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インフルエンザ感染はSARS以上の被害確実 WHO西太平洋事務局長 2004/11/30
【香港30日=富柏村】世界保健機関(WHO)のアジア地区の最高責任者であるWHO西太平洋事務局長・尾身茂氏は29日、香港で講演し、インフルエンザがSARSに比べても深刻な脅威であると述べた。
尾身氏によると、SARSは結果的に約800人の死亡を出したものの、動物の感染源が特定できて、感染は感染者との至近距離での直接接触などに限られた。特定のマンションや病院の院内感染など感染ルートの把握もできたことが、被害を最小限に留めることができたと指摘した。それに対して、インフルエンザはさまざまな要因から、SARSとは比べものにならない感染拡大や把握、防疫の難しさがあるとしている。
WHOは25日、バンコクで開催されたWHOと東南アジア諸国連合、中国、日本、韓国の保健衛生閣僚会議で、インフルエンザの新たな大流行が起こる恐れがあり、最大で世界人口の3割が発病する可能性があり、200万から700万人が死亡すると警告している。
WHOが最低でも200万人死亡するという予測を出したのは、19世紀と20世紀のインフルエンザの大流行は最低30年周期であり、今がちょうどその周期に当たっていること。また、鶏インフルエンザがすでに動物間の感染が多く見られ非常に高い感染性であることが認められること。さらに、すでにこのインフルエンザでの死亡者が出ており、かなり強いウイルスであることが確認されていることから、WHOは異常事態発生が懸念される警告を出したと尾身氏は説明した。
大流行の予測はできても対策には難しい点が多い。動物によって症状に違いがあったり、鶏の間で感染が広まっても鶏肉の生産農場で従事者に感染がないケースや、直接に鶏と接触の可能性のない小児に感染者が出るなど、把握がかなり難しい状況にある。WHOは医療研究者や医薬品メーカーと協力しワクチン製造を急いでいる。しかし世界的規模での大量の感染者に十分なウイルスが短期間で製造可能かどうか、また製造が感染のピークに間に合うかどうか、の2点が懸念される。
バンコクの会議では、各国政府や研究機関の情報の交換と協力が重要であることが確認された。SARSでの対応では出遅れのあった中国政府は情報公開と協力に積極的な姿勢を見せている。

映画にもなった香港の男性服役囚 出所へ 英国統治時代の刑法改正で 2004/9/22
【香港21日=富柏村】香港が英国に統治されていた1985年、当時17歳の男性が殺人事件に関わり、未成年のため刑期不定の「女王陛下の意向の間拘留」されていたが、英国統治時代の刑法がこのほど改正され、18年間の服役の後、今月末に出所することが決まった。香港の日刊紙「蘋果日報」が21日、伝えた。この男性と当時やはり未成年だったもう一人の男性は、模範的な服役ぶりが話題になり、被害者の親も嘆願に加わり、映画にもなっていた。
「女王陛下の意向の間拘留」(detained at her majesty's pleasure)は、死刑に値すると判断される刑でも実際の死刑執行を避ける場合や、未成年犯罪など刑罰の決定が難しい場合に用いられる英国刑法の処分のひとつ。適当な時期に女王の名でもって懲役などの刑罰終了が決定される。その決定がない場合、実質的に終身刑となる。香港でもこれが用いられ、97年に香港が中国に返還された時点で25人が服役していた。主権が中国に移った返還後も、香港では返還以前の法律が踏襲され、実質的に終身刑となる可能性もあった。
1985年に起きたこの事件では、当時18歳で香港の英国系学校に通う英国籍の少女と一つ年下の少年が香港島ブレーマーヒル地区の山中で殺害され死体遺棄された。少女は強姦されており、2人の死体には100を超える傷跡があった。7ヶ月後に5人の男性が殺人と死体遺棄の容疑で逮捕された。5人は17歳から20代前半の若者で、最も年少の少年一人だけが罪を認め、ほかの4人の犯行についても供述した。5人のうち主犯を含む3人は死刑(のちに無期懲役に減刑)、残り2人は殺人ほう助で未成年のため刑期が確定しない「女王の意向の間拘留」が裁定された。
この2人の服役囚の家族らは返還後の香港政府に陳情し、董建華行政長官による刑期決定を求めた。この2人は、刑務所でも通信教育で法律などの大学教育を受けたり、ほかの服役囚に余罪を自白させるなど模範的な服役を続けていることが、香港の市民の間でも関心を呼び、刑期決定に向けての嘆願運動が起きた。被害者の少女と少年の親も、この2人の更生ぶりみて、人生をやり直す機会を与えたい、と嘆願に加わった。2001年には、この話は「等候董建華發落」という映画にもなった。
香港政府もいったんは、最終裁判所長官が、香港の現行刑法に照らし合わせた場合、この少年犯罪は最低20年の実刑にあたるとして行政長官がその刑期決定をする、という可能性を見解として示した。しかし刑期決定求める2人からの提訴に対して、2002年に高等裁判所は、この刑期決定は「女王の意向の間拘留」と異なるため、厳格にはそれが香港基本法第8条の「香港の従来の法律(略)は、本法(=基本法)と牴触するか、あるいは香港特別行政区立法機関が改正したものを除いて、保留される」に違反と裁定。刑法改正がないかぎり刑期決定はできないという見解を示した。この第8条は基本法「総則」にあり、香港にとって法治社会を維持する上で一国二制度の確立に重要な条文。個別の事例での情状も入るすき間がなかった。
今年7月の香港特区立法会で刑法が改正され、この「女王の意向の間拘留」についても香港の司法権で刑期を定められることとなった。この法改正に基づき、25人のうち当時未成年であった現在35歳のこの男性は、董建華行政長官の名で27年の刑期と決定された。そのうち3分の1にあたる9年を日曜や祝日分として差し引くこととして、残りの18年分の刑に服したと判断され、最初に出所することが決定された。出所日は今月29日とされたが、この日が中秋節翌日の祝日にあたるため、出所は前日に繰り上げ。中秋の名月を家族と見上げる計らいとなった。

現時点で国家保安法の立法化の考えない 香港の董建華行政長官 2004/9/17
【香港16日=富柏村】香港特別行政区の董建華行政長官は16日の記者会見で、現時点では、香港基本法23条に基づく国家保安法立法化はタイムテーブルにのっていない、と述べた。
長官は「最も重要なのは香港社会が(立法化の)共通意識をもつこと」であり「特区政府の主要な仕事は、経済を好転させ、07年の行政長官選挙と08年の立法会選挙をどう実施するかだ」と述べた。また12日に香港立法会選挙(議会、定数60)が行われ、親中派の与党が過半数を制したが、長官はこの結果について先に満足の意を表明している。
この会見の後、与党・自由党6人の議員当選者が董董長官と会談。自由党の党主席田北俊氏は「董行政長官は立法化を急がないとしているが、行政長官の2期目の任期内に立法を早く完成させるべきで、市民や世論にはかってで時間をかけて06年にようやく立法できるとか、次の行政長官にまたぐ時期に立法化を処理すべきではない」と強調した。
昨年、香港基本法23条に基づく国家保安法(反国家的行為・組織を禁ずる法律)案の立法化の動きが強まり、同年7月、香港の自由や権利が脅かされるとして50万人規模のデモが発生。財界を支援団体とする与党・自由党が、この大規模デモの後、立法化反対にまわり立法化が撤回された経緯がある。
この日の自由党の見解は、昨年の23条立法化反対で市民の支持を獲得した自由党が、選挙後に再び立法化促進求めるものだ。それだけに自由党を支持した市民の間には疑問の声もある。
一方、董長官は自由党に続き民主党9人の議員当選者とも会談。民主党の党主席楊森氏は会談の後、「会談はいい雰囲気で行われ、今後の立法会が新しい作風で民主派が政府とより対話を深めることを望んでいる」と「中央政府も民主党と会談を行うことと信じている」と感想を述べた。
楊氏は、政府が市民が最も憂慮する23条立法化を急がないことを歓迎し、市民は経済の改善と政治制度改革に関心をもっていることを強調。民主党が政府との良好な関係で香港の政治経済の立て直しに協力していく姿勢を見せた。
一連の与野党の会談では、自由党が立法化に積極的な姿勢を見せた。董長官にしてみれば、立法会選挙後、安定した議会運営が可能で最も大きな支持を得たことになる。
しかし、その一方で、董長官は立法化をけして急がないと発言している。これは、残り3年の任期をいかに香港の政治情勢を安定させるかを意識している表れともいえる。
その背景には、議席数では過半数に及ばなかったものの得票率では6割以上が民主派を支持する香港の事情がある。23条立法化を強引に進めることは、さらに董長官の不支持を増やし香港政府に対する不満を募らせる結果ともなるからだ。

反体制運動家、梁国雄氏が初当選 予想外の結果に既成政党に衝撃走る 2004/9/13
【香港13日=富柏村】香港のラジカル民主派団体「四五行動」を長年にわたり主宰し、香港でのデモなどで有名な反体制運動家・梁国雄氏が12日行われた立法会選挙で初当選を果たした。新界東地区(定数7)に無所属で出馬した梁氏は、比例代表制で民主党と親中派政党や、財界をバックにした自由党の元党首が競う中で、6万票(有効投票数の14%)を獲得した。この「まさか」の結果に各党も衝撃を受けている。
梁氏はヒッピー風の長髪に、キューバの革命家チェ・ゲバラの肖像が描かれた赤いTシャツがトレードマーク。共産主義青年団的な革命思想を信奉し革命家目指すが、中国共産党の党独裁主義に反発してトロツキストを名乗っている。
四五運動は香港の民主派団体の中でもラジカルなことで有名。天安門事件をきっかけに反中国政府の姿勢を強めた。97年の香港の中国返還式典などで江沢民国家主席(当時)ら中国要人が来港すると、式典会場に葬儀用の棺をみこしのように掲げて突入を試みたり、中国国旗を焼くなど、過激なパフォーマンスで知られる。
また香港政府に対しても董建華行政長官の施政に対して董氏に辞任を迫る反董運動を続け、立法会議会の公聴席から董長官に罵声を浴びせるなどして退場を命じられたことも。度重なる議会での「混乱誘発」で有罪判決を受けたこともある。
だがそういった過激さが売り物の梁氏は、ふだんはアルバイトで生計を立ててデモや民主集会で熱心に活動を続ける実直さが市民の間ではすっかり評判になっている。「長毛(ロングヘアー)」という愛称で親しまれており、市街での募金活動などでも募金に協力する市民は多い。
選挙への立候補はこれまでもあったが、つねに過激な反体制候補で得票は数%に満たなかった。その風向きが変わったのが昨年秋の区議会選挙。香港島で戦後、福建省からの移民の多かった北角地区は福建人の親中派居民団体が集票装置となっており、元来、保守親中派の地盤となっていた。
立法会と区議会の議員を兼職する蔡素玉議員も福建人でこの団体の支持で区議会議会当選は対立候補なしの無投票当選で安泰と見られていた。そこに何の地盤もない梁国雄氏が立候補を表明。梁氏の立候補は無投票選挙回避だけの効果かと思われていた。
選挙戦が始まると50万人が参加の71デモの余波で予想以上に梁氏への支持が集まった。蔡候補は、楽観しているとまさかの落選も予想されたため、組織立て直しに動いた。選挙日当日も投票所近くで懸命に支持を求め、どうにか辛勝した。
この区議会選挙での梁氏の善戦は、市民の間でいかに政治不満が高まっているかを明らかにした。梁氏が今回の立法会選挙に立候補を表明した際、区議会選挙での善戦から、ある一定の支持が集まることは予期されてはいた。
選挙結果は梁候補の他、民主党3議席、親中派の民建連2議席、自由党が1議席を獲得しているが、各候補者政党別の得票数では梁氏の6万925票は自由党元党首の田北俊候補の6万8560票に次ぐもので、この高い支持は地盤も支援組織ももたない梁候補本人も予想していなかったとみられる。
香港政府への不満、中国政府の香港自治への介入、既存政党への期待の低下など、様々な要因が「反体制革命家」の梁氏に立法会での起爆剤的な役割を期待する結果に結びついたようだ。

香港市民に政治意識の高まり 民主派善戦するも過半数には及ばず 2004/9/13
【香港13日=富柏村】12日に投開票された香港特別行政区立法会(議会、定数60)選挙は、中国政府の支持で2期目に入った董建華行政長官率いる香港政府に対する不信の広がりの中で、1国2制度下で中国政府の香港政治への介入、今後の香港の自治などについて有権者がどう判断するかが焦点だった。
完全な普通選挙実施を求める民主派は過半数獲得を目指したが、直接選挙枠(定数30)では民主派が善戦したものの、議席増は数議席増に留まる見込みだ。圧倒的に親中派が優勢の職能別選挙枠(定数30)を加えると、親中派が過半数を制することが確実となった。
た。民主派はこの勢いをかり、基本法で実施可能とされていた、07年の普通選挙による行政長官選挙や、08年の立法会による全面直接選挙実施を訴えた。
だが中国政府高官が愛国心のないものが香港自治に当たることへの懸念を表明し、中国政府も基本法の解釈などをめぐって法律専門家を香港に送るなどして直接選挙実施に否定的な態度を見せた。結果的に全人代の常務委員会で07年行政長官選挙と翌08年の立法会選挙での直接選挙は実施しないことが決定された。
民主派は、香港の1国2制度の維持が非常に厳しい状況に追い込まれているとして、今回の選挙を、香港の民主主義の維持と発展にとって最も重要な意志表明の選挙と位置づけた。
選挙には野党第一党の民主党のほか、リベラル派で市民の支持高い弁護士団やラジオの政談番組から政治的圧力で辞職したコメンテーターなどが出馬した。定数60のうち親中派・保守派が強い職業別選挙枠の30議席と、残りの直接選挙枠30でいかに議席を確保するかが焦点となった。
民主派での票の取り合いでの自滅を防ぐため、選挙区毎に民主派支持率を参考に候補者の調整を図るなど、過半数獲得に向け積極的な運動が展開された。これに対し、中国政府の支持を受けた民建連は、昨年の国家保安法の立法化で世論無視の体質を露骨に見せたことで党首が辞任し、民生重視など組織の立て直しを図って今回の選挙に挑んだ。
親中派の立候補者への支援は、香港の企業に対して中国国内の取引先からや、親戚間、中国系企業に働く者への投票奨励など様々な方法がとられた。また香港に駐在する人民解放軍の施設開放での参観実施やアテネ五輪での金メダル選手団の来港など、香港市民の親中意識を高める目的は明らかだった。
実際の選挙戦が始まると、民主党の候補者が広東省への出張中に買春容疑で公安当局に拘束されたことがわかった。この結果、半年の「再教育」施設への拘留で選挙戦から離脱した。また別の民主党候補が選挙事務所の賃貸に絡み正式な申請をしていなかったことなど相次ぐスキャンダルがマスコミを賑わせ、世論調査では民主派への支持に減少も見られた。一方、中国の人権問題をモニターする団体などは、今回の選挙では中国政府の選挙介入を指摘する報告を出している。
12日の選挙は高い投票率が期待されていた。結果的に97年の香港の中国返還後に実施された3回の選挙で最も高い55.6%を記録し、市民の政治に対する関心の高さを示した。これは98年の第1回選挙投票率53.3%を上回る。
この第1回選挙は、97年の返還前に英国統治下で選挙された立法会を中国政府が無効として返還に合わせ臨時立法会を組織、この臨時立法会に推挙されなかった民主派議員が返り咲きをかけて実施された。それだけに政治的無関心と言われていた香港市民が高い政治意識をみせた。
民主派は、現行の選挙制度では間接選挙枠で親中派に有利な状況は変わらず、実際の直接選挙枠での民主派支持票の多さから、今後も、普通選挙実施と香港の民主的な自治の実施に向けて積極的な動きを見せていくことは明らかだ。それと同時に民主党など単なる反対野党、反中国的姿勢ではこれ以上の広範な支持を得られないとして、中国政府との対話姿勢を見せている。中国政府側も、民主党など影響力のある野党政党を単に反政府的と見放していては、香港市民の支持は得られないとして、歩み寄りの姿勢を見せている。

台湾:侯孝賢監督らが第3勢力の結集めざし「学校」開校、与野党に対抗 2004/07/22
【香港22日=富柏村】台湾でこのほど、民進党の許信良前主席らが文化人や学者らとともに、台湾を代表する映画監督の侯孝賢氏を“校長”に「台湾民主学校」を開校、民進党と国民党の2大勢力に対抗して第3の選択肢を提供することを目的としている。
台湾では今年3月の総統選挙で陳水扁総統が再選したが、民進党の政権運営に対する批判は少なくない上、中国との関係も進展していないことから、許氏は「これが台湾にとって平和な民主主義社会を建設する最後の機会だ」と強調した。また、許氏と同じく民進党の主席だった施明徳氏も参画し、「台湾は蒋介石以来、今日まで独裁統治にある」と現政権を批判した。
この2人は民進党が非合法だった時代から民主化運動にかかわってきたベテランだが、党内の主導権争いで敗れ非主流派となり離党した。2人は「自由で民主的だった民進党が規模拡張する中で、権威的で官僚的な組織になった」と現在の主流派に対して批判的だ。
この2人が、民進党と国民党の2大勢力が拮抗している台湾政治に危機感を感じている文化人や学者らを集め、今回の学校開校となった。
校長の侯孝賢氏は台湾を代表する映画監督で、過去に台湾の風土色の濃い作品を発表してきた。1989年の代表作「非情城市」では、それまでタブーとされてきた国民党が台湾に移ってからの白色テロの時代を描き、国際的にも絶賛された。侯氏は「台湾の現在の為政者に最も欠けているのは健全な人格」と開校に際して語った。
台湾民主学校は、政治セミナーや討論会を通して市民が台湾の民主政治の発展に寄与するため政党という形はとらない、としている。だが李登輝前総統の学校や民進党の凱達格蘭学校など、台湾では政治色の濃い“学校”がある。台湾民主学校も今年末の国会にあたる立法院の選挙で候補者の擁立を検討している。
また開校式では、ベテランロック歌手の羅大佑氏が「緑色恐怖分子」という新曲を披露。緑色は民進党を意味している。歌詞では、国民党の圧政に対して反権力と民主主義の実現を目指したはずの民進党が、今では強権的なテロリストのようだ、と強烈に現政権を批判した。
民進党の元主席2人と侯孝賢、羅大佑ら映画・音楽分野での著名人の参画で、新しい学校が台湾政治で今後どのような新風を吹かせるか注目される。

中国でSARS告発の医師、50日ぶりに拘束から解放される 2004/07/21
【香港21日=富柏村】中国で新型肺炎SARSの患者隠しを告発したことで脚光を浴びた元軍医の蒋彦永医師が先月月1日、当局に身柄拘束され、行方不明になっていたが、20日、50日ぶりに解放され、北京の自宅に戻った。
蒋氏は昨年、SARSが発生した時に中国での感染状況を最初に海外マスコミに語り、これによって中国政府が感染状況を公表し、大幅な感染対策の改善が図られるきっかけとなった。蒋氏は中国の自由な言論の象徴となった。
また蒋氏は89年の天安門事件の際には、軍の弾圧により負傷した学生の救急治療にあたったこともあり、中国政府に対して、政府転覆活動と判定された天安門での学生の民主化要求運動の歴史的見直しを求め、その書簡を政府首脳に送るなど、積極的な活動を続けていた。
このような蒋氏の活動が特に制約を受けずに続き、それが胡錦涛国家主席の新体制において、表現の自由などについて緩和かと期待されていた。しかし、天安門事件から15周年を迎えた今年、天安門事件で亡くなった学生の父母らの組織が6月4日を前に警察の監視下に置かれ、蒋氏も、6月1日に米国渡航のビザ取得のため米国大使館に出向いたところを軍関係者により身柄拘束された。
今回の釈放にあたり、ロイター通信によると、消息筋は「蒋氏は明文規定のない軍事法規を犯しており、軍側はこの件について、蒋氏は釈放されたがまだ終わったわけではない、と表明している」と語った。蒋氏自身は解放を前に妻にあてた手紙で「これからはエイズ病の問題の解決に精力を集中したい」と述べたという。
近日中にこの蒋氏の言動についての最終報告が提出され、蒋氏はそれについて事実内容を認め署名する必要がある、と言われている。引退しているとはいえ、軍の中央病院の幹部医師として勤務してきた蒋氏は政府要人にもパイプが太く、微妙な立場にある。釈放されても、これからの自由が完全に回復されたわけではない。

SARS対応めぐり香港衛生局長が辞任 2004/7/7
【香港7日=富柏村】董建華行政長官は7日、昨年春の新型肺炎(SARS)流行への対応が遅れ、その責任を問われていた楊永強衛生局長の辞任を発表した。緊急の記者会見を開き明らかにしたもので、3ヶ月以内に後任が決定し次第、楊氏は衛生局長を辞任する。
300人を越える死者を出した昨年春のSARSに関して、香港政府の独立調査委員会は5日、調査報告を発表し、楊局長ら管轄官庁の責任者について、当時の認識不足や判断の遅れなどを指摘したが、責任者の懲戒免職などについては触れなかった。楊局長の高官らはこの報告を受け、改めて謝罪の言葉は口にしたものの、辞職する意志はないと明言していた。
これに対して、立法会では親中派の与党を含む超党派で責任者の引責を問う声があがり、市民の間でも楊局長ら高官が辞任すべきという意見がでていた。
しかし、このまま楊長官が局長のポストに留まることは、董長官への不信感をさらに増大させ、董長官の政治的立場はさらに弱まるのは必至と見られていた。楊長官が辞職することで、少しでも政府不信の世論を抑えることを狙っているとみられる。
董長官は02年の行政長官選挙で当時の江沢民主席らの強力な支持を得て再選された。二期目の政策の目玉として、政府高官の問責制を導入、それまで公務員の最高ポストであった各局の局長を大臣のように首長による任命制として、民間から人材を投入するなど特区政府の活性化を図った。
しかし、財務長官に当る梁錦松財政司長が自動車税増税の公示前に、自ら自家用車を購入したスキャンダルで辞任。昨年7月には、香港基本法23条に基づく国家保全条例を立法化できなかったことについて、保安局の葉劉淑儀局長が責任を取る形で辞任。
楊局長の辞任は、この2年で3人の大臣級の辞任となる。董長官始め司長、局長クラスの信任率は極めて低く、董長官率いる政府が行政長官の改選となる07年まで本当に保つかどうか、微妙という見方もある。

民主化促進を求め53万人デモ 香港返還7周年記念 2004/7/1
【香港1日=富柏村】香港の中国返還から7周年目の1日、香港の民主化促進を求めるデモが行われ、主催者側発表で約53万人の市民が参加した。これは昨年のこの日に実施された50万人デモを上回り、香港市民の政治意識の高まりを示している。
今年のデモでは香港での政治的自由、民主主義の実現と07年の行政長官選挙からの普通選挙実施がスローガンになった。このデモを主催した民主派の各団体は、今年のデモでは昨年のデモで最も叫ばれた「還政於民(政治を市民に戻せ!)」というスローガンをシュプレヒコールから外している。これは、中国政府を余計に刺激することを回避したもので、民主派の各党派も中国政府との歩み寄りの姿勢を見せ、香港での民主化要求がいたずらに政府転覆や台湾独立を認めるものではないことの姿勢を見せた形だ。
デモ出発地点となった銅鑼湾(コーズウェイベイ)のビクトリア公園から中環(セントラル)の政府本部まで目抜き通りのヘネシーロードは6車線が全面的に通行止となり、デモに開放された。
朝8時からは湾仔の金紫荊広場で、返還記念日の国旗掲揚式が行われ、これに続いて開催された祝賀会で董長官は「昨年の7月1日からの1年、政府は市民の困惑を理解し、積極的な改善を図っている。景気回復など好転はしているが、まだ不足しているところはあり、引続き改善に努める」と昨年の50万人デモに言及した。
昨年は予想を圧倒的に上回る参加者でデモが進まず、ビクトリア公園ではデモ参加者が4時間にわたり出発できないなど混乱があったが、今年のデモは大きな混乱もなく順調に進んだ。
国家安全条例の立法化反対と董建華行政長官の辞任を求めてから1年。国家安全条例の立法化は白紙撤回され、この立法化を推進した保安局長が辞任、董長官も市民の民意を汲む姿勢を見せ、中国政府も香港特区への経済優遇や中国国内からの香港旅行の自由化推進など、香港に好意的な政策を相次いで実施した。
しかし反面、この1年で、「愛国心のない者=反政府的言動をする者」は香港の統治に参加すべきでない、という愛国論争や、ラジオの時評番組でコメンテーターが政治的圧力を理由に相次いで辞任するなど、北京の中央政府からの締めつけも顕著になった。また香港基本法にうたわれた07年の行政長官と08年の立法会の直接選挙実施は全国人民代表大会常務委員会で実施が否決された。
昨年は、この返還記念日のデモに対して、親中派団体がデモ出発地点となったビクトリア公園の約半分の敷地を借切り、行事を開催して、デモに対抗する姿勢を見せたが、今年はこれらの行事開催はなかった。また、香港に駐留する人民解放軍は、軍営(キャンプ)を市民に開放し、1万5千人の参観者を得た。これがデモ参加から市民を遠ざけるための行事という見方もあるが、デモの開催規模には大きな影響は出なかった。

性行為の合法年齢に差があるのは不平等 ゲイ活動家が香港当局を提訴へ 2004/6/21
【香港21日=富柏村】香港では、同性愛の場合、性行為が合法とされる年齢が21歳。しかし、異性愛の場合は男女とも16歳になっている。こうした年齢に差があるのは、不平等だとして、香港政府を相手取り、香港のゲイ解放活動家の男性が年齢の引き下げを求める訴訟の準備をしている。
21日付の英字紙サウスチャイナ・モーニングポスト紙によると、この男性は、ティモシー・リーさん(20歳)。
香港では1991年に、それまで非合法で刑事罰の対象であった男性同性愛に対する刑事罰が撤廃された。しかし性行為が合法とされる年齢は21歳。異性愛の場合、男女とも16歳で性行為が認められているのに比べ、5歳年齢制限が高い。
またこの同性愛に関する法令は英国に従い、男性の場合のみで女性についての同性愛(レズビアン)については法令も存在しない。
リーさんは、(1)この年齢制限は性別や性嗜好に関し不平等である(2)16歳から21歳までの性行為が刑事罰の対象であることは、性行為が秘匿され、性行為に関する教育などができない、などと指摘している。
ちまみに、この21歳という同性愛での性行為の年齢制限は、同性愛行為を法文化している国では西アフリカのブルキナファソと並び最も高い年齢という。
香港の性解放団体は、2年前に香港政府の独立期間である男女平等委員会にもこの不平等を訴えたが、改善されていないという。
しかし、実際にこの年齢に関する規定が適用され、21歳未満の男性同性愛者が刑事罰の対象となったことはない。実質上、この法令は空文化しているが、法令の存在自体が性差別の土壌になっているとして、ゲイ問題の活動家や団体はこの21歳制限の引き下げを図ろうとしている。
一方、同性愛に関して、香港では91年の非刑罰化を境にかなり広く、認知されてきているのは事実。91年からゲイ・レズビアン映画祭が政府の外郭文化団体の主催で実施されたり、芸能人など同性愛者であることを公言する者も少なくない。だが、ゲイの結婚などはまだ認められておらず、社会的な不平等も多い。
例えば、香港では香港赤十字が同性愛者の献血を受け付けない姿勢をとっていることも、ゲイの活動家や団体は問題視している。献血の際の問診票にHIVや性感染症に関する質問の他、同性の間での性行為があったかどうかを質問しており、ここで「有る」とした場合、献血ができない。
赤十字側は、男性のHIVなど、血液を介した性感染症によって同性愛者のり患率が高いことは、偏見ではなく事実である。不特定多数を相手にする環境がまだ存在することや、献血をHIVなどの血液検査代わりに利用されることを防ぐため、同性愛者の献血は現状では受け付けられない、としている。

香港立法会選挙まで3カ月 民主派に勢い 2004/06/11
【香港11日=富柏村】香港特別行政区の国会にあたる立法会の議員選挙まで3カ月。1997年の中国への返還後3回目となる9月12日の選挙では、民主化要求の高まりを背景に、民主派が躍進することが予想されているが、中国からの締め付けも強まっている。
9月の選挙では、立法会の60議席のうち、直接選挙枠が24議席から30議席に増えた。残りは職業別で24議席、政府が任命した選挙委員会委員での投票による6議席。立法会は現在、親中派が過半数を占めている。これまで直接選挙枠は民主派が多数を占め、職業別、選挙委員会枠で保守系、親中派が多くなっている。
2002年に無投票で再選された董建華行政長官は、反対派の活動を規制する国家安全条例の制定を目指した。しかし、昨年7月に「言論の自由が制限される」として50万人がデモを行い、董長官は9月、条例草案の撤回に追い込まれた。
以来、普通選挙による行政長官選出と立法会の直接選挙の全面実施を求める声が高まった。しかし、これに危機感を持つ中国の全国人民代表大会(国会に相当)常務委員会は4月、2007年の行政長官と2008年の立法会議員の選挙について、普通選挙の実施を認めないことを決定した。これに対し、民主派は高度の自治を保障した「1国2制度」を破壊するものだ、と反発を強めた。
民主派は第1党の民主党を中心に、民主派同士の相討ちを避けるため、超党派で候補者を立てたり、知名度の高い有力議員を民主派が弱い地区に立候補させるなど、民主派への支持票を無駄にしない選挙対策が行われている。
民主党は、投票率が6割を超えた場合、直接選挙枠で民主派が最大23議席まで勢力を伸ばすとの見通しを発表している。その理由として、新型肺炎(SARS)への対応の遅れなど、政府への不信が深まり、民主派への支持を押し上げていること、また6月4日の天安門事件追悼集会に8万2千人という昨年より倍の参加者が集まったことなどを挙げている。民主派は、職業別枠でも最大で6議席の確保を目標としており、過半数に迫る29議席を獲得する可能性があるとしている。
中間派や職業別の議員の間にも、董長官の施政ぶりに批判的な議員も少なくない。このため、民主派が過半数を得なくても、立法会での議案によっては、そうした中間派が政府への反対票にまわるケースが想定され、議会運営はかなり流動的になる見込みだ。
一方、返還前に中国政府の肝いりで設立された保守派の民主建港連盟(民建連)は親中派という背景から、中国でビジネス展開する企業などの組織的支持などもある。直接選挙枠でもこの党が善戦すれば、香港の政治状況が安定するというシナリオもあった。市民が安定に満足すれば、2007年の行政長官選挙、2008年の立法会選挙は全面直接選挙を実施しても、政府を支持する世論により保守派、親中派が善戦するという筋書きだった。
しかし、董長官の仕事ぶりは市民の不満を高まらせ、民建連も、元党首は議員職権を使ったビジネスコンサルタント業が暴露され辞任。後任の党首は昨年の国家安全条例反対デモに対して、「どんなに市民が反対しても立法化は成功する」と発言し、2カ月後の区議会選挙で敗北、辞任した。民建連が単なる御用政党という認識が市民の間に広まり、9月の次回選挙でも、現党首とさらに1、2名の有力議員の当選しか見込まれないほどに追い込まれている。
財界を背景にした保守派の自由党は、党結成時の党首がその後、ラジオの政治解説者となり、5月に番組を降板した李鵬飛氏。昨年の保安立法については、党として当初、賛成していたが、途中で翻して反対にまわった。無条件で董長官と香港政府を支持するのではないことを表明した形だ。
親中派の議員や有力者は従来、親董派であった。しかし、国家主席が江氏から胡錦涛氏にかわると、親中派の間からも董長官の施政は評価零点といった非難が公言されたり、中国政府系の英字紙チャイナ・デーリーに董長官に対する厳しい批評が記事になるなど、中国政府が董長官に対して距離を置き始めていることも事実だ。
9月の選挙で、直接選挙枠で民主派が圧勝し、中間派が董長官の施政に反対にまわった場合、今後の動静いかんでは董長官更迭の可能性も出てくる。一方で、従来対立していた民主派と親中派が董長官への不信任という点で同じ認識に近づいている。中道左派の弁護士や学界、芸術家は「われわれは香港の政治的分断化を求めているのではなく、安定した香また、市民の支持が高い陳方安生・前政司長が外国のマスコミを通して、香港は中国からの独立など過激なことを求めているのではなく、あくまで香港に限られた自治の完成を求めている、といった意見発表をするなど、親中派か民主派か、と分断された社会の再構築を求める声が高まっている。

中国の大学が香港の学生に1国2制度などの遵守要求 2004/6/9
【香港9日=富柏村】中国を代表する北京大学と清華大学が香港の優秀な学生を優先入学させる計画で、入学希望者の誓約書の中に「香港基本法と一国二制度を遵守する」という項目を設け、署名させていたことが明らかになった。英語紙サウスチャイナモーニングポストが9日、報じた。
北京大学と清華大学は香港の優秀な学生の獲得をねらって、9月の新学年開始にあたり香港での学生選抜を開始した。授業料の減額など特待生扱いで、大学入学検定試験の全科目で最高点かそれに近い点を獲得した学生がこの対象となっている。
同紙によると、二人の学生へのインタビューの際に誓約書の内容が明らかになった。大学側は学生の政治傾向を調べることが目的ではなく、学力と学生の将来性を判断するだけとしている。
学生の一人は「香港にとって基本法と一国二制度は香港特別行政区の根幹であり、これは否定されるものではない。だから合意することに問題はない」と話した。しかし、別の学生は「香港や米国の大学入試でこういった文書に署名を求められることはないので奇異に感じる」と語っている。
中国に返還された香港で基本法と一国二制度は体制の根幹であることは間違いない。しかし、これに対する認識を巡って、自由な言論や政治的信条の制限が生じるなど政治的な対立が顕著になっている。大学入学にあたってその遵守を求めることにどのような意図があるのか、疑問が投げかけられている。

圧力掛けたと噂された政府関係者、名乗り出る 香港 2004/6/1
【香港1日=富柏村】香港の民放ラジオ局・商業電台の政治談義番組コメンテーターである李鵬飛氏が番組降板を決める原因となった、「政治的圧力をかけた」とされる「陳」と名乗る政府関係者は、中国政府外交部香港マカオ弁公室の副主任・成綬三氏であることが、本人の証言で明らかになった。
李鵬飛氏は先月18日夜、「陳」と名乗る中央政府の関係者からの電話で、この番組について話したいと求められ、「陳」氏が李氏の妻や娘のことに言及したことで家族の安全も脅かされると危険を感じて、番組降板を決めた、と27日の立法会で証言している。李氏の証言に物的証拠がなく、親中派の間からは具体的な脅迫にあたるかどうかに疑問の声もあった。この「陳」という人物の存在が明らかになるかどうかが、焦点となっていた。
31日の朝、香港のマスコミに対して、中国政府筋の情報として、李氏に電話したという人物が成綬三氏であると流れた。これを受けて午前10時に、香港の公共放送である香港電台の番組の電話取材に成氏が応じ、成氏は5月中旬より香港に滞在しており、その際「李氏に電話したのは事実だが、旧知の懐かしい李氏に個人的に電話しただけで、威嚇などあり得ない」と説明した。午後4時、成氏は北京で、中国の全国記者協会がアレンジした香港マスコミとの記者会見で、電話した意図は威嚇ではなく、政府の圧力などは李氏の作り話と圧力説を否定した。
成氏は香港の中国返還にむけた中英の準備委員会のメンバーでもあり、李氏とは政府関係の会合などで同席している。李氏が「陳」としたのは、「成」という名字が広東語では「陳」の発音と近いための李氏の誤解であると主張。李氏が公開していない自宅の電話番号を知り得たのは、成氏の友人である梁凱鷹という事業家の息子が李氏の事務所でアルバイトしたことがあり、その息子から知った、と説明した。
これまで李氏とは個人的に食事するほどの関係はなかったが、李氏の妻や娘とは何年か前のファッションショーの会場で同席しており、その際に李氏と家族について語った、としている。李氏に電話したのは旧知の李氏との親交のためで、政治的な意図はなく、もし李氏が電話を録音しており、具体的な威嚇内容を公開できるのならいいが、それでなければ、李氏の証言した政治的圧力といったものは李氏の作り話だと否定した。
これに対して李氏は、妻も含め具体的な成氏の記憶がなく、成氏の指摘するような交友はなかったことから、李氏が突然に電話してきたことが介入でないとすることは難しい、と反論した。
成氏の名前が出たその日のうちに成氏がマスコミの取材に応じたこと、しかもマスコミとの会見をアレンジした全国記者協会は実質的に政府の外郭団体であることを考慮すれば、中国政府がこの政治介入について沈黙すれば、中国政府に対する不信感を抱かせることになると、神経を使っていることを示しているといえる。
同ラジオ局では5月に入ってから、著名なコメンテーターの鄭経翰氏と黄毓民が、政治的な圧力が高まる中、相次いで降板した。人気番組「風波裡的茶杯」(嵐の中のティーカップ)でコメンテーターを務めていた李氏は先月19日朝、番組の中で降板を発表した。李氏は鄭氏から引き継いでわずか13日目での降板だった。

天安門支援市民デモ 返還後最大の参加者 2004/6/1
【香港1日=富柏村】89年6月の天安門事件支援をきっかけに香港で毎年行われている「愛国民主大遊行」の市民デモが30日行われ、主催者側発表で5600人が参加した。(警察側発表は3000人、以下主催者側発表の参加者数)。この参加人数は昨年の参加者2500人から2倍以上の増加で、15周年ということと香港での言論の自由への圧力などに対する不満の高まりも影響したとみられる。
香港市民支援愛国民主運動連合会(支連会)が主催する市民デモは、初回の90年に1万人が参加した。その後、参加者は95年には2000人台まで減っていたが、97年には7月の香港の中国への返還を控え、7000人まで増えた。今年はこの7000人に次ぐ、返還後では最も多い参加者を記録した。
今回のデモ開催にあたっては、スタート会場となるビクトリア公園の借用をめぐり、保険の問題が浮上した。公園管理者側(政府)が、使用する団体に対して第三者賠責保険への加入を借用許可の条件とした。しかし、支連会に対して、香港の主要な保険会社は、デモはリスクが大きいとして保険を拒んだ。すでに10年以上の経験があり、平和的な市民参加型のデモで危険のリスクが大きいとは思えず、反政府的な活動を間接的に支援しているととられたくないという保険会社の姿勢をうかがわせた。
この保険加入ができないと、公園管理者側は最終的に公園使用許可を出さなくなることから、香港特区立法会でもこの問題が取上げられ、最終的に開催の4日前に、保険会社を代表して、立法会の職業別選出枠で保険業界から出ている議員が自分の会社で支連会の保険加入を受け入れることで決着し、開催にこぎつけた。
デモは午後3時にビクトリア公園を出発。香港島のメインストリートであるヘネシーロードのうち片側3車線を通行止めにして平和的に進んだ。機動隊が出るわけでもなく、警察が交通整理にあたる程度。約2時間半かけてデモ隊は約4キロ離れたセントラルの政府総部まで到着。総部前で抗議のシュプレヒコールをあげてデモは解散した。
香港では、これから「暑い夏」が続く。7月4日に予定されているデモは、昨年7月1日に50万人が参加した国家保安法立法反対と董建華行政長官への不信任表明のデモに続くもの。31日に発表された香港大学の世論調査センターによる調査によると、約1000人の調査対象者のうち13.4%が今年も参加すると答えており、係数など考慮すると最高で33万人の参加が見込まれると発表した。このデモを経て9月の立法会選挙を迎える。
立法会選挙について、同センターの調査では、政党支持率では民主派が32.1%、中道が29.6%と合計で6割を占め、与党・親中派への支持は4.6%に留まっている。民主派がどこまで得票を伸ばすか、保守親中派の巻き返しが可能なのか、香港市民の香港の自治と民主に対する姿勢がこの選挙で明らかになる。
しかし、現行の選挙制度では市民の直接選挙枠のほか職種・業界別枠があり、ここが保守派・親中派の安定した票田となっており、議会では与野党伯仲に近くなる。董長官にとっては4割を下回る低い支持率と議会での野党民主派の勢いに、厳しい政治運営が続くことは明らか。董長官はもっても来年までで辞任という観測が海外のマスコミを中心に流れており、不安定な政治状況が続きそうだ。

ラジオ番組降板は中央政府の圧力 香港の元コメンテーター李鵬飛氏が議会証言 2004/5/28
【香港28日=富柏村】香港の民放ラジオ局・商業電台の政治談義番組コメンテーターを19日に降板した李鵬飛氏は27日、香港政府立法局民政事務委員会の特別会議で「降板は中央政府からの政治的圧力のため」と証言した。
特別会議は、香港のラジオ放送でのコメンテーターが相次いで降板していることから、野党民主派からの動議で開催された。参考人として出席した李氏は、降板の時点では、具体的な政治的圧力はないと述べていたが、一転して具体的な圧力について明らかにした。
圧力は、政治的番組の仕事に対する中国政府からの注意や、中国国内の友人とされる者からの度重なる面会要求、面識のない人物からの電話などだったという。
香港のベテラン政治家であり中国の中央政府とのパイプも太く、全人代の香港代表を務める李氏のこの発言に対して、野党民主派は香港の言論や新聞の自由について、明らかに中央政府の圧力がかかっていることを李氏の発言が裏付けているとしている。
李氏は中国政府の信望も厚く97年から現在まで中国全人代香港地区代表の1人。98年に落選するまで20年にわたり立法会(97年返還前は立法局)議員を務め、ラジオを中心にマスコミでも活躍している。
最初の圧力は昨年、商業電台の番組「風波裡的茶杯」のキャスターを臨時で務めたことについて、8月に全人代訪問団の一員として内モンゴル自治区を訪問した際に、全人代副委員長兼秘書長の盛華仁氏より、李氏が全人代の代表という立場であることを認識するよう注意があったという。
今年5月に、この番組でコメンテーターをしていた鄭経翰氏が降板したあとを受けて李氏が後任となった。それについては、すでに3月の全人代開催の際に、北京で何人かの友人たちから李氏が全人代代表という立場であり、この番組を引き受けることについて否定的な意見があった。
このため4月にこの番組をもつことを決定する際には、全人代秘書処を通じて全人代委員長呉国査氏に問題があるかどうか問い、その段階では特に「政治的衝突や矛盾はない」との意向を確認していたという。
しかし番組を引き受け数日後の5月上旬に、李氏は10数年親交のある中国国内の友人より面会を求められ、もし面会しない場合友情に傷がつくといわれた。それをきっかけに李氏は、他にも何人もの国内の友人からの面会の打診があったが、拒否し続けた。
間接的な圧力は続き、5月15日と19日に中国政府系の英字紙「チャイナデイリー」香港版に全人代代表である李氏が、この番組で全人代常務委員会による香港の行政長官選挙(07年)と翌年の立法会選挙での普通選挙実施延期に関する決定について評論することに疑問を投げかける論評が掲載された。
李氏が番組降板を決定する具体的な圧力となったのは、18日の午後10時半に李氏の自宅にかかってきた、陳と名乗る中央政府に近い筋からの男性からの電話だった。
李氏に対してこの番組に対して話し合いたいとして、さらにそれとは直接関係ないはずの李氏の妻を賞賛し、李氏の娘が美人で英語堪能で才能あるなどと述べた。李氏も家族も面識ないはずのこの男性のこの発言に対して、李氏はこのまま番組を続けることは、李氏に政治的圧力がかかるばかりか家族にも被害が及ぶ可能性があるとして番組降板を決定、翌日の発表に至った。
特別会議では、与党の親中派の議員からは「何か具体的な脅迫があったのか」と質問が出たが、保守派・自由党党首であった李氏は「具体的に身の危険があるかどうかではなく、そういった電話がかかってくることじたい、もし自分の妻が電話を受けた場合、どうすればいいのか。それを予防することが必要だ」と一蹴した。
李氏の発言に対して、香港政府は27日夜に「香港の言論と新聞の自由は保障されており、政府は法治の擁護及び自由に対する介入、威嚇、暴力に対しては徹底的に調査する」とコメントを発表。
新華社も27日深夜に中国中央政府駐香港連絡弁公室(中連弁)の官員のコメントとして「香港の中国返還以来の事実が証明するように香港市民の言論と新聞の自由は完全に保障されており」「李氏が全人代代表の立場でラジオ番組に出演することも何ら衝突や矛盾もなく」「一国二制度の方針は貫徹され香港基本法に則った立場を一貫している」と伝えた。
李氏がベテラン政治家とはいえ、立法会の小委員会での参考人の発言に当日のうちに香港政府と新華社が香港の自由を保障するというコメントを発表することは異例だ。
いかに李氏の発言が香港で動揺を生じさせるかに、政府も神経をとがらせていることの表れといえる。この李氏の発言で香港の言論や表現の自由に対する中央政府の圧力があらためて明らかとなり、これが今後の政局、とくに天安門事件から15周年となる5月30日の追悼集会やデモ、9月の立法議会選挙にどう影響するかに関心が集まっている。

香港に大陸からの扇動者 天安門事件当時 民主化運動家が真相を明かす 2004/5/24
【香港24日=富柏村】89年の天安門事件の直後、香港で予定されていた中国の民主化運動を支援する集会が急きょ中止されたのは、大陸から香港に支援活動を混乱させるために扇動工作員が送り込まれていたためであった。―天安門事件の際、香港で北京の学生らを支援し、その後も毎年6月4日に大規模な追悼集会を開いている「支連会」(香港市民支援愛国民主運動連合会)代表の司徒華氏が明らかにした。23日の蘋果日報によると、司徒氏が22日、中国民主化に関するセミナーで明らかにした。
89年の北京の天安門での民主化要求の学生運動に対して、香港では学生支援が盛り上がり、5月21日には100万人デモが行われた。6月4日、軍が天安門広場にいた学生らを武力で排除すると、中国政府に対する抗議の世論がさらに高まった。6日夜、抗議集会の後、一部の参加者が中国政府系の銀行やデパートなどに向かい、抗議活動を続け、駐車している車を転倒させ、火をつけた。警察は機動隊を出動させ、少なくとも15名が逮捕された。
香港で北京の学生を支援するために組織された支連会は、翌7日に大規模な支援集会を計画していたが、当日未明、市民の安全を優先するため、急きょ支援集会の中止を決定した。これについて司徒氏は、7日午前3時頃に当時の香港政庁で総督を補佐する行政局(内閣に相当)の首席議員である?蓮如(リディア・タン)氏=現・英国貴族院議員=から司徒氏の自宅に電話があった。
?氏は警察の信頼できる情報として、5日から6日にかけて中国から「親戚訪問」という名目で約70人の男が香港に入境したが、警察の追跡によると、この男たちはいずれも親戚訪問などはせずにホテルに待機していることがわかった、と伝えた。警察は、この男らが香港での天安門事件を支援する活動に便乗して、暴力的な動きを見せ、活動を混乱させることが目的の「工作員」である疑いが強いと判断。7日の集会がかく乱される可能性が高いとして、?氏は司徒氏に対して、7日の集会を中止するよう要請した。司徒氏も同意して、集会は中止となった。
香港では97年に中国に返還されて以降も毎年、事件を集会が開催され、香港での言論の自由の象徴になっている。しかし、昨年7月の50万人デモから、香港での「非愛国的な」市民運動に対して中国政府の批判が強まり、1国2制度の原則や香港基本法が中国政府により否定される動きがある。天安門事件15周年の今年は特に、この追悼集会開催に対して何らかの圧力が強まることは必至だ。
具体的には、毎年この集会の会場となるビクトリア公園が毎年徐々に、「整備」され芝生広場が区画整備され大規模集会が開きづらくなっている。今年の集会については集会当日に福祉系の団体の公園利用が優先されたり、集会開催の条件である保険加入に保険会社が応じないなど、間接的にではあるが、開催に圧力がかかっている。
司徒氏がこの89年の真相を打ち明けたのも、香港が今年はこれまでになく政治的に厳しい状況にあり、追悼活動で何らかの妨害があることも予想されるため、敢えて当時の真相を公開した、と地元では受け止められている。
司徒氏は元教師で香港教育界の重鎮。香港での中国民主化運動の象徴的な存在で、民主党選出の立法会議員でもある。今年9月の立法会選挙では後進に譲るとして引退を決定。今後も在野で中国民主化の運動を続けていくとしている。

「台湾独立を阻止する統一法は香港にも適用」 中国政府の発言が波紋 2004/05/22
【香港22日=富柏村】台湾独立を阻止する「統一法」の制定を担当する中国政府の全人代法律工作委員会の信春鷹委員は20日の記者会見で、同委員会が同法の制定に向けてすでに全国から意見の収集を始めていることを明らかにするとともに、「この法律が制定された場合は香港とマカオも適応範囲に含む」と述べた。香港・マカオについては一国二制度で中国と異なる独自の法律をもち中国の国内法が適用されないことが基本法でうたわれている。だが、統一法によって一国二制度が骨抜きにされることになりかねないため、香港のメディアは信委員の発言を大きく報じている。
統一法は、中国国内での台湾独立に関する活動、宣伝等も禁止する内容。96年に台湾の李登輝総統(当時)が訪米する際に中国が制定を提唱し、温家宝首相も今年三月の訪欧で起草について言及しているが、法制化の具対的な作業については関係者がコメントしたのは今回が初めて。信委員の会見が台湾における陳水扁総統の就任式の翌日に行なわれたことは、同総統の二期目続投に中国が神経をとがらせているあらわれといえる。
中国はすでに憲法で、台湾が中国の神聖なる領土の一部であり祖国統一完成は台湾同胞を含む全中国人民の神聖なる職責とうたっており、それに基づき台湾が独立に動いた場合、違憲を理由に武力を以てしても独立を阻止することを明言している。それに加えてこの統一法の制定を急ぐのは、たんに台湾だけを射程に入れたものでないと香港ではみられている。
まず国内でチベット、ウイグル、モンゴルといった辺疆の自治区に独立の動きがくすぶっている。これを断固阻止して中国領土を保全する狙いがある。そして香港についても最近、香港の民主派が「香港の独立を促している」と非難するなど、民主派も具体的に想定していない「港独」に神経過敏になっている。この統一法を制定することでこういった国内の独立の動きを一切封じ込めることが、制定を急ぐ理由の一つである。
また、香港では昨年、基本法23条に基づく国家保安法の立法化が失敗した。中国政府はこの制定に反対する50万人デモを目の当りにして、何らかの形で香港の民衆を国家の範疇に押え込むことの必要性を感じた。実際にはこのデモを動かした世論は、董建華行政長官への不信任と、この立法化での世論無視の強硬な姿勢であり、香港が中国のナショナリズムに極端な拒否をしたものではない。しかし中国にしてみれば、その民衆の力や世論がいつ反中央政府となるかもしれないことが危惧される。香港で、地方自治体の法律=いわば条例で国家保安法を制定するよりも、国法としての統一法を香港に施行させることのほうが有効である。
統一法の香港での適用に対して、香港弁護士会や民主派の立法議員は、これが一国二制度と基本法で制定された香港の法治を崩すものだと遺憾を表明。国家分裂を防ぐ法律の制定は特区に与えられた立法権でできる、と指摘している。またこの法律が適用されれば、香港で台湾独立について多少なりとも肯定的な意見を主張すれば、それが犯罪行為となり、香港の思想信条、表現の自由が拘束されることは明らかだ。
これまでも、台湾独立への賛成どころか「台湾独立については台湾みずからが独立の可否を決定すべきこと」という発言すら「台湾独立を促している」として、この発言をした政治団体「前線」代表の劉慧卿(エミリー・ラウ)立法議員に対して立法議員を辞職すべきだと親中派から非難があったほどだ。統一法が施行された場合、こういった意見の主張すら法律で禁止されかねない、と香港のメディアは論評している。

ラジオ・コメンテーター辞任3人目 政治圧力高まる 香港 2004/5/20
【香港20日=富柏村】香港の民放ラジオ局・商業電台でコメンテーターを務める李鵬飛氏が19日朝、番組の中で降板を発表した。香港では今月に入り著名なコメンテーターの鄭経翰氏と黄毓民が、政治的な圧力が高まる中、相次いで降板しており、李鵬飛氏は鄭経翰が司会を務めていた番組「風波裡的茶杯」を鄭氏から引き継いでわずか13日目での降板となった。
李氏は中国政府の信望も厚く97年から現在まで中国全人代香港地区代表の1人。98年に落選するまで20年にわたり立法会(97年返還前は立法局)議員を務め、英国統治時代は総督任命の行政局(上院)議員や財界を基盤とする保守派政党・自由党の党首をつとめた香港のベテラン政治家。98年の選挙で落選してから、ラジオを中心にマスコミでの活躍を始めた。
李氏は、このわずか2週間での降板に対して、「具体的な」政治的圧力はないとしつつも、この番組を引き受けてから「数十年来の親友も含め、この番組のことで話をしようと持ちかけてくる者が多く、一つひとつ拒絶しているが、政治的圧力がかかってくることは明らかで、昔からの友人をそのために公開の場で非難したくない」と降板の理由を語った。
反権力、反政府の姿勢の明瞭な鄭経翰氏や黄毓民に比べ、李氏は、発言こそ率直なものの保守派であり全人代という背景を考えれば、発言内容や立場からして大きな政治的圧力はなく、世論討議番組での司会、コメンテーター役は順当な人選であると思われていた。
しかし、全人代が党のいわば「信任による」中国政府の最高機関であると思えば、その代表にある李氏の立場が微妙なのは事実。今回の李氏の降板で、政府への厳しい批判ばかりか、マスコミで政治について自由に語ることですら、政治の感知器に引っかかることが明らかになった。
誰が番組を担当するかの問題でなく、こうい った世論参加型の政経談義番組の存続自体に危機感がもたれ始めている。
香港では、政治・経済から生活問題まで、リスナーが電話で語り、司会者兼コメンテーターがそれを批評したり、リスナーに代わって政府や企業などの担当者に質問し改善を要求するなどの番組が盛んだ。とくに97年の返還以降、董建華行政長官の政策や施政に対しての非難が高まっていて、このラジオのフリートーク番組は、市民の怒りのはけ口としてかなりの人気を得ている。政府高官も毎朝の放送を聞くことでその日の仕事が始まるといわれるほど香港社会に与える影響が大きい。しかもラジオ放送のため広東省での受信も容易で、中国の政治や人権にかかわる内容については中国政府も敏感になっていた。

香港民主派のたまり場のバー 閉店の危機 2004/5/18
【香港18日=富柏村】香港の民主派の運動家や前衛アートの作家や愛好家の憩いの場として有名な「クラブ64」というバーが閉店の危機にひんしていると18日付の英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポストが伝えた。
「クラブ64」は香港一の歓楽街である蘭桂坊の一角にあり、1989年6月4日の天安門事件から名前をとった。志を同じくする人たちが集まれるバーを、と有志数名が資本を出し、91年に開店した。
特に、市民デモのあとなどデモ参加者がこのバーに再び集まり、店はいつもにぎわっていた。香港でこのような政治的姿勢を明確にした飲食店も珍しく、貴重な存在。
同紙によると、雑居ビルの1階に面するこの店の敷地をもつ地主が高齢で資産整理し、この敷地の売却を決定。新しい買い手は、これまでの家賃より8割高となる月額9万2千香港ドル(約130万円)を提示しており、これが払えない場合、10月の契約更改ができない。
この店がなくなると、こういった民主派の市民やアーティストのたまり場がなくなることになり、経営者はどうにか経営の延長を図ろうとしている。しかし、この高額の家賃を払うには酒代を2倍近くにしなければならず、それではこれまでのように馴染み客が気軽に立ち寄れなくなる、とオーナーの一人グレース・マーさんは悩む。
もっと家賃の安い場所への移転も検討されるが、市街のど真ん中であり、政府合同庁舎にも近いなど「政治的」な地の利があり、場所が遠くなることで客足まで遠のいては、これもまた採算があわないなど八方塞の状況だ。

香港の9月選挙に中国から“集票活動” 2004/5/18
【香港18日=富柏村】香港の国会にあたる立法会は9月に改選を迎えるが、この選挙をめぐり、親中国政府派の政党に投票するよう、中国から香港の仕事での取引先や親戚に勧誘する“集票活動”が活発になっている。香港のラジオ局がこの問題を取上げたところ、聴取者から、その勧誘の実態が明らかになった。
香港の選挙は、満18歳になった成人が選挙権登録をして投票権が得られる。そのため政治に対する無関心から投票権の登録をしていない市民も多い。そこで中国でビジネスをする企業の中には「その筋」からの依頼で、従業員に投票権登録をするよう強要する企業もある。
投票所内での写真撮影は法律で禁止されているが、投票用紙記入ブースがカーテンで仕切られていることを利用して、記入した投票用紙を携帯電話のカメラで撮影するよう求めてきた、とラジオで匿名の市民が公表した。
また、中国国内の親戚からこの投票勧誘を受けた香港市民が、電話の向こうで「家族は何人だ」としつこく尋ねるためその理由を問いただすと、1票獲得する毎に300元(約4500円)がもらえると打ち明けたという。違法な集票活動だが、お金のためだけではなく、香港の取引先や親戚に対して「反政府的な民主派に投票することは中国のため、香港のためにならない」と説得する者も少なくないという。
97年の香港の中国への返還以来、董建華行政長官への不信感は根強い。昨年7月の国家保安立法に反対する50万人デモとその後の区議会選挙での民主派の圧勝など、香港は政治的な季節がずっと続いている。
特に今年に入り、香港基本法にある07年の行政長官と08年の立法会議会の選挙での普通選挙実施が争点となった。今月初め、中国政府によりこの普選実施が延期され、香港の基盤である1国2制度と50年不変の原則が事実上崩れたという認識が広まっている。
そのなかで9月の立法会選挙は親中派の政府・与党にとっても、野党民主派にとっても絶対に負けられない正念場。親中派は中国政府、中国政府系企業や香港の財界、左派労働団体など安定した支持基盤をもつにもかかわらず選挙での苦戦が続いている。昨年の区議会選挙では大敗して、党首が責任をとり辞任した。9月の立法会選挙は、その巻き返しを図る重要なもの。
民主派は市民の支持を得て選挙では善戦しているものの、中国政府により香港の自治が踏みにじられるなかで、議席増は民主化への最大の政治課題と位置付けている。

40年の独占経営に幕 マカオに新カジノ開業 2004/5/18
【香港18日=富柏村】ラスベガス資本による新興カジノが18日、マカオにオープンした。「東洋のラスベガス」を標榜するマカオでは、カジノは40年間にわたり独占経営が続いていたが、マカオ特区政府は、ラスベガスのように有力カジノが競合することでカジノ産業を活性化させ、主に中国大陸から多くの観光客を誘致しようと狙っている。
1999年のポルトガルから中国への返還で、マカオのカジノの将来もどうなるかと懸念されたが、実際には、中国国内からの観光客が連日カジノをにぎわせ、1999年以前より盛況となっている。
マカオ政府は2002年3月に入札を行い、ラスベガス資本のギャラクシー集団と香港・マカオの地場の財界人合弁による資本が、この経営権を手にいれた。そのなかで、18日に開業したのはギャラクシー集団参加のサンズカジノ(金沙娯楽場)。残る2団体のカジノ建設も急ピッチで進んでいる。
マカオのカジノは1847年にポルトガル政府が合法化して以来、150年の歴史がある。1962年に香港の一大財閥の御曹司である若手実業家スタンレー・ホー氏が、ポルトガル政府からマカオのカジノ独占営業権を獲得した。
ホー氏はマカオ旅遊娯楽有限公司を設立して、カジノ経営の単独経営に乗り出した。カジノばかりか香港とマカオを結ぶフェリー航路も押さえ、短期間のうちにマカオを掌握する財力を獲得した。ホー氏は「マカオのカジノ王」として世界的にも有名になった。マカオにあるカジノはホテル中のカジノも含め、名前が違っても、すべてこのマカオ旅遊娯楽有限公司の経営下にある。
ホー氏はカジノの独占営業権の更改に成功。1997年、2001年12月末日までの4年の契約を結び、99年のマカオ返還を乗り越えた。しかし、返還後のマカオ特区政府は、マカオにとって基幹産業である観光とカジノの将来のさらなる発展を図り、ホー氏によるカジノ産業独占に終止符を打つ決定をした。
何かと物騒な話の絶えないカジノの世界。40年前、ホー氏へ独占営業権が移った時は、マカオの歴史に残る一日となった。それまで営業権をもっていた有力者の家族組織からホー氏への権益移行にあたり、暴力団の抗争や討ち入りが起きるのではと市民は外出を控え、警察も厳重な警戒に当たった。
マカオで働く従業員やディーラーたちは、当然、ホー氏の新しいカジノで職を得たいと思ったが、誰が引き抜かれるかなど怖くて口にもできなかった。午前零時。営業権が切れるカジノで、ホー氏の新しいカジノに職を得た者だけが、押し黙ったままカジノからカジノへと移動して、数十分というわずかな時間の空白で不夜城のカジノが引き継がれたという。
それは今では昔話となった。40年前は命すら狙われたというホー氏自身が、今回のこのマカオ特区政府の決定を、マカオの将来のためにはカジノ産業の活性化は必要、むしろラスベガスのようにカジノがそのサービスや娯楽性を競うことで集客が上がり、結果的に収益が増ふえる、と評価した。

SARS復興コンサート 出演料過剰支払い2億円 香港調査委 2004/5/18
【香港18日=富柏村】SARSが猛威をふるった香港で昨年の秋に開催された「ハーバーフェスタ」について香港政府の独立調査委員会は18日、出演したミュージシャンへ総額1300万香港ドル(約2億円)に上る過剰支払いがあったことを指摘する報告書を政府に提出した。SARS復興基金から1億香港ドル(約15億円)を拠出しての開催だけに、開催前から開催を疑問視する声があり、この調査結果で香港政府が事態をどこまで深刻に受け止め、具体的な責任者の処分も含め、関心が集まっている。
このハーバーフェスタは、香港のSARSからの復興を世界に紹介するために、また冷え切っていた観光での観光客誘致を目的に、約1ヶ月にわたりローリングストーンズやサンタナ、プリンスなど世界的に有名なミュージシャンの一連のコンサートが開催された。主催は在香港米国商工会議所で、ここが政府内でSARS基金の運用も任されていた公的投資会社「インベスト香港」に話をもちかけ実現となった。
しかし、わずか3ヶ月の準備期間でPRも不足し、ほとんどのコンサートで空席が目立ち惨めな結果となり、高額な出演料なども含め、その運営について非難が高まった。香港政府は独立調査委員会を設け、このフェスタ開催についての問題の検討を命じていた。
報告書では、この開催が公共利益にどう合致するのかの検討を怠った政府、政府の投資拡推部署の長でありインベスト香港の代表も務めるマイク・ロウズ氏、このフェスタの発案者である在香港米国商工会議所代表のジェームス・トンプソン氏、フェスタ開催を実際に請け合ったイベント会社「耀亜国際」のそれぞれの問題的が指摘された。
特に、政府側の責任者であるロウズ氏は、この公的資金の融資をほとんど一人で決定し企画内容の詳細を検討しないまま事前に資金を振り出し、開催前に1ヶ月の長期休暇までとっていた、その無責任さが指摘されている。発案者のトンプソン氏は商工団体の名前を使ってはいるものの実質的に一人でこの実施を推進した。耀亜国際がこれまで大きなイベント開催実績もないのにこの大規模企画を請け負ったが、この耀亜国際の出資者の一人がトンプソン氏であり、この会社の選択が公正であったのか疑問がもたれている。
報告書は具体的に出演したミュージシャンの出演料の高さや経費が相場よりかなり高いことを指摘している。例えばプリンスの130万米ドル(約1億5000万円)は米国での開催に比べ6割高、ニール・ヤングも同様に約1000万円高い出演料が払われた。その過剰支払いだけでも総額1300万香港ドル(約2億円)。しかも単独で招いた場合なら出演料が高くなるが、今回の場合、プリンスもニール・ヤングもそれぞれアジア・ツアーの一環での香港公演であった。またミッシェル・ブランチの場合、東京公演を終えて福岡での公演の間の日程で香港に招いたため、その往復にチャーター機を飛ばし50万香港ドル(約750万円)かけるなど、経費のばらまきが指摘された。
唐英年財務司司長(財務長官)は先に「この開催から政府は多くのことを学んだ」と述べている。しかし、この資金は本来、SARSでの被感染者や家族をこの感染で亡くした場合の経済支援、伝染病の流行防止のための衛生政策に使われるべきものだった。このようなコンサート開催にまわり、しかも高額な出演料などに消えたことに対して、香港政府がどのような態度を見せるのかに関心が集まっている。

政治番組のコメンテーター相次いで降板 香港 2004/5/14
香港14日=富柏村】香港のラジオ放送で、歯に衣を着せない政治評論で人気を博していた2人のコメンテーターが今月、相次いで降板した。2人とも精神的な疲労を降板の理由としているが、政治的な環境が厳しくなる中で、香港での表現の自由がますます厳しくなっている状況を反映しているようだ。
最初に降板したのが香港の民放ラジオ局・商業電台で毎日午前、政治評論などの番組を担当していた鄭経翰氏。鄭氏は2年前にラジオ局駐車場で暴漢に襲われ重傷を負ったが、復帰してからも政府に厳しい注文をつけるなど度量の広い評論を続けていた。それに続いて、同じ商業電台で夕方のフリートーク番組を主宰していた黄毓民氏も心身の疲労を理由に降板を発表した。 
香港基本法では、表現の自由が保障されている。香港特区政府への批判は大きな世論であり、放送もこれを取り上げる。また、香港の自治に対して中国政府の政治的介入があるため、これに対する非難もラジオなどでなされる。
特に今年に入り、香港自治と中国への愛国心の問題などが左派陣営から大きく取り上げられ、基本法で認められていた07年の香港特区行政長官選挙と翌08年の立法会議員選挙での普通選挙実施に対して中国政府が全人代常務委員会の決定として、延期を決定した。このため、香港への自治の明らかな政治的介入であると非難が高まっていた。鄭氏、黄氏とも歯に衣を着せない実直な意見が聴取者に受けており、この普通選挙実施の延期に対しても批判的だった。
商業電台に限らず、香港のマスコミは資本が親中派により握られつつあり、中国政府を刺激する内容を放送することが厳しくなっている。また、政府の資本により運営されている公共放送の香港電台(RTHK)も政治的中立を標榜していたが、政府非難などに対して保守派、親中の左派から度を越した政府批判やパロディがあるとして非難されており、RTHKの責任者が更迭されたり、放送内容への自主規制の動きもある。
放送の場合、広東省での視聴が可能なため、特に中国政府はその放送内容に神経質になっているのに対して、新聞など活字媒体はまだ言論の自由に余地がある。大衆紙「蘋果日報」や経済紙「信報」など発行主が個人オーナーのためだ。これに対して、「大公報」など中国政府系、財界をバックにした保守系の新聞が対抗している。

香港の未発病SARS感染者は推定630人 香港中文大の調査 2004/3/17
【香港=富柏村】香港中文大学医学部は重症急性呼吸器症候群(SARS)に感染はしているが、発病していない「隠形感染者」が香港に630人程度いるとの推定結果を発表した。
16日の香港紙「信報」が紹介したこの調査結果は、同医学部が昨年1万2千人の市民対象に行った血液検査の結果よりの分析。この血液検査では53人からSARSウイルスの陽性反応が見られ、その精密検査の結果、53人中の7人よりSARSウイルスの抗体が見つかった。そのうち6人はSARS感染より回復した者で、残り1人についてはSARSウイルスに感染したものの発病していない感染者。香港中文大はこれを「隠形感染者」と呼んでいる。
この隠形感染者はSARS患者への接触、SARSが大量感染した住宅やホテル、病院などにも居住等しておらず感染経路は不明のまま。
このデータから、同医学部は、香港の隠形感染者は約630人(香港の人口680万人の0.01%弱)と推定しているが、「警戒には値しない」としている。
陽性反応がある者(キャリア)がいてもSARS感染が広まっていないことや抗体の誕生、感染しても発病しない患者の存在などはむしろSARS対策にとって明るいニュースともいえる。しかし同医学部の内科及薬物治療学科主任の沈主任は、香港への来訪者は心配しなくてもいいし、香港で握手してSARSが感染するものでもないが、大多数の人にSARSの抗体がないわけで、いったんSARSウイルスが拡散した場合に感染が広まる危険性があることには変わりはない、としている。

天安門事件の評価見直しを SARS告発の人民解放軍医師が政府要人に書簡 2004/03/10
【香港10日=富柏村】1989年の天安門事件の際に、軍の攻撃で倒れた学生の応急治療に携わった中国の人民解放軍総医院の前外科主任・蒋彦永氏が、89年の天安門事件に関して、それを学生らの国家転覆の暴挙とせず「六四学生愛国運動」と正当評価するよう書簡を政府要人にに送付した。8日の香港紙「信報」でその内容が明らかになった。
書簡は12日から開催された全国人民代表大会の前夜、温家宝首相と副首相、全人代常務委員会の正副委員長、全国政治協商会議の正副主席、党中央政治局委員らに送られたもので、政府と党中央は天安門事件での学生デモ鎮圧での大きな誤りを認め学生らの運動を再評価し名誉回復するよう求めたもの。蒋氏は昨年春の新型肺炎(SARS)の蔓延の際に中国国内での感染状況の隠蔽が指摘されていた中、その隠蔽事実を米誌の取材に応じて告発したことで一躍世界の注目を集めた元医師。人民解放軍総医院の高い地位にあったこともあり政府要人にも近い立場にあった。新型肺炎についても、蒋氏の発言は中国で国家機密級の情報漏洩で有罪になる可能性もはらんでいたが、世界の関心が中国に集まる中で就任間もなかった胡錦涛主席と温首相らは新型肺炎に迅速な対応をとる姿勢を見せ、蒋氏も何ら処分を受けることはなかった。
信報が全文掲載した蒋氏の天安門事件に関する書簡は、この89年の学生運動が当時の政府の腐敗を正すことを求めたもので、学生の愛国的行動は北京市や全国の大多数の指示を得ていた、とし、それをタンクや機関銃で鎮圧し数百名の青年を死に追いやり数千名の市民が傷害を受けたことは歴史の汚点であると指摘。しかも政府はこの事件の後、マスメディアで事実を隠し高圧的手段で市民の言論を封じたが、15年が過ぎた今こそ、この学生運動を正当に評価すべきだ、と強く主張している。実際の負傷者治療に当たった、党中央にも近い高い地位の医師の発言は、これを事実無根だのと片付けるには内容の信憑性が高すぎるものといえよう。
蒋氏はこの89年当時、北京市の解放軍301医院の外科主任医師だった。6月3日の夜、政府は市民に外出せぬよう呼びかけを流していたが、午後10時頃、蒋氏の宿舎でも銃声が聞こえ、数分後に病院からポケベルで緊急に呼び出しがかかり、駆けつけると7名の血だらけの若者が運ばれており、そのなかの一人はすでに死亡していた。彼らは明らかに武器により負傷しており、それが軍による行為なのだ。応急措置を続けるなか更に機関銃の銃声が聞こえ続け、続々と負傷した学生が戸板や三輪車に乗せられ、周辺の市民らの協力で病院に搬送されていた。この301病院には18の手術室があったが、その全てがこの応急措置に当てられ、午後十時から深夜12時までの2時間で、89人の負傷者を受け入れ、明け方まで懸命な治療を試みたがそのうち7人は死亡した。
蒋氏は97年から一部の党幹部に対して天安門事件の再評価を求めており、98年には89年の天安門事件の当時に国家主席だった故・楊尚昆氏にも楊氏の自宅に招かれた際にこの党としての反省と再評価を求めた。楊氏は64事件は党の歴史のなかでも最も厳重な誤りであるが、98年当時の楊氏の立場ではこれを糾弾是正することは難しく、但し将来必ずその是正が必要であることを認めた、という。
天安門事件から15年。中国の新指導部は大きな若返りを図っている。前国家主席の江沢民氏は、天安門事件での対応で趙紫陽総書記が失脚するなど党内部の混乱の中で、当時、上海から抜擢された、いわば天安門事件対処政権。首相の李鵬氏は天安門事件での学生鎮圧実行の強硬派だった。それに対して現在の胡・温新指導部は天安門事件についても距離を置くことができる世代。何らかの形で党政府の過去の負の遺産を払拭することができれば、より大きな指導力を発揮できることになる。蒋氏の公開書簡も、第一線より引退した蒋氏がそういった新指導部に対してだからこそあからさまに行った提言といえよう。

香港の民主化問題で米国下院外交委が公聴会 民主派立法議員が参加 2004/03/06
【香港6日=富柏村】中国で始まった全国人民代表大会で温家宝首相が政治活動報告をした5日、米国では下院外交委員会で香港の民主化状況に関する公聴会が開催された。香港から民主派の立法議員らが招かれ、パウエル国務長官との会談も行われた。これが米国の中国に対する鮮明な立場の表明であることは間違いない。
香港では07年の行政長官選挙と08年の立法会議員選挙にむけて、有権者による全面直接選挙実施の可否についての関心が高まっている。それに対して中国の政府関係者や法学者、香港の親中派から、一国二制度は「一国」が重要なのであり香港の民主化に対する要望が反中央政府になることに懐疑的な意見が数多く出された。故・?小平氏の発言を引き合いに出して、前提として「愛国者」が香港統治に携わることを強調し、反中央政府的な勢力は香港の運営について口を出す資格がない、という立場である。
今年にはいって火ぶたをきったこの「愛国」論争について、今回の全人代で何らかの形で政府首脳から発言があるのかどうか、に焦点が集まっていた。だが、温首相は政治報告のなかで中国経済の進展を評価しつつも都市と農村の所得格差の増大を指摘し、この改善が中国の最優先課題であることを強調した。香港・マカオについては「一国二制度を維持し高度な自治方針で、特区基本法に基づき今後も安定した発展を遂げることに自信をもっている」と述べるにとどめ、政治問題や愛国論についての言及はなかった。中央政府としては愛国論といった政治論争にコメントしないことで、政府が香港・マカオに対して発展に憂慮のないことを示したものだ。
今月20日には台湾の総統選挙を控え、民進党の陳水扁総統が再任されるか、下野した国民党が親民党と組んで巻き返しを図るのかに焦点が集まっている。一国二制度は将来、台湾の合併をにらんで中国政府が提唱した政治制度であり、香港・マカオでのこの制度の成否は台湾が反中国の立場を強めるのかどうかにも大きな影響を与えるため、政府も慎重にならざるを得ない。
こうした状況のなかで、米国が下院外交委員会で香港の民主問題を取上げたことは、中国にとっては明らかな内政干渉となる。この公聴会に参加した民主党元党首・李柱銘ら三名の民主派は、親中の保守派からすれば外国で香港の衰退を表明する「非愛国的」分子である。これに対して李氏らは、香港で一国二制度が確実に維持され自由主義が維持され民主主義が発展することが、中国にとっていかにメリットがあることかを強調し、香港で民主的な社会の建設に挑む世論、勢力があることが海外に知られることは香港、中国にとって大切なこと、との立場を譲らない。
米国にとっても、香港という世界有数の金融・経済都市には米国企業も多く進出し莫大な資本がなされており、政治と経済は密接な関係があり、今後の経済投資を続ける上でも香港の政治的安定は必須条件。それに重大な関心をもつことは当然で、内政干渉ではない、としている。ただしパウエル国務長官も「香港の政治上での民主化促進は米中関係に影響がある」としており、米国にとって台湾問題、人権問題と並び香港経営の推移が対中外交での重要なカードとして使われていることは明らかだ。

今年の7月1日、予約できず 香港、大規模デモの会場 2004/2/25
【香港24日=富柏村】昨年7月1日に香港で国家保安立法反対の50万人デモを主催した団体が今年も集会開催のため会場を予約しようとしたところ、すでに詳細不明の第三者により開催場所が予約されていることが分かった。
24日の英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポストが伝えるところによると、昨年のデモを主催した「香港民間人権陣線」は昨年に引き続き10万人の参加を見込んだデモを企画しているが、先月、デモの集合・出発地点であるビクトリア公園のサッカー場6面を予約しようとしたところ、既に別団体が予約を済ませており、公園の芝生広場など周辺エリアだけが予約可能だった。
民間人権陣線は23日、このデモを警察に届け、警察も大規模なデモ企画のため集合場所となるビクトリア公園の管理事務所にこの第三者によるサッカー場の予約について照会を求めたところ、対応した公園管理事務所のスタッフは「この予約を受け付けた時のスタッフがすでに退職しており、誰がこの予約をしているのが現時点ではわからない」と答えた。
公園を管理する香港政府康楽文化署は「公共施設の個々の予約について詳細を発表することは差し障りがある」とコメントを避けた。但しこの主催団体からの質問に対してデモ開催の三ヶ月前までに会場予約の詳細について回答すると約束している。
昨年の50万人デモの際も公園の三分の一の面積にあたるサッカー場6面は親中派の商工団体がレクレーション活動に予約し、老人クラブなどから参観者を動員したが会場は閑散。それに対して、この反国家保安立法デモは予想以上の参加があり芝生広場は立錐の余地もなく、公園に入りきれない参加者からデモが動き始め芝生広場にいた参加者はデモ開始から四時間以上たって動き出すほどの混雑ぶりだった。
昨年はこのデモが契機となり、保安立法支持を表明していた自由党が立法化反対にまわり、立法化は失敗。立法化を進めていた保安局の局長が辞任と立法化の事実上の白紙撤回となった。
依然として董建華・行政長官に対する市民の支持は低く、長官を罷免すべきとの声が高まっている。特に次回07年の行政長官選挙では、現行の間接選挙から、市民による直接選挙ができることが香港基本法にうたわれているが、最近になり中国政府が07年の直接選挙は時期尚早という見解を出し、香港の急激な民主化世論の高まりに警戒感を表している。今年の7月にデモが実施された場合、焦点は董建華長官不支持と07年の行政長官普通選挙実施要求となることは間違いない。
今年は3月に台湾の総統選挙があり、もし民進党の陳水扁氏が続投、そして香港ではこの7月デモで07年の普通選挙実施が声高に叫ばれると、続く9月には香港特区の立法会選挙が控えている。ここで民主派が圧勝した場合、董建華長官の続任はかなり難しい。だが97年の香港特区成立にあたり中国政府が董氏を推挙して任命、二期目の選挙でも当時の江沢民主席が董建華支持を強調し親中派を動員して続投させた経緯がある。
董長官をこのまま任期満了まで続投させるか、或は降板させるか、いずれにせよ、中国政府にとって香港の一国二制度という統治システムでの失敗例になりかねず、それが台湾の統一問題について大きなデメリットとなることが最も懸念されている。

「辞職は政府の圧力で」と香港公共放送の元トップ。相次ぐ“政府の良心”の追放 2004/2/7
【香港7日=柏村富】香港の公共放送・香港電台(RTHK)を運営する政府放送処の張敏儀・前処長が5日、地元ケーブルテレビのインタビュー番組で1年前の政府からの退職のいきさつに初めてふれ、「辞任には政府内部の圧力があった」と述べた。香港では、張さんだけでなく、「政府の良心」として市民の信任が厚かった人物があいついで政府を追われている。こうした元高官らが、普通選挙の実施など今後の香港政局でどのような活躍を見せるかに関心が集まっている。
張敏儀さんは68年、大学を卒業して香港電台に入社。ディレクターとして制作したドラマ「獅子山下」は当時の香港の厳しい生活環境の中での社会問題を数々取上げ、そこで描かれた問題の解決に香港政庁を立ちあがらせるほどの好評を博した。39歳の若さで香港電台を運営する政府放送処の処長に抜擢され、以後十三年間、この要職にあった。公正中立の立場を維持し、問題があれば政府非難も辞さない厳しい姿勢は香港電台の評価を高め、張さんは香港の良心の象徴のような存在だった。
当時を振り返り、「かつての香港総督や香港政庁トップの政務官からは香港電台の報道内容に対して『好感がもてない』とクレームを受けたことはあっても、干渉や制裁は一切なく、政府とマスコミの抑制、均衡作用が維持されていた」と語っている。
その環境に変化が見られたのは97年の返還以降。政治・経済について民意を反映した番組や政治風刺などの番組について当局から干渉が入るようになり、政府要人を含む様々な方面から圧力がかかり暗に辞職を勧告された。特に決定的だったのは、台湾の駐香港代表が番組に出演、そこで台湾政府の「両国論」に言及したこと。これはマスコミとしては中立で、両者の言い分の紹介であっても、中国側からすると許容の範囲を超えており、これで張さんの事実上の更迭が決定した。
張さんは99年に香港政府の東京駐在経済貿易主席代表に任命された。政府放送処の処長の職から、要職とはいえ畑違いの東京への異動は董建華行政長官による左遷人事と言われた。昨年、香港に戻り政府から辞職したが、辞職の理由については沈黙を守ってきた。
張さんはこの日の番組の中で「全てのマスコミが自己審査をしている。80年代や90年代初頭は、例えば、台湾問題でなぜ統一ができないのかをめぐって公開討論などが行われていたが、現在はそういった報道が皆無」と中国政府に配慮するマスコミの姿勢を指摘、「香港は自由、人権、法治が整備されてきた社会であり、箝口令はひけない」と言論の自由を強調した。また中国政府は「選挙には反対しないが選挙結果を先に知りたがる」と香港の自由を脅かす中国の姿勢を批判した。
張さんは香港を代表するマスコミ人として立場が自由になったことで、これまで以上に言論・表現の自由に対して強い姿勢を見せていくものとみられ、今後の活動に関心がもたれている。
香港政府では、英国統治時代の最後の責任者パッテン総督から政府トップの政務官に任命され、返還後もナンバー2の政務司長として政府組織を率いた陳方安生(アンソン・チャン)さんも2000年2月に辞職している。これも董長官との確執、中国政府からの不信任が原因と言われている。陳さんも最近になって、今後の行政長官や立法会の議員選挙などでの普通選挙実施に向けてのコメントを発表するなど、リベラル派としての発言が始っている。
また、昨年は、歯に衣きせぬ発言で評判だった、政府の機会平等委員会の代表であった胡紅玉さんが2003年8月に契約更新されず、政府寄りと評される元裁判官が後任となった。

「中国にいつか戻らなければならない」 ウアルカイシ氏が香港で会見 2004/1/15
【香港15日=柏村富】歌手アニタ・ムイさんの告別式参列ため香港を訪れている中国民主化運動の元指導者、ウアルカイシ氏は14日、香港外国人記者クラブで講演と記者会見し、理想の中国社会実現のために「いつか戻らなければならない」との思いを語った。カイシ氏が1989年の天安門事件を主導したとして指名手配され海外に亡命してから14年6ヶ月が過ぎた。中国の刑法では指名手配は15年で時効になるため、中国政府がこの時効をどう扱うかに関心がもたれている。
カイシ氏は「望郷の念はもちろんあるが、今回の訪問はムイさんの弔いが目的であり、香港と深センの境界である羅湖に行って無理な入境を試みるつもりはない」と述べたが、「帰りたいのではなく、民主化運動、