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乾坤容我静 名利任人忙 乾坤ハ我ヲ静カニ容シ名利 ハ人ノ忙ニ任ス 乾坤は和訳に難き言葉なれど天地、陰陽、つまりは宇宙の理か。

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2000 年11月24日からおそらくあなたは番目の閲覧者です。

十一月三十日(水)毎週水曜日はかつては競馬でうきうきとして早晩には競馬場に駆けつけオッズの動き眺めながら、まずは生麦酒一杯に始まり日も暮れればB 氏ら常連の友人たちも集まり……といふ日々。街も交通規制などあるので競馬に関心のない人もどこか忙しく、が今では我も競馬に足を向けず競馬の売上げもか なり落ちて。早晩にジムでテレビの晩のニュース見ながら走り更に一時間の有酸素運動。帰宅。馬主C氏のDashing Championが第4レースに参戦。いつもハナをとるこの馬が上手く二番手で第4コーナーをまわり「ひょっとしたら?」と思ったが4着に終わる。サント リーホワイトのハイボールとカレーライス。競馬中継はここまで。新聞と少し雑誌読みデュ=プレのチェロでサンサーンスとドヴォルザークのチェロ協奏曲聴 く。サントリーのホワイトは8月に日本で懐かしさで買ってきたものを開栓。高校生の時に学校の近くのジャズ喫茶に高校生の分際でボトルキープ(当時 1,500円)。さすがに上履きのまま学校の塀を乗り越え脱走した昼間は、この「ロメイン」なるジャズ喫茶でも女将は酒は出してくれなかったが、夕方以降 は、の話。大学の時は飲めば二人で一晩でホワイト一本は当たり前で毎月かなりの本数を消費していたもの。老いると若い頃のことばかり思い出話。

十一月廿九日(火)薄曇。朝日一面トップの見出し「耐震偽造で住民支援策」。一瞬、耐震偽造すること「で」住民支援か?と驚くが「耐震偽造に(対して)住 民支援策」のことか。晩に帰宅しようとすると自宅の鍵のないこと自宅階下で気づく。Z嬢に連絡をとれるまで太古城に参り時間潰しにRuby Tuesdayなるパブに入りビール一杯。1パイントのフォスター麦酒がサービス料込みでHK$35.2だかで中途半端であるし釣りの小銭はチップ狙いだ ろうとすら勘ぐるが百ドル札に半端省いてHK$65をぴたりと釣りを渡され、ちょっとしたことだがとても感動。このパブに入ったのは三年前くらいに台風接 近で警報が発令され「することもなく」帰宅途中の一飲以来。帰宅してテレビつけるとNHK歌謡コンサートだかで布施明が「霧の摩周湖」歌っている。幻想的 な霧の摩周湖も東京は赤坂のナイトクラブのロマンチックな夜も「昭和41年の光景」なのだが実は「歌謡曲での偽装」でもみんながそれに共鳴していられた時 代。それにしても布施明の絶唱が「ちぎれぇたぁあいい、あいい、いいい、いいのぉ おもいい、いいでぇ、ええ、ええ、さぇもぅぅ」と原曲の歌詞がわからな いくらい、それはそれはデフォルメされていること。当時も当時なりに「かなり」ではあったし、ここで必要以上に盛り上げることでサビの「こだませつない  摩周湖の夜」の静寂を醸し出すのがこの曲の真骨頂なのだろう。だがそれにしても平成17年は、ここまで引っ張らないと昭和41年と同じあの感動は得られな いのかしら。晩飯のさなかテレビのニュースに香港訪問中の中国の「神舟6号」の宇宙飛行士2名。どこだかの学校訪れ学生と卓球して対話、のお決まりコー ス。それにしても「宇宙から、残念ながら万里の長城は見えなかった。しかし中国の海岸線、砂漠、そしてわれわれの台湾が見えた」と笑顔で語る。政治の醜悪 さ。海岸線は朝鮮半島からずっと続き南越からマレイ半島に至り宇宙から「中国の」国境線で仕切られた海岸線もない。砂漠が意味するのはウイグルへの牽制 か。そして「われわれの台湾」。悲しいくらい呆れる。1961年のソ連はガガーリン飛行士が「地球は青かった」と。「アメリカが小さく見えた」などとは言 わず。了見の問題。土曜日の「走り」の疲れがまだ癒えず。
▼朝日新聞に中曽根大勲位とヨーダ宮沢の両氏取材した編集委員・星浩君の一文あり。宮沢君を語るのに、なぜ必ず決まり切ったように「テーブルには近着の英 誌『エコノミスト』が置かれ、フランス国内の暴動の記事が開かれていた」などと書くのだろう。昔から宮沢君といえば「情報は海外の新聞から」とか、国会に 登院の時に車ではヘラルド=トリビューン紙を読んで……などと陳腐。『エコノミスト』など空港のラウンジにあれば誰だって読めるしヘラトリ紙など朝、我が 自宅にまで配達される普通の新聞にすぎぬ。政治家が英字紙や欧米誌を読むだけで目立つ、日本の未開社会ぶり。日本は幕末に勝海舟が字引なしで英語の本を読 んでいると感心された時代から常識も「世界の」情報も量も質も何も変っていないのかしら。
▼朝日で週一で5回続いた横森美奈子さんの「快適系」なる連載 が終わる。歳をとることを積極的に快適に、が横森さんらしい。それにしても「歳を取ることは、すべてがゆっくりと余裕が出てくるものかと思っていたら、す こぶる忙しい。仕事が忙しいのはありがたいが、それを成り立たせる“自分メンテナンス”にも手がかかり、時間を取られることは想定外だった」という「事 実」がとても可笑しい。横森さんは東京在住の頃、懇意にしていただいていたデザイナーのC氏の親友のお一人で90年くらいにC氏らと来港されファッション 音痴の私ですらメルローズやハーフムーンでの女史の活躍を知っていたくらい。女史の尊顔に拝す。もう15年も前のこと。当時は香港の中国返還前のピーク? でかなりいろんな方が来港。突然のことで当時の片岡孝夫丈の知己を得たり、いろいろなことあり。当 時といえばギタリストの伊藤可久君。仙台で彼が高校生の頃のアマチュア の頃から知っていたがギタリストされていることを偶然知る。仙台といえば青葉通と東一番丁角の額縁店「森天祐堂」が年明けにも閉業 らしい。近代化される市街の中心の中心で「異様なほど戦後」であった額縁屋……だが建物の角は煙草を売る窓に名物と化したオバチャンが座り続け古くはプロ マイド屋でもあり「チケットぴあ」など出来る以前からのプレイガイドとして機能。80年代に「阿Q」のライブチケットなど置いてもらっていたもの。昭和の 原風景がまた一つ消える。

十一月廿八日(月)晴。昼に百年ぶりに飲茶で点心食す。どうも粤式の点心の肉脂が苦手。穀物類も多く結局、晩になっても腹も空かず晩飯抜き。諸事済ませ晩 十時にかなり久々に銅鑼湾のバーS。モルトの試飲会のことな ど亭主M氏にお教えする。駆けつけでニッカの「余市」でハイボール一杯。冷凍庫で冷えたウオツカ「フィンランディア」にビターをかなり含ませグラスの曇り が消えぬうちに。十一時前には酒場を辞す。これで帰宅すればいいのだが、つい「珍しく銅鑼湾に来たのだから」とバーYに独りで訪れるのなど百年ぶりで。フィンランディアをもう一杯。 これ以上深酒せず。深夜帰宅。
▼昨日のジャパンカップについて競馬のほぼ専門家の畏友のサイトで読む。月本さんが 「フランキーが乗ると馬がまっすぐ走る、力を出し切る姿に感動。馬の尻尾から鼻面までの線がそのままゴールにまっすぐと一つの質量のある矢印として伸びて いる、そんな感じ」と言っていることがよくわかる。馬券については斉 藤さんの「JCは実績よりここに臨む過程と馬場適性で◎キングスドラマ。あとは○ゼンノロブロイ、▲アルカセット。キングスドラマからなら配当的 に総流しもアリでしょう。一応連下はベタートークナウ、アドマイヤジャパン、ハーツクライ、ヘヴンリーロマンス」で◎が来なくても「なるほど」という予 想。成沢さんはウイ ジャボードを本命にされたようで私と同じ。香港の国際レース開幕が待ち遠しくなってきた。

十一月廿七日(日)晴。さすがに朝八時まで九時間ほど寝入る。家事雑事済ませ昼前に裏山に登る。脚の筋肉と関節に多少痛みあるが歩けぬほどではない。寧ろ 鍛練、と裏山から大潭を10kmほど歩いたり軽く走ったり。海岸で松本健一『竹内好論』少し読む。リパルスベイに出てバスで湾仔。ジャパンカップはデッ トーリ騎乗のAlkaasedが制す。香港でもゼンノロブロイが一番人気。12月の香港国際レースのVase戦に参戦のAlkaased、Ouija BoardにWarrasanの三頭が今日のジャパンカップに出ており馬券的には香港ではWarrasanが三番人気だったかで狙ったが。この Alkaased、デットーリは相性もいいようで。結果論だが。デットーリの馬券はいつも相性悪い。帰宅途中に菊正宗を購おうとジャスコに寄れば果物売り 場に「シャロン」という名のブランドの「柿」が山積み。やはりよく見ればイスラエル産。小泉という名の果実園の葡萄がある程度の一致にすぎないが。帰 宅して早晩に枝豆とハイボール。きちんと出汁をとった煮うどん。大河ドラマ『義経』をようやく放送で(ビデオぢゃなく)見る。安宅の関の勧進帳の名場面。 義経は科白のない芝居で滝沢君は科白が噛む心配もないが富樫役の石橋蓮司が名演。一昨日N氏より頂戴した日本の雑誌数冊読み憂鬱な日曜の晩を過す。
▼中国の有人宇宙船「神舟六号」の飛行士二名が来港。香港大球場だかで数万人の市民集まり歓迎催事あり。テレビのニュースでは、会場で六、七歳の子どもが 「中国人も宇宙に行くことができた」と誇らしげに。教育の成果。国宝級の飛行士二名は水曜日まで香港に滞在し次はマカオ。あちこち訪問して市民や学生と対 話、だそうだが、厳しい訓練を経ての成功、夢はかならず叶う、一生懸命努力することの大切さ……といった通り一遍の話しか出来ないわけで滞在は寧ろ一泊二 日くらいのほうがイメージ戦略としてはいいのだが。
▼昨日早朝けたたましいヘリコプターの音に目覚め何かと思えば金曜日午後パーカー山にて行方不明になった11歳の少年の捜索。自閉症児で父親が山あいに散 歩に連れ出し父がMount Parker RdのBBQ場横のトイレで用を足す間に行方不明。昼前に数キロ離れた山あいで保護される。誘拐に非ず少年みずからがふらふらしたのが行方不明となった、 という。もう一人の15歳で突然死の少年、が新聞に大きく報じられる。内地より79年に香港へ密航し香港に暮す父が十数年前に郷里の親戚の紹介で内陸住ま いの女性と結婚し、この少年が生まれる。少年は内地で母のもとに育つが父はその後肺結核患い定職につけず月HK$3,000で生活保護受け妻の子の暮す内 地を訪るも能わず。妻は生活にも窮し息子をこの夫の郷里に残した母に預け何処へか去る。その祖母が02年に老衰で逝去。少年は03年に親戚の者に連れられ 二週間のビザで香港を訪れる。二週間経ちビザは失効するが故郷にこの少年を育てる者もおらず父と息子の香港での暮しが始まるが父に生活資金も労力もなく息 子は不法滞在で学校にも行けず仕事にありつく術もなし。それどころか警察の路上での職務質問畏れ外出もままならず。結果、電燈に扇風機と電気釜以外に家電 もない住居でテレビもラジオもない中で少年は二年間、憂鬱な日々を送る。唯一の外出は公共団地の敷地内を散歩するだけ。父が外出して持ち帰る新聞が、少年 が唯一外の世界を知る術。24日、父が外出から戻ると床に少年が卒倒しており父が警察に電話し少年は救急車で病院に運ばれるが死亡が確認される。死因は突 然死との由。父曰く、少年は内向的な上に父の貧窮を知り何が欲しいとも言わぬ性格。余り会話もなかった、と言うが、少年のベッドの壁に遺書らしき一文あ り。この三年も学校にも行っておらぬ、と思えば15歳の少年の心情の吐露。
如果我倒星期一還不会死、我就選択活路、垪命活下去、甚麼事不再 (在)乎。想自己的前景会是暗的、不会是明、只可能做不三不四的事、没有可能做正経的工作、因為很難伐得到、不然就割脈、吊頸、跳楼死。
と少年はぎりぎりのところで生きていたが将来は暗澹たるものでで割脈、吊頸、跳楼と自殺の思案。内地生まれの子女の香港での居住権は全人代常委により法解 釈で否定されたが実際には香港政府の入境事務処でも個別に案件検討し状況により情状酌量もある、といふ。殊にこの少年の場合など内地に養育する者おらぬの だから助かれば助かった話。

十一月廿六日(土)朝九時のフェリーで中環からランラオ島に向かい九時半に梅窩着。十時からのPhoenix Walkathonへの参加に三十分前の到着にお仲間か ら「余裕やね」と冷やかされ、もう今年で四回目?の梅窩から大澳までの28kmの山登りと走り。気温は摂氏24度だと言うが梅窩の波止場から二東山 (749m)への登りは風もなく肌を灼く暑さに閉口。途中棄権?と一瞬頭を過るが大東山(Sunset Peak、869m)に向かう頃には風も出て標高300mの東涌峠から鳳凰山(Lantau Peak、934m)を越え下りランタオトレイル4区からは「走り」で観音山(434m)、姜山(459m)を越えて萬丈布から一気に大澳に下る。午 後4時28分着で昨年より30分も遅れたのは昨年は確か摂氏17度だか。T君がこの28kmのソロでなんと4時間1分で第1位。毎週のようにレースで一緒 になり自動車で送ってもらうK氏も5時間38分で9位。余が6時間28分で11位なのだから、いかに精鋭ががんがん飛ばして走っており、後続が続かぬか、 という証し。余が嘘でも走る人たちのどん尻。応援はA嬢とZ嬢。日暮れに五人でタクシーで大澳から長沙下村の海岸。Stoepで打ち上げ。南アフリカの葡 萄酒Springstoneの白、赤。肉料理。K氏の会社から参加のお二人が初めての参加で八時間近くかかったが28kmのデュオで2位入賞。Stoep に駆けつけ。T君とそのお二人のカップ並べておいたらStoepの女将がお祝いとPorcupine Ridgeの白葡萄酒一本ご褒美に。晩も九時に至り梅窩からのフェリーの時間がうまくあわず東涌までバスで戻り地下鉄で一気に戻る。帰宅して当然の如く疲 労困憊で寝入る。ちなみに梅窩から梅窩に戻るランタオトレイル全程70kmのレースに参加中のN氏はまだ歩いている。このPhoenix Walkathonも運営難で今年で中止か規模縮小と主催者発表あり。

十一月廿五日(金)早晩に中環のマンダリンオリエンタルホテル。この聖誕祭の営業終わると一年も休業して大規模な模様替え。客室の、今では大気汚染で誰も 寛げぬベランダを廃して部屋の拡張と水回りやハイテク化。格 調高いモダニズムのホテルの美しさが損なわれることが残念。東京から本日来港されたN氏と再会。N氏の父が大正時代に来港、香港湾仔利東街で地元民相手に 日本製の衣料品売る商店営みN氏は1929年に香港で生まれ41年まで香港に育つ。日本の香港占領前に日本に戻ったため戦禍に遭わず当時の学校の記録など 今では貴重な史料を而もきちんと整理して保管されている。年に一度ほど来港される。いつもこのホテルに投宿されるが来年来られたら様相も一変のはず。N氏 とホテルのチナリーバーで一飲。このバーも十数年前に若造の 身分で緊張して訪れてからベルギー人だかのバーテンダーと懇意になりしばらくよく通ったが(ここでだいぶモルトウイスキーを味わう)六、七年前だか食事メ ニューなど揃えるようになり、かつては女人禁制だったという格式高いバーもガキは増え騒ぐし、ドレスコードもかつては最低スマートカジュアルだったのがG パンに運動靴、はたまた半ズボン客まで受入れるようになり、携帯電話もいつの間にかリンリンと五月蝿い。呆れて、中環で憩いの場をFCCに見出してからは 一向に足を向けぬようになったが、あと一ヶ月で閉業で改装後はかなり変わる予感もして、N氏と早晩の一飲に訪れた次第。ホテルを出ようとして香港日本人倶 楽部の理事で日本人墓地の墓誌発行にむけ献身的な活動されている在港四十数年のI氏にばったり遭遇。立ち話では勿体ない。I氏と別れN氏と歩いて萬宜大廈の小南国に赴き大閘蟹や清炒蝦仁、小籠包など少しずつ食す。I 氏の小学生時代の香港の様子いろいろお聞きする。トラムでShau Kei Wanまで行き小高い崗を越え、どうやら今の柴湾のあたりで海水浴。リパルスベイはとても湾仔の商店の倅では行ける場所ではなかったらしい。戦争ももちろ ん侵略する側とされる側の国家ではあるが、実際に不幸になる人と戦争で儲ける人はどちらの国にもいるわけで、戦争は強ち正と悪には二分できぬことなど語 る。かなりいろいろ毎回お話をお聞きしており、いずれそれをまとめなければならない。N氏をホテルまで送り一人で深酒にならず帰宅。節制。
▼吉林省の石油化学工場火災による河川汚水でハルビンの松花江が極度に汚染される。中国の地理に少しでも明るい人なら一瞬「えっ?」と思うはず。ハルビン は黒竜江省の省都で吉林省の北、その黒竜江省の、詩にもうたわる美しい松花江はソ連国境のアムール河に至る大河で、なぜそれが吉林省から流れ出ているの か?と疑問に思ったが、吉林省の西域は内蒙古自治区にも接しており、地図でよく見ると松花江は黒竜江省の山あい(興安嶺山脈)を源流にするが斉斉哈爾(チ チハル)の南で一旦、吉林省の西北に入り、また黒竜江省に戻りハルビンへと至る。と言っても河水は自然に流れているわけで行政区分での省など関係ないのだ が、そういう事情で吉林の化学工場での事故がハルビンで松花江の汚染を齎す。思い起こすのは廿数年前の一人旅。長春では当時「外国人宿泊指定」は駅前の長 春賓館(旧大和ホテル)ともう一軒だけでバックパッカーには高嶺の花。駅前の本来外国人宿泊不可のホテルに頼み込み泊めてもらい、英国人のT君がシベリア 鉄道に乗り長春通貨する際に当時外国人は闇で入手するしか術のなかった人民元をホームで渡してくれた話はいぜん日剰にも綴ったが、この長春からチチハルに 向かおうとして、通常の鉄路はハルビン経由なのだがハルビンはどうせ満州里からの帰りに通るので、と鉄道好きゆへ別な路線で進もうと何も考えずに吉林省の 白城という内蒙古に近い小城市行きの列車が長春からあるので、ここで一泊して翌朝の列車でチチハルへ向かおうと思ったのだが、夜遅く白城に到着すると駅の 出札で「外国人だ」と駅員が慌て公安が来る始末。公安のジープで接待所に連れて行かれ(幸い宿泊費は安かったが)翌朝、また公安のジープで駅に送られ列車 に乗せられる。公安の職員がかなり親切で事情がわかったのは、この白城なる小都市は軍施設があり外国人立ち入り禁止(当時)。我もつい列車の乗り換えなの で非開放城市に公安の許可とっておらず。その白城からチチハルに向かうあたりがこの松花江の水域。当時はのどかな農村が続き夏八月は一面の向日葵畑広がる 光景。所々に石炭工場や製鉄所など点在していたが、それが今では大規模な化学コンビナートなのであろう。でハルビンであるが、長春で宿したそのホテルの八 人部屋の同室に黒竜江省の国営の新華印刷工場に務める陳という初老の男性があり、その中国旅行で広州、北京は外国人専用のホテルだったため初めての「モグ リ」に言葉もできず戸惑う我に陳さんはかなり親切で、ハルビンに着たら必ず尋ねるように、と連絡先をもらう。で二週間後だかにハルビンに着く(途中、もう 一度、黒竜江省の山あいで公安のお世話になったが、その時も公安はジープで「このへんに外国人が来たのは60年代のロシア人以来、とあちこち案内までして くれた……笑)。新華印刷工場の敷地内にある陳さんの家で手作りの餃子ご馳走になり陳さん夫妻と市街に散歩に出る。ロシア風の街並みの残る美しきハルビン 旧市街。キタイスカヤ通り。時間があれば毎夕のように二人で散歩する、という松花江の河岸の、確かスターリン公園。松花江の洪水の時にソ連の援助で堤防決 壊防いだ、との由。美しい夕陽のなかを手をつないで歩く50すぎの陳さん夫婦にこちらが照れる。この松花江の向こう岸に太陽島という名の、帝政ロシア時代 に開発されたロシア貴族らの避寒地の別荘あり。市内のホテルが高く陳さんの紹介だったか、で太陽島にある、どこだか国営企業の療養所にモグリで宿泊させて もらい、毎日、フェリーで松花江を渡りハルビン市街に。この八月(以下の話も日剰ですでに書いているが)日航機の御巣鷹山での惨事。それを瀋陽だったか大 連だったか、新聞社の壁新聞で見て知ったのだが、同じ新聞の片隅にベタ記事でハルビンではその松花江を太陽島に渡るフェリーでエンジンの火災事故あり三百 人だかが死亡、とあった。わずか数行のベタ記事。二週間ほど前に毎日あの松花江を往復していたフェリーが、と思いぞっとする。あの松花江がいま基準の50 倍だかの汚染。アムール河に流れソ連との問題になるのも必至。廿数年前に事故で三百人死亡がベタ記事も驚いたが今回も化学薬品の河川への流入から九日だか して事実公表。政府関係者はマスコミ報道だけが情報公開の適切な手段ではない、と嘯く。
▼香港鼠楽園試験開業から百日。ついに鼠楽園側も入場者数など公表。入場者数は鼠側の発表で100万人。つまり1日あたり1万人のみ。当初1年の入場者数 を560万人と予定しており現実には遠く及ばず。来訪者は地元、中国内地、海外をそれぞれ三分の一と見積もっていたが現実には地元客が49%を占め26% が海外からで中国内地は24%に留まる。ここが誤算。日刊ベリタにこの件、記事送稿。

十一月廿四日(木)晴。朝日新聞一面トップに日本の各都道府県のタミフル備蓄量が必要量の0.4%と記事あり。マカオはちなみに人口46万人に対して16 万人分をすでに備蓄とか。
毎週木曜日の常として朝に小泉メールマガジン拝読。
私は、日中友好論者であり、日韓友好論者である。この考え方に全く 変わりはない。私は、日中関係も日韓関係も将来それほど心配していない。私も、日本政府も、日本国民も、日中友好、日韓友好の重要性は十分認識している。 たとえ一つの問題で意見の相違や対立があっても、これが全体の友好関係を損なうようなことにしてはならないと思っているし、皆さんもそう思っていると思 う。
と。「たとえ一つの問題で意見の相違や対立があっても」と言っても、それが貿易での関税問題であるとか離れ小島の領土問題なら兎も角、靖国参拝は過去の歴 史上の軍事的侵略に大きく関わる問題であり、それを侵略した国の側が半世紀経ったとはいえ未だ解消されぬ問題によくもしゃぁしゃぁと「たとえ一つの問題 で」と宣えるもの。
かつて60年前にはアメリカと日本は敵対関係にあった。しかし、い ま、日米は最良の同盟国、友好国になっている。ベトナムのルオン国家主席も出席し、ブッシュ大統領の隣に座っておられたが、30年前、アメリカとベトナム は敵対関係にあったが、いまや友好関係を発展させている。
……と、だから中国も日本と友好的になれるはず、が小泉思考だが、日本が米国と同盟国になれたのは米国が日本占領にあって日本の國軆をば玉に傷つけずに遺 すこと前提としての戦後の親米。ベトナムとて米国はベトナム戦争の過ちを認めているし、まさか「トンキン湾事件はなかった」などと釈明しない。
このように、一つの問題があるから、一つの意見の相違があるから、 全体の関係を損なうようなことにはしないことが必要だと思っている。日本と中国、韓国との関係は、相互互恵という観点からきわめて重要である。両国との関 係は、経済的にも、文化的にも、スポーツの面でも、人的交流にしてもこれほど深まっていることはかつてない。短期的に一つの問題で意見の相違があったとし ても、中長期的にみて、この問題が両国の関係を悪化させないような方向に持っていく努力は今後ともしなければならないし、お互い時間がたてば理解されるも のだと思う。
これだけ深まっている友好関係に水を差しているのは誰か。「(短期的な)問題が両国の関係を悪化させないような方向に持っていく努力は今後ともしなければ ならない」と言うが、その短期的な問題の元凶は何か、誰か。呆れて言葉もなし。結びは
これは、私の外交についての基本的な考え方です。これからも、日米 同盟と国際協調を日本外交の基本として、各国との一層の友好関係を深めていきたいと思います。
わかりやすい。国際強調のまえに日米同盟。自民党の50年は親米政策の50年でもある。だが例えば宮沢喜一君の親米は少なくとも日本の国益のために、とい う前提あり。中曽根大勲位とて同様。だが小泉三世となると国益がいずれの国の国益なのか、怪しい。
早晩に尖沙咀。マカオマラソンの申し込み〆きりが明日で東莞在住のO氏申し込み済ませておらず代理で。尖沙咀の東英大廈の15階に上がるとすでにほとんど のテナントが移転しており日本のサトウ製薬のオフィスと、このマカオマラソンの事務処理するオフィスのみ。このオフィスには香港マラソンの膨大な量の申請 書もあり、香港のChampion Chipの代理店でもあり、大規模な長距離レースの事務処理を引き受けているらしい。帰宅してスミノフのウオツカにビター数滴たらして一杯。チーズたっぷ りのパエリア。残り物の赤葡萄酒(山西省のGrace Vineyard)。今ごろ雑誌『世界』の八月号読む。日経の田村さんの人民元引き上げに関する文章に、金融政策の決定、為替自由化、通貨の安定の三つ は、いずれか一つを欠かすことで残り二つが成立する、という誰だっか経済学者の有名な理論が紹介されていて、日本は通貨を変動相場制とすることで政策決定 と為替自由化を維持しており(これが世界の先進国の大半だろうが)、香港の場合は米ドルとのペッグ制を摂ることで金融政策の決定と通貨安定を維持してい る。これで見ると中国は元相場を固定することで通貨の安定を図る、その金融政策が党政府の匙加減一つ、という点では中国は経済開放などで資本主義化が見ら れるが今でも社会主義経済体制である、ということ。自明の理だが忘れてしまいそうな「事実」。この数週間、外食があっても暴飲暴食を避けかなり節制。食後 の飲酒は皆無、午後11時には就寝の日々が続く。
▼四年に一度の香港の麻薬濫用調査で十代の学生に尋ねたところ調査対象の95,890人の学生のうち2.7%にあたる2,589人が麻薬経験あり6割強は 友達に勧められて、と常識的だが、父母に勧められたが3.1%、兄弟姉妹が2.3%、つまり5%強が親兄弟から「一発やってみるか、スカッとするぞ」。息 子や娘にコカイン勧める親ねぇ……。
▼昆明から香港旅行に来た還暦の男性が香港で女装ダンサーのショー見ていている途中に喘息の発作起こし急死。このオカマショー、こんなもの香港にあるの か?と驚いたし「香江大舞台」なる、この演舞場、場所は当然のように旺角界隈か、と思ったら、なんと香港島の西端の公団住宅団地・華富。なぜ華富にタイか ら来港のオカマ嬢のショウがあり大陸からのツアー客がなぜそれを見に行くのか……。まずこの「香江大舞台」は華富団地にあった倒産した映画館の跡地。映画 館を居抜きで歌謡ショウにしたようで歌謡ショウの客は老人だろうが華富では集客など期待できず苦肉の策が大陸からのツアー客誘致だったのか。このオカマ ショウが好評で日に五回公演。大陸からのツアー客というのもオカマショウだの湾仔の金紫荊広場だの変なことに香港での貴重な時間費やす。

十一月廿三日(水)気持ち入れ替え早晩にジムで久々に有酸素運動一時間。帰宅。おでん。大河ドラマ「義経」ビデオで一本半見てようやく放映に追いついたは ず。佐藤忠信は確か六条堀川の館に襲われ自刃した筈だがドラマでは鎌倉に送られる静を助けようとして命果てる設定となっていた。01年の夏に福島の飯坂の 玉湯温泉に父母と大叔父を連れ湯治に参りテレビで高校野球中継みている父と叔父を宿に遺し母と医王寺に参ったことを思い出す。此処に佐藤継信、忠信兄弟の 墓があり、芭蕉は「笈(おい)も太刀も 五月にかざれ 紙幟(かみのぼり)」と詠む。寝る前にJacqueline du Preの演奏するエルガーのチェロ協奏曲をCDで聴く。
▼朝日新聞に自民党50年で中曽根大勲位が小泉靖国参拝について
外交的にみても、隣国の首脳と国際会議以外では容易に会談できない 事態が続いている。小泉君の個人プレー外交で「引きこもって」いるからでしょう。小泉君は「個人的信条」で靖国神社へ参拝すると言うが、大きな国益の前で は、国民の理解を求めて個人の信条は譲らないといけない。昔の政治家は笑われても、けられても、国益優先でやってきた。小泉君はポピュリズムに基盤がある から、そこからは抜けきれないんでしょうね。
御意。キョービ、中曽根大勲位がここまでリベラルに映るとは……。
▼朝日といえば加藤周一の夕陽妄語も加藤先生お得意の夢で古の人に遭って物語る筋は兵法『孫子』の著者、孫武か孫臏との語らいが見事。孫子から米国のイラ ク征伐と日本参軍の誤謬を説く筆致。だが加藤先生が紹介する
利に非ざれば動かず、得るに非ざれば用いず、危うきに非ざれば戦わ ず。主は怒りを以て師を興こすべからず。将は愠りを以て戦いを致すべからず。利に合えば而ち動き、利に合わざれば而ち止まる。怒りは復た喜ぶべく、愠りは 復た悦ぶべきも、亡国は復た存すべからず、死者は復た生くべからず。
もいまの読者にどれだけ意味が解せようか。「死者は復た生くべから ず」の一句は、加藤先生をして、歴史と国境を超えて私を無条件の平和主義の方向へ限りなく近づける、とさせ、この文章を結ぶが「死者は復た生くべからず」 の意味も今では「死者はふたたび生き返ってはいけない」とでもとられはせぬか。
▼昨日紹介した伝統的で保守的と国民の誰もが信じている某私立校の図書館の蔵書の一部を紹介すると『マンガ 日本人と天皇』シュガー佐藤&雁屋哲、『近代 天皇制とは何か』同上、『天皇の軍隊』熊沢京次郎(=本多勝一の共同ペンネーム)、『教科書に書かれなかった戦争』シリーズ揃 梨の木舎刊、『従軍慰安婦 と十五年戦争』西野留美子、『宮本百合子全集』など。如何だろうか。取り憑こう、いや都立校なら偏左書籍として焚書されるが如き書籍ばかり。
▼12月11日の香港国際レース開催日の出走馬発表になる(こちら)。 スプリントは香港馬サイレントウィットネスの独壇場なのだろうが日本からはアドマイアマックス。ヴァースはローヤルアスコットのゴールドカップの覇者 Westerner、日本からは菊花賞でディープインパクトに差されて二着のシックスセンス、マイルは安田記念で一着となり、この日剰でも話題にした(秋 の天皇賞は四着)アサクサデンエンが早くも注目度高く日本からはハットトリックも参戦。で香港カップは香港馬はダービー馬Vengeance of Rainとジョッキー倶楽部主席所有のRiver DancerにGreen Treasure、海外からはMaraahel、Raktiに昨年の覇者Alex Gldrunに三着のTouch of Landが参戦。
▼北京で閉鎖中の通順競馬場にて競馬馬600頭屠殺だとか(蘋果日報)。香港の投資家が7億8千万港元かけ01年に開業のかなり本格的設備有する競馬場。 中国国内での競馬合法化、北京五輪での乗馬競技開催に向けたが賭博合法化は程遠く五輪での乗馬競技の香港開催も決定。通順競馬場は競馬開催と暫停繰り返し たが税金問題なども絡み10月から亦た閉業。経営困難で二千頭越える所属馬のうち四分の一の処分。
▼歌舞伎の芝居など町外れの橋の袂、晩も遅くに夜鷹が偶然に拾った風呂敷包みが二十年前に別れた父の借金の証文で……などという話に「芝居だから」と片づ けられず。偶然とは奇異なるもの。警官が路上で歩行者の身元・所持品調べしていると、或る男の財布から映画俳優・周星馳の香港IDカードあり。他人の HKID所持は当然違法で五千元の罰金刑に処される。聞けば、この男、周星馳のファンで、96年の聖誕節に路上で香港IDカード拾うと、それが偶然にも周 星馳が落としたもの。男は警察に届けず大切に財布に保管していた、との由。

十一月廿二日(火)晴。一つ大きな仕事終え早晩にジムで鍛練か、と思ったがちょっとしたことでジムに向かうタイミング逃し、一瞬、それなら太古坊のバーで でもちょっと飲んで、と思ったが、飲んだら帰るのも億劫になるし、何より困るのは一人でバーで飲むのに昏時でも照明かなり落とされると新聞に目を通すにも 難儀。結局真直ぐ帰宅。ドライマティーニ。浪花屋の柿の種。CDでMischa MaiskyとMartha Argerichのチェロソナタ69番と102番を聴く。三平汁などで夕餉。二週間前だかの大河ドラマ「義経」をビデオで見る。西国へと逃れようとする義 経を見送る法皇様の、平幹二朗の、動揺を見せる目の演技の見事さに言葉もなし。そののち西国落ちに失敗し都に戻ろうとする義経を助けむと鬼一法眼現れる が、この美輪明宏の、今度は手を仰ぐ演技の見事さ。幹二朗先生と美輪先生がいる楽屋はかなり「濃い」ことだろう。
▼Int'l Herald Tribune紙にペルーのフジモリ容疑者の“companion”と噂される片岡郁美女史へのインタビュー記事あり。日本の大手マスコミでは実業はホテルプリンセスガーデン社 長だが「英霊を慰め日本を守る会」の代表発起人の一人である、この女性のことはあまり取り上げぬ。国粋系のロビイストであり、このホテルも上野富吉(鄭富 吉)という人が事実上経営するホテル三條苑であったが「日貿信」なる会社買収の仕手戦の最中に行方不明となった物件。叔父は経営破綻した旧信用組合の岐阜 商銀の安璋煥元理事長。片岡女史はフジモリ容疑者を、アルゼンチンの元大統領Juan Domingo Peronに喩えて話す。1955年にクーデターで失脚し国外亡命するが71年に帰国し73年に大統領に復帰。このペロン大統領の話は大統領自身よりも Eva Duarte de Peron夫人が有名。映画ではマドンナが主演した、あのEvitaである。このEvitaにまで言及し、記者は「あなたが将来のEvitaか?」と空手 の黒帯で、15歳で家出して米国は羅城でプール掃除や犬の世話、マクドナルドで働いたという片岡女史に尋ねると、女史は自分は影の存在だ、と言葉濁す。フ ジモリ容疑者がマクドナルドでも「たくさん注文するな」、スーパーでもテイクアウトの寿司が閉店間際に15%安くなると知ると一時間でもそれを待つことな ど倹約家の逸話など紹介するのも興味深いが、それ以上に(IHT紙ではそれに触れていないが)「在日」だそうである彼女が日本の国粋系になってゆく思考的 遍路のほうがもっと興味深くもある。
▼国粋系、で話題もう一つ。多摩のD君が息子の「お受験」で或る、実に伝統的で保守的であろうと思われる某私立学校の説明会訪れる。図書館の蔵書を眺める と驚くなかれ天皇制問題や日本のアジア侵略などに関する書籍多し。東京都の教育右傾化など憂いての私学志向であったが「まさか、この伝統的で保守的と思わ れる学校がっ……」というリベラルぶり。この学校名は敢えて挙げぬが意外とそんなもの鴨。
▼最近は話題に出すのも気が引けるほど低迷の香港鼠楽園。SCMP紙が香港鼠楽園の正門前で実地計測の結果、入園者は11月13日(日)が12,972人 で、16日(水)は11,399人。香港居民に対して入場料HK$50割引も功を奏さず。鼠楽園線の鉄道運営するMTRも週日の乗客数を1万人と暴露。政 府の試算では初年に560万人の入園者期待されたが、これに見合うには日に1.5万人強の入園者が必要。香港鼠楽園、建造費HK$277億のうち香港呆政 府が8割余にあたるHK$225億を費やし40年にわたりHK$1,480億の純益を齎すと嘯き公的資金流用された結果がこれ。香港政府こそ千古罪人に値 す。而も上海と鼠楽園誘致に関してかなり争う中で、この政府負担額の大きさで鼠楽園側は香港での鼠楽園開業決めたが、実は上海での開業も着実に現実に向 かっているわけで19日には中共上海市委書記の陳良宇が2010年開催予定の世界博覧会についてなど語る中で上海は崇明島の開発のなかに大型主題公園の建 造予定ありマスコミに対して鼠楽園側との接触認めるコメント。結局は巨象が鼠に遊ばれる劇画なり。
▼少し気になっていたのがブッシュ来日で参られた京都の迎賓館。そんなもの何処にあったか?と思ったが京都のH氏のブログを読んでいたら(こ ちら
B大統領上洛。御所内の迎賓館と言えば、5年ほど前から自然がいっ ぱいの御所内の木々群を切り裂いて建設されたもの。秋の紅葉に合わせての来日か、迎賓館のお披露目のための来日か、K首相との人気取りのための来日か。今 イチ、何しに来日し、しかも、わざわざ京都で会談する必要があるのか。たった1日そこらのために……。で、話し合ったことはと言えば、「自衛隊イラク派遣 延長しまっせ」「アメリカ牛肉輸入再開しまっせ」と。それでもって、首相は「緊密な関係を保つことが大事」と、コメント。せっかくわざわざ京都に来て話し 合うのなら、「地球温暖化防止のための京都議定書」のことを再確認するくらい話題にしてほしいところ。
とあり。御意。こんな施 設を史跡のなかに建造する破廉恥には当然、反対運動もあ り。そのブッシュであるが中国では北京五輪の自転車競技のカントリーレースコースを自転車で走ってみせたかと思えば、モンゴル入りすると今度は大統領のリ ムジンが郊外を走れば騎馬民族よろしく鎧甲冑姿の武者が蒙古馬に乗り草原にてお出迎え。遊園地で遊ぶ子どもと同じ。
▼Int'l Herald Tribune紙に突然、イタリアのスペッターコロで活躍するBeppe Grilloによる「イタリア国会浄化」 の全面広告。このブログとか読んでみれば面白いのだろうがじっくり時間もとれず。日本も、本来ならこういう役目は青島幸男であるとか大橋巨泉が担うべき 「だった」のだろう。
▼私以外の誰が注目しているのか知らぬが経済学の鬼才で米国での偽骨董販売と脱税で国際手配中の張五常教授。内地にて経済学者ら集まり張教授の古希の祝い (20日信報)。記念シンポジウム開催され「張五常学術思想」「張五常其人其事」「張五常対中国経済改革的貢献」などヨイショ目白押しで教授ご本人の記念 講演もあり。興味深いのは出席者が「内地」関係者ばかりで香港からの出席は在野の経済学家2人のみ。徹底した張教授の内地化。国際指名手配をば中共の庇護 受け「金玉を握られ」ての態。近日中に信報の林行止主筆がこれについて書く、と予告あり。楽しみ。

十一月廿一日(月)快晴。昼飯も食す時間もなくお茶一服休む間もなく燈刻に至る。急な仕立物多し。仮縫いでOKが出ていたものが仕立て上がる寸前でダメだ しが入ったり急な縫製の仕事もこういう時に入るものでお約束の押立ては本日お昼には、とお客様と約束していたのに急拵えの出来上がりは燈刻に至り、ご多忙 のお客様を待たせたお詫びも兼ね九龍まで仕立物お届け。かなり忙しかったようで、と逆に多忙労われる。かなり疲労困憊。ドライマティーニ。パスタ。山西省 はGrace Vineyardの赤葡萄酒を一杯半ほど。ロシアのプーチン大統領来日でロシアが北方領土問題に前向きな姿勢見せる背景につきNHKのニュース10でモス クワ支局長の石川一洋氏がモスクワから解説を述べるのだが、不思議なのはNHKの特派員というのは、なぜ「見てくれが現地系」が少なくない、ということ。 古えには磯村尚徳君のように見るからに「巴里かぶれ」もあるにはあったが、石川支局長の場合「かぶれ」どころか「日本人である、とは絶対に思えない」ほど に、ちょっと中央アジアのあやしいオジサン。取材現場に入ろうとすると警備がちょっと緊張しそう。

十一月二十日(日)快晴。朝五時