香港の自由と言論のため香港特別行政区基本法第23条による国家公安維持の立法化に反対〜!  ひとまず董建華は9月5日に白紙撤回を表明!

教育基本法の改「正」にも反対〜! 反対はこちら。文部科学省の中教審答申はこちら。ちなみに文部科学省サイトには教育基本法の原文すらないのが事実。
文部科学省は他にも「英語が使える日本人」の育成のための行動計画……だって、ダサ〜!、英語が使えれば日本人でもアイヌ人でも朝鮮人でも何人でもよし。
        

2000 年11月24日からおそらくあなたは 番目の閲覧者です。


新しきURLは www.fookpaktsuen.com  既存の新聞に満足できないなら日刊ベリタを読みませふ。富柏村の記事もあり。

九月卅日(火)快晴。昨晩遅くホテルのビジネスセンターにてモデム確認してみると電話はホテル外にはつながらぬがフロントにはモデムでかかるわけで結局、部屋の電話が恐らく目覚しだの伝言機能がある所為で繋がらぬ、と判断。どうしようもなし。午前セイヌ川沿歩きオルセイ美術館に向えば入場に長蛇の列、Carte Museesの5日券あり先入り出来幸い地味な中階の特にオルタ、ギマール、ガレといった家具、内装の粋にただただため息。セーヌ川渡り火曜で休館のLouvre美術館の前を通り抜けPyramidのジュンク書店。30坪ほどの書店ながら文庫中心に書籍の揃えは見事。春陽堂の乱歩、小学館の中上健次などきちんと揃え、香港はといへば小林よしのりだの「つくる会」系の日本史見直しだの日本人優秀論ばかり平積みすることしか能なきそごうの旭屋が一番店とは悲しいかぎり。同じ日本人でもパリのほうがずっと感性豊か、といふことか。実際に街で見かける日本人のセンスのよさは香港とは比べようもなし。茶場ネットにて日記上網、メール受信。月本氏より網の通信関係で何か東京で調達必要なものあれば持参していただけると有難い気遣い。バスでMontmartre墓地に向かいMaistre街歩きMontmartreまで参りZ嬢付近の布屋の場所確認してAnversのブラッセリにて遅めの昼食(写真)Montmartreの丘に登り教会見学しSatieの家の前通りダリの作品館。Montmartreの丘の石段に坐り巴里市街眺め言葉もなくただ夏のような日射しにぼんやりと佇めばほとんど東京物語の笠智衆と東山千栄子(写真)丘から東側にMuller街を下りChateau Rouge站に出でアフリカ系市民多きPoissonniers街にてZ嬢アフリカ産の布生地屋眺める。Poissonniersより地下鉄でSt-Lazareの鉄道駅。Printemps百貨店、品揃えはダイエーの如し。黄色のネクタイ購ふ。隣のGaleries & Lafayette百貨店の店先の階段に長沙の百貨店店頭かと錯覚させるが如く中国からの旅行者の親父ら座り込むなか店内に入れば店の格もHarrods、高島屋、三越に匹敵するLafayetteながら百貨店発祥の地といわれる巴里にあってもやはり百貨店商業文化の限界見た思い。St-Lazzare駅のほうに戻り羅馬通りにてZ嬢ピアノの楽譜屋。メトロの站Europeといふ名前も面白きところこの付近の街路の名も羅馬に始まり倫敦街、維納街、マドリッド街、ストックホルム街、エジムバラ街、ナポリ街、聖ペテルスブルグ街、モスクワ街、コペンハーゲン街にダブリン広場と欧州の都市の名ばかり。かなり奇妙ながら恐らくはこのSt-Lazare站より欧州各地への列車が出ていたからか、と推測。メトロにてホテルに戻ろうとせば乗換えのSebastopol站にて電車動かず。復旧の見通しなく帰宅ラッシュの乗客も降車し始めBeauboug通りよりバスに乗換えSt-Michel。一旦ホテルに戻ればホテル前のセーヌ川沿いの道に突然警官現れパトカーが何台も車両規制始め何事かと思えばシラク大統領が専用車にて疾走。ホテル近くのGrand Augustius街は蛙ばかりの蒐集が店を飾りここ数日かなり気になっていた料理屋Roger La Grenouille (tel 01 56 24 24 34) 、裏道の小料理屋と思えば1930年からの老舗。店内は蛙のほか主人のかなり極度の蒐集癖で集めた小物だのネクタイなど飾られ壁のポスターには客の落書きだらけ、横浜の岩田穣氏といふ千社札もあり。エスカルゴ、鵝のテニーヌ、主菜に牛肉のtartareを頼むと主人に「その牛肉は生肉だがいいか?」と念押され、思わずMr. Beanの映画にて巴里の高級料理屋訪れたMr. Beanが仏蘭西語解せぬのに格好つけて頼んだ料理が何の味付けもなきtartare、つまりただの生ミンチ肉、それに閉口しつつ見栄で残せず麺包くり抜いたり皿の裏だの砂糖壺にtaratare蔽し食べた振りする作品思い出し、実際にtartareに閉口する山窩の客少なからずか、とZ嬢と笑い止らず。だが実際にはこの店のこのTartare Boeufつまりユッケ・フランセ(笑)秀逸の極み、この野蛮の極み余がこれまで食せし仏蘭西料理にても今後忘れ難き一品、これを清酒にて肴にしても格別のはず。店は満席の繁盛は大したもの、だが主人と内儀二人で客配らい切り盛りし何かと待たされるのもご愛敬ながら締め切った店、空調もなく、烟草の煙と人いきれで室温も上がり汗泌むほど、酸欠状態にてじっと待たされるは地元の者は何くわぬ顔で歓談ながら香港人なら冷房もなく気分悪く食事も楽しめぬはず。今日漸くTime Out誌の巴里版見つけて英語にていろいろ観光情報仕入れ、BBCもテレビの他普段聞き慣れたラジオ放送の周波数もTime Outにて漸く判り安堵。

九月廿九日(月)朝St-Michelのmetro站にて月曜より一週間有効のCoupon Heddomadaire購いMusse d'Orsay站に向かいOrsay美術館にて昨日の見残しをと思えば月曜日にて休館。セーヌ川渡りLouvre美術館(写真)Pyramidより地下に降りれば銅鑼灣の如き人、人、人。但し多くの人、Mona Lisaなど目指し南翼のDenonに集まり北翼Richelieuに参れば閑散としマルリーの馬だのピュシュの作品ゆっくりと眺めイスラム、メソポタミア、東翼Sullyの古代伊蘭より埃及美術までまわればすでに昼。希臘美術に向かうとかなり混雑し理由はミロのビーナス。それでもボルゲーズの戦士だのカノーヴァのエロスの接吻で目覚めるプシュケだの誰にも邪魔されず目の前に対峙すれば身震いするほど。日本よりの全盲者かなり多い団体旅行に遭遇、介護人に手を引かれ海外旅行のうえ美術館見学とは。盲者は目は見えぬが肌だの気で様々なもの感じるといふが、全盲者の参観に驚く余を含む客や職員。疲れきりPyramidよりmetro站に向かう途中の地下街でモデムカードと同じ抽出に蔵ってあり持参忘れたサングラス購う。metroにてSt-Michel、南華なる中華料理屋にて餃子と猪肉炒麺食す。店員らの北京語耳にして自らも言葉通じることの安堵感。一旦ホテルに戻り一人metroのPyramid站、1区の茶場ネットなる日系の接続屋にて急場凌ぎ接続。店の方にモデムカード購うが可能なる電脳屋尋ねれば実はホテルから歩いてもすぐのOdeonにFnac Degitalaleあり其処なら多分見つかろうし若しなければ12区の巴里最大の電脳屋Surcouf訪れるよう進められ早速OdeonにFnac Degitalaleに向かいモデムカード購ふ。無線LANの並び探してもモデムカード見つからず隣のブロックに案内係の店員おりかなり並び尋ねるが「自分はソフトの担当」と要領得ずmicro portableの担当探して尋ねよと「命じられ」そちらに向かう途中でモデムカード見つけ百年の恋人に会ったが心持ち。だが次の問題はモデムカードのdriver、CD-Rより入れる必要あり余のNBにはCD-R内蔵されておらずInternet繋がっておれば自動的にdriver何処かからダウンロードされるもののそれも出来ずOdeonの站近くの街市にて待ち合せたZ嬢と一緒にmetroにて茶場ネット再び訪れるが外付けのCD-ROMはなし、と言われInternetよりダウンロード済ます。Palais Royalの中庭の公園、噴水のまわりのベンチにて1664印の麦酒飲み一憩。巴里談義。人種の坩堝、Z嬢と巴里談義。metroの中で誰のことも気にせず大声にてジャズ歌う男(大道芸人に非ず単に歌いたければ歌うだけ)、周囲の者など気にせずの喫煙、好きな時の飲酒、香港すら綺麗に見えるほど烟草吸殻だの塵のまう市街、自らの役目以外一切の責任とらぬホテルだのPC屋の職員、勝手といえば余りの勝手、だがこれこそ究極の個人主義、自らの我を通しお互い他者の自由には一切干渉せぬ姿勢。Palais Royalの中庭にてゆっくりと寛ぐ人々見ていればこの自由こそ彼らにとっては市民革命にて勝ち得た権利。それは単に享受するものではなく常に個人の闘争を継続せねば維持できぬものであること。人種の坩堝とて仏蘭西にとって国民とは民族主義に非ず仏蘭西の文化をもち言葉を話す者は仏蘭西の国民であり、彼らにとってのナショナリズムとは日本の偏狭なる民族主義に非ず民族越えた仏蘭西の市民、その集合体の構成員としての国民の養成。モロッコ出身であれベトナム、中国からの難民であれ、日本の子であれlyseeに学び仏蘭西語とその文化を解せば仏蘭西国民としてこの自由と個人主義を享受できるといふ真に理屈のある論理。それに比べれば偏狭な民族主義ばかりでZ嬢曰く「三代たっても「在日は在日」として扱う日本にてはこうした健全なるナショナリズムは生まれまい」と。御意。Palais Toyalの向かいはLouvre美術館、もう五時過ぎにて閉館かと思えば月曜は夜22時近くまでとは立派。この時間なら空いたかもね、と入館すれば中国が国慶節での大型連休だからであろうサモトラケのニケ像(写真)からMona Lisaに向かう数多くの中国よりの団体客。著名な作品の前では日本人、韓国人以上に作品を鑑賞もせずまず撮影し次に作品の前で記念撮影。作品よか、その作品の所に来た自分をば記録に残すことに徹底極まりなし。Z嬢が古代芸術発見!と何かと思えば中国からの旅行者のお兄さん、畏れ多くも浩宮様の如き七三分け、下は国産のNikcのジャージ姿でシャツをばWaist-inしてしまいオマケにジャージの裾を靴下の中に入れた、今どき北京どころか長沙にもおらぬポストモダンなお姿(写真)リベーラの「えび足の少年」よか「ジャージ姿の北京青年」は絵になるかも。Mona Lisaの前など「フラッシュ撮影はするな」といふ規則でもフラッシュの閃光甚だしくMona Lisaも目を細めるほど。人を押しのけ一番前で撮影に余念なき巨頭の男(写真)撮影済ませ数秒で立ち去った女(写真)など人間観察のほうが作品鑑賞より面白味みあり。Mona Lisa、Mona Lisaといふがda Vinciの他の作品、余は「da Vinci自身の理想像としての女装姿」といふ説もあるMona LisaよかSaint Jean-Bapristeの方がよっぽど美しいと思ふのだが一連のda Vinciの作品など見向きもされず観衆素通り(写真)特別展示でCrediの素描画がいくつも展示されているのだが此処も誰もおらず。ナポレオンの戴冠式だか何かの絵の前にて中国人の団体に「天安門事件国外脱出組」インテリ風ガイド氏が説明しているのだが、共産中国は市民革命を経た共和制の仏蘭西がまたナポレオンといふ皇帝を崇めた仏蘭西に矛盾感じぬのだろうか、と一瞬思ったが、考えてみれば共産革命経て毛沢東なる皇帝をば信奉するのと同じことかも。Louvre出でセーヌ川渡りRue de Seineの画廊だの美術商多い通りを眺め歩きOdeon近くの街市。L'atlasなる街頭に海鮮並べた店でちょっと季節には早いが生牡蠣を二人で1打、それにスープと鴨肉を2人で1人前半分ずつ軽めの夕食。ホテルに戻りモデムカード接続するがつながらず。モデムのせいではなくホテルの電話がモデムに反応せず。茶場ネットにて「モデムつけてもモデムが反応しない場合がある」と言われたが京都の都ホテルにでも同じ状況あり、その際はモデムつなぐための電話機を貸し出されたが、同じような状況。半ば接続はあきらめようか、という気分。

九月廿八日(日)朝ようやく初訪の巴里の市街案内など目を通し地図頭に叩き入れオルセー美術館。街は日曜の午前中など閑かななものながら美術館の中は観光客の群。余は印象派より何よりもJean Baptiste Carpeauxの彫刻、彫刻、彫刻。これだけカルボの作品を一度の機会に拝めるとは。eroticismと美が分離させられる以前の時代に生きれたカルボ。間違って中階とばし上階へと進みドガ、モネ、ルノワールなど見ても余はあまり関心なくカルボなど彫刻でかなり消耗していた集中力ゴッホで完全に消失。遠くから見るべき作品観衆多く至近距離にてあの筆致を見ていて気持ち悪くなってきたのが事実。多くの観衆、絵画をば写真だのビデオに収めることに熱心、見るものと言えば写真に添えられし画家の名と画題や作品案内の冊子ばかり。冊子に書かれた作品案内を読みそれと絵を照らす。愛媛にて美術に携る友人が語っていた作品と対峙してみることの大切さ。対峙して「憑かれ」てこそ本望昼すぎとなりSt-German des Presまで散歩してSartreで有名なCafe de Floreにて軽く昼食。チーズとハムはさんだsandwich、カフェオレ、麦酒が何故これほど美味なるか。香港の茶餐庁と丸きし同じメニューなのだが。店内に雀一羽、客のこぼした麺包屑を啄ばむ。Z嬢が麺麭屑を地面に放れば遠くから足下に一飛してそれ啄むを柔らかな午後の陽光の下眺む。オルセーでの疲れあれどもSt-German des Presより95番のバスに乗り市街北上しMontmartreの丘陵を越え18区。Porte de Montmartreより東にPorte de Clignancourtまで蚤の市 Marche aux Puces素見。亜刺比亜人の営む中古の電脳屋にモデムカード見つけるが肝心のモデム挿入する部分なし。Z嬢日本人女性の業む装飾品屋にてブローチ購ふ。夕方になりmetroにてChatelet経由でPont-Marie。St-Louis島のにてBerthillongelato頬張る。シテ島に渡りNorte Dame寺院参拝。日曜の弥撤の最中、余を含む観光客が教会に押入り、それだけでも五月蠅きところ禁止されているはずの閃光パチパチと写真撮影。旧約聖書の聖人たちも見世物の如くビデオカメラに収められ隠れ場所もなし。聖人背景に記念撮影に熱心なアジアの異教徒たち。弥撤で奏でられる風琴しばし拝聴。日曜日でも観光客にて賑わうSt-Michelを歩みホテルに戻る。午後六時すぎても陽はまだ明るくSt-Michelを再び歩きSt-Louis島の某鮨屋(といっても一軒しか在らぬが)。魚なは北海産か香港に比べ廉価。舎利いま一つ。粘りけもなく口に運ぶまでに崩れ食べ辛し。巻物も切り面のどちらを上に器に盛るか、など基本のきのはず。味噌汁出され、香港にても味噌汁出す寿司屋多いが東で味噌汁など出す寿司屋など野暮も野暮、これは西なのか余は知らず、いずれにせよ脂のった鮭の味噌汁、鮭汁は白味噌が好み、寿司のあとに脂ういた甜い赤味噌でなど食せもせずZ嬢ともども申し訳ないがいただけず。夜も更け静まりかえった島で一軒のみ店あけるAmorinoなるgelato屋にて栗のgelato購いセーヌ川畔を漫ろ歩きつつ頬張り遠くに醜悪なるほど電飾うるさきエッフェル塔眺めつつホテルへと戻る。

九月廿七日(土)エミレーツ航空73便、B737-200今どきベトナム航空どころかミャンマーのビーマン航空ですら真剣に機体交替検討するのではないか?といふほどの老朽化甚し。かつて世界でも有数の客室の充実誇ったエ航空も欧亜の対抗社の充実著しくエ社見劣るばかり。機体前方の商務客位とて2-3-2の配列、本来なら頭等にて1-1-1、商務であればCathayなら真剣に1-2-1配列を検討せねばならぬ狭さ。曼谷(Bangkok)に一時間途中泊まる。新聞かなり読む。高原英理の『黒蜥蜴』題材に乱歩と三島を語る「語りの事故現場」読む。ドバイに早朝到着。外気摂氏30度ながら気温調整された近代的空港の中といふより巨大なショッピングセンターの中は早朝といふのに客あふれ季節と時間から隔絶された非自然空間。心地よいのが逆に不安感。エミレーツの誇るといふラウンジも山窩の者多く混雑し上野駅の如し。免税店にて1975年物のGlenmorangieと渡仏というのにGauloisesの烟草購ふ。エミレーツ航空73便にてパリに向ふ。機体はB777ながら200にて香港よりのB737-200とかまだマシだが頭等坐席みたZ嬢がそれを商務坐席と勘違いしたほど。機体設備評価には全く値せぬが機内食は真っ当か。ペルシア湾を渡り伊蘭高原の上空を東を臨めば遥か彼方はアフガンにてビンラディンシお隠れかと西はイラクとまさに火薬庫の中。航路は慎重に伊蘭の空域を抜け土耳古へと至る。月刊『新潮』で嶽本野ばらの『ロリヰタ』読む。印刷して持参せしサイード先生の遺稿、追悼記事などいくつか読む。飛行機は土耳古から黒海渡り快晴にて羅馬尼亜、匈牙利より墺太利の高原眺め遠くにはアルプスの山なみ。Linzの近くに流れる大河はドナウ河か。『新潮』の折口信夫特集読み空から東欧の大地見下ろして
みのる穂に神あらねば豊饒のときかたる者はいずこに
と詠む。
これでもかと言うほどに秋めく耕地
もまた一句。昼すぎ巴里Charles de Gaulle空港に到着。エミレーツ航空手配のルノー車にて恐らくこの後眺める機会もなかろう凱旋門抜けSt-German des Pres。Citadinesに逗留。荷物解けばPCのモデムカード持参せぬ失態に気づく。受付にて何処にてPC関連用品購へるかと尋ねればLa Samaritaine百貨店教へられ百貨店にある訳なし、と再び別の職員に尋ねても同じ答え。それでも疑へば「何でもある」と豪語され、それでも無くばと質せばForum des Hallesの地下商店街に参れ、と。セーヌ河の対岸La Samaritaine訪れればやはりPC売場すら無くForumにてPC扱う店二軒覗きしものの今どきWireless Lanの時代にモデムカードなど扱ってもらず。Rue de Rivoli散歩してホテルに戻りSt-GermanのBuciの市場にてとりあえずの食品だの生活用品購買。ホテルに戻り再びSt-Germanに参りRue Gregoire de ToursのAu Beaujolaisなる大衆食堂にて晩餐。西洋料理の肉は余にはどうしても何が美味いのか理解できぬ(牛肉なら神戸、豚なら韓国、鳩なら香港沙田のほうが美味のはず)が付け合わせの野菜の美味さは仏蘭西ならでは。殊に馬鈴薯、Z嬢には普段禁止されるであろう量の旨み豊かな牛酪のソースたっぷりとかかり感激至極。麺包も珈琲もなぜこれほど美味いのか。ホテルに戻りビジネスセンタにノートブック持ち込み接続試みるがIPアドレスの取得できず。飛行機にて寝たは寝たものドバイ着が巴里時間にて朝の二時。長い長い一日が終わる。余もZ嬢も時差ボケ知らず。
▼朝日に、東大の教職員用PC千余台来春よりiMac導入、と。個人的にはAppleを好む余も汎用、しかも桑沢デザイン研究所ならまだしも、小学校ならいざしらず大学の汎用にiMacとは無謀。大学側理由として「ウインドウズに比べて様々なソフトが導入しやすく不具合が置きても自分で直しやすい利点がある」と。明らかに誤解。ソフトの導入は限られ共用のPCに不具合起きることも困るばかりか個人で直すといふ発想すら尋常でなし。
ペルシア湾を渡り伊蘭の高原を眺めつつ右の山脈のかなたはアフガニスタンにてビンラディン師はあちらにお隠れか、左を眺めればイラクも近し。まさに火薬庫の如き一帯の上空をば飛行。
▼総選挙に向けた自民と民主の政権公約(なぜこれをマニフェストなどと呼ぶのか理解できず)どう見ても自民党のほうが真っ当。
経済 (自)06年に名目成長率6%達成 (民)任期中?に失業率4%台前半に下げる
財政 (自)10年代初頭にprimary balance黒字化 (民)06年予算までに公共事業9000億円削減
   (自)06年までに補助金4兆円削減 (民)06年までに補助金16億円削減
道路 (自)05年に道路4公団民営化 (民)3年以内に高速道路原則無料化
年金 (自)持続可能な年金制度改革 (民)税金財源に国民基礎年金創設
と年金制度除けば明らかに自民の政策が具体的。高速道路無料化などすれば必要以上の走行量の上に愚者暴走し危険なばかり。
▼朝日の自民党幹事長安倍晋三君のinterviewにて「タカ派と言われることをどう思うか」といふ質問に安倍君曰く「タカ派とかハト派とかはあまり意味がない言葉だ。非常に古い世代の人たちが発する言葉であって、日本人の一人の命もおろそかにしないということでタカ派と言われるのであれば、それはそうなんだろうと思うと」。つまり日本人以外の命はどうでもいい、といふことか。いずれにせよタカ派ハト派の話にて「国民の命を守る」=タカ派というこの視点のズレ。もう一度大学の一般教養にて政治学概論でも聴講すべき。このような認識の方が保守与党の幹事長とは。
▼建築家で「町並みの美学」の芦原喜信氏逝去、享年85。正統的近代主義。月刊東京人に取り上げられ数年前に陣内氏などの都市論とともに『町並みの美学』読む。
▼27日に中央線三鷹〜国分寺間の高架化工事のため「中央線運休」とJR東日本の広告あり。文章には「三鷹〜立川間の列車が大幅に運休となります」とあり。中央線運休なら全面運休と思い、「大幅に運休」ならダイヤ削減にて間引き運転、か。わからぬ。

九月廿六日(金)昨晩は遅くに月刊『新潮』にて折口信夫没後半世紀の特集読む。快晴。朝、エドワード=サイード氏()の訃報に接す。十数年前に香港中文大学にて文化人類学学びし頃サ氏の『オリエンタリズム』当時同大にて教鞭とられたるT博士(現在豪州国立大学)に勧められ読んだが最初。パレスチナ出身のサ氏の果敢なる発言、特に9-11以降の米国による覇権主義に抗せし言論“Al Ahram”紙などに数多し(Al Ahram紙の遺稿)。この訃報、讀賣は「エドワード・サイード氏(コロンビア大教授、比較文学)25日、白血病で死去。67歳。英国統治下のパレスチナの一部だったエルサレムで生まれる。中東問題の第一人者として、イスラエルによるパレスチナ人抑圧を非難し、パレスチナ人の自治権を主張した。著書に「オリエンタリズム」(1978年)」と淡々と。朝日は心情的に「エドワード・サイードさん死去 パレスチナの代弁者」と銘打ち「米コロンビア大学教授(比較文学)で、イスラムやパレスチナ問題でも発言を続けてきたエドワード・サイード氏が25日午前6時30分(日本時間同日午後7時30分)、ニューヨーク市内の病院で死去した。67歳だった。死因は明らかでないが、同氏は長く白血病を患い、この数年は大学に姿を見せることもまれだった。英占領下のエルサレム生まれのパレスチナ人だが、代々キリスト教徒だった。カイロの大学に学んだ後、ハーバード大学で文学博士号をとった。その後、63年からコロンビア大学で研究し、教えた。今は米国籍。代表作に、イスラム世界と中東に対する西欧の偏見を論じた「オリエンタリズム」、米メディアのイスラム報道の偏向を突いた「イスラム報道」などがある。 01年9月の同時多発テロ後は病身を押して、アフガニスタンやイラクへの武力行使に反対する論陣を張っていた。音楽への造詣も深く、セミプロ級のピアニストを自任し、大学内で演奏会を開くなどしていた。02年の2〜3月には、友人でもあるノーベル賞作家大江健三郎氏との「往復書簡」を本紙文化面で連載した」と。「当然のことのように」産経には訃報もなし。病弱の氏とはいへこの氏を最も必要とする時期に逝去とは言葉もなし。各紙の訃報、哥倫比亜大学紐育時報The GuardianAl Jazeera、読めぬがLe Mondeなど。旅の荷造りもせねばならぬが多忙な時に記事多く日刊ベリタに「ビクトリアハーバー埋立中止求め政府外郭団体が政府を提訴」「ヒラリー=クリントン女史の自伝中国版で内容改竄」「生きた家禽類の市場での販売中止求め米国「マーチン=シーン大統領」董建華に親書送る」を送稿。晩に慌てて荷造り。Z嬢戻り暫くして航空会社よりお迎えの車(Inter Continental HotelのBenz)提供あり空港。エミレーツ航空のラウンジは何処かと思えば中国国際航空の間借りも一日一便では当然か、深夜にて中国便なく閑かは幸い。EK385便にてドバイに向け旅立つ。
▼昨冬の聖誕祭にあわせ公開され今年旧正月まで好評博した映画『無間道』(監督劉偉強)不振の香港映画起死回生と劉徳華(アンディ=ラウ)、梁朝偉(トニー=レオン)、黄秋生ら大物共演「やれば出来る」こと感じさせた作品、今日の蘋果日報に日本で10月11日より松竹系で公開、これに合わせ劉徳華(アンディ=ラウ)、梁朝偉が昨日東京にて宣伝活動、と。香港にては『無間道?』公開目近、『無間道』のパロディ版『大丈夫』公開中。いくら何がなんでも一年近き公開遅延とは。すでに輸入盤DVDなど発売されおり熱心な観衆には応えられず。邦題の粗忽さは相変わらずで『インターナルアフェア』ぢゃ全く何か理解できず“Infernal Affairs”のことながらこの英語とて日本で意味不明、89年の米映画リチャード=ギア主演の同名の映画の邦題『背徳の囁き』は秀逸。
▼インターネットでかなり流布され見た方も多かろう、ユニセフへの協賛呼びかけるテレビ広告にて(公共広告機構の制作?)、子どもが一心不乱に黒色のクレヨンにて画用紙塗りつぶし教室でも家でも続ける様に周囲の大人たち子どもの精神錯乱かと狼狽、教室にこの子の姿消えて入院せしことを暗示、病院にてこの黒色の絵?に一つ塗り残した白い箇所と輪郭もあり、これにヒント得た大人たち広間にて絵をいろいろと並べ始めると数十枚のこの画片が描くは一頭の大きなクジラ、といふ映像。「あなたはどうやって子どもたちをサポートできますか? あなたの想像力です」てな文言現れ「ユニセフに協力を!」と。良質の作品、といふ。何故に数ヶ月前に流布されしこの映像について突然述べたかといへば本日の蘋果日報の蔡瀾氏の隨筆、実は27の場面を綿密に文章にて表現。最後に一言「このわずか数十秒の広告は震撼し感涙に咽ぶ」とあり。敢えて余の疑問を呈すれば、確かにこのような「異常な」(悪しき意味でなく非凡であるといふこと)子どもが居らぬとはいへぬが、この筋、餘りにも大人勝手に想像した子どもの豊かなる想像力。この大人の子どもへの、一見「美しき」まなざしフーコー的にはこのまなざしに含まれる“愛”と児童買春(ユニセフこれの廃絶を願ふ)する大人の愛欲に線引きをすることかなり難しきこと。
▼多摩のDと戦後民主主義はいつ終わったのかといふ話題。D君曰く、時代区分をするとしたら、1976年のスト権スト敗北から79年の統一地方選での革新自治体の終焉、80年のブル選挙での自民党圧勝くらいが過渡期の時代。82年の中曽根政権誕生をもって新時代が始まったということになるのでしょうか、と。中曽根政権のスローガンは「戦後政治の総決算」、それがついに実現か。……というか大勲位、20年もたつのにまだ国会議員やってるとは。いっそ中曽根大勲位首相再登板でもいいかも。憲法改正は中曽根大勲位の手で。憲法改正を選挙公約に昭和22年衆議院当選。花道。憲法改正して「終身名誉総理」職を新設とか。ネオコンの下手な小僧どもがのさばるのならいっそ大勲位に目を光らせてもらっていたほうがマシ。「あー、安倍クン。岸先生のお宅でキミがおしっこ漏らして泣いてたのをよく見たよ。ワッハッハ。ところで、西田ひかるのファンだって?天下国家を論じるべき政治家たるものが、そんな個人的なことを語るのは感心せんね。もう一度雑巾がけからやり直してはどうかな」くらい大勲位なら発言ありかも。
▼最近断腸亭日剰読み返す築地のH君より。荷風先生の日記、昭和15年くらいから偏奇館炎上まではまさに鬼気迫る筆力。「つくる会」的には、この「断腸亭日剰」は日本文化史のなかにどのように位置付けられるか、大いに興味あり、と。米国は速やかに起ってこの暴虐なる民族を罰せしめよだの、かかる陋劣な日本文化が東亜に広く流出することを怖れるだの、荷風先生もう「自虐史観」の極みといえばこれに勝るものナシ。といって荷風先生をさしてまさか戦後民主主義だの社会主義共産主義にかぶれたるなどと攻撃することもできず、江戸文化に造詣深し先生を欧化思想に染まったとも言われず。いずれの範疇にも収らず、ただただ荷風先生あるのみ。余が引用せし昭和16年元旦の項は、H君引用部分よりもうちょっと前が格好いい、と。確かに。曰く「時雨ふる夕、古下駄のゆるみし鼻緒切れはせぬかと氣遣ひながら崖道づたひ谷町の横町に行き葱醤油など買うて帰る折など、何とも言へぬ思のすることあり。哀愁の美感に酔ふことあり」。いいねぇこの世界。しかしH君指摘するに荷風先生がこんな格好よさを貫けたのも、親から譲り受けし恒産あればこそ。高見順の「戦争日記」など読めば本心はどうだか、ともかく生活のために文学報国会だの翼賛作家連盟だのに近づかざるをえなかったことがいいわけがましく読み取れるそうな。いまの世に生きる以上、ともかくせめて後世に恥じることないよう出処進退には心しておかねば……、とH君。
▼月刊新潮に初載されし釈迢空(折口信夫先生)の「昭和廿年八月十五日正午 正坐して」といふ短歌集あり。
おほきみののりたまふべきみことかは然るみことを吾きかむとす
いわう(硫黄)島なる春洋の写真もともにあらしめて
たたかひにはてしわがこもきけよかし かなしき御詔くだしたぶ也
大君のたみにむかひてくいたまふみことをきヽて涕かみたり
たたかひにうせしものよそが家の孤独のものよかなしとおふす
かちがたき炎闘のなかにはてにける心をぞおもふ
たヽかひをおふかしこさはまおすヽべなし民くさの深きなげきもきこしめさせむ
老いの身のいのちのこりてこの国のたたかひまくる日をまさに見つ
いちじるき深きおもひは相しれどかたることなしはぢにしずめば
たヽかひはすぎにけらしもたヽかひのもなかにありてすぎしこらはも
かなしみにたへよとおうせたまへどもたヾこれのみはなみだどヾめず
いさヽかもおくることなくありとおもふわが学問はいくさにえうなし
数おほく空とよもし迎へ見おくりやる片もなし
やまはらのすヽきおしなべゆく風のおとさびしきをあまなひてきく
ほすヽきの山わたりゆく航空機送り見むかへみな仇のふね
ながおやはかくくちおしき日をたへてありきとおもへ国はほろびぬ
よきことばありのことごとほめつくしふかく信じてほぎし君が代
大八州国のほかなる島もがな人とすむべくはあまりはずかし
くちひろくものは言ひしかまのあたりかくくだちゆく国と変りつ
国学のすゑに出で来てたヽむなしくにの大事にあづからず居り
日の本のよき国がらは軍人も為政者も説くわれのみならめや
このひとを幾度か見しこの左官の人をなみする弁舌のよさ
一代の碩学たちもちからなしゐヽたるかもよ左官のまへに
飲じきのはらをやぶらぬ工夫してただゐるひまにくには破れぬ
ある時はたヽかひ果てヽかへり来るよろこびをすらおそれたりしか
かへり来ることなしと心さだまりてうれしきかもよつひにはなかず
愚者口を酸くして本土決戦を唱へ、
敵をして皇土に臨むことなくして勝つ術あるを悟らしむ。
この輩の悪しむべきは、寧間諜者に超ゆるところあるべし。
さかしげに口をたヽきしいくさびとをわれにたまはね切りてほふらむ
戦國のかなしきくにのさまいくつ思ひみれどもかくやすべなき
いくさびとまつりごと人みな生きてはぢざるを見れば斯くてやぶれ
 (原文及び新潮掲載を短歌の句毎に整理す)
我が子を没くし悲しみ、民衆の悲惨、軍人や為政者の偽善傲慢、学問の無力、戦さの無慈悲など荒削りの歌に見られる。やはり最後の「戦人政人皆生きて羞じざるを見れば斯くて破れし」と軍人だの政治家など国を率いて戦をしても本人たちは恥もせず生き延びるのを見れば戦争に負けるのも当然、という指摘。結局、今日の状況とて日本をば戦ひに向けむとする首相だの防衛庁長官だの、つまり恥もしらぬ三世ら、戦いに死ぬことなく生き延びるといふこと。

九月廿五日(木)快晴。晩に尖沙咀。香港を代表する観光パブ“kangaroo Pub”SARSの疫禍に疫禍ほとぼり褪める迄休業と看板に掲げ店閉じていたが今日通ってみると閉じたままで結局店閉じたと知る。西洋人の殊に店名の通り豪州人の観光客に知られた店で九龍公演眺めつつ飲むFoster麦酒の美味く無くなってみれば一抹の寂しさ。香港文化中心にて京劇ではお馴染みの「覇王別姫」Z嬢と観劇。覇王別姫といへば西楚覇王項羽と漢の劉邦、四面楚歌の故事にちなむ劉邦の軍による四面楚歌の戦場での項羽と虞姫の悲劇。歌舞伎でいえば沓手鳥孤城落月(ほととぎすこじょうのらくげつ)の糒庫(ほしいぐら)か御存知義経千本桜の大物浦(だいもつのうら)は碇知盛(いかりとももり)か。すでに何度か観た舞台ながら今回の北京芸術創作中心の製作によるこの舞台、面白味は今回の舞台がHK Culture CentreでもStudio Theatreといふのは実験的小劇場にて旧態依然とした京劇に非ず。筋と舞台での立ち回り、音曲は敢えて弄らずに、されど僅か数名の俳優が簡単な舞台装置と現代劇を意識した照明効果のみで、観客との至近距離で演じるところ。当然、大掛りな戦記物が寧ろ項羽と虞姫の愛おしみと臨死の葛藤という視点でこれでもかといふまで観客の目の前で繰り広げられる面白さ。役者は覇王が陳霖蒼、虞姫が史紅梅。京劇界では一流の立ち役である陳霖蒼の風格は当然として史紅梅なる女優の虞姫熱演はお見事。京劇をば旧態依然とした年寄りの娯楽とせず新しき可能性を見出そうとする努力は歌舞伎でいへば沢瀉屋的ではあるが、猿之助丈の絢爛豪華さを思えば、この北京芸術創作中心の小劇場での新しき演出は沢村田之助丈の小芝居の見直しのようでもあり(人間国宝でもある紀伊国屋、歌舞伎役者よか大相撲解説者の如し)、観客との一体感でいへば勘九郎君と橋之助君の東急文化村シアターコクーン歌舞伎に近いもの。これまで観た京劇の中でも今晩の覇王別姫は特筆すべき舞台。
▼シンガポールにて死刑執行増え今年70〜80人がすでに命落とす。BBCの番組のインタビューでGoh Chok Tong首相語ったものだが正確な数字挙げられぬ首相「他に考慮すべき重要案件多し」と。つまり極悪非道の死刑囚の数など考慮の範疇にも値せぬ、といふことか。ちなみに例年は20人台。麻薬取締りによる死刑囚最も多く、15gのヘロイン、大麻でも500g所持すれば極刑覚悟。500gの大麻所持で極刑とはオランダなど何人が命落とすことか。人口400万人にて80名は日本でいえば年間2,400名の死刑執行。尋常に非ず。かのやふな一党独裁専制国家におらぬことを幸いと思ふばかり。
▼築地のH君によると吉田司氏昨晩の朝日夕刊に、石原の人気は現実世界を脅かさないトリックスターであればこそ、であり、<戦後民主主義という強固な枠組み>があったからこそ人びとは石原的なその無力な道化性を笑い楽しむ。が世の中の方が「30年代的状況」に近似してきたおかげで石原の「ファンタジー性は」急速に瓦解、「危険で安全な価値紊乱」者から「単に時代のお先棒をかつぐだけの便乗発言に転落」した、といふもの。つまり石原は何の変哲もないわけで「問題の核心は慎太郎自身より「時代」の側にある」と。御意。確かに30年代的状況は単に戦争前夜というのみならず経済の破綻と国民生活の疲弊を「スカッとさせる」テロが横行し大衆の支持を集めし時代。近い将来、筋通す政治家(三世らに非ずN氏とかK氏とか)は「世直し」テロの標的にされかねず。危険なのはそれを世論納得しかねぬこと。「あれぢゃ仕方ないかもねぇ」などと。外務省田中氏への爆弾を都知事が容認発言し少年犯罪の加害者の親を「市中引き合わし」と大臣が宣っても問責されぬ時代。H君、余が民主主義「親政」すら口にせしことも「ほらね。北一輝だ。やっぱり30年代的状況」と。結局、このような時代となると、もはや徹底した個人主義しかないのかも知れず、そうなるとやはり気になるは荷風先生。
▼遅々断腸亭日剰読み続ける余に比べ6年ぶりに読み返すH君「援助交際」見つけ(昭和15年1月6日)「廣告の文中に御援助賜りたしという語を交へあるは賣春にあらされば妾の口を求むるものにして、この語はいつの頃より誰がつくり出せしものか知らねど、一種の合言葉となり」云々。H君曰く、この30年代にせよ戦時中にせよ大衆は浅草のレビュウやら銀座のカフェーやらに夢中で政治社会の動向などに毫も関心なし。レビューやカフェーが政府に禁圧されればそれならそれで不平をいうでもなく、焼夷弾雨霰と降り注ぎ銀座浅草の街路黒焦げの焼死体ゴロゴロと累をなすはその被害者ついこないだまではレビューやカフェーのことしか脳中になかった良民たち。生き残った者は今度は食べ物のことのみ考えて過ごすうちに台風一過の如く戦争過ぎゆき、晴れて「戦後民主主義」の時代。考えてみれば日本の歴史上において戦後民主主義の時代だけが人民大衆が公民たる主体として登場した時期。米軍より下賜されたる民主主義なれど60年安保米軍に刃向けたことにて「独り立ち」を得、70年代中葉まではこの時代続く。昔の日本人は偉かった。なにせ1971年の都知事選挙で石原慎太郎を都知事に選ばず。金儲けとスケベエいずれの世のも健在なれど「人間はそれだけではないという価値が社会に共有されていた時代」、それが「公」、とH君。戦後民主主義とは日本史上唯一の「公」が存在した時代かもしれず。もはや過去のことなり。
▼荷風先生の別の言葉に「日本現代の禍根は政黨の腐敗と軍人の過激思想と國民の自覺なき事の三事なり。政黨の腐敗も軍人の暴行も之を要するに一般國民の自覺に乏しきに起因するなり、個人の覺醒なきが爲に起ることなり」とあり。そう、国民の自覚の乏しさ、個人の覚醒なきこと。まさに今日の時代は昭和十年代と相似。

九月廿四日(水)晴。睡眠不足にて朝は朦朧とするところ日経に世論調査で小泉内閣支持率65%、安倍三世好感度75%とあり。驚き呆れ目覚めたれば小泉安倍両君に感謝。築地のH君、この小泉ブームに断腸亭日剰昭和16年元旦の項を心して読むべし、と。ここだけは余も朗読に能ふ箇所かも。かくの如き心の自由空想の自由のみはいかに暴悪なる政府の権力とてもこれを束縛すること能はず。人の命のあるかぎり自由は滅びざるなり。と。某所に預け蔵つておいた書籍、大人どうにか持てる重さの袋八つ分自宅に持ち帰り書架に遷す。量多きは90年頃より2000年12月に廃刊となる迄の月刊『太陽』にて手放せず。月刊『東京人』だけは書架にも収まりきれず依然預けた儘。I君久しぶりに来宅、書籍片付け少し手伝いを請ふ。O君も来宅。Z嬢のチゲ鍋にて真露、いいちこ飲み少しずつ残っていたBallantineの17年と21年。テレビにて競馬観戦せばI君絶好調にて第4場までで穴馬含め3つ当てる快勝。余はどうにか元金取り戻し。馬主C氏の二頭も預ける伍調教師持ち馬少なくとも今季俄然調子よく今晩も2勝、今季13戦にて入賞7回うち4勝でSize調教師に並ぶ調教師の勝ち数4位はお見事。
▼小泉内閣と安倍三世の支持率、日経でこれぢゃ讀賣では、と想像すると恐ろし。小泉安倍両君のことは今更問ふまひ。この65%と75%に該当せし国民「の方々」とは……。東京新聞に気概あり「安倍晋三氏人気の正体」なる特集記事(こちら)。「町内会やPTAにいてほしい人という意味で安倍氏を評価していると思う」と宮崎哲弥氏は指摘。「人をまとめるのが上手で、犯罪が起きた場合は強い態度に出て対応してくれるというイメージ」 か。町内で面倒見がよく長年の懸案だった下水道の問題も安倍さんが町内会の副会長になったらすぐ市役所にかけあてくれた。あの人まだ若いけど会長になってもらおうよ、ってその程度の認識。当然、核使用合憲発言とか祖父がキッシーといわれても何のことかわからず。明らかに「日本の民度は低い」。その理由は、戦後の教育に問題あり、か(嗤)。日本人は戦前までもっと高尚であったが戦後教育が日本人をダメにした、腰抜けにした。日本が普通の国になるためには、抜本的改革が必要で国を守る軍備、教育の改革、憲法改正が必要になる、ってね(笑)。それをできるのが小泉三世であり、その精神が安倍三世に繋がる、って……完全に終わってしまっている。小泉安倍両君とも北朝鮮並びに偉大なる将軍様には足向けて寝れず。
▼スポニチには「安倍幹事長講演に2500人が殺到」とあり。衆院選応援のため弘前入り。「青森空港到着時から歓声を浴びたほか、講演会を行ったホテルには約2500人が殺到し握手攻め」で地元候補者の事務所には安倍三世幹事長に就任した21日より「「本当に来るのか」との問い合わせが殺到」し「安倍氏が来ることを知って急きょ会場を訪れた人も多く、立ち見も含めて約2500人が集結」し「幹事長時代に弘前入りした森喜朗前首相や、派閥会長として応援に入った小泉首相が直後に総理の座を射止めていることから、会場からは「安倍さんもそうなるのでは」との声も上がった」と。亀井静香チャンからまでも「「君が幹事長になって本当にうれしい」と激励の応援があった」と三世。もはやファッショ。ファシズムである、これは。三世ご本人は「私の使命は選挙に勝ち抜くことだ」と宣い、確かにそのための集票熊猫であるからご自信の役割をわかっていらっしゃるし「私が幹事長になったこと自体、党が大きく脱皮しようとしているということ」と、確かに。御意。自民党は少なくとも55年体制からの「一人与野党」体制で党内でタカ派とハト派、武闘派と穏健リベラルが自慰的、模擬的な政権交代繰り返すことにて政権担ってきたが、もはやそういった党徳も期待できぬ状況になったことの象徴がこの「私が幹事長になったこと」であり、そういった意味で「党が大きく脱皮しようとしている」といふか「脱皮してしまった」パンドラの匣をばひっくり返した状態。
▼この流れ逗まる処を知らず。民主党に改革など期待もできず、田中康夫首相待望論も一部にあろうが知事職でこそ光る個性、一国の首相には無理もあり。ここまで何にも期待できずば最後は畏くも御親政?、しかも帝にあらせられてはまさに戦後民主主義をば会得され護憲平和主義の尊重は其処らのリベラリストなど足下に及ばぬほど。ただ問題は御親政こそ憲法に抵触すること。御帝は当然のこと皇太子殿下にあらせられてもそのご人徳とお人柄は誰もが褒めるところ、結局、御門に頼らざるを得ぬといふこの発想こそ日本が市民革命など歴ておらぬ証左か。
▼谷垣禎一君の財務相での入閣。築地のH君、この人に関しては読み違え、と。H君曰く、加藤紘一不在の名代といえど小泉内閣にて財務相までやっては加藤的にはもう通らず。乗り換え。「加藤の乱」にて御大将(加藤)敢えて側近谷垣ゆへに自らに従つての自民離党谷垣に思いとどまらせながらも腹心谷垣逆に旧主の寝首掻いて敵の大将小泉に取り入りたる、と見たほうが筋書き判り易いか。「結局、ここまでの人ですね……」とH君。H君指摘するに安倍三世「好きなアイドルは西田ひかる」って、それ49歳の男がそれを言いそれを許す世間。西田ひかる。いま流行ってる人ぢゃないだけに「本当に好きなんだ…」と憶測可。H君曰く福田派は本来、町村二世信孝継承するはずが外され安倍三世。唯一それはいい報せ、と可逆的にH君。「タカ派ぶりでは拮抗する両者だが、政治家としては安倍よりも町村の方がずっと能力は高いはず」で安倍三世の限界やがて白日のもとに晒されれば幸い、と期待するばかり、と。

九月廿三日(火)曇。夕方に香港の邦人史纏める史料編纂の会合あり参加。ここ一週間ほどで粗くだが纏めていた余の担当部分の原稿も昨日提出し(未完の儘)、昨日丁度8月に飯倉の外交資料館で得た資料の複写も届き、内容吟味。先週金曜にお会いした郷土歴史家K氏よりは早速二日後に貴重な写真を参考にいただき感謝するばかり。写真は20世紀前半の香港での邦人の会社、商店の店頭、和服きた婦人が競技する運動会(於現在の銅鑼灣南華會)、和服姿の女性が歩く山頂、葬儀風景などなど。あらためて葬儀場の写真みて、写真の左上に位置する岩上には大谷光瑞師揮毫の萬霊塔らしき塔あり(Happy Valley外国人墓地の一角に移送され現存)右側の建物は寺と思うと異様だが本願寺であれば築地本願寺にも似たその独得の東洋趣味、写真奧の煙突が火葬場らしく、それでこの写真が戦前の銅鑼灣は掃桿埔に在りし日本人墓地で敷地内の建立物位置関係まで明確となる。貴重な写真史料。晩に香港大学にて民主党元党首・李柱銘氏の講演会あり。銅羅湾より地下鉄で上環に急ぎタクシーに乗れば運転手氏見事なる裏道策略。李氏のその揺るぎなき知性と面白み溢れる会話、屡ば露見される冷徹なまでの無策な権力者への嫌悪感など誠に興味深き二時間。大学図書館の企画にて、進行役は同大世論調査センター長の鐘庭耀教授。このかなりリベラルな企画外部からお干渉もなく大学の図書館で而も晩に葡萄酒振る舞はれ開催されることの意義。終わって中環。外国人記者倶楽部にて独りギネス麦酒一飲しclubhouseサンドヰチ食す。「やはり」美味。サンドヰチの量多く一半食し残り折詰にてZ嬢賞味にと持ち帰る。李氏の講演内容纏め日刊ベリタに送稿。

九月廿二日(月)曇。朝起きれば漢方かなり効をを奏しここ一週間ほど続いたシャツびしょ濡といふほどの発汗もなく養和病院にて風邪でもなしと血液検査までされし症状、手足の悪寒、疲労倦怠もほとんど治る。中医と漢方にあらためて畏怖の念。静養したきところ雑事に追われ晩もお声かかれば失礼できぬが芸妓の勤め、九龍某所にてお座敷に上がる。帰宅する地下鉄で休刊まであと6号と銘打った『噂真』読む。隣に企つ乗客に噂真の頁大のエロ風俗の広告見られ余は「エロ雑誌読んでる」と思われたのは確か。『噂真』が政治、巨大マスコミのグロな醜態暴露しているかと思えばこの世の究極のエロ雑誌と思われるにも道理あり。『世界』少し読む。
▼岩波『世界』に「教養の再生のために」なる特集あり。碩学・加藤周一先生が教養とは「教育とは少し違って、学び、知識を積み上げることによって人格をつくり出すこと、個性ある人間が自己実現していく過程を意味します。学問をすれば、勉強すれば、人格が淘冶されて次第に豊かな自分自身を実現することができるという考えです」と。どこかの改造内閣の顔ぶれみて「個性豊か」な変人揃いで教養などとてもないことが頭を過る。加藤先生は戦前にも教養があったが和辻哲郎ですら戦争協力したように教養にも弱い部分があり、だから新しい形での教養の再生を、と述べるのだが、浅学の余には加藤先生の言わんとすること一つも理解できず。結局のところ加藤先生とて戦時中、レジスタンスせず軽井沢でメーメーと羊の歌していたことが問題だったのだが。その加藤先生よりも加藤先生に続くシカゴ大学のNorma Field教授に目から鱗おちるほど。小林多喜二など戦前のプロ文を熱心に読んでいる、というField教授は、「私たちの無力感そのものが「灰色の現実」を表現している以上に、(その現実を)作り出しているように思えます」と。アメリカのイラク攻撃の事前に史上最大の反戦運動が世界で同時多発したことの重要性。だが攻撃を阻止できなかったことを敗北と感じることに退廃が始まるのである、と。戦後「いみじくも」中産階級化した日本で「バブル崩壊後景気の低迷が津路手いるとはいえ、「貧困」や「階級」といってもあまりぴんとこないかも知れません」が「近代史が教えてくれる」ことは「国家は経済難を戦争で克服しようとする」のであり「戦時体制を準備するために欠かせないのが無批判な愛国心、ナショナリズム」であり「愛国心をあおり立てることによって階級間の矛盾や福祉の削減から市民の目をそらす」わけで「国家が戦争を利用して押しつける団結とは違う団結を市民の教養として創造することが切実な課題」と。実に解り易い力強い主張。「日本の豊かさが生み出したもので尊いもの」はいくつもあり「捨て難いものをはっきり見極めておかないと手遅れ」になる、と。アメリカの愛国法や日本の有事法制は「私たちの生活を根底から変えてしまう」し教育基本法まで危機に瀕する状況。これを立て直すには「空洞化してしまった議会政治、それを支える選挙制度を取り戻し、民主主義のために活性化させる」ことが大切で、Field教授が最後に放った一言が「民主主義とは一度確保したら持続するものではなく、永久革命を必要とする制度であり、思想であり、生き方に他なりません」と。そのためにこそ「想像力を解放し、教養の再生を図りたい」と結ぶ。如何だろうか。これは日本が最も理解しておらぬ神髄。
▼小泉三世続投にて安倍三世幹事長就任。月本氏の日記に朝からテレビは安倍物語ばかりとか。月本氏の言ふ通り「当選三回の若手異例の抜擢というが岸信介氏の孫にして安倍晋太郎氏の息子」で異例に非ず。永田町にはいまだキッシーの亡霊存在。月本氏は「小泉氏も三代目、まあ滅びるにはいい頃合ということだろう」と余もそう期待したいが民主党と自由党の合併などこの小泉&安倍ですっかり色失せ国会議員の6割が小泉支持したことと同じ結果が次の総選挙で「フレッシュ自民」に数字で出るのであろう。「若い人に期待」なんて氷川きよしの支持層がPHP出身の若手保守に投票してしまったりとか、嗚呼。下手すると「そこのけそこのけ蓮池通る」先生ばかりか氷川きよし議員とか。比例代表制では一番欲しい集票芸人であろう。若手が台頭すれば何か変るかって、今どきの安倍、石破らの若手などかつての自民党タカ派集団・青嵐会ですら常識的に思えるほどの非常識お坊ちゃま集団、自衛隊派兵、対北朝鮮強硬路線、住基ネットに個人情報管理、教育基本法改正で最後は憲法改正まで何から何までやりたい放題。その平成の大改革の結果がどうなるか、もはや楽しみ。結局は彼らを国会議員に推挙し国政権を与えた国民に責あり。最後の竹篦返しは国民に来るといふのに。今度の選挙にて自民党圧勝するかどうか、で全て決まり。かりに小泉政権で地滑り的勝利でもおさめれば全て終り、そういう選択を国民がしたことに。その段階でその国の未来に危惧の念抱くものは長野県か高知県で地方自治を極めるか、沖縄を独立させるくらいしか選択肢ないかも。もしくは日本に居たたまれずディアスポラの運命、そろそろ真剣に日本国籍を放棄する場合の行く先を検討するべき時代になるか。護憲派は海外で憲法の精神に則り非武装に徹し東アジア反日非武装戦線の結成を!、だははははははは……と筒井康隆か、これぢゃ。そういえば筒井先生、今月も『噂真』の連載「狂犬樓の逆襲」つまらぬ神宮前界隈の食べ物屋紹介。
▼全日空では中文で「一日じゅう空っぽ」と読めるからと中国では社名をANAに統一のANAの新聞広告「ちょっと違う。ANAのサービス。」と銘打つが内容はといへば、PCや電話でフライト状況の確認、予約時に座席指定可、エコノミー客でもマイレージの上級会員であればラウンジ利用可……とどこが他社と「ちょっと違う」のか全く理解できぬ内容。この程度のこと広告にするのが「ちょっと違う」か。国際線ビジネス正規運賃客は(と述べることぢたいどれだけビジネスも割引運賃適用されているか、の裏返しだが)成田→羽田で乗り継ぎリムジンバスが無料、といふのも所詮たかだかバスの話、ハイヤーに非ず。

九月廿一日(日)昨晩遅くに維港巨星匯(HK Harbour Fest)の記事に続き保安局にて葉局長の子飼の湯・常任秘書長に対して税関関長なる昇格人事あり、その記事、更に反政府デモ活動家に対する律政司よりの弾圧につき記事を書き日刊ベリタに送稿。『ドグラマグラ』少し読む。朝起きれば天気予報は雨なれど晴天。走るなり泳ぐなり格好の日和ながら晩に先日注文せし書架池屋より搬入あり慌てて書籍動かし壊れかかつた組立式書架4つ団地の粗大ゴミ置場に運ぶ。慌てて競馬予想済ませハッピーバレー、といつても競馬は沙田の馬場にて水曜に引き続き養和病院に向かふ前に場外にて馬券購入。馬券にはI君に頼まれた第一場での66倍の馬軸にしてのQPでの総流しなどもあり。I君きちんと今季Dashing Championも育てるPK呉調教師の好調ぶりに着目。この十日ほど発熱なくも発汗、悪寒に疲労倦怠甚だしく水曜日に血液検査までされ異常なし、今朝の新聞に流感がはやつていると記事あり症状は発熱除けばこの流感そのまま。いずれにせよ先日もらった薬も効かず困ったもの、と思い乍ら養和病院に向かうつもりにて奕蔭街歩けばに北京同仁堂あり。この症状中医のほうが効力あるのでは?と咄嗟に中医の診断受け漢方調合される経験も皆無ながら背ニ腹ハ変ヘラレズ同仁堂の門を敲けば一人の患者待つだけにて診断となり如何にも大人然とせしW教授にお目通り。W教授余のここ十日ほどの症状語るを聴きつつ左右の腕の脈丁寧に測ること六七分ほど。W師の謂ふ症状まさに余のその通りにて小便の色まで察せられお見事といふしかなし。脈とった他は眼球並びに咽喉覗くのみ。診断書及び処方箋丁寧に認めらるる間(画像)W師は一言も発せず余は閑かに待つのみ。診断終り漢方の調剤待ち煎ずる方法すら知らぬ余は薬剤師より一通り説明受ける。大きな包3つ(写真)を二日で飲めとは難儀。診断HK$74にて薬剤HK$222の〆てHK$296は当然医療保険など適用されず。灣仔にトラムで出て雑用すませThomson街の華南粉麺にて牛南麺。かなり混雑する店にて昼も遅くながらほぼ満席。ジムに寄る。午後より雨模様。Z嬢見かけるが先に帰宅し漢方煎じる。まず鍋に薬剤放り水を加え半時間置き強火で一気に沸騰させてから弱火で煮るのが四十分。薬剤でも別包みの「後煎」はいわば香料にて苦き液をば少しでも飲み易くする効能あり火をば止める五分前に加えるそうな。とにかく300ccほど服して雑用しつつテレビにて競馬観戦。池屋来宅。三人の健朗なる若者疾風の如く書架4つ組立てて去る。残りの壁棚など余自ら組立て。漢方服し小一時間もすればまず手足の悪寒多少軽減し肩の凝りと異常なる発汗も治まり驚くばかり。鰤のあら煮など食す。漢方にて療養中につき酒も飲まず。ビデオにて久しぶりにスマスマなど見たのち書架に書籍ひとまず雑多に収納す。近いうちに某所に預けたままの書籍など回収して収めれば都合幅9呎高さ7呎近き書架も早くもほぼ埋ろうか。日本の郷里に更に三畳間の物置にも未整理のまま書籍放置しままにて頭痛の種。『ドグラマグラ』少し読む。

九月廿日(土)朝に雑用済ませ団地の遊泳池にて一泳し新聞雑誌読み悪しき日光浴。昼に中環。記者倶楽部にて珈琲一服し新聞読。十月中旬より三週間開催の維港巨星匯(HK Harbour Fest)なる催し物、SARSによる停滞の起爆剤といふ名目ながら単に外タレに高きギャラ払ひ何が香港の福利になるかと非難ありSARS基金よりの資金拠出非難あり余も尤もと思いつつPrinceの来港あり日本にても80年代後半に横浜と後楽園にて二度見物せし贔屓にて十月十七日のこの催し開催初日のPrince公演の切符購ふ。昼すぎ久々にジム。午後或る勉強会あり九龍某所。これより来年七月まで毎週土曜日の由、週末の休日失いたる思ひ。終わって太古坊にてZ嬢と待ち合せしが隧道バス土曜日夕方とあっては旺角にて渋滞。バスの車窓より見れば天后に「紅寿司」なる寿司屋発見。「べにずし」ならまだ良いが「あかずし」と云ふ奇妙な読み。垢寿司のやふで頂けず。「紅い」で「あかい」といふ読みは形容詞、紅鮭を「あかじゃけ」とは云はぬもの。次に見つけしは「沢山」なる日式寿司屋(写真)屋号なら苗字で「さわやま」かも知れぬが日本語の「澤山」がシナ語の「好多(とても多い)」意味することは香港でも知られており音は「たくさん」であらふかと推測。店の名も興味深いが看板の歌舞伎の役者絵、それっぽいがやはりどこか異様、異様は歌舞伎の神髄ながら違う意味で(笑)。さふいへば尖沙咀に「火間土」といふ高級日式料理屋もあり。これは九星気学の五行「火ハ灰ト成リ土ニ返ル」か……だが「火ノ間ニ土」ぢゃ単なる山火事の消化活動?、意味判らぬが読みはおそらく竃、釜戸の「かまど」のはず。いずれにせよ日本料理の現地化大いに結構なこと。太古坊でZ嬢と麦酒一飲みの予定がバス渋滞で遅れ失策。二度と搭るまじ。太古坊のTeresa Festivalなる店のケーキ購ふ(食後に賞味するが味に工夫足りず)。自宅にてチゲ鍋。首相小泉君自罠党総裁選にて当選。台風日本を襲い地震にて自罠党本部の歴代総裁の肖像画揺れる。祟り也。日刊ベリタに維港巨星匯(HK Harbour Fest)の記事送稿。
▼週刊読書人にて高原英理著『無垢の力』の書評(斎藤美奈子)にこの『無垢』からの引用あり、この本で映画『ロード・オブ・ザ・リングス』の少年フロドに触れて(といっても余は見ておらぬから知らぬが)「フロドの魅力とは、故意に他者を攻撃しない、またそういう力を予め持たない、被害は受けてもやり返すことの、ではない、そして世界を救うために自らを犠牲にして行動する、小さくて無力なゆえ登場人物中最も罪を持たない、可憐で無垢な存在であることなのだ」といふ一文に摂し、余は、厭だが、首相小泉三世が突然脳裏に浮かんだのは事実(笑)。小泉三世が他者を攻撃しておらぬとは思わぬ、が、少なくとも攻撃されても反論など言葉も思慮も足りず難しく、ただその言葉下手ゆへの直感的な一言「感動した!」の如き<発声>がウケ、実際には何もしておらぬが(=小さくて無力)表面的には「世界を救うために自らを犠牲にして行動する」が如く思われている姿もまさにこの少年フロド。周囲の大人たち(亀井静香チャン、広務君、山崎タフ、塩爺などどの先生方もまるで宮崎駿の動画に現れる空想上の生き物の如し)のなかで牛若丸の如く可憐で無垢な小泉像あり。如何であろうか。但し高原英理によれば少年フロドは戦乱渦巻くなかで「戦うな」「加害者となるな」と伝えているそうで、この点はイラクにの戦いにて加害者となりうる小泉君とは異なるか。
▼今日の信報「投資者日記」にて曹仁超曰く、日本の景気回復に対して、長期的にみれば最も悲観的材料は人口問題にて、長寿目出度くも百歳以上が二万人越え2010年には国民5人に1人が60歳以上の高齢化社会、2005年より2020年で人口毫か3%しか減らぬのに労働人口の減少は10%でGDPの下落は6.7%となりこの問題に対処すべく平均寿命の伸び鑑みて定年退職をば2025年までに65歳まで引上げる案あれど曹氏冷静に見て60歳以上の労働人口人件費高き割に生産力著しく堕ちるは明白、この人口老化現象こそ日本の景気に対する長期的展望での最も悲観的な材料、と。御意。労働力の移入以外に解決の手段なし。

九月十九日(金)晴。晩に日本人倶楽部にて香港研究会あり郷土歴史家のK氏による戦後の香港公団住宅史の発表ありK氏には香港日本人史の史料編纂にても協力頂きたき事もありここ数年はS女史と中文大学にて経営学教鞭とられるM教授の主宰される香港研究会にかなり久々に参加。かねがね疑問に思ふは戦後の所謂「難民アパート」と呼ばれし急拵えの公営住宅のうち初期の団地がいまだ健在するのに対し次世代型の60年代の団地建物が現存せぬこと。K氏の説明により当時深刻な水不足あり住宅建設のセメントに海水!多く用いられ当然のこと乍らセメントの耐久著しく悪しければ90年頃にはすでに解体と。納得。Shau Kei Wanあたりの水上住宅だの西河湾の現在輿東邨や耀東邨となった丘陵の罹災者住宅など貴重な写真資料の数々。大埔は元州の水上家屋の話でRTHKのドラマ「元州仔之子」について述べられ香港映画祭で見た映像思い出すばかり。終わってK氏に香港ポストS編集長と一緒にご挨拶。M教授とも一度お話したきところ余はZ嬢と中環にて約あり倶楽部食堂での会食に参加せず。Z嬢(あとでわかった事だが)香港研究会と聞き開催場所をてっきり中環の明愛中心(カリタスハウス)と思いこみ余との待ち合せ中環とした次第。明愛中心での香研など十年以上前のことにて余が当時の朝日新聞特派員のT氏に誘われ参加したが最初、中文大にて日本経済教えるC女史が会を主宰されていた頃のこと。Z嬢と外国人記者倶楽部のメインバーにて晩餐。ギネスの生麦酒、カエザルサラダのアスパラガス添えとフィッシュ&チップス。単純な料理だが尖沙咀の某インターコンチの呆れる粗食と比べれば此処は明らかに優る。折角なのだから地下のBart'sにてジャズの生演奏も誘わるるがこの一週間の余りの疲れに勢いなく車雇ひ帰宅。
▼築地のH君より。昨夕の毎日新聞夕刊に松本健一が石原慎太郎について記たる「転換期の危ういポピュリズム 小さなうちに刈り取るべきテロの芽」といふ文章あり。石原慎太郎自身が「テロの芽」といふ趣旨。締めの一文は「北朝鮮による日本人拉致という国家テロを糾弾する国民が「爆弾テロ」……それがどんなに小さなものであれ―肯定してはならないのである。」だそうな。至極真っ当、真っ当過ぎて面白くないくらいだ、とH君。「松本健一といえばかつて北一輝や2.26の青年将校への屈折したシンパシーを左翼っぽい衒学的な文体で語るのを売りにしていたはずだが」時代が右にズレすぎてしまふなかで松本氏の位置も微妙に彷徨うのだが、いずれにせよこの石原批判する「ここでの松本健一はハッキリと戦後民主主義的秩序の擁護者として登場しております」と。「右翼の口吻を借りて書いているうちに本当に右翼になってしまった」とか評されもする松本先生の出発点は「やはり70年代の土着・情念を前面に出した新左翼のスタイルであった」(H君)のは確か。しかも丸山真男の自称愛弟子では確かにもうグチャグチャ、なり。どうであれH君の指摘通り松本先生であるとか大塚英志氏も「諸君」に書くライターとしてはこの頃は貴重な「戦後民主主義者」であり、文春にかける左派?といふ存在は真物の左派よかもっと重要かもしれぬ。ところでそのテロ発言の石原慎太郎君何のお咎めもなきまま。言葉のアヤであれテロ肯定ととれる発言する政治家が問責されぬとは。H君によればあまつさえ慎太郎、敬老の日に何食わぬ顔で100歳の老嬢を表敬訪問とか。「人類の文化が生んだ最も悪しき産物がババア」といふ自らの発言に背く行為にも見えるが、ようは石原の嫌ふは「市民」を演じるオバサンたちであり、それに対して市民を演じぬ老婆は石原にとっては戦争だの貧困だのの厳しき時代を生き抜きし敬愛の対象としての母といふわけか。

九月十八日(木)快晴。早朝にバスの中で読んだ『週刊読書人』に吉本隆明の特集記事あり。「もう勘弁してよ」と思ふが吉本でも『全詩集』の刊行に寄せて、で三浦雅士が「詩人としての」吉本先生への積極的評価。確かに。で頁捲ってゆくと『無垢の力「少年」表象文学論』といふ書籍あり。高原英理なる著者。折口、亂歩、足穗、三島と分り易いが、築地H君も気づくは山崎俊夫なる作家。後ちに調べてみると大正期の作家・山崎俊夫で学生時代に荷風先生に師事とあり余もH君も斷腸亭日剰にこの山崎青年の名前記憶になし。だが荷風先生をして「氏の有する繊細なる特種の感情は氏の芸術に独特の気分を与へ、その作品はわれ等を導いて全然未知の不可思議世界を探らしめる」賛嘆せしめる山崎。荷風先生の嫌悪著しき菊池寛も絶讃。それだけでもかなり興味深いところ作家活動ののち演劇に転じ女形役者を経験。六世歌右衛門の児太郎時代の家庭教師!も勤め……と、この件については久が原のT君の教え乞ひたきところ。その『無垢の力』の高原英理なる著者も興味深く大学で表現芸術の教鞭もとり『早稲田文學』の二年前の10月(つまり918の直後)の文章読めば確かに「侠気のある文章」(H君)。群像新人文学賞受賞せし氏の亂歩・三島の『黒蜥蜴』についての『語りの事故現場』ぜひ読みたく探すが上梓されておらず、意外なところで亂歩先生生誕の地名張氏にあるサイト亂歩百物語あり其処に『語りの……』の転載見つけ一読。晩に北角の寿司・加藤。七月に某所で香港の都市史語る機会ありそのお礼に、と企画された方より招きあり。加藤七時半にはほぼ満席。盛況。福岡出身のH氏と二人だけ焼酎のみ薩摩白波一瓶干す。
▼多摩のD君より我らが心のオアシス(笑)産経新聞に見識あふれる記事あり報せあり。12日の農業自由化に抗議した韓国の農民自殺だが産経新聞になるとこれが「集団で圧力」「過激デモ横行」となる。「韓国では左派・革新政権との見方がある盧政権の誕生で」「盧政権自体が「国民参加の政権」を看板に、革新系を中心にNGOなどによる大衆運動を支持し歓迎してきたため」「労組や住民組織をはじめ各種の利益団体の要求が噴出し、デモや集会などによる集団圧力が蔓延している」そうで「相手が政府であれ企業であれ集団で圧力をかければ主張が通るといった風潮になっている」と産経の大嫌いな市民大衆運動。D君、失笑禁じ得ず、と。日本にも最近「いろいろな圧力団体」あり政府などに楯突くが、あれはよくて韓国の大衆運動はダメなのか。どうせなら扶桑社の「新しい歴史教科書」も努力して広範な大衆運動起こせば採択間違いなし、頑張れ産経!、とD君。

九月十七日(水)快晴。丸善本店洋品部傘掛宛に修理の傘郵送す。夕方に養和病院。夏風邪だろうか発熱なく悪寒と発汗あり。病院内医者も職員も口罩し髪覆ひ疫禍に臨む。養和病院出づれば目の前がHappy Valley競馬場とは方便この上なし。満貫廰にてS氏夫妻及びS夫人同僚女史それにZ嬢と競馬観戦。Happy Valleyらしいレース展開多く余の予想も悪くはなし。但し馬劵の買い方宜しからず。儲けも損もなく終わる。『文藝春秋』十月号読む。NHK会長海老沢勝二君「巨大メディア独裁化の内幕」といふ記事とくに目新しき内容なきもの。海老沢君の縁戚だか知古で就職し大した仕事もできぬが安泰といふ人も余ですら通信だの金融で数名存じ上げる。寧ろ関心は保守である文藝春秋が、かつての田中角栄批判であるとか、左派革命勢力に非ず保守の大立者記事にせし時は何か裏に策略あり。同じ号に「特別企画・父が子に教える昭和史25の「なぜ?」……「日本はなぜ負ける戦争をしたの?」と子供に聞かれたら」あり。当然のことながら文春らしき保守反動の歴史の見直しオンパレードのなかに突然、山中恒氏あり。題が「新聞はどうして戦争に反対しなかったのか?」で内容は落としどころは「文春でも」反対する個人情報保護法について、で山中氏起用に「さもありなむ」と合点。文春の読者たるオトーサンたちが創痍の身、このような記事読み少しでも元気出すための企画、それ故にせめて中国政府などこういった記事に「反動」だの日本軍国主義復活などと非難せぬことを祈るばかり、これは単なるオトーサンたちのカンフル剤にすぎず、ちなみに25の疑問の最後が天皇の戦争責任でそれを語るのが松本健一といふのが出来すぎだが、いずれにせよこの特別企画の問題は、その嘘が歴史的事実の嘘なのではなく、それ以前の問題として、今どき父がこのような歴史を子に、しかも子の疑問に対して「非自虐的な」史観でもって父が堂々と「わが国は歴史で間違いもあったが堂々と今日まで営まれてきた」などと教えるような空間は家庭にも社会にも存在せぬこと。だいたいここで提示された25の質問、子供が疑問に想ふやふな歴史問題でもなければ、かりにさふいふ疑問を抱いた子は国史を自虐だの威光だのとでしか見ることのできぬ父になど疑問を呈せず自ら感性で思慮するもの。それを見ずして(見ぬふりして)その存在もせぬ場を設定した上で「父が子に教える……」などとすることが欺瞞。
▼昨日杭州飯店閉業か?と綴つたが昨日の信報にて唯霊氏、中環の高級日本料理「福喜」閉業、と。福喜といへば経営者が業界筋か開業には梅蘭芳などスタァ数多く集ひ竹中工務店による数寄屋風の店構えも立派、大した寿司供し評判。バブルの当時は日本人の小学生の女の子に「福喜のお寿司が好物」と言われ返す言葉もなし。当時、真っ当なる寿司供す店などここと尖沙咀の見城くらい。数年前に奇を衒ひ金色の雲紫色の海に浮かぶが如き岡本太郎的な外観となり、かなり修行積んだらしき地元の板前それなりに奮闘しているが余とZ嬢の他に一組、「ジョニ青」持ち込み板前にも振る舞ふ「未だバブル氏」だけで客も少なし。香港の最高級「日式」の終焉。

九月十六日(火)来港中のS氏夫妻は東京の人。米国に居住権ありフロリダに遊び紐育経由にて来港。昨晩余は所用ありZ嬢S氏夫妻と会食し紐育土産にとVeriero'sの焼菓子頂く。雨模様続き朝大雨に遭ふ。雨傘「傷害」につき丸善本店洋品部より早速返事あり。余が竿と云つた軸は樫材にて「中棒」と云ひ先端の石突は水牛の角。これならば確かに長年の使用にも耐える筈と納得。わずか千五百円にて取替修理可、と。その上で担当者曰く「しかしながら気なりますのが生地ほう」と。中棒折れたはずみで生地に穴などなきこと余も入念に確かめたが「大切にお使い頂いていますのでよくもつもの」でも「もっとも15年もお使い頂きますと生地の撥水能力も落ちてしまいます」ので「この際お張替えされることをお勧めいたします」と。合点。ちなみに生地張替えは七千円。晩にS氏とZ嬢と会食の約あり(S氏夫人は仕事あり)銅羅湾のParklane Hotel。誰も居らず一時間早く間違えし事に気づき独りホテルの酒場George & Co.にて愛蘭のstout・Murphy's一飲。酒場にて読んだ『週刊読書人』に切通理作氏の隨筆あり知人より借金の保証人請はれ一旦は了解したものの「マチ金」よりの借金に「挑む」はつまり親戚知人友人らに借金も請へぬ事情ある由、マチ金の借金も返済できず更なる苦境に陥るも当然と切通氏その借金の額の三分の一に当たる現金用意しその知人に貸し与え、他に二人くらい借金に応ずる知人も居らふと諭せば知人涙して喜びたり、と。美談。『新宿二丁目のほがらかな人々』といふ本ちょっと読んでみようかと思えば「ほぼ日刊イトイ新聞」の人気コーナーらしく糸井重里君と知り「あヽ、いやだ」と思ふ。本といへば柏原蔵書氏の『歌舞伎町アンダ?グラウンド』注文したがやはり売り切れ。柏原氏あのような虐ひ殺され方しては本は皮肉にもベストセラーか。S氏Z嬢と杭州飯店に赴く。そろそろ大閘蟹も季節。蘭芳道に入り居酒屋一番、割烹宇津木と店のなか覘き乍ら杭州飯店に向ふと利園山道に出てしまひ「あヽ通り過ぎてしまつた」と引き返せば「ブリース・リー乗り込む敵のアジト」(笑)南北樓の隣にあるべき杭州飯店址工事現場となりぬ。蘭芳道の頭上には看板確かに残る。好意的にとらば改装中だが改装なら客に謝辞の看板でもあるべき。老舖で美味ながらSMAP稲垣吾郎君似の双子の若旦那経営努力も乏しく店数年前に分裂し大方の客銅羅湾道の華亭會所に奪られたといふ風評もあり。閉業もさもありなむ。店の看板をば記念にと撮影(写真)。百樂潮州飯店に参る。ほぼ満席の繁盛ぶり。涼瓜黄豆排骨、鹵水鵝片(写真)など食す。杞子螺頭燉鶏湯は秀逸、夏風邪拗らせ悪しき具合も多少回復す。隣の小房の宴席に豪華なる冷盤菜搬ばれるを見れば人参に精緻なる細工施したる寿老人。それ食し終わり運び出されるをしげしげと眺めておれば店員ご愛敬にて余の卓に運ばれ暫し魅入る(写真)店員の働く様実に機敏にて黒服の慇懃な上にも緊張感ある服務態度見るにつけ繁盛する老舖とて、否、それ故のこの態度が客を招く、と敬服の至り。
▼大閘蟹といへば蘋果日報に大閘蟹の「日式食法」なる記事あり明日河なる日本料理屋、この明日河を何と云ふか余は知らず、たぶん「あすか」か、店名の読み方分からぬ料理屋少なからず、それは皆「日式」かと思へば「わみん」と余は最初読んだ<和民>などもあり、いずれにせよ日本料理屋の名は摩訶不思議、意味はわかるが地名用いるも安易にて、まだ祇園だの木屋町だの神楽坂なら良いが「大手町」だの「立川」だの「五反田」なる「何処が美味そうなのか」全く解らぬ店名もあり、でこの明日河、その香港人の料理人大閘蟹の「日本風の食べ方」紹介するがそもそも大閘蟹など日本に存在せぬ食材にて中国とて大閘蟹だからこそ飾らず茹でて食すが本道、それを大閘蟹寿司(写真)だの奇妙奇天烈なる料理の数々。それにしてもこの明日河の板前君、まずは修行だがどの店も板前氏より「野菜洗って二年」「料理は盗め」「いやなら辞めろ」の厳しき世界に嫌気さし松菱、Hyatt Regency、ホテル日航香港と転々。結局「えーい、そんなら自分でやってやる」と。そごうの日系書店で料理本見ては美味そうな料理を研究が最も好き、と。それでこの明日河なる中環の香港国際金融中心に店構える料理屋の板前になったのだから天晴れだが日本料理にあらぬ「日式」最近は「創作日本料理」なる看板掲げ、確かに創作であると思へば嘘でもなし(笑)
▼SCMP紙が香港に開園予定の鼠園への交通機関として建設中のMTR鼠線の車両内装の図案を入手、と報道(写真)。には一切興味なし。寧ろディズニーの米国文化押し売りの帝国主義に反感すらあり。鼠園など今後も訪れることもなきところ、この列車の図案見て不快感ますます高まりたり。この醜悪ある色づかいとセンス。それに比べ草間弥生女史の作品がいかに美しいことかと突然想ふ。
▼『信報』にて著名なる老ジャーナリスト陸鏗氏の文章あり、先日台湾「正名」運動にて10万人だかが「国名を台湾に」と主張、その首謀者たる元総統李登輝氏を罵倒。国名を台湾にするだけでなく李登輝は自らの名前も岩里政男にせよ、と。中華民国の保守本流=外省人にて原籍は大陸たる陸鏗氏にしれみれば台湾独立など言語道断なのは理解に能わざること。だが陸鏗氏はそのような国家分裂を企てるのは中国人に非ず、で李登輝氏の日本精神に結びつけるは無理あり。李登輝氏に日本精神あるは事実、だが台湾の独立まで指向するidentityは日本統治といふ歴史的背景除けば台湾精神以外の何ものでもなし。中国人であれば独立など指向せず、といふのが陸鏗氏らの「当然の」理解であろうが、それに誤謬あり。

九月十五日(月)ひどい雨。世の人雨は出かけるのうんざりだろうが余は晴れも好めば雨も亦た楽しく雨用の帽子だの外套だの、そして何より傘もこれくらひ雨豪勢に降らねば使い途もなしと雨、雨降れ降れと外出。それが、である。晩にある会合あり食を逸し二更にジャスコまだ開いており不味いの承知で握り寿司も閉店間際にかなり割り引かれるゆえ寿司折をば仕入れ肩掛けに手荷物、それに雨外套と傘でジャスコの袋まで提げてミニバス降りる拍子に傘が扉横の隙間だかに挟まり路上へと降りる際に重い負荷かかり丸善の1869年復刻の傘、15年以上も前に日本橋の本店にて購いこれまで故障も傷もなく愛用せし傘、の竿が無惨にも折れる(写真)絶望的境地。早速、丸善本店洋品部洋傘掛に何とかならぬものかと藁をも掴む心境にて画像つけて電郵送る。ただただ吉報待つのみ。15年も愛用の傘の無惨さに酒でも飲まねば気も紛れずBallantineの21年一飲。
▼昨日大成駒の八重垣姫より久が原のT君らと出会った頃のこと回顧すれば隙かさずT君より電郵あり。「御参考までに」と出会ったのは昭和六十三年九月四日だそうで、この日、歌舞伎座で歌右衛門丈の籠釣瓶にN兄と赴きT君紹介される。狂言作家のS氏も加わり新宿の随園別舘にて食事、のちT君贔屓のRなる酒場に一飲、T君と意気投合し更にKに梯子。更に余の恵比寿の下宿にまでT君誘い款語尽きず。当時、余は仙台より上京して数ヶ月のはず、T君の日記では翌週十一日にはN兄仙台にて舞踏公演、大野一雄先生特別出演あり余とT君にて仙台に。公演終り確か東北大本部前の居酒屋ラブミー牧場での打上げ、大野先生がお帰りの際に宮城学院女子大学で芸術の教鞭とられていたやはり大野先生と近いお年のM先生「あ、大野先生にお別れするのを忘れた」と立ち上がり酒場を出て歩いてゆく大野先生(リュック背負い傘一本)追いかけ暗き路上にて抱擁され別れ惜しむ姿を眺めたる記憶。ちなみに続く十九日には先帝陛下御吐血、忽ち重患に陥らせ給ふ、とあり。

九月十四日(日)昨日までの晴天が雨音にて目覚める。日経Galleryの原稿手直し。玄関の鉄扉の塗装の後始末だの書斎の書架の寸法測りなど済ませ昼に銅鑼灣のIkeaにて書架注文。いつものことながら機転の利いた店員に感心するばかり。書架足りずかなりの本を処分もするが他所に預けし書籍も多く、この際書斎の壁一面を書架に、と決心。午後ジムにてZ嬢と邂逅。筋トレと拳闘系トレ各一時間。筋トレは一昨年七月だかに開始せしメニューが今日で丁度二百回目。七百八十日で計算すれば実に3.9日に二回、週に2回弱とは余の飽き性にしてみれば珍事。夕方に太古城。ショッピングセンターなるもの出来るかぎり避ける余には週末の余りの人出に酔ふほど。目的はFilofaxの来年用のrefillにてLog-0nに参れば在庫なく仕方なく人混みを潜りユニー。文房具売場にrefillの在庫ありM氏に「ユニーに麦酒Budvarあり」と昨日聴き食料品売場に参るが香港に十数年暮し二度目か三度目の売場は人多く閉口。Budvarないが評判といふ恵比寿の黒麦酒あり、それと葡萄酒数本購ふ。北海道物産展もありヨーグルトと生シュークリーム。レジに並ぶ邦人の女性の買物覗くとWatsonの蒸留水除き生鮮から菓子、飲料まで全てが日本製。どうしても日本製で要り用の貨あるのも判るが胡瓜三本でHK$24.8、蕃茄二個でHK$28……地場の野菜の十倍の値段の野菜ばかり、地場の野菜は農薬が心配、日本野菜のほうが安心だし味もある、という理由なのだろうが十倍も払ってまで、と他人事ながら、そこまでして回避するほど地場は農薬にリスクあるか、日本野菜がそれほど美味いか、とは余の猜みか。栗ご飯、豚汁、蒸し茄子と恵比寿の黒麦酒。有線電視にて先週も偶然見た『ランチの女王』なる一年も前に放送終了したドラマ。来週の資料準備。引き続き『ドクラマグラ』下巻読む。
▼Z嬢の古切手より先代団十郎の弾正、六代目の鏡獅子、先代松緑と勘三郎の曾我、そして大旦那の八重垣姫を頂戴す。大成駒のぞいて老い感じさせぬ舞台姿なのに対して歌右衛門だけはどういった意図でかわからぬがかなり老いての舞台姿、知らぬ人には「老女がお姫様の格好した絵柄」であろう。だが晩年の大成駒の舞台だけは日本に居った80年代末にかなり見られた余にはこの八重垣姫もまた貴重な絵柄。N兄を通じ久が原のT君と邂ったのも確か80年代の後半。
▼昨日の蘋果日報にて蔡瀾氏石原慎太郎君を罵倒。言いたい放題の石原君「日本に甘んじて」おりもし米国にてあのような発言繰り返せばもう暗殺されているだろう、と蔡瀾氏。御意。結局、石原君を暗殺するような勢力とて既に「刈り取られた」ところで物言わぬ愚衆相手の一人角力。

九月十三日(土)夢見悪しくかなりの汗。昨日の日記綴り競馬の予想少しせば昼近くとなり天気よく慌て身支度整へ裏山へと入り大譚の水塘へと走る。先週の火曜日の台風以来雨なくも水塘は枯れもせず満つ(写真)毎週のように走り香港島になぜこれほどの自然あるのかと驚くばかり。自宅から1時間と45分駆けて海岸にて競馬予想して携帯にて馬券購入。夢野久作『ドクラマグラ』の上巻読む。この作品、麦酒の微酔いで炎天下読むべからず(笑)。ふだんなら海岸に半時間も居れば暑さに慣れて退く汗もこの小説読む間だらりだらりと汗滝の如し。偶然ながらこの『ドクラマグラ』は九州大学医学部が舞台、読みかけの『神聖喜劇』も主人公の東堂は九大出身。競馬いくつか複勝で絡んだ程度。第9レース(第一班)やはり上り調子の「幸福馬主」を信じるべき。これを脚にしてSize厩舎の潮州勇士を軸にして失敗。赤柱まわりバスで帰宅。夜は日経GalleryのM氏、S嬢とZ嬢で太古坊のMother Indiaにてインド料理。いつもの夫婦おらず店任されし給仕肌の色こそ浅黒かれど畏れ多くも昭和の先帝のご尊顔に瓜二つにて驚く。印度人と呼ぶが店員の印度人どおしでも英語で語り客の一組も見た目所謂印度人だが給仕とは英語にての会話。印度の多言語まざまざと見る。食事終り更に一杯となったがEast Endに珍しく客多く何かと思えば蹴球の中継あり。Thai Orchidレストランの路上にて夜風浴びつつM氏の薦めでチェコの麦酒Budvar初めて飲むが確かに旨い。米国のBudweiserの名の本家本元がこちらとか。面子が面子ゆえ香港の邦人業界のかなり公言できぬ可笑しな話尽きず。帰宅して深夜『ドクラマグラ』下巻読む。

九月十二日(金)昼まで住宅のプールにて泳ぐ。昼に葡萄酒飲み明太子のパスタ。午睡。夕方まで再びプール、新聞雑誌の類読む。黄昏にShau Kei湾にてH夫妻、T夫妻と待ち合せZ嬢の発案にて石澳の岬、龍背(Dragon's Back)の尾根歩きで十六夜の月を愛でやふといふ嗜好。日暮れて石澳の懲教所より石澳校野公園に入りCollinson山をぐるりとまいて龍背に上がる。東にひろがる海は暗黒、月はなし。空には火星など明るく輝き、月が居らぬとはいったいどうしたことか?、と。昨晩のあの中秋の月は何処。もしや今宵は新月か(笑)、二週間寝ていたのかも知れず、などと軽口叩いておれば東の水平線上空にどんよりと気味悪きほど紅い月が暗雲のなかに姿呈す。月は上るにつれ次第に黄金色へと鮮やかさましZ嬢「神々しい」と。龍背は東からのぼる月を愛でるに最高の場所にて此処に来る客も少なからずと案じていたがとうとう龍背は我々六名のみ。東の海は月に輝き石澳の村の蝋燭だの提灯の明かりも美し(写真)昨晩に引き続きハイネケンの麦酒。余はさらにJack Daniel's一飲。半時間ほど月を愛で土地湾のほうへと下りバスで石澳の村。臨時バス出るほどで海岸は賑やかなれど料理屋は混んでもおらず石澳中泰式海鮮酒家にて今宵の月を褒めつつ食事。三更となり市街へと向かうバス、タクシーは長蛇の列。石澳のゴルフ場のほうへと須臾歩き石澳へ客拾ひに参ったタクシー拾って帰宅。
▼休刊まで半年となつた『噂の真相』に「イラク戦争で政府に意見書出した外務省キャリア大使が遂に解雇処分」といふ記事あり。レバノンの天木直人大使が政府への『意見具申』に二度に渡り米国のイラク攻撃及びその米国支持する日本政府の政策を批判。具体的には「国連決議が成立しないままに米国が単独攻撃に踏み切る事態だけは何としてでも阻止すべきだと考える。それは国連を死に追いやり戦後の世界の安全保障体制を根幹から否定することになるからである。」「『米国が単独攻撃に踏み切っても我が国がそれを支持するのは既定路線である」などとする報道が国内でさかんに流されている。本使は外務省の公式な立場であるとは思わないが、よしんばそうであってもその前に米国の単独攻撃だけは何としてでも食い止める気迫ある外交努力が必要ではないか。」と。二通目は<対イラク攻撃が始まってしまった今、日本が全力で取り組むべきは、米国の対イラク攻撃は正しかったと支持表明を繰り返すことでも戦後復興の貢献策を急いで発表することでもなく、一日も早く戦争を終わらせるべく国連による戦争停止の合意を実現することである><日本が早期停戦の国際協調体制づくりにイニシアチブを取る>ことを提案。<外交とは畢竟二国間の信頼と友好関係の積み重ねである。力関係で或は損得勘定で国益を追求する現実主義的冷静さはもとより大事なことではあるが、日本が世界で尊敬され評価される国になれるとすれば最後の決め手は「日本の為なら何とかしてやろう」と思わせる友好と信頼の関係を一国でも多くの国と作り上げていく地道な努力の積み重ねであると確信する。最後にやや口幅ったいが、唯一の被爆国である日本は、そして戦争を放棄した世界でも稀有な平和憲法を誇りとする日本こそ、世界に先駆けて平和の実現に貢献すべきなのである。>……と内容は至極真っ当。だがこれが元来親米の外務省、そして追米以外何ら政策もなき小泉政権を非難するものとして、無視するくらいならまだしも、退職処分は実質的な解雇。この程度の主張で排除されるのが今の日本。とくに政治と教育はこの悪しき風潮甚だし。『噂の真相』の取材に対して天木氏は「今回の米国のイラク攻撃は明らかな国際法違反であり、まがりなりにも機能してきた国連の存在を完全に踏みにじるものです。イラクの脅威が差し迫っていたという点についてもまったく信憑性がなく、明らかな侵略戦争といっていいでしょう。ところが小泉首相はいち早くこれを支持し、米国の手でイラク人が殺されている最中にブッシュ大統領を褒めちぎり日本の貢献を売り込んで点数を稼ごうとまでしている。微力ながらもレバノンで中東外交に取り組んできた私にとって、これは絶対に許容できないことでした。アラブの人たちは非常に親日的で、中東地域に直接的利害関係のない日本が公平な立場から中東和平に貢献してくれることを期待しているんです。それがこんな一方的な政策をとったら、それこそアラブ諸国との信頼関係は目茶苦茶になる。実際、私の周囲のアラブ人は全員、日本の米国支持に「失望した」と口を揃えていました。私は心が引き裂かれるような思いでそういった声を聞き、この戦争は日本にとっては勿論、米国にとっても多大なマイナスになると確信したんです。それで、なんとかこの暴走を思い止まらせることはできないか、と米国が攻撃を開始する直前と直後に二度にわたって意見を具申したというわけです」と。こんな良心ある外交官がその良心故の解雇。政府の愚かさ情けないかいぎり。せっかくのアラブ諸国の親日さも今では形無し。これほどの追米では日本もテロ対象にされてもおかしくもなし。さきごろビンラディン師の映像公開されたが「日本もテロの対象」などと宣われておらぬことを祈るばかり。
▼この天木発言に関連する話だが寺島実郎氏は『世界』十月号で「日本人の国際認識の死角」という文章にて、「日本・独逸などの「枢軸国」に対する「連合国」の合議体にすぎなかったUnited Nationsを普遍的な世界機構であるかのごとき印象を放つ「国際連合」と翻訳したところ」が「戦後日本の国際関係を性格づけ」ている、と寺島氏。氏の挙げる通り中国語ではUNは「国際連合」でなく「連合国」。余は「国家連合」のほうが適切かと思うが。いずれにせよ、この「連合国」と「国連」の感覚の差はイラク攻撃でもわかるわけで、国連の承認得られぬままイラクへの軍事攻撃に踏み切った米国には「国連は究極的な国際意思決定機関」という発想なし。その例が国際刑事裁判所(ICC)に対して米国は「米国民が第三国で刑事犯として逮捕され不公平な裁判の犠牲とされることを拒否」と参加拒否。追米主義が国是の日本も全ての予備会議に参加しつつICC批准は保留。さすがフジモリを庇護するだけのことあり(笑)。米国にとって国家の上にUNがあるのではなく、あくまで米国という国家ありき。日本は醜悪にて「国際連合」あると“誤解”抱きつつそれを信奉できぬまま国家の意思もなく単なる隷米体と化しているのだが……。だが寺島氏曰く、むしろ米国のこの独善主義により国連が米国不支持を打ち出せたわけで、米国の覇権主義に対峙するかたちで各国が国際法理と国際協調による制御へと前進していることを評価、と。
▼東京都知事石原慎太郎君の「田中均というやつ、今度爆弾しかけられて、あったり前の話だ」といふ発言、いくら例え話とて理論上は「テロ容認」発言。しかも自民党といふ政権与党の総裁選挙の応援演説でそれがされたこと。多摩のD君によれば直ちに社説で反応したのは朝日のみ。東京・毎日は今日付けで言及。注目すべきは我らが産経(笑)で、今日の社説は「これは明らかに言い過ぎであろう」「口がすべった部分は潔く撤回する方が賢明ではないか」と「諫言」とか。救う会や家族会も石原発言に批判的発言、「いくらなんでも石原とは一緒にされたくない」のだろうが、D君によれば情けないのは読売で社説で取り上げないのは勿論、社会面の扱いも極少とは……さすが。いずれにせよ「総じてヨノナカ的には石原発言はさして重大と受け止められていないかの様子」で「普通の国」なら、即政治生命終了。日本といふ非常識が常識の国だからこそ石原君も都知事になれるといふもの。D君の言ふ通り小泉三世も信じられないような低レベルの放言を繰り返してきたが小泉君の空言の如きがアホらしくて相手にならぬのとは石原発言はレベル違ひ。明らかに「言ってはならないこと」の放言。それをごく静かに受け流す世論。日本「社会」はすでに崩壊したるか、少なくとも社会における「言論」の意義というものが全く認められておらぬことは確か、公人が言論に責任をとらぬ以上言論に基づく近代市民社会はもはや存在の基盤を失っている、とD君。或は、革命も経ぬまま今日に至る中で日本には近代も市民社会もないままなのかも。一部の進歩的市民層がそれっぽいだけで社会としては小泉、石原君の如きを許容し自民党に政治を放り投げて無節操に生活すばかりの大衆なるものがそこにあり。それにしても、逆に「石原君を狙うテロ勢力といふものが今の日本に存在せぬこと」の認識が大事。石原君の言いたい放題のやりたい放題はテロに狙われるでも革命左派暴力集団が爆弾仕掛けるでもなきことは石原君を更に傲慢にさせる。日本の社会は粛正が行き届いた結果、過激派は石原君の如き右ばかり。いずれにせよ唯一の救いは石原君には同じ右翼でも北一輝先生の如き尊大なる思想性もなく単に吼えるだけでPHPだの自衛隊の若手幹部が呼応するような社会運動にならぬこと。実害といへばその非常識さに石原君を都知事に据える都民、日本国民が「常識外」として海外より白眼視され、日本の民度の低さを嗤われることだが、それもピンと来ぬから都知事にできるのであり実害があるといふ認識もなし。お話にならず。最後に、実は今回の石原発言、重要なるフレーズは実はテロ容認にあるのではなく石原君曰く「政治家に言わずに」の部分。田中氏が「政治家に言わずに」北朝鮮交渉続けたことが政治家の逆鱗に触れたこと。外務省幹部にしてみれば政治家に介入されては政治絡みとなり交渉不可能、といふ判断は当然、だが政治家にしてみれば対北朝鮮交渉といふ大事をたかが外交官どもが勝手しおって、と。外務省と政治家、どっちもどっち(嗤)

九月十一日(木)晴。昨日よりhazyなる空模様。二年前の九月十一日からの日剰読み返す。当時の余の不安この二年にてますます現実に露見される。信報の社説は二年前の九月十一日の米国に対しては世界中がその米国に同情し米国側につきテロに立ち向かう姿勢示し英国はバッキンガム宮殿での衛兵の替兵式に星条旗掲げ米国国歌奏で仏独すら当時は米国と協調姿勢をとりたるがその後米国の独善的なる行動は今度は米国ぢたい脅威として世界中から反感買うが現実、と。その上で新保守主義者の台頭ありしが阿富汗と伊拉克での「解放」の失敗により海外での軍事侵攻には消極的な従来の保守主義者が復活の兆しあるが愛国法など人権蹂躙甚だしき法律まで登場したことへの懸念。紐育時報もForeign Views of U.S. Darken Since Sept. 11なる文章載せ世界各地からの声を紹介し米国の覇権を恐れているか、を紹介。この記事の中で気になるのは“In Japan, a strong American ally that feels insecure in the face of a hostile, nuclear-armed North Korea, there may be doubts about the wisdom of the American war on Iraq. But there seem to be far fewer doubts about the importance of American power generally to global stability.”と日本については結局のところ無思慮なる米国追従の姿勢がこうして米国内からも懸念ある事実。これは重要なことだが日本の“親米”層にはこの事実が理解できず。日本の新聞に目を通すが朝日の社説に米国覇権への懸念が多少見られるものの所詮その程度。読売は、先に紹介した信報であるとかNY Timesの冷静さに比べ今もって「行け、行け、Go Go!!!」の姿勢。これこそその“there seem to be far fewer doubts about the importance of American power generally to global stability”であるのだが読売ぢゃ嗤われることも到底理解できまひ。さてさて、そんな九一一から二周年の今日は中秋。中秋佳節人月團圓。夕方、正確には五時半にHappy ValleyにてK嬢と遭ふ。今晩の月見にお誘いしようかと思へばK嬢曰く、チョーサあり一緒に行くN嬢タクシーで来るを待っている、と。中秋の晩に仕事で調査とはこれまた不憫と立ち話。どうも話かみ合わず、ふと「もしやチョーサとは調査に非ず長沙?」と質せば「そう」と。今宵湖南省の長沙に参るはA氏、H氏にて飛行機は確か午後六時四十分発。K嬢曰く五時からN嬢乗ってくるタクシー待っているが未だ来ず、と。どう考えてもこれから香港站に向かい空港快速の列車に搭っては飛行機に間に合うはずなし。タクシーでそのまま空港まで飛ばしても間に合うかどうか微妙。携帯すら持たぬK嬢に代り空港のA氏に電話。すでに出境手続済ませたA氏曰くH氏がそろそろ来るであろうK嬢N嬢を航空会社のカウンター前で待っている、と。じつはそのK嬢がまだ市街、と伝えるとA氏もさすがに驚愕。話題のN嬢ようやく現れ本人ももうこのまま空港までタクシーで馳せる覚悟、運転手は突然のロングの客に「まかして合点」の笑み。タクシーが去ったのは五時三十七分なり。二人を見送り帰宅。六時三十三分にH氏より電話あり。無事、飛行機はいまタラップを離れる、と。二人も到着とはタクシーどれだけ飛ばしたのか計り知れず。日暮れ時に地下鉄でヴィクトリア公園での月見と提灯の綵燈会へと参る市民で賑わう天后。U女史と待ち合せミニバスで寶馬山。Z嬢そこで合流しすでに暗き山道をSir Cesil Rideまで登ればすでに中秋の月は東の空に上りたり。Quarry Bay Jogging Trail歩む。小馬山の東側縫ふ小径にて東の空開け早晩の月見には適した場所なれど吾ら三人の他は誰もおらず。絶景。草木の絶間よりKornhill見下ろす石段に腰掛け傍を流れる石清水の水音、秋の虫の鳴音など聞きつつ持参せしハイネケンの麦酒飲み月を愛でる。上空に上れば上るほど鮮明、見事な月となる。見事Mount Parker Rdまで下れば中秋で山に上がる輩多し。かつての提灯は今では安キャバレーのネオンの如き蛍光の棒、輪っかに代わり本人は一興のつもりが暗闇で醜悪なること甚だし。彼らの残した蛍光棒だのBBQでの残骸が明朝には山に散乱か。山を下りQuarry Bayと太古城の間Westlands Rd入った「らーめん函館」。恵比寿の黒生麦酒あり。烏賊の刺身だのげそ揚、餃子。焼酎のコップ売りなく一瓶でらーめん屋にてさすがに三人で空けるのもねぇといいつつ「いいちこ」。ちょうど日経Galleryなどの編輯されるS嬢とお連れが仕事帰り。S嬢にも焼酎一杯お振る舞ひ。気がつけば焼酎の一瓶などこの面子にては空くも当然。味噌らーめん食す。月を愛で焼酎に気分よく帰宅す。
▼久が原のT君より。先日聴いた道成寺での四代目清六の三味線、T君曰く名演とはいえその先代(親には非ず)三代目は「鬼をも取りひしぐ凄腕切れ者」にて「まず比較を絶する名人」だそうな。T君はその三代目が古靱(若き日の山城)相手に大正十二年録音の「合邦」あるそうでいつかそれを頂ける、と。ありがたし。その「合邦」は「嫉妬の亂行から手負ひ段切に至りてはさすがの大檀那の玉手御前も顔色なきやと申すべき三味線なり」とT君。ちなみに大檀那とは六代目歌右衛門のことでありんすぇ。
▼米国政府、欧州発米国行きの航空機の乗客につき「テロ防止のため個人情報を提供」を欧州の航空会社に依頼。米側の求める提供範囲は氏名、電話番号どころかクレジットカード番号から好みの料理にまで及ぶ。旅客の搭乗後直ちに情報を米側に提出、米当局は危険人物の割出しだとか。クレジットカード使い通販にて火薬の注文記録あり(ありえぬとはいへぬ)機内食にてモスリム料理をば求むれば即刻、危険人物(笑)。紐育JFKに到着すれば機体は空港警備隊に包囲され機内に乗り込んだ特殊部隊に拉致され秘密基地に連行され自白供与強いられる。映画「未来世紀ブラジル」は1985年は冗談で笑っていたられたがまさか20年後そういう時代になろうとは。
▼日本航空の機内誌見れば機内サービスのご案内の内容に不思議あり。ビジネスクラスのamenityは「歯磨き、髭剃り、耳栓、目隠し」ながら何故か耳栓と目隠しは「韓国、中国、香港、マニラ、グアム、サイパン線」を除く、と。短中距離路線が長距離路線よりサービス劣ることは理解できるが、歯磨き、髭剃りこそ長時間の搭乗に必要(アジア路線では髭も伸びず)、むしろグアム、サイパンを除く韓国、中国、香港、マニラ路線こそ客室の喧噪凄まじく耳栓、睡眠のための目隠しを欲さぬか。同じビジネスクラスで保湿マスクとアイリフレッシャー(醜悪なるカナ書き)の提供は何故か紐育、倫敦便のみ。機内着の提供が長距離便だけなのは理解できるが保湿マスクくらいどの路線でも積めぬものではないだろうし、保湿マスクくらいエコノミー客も欲すれば提供すべき。ちなみにかつてはビジネスでも供していた「ハニカムマスク」はファーストクラスのみでビジネスクラスは単なる保湿マスク。そこまで経費削減か。ところでハニカムマスク、初めてJAL機にて入手する際、てっきり「歯に咬む」マスクかと思いマスクの内側に歯で噛む部分あり、それで何らかの保湿効果あるものと想像し、機内で酒に酔ってZ嬢と「含羞(はにか)む」かもよ、と笑っていたもの。まさか蜂(honey)巣(comb)とは思いもせず。

九月十日(水)昨晩、就寝直前に梅艷芳の癌公表後も続くマスコミの自宅張り込み取材などについてSCMP紙の記事を元に日刊ベリタに送稿。梅女史本人の記者会見でのマスコミへの取材抑制の希望も虚しく連日取材合戦。昨晩寝しなに矢野暢『「南進」の系譜』読み始める。1975年に矢野先生39歳で上梓から間もなくこの中公新書間違いなく読んでいるのだが八月に龍谷大学でK教授から話お聞きした時に京大でこの矢野先生の教え受けたK教授ゆえこの本の話題となり余は「読んだ」記憶あるが内容は断章すら記憶になし。記憶力の後退著しく再読を要す。先週の開催「台風のせいで」といふ嘘で取消となったHappy Valleyでの実質的な開幕戦。今季3戦目にして初めて競馬場にて観戦。明晩が中秋、競馬場にも朧ろながら月(写真)中国からの観光客数えたら15名に競馬場職員3名つき競馬案内と指南。大陸からの客人などかつてなら一見して山窩の者とわかったが今では身なりも香港の居民と区別などつかず垢抜けたもの(写真)遠くに見える一般席の混雑尻目に会員席にてお客様待遇。第5戦で1〜3着見事命中。先週の開幕戦を逃した馬主C氏のDashing Championが第8戦第三班1200mに騎手Whyte君で参戦。倍率は予想通り2.0倍で一番人気。出走で勇むDCをさすがWhyte君うまく三番手につけ(これが李格力君だと手綱弛めてハナをとるのだが)勝ちレース。馬主C氏及び二人の息子君出張にて不在。C夫人のみ来場。本来は先週の開幕戦にて快勝して翌週を出張に当てたC氏にとっては口惜しいところ。C氏の舍弟氏に招かれ口取りに参列(写真)今晩、財致がHappy Valleyの一哩で最速時間を2.6秒縮め1.38.9、喜飛勝将も1000mで0.56.5と記録更新。全8戦の時計が平均で標準時間を1.55秒上回る。騎手Whyte君は全8戦で3冠2亜2李1負、今季3開催日で入賞率57.7%と絶好調。帰宅して矢野暢『「南進」の系譜』読了す。独逸のレニ=リーフェンシュタール監督逝去享年101歳。ナチスドイツのベルリン五輪の映像『民族の祭典』をいったい何時何処で見たのか記憶も曖昧。鮮烈なる印象は澁谷のパルコの書店にてアフリカのヌバ族を撮影した写真集『Nuba』に魅入った時の衝撃にてそれがレニであることに更に愕く。出版は80年で当時5,700円のこれは購えず。当時、ハーブ=リッツであるとかメイプルソープの写真も確かこの書店で知った記憶あり。澁谷が「まだぎりぎり」大人の街であった時代。
▼築地のH君より日刊ベリタに記事書く際に「富柏村」ぢゃなく「柏村富」とあるのは政治的使い分け?(笑)と質問あり。これは富柏村であるべきところ編集部より「偏見はないが」読者が記者が中国人と思った場合で政治絡みの記事など読み方が異なるわけで寧ろ日本人とわかる名前で香港で客観的な報道としたほうがいいのでは?と打診あり「そういう読者の感想ぢたい偏見ではないか?」「もし余が在日華僑とかであった場合は?」とか、その発想では結局在日でも日本名に改名が必要ということになりゃしないか?など疑問多かれど渋々それに従い、それなら、と富柏村を柏村富としたのだが、H君曰く「かしむらとみ」って、荷風先生が偏奇館で雇ってた飯炊きの下女みたいだ、と(笑)。確かに。
▼築地のH君、委員長・亀井静香、書記長・野中広務で「大きな政府、戦後民主主義擁護」を掲げて社民党と統一会派結成、当面の政治課題は、自衛隊のイラク派兵阻止と小泉内閣打倒、といふのは如何か、と。どうせなら共産党と暫定的統一会派結成も面白いかも。するとH君、1972年頃の赤瀬川原平氏の「贋新聞」に確か「自共新総裁に宮本顕治氏。プロレタリア執権内閣組閣」「東京都知事に野坂昭如氏。美濃部氏(自共)破り、初の闇市都政誕生へ。石原氏は善戦及ばず完敗」「田中角栄氏にノーベル一級建築士賞」といふのがあったはず、と。パロディのはずが実際に 自社さ政権、青島都知事、佐藤栄作にノーベル賞といふ冗談の如きものが赤瀬川氏の想像とはいずれもちょっとずつズレてはいるが実現してしまったことの凄さ。赤瀬川氏が凄いというよか日本社会の逸脱ぶりがもの凄い、とH君。
▼SCMP紙に中国政府の公安局が作製した警官用の英語学習ハンドブック“Olympic Security English”の内容を紹介あり。通常の道案内などに加え法輪功、外国人ジャーナリスト、テロリスト、ウイグル独立運動の活動家などの取締りでのケースが想定されている。第1課から余念なく最初は少年と少女が“Hello, Sir”と“Welcome to Beijing”で始まるのだが、いきなり「いかに不法なニュース取材を取り締まるか」となる。もし記者が法輪功を取材している場合、警官は「法輪功はオリンピックと関係ない。この取材はあなたの取材制限を越えている」と指摘。記者の取材は不法であり公安局で事実関係を調査することを告げる。他の課では、アフガニスタン人がホテルの部屋に侵入しようとしている場合を想定。この不審者は尋問に対して「この部屋に米国人の客が宿泊している。俺は復讐したい。米国がアフガニスタンを爆撃して俺の家族は殺され、俺はホームレスになった。米国人を憎んでいる」と言う。それに対して警官の答えは「同情はする。しかしこの行為は罪のない米国市民を狙ったもので不法行為であり、とくにオリンピック開催期間に社会混乱を招くものだ」と説明。ウイグル独立分子が北京のウイグル人居住区で自爆テロという通報が警察に入る。この課で習得する英語のポイントは自爆テロリストが潜む部屋のドアを蹴り開けて「手を上げろ、動くな!」だけ(笑)。自爆テロ相手にこれじゃ爆発に巻き込まれる。テロ分子は警察の取り調べに対して、タリバーンでテロ活動の訓練を積んだ仲間が北京の銀行を襲撃すること、を暴露とか、ウイグルの無頼漢を集めたパキスタン人の泥棒集団だの、ウイグル偏見ばかり。また警察に「あなたたちは私の人権を蹂躪している。抗議する!」と怒鳴り込んで来るのは「ヘレンという名前の香港に暮らす英国婦人」というのもいかにも。それに対しては「嘘を言うな、動くな」と。これはマジ。心温まるシーンもある。財布をタクシーに置き忘れた客は現金も抜かれることないまま財布が戻ってきた。そこで「財布がそのまま戻ってくるなんて信じられない! それが可能なのは北京だけだ!」と感激する客。また地震で被害のあったビルから救助された外国人は感無量で「私の生命を救ってくれた中国人のことを一生忘れません。本当にありがとう、中国の警察に感謝します」と言う。北朝鮮を嗤えぬプロパガンダか。論評含めた記事としては日刊ベリタを拝読希ふ。

九月九日(火)晴。顔の焼け爛れどうにか落ち着くが今度は皮剥けて惨憺なる様。夕方にジムにて鍛錬。日刊ベリタに今後の香港政局の記事送稿。I氏より頂いた四川省産の松茸で松茸ご飯。菊正宗飲む。楽天にてNANDEMO POWER-2なる飛行機内にてPC使用するための電源装置注文。なぜかこの製品のみSharpのPC対応。村上先生&柴田先生の『サリンジャー戦記』読了。『ライ麦』の主人公であるホールデン少年に対して「彼は社会階級的に見ても、やたら狭い、あえて言うなら特殊な世界に属している。彼が懸命に移動する範囲も、マンハッタンの中の、すごく限定された場所です。『キャッチャー』というのは、この小さなエリアの中にピンポイントで設定されることによって、有効に成立している小説なんです。この上下左右のボーダーが取れちゃったら、おそらくこの本の小説的リアリティは失われてしまうんじゃないか」と言いたい放題。「それを言ったらお終いよぉ」で、それを言ったら村上作品だってみんなそうではないか。だから何なの?という感じだが、結局、柴田先生との対談は、さんざん言いたいことを言った挙句、編集部の職員に「それって、アントリーニ先生が言ってることと同じじゃないですか(笑)」と揶揄されるのだが「この本についていちばん素晴らしいのは、そういうまだ足場のない、相対的な世界の中で生き惑っている人に、その多くは若い人たちなんだけど、自分は孤独ではないんだろう、ものすごい共感を与えることができるということなんですね」と村上先生。「この本をほめるのって、なかなかむずかしい」し「あれこれ文句をつけるのは簡単」だが「それにもかかわらず、だれがなんと言おうと、『キャッチャー』というのははっきりとした力を持った、素晴らしい小説なんです。五十年以上、どんなに消費されても、輝きを失わずに生き残っているんです。それはほんとうに素晴らしいことですねよね。小説の力というものをまざまざと見せつけられます。僕がいいたいのは、結局それだけなんだけど」と、えっ?というほどアッケラカンとこれで対談は終わってしまう。ちなみに対談のタイトルは「『キャッチャー』は謎に満ちている」(笑)だ。それでこの結論。これが雑誌に掲載されている対談なら読み捨てでいいのだが、新書でわざわざ期待して買ったら、これが結論じゃ怒るだろう。否、村上先生を信奉する読者ならこんなことで怒らないか……。で、この『戦記』の白眉は村上版『キャッチャー』に掲載予定のはずが白水社とサリンジャーとの原版契約で「訳者が本に一切の解説をつけてはならない」といふ文言あり、掲載見送った村上先生による「訳者解説」である。サリンジャーや主人公のホールデン少年なら「だから訳者解説なんて載せないでほしい、って言ったんだよ」と嘆きたくほど無惨な解説。とにかくサリンジャーの生い立ちから性癖、精神に異常来した事までを、これでもか、といふほど綴る。新書で38頁、加筆されているといふが、それでも白水社がとにかくこの村上訳と訳者解説で『ライ麦』を売ろうとしていたことが明らか。最悪なのは、その解説の中で1980年にジョン=レノンを狙撃したチャップマン青年がJLを射殺したあと警官が現場に到着するまで「舗道の敷石に座って『キャッチャー』を読んでいた」という有名な話だが、それや翌81年にレーガン大統領を狙撃した青年の所持品にやはりぼろぼろになった『キャッチャー』があったことまで村上先生は解説で供述。常識的に考えて『ライ麦』を読んだ直後、解説でこのような“事実”を提示されてどうだろうか。余にとっては最悪の読み心地。そんなのを読まされるよか、サリンジャーの世界に耽っていたいはず。訳者解説がなかったことは幸い。あまりにも非道い解説。この『戦記』には更に柴田先生の“Call Me Holden”なる一文があるが、野崎訳のホールデンの口調を真似たような文体で、これは論外、米現代文学の蘊蓄。結局、総じて、この『戦記』は読むに値せず、と痛感し複雑な安堵感なり。
▼多摩のD君によると野中広務先生今期限りで引退表明。記者会見では「退路を断って小泉内閣を否定するたたかいに全力を尽くす」と宣言。亀井静香チャンも総裁選出馬第一声で「国民を苦しめる小泉政権を終わらせる」と。静香チャンは尊敬する人が大塩平八郎とチェ・ゲバラだそうで「貧しい民衆のために闘った人だから」とは立派。だが何が不思議かといえば何故、ここまで小泉を否定する先生方がこれを総裁に据えて一党を形成していられるのか。自民党なる政党の強さといへば強さだがインチキぶりといへばインチキぶり。小泉続投となった暁には野中、亀井の両先生には是非袂をわけて自民党から離党するぐらいの氣概を是非期待したいもの。
videonews.comの宮台&神保の○激 Talk on Dimandにて香山リカ(精神科医)と山口二郎(北大教授)ゲストに迎えたナショナリズム談義あり傍聴。この10年くらいで他者を否定することで自己肯定をする風潮あり、これが他者への非寛容となり、それが国家レベルとなるとナショナリズムになる、とリカちゃん。山口教授は同じ10年というtermでとらえ自民党長期政権が瓦解し細川護煕が首相になってちょうど10年。この十年で何が進歩したのか?と考えると市民運動での積極的な動きなどを除けば何も進歩しておらず、と。錦の御旗となった「国益」という言葉が「積極的に」とか「正々堂々と」といった副詞とともにさも大きく語られる現実。だがそうった言葉宣う人にかぎってインチキ多し。
▼長崎の少年犯罪にて少年の親を「市中引き回しのうえ打ち首にすればいい」と発言したことで「男を上げた」防災担当兼構造改革特区担当兼青少年育成推進本部担当大臣の鴻池祥肇君、今度は政府の途上国援助(ODA)について「中国へあれだけ金を送っている。それで感謝していない。靖国神社にお参りしたら文句を言う。そんな国にODA(を拠出するの)はもういっぺん見直さなければならないのではないか」と。本人らにとっては正論(笑)。鴻池君は「ODAの使われかたについて検証が必要という趣旨での発言だった」と弁明したが、どうせなら「それが中国に対して抱く我々日本人の本音だ、『国益を犠牲にしてまで』の中国援助に……」とでも宣えばよし。それが言えず弁明に終始するのなら最初から言わぬこと。
▼朝日に香港競馬で観光復活?なる記事あり。大陸からの旅行者にとって香港競馬も観光の目玉、という当たり障りない記事だが、実際には先週土曜日の開催は馬劵発売額が過去7年で最低を記録。そういったことは一切触れず。ジョッキークラブの暗澹もこの記事からは読めず。

以下、ここ数日の備忘録。
▼基本法委員会委員で香港大法律学院教授の陳広毅博士指摘するに、政府は23条立法にて少なからず改訂し、それが国連の人権公約に合致すれば次の立法年度(今月より)での立法化は可能であったのであり、それを無期限延期することは政治的考慮以外の何ものでもない、と指摘。陳博士は政府が白紙草案をもって市民に諮詢することを期待。
▼そうそう、先週土曜日はL氏の披露宴であったが、同じ晩にY氏よりI氏四川省より初物の松茸持参して帰港ゆえの松茸宴に誘われたり。赴けぬ無念。歌を詠む。ちなみに楽景園はY氏邸の在処。
來る秋のかほりほのかにたゆたふる
楽し景(けしき)の園をとぞおもふ
▼産経抄、筆者の石井先生、往年の産経記者にて、多摩のD君によれば「デスクは言うに及ばず、現社長以下全て「小僧ッ子」扱い」といふほどの御仁。「これでは近年の破綻ぶりも誰も制御できないのは当然」でお年めされ「人権憎し、平和憎し、ジェンダーフリー憎しの「虚仮の一念」固まったか」と。「もう誰にも止められない……今後症状がさらに進行したときどうなるか、見もの」とD君。紀伊國屋書店まで単行本となった『産経抄』を「過激だが心優しい、日本最高のコラム集」と紹介。D君この「産経一面のオアシス」といふ紹介見て曰く、産経抄の論調は一面のオアシスどころか「産経ってぜんぶこの調子」(笑)、いやもしかすると「一面の」って意味が違い「産経紙上は一面見渡す限りオアシスが広がっていますよ」ということか?、と。往時の如く広大な「戦後民主主義砂漠」が横たわっている中で産経新聞がオアシスとして存在する、といふのならまだわかる。それなら今ではマスコミの総保守化、無節操化でオアシスばかり、ついに砂漠の緑地化達成か(笑)。それにしてもこうして余や畏友らが産経新聞を取り上げても誰も読んでおらぬのが事実。「何、その産経抄って?」である。つまり産経は反産経的なる者に読まれているだけ。そういった反産経者にとっては確かに心のオアシスかもしれぬ(笑)

九月八日(月)人前に出ずるも恥ずかしき顔面の日焼け、火膨れの如し。夕方にO氏仕事にてお会いするがO氏に「遅くに済みません」と言われ時間はまだ五時過ぎ。「全然遅くなどないですよ」と応えつつO氏がこの日剰お読みになっていると思えば余の黄昏時の暮しぶりO氏には明白にて弁明もできずか(汗)。紀伊国屋より届きし書籍多し。太田昌国『拉致異論』太田出版、磯崎新『建築における日本的なもの』新潮社、子安宣邦『アジアはどう語られてきたか』藤原書店、同『漢字論』岩波書店に大西巨人『迷宮』光文社文庫……いったいいつ読むのか到底判らず。それにしても最近の署名、「」の利用甚だし。実は正確には『「拉致」異論』『建築における「日本的なもの」』『「アジア」はどう語られてきたか』と「」ばかり。何故か。今回のお買い上げのうちお宝はCD-ROMの白川静『字通』平凡社にて自らのPCに畏友M君より頂いた『広辞苑』と『現代用語の基礎知識』にこの『字通』あれば何も他に要らず。車雇い帰宅して『字通』をばPC村正に収納し、八月に久が原が住人畏友T君より頂戴せし豊竹山城少掾(とよたけやましろのしょうじょう)のご存知「菅原伝授手習鏡〜道明寺の段」聴く。昭和22年8月の録音。浄瑠璃の太夫には国名とともに大掾・掾・少掾の位授けらるる仕来りあり、豊竹山城少掾はこの年の3月秩父宮家より掾位を受けたる名。豊竹山城少掾は余はその名前を知るのみにてこの道明寺聴きただただ惚れるばかり。山城少掾は当然としてもその相三味線奏でる四代目鶴澤清六の三味線、それは喩えればジミ・ヘンドリックス。山城少掾と清六が近代の義太夫に於いて随一の一双とはバド・パウウェルとマックス・ローチの如し、とかういふ表現ではかつての平岡正明か。実はT君より頂いたはMDにて余はMDなく原始的なるテープに落としたが数年ぶりに使ったB&Oのテープ機能作動せず結局D嬢にMDをばMP3に落としCD-Rにて受領せし次第。荷風日記(昭和12年6月)に円タクよび荷風先生「仲までいくらで行くかと問う」と円タクの運転手に「仲とはどこですときヽかへされて初めて此の言葉の既に廃語となりしに心づきたり」とあり。平成の今の世とて余と未だ「仲で」などといひあふH君だの久が原のT君だのN兄には花街の言葉の名残りあり。仲はちなみに当時は吉原の大手筋。「ちょんのま」だの「金魚の刺身」だの佛語mouquereどころか「お茶挽き」すら廃語のご時世なり。
▼自民党の総裁選、亀井静香チャンに是非頑張ってほしいものの、小泉三世の長嶋的なる直感の言葉の冴え=何も考えてないが打てば「野生の勘」にてヒットする、に比べ静香チャンは考えてしまふ分言葉に冴えなし。言葉に冴えぬのなら曾ての首相大平君の如く鈍牛のほうがまだ笑える分ウケ良く、静香チャンの余りに良識的なる物言いは結局、岩波の文章が読んでツマラぬのと同じ。ところでNHKによる世論調査にて小泉内閣支持率は前回調査より8%上がり61%で支持の原因は「他の内閣より信頼できる」が最も多く(といってもこれを挙げた者のどれだけが三代、五代前までの首相を列挙できるか疑問)「人柄が信頼できる」がそれに次ぐ。これは民度の低さ以外の何ものでもなく、つまりその民度にいかに小泉三世が「フィットしているか」といふこと……といいたいがせめてもの希望は良識あればNHKの電話での世論調査に拒否する者も少なからず。放送局の世論調査に歓び応えるは所詮小泉支持の層とかなり通じるものあるはず。

九月初七日(日)昨晩の深酒に酔い未だ褪めず。不快に非ずただただ眠し。余の属する走行会の船遊びにてO氏家族とZ嬢につきあい買出し。九時に中環の皇后波止場より船出。朝は雨降りどうなることかと思ったが船出でれば時折青空広がり肌を炒るほどの日差し。船の屋上のデッキに寝続け強烈な太陽の下熟睡し日焼け止めすら塗らずかなり日焼けの失態。龍鼓州にて白海豚(Pink Dolphin)三匹回遊するを眺める。この珠江の下流、未処理の下水だの工業廃液だのが流出するこの世界でも有数の汚染地域に海豚こうして生息することは不便ながらも米埔の野鳥保護区と並び奇跡。昼すぎ大嶼山の大澳。波止場に向かって伸びていた街がバスの普及でバス停に向けて発展し波止場側にはかつての役場だの学校だの廃墟残る。遅い昼食ののち観光客で賑わう大澳の旧市街散策。午後三時前に船に乗る頃に雨模様となり帰りの船は大雨のなか中環に戻る。さすがに昨晩の深酒と船で寝ていただけとはいへ七時間の船に疲労困憊。帰宅して蕎麦食し村上春樹『サリンジャー戦記』少し読む。村上春樹曰く「もともと深い問題を抱えた人が即決的な回答を求めることがまずいんであって(笑)、根本的な問題のない人はそんなに安易には回答を求めないんですよね。だから『キャッチャー』のいちばんいい読者というのは、そこに意味や解答を求めない人なんじゃないかな。「ああ、面白かった。なんか温泉に入ってきたみたいで、身体がほかほかするな。どうしてかはよくわからないけど、よかった。心に残った」くらいで、そのままほんのりと内部に止めておける人ですね。……と村上春樹、サリンジャーのこと語るようでその本質は村上作品とその読者の世界を暴露(笑)。まさにこれこそ村上ワールド、だから興味もないのだが。村上春樹と柴田先生は『ライ麦』の筋のうちホールデン少年がアントリーニ先生の家を夜中に訪れカウチで寝入ってしまい気づいたらアントリーニ先生に髪を撫でられておりゾッとして先生の家を飛び出すシーンについて語っているのだが、これは表面的には先生にゾッとしてなのだが、本質は、アントリーニ先生こそホールデンにとっては自分もそうなりたい、ライ麦畑のなかを走りまわる子供たちが崖から落ちないように崖に立つ「捕まえ手」そのものであり、村上&柴田もそこまで語ってはおらぬが、つまりその理想型である先生が自分の髪を撫でていたことは、自分も子供たちを守るようなことを言っても実質的には子供の味方でも何でもないこと、むしろ危害を加える大人になってしまう、という惧れをホールデンはこの先生の行為から感じてしまったわけで、自分の夢が壊されることに怯え先生の家を飛び出した、と余は思えるのだが、どうであろうか。

九月初六日(土)雨。23条立法無期限延期及び梅艶芳の記事書き日刊ベリタに送稿。競馬の予想少し。場外にて馬券求む。昼からジムにて鍛錬。尖沙咀Ashley Rdに遊ぶ。一旦帰宅して晩にL君の結婚披露宴あり参列するA氏らと太古坊のEast Endにて待ち合せ麦酒一飲。車雇い杏花邨。美心酒楼にて披露宴。五時恭候八時入席とあり八時過ぎに赴くが漸く料理出たのは九時前。披露宴につきものの乳猪(子豚)だが宴席に欠かせぬが元来は祝言の翌日に新郎が嫁の実家に乳猪を贈ったそうで、それは子豚が生後二三ヶ月ゆえ当然まだ性交しておらず処女である嫁を貰った返礼に未性交の豚で返したとか。他の宅は静かなのに対して余の宅は恐ろしいほどに酒が進みブランデー酌み交すうちに6人で4本の瓶を空ける破廉恥ぶり。さすがに酔ふ。競馬は悪天候のなかどうにか掛金回収。

九月初五日(金)夕暮れにジムで鍛錬、更衣室のテレビモニタには歌手・梅艶芳(アニタ・ムイ)女史の姿映る。癌に罹ったとの伝聞のなか多くの親しき芸人らに囲まれ病名公開の記者会見の様子。悲しいかな一流の芸人なるもの病魔に冒されたとてその病弱の姿すら絵になり映えるは裕次郎、ひばりを彷彿、梅艶芳も憔れても愛しき。癌といへば香港は羅文を失ひ一年もたたず。羅文と並び梅艶芳の畏友たる張國榮の自殺からもまだ半年も過ぎず。行政長官董建華は基本法23条の国家安全法の立法化を白紙撤回。市民の多くの合意得られず経済安定を優先課題と宣うがこのまま選挙戦に突入せば保守派の壊滅的打撃明らかにてその庇護が最も重大なること。新嘉坡より来港のI氏を囲み10名ほどにてI氏在港のおり常連の蘭桂坊の「店側はベトナム料理屋だと看板掲げる」屋外に張り出した店にて食す。この店の主人愛想はよさそうで目が笑っておらず接客の際だけ「シャチョー、シャチョー」などと連発する様も不快にて余は一切この主人と口をきかず。このかつては左翼酒場Club64あるくらいで蘭桂坊にてもうらぶれた栄華里も今では店多く各々の店の客引き凄まじく下品さ甚だし。「外で食す」の見た目勝負にて浅薄なるテーマパークの如し。Z嬢も遅れて現れI氏投宿のIsland Shangrila Hotelに移りロビー傍の酒場にて一飲。運動靴に半ズボンと軽装のI氏にZ嬢せめてと着替えを乞えばI氏スラックスにて酒場に戻られるがスリッパ履き(笑)、I氏のこの天性の才に靴のことは指摘せずのZ嬢の負け、I氏の勝ちと苦笑するばかり。

九月初四日(木)昼に航空会社勤務のY氏と外国人記者倶楽部。鶏肉の白カレー。夕方帰宅して週刊香港連載の原稿二本。秋ゆえに秋刀魚、豚汁。日経Galleryの原稿。一晩で三本済ませひとまずこれで次の入稿は10月下旬。村上春樹&柴田元幸『サリンジャー戦記』読む。あまり悪口ばかりいわず少しは本人の弁読まむといふ次第。
▼沖縄の自衛隊員宅より大量の武器弾薬発見さるる。末端の自衛隊員から防衛庁長官まで軍器オタクとは素晴らしき統率ぶり。
▼ある友人より久しぶりの美味しい出張、と便りあり。一日で済む仕事が「せっかくだから泊まってくれば」で温泉。友人曰く、日本中の会社でそういう金の使い方をしなくなったということは即ち巨額の内需が喪われたということ。無駄な金を使うということは資本主義にとっては欠くべからざる経済の潤滑油。新自由主義的「構造改革」のもとでは、そうした需要は経済の無駄として敵視され、さらにより一層削減されるべく。景気はますます冷え込む。
▼築地のH君より今日の毎日新聞夕刊で松本健一氏曰く「若いときには、8.15に革命があったというのは丸山さんの錯覚だと思っていた。しかし今回、戦前の国体に帰らないように革命というフィクションを設定し、8.15革命の原点に返れという考え方なのだ、と気づきました」と。H君曰く若い頃より「丸山真男は「そういうもの」と思って読んできましたが」と。全く。丸山先生本人が「戦後民主主義の虚妄に賭ける」とした、これは「常識」、小熊英二『〈民主〉と〈愛国〉』読めばよくわかること。もしかすると丸山以前の問題で、大きな誤解あるかも。この「……ということにしておく」というはH君が例えに挙げたはルソーの社会契約論にせよ天賦人権論にせよ「神様から人権もらったり国家と社会契約したりした現場を見た人は一人もいない」わけで、「そういうこと」にしておかなければ市民革命は理論的に正当化できないこと。丸山の8.15革命も全くそれと同じ。それを「錯覚」と思っていた、とは。でも間違いに気づいただけまだいいが、今度は「フィクションを設定」と今さらながら気づいたとは、ちょっと……。松本健一もなんだがそれを週刊読書人であれ毎日新聞であれ積極的に取り上げるといふことは、もしかすると編集者なり新聞記者も若い世代でこのようなかつての思想界の常識が新鮮な発想と映るのかも。そういえば民主党の若手議員らが丸山眞男を新鮮な気持ちで読んでいる、といふ話もH君に聞いたが、同じ状況か。丸山眞男など社会政治思想に興味ある者なら高校生くらいでまず岩波新書で読んでいて当然、などと思ふのは余やH君が老世代の証拠。
▼今日も産経新聞「産経抄」かなりの力量と新宿のL君より報せあり。あたかも「新聞投書」「白河越え」「ジェンダーフリー」で三題噺をつくれ、という大喜利を見る如し、とL君。「昨日の某紙投書欄に「白河越えって差別なのでは」という四十六歳の女性公務員の投書」あり「今夏の高校野球の決勝は宮城と茨城の対決」を「「白河越え」という言葉の歴史的背景を思えば、これは高校野球にふさわしくない」という意見。それに対して産経抄「やれやれ」と。「蝦夷の南下を防ぐために設けられた関所」という「歴史の出来事を学ぶことは大切」「言葉の本来の意味を考えてみることも大切」だが「歴史が生んだ日本語の多彩な言い回しを“差別語”として封じるのは困ったもの」で「それもまた一種の言葉狩り」、これでは「「天城越え」「箱根越え」なども使えなくなってしまう」と。「みちのく」なる言葉に「とんでもない辺地とか地の果てとかいったイメージを抱く人はいない」「むしろロマンチックな夢を感じる人のほうが多い」し「縄文の三内丸山遺跡のように、古代から東北の文化的水準の高さを示す遺産もある」と、ここまでは「まだ」いいが最後が凄い。「地名にはみな深い由緒があり、古い文化があり、長い歴史がある。当然ながら人間の哀歓が宿り、明暗こもごも入りまじる。その暗だけを見て、“差別語”などと排斥する人は、たぶんジェンダーフリーという浮薄な風潮にも賛同する人だろう」と白河越えの話が最後はジェンダーフリー批判(笑)。仙台に生まれ育ったL君曰く
余は寡聞にして「天城越え」「箱根越え」なる用語に差別語としての意味を認める議論のあるを識らず。相通ずるは僅かに「越え」なる語を以てこの三語を並べて論ずるが如きは只記者の無知蒙昧にて品性低劣なるを満天下に示すに他なし。抑某紙に白河越えの投書したる人はジェンダーフリーにつき何ら意見を陳ぶるところなし。産経紙がジェンダーフリー批判為すは自由勝手なれども、「こういう人は‘たぶん’こうだろう」なる思い込みにて公論を為しは凡そ売文生業とせし徒には非ざる所為らずや。余は代々東北の生まれにて薩長政府以来「白河以北一山百文」と蔑まれにし先祖の苦衷を能く識りしかば斯くの如き牽強付会の論にて東北が文化的水準云々と利用されたるは苦痛甚だしき所なり。過日男色家に言寄せたる駄文有り亦た此処に東北人適当に用いて只己の政論を無理にも新聞紙上にて掲げたるは産経新聞の頽廃更に止まるを知らざるなり。尤も是れ同紙に宛てて認めし処で凡そ意の通ずることも能はず。却て復も差別語排斥せし愚者在り等と得意にならるることもあらむゆへ只畏友富柏村君にのみ私信としてのみ伝へむ。
と。御意。よくぞ産経抄、ジェンダーフリーに続き「こういう人たちが、国家の歴史も同じで、祖国の歴史のうち暗だけを見て自虐史観に陥っている」と結ばなかったもの。

九月初三日(水)未明に目覚めテレビつければすでに台風警報取消され、大雨の黄色曇警報のみ。昨晩のラジオニュースにて、香港ジョッキー倶楽部すでに本日のハッピーバレーの今期開幕戦大雨での馬場荒れと観客の安全を理由に中止決定。台風の迅い動きと今日の小雨の天気見れば明らかに詭弁。ハ競馬場の大規模な改築工事11月まで終わらぬのは予定通りだが改築途中の姿あまりに醜悪にて、急拵えの開幕。台風はこれ幸いか。観客の安全を考慮したの改築現場の竹組みだの足場見ればは確か。いずれにせよこの開幕中止を最も怒っているのは馬主C氏のはず。C氏の持ち馬Dashing Champion、昨季は初陣からハ競馬場で活躍したものの第二班に上がり沙田競馬場に移り壁は厚し。それが今季第三班に降格、得意のハ競馬場夜の1200mで而も騎手がWhyteと来れば一番人気も確実なところ。それがこの取消しとは実に惜しいかぎり。昨日台風杜鵑にて取消しとなりし裁判出廷のため朝、西湾河の東区裁判所に赴く。簡易の略式裁判であり、法廷には私を含め7名の被告。余の名前呼びたるは自ら名乗りもせぬ男。通訳はいるか?と英語で尋ねられ、要らぬ、と応える。が、ふと思ふは、日本語の法廷通訳がいちいち下級裁判所に常駐でもしているのかしら、せっかくの機会ゆえ「通訳を欲す」と応えればどの程度の日本語で通訳さるるのかも知りたし。されど何より恥ずかしく一刻も早く済ませて帰りたきが本望。裁判官入場。全員起立、着席。厳粛な空気漂ふ。順番に名前呼ばれ被告位置に立ちつ。裁判官より罪状述べられ被告に法律違反の有無尋ねる。被告に弁明の機会が与えられ裁判官が判決と続く。クレジットカードの代金未払い、銀行融資の未返還といった金錢絡み多し。一人の男「返したくてとも不動産が「負資産」となり不景気で商売も上手くいかず生活も厳しく……」と弁明するが耳に残る。余の名前呼ばれたり。五番目。「自然公園内で自転車……」と罪状述べらるる。恥ずかし。これが法律違反かどうか、と尋ねられ、違反、と返答。つい「それは知っていたが」と余は弁明を口走ると途端に裁判官「質問以上のことを被告は述べるべからず」と叱りたり。すると先程、通訳は要不要?と余に尋ねし男立ち上がり「被告に代わり、被告の今の発言について不要であったことを裁判官に謝ります」と宣ふ。つまり、この男、余を含む被告の法廷弁護士、と理解。続いて弁明の機会があり裁判官それを受けて「この法律違反が初めてか?」「反省しているか?、」尋問、余は「あ、これで情状酌量か執行猶予か」と期待。だがそれ甘く「罰金をHK$300とするが今日、即刻払えるか?」と裁判官。いきなりカネの話になり面食らい、余が裁判官に近づき徐ろに財布取り出し百ドル札3枚を裁判官渡そうとでもしたらさぞや可笑しかろうなどと考えつつ「はい」と答える。裁判官「では、罰金の支払いをもってこの法律違反については刑を免除」と宣言して余の裁判閉廷。経理にてHK$300納め終了。おそよ30分。黄昏にジムにて鍛錬。帰宅して鰻丼。NHKのニュースにて万景峰号にかかわるニュース、「在日朝鮮人の人たち」という物言いが耳障り。この「朝鮮人の人たち」だの「拉致被害者の人たち」だのといふ表現、「黒人の人たち」と同じく「観梅を見に行く」が如き誤用。せめて「在日朝鮮系の人たち」とか「拉致被害にあった人たち」とすべき。これには在日朝鮮人だの拉致被害者という言葉ぢたいに偏見、差別ありと感じる、そもそもそれが偏見。
▼昨日より連日、中国の人民解放軍見学する防衛長官石破二世の満足げな表情。武器軍器オタクにとって何よりの夏休み。
▼ところでJTBが老舗雑誌『旅』の版権、新潮社に売却、と。それぢたいはわからぬでもないが売却価格は500万円。コミケ雑誌なみ(笑)。
▼日経に「高級ホテルは密着サービス」なる記事。東京汐留のパークホテルは宿泊客の安眠相談に応じる「ピローフィッター」配置しcheck-in直後に客の枕の固さ、高さの相談に応じる、と。部屋にピローフィッターの女性現れれば良からぬ想像する客なきことを祈るばかり。更に意味深なるは新宿のパークハイアットは枕以上に殿方に意味深なる「きめ細かい泡のたつ風呂」用意する「バスバトラー」なり。風呂で泡などたてられると思わずスケベ椅子など想像する殿方少なからず。惨禍なきこと祈るばかり。これほど危険ぢゃなかろうがキャピトル東急ホテルはレストランやバーのある地階で客の秘書経験者など雇い世話係「フロアアシスタント」配置し客の案内、帰りの車の手配や商談会合に要す資料手配やコピーに応じる、と。場所柄ゆえ横柄な客多く「おい、キミ!」でセクハラ擬いありやなしや。

九月初二日(火)台風の名は杜鵑。「杜鵑の啼序春将に闌けむ」で漢名が杜鵑のホトトギス。不如帰、子規、時鳥、霍公鳥、杜宇、蜀魂とじつに多くの字を当て沓手鳥は逍遙のご存知「沓手鳥孤城落月(ほととぎすこじょうのらくげつ)」は明治に五代目歌右衛門の淀君。朝は台風警報1号乍ら時速30kmで杜鵑は香港に進路を定めたかのように接近、昼前には3号となり二時間以内に8号警報と予告。問題は当初先週火曜日の予定であった東区裁判所への出頭(七月末に自然公園内を自転車にて走行の咎)藪用あり出頭できず延期願い指定されたのが今日の午後2時半。午前11時20分に「二時間以内に8号警報」と予告され裁判所に尋ねれば開廷予定時間(午後2時半)までに8号警報になれば開廷延期、と。午後1時半まで待っても8号警報にならず仕方なく裁判所に着いて8号警報で徒足になる可能性高いが取敢えず裁判所に向かうが既に警報発令前に渋滞始まり二進も三進もいかず。止むなく車を降りバスに乗換え「もうどうにでもなれ」と『神聖喜劇』の頁めくるとZ嬢より漸く携帯に繋がったと電話あり8号警報発令と。今晩はY氏と食事の約ありたるところY氏より電話にて仕事切り上げホテルに退散と連絡あり。バスを天后にて降りて尖沙咀。九龍ホテルにてY氏と再会、まず一飲といふことになりペニンスラホテル、The Bar訪れるが営業しておらず。ホテルの飲食場所が台風で閉めるか?と思ったがまだ午後3時前。酒場開くには時間早すぎ。九龍ホテルに戻りバーラウンジにてJack Daniel's一飲し暫し歓談。雨風も次第に強まり何もできず。台風の日がな午後、風呂屋に憩ふ。日暮れに帰宅途中。太古城にて日本人の多い駅ながらいつもにも増して背広姿の邦人会社員多く時計を見れば午後6時半、つまり現地社員だのは午後2時すぎにさっさと帰り日本人駐在員のみ他の市場は開いているだの本社が営業時間中なので、と一応目安で午後6時までは会社に駐まり午後6時と同時に家路に急いだ、といふことか。それにしても台風の暴風雨といふのにオフィス出て自宅まで傘すらもたず帰宅できるこの快適なる香港の環境。金鐘にてはなかったタクシーも此処では拾え近距離客も厭わぬ運転手に少しばかりの祝儀はずむ。帰宅して蕃茄のパスタ。赤葡萄酒一杯のみ。一更に杜鵑は香港に70kmまで接近し9号警報発令。9号の発令はかなり珍しく五六年ぶりのはず。雨風強まり拙宅も一つの窓にて漏水あり。よくよく見れば窓の止金の不具合、取敢えず雨の通る隙間をシリコンで埋め窓が強風で開きでもせば一大事と窓から紐を引き変圧器を重しに窓開かぬよう応急措置。窓の外みれば老朽化したマンションゆえ数軒にて雨漏りあり。最悪なる隣棟の家にては窓を開けてでもいたのか強風にて窓枠が歪み窓閉らぬようで室内に雨風入り込み大騒ぎ。台風の目に入ったのか二更にはだいぶ安静なる天候。杜鵑はかなりの速度で香港を横断の様子、明日は警報解除されただの雨模様か。台風の所為でもなかろうが富柏村のサイトになかなかつながらず。『神聖喜劇』の第一巻漸く読了。

九月朔日(月)昨晩遅く雷鳴轟き驟雨。週刊読書人にて松本健一、丸山眞男の1945革命説を語るを読む。「天皇主権から人民主権に移るという無血革命」が「あったこととする」のは丸山眞男の仮構どころか当時の東大法学部の=日本の法界の当時の通念であり、松本健一が今さら何故それを強調するのか、それが松本氏らしいといへばそれまでだが。ただ「主権在民という概念は戦後民主主義によって生まれたわけでなく、昭和3年のときの(パリ)不戦条約のとき明確に國軆との対立として出てきている」という発想は確かにパリ不戦条約が「人民の名において」締結されるという文言を有し昭和4年に批准されたことが國軆に大きな楔を打ったのも事実、だが「それ」を「松本健一が述べる」と、どうも色眼鏡で見てしまふのは私だけではあるまひ。松本氏にしれみれば丸山眞男という人の思想形成は戦後の民主主義の産物なのではなく戦前の日本の土壌で培われ形成された思想であることを明確にする意図があるのはわかる、だが、「自由主義者とか民主主義者といった捉え方で、どっちの陣営に属するかのような、「ものさし」でしか丸山さんを捉えなかった」時代は終わったから「その「ものさし」はもうはずせ」って、民主主義者ってのもレッテルなの?、で(笑)、北一輝だってファシズムも革命という捉え方をせねば北一輝は理解できず、と自説に。丸山眞男ご本人がこれ聞いたら腸カタルになるかもしれぬ。床に臥し久々に荷風断腸亭日剰読むが未だに昭和12年春。四更に到る頃、眠りに陥ちたがふと目が覚め眠れず養命酒服すが尚眠れず丑三ツに漸く寝入るが目覚め悪し、学校は新年度、九月一日は毎年、朝の通学時間に交通渋滞など大混乱あり、しかも月曜日で最悪を予想するがそうでもなし。朝イチにて先週末の尿酸値検査の結果尋ねむと医務所に電話。尿酸値は6.5にて正常、ただ今後とも飲食生活には留意せよ、と。安堵。ところで万年筆の話。余は萬年筆を愛用し殊に絶品と評するは伊太利のOmas社の筆。十年来愛用せじ“Arte Italiana”のペン軸に軋み生じZ嬢に頼み太古城にある同社の香港代理店に筆持ち込めば早速無償修理応じ数週間、と。対応に出た青年がこの筆の余の長年の愛用に言及し代理店ですらこの製品に対する愛着と哲学あることも遉がOmasと感銘。それなら94年に香港にて四本のうち一本をば購入せし自動車フェラーリ社記念の限定の筆(日本にてはかなり稀な逸品)、かなり汚れ、これもメインテナンスに出そうか、と一考。Omasひとたび用いればMontblancも実用の筆としては二級品と感じ入る。昼に北角の寿司加藤に参れば今月つまり今日から月曜日定休、と。旧正月の連休除いて働きづめはよくない、せめて週に一日くらい休養。隣の高麗韓国料理なる店に入れば新学期始まった学生で満席。中学生の分際で昼から朝鮮焼肉か、と腹立ったが値段はランチがHK$26、一般でもHK$35で焼肉、キムチなど惣菜、白飯にスープに甘味つき、いったいいくら儲かるのか。先頃、FCC(香港外国人記者倶楽部)の会員申請し批准され夕方に会員証受領に中環はIce House RoadのFCCに参ろうとするとタクシーの運転手に中環で路上に飛降り自殺あり道路渋滞著し、と忠告され灣仔でトラムに搭れば金鐘より専用道奔るトラムは自動車の渋滞横目に中環。FCCへの入会は記者気取りでもなく目的はただ一つゆっくりと酒を飲みたきこと。Mandarin Oriental HotelのChinnery Barとて食堂と化しつつあり、蘭桂坊だの粗呆(Soho)地区だの胡散臭く、老いた輩が閑かに盃傾けるはもはや会員制倶楽部以外にはあるまひ。FCCは十数年前に当時朝日新聞の香港特派員であったT氏に連れられて参ったが最初。事務手続済ませメインバーにて独り(尿酸値正常の祝賀も兼ね)ギネスの生麦酒を一飲。午後六時に照明を暗くするも二段階にて徐々に暗くするは客の目への労り、殊に読書する者には有難き配慮。この時刻にちょっとした「つまみ」が各人に供されるも正統。香港にてこれがあるのはマンダリンのChinnery Bar、某風呂屋など数少なし。ジムに寄り帰宅して焼き鯖で晩飯。昨晩の睡眠不足にてさすがに睡魔に襲われる。大西巨人『神聖喜劇』少し読む。
▼新宿にL君といふ畏友あり。ジェンダーに詳しき人なり。L君に教えられgenderについての産経新聞の産経抄を読む。きっかけは8月18日の文章にて「ジェンダーフリー(性差解消)という名のばかげた風潮は、とどまるところを知らない」ことを危惧し「男らしさ・女らしさを否定するジェンダーフリー教育の弊害は、国を危うくすることになりかねない」と結ぶ。ここまでは事実。性差を解消することは近代国家のタテマエの解体に繋がる、だから国家主義を標榜する者は性差解消に執わる。だが産経抄の真骨頂はここからの論理?の飛躍にて、このままでは「日本の伝統や文化も無視されていくことになる」のであり「そのうち“夏らしさ”といった季節感も否定されてしまうだろう」だって(笑)。「あのさぁ」と軽蔑含め反論したくなるが「……らしさ」といふ感覚が乏しくなるは産経の非難する似非平等主義でも戰後民主主義の結果ぢゃなく「夏らしさ」などまずこの人類の進歩の結果として異常気象で先になくなる、って。……とこの産経らしい産経抄だがこれで終わらず8月28日にこの「ジェンダーフリーというばかげた風潮について書いたところ、たくさんの反響をいただいた」そうで「24日を過ぎてから一斉にメールが殺到した」のは「察するに何かの組織や団体があって「けしからんコラムがある。やっつけよ」という指示が出たのかもしれない」わけで反論の「このメール攻勢には自分と少しでも異なる論は封じてしまう圧力、あるいは恫喝のようなものが感じられ」これは「いつかの特定歴史教科書の不採択を要求するファクス攻撃と似ているかもしれない」と産経系列の扶桑社の歴史教科書のことを持ち出すのだが「自分と少しでも異なる論は封じてしまう圧力、あるいは恫喝のようなもの」は産経にとって朝日新聞に象徴される左翼や市民勢力のことなのだろうが「自分と少しでも異なる論は封じてしまう」のは逆からすれば保守反動とて同じこと。また「批判の多くに小欄が同性愛を否定しているとあったが、よく読んでいただきたい。けっして否定なぞしていない、それを「過剰に強調」する風潮を戒めている」のだそうな。で今度は論点がこの同性愛に及び30日の産経抄にて「いまの同性愛者のささやかな運動が、ジェンダーフリーを追求する過激なフェミニズム活動家たちの主張と混同され、困っているという訴え」を同性愛者のの男性から受けて「この訴えには胸にしみるものを感じた」そうな。「フェミニズムが目指しているのは「家族の解体」である。それに対しごく普通の同性愛者が求めているものは、普通の家庭と同じようにパートナー同士が愛し合い、尊敬し合う関係を公に認知してもらいたいということである」そうで、産経抄によれば忌まわしきジェンダーフリーに対して同性愛は家族に通じる愛あり。この男性について「この人はフランスで暮らしたそうだが、欧米では街角で同性愛者が殺される事件が後を絶たない。それに比べ日本は恵まれている。権利だ差別反対だとヒステリックにならないのは日本の社会が寛容だからだ、とこの人は感謝していた」と結ぶ。この産経の主張に対してL君「記者「ジェンダーフリー」論難に事寄せて同性愛を語り、同性愛差別なき我邦社会の寛容なりしを自賛せり。笑止たるべき。古来衆道陰間の盛んなること本朝の美風たりしと雖も、元来産経記者の主張せらるるは男子は男子らしかるべく婦女子の婦女子たる分を弁えるべしてふ所なりしを主義主張を枉げて平素軽侮せし筈の同性愛者までを自己の都合に依りて政論に利用したるは産経記者の品性甚しく陋劣たること悪むに足らざるなし」と。余が思うに、確かに日本に「ある大らかさ」もあろうが、ここ(産経)では日本が性愛についてかなり大らかであったことと人権の混同あり、権利や差別に敏感にならぬのは寛容なのか民度が低いのか……。近代以前の「大らかな性愛」と近代の人権を同じ土俵で語ることの矛盾。ところでこの問題かなり微妙に理解に難しき点あり、それは一瞬「男らしさ・女らしさの徹底と同性愛は矛盾する」ように思えること。だが希臘の昔から明治の旧制学校での硬派、宝塚から近代の軍隊に至るまで、男なり女なりのジェンダーの強調する社会こそがホモフォビアの逆相として同性愛の温床となりし事は事実にてそれ甚だ興味深し。この件につきかなり参考になるL君の知己にてジェンダーに詳しき「いずみちゃん」(戸籍上男性にして性自認は女性、恋愛対象は男性、日常は女性として生活)はリベラルな活動家だが女性解放運動系の人からは「アナタはなぜステレオタイプの女性性に囚われたような格好をしているのか」と攻撃されることしばしば、とか。本人は「政治的な正しさ」ではなく、純粋に個人の嗜好に従った結果というしかなきことは、これも個人の嗜好といふこれは近代以前どころか太古の昔(太古を「たいくー」と読む香港邦人……笑)からの人の性(さが)にて、それと近代の「政治的正しさ」を同じ土俵に載せることも産経と同じ矛盾あり。

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