちの声を知ってくれるのかい。 
すべてが語られ、心にとどめておくことを、今、望んでくれるんだ ね。 
だって、そうだよね、冷たい洞窟は知っているんだからね。 
お月さまは、気がふれて死んでいった者たちのことをずっと見てるっ てことを。 
と。対抗勢力にとっては、キリスト者の間にも、まるで隠れキリシタン的な良心、で
きみがこは きよき おしろに たたれ ちちの いさおとなりて  こえの みつまで 
(意味)あなたの御子は、きよい御城(御国)に発たれ、父の栄光を 現された。御声が(世界に)満ちるまで。
といったものもあり。
▼朝日(衛星版)に「最高裁、変化の兆し」という記事あり。行政訴訟で一審での住民勝訴が高裁で逆転され「消極主義」と思われていた最高裁が再逆転する ケースが目立つようになり「そのことを端的に示すのが東京地裁の藤山雅行裁判長(53)の一連の判決をどう受け止めているか……という点だ」と記事は始ま るのだが「へぇ日本の司法も少しは風通しがよくなったか」と記事を読み進むと最後の最後で「藤山判決は、高裁で覆され続けるとともにその「特異性」が喧伝 された。藤山氏は04年、東京地裁医療集中部に異動し、現在も同じ部署にいる」って(これは降格?、左遷?)、おいおい、記事ぢゃこの藤山氏がすでに東京 地裁の裁判長じゃない、なんてことはずっとわからず、リードの「そのことを端的に示すのが東京地裁の藤山雅行裁判長(53)の」って書き方で年齢まで入れ られたら、誰が読んでも現役。せめて元・裁判長にすべきだろう。
▼映画監督の今村昌平氏逝去。あら ためて作品一覧見ると寡作。今村昌平が最後に助監督している1957年の川島雄三監督の『幕末太陽傳』が作風といい一連の出演者のカ ラーといいい、その後の今村映画の源流。香港では数年前に今村昌平特集があり凡その作品が上映された幸運。日本では『復讐するは我にあり』、『ええじゃな いか』と『楢山節考』しか観ていなかったが長門裕之の『豚と軍艦』、左幸子に小沢昭一の『にっぽん昆虫記』、男性陣だけでも小沢昭一、殿山泰司、中村鴈治 郎の見事な演技ぶり発揮の『エロ事師たちより』など観る機会を得て、他作品も再見、『女衒』は前半が開闢まもない香港で興味深し。楢山節考といえば深沢七 郎の原作とこの映画で、日本社会の社会思想的縮図をこの楢山節考に見る某先生が日本研究業界におり、十数年前に近くにいた時には昼食での雑談など何かにつ け話しているとすぐ「楢山節考は……」と始まり閉口したもの。

五月三十日(火)北角の波止場で数日前に見かけた浮浪老人の家財道具が、最初見かけた時はちょっと置いてあるだけか、と思ったが、今朝まで放置されたま ま。ガー ドレールに鉄鎖で繋がっているでもなし、それでも置きっぱなしなのは、道路清掃員も誰も「ちょっと置いてある」と思ったからか。この老人にとって全財産が ここに放置されているのだから老人は不幸に遭ったか収容されたか。あるいは全ての財すら擲って更なる日々に旅立ったのか。午後にZ嬢より電話あり。銅鑼湾 歩いていて「巴士阿叔の、みたいにビデオ撮影できる携帯持ってなくて残念だったねぇ」と。何かと思えば週末に西湾河のマンション・嘉亨湾(Grand Promenade)のプールサイドで水着姿披露していた金髪のデルモ嬢らが今日はオープンデッキのダブルデッカーバスで市街を水色のボンボンを振りかざ しながら雨空に水着姿で市街をお練り。仕事とはいゑ難儀なり。諸事に忙殺され晩に帰宅。NHKのNW9にて米軍在日基地の問題につき「閣議決定」を「内閣 が変わっても引き継がれる最も重い決定」と紹介。そんな……(嗤)。調べてみるとやはり
閣議の意思決定には閣議決定、閣議了解の二つがある。内閣としての 意思決定を閣議決定、本来は主務大臣の管轄事項だが、その重要性から閣議に付された案件に対する同意としての意思決定を閣議了解と区別するが、その効力に 差があるわけではない。意思決定は閣僚の全員一致を原則とする。(ウィキペディア)
とある。そもそも閣議が内閣法4条「閣議は、内閣総理大臣がこれを、主宰する。この場合において、内閣総理大臣は、内閣の重要政策に関する基本的な方針そ の他の案件を発議することができる」と規定されたもの、で「会議の手続きについては定めがなく慣行によるもの」だとしたら、NHKの言う「内閣が変わって も引き継がれる最も重い決定」は何に根拠があるのか。法律や憲法すら軽視され内閣総理大臣が国家の最高法規たる憲法を「現状にあっていない」と考えるほど 憲法すら遵守されぬ国家において、いや、そんな国家だからだろうか、閣議決定が重要か。だがそれほど閣議決定に重要な決定権があれば、必ず法的根拠がなけ ればならない。が実際にないだろう。NHKの安易な粗忽解説。なので毎月多額の受信料払う海外の聴視者としてNHKに
5月30日のニュースウォッチ9の報道のなかで、在日米軍基地に関 する報道で、内閣の閣議決定について、閣議決定は「内閣が変わっても引き継がれる最も重い決定」と解説が入りました。この根拠をご提示願いたい。閣議決定 は閣議の意思決定の一つであるが、内閣法第4条に「閣議」について「閣議は、内閣総理大臣がこれを、主宰する。この場合において、内閣総理大臣は、内閣の 重要政策に関する基本的な方針その他の案件を発議することができる」と規定されているのみ。あとは慣例だけ。でどこで「内閣が変わっても引き継がれる」と 決められているのか。政権交替があって内閣の意志が変った場合など如何か。
とお尋ねする。実際には閣議決定は閣議で「こうしますよ、内閣としては、いいですね?」の全会一致での意志疎通であって、例えば「イラク人道復興支援」と いう名の米軍イラク侵略後方援助活動についても基本計画に ついて閣議決定は計画をちょこちょこ変更するに用いられる(04年12月05年12月)。 国会の、国家の最高議決機関とは異なる、内閣の内輪の決定。郵政民営化の基本方針が閣議決定されても国会で否決された場合、廃案となれば、それで終わり (実際には亡霊のように復活したが)。1995年8月15日の村山富市首相「戦後50年に当 たっての首相談話」で言えば、日本が戦前、戦中に行った侵略行為や植民地支配について村山内閣として政府は公式に謝罪した談話を出しますよ、自社 さ連立政権で、自民党もその決定でいいですね、ダメなら連立解散か内閣総辞職か、ですよ、と(自民党は自民党で戦後50年でどうにか戦争の総括をしないと いけない時期であるから自党でなく社会党という天敵との連立内閣で首相談話を上手く利用した)。小泉内閣が教育基本法改正案を閣議決定しても、かりにポス ト小泉内閣が基本法改正を引き継がなくても何ら問題はないのだ。閣議決定とはそういう性格だろう。ところで同じNW9で、北朝鮮による拉致では日本人で拉 致されたYさんの北朝鮮での夫と思われる男性の親族が日本訪れYさんが拉致されたと思われる海岸をYさんの両親とともに「視察」、と。「視察」とは実地の 状況を見きわめること(広辞苑)であり出かけて実際に目で見て調べること(講談社類語辞典)。警視総監自身が現場を視察、広州の自動車製造工程を視察、で あって、出向いて状況や現状の調査の結果、何らかの決定や結論を導くための行為。だから「おそらく、ここで拉致されたんですか」と感慨を覚えることは「視 察」ではなかろう、「訪問」でよい。ところで政府の「再チャレンジ推進 会議」。総理府での会合の映像で議長は安倍晋三官房長官。阿倍君にとって「失敗しても再挑戦できる社会」は自民党総裁選出馬前に縁起悪いはず。日 刊ベリタに香港鼠楽園不振に地元遊園地の賑わい、について送稿(こちら)。
カンヌ映画祭で金棕櫚奨(パルムドールなんて意味もわか らないでフランス語のカナ書きに比べ、金の棕櫚という漢語の美しさ)にKen Loach監督の The Wind That Shakes The Barley が選ばれる。この受賞をいちばん喜んでいるのはローチ監督本人よか高松宮記念世界文化賞をローチ監督に「間違って」授けてしまった産経新聞であろう。ロー チ監督がカンヌで選ばれれば産経新聞からの賞金を日本の労働運動にカンパしてしまった「左翼監督」の印象も薄れるか……。今年のカンヌは「ダ・ヴィンチの コード」で盛り上がるはずが、カンヌはカンヌの美学があり是枝監督の「誰も知らない」で未熟な若手俳優に賞は与えても「ダ・ヴィンチのコード」は無視する だけの良識?があるようで、カンヌで開催なのに(カンヌだから、か)閉会式のセレモニーで開幕式とヴァンサン=カッセルがフランス政府の移民政策への抗議 をスピーチに盛り込むことなど、昨日亡くなった岡田真澄や高島忠夫が司会する日本の映画祭では想像もできぬこと。それにしても、なぜ王家衛がカンヌの審査 委員長なのかしら。これが不思議。巨匠か……。確かにこれでもう映画制作やめてもらっていいのだが。
▼蘋果日報の論説欄に蒋峰なる書き手の「辛辛學子」罄竹難書という文章あり。「辛辛學子」は学生の苦学の意か、罄竹難書は読めもせず。で文章読むと台湾で もはや死に体の阿扁総統だが、台湾の白沙湾という海岸での環境保護のボランティアが海難に遭遇したこと追悼するコメントで「台湾のボランティアの貢献は罄 竹難書である」と語ったことで台湾中で唖然、と。これは呂氏春秋の故事によれば「悪罪多くいくら竹筆を用いて書いても竹を使い果たしても(罄は「尽くす」 の意)書き尽くせぬ」の意味。明らかに阿扁の誤用だが台湾政府の教育部長(文部大臣)が罄竹難書の意味は「いくら言葉を用いても語り尽くせない」の意味で 悪罪多く云々の意味でないと議会で釈明したものだから総統ばかりか政府までかなり嘲笑の的。これに対して「辛辛學子」は中国の胡錦涛主席のエール大学での 記念講演で「エール大学のキャンパスを訪れてみれば、此処に青春に目を輝かせた学生たちが数多く学び……」と言うべきところで「莘莘學子」(多くの学生) を読み間違えて「辛辛学子」と言ってしまい(莘はshen、辛はxin)これも「此処にさんざん苦労する学生たちが……」では演説が必要以上に現実的にな ろうが、この胡錦涛君のは単純な読み間違えで、阿扁の場合はちょっと恥ずかしい誤用。だが阿扁がさんざんこれを揶揄されるのに対して胡錦涛君の誤読はほと んど小話の話題にもならず、と。その扱いの差が言いたい放題と言論統制との差。

五月廿九日(月)慌ただしく一日が終わるだけで綴ることもなし。
▼最近この日剰で一つのネタ引張るが巴士阿叔(バスおじさん、こちら)もいろいろなversion 登場しているが余の提案はやはり勧進帳で安宅の関。忠 臣蔵で松の廊下も一瞬いいかと思ったが、やはり勧進帳で、阿叔が弁慶で空文の勧進帳を読み上げるノリで捲し立て、聞き役(Elvis青年)が富樫。でこの ビデオ撮影の青年(Jon君)は義経で、弁慶と富樫のやりとりをじっと身を伏せて携帯でビデオ撮影する、というのがミソ。で話題のこのビデオクリップ、撮 影者のJon青年が現場の仔細語り、Elvis青年も弱冠23歳で旺角で小さな不動産屋「民福地産」営む実業家と判明し当日の様子をマスコミに語る。依然 「巴士阿叔」だけが誰か暴露されず。阿叔本人は赤面の至りだろうが、こういう場合、隠れたり否定するより、それで芸人になってしまったりするほうが実は処 世は楽かもしれぬ。「未解決」バッグや「我有壓力」Tシャツなども発売。
香港海洋公園。昨年の今頃には香港 鼠楽園の開園で客奪われ大打撃と予想されていた海洋公園が年間入場者数の最高記録更新。毎年7月からが新年度。これまでの年間入場者数の記録は403萬人 だが今年は6月末の年度末まであと1ヶ月で余裕で記録更新。開園29年目で快挙。すでに人気の峠越した、と思われし遊園地の経営託されたは蘭桂坊仕切るAllan Zeman氏で「去年の今頃は香港鼠楽園の開業で20%の減益必至、最悪25%減と見積もっていたのは、これまでディズニー開園で太刀打ちできた 遊園地などなかったから」と喜びを隠さず。それがまさかの入園者増は確かに海洋楽園の大規模な設備改善や「クラゲ館」のヒットなど自助努力もあるが鼠楽園 の予想に反する不人気が追い風になり海洋公園の入場者数の伸びの最大の要因は実は中国からのツアー客ばかりか地場の客の増加。鼠楽園の開園であらためて昔 からの地場の娯楽施設をば認識しての再訪。

五月廿八日(日)昨晩から歇まぬ雨にぼんやりと軒から雨空を眺めて をれば「あら、やだ、停電だわ、まつ度く」と女の聲。卓袱臺に置かれたる出がらしの茶のはいつた湯呑みを眺めてゐれば「此の雨ぢや今日はお茶挽きかしら」 と女の爲息に吾人も客の積りでゐたが女には客とは思はれていぬ樣で、雨の少し弱くなりたる處見計らひ淺草迄戻らうかと立ち上がる。「せめて少し置いてつて くださいな。祝儀で」と女。確かに晝からの一番客が茶の一杯で歸られては、と札入れから數枚拔き取り卓袱臺に置いて玉ノ井の私娼家をあとに……と、 荷風散人ならこんな日を送るかしら、という雨空(出鱈目の一文なので断腸亭日剰などで捜されぬよう)。この悪天候での午後の競馬の予想済ませZ嬢と昼に湾 仔の聖Francis街の画廊に湾仔の旧市街の記録画など飾ると大雨のなかバスで出向くが生憎の休館。金鐘でZ嬢と別れ独り中環。黄枝記でカレー牛南麺。カレー味の牛肋という下品な麺をここまで上質 に、極み。汁の一滴まで飲み干す。星巴珈琲にてエスプレッ ソ。大雨に欄桂坊下の星巴の日曜の昼過ぎが閑古鳥啼く。ジムで筋力運動と有酸素運動各一時間。鍛練は水曜日から都合八時間。ストイック通り越し、ただ暇な 阿叔か。ジムからFCCに向かうがFCCのバーも閑散。一台 のモニタはラ式蹴球の中継。そういえば昨日此のバーで眺めたラ式の英国ラグビーユニオンなる試合中継は濃霧のなか蹴った球の行方さえ霧中。英国の五月なら では、か、ディケンズの描く霧か、と納得などできぬ濃い、濃い霧は世界的天候不良かしら。今日はそのラグビー中継を眺める客も一人だけ。もう一台のモニタ はCNNでインドネシアの大地震の現場中継流すが誰も見ておらず給仕に競馬中継にしてもらう。今日の雨での重馬場に携帯で確認せば第6Rまで少し儲け出て おり本日は日本はダービー(単勝1番人気のメイショウサムソンの優勝)で香港はThe Hong Kong Champions & Chater Cup(地場G1)のパドックよりの中継始まる。一番人気は12月の香港 ヴァース3着でQE II Cup2着のBest Gift(自由行)。マカオのカジノ王Stanley Ho氏のダービー馬Viva Patacaもかなり人気だが敢えて捨てて土星 (Saturn)と雨空には鄭雨滇君騎乗のGreenessy (緑色天地)に賭ける。Greenessy がかなりいい線に来ていたが最後直線で脱落。QE II Cupでは2着に甘んじたViva Patacaが八位くらいにつけていたが第四コーナーにさしかかる処で内枠から思いっきり馬の首を折りゃせぬかというくらい無理矢理の手綱捌きで外枠に転 じて悪路で内枠が混戦模様のなか見事に自らの花道をば見出しての一着。騎手はKinane師。今日のこのレースのために来港参戦のKinane騎手に脱 帽。Soumillon騎手で三勝(QE II CupはMosse騎手で二位)の馬を今日はSoumillon君来港ならず、でKinane騎手が吉と出た結果。この悪路に見事な、見事な騎乗。雨も歇 む。二杯目のDalmoreウヰスキ飲み干してFCCのバーを出で中環に下ればQueen's Road Centralに尋常ならぬ警官の数、は六四追悼のデモ行進が中環(政府総部)に向かうゆゑ。デモ行進も近くまで来た由、金鐘まで歩けばデモ隊の行進あ り。最 初に司徒華氏、李卓人氏ら先頭に「愛国民主大遊行」の横断幕掲げ、主催の支聯會の一群。民主党には李柱銘氏の姿見当たらず。劉千石氏も見当たらず。国民党 政府の青天白日旗の団体もあり。何より実は目立つのは様々なスローガン掲げるが法輪功の信者の数の多さ。おそらくデモの三分の一は法輪功信者(主催者発表 でデモ参加は1,100人(悪天候の影響で昨年より300人減)、警察発表は600人)。「長毛」梁國雄立法會議員。日本からも参加者ありか、左翼文字で「反日憲法改悪、建立 亜州民主」(反日憲法改悪はちょっと言葉足らず)と書かれた横断幕の亜州平和協会がデモの最尾。それにしても市民参加のデモでいつも敬服は香港警察の紳士 然としたデモ誘導の態。東都の機動隊の如き強硬的なる規制も抑圧もなく交通規制でのデモ隊参加者の安全確保だけに専念し金鐘の先の花園道(Garden Road)下では「今日のデモは直進だから、間違わないでね」とデ モ参加者に指示。警察官や白バイ隊員どうしの会話には笑顔すら散見される。中国で(いくら特別行政区とはいえ)反政府デモがここまで平和裡に行われること の大切。デモ隊をば見送り太古広場のGreatにてジェラート購い帰宅。ドライマティーニ一杯。ラフマニノフのピアノソナタをホロヴィッツの演奏で聴く。 晩に豚カツ食す。晩のニュースではインドネシアの大地震がトップニュースは当然として、夕方のデモはPearl局が30分のニュース番組で半ば15分の CMの後、有線電視のニュース台ではトップから10分後。天安門事件から17年経たとはいえ扱いは意図的に主要ニュースに持ってこない、という暗黙の了解 だろうか。『世界』六月号読了。この号(憲法にとって「国」とは何か)の特集はこれまでの『世界』では珍しくもない憲法特集でも読みごたえかなりあり。萱 野稔人(以文社『国 家とは何か』の著者)の「国家の思惑と民衆の要求は、なぜ 逆説的に一致するのか」はかなり面白い。そう、「セキュリティとは、たんに「暴力から保護する」といったことだけを意味しているではない。(略)安定した 雇用のもと安定した収入を得られるということもセキュリティだし、失業や事故に遭っても生活が保障されるというのもセキュリティだ。(略)国民国家が今の ような形に形成されてきたのは、治安や安全保障という狭い意味でのセキュリティだけでなく、民衆の生存にかかわる広い意味でのセキュリティを国家が保障し ようとすることによってであった。(略)ところが現在、この広い意味でのセキュリティが逆にどんどん低下している。雇用は不安定化するし、財政難というこ とで社会保障も縮減されている。将来の生活の見通しがなかなかたたなくなり、国民のあいだに不安が広がる。この不安がいまのナショナリズムの原動力となっ ている。(略)国民は、治安や安全保障をめぐる狭い意味でのセキュリティの強化を国家に要求することで、生存条件をめぐる社会的なセキュリティの低下を埋 め合わそうとするのだ」と引用は切りがないが、こうして国家もナショナリズムの要求を背景にして「国民生活全般にかかわるセキュリティか ら、治安や安全保障を特化したセキュリティへと活動の重点を移すことができる」と。まさにキョービの米国や日本の「テロ対策」がこれ。
▼香港のバス車内での「怒れるオジサン」(巴士阿叔、Bus Uncle、バス叔父さん)のビデオクリップ(こちら)について。この携帯で撮影さ れしクリップがオジサンの発狂開始直後からで脈絡が多少解りづらいが、一瞬、シチュエーションとしてはオジサンが若者の不作法にキレたようにも見えるが、 実際はオジサンの携帯での通話の大声に若者(Alvin君は今では世界中で有名だが、オジサンのほうはいまだ身元公開されず……だがすでにいくつかのマス コミなり芸能プロダクションが画策中か)がオジサンの肩をトントンと叩いて「ちょっと静かにしてくれよ」が発端。都会の狂気、だが実際に電車や地下鉄のな かで、こういう状況はいくらでもあり。携帯だの電子ゲーム機の利用者の不作法であるが、元凶はこういった「便利な物」作った産業社会であり、携帯電話など 本体価格も使用料も高価であればよかったものを廉価にして誰でも浪費できるようにした市場社会。……で天気も悪い日曜の暇に任せて日本語に訳せば会話は次 の通り。だが広東語の、あの罵り言葉の語呂は英語でも、ましてや日本語では表わしようもなし。
オジサン(叔)「降りろ、バスから降りろ! バスに乗ってるんじゃ ない」
若者(若)「なんでだよ」
叔「なんで俺の肩を叩いた? 俺が電話で話していたって言うの に……ったく」
若「大将、」
叔「おい、大将と呼ぶな。公平にな。おれたちはお互い、見ず知らず だ。なんで俺をそう呼ぶ? なんでだ? いいか、誰もがみんな世の中でストレスがあるんだ。オマエがしてることは、いいか、不公平なことなんだ。俺はオマ エに何か言ったか? オマエに触ったか? どうだ?」
若「わかったよ、謝るよ。ごめんな」
叔「なんでだ? 俺が正しいか?」
若「ああ」
叔「なんだと?」
若「面子の問題もあるしな、ごめんよ、大将」
叔「面子なんてどうでもいいんだよ。いいか、俺はオマエがケータイ で話していても邪魔しなかった。いいか、俺が大声で話してたっていうのか。簡単なことだ。俺はオマエの邪魔をしなかった。俺が正しいだろ」
若「それで? べつにどうってことないじゃないか」
叔「おまえに何が関係あるっていうんだ? どうしたいんだ? 俺は 事を納めたいんだよ。簡単だ」
若「もう解決したよ」
叔「未解決! 未解決!! 俺はきちんと事を納めたいんだ。簡単な ことだ。俺はオマエの通話を邪魔したか?」
若「……」
叔「だろ、じゃぁ、なぜ俺の邪魔をした?」
若「声がデカイからだよ」
叔「オマエだって声は大きかったよ。俺が邪魔したか? オマエも俺 も電話で話してたんだ。音はするだろ。おなじなんだよ。わかるか。俺はオマエの邪魔をしたか? どうだ? えっ、やるかっ? Fuck! やるかっ、この 野郎! 俺にはストレスがある。オマエにもストレスがある。なんでオマエは俺に絡んでくるんだ?」
若「ごめんよ」
叔「なにが「ごめんよ」だ。謝るのか?」
若「申し訳ない」
叔「もっと大きな声で!」
若「申し訳ない」
叔「わかったか、注意しろよ、オマエに警告しとくぞ! よし、握手 だ。なんで握手しない? 妥協しないのか? 謝ったあとは握手するもんだろ。握手しなかったらどうなる?」
若「必要ないよ」
叔「なんで必要ないんだ? 握手しなかったらどうしようもないだ ろ」
笑い声。
叔「握手しなかったら、納まらないだろ、この場が。どうだ? オマ エは俺の電話の邪魔をしたんだ。俺はオマエの邪魔したか? Fuck! 俺はいい加減アタマにきてんだよ。テメーは俺をバカにしてんだよ、この野郎。オマ エのカーチャン、強姦したろか? 俺が携帯で話している時にオマエも話したんだよ。なんでオマエが俺に因縁つけんだよ。オマエのカーチャン、強姦したろ か? ええっ? 握手もできない、えっ、納まらないだろーがっ」
若「わかったよ、わかった……」握手。
叔「よし。もう、二度とするなよ。今度会ったら、ちゃんと俺の話を 聞けよ」
若「もし出くわしたらな」
叔「そうだな、もうするなよ。俺の邪魔をするな、俺もしないんだか らな。わかったか? 俺たちみんなストレスがあるんだ。わかったか。いつでもかかってこい!」
若「もういいよ」
叔「よし」
若「君子動口不動手(君子は口では言うが手は出さず)」
叔「何を言ってんだ? オマエが口出ししたから面倒なことになった んだ。オマエが俺の肩を叩いた、俺が電話していただけなのにな」
若「もしかするとアタマを叩いたのかもね」
叔「オマエは謝った。まぁそれはいい。だけどな、オマエは俺の邪魔 をしたんだよ。俺はしていない。だから、オマエのカーチャン、強姦したろか?って言ったんだよ。わかったか。いいな」とオジサンは自分の席に坐ろうとす る。
若「どうでもいいけど、ウチのカーチャンを姦すとか言うなよ」
叔「それじゃ、だれをfuckすりゃいいんだよ。だからオマエの カーチャンを姦す、って言ったんだよ。俺のチンポがオマエのカーチャンにペンペンってな。そりゃ中国の粗口(汚い言葉)だよ。Fuckingは楽しいよ。 俺のチンポがオマエのカーチャンをな」とオジサン座席に身を落とす。
若「おい、言っておくけどね……」
叔「俺に何をクチゴタエするってんだ?」と立ち上がる。「オマエ、 何を俺にクチゴタエする、ってんだ? 俺たちは握手した。どういう意味だ」
若「もう解決したろ」
叔「それなら、なんで俺にクチゴタエするんだ? 俺にはすごいスト レスがあるんだよ。だから握手して解決しようとしたんだ。それでいいだろ。なんで俺にクチゴタエするんだ? なんでだ? わかってんのか? えっ? 意味 ねえんだよ。俺たちは握手した」
若「いいかい、これは俺たち二人のことなんだ。他の人に迷惑かけな くてもいいだろう」
叔「何を言ってんだ。オマエはfucking(ここでは「叩きのめ す」くらいの意)が好きだろ。俺も好きだ。Fuckingは恥ずかしいことじゃないんだよ。オマエは二度、叩きのめしてやらねーとわからないみたいだな。 わかったか。事を納めようとして俺に警告なんかするな。オマエが俺にクチゴタエしたってな、俺は怯まねーぞ。俺たちはすごいストレスがあるんだよ、わかるか」
若「わかたよ、だけど……」
叔「いいかららクチゴタエするな。もう解決したんだ。俺にクチゴタ エするから解決しないんだよ。わかったか。握手したろ」
若「わかったよ、もういいよ、話すことはない」
叔「なんでそうやってクチゴタエするんだよ! まだやられてーの か? わかってんのか? Fuck!」
オジサンの電話が鳴る。
若「ほら、電話が鳴ってるよ!」
オジサン、ようやく自分の座席に身を沈め「はい、もしもし」

農暦五月初一。陰鬱なる天気に何も予定なく朝寝決め込むが午前六時半には目覚めてしまい朝食はさみ土曜日は五紙届く新聞にあらかた目を通し昨日の日剰清書 せば昼近くとなる。SCMP 紙の「Sudoku」で星5ツの最難関もさらっと出来た。昼すぎよりジムで筋力運動と有酸素運動を各一時間 こなしFCCのバーでハイボール二杯とかなり遅い昼飯がわりでチーズとクラッカー食す。午後遅く同じくジム帰りのZ嬢と待ち合せ西湾河のマンション・嘉亨 湾(Grand Promenade)の「日本まつり」訪れる。マンションの敷地内に有蓋の広大なバスターミナル(最初の画像)、このターミナル部分をデベロッパー(この 土地開発業者、を意味するデベロッパーなる語、まるで妖怪の如し)に譲渡することでデベロッパー側はバスターミナル上部の面積をば駐車場と屋上部分を「庭 園」にできる他、最も重要なることはバスターミナル部分得ることで敷地面積に対しての建蔽率が大幅に高まり確か十階分だか建物を高層に出来る。それゆゑ本 来はバスターミナル部分の敷地をば譲渡することでHK$数億の収入を政府が得るべきところ政府の高級公務員の某がこの敷地部分を無償で譲渡してしまう決定 出し、日本で言うところの会計検査院がこの粗呆を見つけ指摘し問題化、それを政府お得意の独立調査諮問委員会に調査託したが、そもそも政府子飼いの輩ばか りの「第三者」に公正なる評価など出来る筈もなき茶番、で「問題なし」の結論に親中派多き立法会もさすがに政府の態度に不満示し立法会で審議継続。で本日 の「日本まつり」だが正面玄関前に不動産屋が群がる中を恐る恐る中に入ればかなりの面積のクラブハウスフロア利用してのオープンデー。入口から浴衣姿のア ルバイトの子らが「いらっしゃいませ」と頭を下げてのご挨拶。ク ラブハウスに入れば、すでに元横綱・輪島のサイン会開催の様子。ジムでは筋力運動のマシン並ぶなかで剣道の防具つけた剣士が素振りの稽古!(日本まつり、 これ期待してきたら真面にこのシーンにおもわずカメラの焦点もブレる)。スパのジャグジーも悪天候のなかプールサイドも「ジンガイのデルモ」が寛いでみせ ての豪華さの貧困なる演出。ビュッフェ形式の食べ放題に参観者群がり、シャンペンや樽酒などディスプレイはされているが、お飲み物は無料のジュースばか り。知人のA氏家族に遭遇。ここにお住まいだそうな。関取二人による相撲のデモンストレーション始まり、クラブハウス施設をばふらふらと歩いていればサイ ン会の終わった輪島氏が手持ちぶさたにふらりふらりと歩かれおり、こちらに来られてしまいなりゆきでZ嬢がご一緒に記念写真。輪島関の現役の頃のあの強さ 知る者には、い くら引退されお年とはいえ目の前にあの横綱が居るとは、それだけで緊張して声も出ず。相撲に続き「歌舞伎」であったが花柳ナントカ社中みたいな男性三人が アップテンポの新宿コマっぽいアレンジの黒田節をば踊り始め「なるほど」と納得。忍者ショウも日本舞踊集団ASUKAも見ずに会場をあとにする。結局、や はり何のための「日本まつり」か、からっきしわからず。日本人も一割くらいだろうか会場にいるにはいるが、ほとんどがこのマンションか隣のLes Saisonsの住人。香港の地場の参観者がまぁ珍しいもの(実は日本人には奇妙なもの)見て、の大衆娯楽だったのだろうか。太古城までQuarry Bay Parkを散歩してユニーの日本食まつりで「鮪の解体」あり、美味そうな鮪の赤身やはまち、鯛などの刺身の切り身いくつか購う。晩にそれを食す。菊正宗の 残り少しと「花てんじゅ」なる芋焼酎(宮崎、王手門酒造)飲む。
▼今朝の信報に「李福善先生的公開信」という、香港司法の重鎮、李福善氏(前、最高裁上訴裁副裁判所長)の香港政府新庁舎建設反対の公開意見広告あり。こ れは香港政府が金鐘のTamar Site(添馬艦)に政府新庁舎建築の計画、「香港の繁栄のシンボル」となるHK$50億だか投じての超高層ビルだそうで、立法会で野党民主党が条件つき ながら建設に合意。金鐘のTamar Squareは中環の英国海軍総部(現、中国人民解放軍駐香港部隊総部)に接した、もともとは海軍艦船の港で、そこが埋め立てられ1997年の香港返還の 記念式典だの03年のSARS疫禍後の忌まわしきHarbour Fest 2003(香港米国商工会議所主催のSARS復興記念の大物外タレ多数招聘の一連のコンサート。政府これ支援しSARS基金より約1.2億円捻出の上に惨 憺たる入場者数で収益では賄えぬ高額のギャラの補填まで公金充てる始末)など此処で開催される。李福善氏は、この計画につき、巨額の公的資金投じての高層 ビル建設は付近の交通渋滞、大気汚染、騒音など環境保護の観点から悪化深刻であり、ヴィクトリアハーバー沿岸の公共の一等地は香港の市民や来港の観光客の ため{