このサイトは富柏村本人参照のための非公開ページです。
Copyright (C) 2002- The Nikkan BERITA

コメなどの輸入拡大は先送り 反WTOの抗議者900人拘束  2005年12月19日掲載
【香港18日=富柏村】香港で13日から開催された世界貿易機関(WTO)の第6回閣僚会議は18日、参加国の貿易担当閣僚が「香港宣言」に署名し閉幕した。この宣言には、各国が国内の農産品についての支援を撤廃する期限を2013年とした。コメ、小麦など輸入枠拡大を義務付ける「重要品目」などは先送りとなった。 
宣言では、このほか、綿花については06年の国内生産支援の撤廃を盛り込み、08年に貧窮国に対するほぼ全額の輸出関税の取り消しについて各国代表が同意した。完全な会議での合意成功には至らなかったが目標とした今後の貿易自由化と関税撤廃に向けて具体的な日程の提示は行なわれたといえそうだ。 
これに対して反WTOを掲げる抗議団体は会議最終日に合わせデモや抗議集会を終日展開した。前日からWTO会議会場に近い湾仔地区の幹線道路は韓国の農業団体が道路に座り込み機動隊と対峙を続けた。午後からは主催者側発表で5000人のデモが繁華街をデモ行進しWTO会議会場に近い抗議地点まで向かった。 
前日夕方から道路に座り込んだ韓国人団体は警察側が非合法集会として18日午後、座り込む抗議者の強制排除を始め、900人が連行された。一方、警察が道路に座り込む抗議団体にビスケットや飲み物などを提供する光景も見られた。 
17日は警察との衝突がみられたが、18日になってからは機動隊と抗議団体の衝突はなかった。警察に抗議者が連行される際も抗議者が自主的に立ち上がり警察の指示に従い警察の輸送バスに向かったり、抗議者が機動隊員と肩を組んで笑顔で語り合うなど非暴力的な封鎖解除となった。 
市内のデモ行進では、デモに加わったり拍手喝采を送る市民もかなりの数にのぼった。 
デモ隊は18日の午後6時には、13日の開幕日デモと同じ、WTO会議会場から500メートルほど離れた地点に集結。警察との紛糾はなく、現場では韓国の団体が鐘や太鼓に合わせ民謡を歌い踊り、各国からの抗議参加者が一緒に踊るなど和気あいあいとした雰囲気となった。 

WTO閣僚会議が大詰めの協議  2005年12月18日掲載
【香港18日=富柏村】香港で開催中の世界貿易機関(WTO)の第6回閣僚会議は18日、会議最終日を向かえた。会議の会期延長は19日未明まで、というせっぱ詰まった状況で「香港閣僚宣言」採択に向け、各分野ごとの調整が続いている。 
今回のWTO閣僚会議は農業問題に最も関心がもたれているが、今回採択される「香港宣言」には、農業については、各国が国内農産品保護のために行う補填の全面解消を2010年に批准、ドーハ合意の期限から5年後、つまり2013年に施行することや、米国の綿花輸出での補填の06年の撤廃、貧窮国家に対する関税減免などについてが盛り込まれる模様だ。
会場の外での反WTOの抗議活動や批判的な見方に対して、WTO側は貿易自由化が貧窮国家の経済成長を促し、世界中で人々を貧困から救う、という基本的な主張を繰り返す。 
世界銀行は02年に、各国が貿易障壁を撤廃するだけで世界中で3億人を越える貧困層(毎日の収入が2米ドル以下)が2015年には貧困から脱出する、という楽観的観測を発表している。しかし05年の現時点ではこの観測も大幅に下方修正され貧困が解消されるのは1億人以下という見方が大勢だ。 

香港での反WTO抗議行動が先鋭化 機動隊と韓国人団体が衝突  2005年12月18日掲載
【香港17日=富柏村】13日から香港で開催されている世界貿易機関(WTO)の第6回閣僚会議は17日、閉幕を18日に控え反WTOを掲げる抗議団体の活動が活発し、騒然とした状況になった。韓国からの数千人のデモ隊が、機動隊と激しく衝突した。抗議団体は警察の厳戒ラインを突破し会場に近づこうとして、バリケードを壊して、警察に突撃するなど、暴力行為が続き、拘束される者や負傷者が相次いだ。 
WTO閣僚会議の開催されている香港島の湾仔地区は17日午後から交通がマヒ。抗議参加者は主に韓国系団体で1000人以上を動員。デモ行進が認められていた街路からあふれ、湾仔地区の幹線道路も交通が遮断された。香港島と九龍半島を結ぶ海底自動車トンネルも三本のうち抗議場所に近いホンハムトンネルは通行止めとなった。 
警察当局は香港の警察人員の三分の一にあたる9000人を投入。これまでの胡椒スプレーに加え、散水や催涙弾を用いて抗議参加者らの規制に当たった。警察は市民に対して湾仔地区に近づかないよう要請し、湾仔地区で抗議活動を見るために集まった市民に即刻、この地区から離れるよう求めた。 
夜になり、会議会場近くの幹線道路に陣取った抗議団体は座り込みをして警察と対峙し膠着状態が続いた。 
午前2時すぎ、警察は抗議団体に対して、この抗議活動は非法集会であり逮捕を辞さないことを勧告。午前3時すぎから拘束された抗議者数十人。警察の輸送バス2台で連行された。
それ以外の多くの抗議者は現場での抗議活動を続けている。しかし機動隊との小競り合いはなく、現場でスローガンを叫びながら歌や踊りをする光景もみられた。早朝には寒さ中、鍋を囲むグループも。 
一連の衝突で、これまでに84人が重軽傷を負い病院に運ばれた。ほとんどが軽傷で、入院したのは5人のみ。しかし、2人が重傷という。 
18日は今回の抗議活動を主催する香港の民間団体「民間監察世貿連盟」が午後2時からビクトリア公園での大型の抗議集会実施をする。この集会からWTO開催会場に向けたデモ行進と現場での抗議活動は17日の規模を上回るものと予想される。 

香港市民は韓国式抗議に注目 記念写真撮る市民も  2005年12月16日掲載
【香港15日=富柏村】香港で13日に開幕した世界貿易機関(WTO)の第6回閣僚会議。海外から香港に集結する反WTO、グローバリズム反対の抗議行動が続いているが、そのうち最も警戒されているのが過激さで知られる韓国の農業生産者らの団体だ。 
2年前のメキシコはカンクンのWTO閣僚会議ではデモ指導者が抗議現場で刀で胸を刺して自害。プサンで今年11月に開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の非公式首脳会議でも抗議活動中に「コメ輸入自由化反対」を叫んだ自殺者が出た。 
このため、香港でも韓国からの参加団体の動きが最も注目を集め、警察や市民の焦点もそこに集まっていた。 
WTO閣僚会議の開催日13日は、早くも韓国の農業生産者団体の男性数十人がビクトリアハーバーに飛び込む行動をみせるなど、韓国の抗議団体は過激、という印象を与えた。 
しかし翌14日には各国の総領事館への陳情デモで、路面電車(トラム)などを使い、移動するグループの記念写真を撮ったり拍手を送る市民も現れ始めた。 
礼節も韓国の抗議団体を印象づけている。機動隊との小競り合いが数時間続いても、終われば機動隊から奪った盾をまとめ、機動隊が抗議者に向けて発射した胡椒スプレーを盾からきれいに洗い落とし、盾に抗議ステッカーを貼って警察側に返却する。抗議場所に散らかったゴミやペットボトルを片づける。 
韓国人の抗議参加者は、香港の警察の胡椒スプレーはひどいが韓国の治安当局に比べれば抗議者に対して非常に慎重に対応している、と評価している。 
15日はビクトリア公園の集合地点から会議会場近くのデモ終点まで韓国からの団体は約100人がチベット密教の聖地に向かう修業の五体投地に似た三歩一跪(三歩歩いては一度、地に跪き頭を下げる業)で厳粛に湾仔地区の大通りを進んだ。 
この抗議活動で商売あがったりの周辺の商店にとっては死活問題でたまったものでないにせよ、商店やショッピングセンターのガラスを割ったりチェーン珈琲店を攻撃するなど99年のシアトル会議の時のような破壊活動や、焼身自殺といった過激な抗議活動は今のところ皆無。 
それどころか宗教者の修業のような15日の五体投地は、市民に強い印象を与えた。 
抗議活動の山場は、農業産品協定が具体化してきた際に韓国農民にとっては死活問題となる韓国のコメ輸入自由化が浮上してきた場合、そして会議が終盤を迎える今週末の抗議活動のフィナーレ、この2つが今後の焦点となる。 

香港デズニーランドに「災い転じて福」 WTO特需で完売  2005年12月15日掲載
【香港15日=富柏村】今年9月に開業した香港ディズニーランドは14日、前日(13日)の入場券が完売したと発表した。具体的な枚数には明言していないが、開業以来、完売発表はこれが初めて。香港ディズニーランドは1日間の受入れ可能者数を最大3万人としているが、実際の入場者数は会場規模や待ち時間などを考慮して半数ほどに抑えられているとみられる。 
香港ディズニーランドは開業から不振が続き、開業前の「割引はしない」という強気の姿勢を一転し、香港居住者への割引など対策を講じたが不発に終わっていた。そこに、平日13日の突然の「満員御礼」は、この日から香港で開催された世界貿易機関(WTO)閣僚会議のもたらした“副産物”と思われる。 
閣僚会議開催に当たり、香港には海外から7000?8000人の反グローバリズム団体が集結。このため過激な抗議活動が懸念され、13日には香港島を中心に幼稚園から高校まで約1000校が休校措置をとった。また繁華街ではデモなどでの混乱を恐れた商店や飲食店、銀行の中には臨時休業も多く、WTO開幕の13日が休日となった市民が少なくない。 
そこで市民たちは、混乱が予想される市内を避け、ずっと控えていたディズニーランドへ子連れで遊びにと詰めかけたものと思われる。 
これに加え、香港の観光ビジネスにとって最大の「お得意様」である中国国内からの旅行者も押しかけたようだ。彼らの観光名所は湾仔のコンベンションセンター突端の広場に位置する金紫荊広場。ここに1997年の香港の中国返還を祝して中国政府が寄贈した記念碑がある。ここで記念撮影することが香港旅行の記念と大人気。 
そこが今回のWTO会議開催で立ち入り禁止となっている。短い旅程で普段なら郊外のディズニーランドまで足を伸ばさない中国からの旅行者も、13日は市内が大規模な交通規制で渋滞など予想される中、同日はディズニーランド観光にかなり向かったとみられる。 
とはいえ、今回の完売はこの休校、休業、混乱懸念という要因が重なった、一過性の「WTO特需」によるもの。このため香港ディズニーランドはクリスマスから新年の人出に期待をかけると同時に、入場日指定であった前売り入場券を平日に限り半年の期間有効にするなど、新戦術を駆使し入場者獲得に必死だ。 

経済刺激にかかる期待 香港で開幕のWTO会議 2005年12月15日掲載 無料記事
【香港15日=富柏村】世界貿易機関(WTO)の最高決議機関である加盟国・地域の閣僚会議が13日、香港で6日間の日程で開幕した。今回の会議は貿易自由化、関税撤廃などドーハ・ラウンドでの多角的貿易交渉を協議し、目標である2006年12月までの交渉締結にとっては重要な会議。149カ国・地域の貿易担当相が一堂に会した。農業問題では、農産物の世界規模での早急な貿易自由化が課題となっている。 
一方、香港政府にとって、この世界規模の閣僚級会議の開催は、香港の国際金融・経済都市としてのイメージ維持、そして数万人に上る参加者をあてこんだ収益、低迷する景気への刺激を求める上で重要。ディズニーランド建設や、実現していないがアジア大会規模のスポーツ大会の開催実現と並ぶものだ。 
香港は1996年に国際通貨基金(IMF)の世界蔵相会議を開催した。97年の香港返還を直前に、世界に香港の国際都市としてのイメージ宣伝にかなり成功した会議で、今回はそれの再現をという期待がかかった。 
今回のWTO会議では包括合意に至ることはかなり難しい、というのが大筋の見方。貿易自由化や関税障壁撤廃には基本的に賛成でも国内農生産保護を一掃することには消極的なフランスや日本、そして韓国などG10と呼ばれる国々。農産品の自給は国の安全保障にもかかわる問題である。 
また、先進国からの廉価の製品流入も脅威となる。非政府組織(NGO)オックスファム香港が中国の広西自治区で調査の結果、貿易自由化となった場合、中国には米国から廉価な綿花が流入し、特に広西チワン族自治区などの綿花産業が壊滅的な打撃を受けるという。2ケタの伸びを見せる輸出大国であるから貿易自由化歓迎、とはいかない現実がある。 
WTO閣僚会議は参加国の全会一致で採択しなければならない。今回の会議では来年内の、包括合意の合意期限を盛り込んだ宣言文書採択が、実質的な最終目標になる。 

韓国の団体などが連日抗議デモ WTO開催の香港で  2005年12月15日掲載
【香港15日=富柏村】香港で13日に開幕した世界貿易機関(WTO)の第6回閣僚会議に反対する団体が世界各地から香港に集結し、11日から抗議集会場に指定されたコーズウェイベイのビクトリア公園に集まり、会場周辺への抗議デモなどを連日続けている。 
1999年の米シアトルでの第3回会議では反グローバリゼーションを主張する5万人の抗議団体と警察側が衝突、シアトル市内は大混乱に陥り、開会式が中止された。2年前のメキシコのカンクンで開催された第5回会議では韓国から参加した抗議団体のリーダーが、開幕日に胸をナイフで刺し自殺する騒ぎが起きた。 
今回の開催でも混乱が懸念されたことから、香港の市街地では幼稚園から高校まで約1000校で休校措置がとられ、デモコースに面した銀行や商店などの臨時休業も出た。ショッピングセンターなどもショーウィンドウのガラスが割られることを懸念し、トタン板で防御壁を作り破壊行為に備えた。 
また、コンビニからは瓶ジュースなどが姿を消し、地下鉄駅の消火器までが封印された。抗議団体が「武器」に使えるものはすべて除去した結果だ。 
動員された警官は機動隊や特殊工作隊も含め1万人弱(警察の人員力の3分の1)。数カ所の公立病院はデモや抗議活動での負傷者救護のため特別支援体制を敷き、地方裁判所の一つはこのデモで拘束された者の略式裁判のために他の訴訟事務を空けて待ち、140年前に建てられ、既に役目を終え歴史建築に指定されようとしていたビクトリア刑務所は、臨時の拘置所に当てられた。 
このような状況下、11日に行われた抗議団体のデモ行進には数千人が参加したが、混乱なく終わった。会議初日の13日、繁華街を抜けたデモ行進も、参加者らによる破壊行為は一切なく、閣僚会議場の香港コンベンション&エキシビションセンターから500メートルほど離れた沿岸の空き地に到着。 
異変が起きたのは、世界各地からの抗議団体がアピールを読み上げている最中だった。抗議団体の中では最も過激である韓国の農業生産者団体の男性数十人が、救命胴衣を着けて海に飛び込み、別の韓国の団体メンバーたちは警察の敷いたデモ封鎖ラインを越えようとした。 
警官との小競り合いになり、到着した機動隊は胡椒スプレーを抗議者らに浴びせ、周辺は大混乱に陥った。騒ぎは約一時間半後に収まり、その後、デモ参加者たちの一部がその場に座り込み、深夜までにらみ合いが続いた。この日は2人が海に飛び込んだ際に心臓発作を起したほか、約10人が負傷した。 
14日も各国の総領事館への抗議デモや、会議会場へ向かおうとする韓国の団体が境界線で機動隊と小競り合いを続けたが、大きな混乱にはならなかった。抗議の焦点は15日以降に発表される今回の協議での農業関連の採択文書の内容。これがデモ参加者の生計に大きく影響を与えるものなら、抗議団体は抗議の規模拡大を辞さない構えを見せている。 
 

香港ディズニーランド入場者伸びず 中国からの訪問客数が期待裏切る  2005年11月26日掲載
【香港25日=富柏村】オープンから100日を迎えた香港ディズニーランドが24日、初めて入場者数など実績を発表した。9月の正式開業までの4週間を含めた総入場者数は約100万人。1日当たり1万人は、開園前の見込みである平日の平均1万5千人を大きく下回った。中国からの訪問客が期待されたほど伸びなかったのが主因。同園では、香港住民への入場割引を行なうなど、必死の底上げを図っている。 
中国初のディズニーランド開園を目指し、上海が争い香港が勝ち取った「金の卵」。総工費277億香港ドル(約4155億円)のうち香港政府が用地埋立造成など8割余を捻出した。これも今後40年で1480億ドル(2兆2200億円)の純益を香港にもたらす、という目論見での公的資金投資だった。 
そのためには最低でも平日で1日当たり1万5千人の入場が必要で、期待されたのは中国から事実上の渡航自由化で香港に押し寄せる旅行客だった。正式開業前のオープン期間を含めた 開幕当初は、2万人を超える入場者を記録した日も数日あった。しかし、これは長続きせず、開幕熱が冷めてからは1日当たりの入場者数は1万人を下回った。 
入場者の内訳も、開園前の予想では、地元客、大陸からの観光客と海外から、がそれぞれ三分の一ずつ、であったが、24日の発表によると、地元客が半数を占め、海外が26%で大陸からの客は24%。やはり大陸からの来訪者の数が不振の原因となっている。 
香港ディズニーランド側は、これまで入場者数など具体的な数字を一切公表していなかったが、ディズニーランドまで鉄道を敷いたMTRCが「乗降者数が1万人に満たない」と先に発表していた。また中国に近い鉄道駅からディズニーランド行きの専用リムジンバスを運行するバス会社も利用者が1日に百人に満たないと不満を漏らしていた。 
こうした事態を受け、香港ディズニーランド側も、11月に入ると香港居住者に限り入場料50ドル割引などを実施して、入場者獲得に躍起になる姿勢をみせた。 
しかし、地元の英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙が、香港ディズニーランドの正門前で入場者数を調べたところ、11月13日の日曜日は、入場者が約1万3000人、平日の16日は1万1000人強だった。香港住民に対しての入場料割引も功を奏していないようだ。 
ディズニーランド側は「狭い、小さい」と不評の香港ディズニーランドの第二期、第三期の拡張工事を予定しているが着工時期は未定。香港のディズニーランドが経営不調でも、ディズニーにとっては初期投資は小さいため、火傷は軽くて済むというのが大方の見方だ。 

香港司法長官に民主派と関係良好の弁護士抜擢 2005年10月20日掲載
【香港20日=富柏村】1997年の香港返還から香港政府律政司長(司法長官に当たる)を務めた梁愛詩(エルシー・リョン)氏(66=女性)が20日に辞任、後任には民主派とも関係が良好な弁護士の黄仁龍(ウォン・ヤンロン)氏(42)が即日、抜擢された。黄氏は香港基本法に反対するデモに参加した経験もあるが、北京の首脳部は、香港政府への信頼回復と民主派の取り込みを図ることを優先させたとみられる。 
黄氏の抜擢を機会に、曽氏は董長官時代に対立が深まっていた民主派との関係改善、取り込みをより積極的に行うと見られる。 
梁氏は、高校卒業後、法律事務所に務め法曹家目指し夜学で法律を学びで司法試験に合格。1968年に弁護士資格を取得。多くの日本企業の香港での会社設立にかかわり、港日友好団体に加わるなど日本との関わりも深い。中国政府からの信頼も厚く97年の香港特区成立で司法長官に推挙された。翌年には結腸癌を患ったが手術から1ヶ月で職務に復帰。激務をこなす司法官の印象が高まった。 
しかし、翌99年に梁司法長官への信頼は一挙に墜落する。香港で歴史も長く有力紙であった星島日報で発行部数の虚偽が発覚。新聞の発行部数は広告収入に大きく影響するため刑事事件に発展した。 
この星島日報の社主である胡仙女史の起訴も避けられない状況であった。しかし胡女史の父はタイガーバームの製造販売で一代で財をなした胡文虎氏で、香港でも有力な財閥一族。大手船会社の出身である董建華長官とつながりもあり、董氏の「高度な政治的判断」が働いた。梁長官は「証拠不足と公共の利益に配慮し」不起訴処分を決定。検察当局が動いている中での事実上の指揮権発動だった。 
「公共の利益」とは、星島日報が大手新聞社であるため、もしこの新聞社が倒産した場合「失業者が増大する」ことへの配慮。この措置に立法議会では野党である民主派ばかりか中立の法曹界出身の議員からも政府に対して「香港の法治の崩壊」と不信任が表明され、董行政長官と梁司法長官への支持率は一気に低落した。 
この指揮権発動は香港の法治にとってまだ「混乱の始まり」だった。 
これに続き問題となったのは、中国内地生まれの香港市民を親にもつ子どもらの香港居住権。香港の最高裁はこの子女の居留権を認めたが、中国政府で香港基本法の解釈権がある全人代常委はこの居留権を否定。梁長官は中国政府寄りの姿勢を見せ、司法長官が最高裁判所の裁決軽視を容認する、という矛盾が明らかになった。 
03年には香港基本法23条に拠る国家保安条例の立法化についても、立法の推進役であった葉劉淑儀・保安局長(当時)を積極的に支持。行政長官と立法会議員選挙の普通選挙実施についても、香港基本法では行政長官選挙が07年、立法会は08年から普選実施できると定められているが、これを時期尚早とする全人代常委の判断に歩調を合わせた。 
今年3月の董長官の辞任に際しても、後任の長官の任期問題で全人代常委に任期について法解釈を委ねるなど、明確な親中派の姿勢は明確だった。 
董長官の辞任で行政長官に就任した曽氏にとって、最も重要な課題は董長官の8年で絶望的なほど落ち込んだ香港政府への信頼の回復とと民主派との関係改善である。 
そのため政務長官には穏健派の元高官を政府に引き戻し、行政長官の諮問機関である行政会議のメンバーに民主派の学者や星島日報事件に抗議して立法会議員を辞任した弁護士を抜擢するなど、民主派の取り込みに躍起だ。そのなかで梁氏は97年の香港返還から曽氏と並び唯一残った政府トップ高官であると同時に、董氏、葉・保安局長と並び支持率ワースト3の常連であった。 
健康に問題があり激務に堪えることの厳しさなど周囲に漏らした、という情報が数年前から流れ始めていたこともあり、曽氏の行政長官就任後の辞任は確実、とみられていた。 
今回、梁氏の後任に抜擢された司法弁護士の黄仁龍氏は、法曹界ではまだ若手ながら黄氏の能力や温厚な人格は民主党幹部に賞されている。全人代常委による香港基本法の法解釈に反対する弁護士らのデモに参加した事実などもあり、黄氏の名前が挙がると、曽行政長官による黄氏の推挙も北京中央がはたして批准するか、という懸念が起きた。 
しかし、曽氏の行政長官任命自体が最低のラインまで悪化している香港政府への信頼回復と民主派の取り込みを意図したものであり、黄氏の抜擢は北京中央に内々に批准され、日ごろ民主派や法曹界のデモなどに厳しい地元の親中派勢力も黄氏の推挙については否定的な姿勢を見せずにいた。 
20日午前、梁氏の司法長官辞任の発表があり、曽長官はこの辞任を承認。午後3時に発表される後任者は本日付で司法長官への即時就任とされた。寄そう通り指名された黄仁龍・新司法長官は就任直後の記者会見で、かつて全人代常委での香港基本法解釈に反対するデモなどに参加の過去を認めた上で「在任中はできるかぎり全人代常委による法解釈への依存は避けたい」と表明。香港の法制による法治の充実に積極的な姿勢を強調した。 
曽行政長官の就任から4ヶ月での人事改革は、これでひとまず落ち着いた。 
ただし、この改革が、民主派を柔軟化させ香港の混乱した政治的状況の改善となるのか、民主派が切り崩しに遭うことで体制上の取り込みに終わるのか、普通選挙実施の早期実現など民主派が利するのか。予断を許さない状況は続く。 

香港デイズニーランド、出足は不調 敷地の狭さなど響く 2005年09月30日掲載
【香港30日=富柏村】香港に今月12日にオープンしたディズニーランド。アジアでは東京に次ぐ開園で中国本土からの香港・マカオ旅行への実質的自由化でかなりの入場者が期待された。しかし予想に反して苦戦しているという。 
まず、その敷地の狭さ。まだ第一期開園部分が全てオープンしていないが、園内を歩いて一周するとわずか20分、という。ディズニーランド側は敷地面積すら公表していない。 
香港大学地理学科の教授が航空写真から計算した広さは15・21ヘクタール。米カリフォルニア州のディズニーランドの34ヘクタールの半分にも満たず、香港では日本人観光客も多いコーズウェイベイの市街地にあるビクトリア公園(17ヘクタール)より小さい。 
そしてディズニーランド側が企業秘密として、かたくなに公表を拒むのが入場者数だ。1日当たり3万人を入場者数の上限として、入場券はインターネットと、ディズニー側が指定した大手の旅行代理店でのみ販売、と強気。だが中国国内の大手代理店によると、旅行者のディズニーランド熱はけして高くない、と述べている。 
こうした中、ディズニーランドへのシャトルバスを運営する地元バス会社が乗客数がかなり期待を下回ることを発表した。 
このバス会社は地元でチャーターバスや、ディズニーランドのあるランタオ島の路線バスを運営する冠忠バス会社。チャーターバスだけで850両を有する地元大手。 
香港に接する中国側の深セン市の皇崗や、珠江を下って香港に来るフェリーが発着する尖沙咀のフェリーターミナルなどからディズニーランドに向かうシャトルバス路線の営業権を得て運行を開始。また香港島セントラルに開業したフォーシーズンホテルやディズニーランド敷地内にオープンした二軒のディズニーランド経営によるホテルからディズニーランドへのシャトルバスの運行もしている。 
28日の株主総会で冠忠バス会社の経営者は、予想に反した悪い成績の現状を披露。当初、このディズニーランド路線で1日当たり数千人のバス乗客を期待したが実際には数百人。大仏やビーチリゾート、海鮮料理で有名なランタオ島の路線もディズニーランド開園で観光客の増加が期待されたが、これも伸びが見られない。 
まだ数カ月の数字を見ないといけないとしつつも、冠忠バス側は「目下のところディズニーランドの来場者は香港の地元客が多い。(中国本土からの旅行者が期待外れでは)香港への経済波及効果がどれほどのものになるのか」と疑問を隠さなかった。 
ディズニーランド開園から半月余で、路線バスの営業権をもつバス会社がここまで厳しい現状を株主総会で公表したことは極めて異例。ディズニーランド側が関連会社のこうした発表を歓迎しないのも当然。このようなマイナスイメージの発表は、将来のバス路線の営業権の契約更改に支障を来すのは確実。冠忠バス側にしてみれば今後の収益改善を期待せず、開園から半月で見限った、と見て間違いない。 
ディズニー本社は最高経営責任者が香港でのディズニーランド開園の翌日には上海に飛んだ。 
当然、将来の上海でのディズニーランド開園について上海市側と初歩的な交渉をするためのもの。またソウルでのディズニーランド建設も決定。ディズニーランド側にとっては最も収益が期待される東アジアで積極的なディズニーランド開設を計画していくものと思われる。 
だが、本場米国のディズニーランドが成功しているのは、当地の気候や風土も含め、多くの観光客が海外から足を運ぼう、と思わせるだけの魅力をもっていることだ。東京も積極的な施設拡充などによってリピーターを維持してアジア各地から観光客をひきつけている。 

マカオの銀行で取り付け騒ぎ 北朝鮮との資金洗浄疑惑で 2005年09月18日掲載
【香港18日=富柏村】マカオ(澳門)の銀行が北朝鮮のマネーロンダリングに関係していると米財務省によって指摘されたが、その名指しされた銀行のうち澳門匯業銀行に銀行の経営破綻などを危ぶむ預金者が殺到。15日から翌日にかけ3億澳門パタカ(約18億円)が引き出される混乱が発生した。 
米財務省が名指ししたのは澳門匯業銀行のほか、澳門の中国銀行、誠興銀行の3行。そのうち匯業銀行については偽札、闇煙草貿易、麻薬にまで関与していると報道された。 
マカオ特別行政区政府は、これに対して声明で遺憾の意を表明。米国政府に対して疑惑があるなら具体的な証拠を提示するよう求めた。その一方で、事実解明のためマカオ特区政府の金融管理当局の担当官や別の銀行の頭取ら第三者による調査委員会を設置した。 
澳門匯業銀行側は、北朝鮮(国営)企業との取り引きはすべて先方の信用状もとにしたもので、過去三十年間取引はあるがやましいものではないことを強調。北朝鮮との取引の継続については澳門特区政府の決定に従うとして現在は口座凍結中だと説明した。 
銀行側は十分な現金が確保されているとして、警察が預金者を整理するなかで、営業時間を延長して預金引き出しに応じており、預金凍結や政府公的資金の流用といったことはおきていない。 
この銀行の実態がどうかは別にして、澳門が北朝鮮のマネーロンダリングに利用されてきた、という「情報」は昔から絶えない。 
カジノで有名なマカオだが、戦時中には華南、香港を占領した日本軍にとってもポルトガルの植民地で中立地帯であったマカオは、日本軍の軍資金のマネーロンダリングに利用された。 
戦後は中国が経済開放政策をとるまで、マカオは人民元(レッドカレンシー)と資本主義マネーが兌換される裏取引場。北朝鮮も総領事館と貿易会社を置き、99年の澳門の中国回帰を前に国際空港が開港した時も高麗航空(エアー高麗)が平壌との間に週2便の定期便を飛ばすなど関係は密接だ。しかし、現在は不定期便になっている。

ヤフーの個人情報提供で記者逮捕 国境なき記者団が発表 2005年09月09日掲載
【香港8日=富柏村】中国湖南省の「当代商報」の記者・師濤氏(37)に対する国家機密漏洩罪での逮捕について、パリに本部を置く「国境なき記者団」は6日、ヤフーが持つメールの個人情報がヤフー香港から中国公安当局に提供され、師記者の投稿が特定され逮捕されたと発表した。 
国境なき記者団によると、師記者は、天安門事件から15周年にあたる昨年6月4日の記念日を前に、天安門事件15周年に当たってジャーナリストに対して国家安全上、社会混乱や分裂を煽ることの危険性を指摘した中国政府の機密通達を入手、これを紐育で編集されている中国関係のサイトに投稿した。 
当局はこれを国家機密を不法に国外に提供したものとして国家機密漏洩だとして逮捕、今年4月に師記者に対して懲役10年の刑を下した。 
「雅虎香港」(ヤフー香港)は中国政府公安当局の請求に応じて、04年4月22日に中国からヤフーメールを通して発信されたこの「国家機密」の内容を含む投稿記事について、送信者のヤフーIDやユーザー情報、投稿されたIPアドレスなどを公安当局に提供。メールのIPアドレスから湖南省の「当代商報」社が発信元と判明し師記者の投稿と特定された。 
ヤフーは中国国内の検索サイト「3721.com」の買収を行うなど積極的な中国展開をしている。 
この中国でのビジネス展開と引き換えのように、02年に中国の情報管理当局に対して、政治的に敏感な項目についてのヤフー側による自己規制の実施について同意しており、台湾やチベット独立、法輪功など政治的に敏感な言葉については検索できず、結果、関連サイトの閲覧ができないように制御している。 
今回の個人情報提供について、米国のヤフー本社は「ヤフーの各地域のネットワークはそれぞれの国家の法律、規定と習慣等に則して運営している」との声明を出している。 

香港民主派議員が天安門事件以来初の訪中 2005年08年31日掲載
【香港31日=富柏村】香港特別行政区の曽蔭権行政長官は30日、香港特区の民主派議員を含む立法会議員60人全員が9月25日、26日、広東省を視察旅行することを中央政府が承認したと発表した。香港の民主派議員が中国を訪問するのは1989年の天安門事件以来初めて。 
天安門事件での民主化運動を支持した立法会の民主派議員は、中国政府から中国内地訪問に必要な回郷証を没収されたり、入境拒絶され続けてきた。今回は民主党の元党首で香港民主派の顔であるマーチン李銘柱議員や中国国内の民主化運動を支援する「支連会」運営にかかわる議員に加え、過激な中国政府非難の言動で知られる「長毛」梁国雄議員まで全員が視察団に含まれている。 
梁議員は7月1日の香港特区設立記念日の祝賀会に初めて、立法会議員として招待された。中国政府関係者も集まる会場付近で、当日も例年通り中国政府への民主化要求デモをしてからの祝賀会参加で、祝賀会の最中に民主化要求のシュプレヒコールを叫び退場されられている。今回の視察については参加の方向で検討を表明した。 
この多彩な顔ぶれとなる立法会の全議員の視察では、広東省の党委員会のトップである張徳江書記や広東省の黄華華省長など広東省のトップとの会談などが予定されている。張書記は中国共産党中央政治局委員であり、今回の視察が近隣視察に終わらず、中央政府と香港民主派の関係改善に向け大きな一歩となるとみられている。 
香港政府にとっては、曽氏の行政長官赴任から2ヶ月で、曽長官に対する中国政府の強力な支持を示す材料として、今回の視察はアピール度が高い。これまでなら、民主化されるまで国内には足を踏み入れない、としてきた民主党など民主派議員にとっても、いつまでも反中国政府の反対党というだけでは市民の支持を保持できないと判断しているものとみられる。 
中国政府は、市民から高い支持率を得て立法会で過半数を制するに近い勢いのあった民主派に対して、穏健派と見られる議員にはすでに回郷証を給付し、入境を認めるなど、民主派の切り崩しを図ってきた。香港に駐在する人民解放軍の軍施設の開放日に民主派議員も招待するなど、徐々に窓口を広げており、香港ディズニーランド開園の際には来賓として来港する曽慶紅副主席と民主派議員との会談実施も噂になっている。 
今回のこの中国政府と香港民主派との「雪解け」は9月末に予定されている胡錦涛主席の訪米にとっても、中国が米国政府に見せられる進展カードになるもので、それを見据えてのこの時期の演出という見方もある。 
立法会議員のうち、民主派と見なされるのは25人。そのうち11人が中国国内への入境を拒否されており、6人の議員は中国民主化運動を支援する支連会の常任委員。 

香港ディズニーランド、9月12日開園 2005年08年31日掲載
【香港31日=富柏村】アジアでは東京に次いで2つめとなるの香港ディズニーランドが9月12日、開園する。中国からの個人での香港旅行が事実上解禁され、年間 400万人以上が来港する中で、香港ディズニーランドは中国からの香港観光の目玉になると期待されている。 
香港国際空港のあるランタオ島のディズニーランドには、すでに鉄道も開通し、正式開園を前に従業員家族や福祉施設関係者らを招いてプレオープンし、アトラクションなども稼働。開園が秒読みに入っている。 
このディズニーランドは、97年の香港の中国復帰の直後、アジア通貨危機による香港のバブル経済崩壊、不動産下落や鳥インフルエンザの流行の中、将来の香港の経済復興の目玉として積極的な誘致策がとられた。 
当時のライバルは経済成長著しい上海で、香港政府は誘致獲得のため、用地の無償提供ばかりか土地埋め立てと造成、鉄道敷設など好条件をディズニー側に提示。その成果としての誘致成功だった。 
用地の候補はランタオ島のペニーズ湾。大規模の土地の確保が難しい香港にとって、この島に出来た香港国際空港が埋め立て地であるように、人里離れた湾を埋め立てた用地確保だった。 
しかし、土地造成が始まるころ、この湾にはかつて香港有数の精錬所があり、土地造成の際にカドミウム、鉛などの有害物質が検出され、含有量がここを観光地とするには高いという指摘があった。 
長い年月で土地の深くまで有害物質が含まれているとすると政府の見込んだ土地造成費が高騰する。政府当局は、検査結果として有害物質の含有量が認可できる基準値の範囲内であるとして造成工事は予定通り続いた。 
観光が主力産業の一つである香港に対して中国政府は、国内からの香港旅行の緩和し、ここ数年、香港旅行がブームになった。非典型肺炎(SARS)の流行などで底を見た香港経済も景気回復を成し遂げ、今年9月の香港ディズニーランドの開園は香港にとって経済効果の大きさでは97年の香港の中国復帰以降、最も着目される一大イベントとなる。 
12日の開園には中国政府から曽慶紅副主席が来賓として出席するという情報もあり、当日は香港の民主派議員と国家副主席がディズニーランドで「邂逅」し会談という噂もある。 
それだけに一大宣伝活動が繰り広げられるが、ディズニー側の宣伝の上手さも話題になっている。香港のマスコミがテレビ、新聞や雑誌など、こぞって香港ディズニーランドの宣伝に努めるが、その全てがメディア側の自主的な番組制作で、ディズニー側の宣伝費はかかっていない。 
ニュースでも入場券の先行発売が報道され、購入方法など紹介される。鉄道もディズニーランド線を敷設したMTR社が既存の地下鉄網で開園を宣伝。ディズニー側は平地にアトラクション施設を建設することで、宣伝に経費をかけなくても来園者を集めてくれる環境で、入場料を取り、テーマーパークを運営できる仕組みだ。 
テレビ局TVBが制作の開園紹介番組に出演した若手芸能人の呉彦祖は所属プロダクションがTVBに協力したため無償でボランティア出演した。しかし、番組制作の間、ディズニー側の米国から派遣されたスタッフの横柄さと地元蔑視(べっし)に立腹し、今後の協力拒否を決め、ファンにディズニーランドボイコットを求めた。 
また、開園日用のプロモーションビデオに出演した100人余の6歳から12歳の子どもは、早朝に開園前のディズニーランドに集合させられ、その交通費も弁当も自弁。当日のディズニーのキャラクターとの写真撮影も禁じられ、園内での事故や傷害についても、ディズニー側は免責となる条件でのボランティアであった、という。これについてディズニーランド側はその事実を否定したが、今後、このような活動では保護者との誤解がないよう善処する、としている。 
また入園者規則も、米国や東京のディズニーランドに比べ、入園者の行動や服装に関して禁止事項が多く、規則も入園者に徹底されるようかなり目立つ宣伝がされている。これが中国人や東南アジアからの来園者を蔑視している、という非難の声も出ている。一部の市民の間には、香港でのこの巨大テーマパークの出現で、ディズニーの漫画やアニメ、映画、テーマパークが世界を席けんし、米国文化の押し売りというグローバリズムに対する警戒もある。 
テーマパーク産業での環境や労働問題に関心をもつ市民団体が調査した結果、中国広東省で香港ディズニーランドのためのキャラクターグッズなど製作する工場での工員の労働条件や賃金が、広東省の基準を下回ることがわかった。 
誘致から開園まで、三顧の礼を尽くす地元と、「来てやった」感のあるディズニー側との温度差の中で香港ディズニーランドが開園する。 

中国政府の信任で曽蔭権氏が事実上当選 香港行政長官選挙 2005年06月16日掲載
【香港16日=富柏村】3月に辞任した董建華・行政長官の後任を選ぶ香港特区行政長官選挙は、7月の正式な選挙を待たず董氏の辞任で臨時行政長官を務めていた曽蔭権・前政務官の事実上の当選が決まった。投票権を有する選挙人800人により実施される同選挙に立候補するには、選挙人100人以上の推薦が必要。これに対し曽氏は15日、700人を超える選挙人から推薦を集めたことを発表し、他の候補が100人以上の推薦を得ることが事実上不可能となり曽氏の当選が決まった。曽氏の任期は董・前長官の残した07年6月まで2年間。 
行政長官選挙は無記名投票だが、この推薦については推薦人の名前が公表できる。董氏に続き曽氏も中国政府の事実上の信任を受けており、親中派が大多数の選挙人制度では、選挙前にこの推薦をするかどうかが中国政府に対しての「踏み絵」となっている。今回は中国政府にとって厚い信任を与えた董氏の事実上の更迭を受けての出直しで、公務員出身で民主派にも太いパイプのある曽氏の、広い支持を集めての当選が期待された。 
曽氏の当選は董氏辞任時から確実視されていたが、親中派の中でも左派の間からは、曽氏が1997年までの英国統治での生え抜き官僚であり、英国政府から爵位を授かっていることなどで曽氏への反発も少なくない。そのため中国政府関係機関や国営関連企業からは選挙人に対して曽氏支持を促す電話作戦などがかなり頻繁に行われ、16日の蘋果日報は、北京政府の香港マカオ弁公室の廖暉・主任が自ら深センで曽氏支持拡大のため陣頭指揮に当たった、という情報を伝えている。 
現行の行政長官選挙は、この推薦制度により実質的には記名選挙。香港大学法学院副院長の戴耀延教授は、この制度が公民権の国際公約に違反する、と指摘し、親中派の選挙人の中にも「選挙は無記名で公平に行われるべき」として、無投票選挙となることに反対して立候補を準備していた民主党党首を推薦するなどの動きもあった。 
今回の2年の任期は曽氏にとって、市民の香港政府に対する信頼の回復、民主派と親中派に分断された政治状況の安定が急務。それをどうこなすかで、今回は董・前長官のリリーフ役である曽氏が07年7月から5年の任期で続投できるかどうかが決まる。中国政府も曽氏を信任するか、別の「愛国派」を次期行政長官の候補とするかを見極めることになる。 
また香港基本法では特区成立から10年を迎える07年に行政長官選挙での普通選挙実施が可能であったが、不安定な政治情勢で中国政府は全人代常務委員会の決定として07年の普通選挙実施は見送ることを決定。市民の間では、現行の対中国政府の信任投票に近い行政長官選挙制に対して不満もあり、曽氏の行政手腕の如何によって普通選挙実施を求める世論が高まる可能性もある。 

中国、シンガポール紙記者をスパイ容疑で拘束 趙元総書記の談話原稿入手か 2005年06月01日掲載 
【香港31日=富柏村】中国外務省は31日、シンガポールの英字紙ストレーツ・タイムズの香港特派員・程翔記者(55)を拘束していることを確認するとともに、国家機密漏えいの疑で逮捕したと明らかにした。程記者は外国の諜報機関と共謀して、中国国内で国家機密情報を集めたとしている。程記者はその事実を認めているという。程記者の妻は30日、夫は趙紫陽元総書記に関する書籍の原稿を入手し、中国を出ようとした時に公安当局に拘束されたと語ったが、孔泉報道局長は程記者の逮捕は趙紫陽元総書記とは関係ないと否定した。 
程翔記者は80年代に香港の中国共産党系の新聞・文匯報の記者となった。副編集長であった89年、天安門事件で香港文匯報は学生や市民を弾圧した中国当局に対して「痛心疾首(ひどく悲しみ恨む)」という社説を掲載。香港文匯報の李子誦社長は更迭され、程記者も文匯報を辞めた。その後、香港で時事月刊誌「当代」を創刊。95年にこの雑誌が廃刊となった後、ストレーツ・タイムズの中国問題の中国首席特派員を務めていた。 
程記者の妻によると、程記者は4月22日に広州に向かった。その後、趙元総書記が天安門事件後に軟禁されている中で語った内容を趙氏の側近がまとめた対談の原稿を入手。これを国外持ち出ししようとして身柄拘束されたという。 
この側近は気功師の宗鳳鳴氏。宗氏は趙元総書記の友人で、趙氏の軟禁後も趙氏宅をよく訪れ、趙氏に気功を施していた。宗氏は、自分の半生と趙氏との思い出をまとめ、「理想・信念・追求……私の半生と趙紫陽と語りあった追憶」という本を出版した。この本の存在を程記者は昨年の八月、海外に向けて初めて報道している。ワシントンタイムズ紙は、宗氏の出版物が民主改革を主張しており、程記者の逮捕は生前の趙氏に関する書物の出版に関係している、と報道した。 
宗氏がつづった回顧録には、軟禁状態にあった趙紫陽氏の具体的な政治改革についての提言が記載されている。趙元総書記は「中国はプロレタリア階級専政を放棄しなければ、民主政治と法治の実現ができない。このプロレタリア階級の専政はレーニンの発案であり、マルクスの述べたプロレタリア階級による統治は一つの政治形態であり、中国が共産党による専政を堅持しなければならないものではない」と指摘している。 
31日の香港紙・信報の報道によると、宗氏は政府当局から、趙元総書記に関する対話集など書籍の出版を見合わせるよう要請を受けた。宗氏は現在書き続けている原稿の存在を認めたが、それはまだ未完であり、程記者がその原稿を入手したことで逮捕されたとしたら驚きに値する、と述べた。 
また、宗氏の「理想・信念・追求」を香港で出版した出版社の代表によると、昨年1月に中国の諜報員が香港でこの代表の自宅を訪れて尋問したという。また、趙氏死去の後、深センで数時間にわたり拘留され、誰からこの書籍の原稿を入手したのか尋問された。 
趙氏が亡くなる前に、程記者は、宗氏の前作を香港で出した出版社と打合せを持ち、宗氏の第二作目の出版について検討した。しかし、中国での公安当局の動きが心配され、程記者が国内から原稿を香港に持ち帰ることになった、という。 

法輪功メンバーに無罪判決 中国政府への抗議デモめぐり香港の最高裁 2005年05月06日掲載 
【香港5日=富柏村】香港の最高裁判所は4日、宗教団体「法輪功」のメンバーが中国政府に対する抗議デモを行い、道路交通法違反などの罪に問われた事件について、警察による逮捕は不当であるとし無罪判決を言い渡した。 
事件は、02年3月に16人の法輪功信者が香港にある中国中央政府駐香港連絡弁公室(中連弁)正門前に座り込み、中国国内での法輪功鎮圧について江沢民国家主席(当時)を糾弾抗議した。 
香港の警察当局は、座り込みしようとする法輪功信者を中連弁傍らの空き地に誘導したが信者はこれを拒否し、あくまで中連弁正門前での座り込みを強行した。これに対して警察は座り込みする信者を強制的に排除した。 
02年8月の第一審では歩道占拠による道路交通法違反と警察の行動に抵抗したことで公務執行妨害の罪が認められ、座り込みに参加したうち7人が軽犯罪法である道路交通法違反で収監され、そのうちの2人は公務執行妨害で再逮捕された。 
法輪功側はこの判決を不服として上訴。04年11月に控訴審は道路交通法違反については無罪としたものの収監と公務執行妨害については第一審の判決を支持した。被告側は上訴し、今回の最高裁は5人の裁判官の全員一致で法輪功側の全面無罪を認める判決を下した。 
判決で最高裁は、香港基本法第27条で集会、行進、デモの自由が認められていることを挙げ、小規模のデモと平和的な座り込みでは通行人の歩行を阻害しているとは認められないとして道路交通法の違反を却けた。また警察による収監と公務執行妨害も同法28条での「人身の自由」と「不当逮捕の禁止」に觝触すると判断を下した。 
中連弁は香港にある中国政府の代表機関。正門前は歩道も10メートルあったが、このデモ活動後に正門前には大きな花壇が設えられ、歩道が狭くなったことで座り込みなど抗議活動が出来づらい環境に「整備」されている。 
法輪功は中国国内では国家転覆を企図する危険団体扱いになっている。だが香港では法輪功の信仰活動は自由で、観光でも有名なスターフェリーの埠頭では法輪功による江沢民糾弾の広報活動が連日続いている。 

香港次期行政長官の任期、2年と決定 全人代 2005年04月27日掲載
【香港27日=富柏村】中国の全国人民代表大会常務委員会は27日、香港特別行政区の董建華行政長官の任期中の辞任を受け、後任者の任期を董氏の5年の任期の残り2年と確定した。常務委員会の154票の全票がこの決定に賛成した。 
董氏は、97年の香港中国返還で初代の行政長官に選出され02年に再選された。中国政府のテコ入れもあったが、董氏は香港市民の支持を持続できず今年3月、事実上の更迭で辞職し、曽蔭権政務長官が行政長官代理に就任した。 
香港基本法では半年以内に行政長官選挙が実施される。今回は今年7月。しかし行政長官が任期中に辞任した場合、後任者の任期については基本法に明確な規定 がない。基本法の規定に従えば、このケースでの規定がない場合、後任者は5年任期となるが、中国国内の政府に近い法権威の学者や香港の親中派の間からは、後任者の任期は前任者の残余期間とする案が浮上していた。 
この任期が争点になる理由は、行政長官選挙の選挙制度にかかわるため。現在は行政長官選出は間接選挙だが、基本法では香港返還から10年目となる07年から直接選挙に移行できることが規定されている。 
これについて全人代常委は昨年、07年の直接選挙実施は時期尚早として現行の間接選挙を維持することを決定した。ただし、現行の間接選挙では選挙人の大部分が親中派で独占されているため、選挙人の枠を広げるなど改善も検討されることになった。 
現在の選挙人の任期は07年6月の行政長官選挙まで。そのため後任長官の任期を2年とした場合、今年7月の補選と07年の次回選挙の2回が、 現在の選挙人の投票で選挙実施され、直接選挙の実施については13年選挙での可否が争点となる。 
これに対して、7月に選出される行政長官の任期が5年となった場合、10年の次回選挙で直接選挙実施が検討されることになり、現行の予定より3年早まる。中国政府としては、香港の政治状況の安定が確実になったところで直接選挙実施としたいところだ。 
それに対して、香港の民主派政党や法曹関係者は、基本法で行政長官の任期は5年と規定されており、長官辞任の場合の任期について特記されていないため、長官辞任での後任者も5年任期とすることが妥当、と主張している。 
これには全人代常委での法解釈が97年からすでに3度目となることで、基本法の形骸化や法治崩壊への不安がある。99年には香港市民の大陸生まれ子女に香港居住権がないことの決定、03年には07年の直接選挙実施が延期になった。度重なる全人代の介入が香港の1国2制度と法治を壊す行為だ、という危機感がある。 
19日には香港弁護士会所属の弁護士による沈黙の街頭デモ、24日には全人代による基本法解釈反対のデモに1500人の市民が参加しデモ行進した。 
この全人代決定について、香港選出の曽憲梓・全人代常務委員は23日、「全人代常委での法解釈は絶対的な法律効力があり、香港はこれを順守すべきで、法解釈後にこれに反対することは違法」と発言した。民主派や法曹関係者の間で、1国2制度 の形骸化や民主制度、思想信条の自由をじゅうりんする姿勢に反発が起きている。 

民主派、法曹界が非合法と非難 全人代へ法解釈要請に 香港行政長官任期 2005年04月07日掲載
【香港7日=富柏村】董建華氏の行政長官辞任に伴い、香港政府が後任の行政長官の任期について中国中央政府の全人代常務委員会に法解釈を求めたことに対して、香港では法曹界と民主派から、この行為が香港の法治と一国二制度の原則をみずから放棄するもの、と強い非難が出ている。香港基本法(第53条)に則り、6ヶ月以内に新しい行政長官を選出する必要があるが、この後任者の任期について法解釈が難しくなっている。 
曽蔭権行政長官代理と梁愛詩法務長官は、この全人代常委に法解釈を求める請求は香港基本法に基づくものと強調した。しかし法曹界や法学者からは、この全人代常委への法解釈の要請は基本法(第158条)で香港の終審裁判所(最高裁)が解釈を要請することが明言されており、司法審議がされる前に香港政府が国務院に対して全人代常委での審議を求めたこと自体、香港基本法に抵触する、と指摘している。  
民主党の元党首で弁護士の李柱銘氏は、全人代常委に法解釈を要請するには3つの方法があり、今回の香港政府からの要請は最もそこつであると述べた。基本法に則って最も正しいのは、香港の裁判所からの要請であり、次に考えられるのは上級機関である全人代がみずからの決定で基本法の法解釈をすること。今回の香港政府からの直接の要請はそのいずれかの法治原則から逸したもので、もっともまずい方法である、としている。  
しかし、この李氏と同じく基本法の草稿委員の一人でもあった、香港大学法学院の陳弘毅教授は、リベラル派としても知られるが、行政長官任期については中央政府が決定すべきことで、香港の立法会や裁判所にその採決権はなく、全人代が基本法の拘束力について裁定を下した場合、香港の司法はそれを順守せねばならず、司法再審査請求などもできないことになると述べた。 
それでもなぜ民主派がこの任期にこだわるのか。民主派の弁護士で立法会議員の湯家●氏は、基本法の法解釈権と改正権が中央政府の全人代常委にあることは前提とする。しかし、この法解釈が香港特区成立から7年に3度と容易に行われ、香港基本法を空文化して法治が崩れるばかりか、行政長官の任期については基本法の改正も難しいことを指摘した。 湯氏によれば、行政長官の任期についてはどのような条件でも5年という現行の規定を順守すること以外に判断はない。その理由は、行政長官が任期内に辞任した場合の後任者の任期を前任者の残りの期間とした場合、仮に就任したばかりの長官がわずか1週間で健康害して辞任した場合、後任者はこの暫定任期が4年11ヶ月以上となり選挙で再選された場合は最大で15年近い任期となってしまう。これが行政長官の任期は再選も含め10年とした基本法の規定に全くそぐわない。  
このように法解釈というのは個別のケースでそのたびに判断しなくてはならないもので、行政長官の任期といったものでは有効ではなく、あくまで5年制の順守が最良している。 
この後任が前任者の任期の残りを務めるのは、米国の大統領制が最もよく知られている。しかし米国の大統領制は選挙が毎4年と固定されているのが前提であり、行政長官が辞任したら6ヶ月以内に後任の選挙を実施するとした場合、この制度には無理があることも明らかだ。  
このようなさまざまな矛盾を抱えたまま、今月25日から4日間の日程で開催される全人代常委でこの法解釈がなされる。大方の予想では、7月に選挙される行政長官の任期は前任の董建華氏の残した2年として、07年に当初の予定通り選挙を実施となる。曽行政長官代理が当選確実視されているが、今後注目されるのは、2年の後に基本法の規定で5年2期の10年続投となるのか、当初の2年を1期目として、5年をプラスして7年に限定されるのか、が争点となる。  
●は「馬」扁に旁が「華」 

台湾総統がローマ法王葬儀参列 中台の駆け引き続く 2005年04月07日掲載
【香港7日=富柏村】台湾の陳水扁総統は7日、台湾を出発、8日にバチカンで行われるヨハネ・パウロ2世の葬儀に参列する。バチカンは欧州で唯一、台湾と外交関係を持つ国。台湾は陳総統がバチカンを訪問することでブッシュ米大統領や英仏首脳などとのトップ外交を図ろうとしている。台湾の総統がローマ法王の葬儀に参列するのは初めて。陳総統自身は熱心な仏教徒。  
香港天主教(カトリック)教区の陳日君主教は3日、パウロ2世がバチカンは台湾と断交して中国と国交を結ぶ意志があったことを公言した。英国のファイナシャルタイムス紙は6日、先月31日にバチカンから枢機主教が北京入りし、回良玉副総理と秘密裏に外交折衝を行ったと報じた。回副総理は社会および宗教問題が所轄。具体的に国交回復問題が討論されたと思われるが、パウロ2世の体調急変で特命の枢機主教は予定を早め、バチカンに戻っている。  
ローマ法王の死去で、台湾の外交反撃が今回の陳総統のバチカン訪問となった。台湾にとっては最大のカードを用いたことになる。  
また、次の法王を選ぶ選挙(コンクラーベ)に参加する枢機卿(117人)にパウロ2世によって追加された1人の匿名の枢機卿について、これがバチカンがカトリック教会と信者が迫害されているとしている中国から選ばれた枢機卿なのかどうかに関心が集まっている。パウロ2世の遺書にその枢機卿について誰であるかが明らかにされているのでは、という情報も流れていたが、バチカン当局は6日、この遺書は聖霊など宗教的な面での遺言がほとんどで枢機卿の任命など組織改革についての具体的な記述はない、と発表した。  

香港行政長官の任期 法解釈を中国全人代に求める 2005年04月06日掲載
【香港6日=富柏村】香港特区の行政長官代理を務める曽蔭権政務長官は6日、行政長官の任期について今月下旬に開催される全国人民代表大会の常務委員会で基本法の該当条文について「法解釈」をするよう国務院に求めることを決定した。 
董建華氏の行政長官辞任で香港基本法(第53条)に則り、6ヶ月以内に新しい行政長官を選出する必要があるが、この後任者の任期について法解釈が難しくなっている。基本法では第46条で「行政長官の任期は5年とし1期だけ再任できる」となっているが、この場合、7月に実施予定の行政長官選挙で選ばれる新長官は05年7月から5年、再任された場合はさらに5年の計10年の任期となる。  
これに対して、董前長官が07年までの任期を後2年残しての辞任であったため、後任者はその2年が当初の任期となるという解釈も出た。この場合、2年後に再選された場合、最初の2年を1期と数えるのかどうか。数えた場合、2期の合計では計7年となり、最初の2年は臨時選挙での暫定と解釈した場合は最長12年の任期となる。 
これは香港基本法が、現職の行政長官が辞任した場合の後任者の任期について明確な規定がないことに起因する。現在は間接選挙である行政長官選挙の普通選挙実施が香港の民主化運動のなかで実現要望が強いだけに、この任期の解釈によって普通選挙実施がいつになるのかにも大きくかかわる問題となっている。 
普通選挙実施を求める民主派は07年を選挙改革の目標年としており、そのためには7月に選出される後任の行政長官は任期が5年では目標年が3年順延されることとなるため、2年任期としたいところ。しかし、基本法に基づく法治による民主化を基本理念とするためには、厳密に基本法の条文に則った解釈で、いずれの状況でも新任の行政長官の任期は5年とすることを原則としている。  
それに対して親中派は、後任の行政長官の任期は董氏が残した2年として、これは基本法で定めた5年、再選5年の計10年には含めない、という解釈が主流だ。行政長官代理を務める曽氏が市民の好感度が高く、民主派も曽氏には好意的で、このまま本選にも立候補と当選は確実。中国政府がリードできる体制なら普通選挙実施などリスクを負わずに曽氏の続投で、董前長官でのマイナスを挽回できれば、という期待がある。 
しかし曽氏は英国統治時代の植民地政府で育った高官であり英国王室から爵位を受けたことなど、親中派にとっては曽氏の「英国臭さ」が鼻につくのも事実。極左派の中には曽氏を嫌い2年も1期として、計7年で十分ではという提案も浮上した。 
このように5年、7年から12年まで後任者の任期に異論続出のなかで渦中の人である曽長官代理は自らの本選出馬もあり、この法解釈を全人代常務 委員会に求めた。この措置が香港の法治を放棄するという反論に対して、曽氏は行政長官の任期について6ヶ月以内の選挙実施には基本法の法改正には十分な時間がなく、今回の全人代常委に法解釈を求めたことは、香港の一国二制度を壊すものではない、と述べた。 
基本法でも、香港基本法の解釈権と改正権は全人代常委にあることが規定されており、曽氏の法解釈依頼は不当ではない。しかし一国二制度とされていても法治が徹底されず、何かあれば全人代に伺いをたてることが香港法治の放棄と映る。 
実際に中国政府への法解釈の依頼はこれが二度目。前回は行政長官選挙で07年に普通選挙実施の可否を全人代常委に解釈を求め、結果的に07年の普通選挙実施は棚上げされた。99年には、中国国内で生れた香港市民を親にもつ子女の香港居留権の有無について、香港の最高裁判所は居留権があると認めたが、全人代常委は香港での司法判断を不服として独自に「居留権なし」と決定した経緯もある。 
民主派の最大派閥である民主党の立法会議員の一人からは、今回の全人代常委への法解釈の依頼は、実際には、民主派議員の間で検討されている司法再審査請求を恐れてのもの、という指摘が出ている。香港特区政府が独自に行政長官の任期について判断した場合、市民がそれを不服として司法再審査請求をすることができる。その審査が始まると司法裁定が出るまで行政長官選挙の実施もできない。 
政府が司法再審査請求を恐れるのは、昨年12月に政府が実施した公共団地駐車場経営会社の民営化と上場が、それを不服とする公共団地の住人である一人の市民の司法再審査請求が受理された結果、上場が予定通り実施できずにいることが背景にある。新規上場株購買で集まった数十億ドルの資金が凍結された。政府にはまだ上場できずにいるこのジレンマがあり、それを避けるために行政長官任期については早々に全人代常委への法解釈を求めたと見られる。  
全人代常委は香港の最高裁判所より上位組織であるため、香港の司法当局の司法裁量は影響しない。 

断交中の中国各地でも法王追悼ミサ 政府も哀悼の意示す 2005年04月04日掲載
【香港4日=富柏村】バチカンのローマ法王庁と外交関係が成立していない中国国内でも、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世の逝去に伴い、国内各地の天主教(カトリック)教会に信者が参列し、法王の追悼ミサが行われている。  
中国では憲法で信教の自由を認めており、天主教も政府公認の宗教団体の一つ。国内には500万人以上の信者がおり、2000年には「聖書」も公式に出版され、発行部数は2000万部を超えたという。しかし、中国はバチカンとは1951年に断交したまま。バチカン法王庁が現在、台湾台北に中国大使館を置いて国交を結んでいるため、中国国内には政府公認の「中国天主教愛国会」や「中国天主教主教団」に属する教会だけが公的に存在を認められている。しかし、それ以外にもかなりの数の「地下」教会がある。 
中国政府がバチカンと国交を結ばないのは、バチカンの親台湾姿勢の他に歴史的経緯がある。16世紀のポルトガルに始まって19世紀まで欧米列強の中国の植民地化のなかでカトリック教会が大きな役割を果たしてきたことに起因する。 
これについてはヨハネ・パウロ2世は生前、中国政府に対して植民地支配などキリスト教徒の過ちを謝罪している。中国政府も今回のヨハネ・パウロ2世の逝去に対して、その謝罪を「国とバチカンの関係改善に有益だった」と評価して法王逝去に哀悼の意を示した。  
しかし、00年には、中国で命を落とした司教らをバチカンが殉教した聖人として「列聖式」を行ったことについて、中国政府と中国天主教会は「12億中国人民に敵対したに等しい重大な事件であり、歴史に対する重大な歪曲、改ざんである」と指摘。「植民地主義者と侵略者に対する美化であり、中国人民の反侵略、国家主権擁護の正義の愛国的行動を罵るものだ。中国人民の感情と中華民族の尊厳を著しく傷つけ、中国のカトリック教徒を含む全中国人民は絶対にこれを受け入れることはできない」と強い反発をしている。  
このような状況で、中国では政府公認の愛国的教会でのみ天主教の信仰が続いている。 北京の西城区の閑静な市街にバチカンの北京事務所がある。清朝の末期、恭親王奕訴邸で見事な庭園が有名な「恭王府」に隣接した、高い塀に囲まれたこのバチカンの駐北京事務所の中は北京政府でも中が窺い知れない。  
ヨハネ・パウロ2世の逝去にあたり、次の法王を決める選挙「コンクラーベ」には世界各地から117人の枢機卿が参加する。これについて3日の香港紙蘋果日報は、法王は生前にコンクラーベに参加する資格のある枢機卿を匿名で1人追加していることを報じた。匿名であるのはその枢機卿が天主教が弾圧されている国家地域から選出されているためで、それが数百万人の信者を有する中国からである可能性が高いという。  
香港に目を転じれば、香港天主教教区の陳日君主教は、香港の民主化について中国政府の強い弾圧に対して日頃から批判的な主張を続けている。03年7月の50万人デモでも天主教信者にデモ参加を呼び掛けるなど、中国政府にとっては香港での天主教の反政府的な姿勢は好ましくないものだ。  
陳主教は3日、ヨハネ・パウロ2世の逝去にあたり、法王の歴史的謝罪など対中関係に向けて一貫して積極的で訪中も望んでいた。しかし、中国政府が興味を示さなかったことで実現しなかったこと、法王の香港訪問も検討され陳主教と当時の香港政府のアンソン・チャン(陳方安生)政務長官が尽力したが「時期尚早」という政府判断で訪港が実現できなかったことを明らかにした。 

董建華行政長官が12日までに辞任の可能性 中国政府が業績を総括 2005/03/06
【香港6日=富柏村】去就が注目される香港特別行政区の董建華行政長官は5日、中国全国人民代表大会(全人代)に参加し、胡錦涛国家主席と会談した。この会談では、進退問題については具体的な話にはならず、終始穏やかな雰囲気だった。だが胡主席は、董氏がこれまでの7年半にわたり、重大な過渡期にあった香港を平穏無事に治めたと董氏の業績を最大限に評価した。5年任期である2期目の半ばに、胡主席が総括的なコメントをしたことに注目が集った。
97年の香港返還から今日までを振り返れば実際には平穏無事どころか香港特区の相次ぐ失策に政治不信が高まり、中国政府こそ香港の安定のためにかなりの支援に乗り出さざるを得なかった。董氏の続投に積極的であった江沢民前国家主席が引退したことにより、胡主席が公開の場でかなり辛辣に董氏に苦言を呈するなど、中国政府の董氏への不満があらわになっていた。
そうした中で、今回の賞辞は、中国政府の面子もかかっているようだ。中国政府にとって辞任が決まれば、事実上の董氏更迭であり、董氏選出と2期目続投を決めた中国政府の判断の誤謬を認めることになる。
これを避けるために高い評価を与えた上で、全国政治協商会議副主席に昇格させ、行政長官を引退させることで、批判をかわそうとする狙いかもしれない。
ここ数日、親中派の財界人や全人代香港代表、中国政府の香港マカオ担当官らが口を揃えたように董氏の健康問題を指摘し始めた。健康上、行政長官の激務をこなすのに困難があるという。
しかし、具体的な病名となると誰も明言できない。それで政協副主席が務まるのか、という指摘もある。だが形式的には健康上の問題を行政長官辞任の直接の理由として、中国政府が5日の胡主席の賞辞に始まり今後かなり大規模に董氏送別のキャンペーンをはることで、董氏が有終の美を飾るようお膳立てしていくことになるのかもしれない。
董長官は6日、いったん香港に戻り12日には今回の政協会議の閉幕式に参加する。ここで正式に政協副主席に選出される。董氏の行政長官辞任は健康上の問題を理由に12日の政協副主席就任前になる、と言われている。

香港民主化との絡みで早くも任期問題が焦点に 広がる行政長官辞任説 2005/03/04
【香港4日=富柏村】香港特区行政長官、董建華氏の中国全国政協副主席就任に伴い、行政長官辞任説が広がっている。辞任の場合、次期行政長官は現在香港政府ナンバー2の曽蔭権・政務司司長の就任がほぼ確実視されている。話題の焦点はすでに、この後任の行政長官の任期がどうなるのか、に移っている。
董氏のは02年に行政長官に再任され二期目は07年6月末までの5年。あと2年を残しての辞任となる。香港基本法では第46条(行政長官の任期)と第52条(行政長官の辞任)でも、行政長官が辞任した場合の後任者の任期が前任者の残した任期になるのか、新たに5年となるかについては述べていない。
この任期が争点となっているのは、行政長官選挙が香港の民主・自治問題について重要なファクターのためだ。
香港基本法はその「付属文書1」で行政長官の選出方法を規定している。現行では行政長官は800人の選挙人により選ばれる体制。07年(三期目)以降の行政長官選出方法は改正の必要がある場合、香港の国会にあたる立法会で議員の三分の二の多数が可決する。行政長官がそれに同意し、中国の全人代常務委員会が批准すれば改正できることが明文化されている。
董氏は一期目から拙劣な行政手腕で市民の間に広汎な反董世論を高めていたが、02年には当時の江沢民前国家主席と党中央の強力な支持を背景に再任された。03年7月には50万人の市民が「董建華下台(辞職)」を叫びデモを行い反董ムードは最高潮に達した。この時に07年の行政長官選挙の普通選挙実施の動きが広がった。
これに対し、中国政府は選挙制度改革は全人代常任委員会の批准の重要性を強調。07年の普選実施は事実上棚上げされたが、800人の選挙人による選出制度については何らかの改正が必要に応じて検討されることとなっていた。
そこでの突然の董氏の辞任説の浮上。この場合、曽氏が行政長官が選出されるまで行政長官代理となり、曽氏が選挙人による選挙で時期行政長官に選出される運びとなるのはほぼ確定的だ。
しかし、5年の任期となると、基本法付属文書1の規定にある07年を跨いで10年までの任期となり07年に目標の置かれた選挙制度改革が3年遅れることになる。そのため今回は董氏の辞任が任期中であることを特例として「董氏の二期目の任期である07年までを後任者の任期するべきだ」という声も上がった。
だが、この「残り2年」か「新たに5年か」の論争は複雑化している。普通選挙実施を提唱してきた民主派の中でも意見は二つに分かれている。5年では選挙改革が3年後退するため2年が望ましいという意見。もうひとつは任期5年が基本法で規定されているのだからケースに応じての解釈をすることは基本法を骨抜きにするという原則重視論が、ぶつかっている。
親中的な保守派の間でも、親中派が多数を占める選挙人の任期が07年までであるため、5年任期とした場合、次の10年の選挙では選挙人がすでに任期終了しており新たに選挙人を選ばねばならない。その場合、民主派から改革を強いられること。 それならば後任者は2年として、07年には現在の選挙人で選挙することが安定的という見方もある。
それに対し、曽氏が2年の任期で行政長官に就任し選挙制度改革などを積極的に実施し、07年の選挙では曽氏の続投か新たな行政長官の選出が市民の支持の中で行われるよう政治的判定を図るべき、という意見も出た。
民主党の元党首で基本法の草案委員会委員、香港を代表する弁護士でもある李柱銘氏ですら、この任期について当初は2年か5年かで1日のうちに意見を翻すなど、かなり解釈に混乱がある。突然の董氏の辞任説が広がる中で、最終的には左右両派とも中国政府の解釈の出方をうかがう状況となっている。

董香港行政長官辞任か 中国政協副主席に就任 2005/03/03
【香港3日=富柏村】香港各紙は2日、香港特別行政区の董建華行政長官が任期途中で辞任する意向を固めたと一斉に報じた。董氏は3日から開催される中国の全国政治協商会議(政協)で正式に副主席に選出される。
先月末、「董氏がすでに行政長官辞任を決定し、政府ナンバー2の政務司司長の曽権蔭氏が臨時代行となり香港基本法に則り半年以内に新しい行政長官に選出される」といううわさが金融界を中心に流れた。
1日には、香港で報道内容が厳密なことで評価の高い経済紙「信報」が、これを1面トップで報道。董氏は昨年12月のマカオ返還5周年式典で、胡錦涛主席の厳しい訓辞を受け、昨年のうちに中央政府に辞表を提出しており、「3月初旬の政協副主席就任での行政長官辞任発表」が決まったという。
政協は共産党を中心とした統一戦線組織で、退役した共産党幹部や知識人などがこの政協から全人代などに選出されている。その副主席は中国政府の重要職であるが、いわば名誉職的なもので、これまで董氏は行政長官2期目が終わる07年にこの政協副主席に選出されるという見方が強かった。
民建連など親中派政党は、この董氏の政協副主席就任のニュースが流れると「中国政府が香港特区を重視した表れである」と歓迎。今後、政府中央と香港はより連携が密になると歓迎した。それに対して民主党など野党は董長官がこれまでの失策ですでに中央政府からも不信感をもたれており、今回の人事は実施的な「棚上げ」で董氏はこれまでより香港経営の第一線から退くことになると指摘していた。
97年以来の相次ぐ失政に支持率は4割と低迷、世論調査では7割の市民が董氏辞任を受け入れるほど不評の董氏がここまで保ったのも、ひとえに中国政府の支持があったためだ。97年の香港の中国返還で中央政府の強力な支持で長官に就任し、特に2期目の続投は当時の江沢民国家主席の鶴の一声で決まった経緯がある。
董氏に批判的な勢力も、董氏を辞任に追い込み、民主的な行政長官選出の選挙が行われても、結果は董氏より更に親中国の色彩の強い強権派が出てくるか、仮に民主派の候補が当選すると中国政府とのあつれきは避けられないという見通しを立てていた。そういう意味では消極的に董氏続投を受け入れないといけない状況であった。
そのため不信任による任期途中での辞任はあり得ないと言われてきた。香港経済は好転しており、03年の50万人デモのような政治的不安定もない。董氏は昨年後半からは市民の前に姿を現す機会も減り、政策決定などを長官自らが市民に説く機会もかなり減っており、積極的な施政を見せないことでこのまま任期を完うすると思われていた。
それが、この展開を見せたことの要因は、中央政府は胡錦涛氏が実質的に権力を掌握し江沢民氏の決定を欽定とする呪縛からすでに解放されていることが一番に挙げられる。香港市民に不評な董氏が続投するよりも辞任することは、香港市民にとって中央政府への信頼をより増すものであること。また行政長官選挙の方法について改革が検討され始めているなか、親中派が多数を占める現任の選挙人の任期が今年7月までのため、その任期中での行政長官選挙を急いだ、という分析もある。

民主派議員が趙紫陽元総書記に黙とうを強行 香港立法会
【香港19日=富柏村】香港特別行政区の国会にあたる立法会本会議で19日、民主派議員20人が趙紫陽元総書記の死去に哀悼の意を表し、黙とうを強行した。議長にあたる立法会主席は休会を命じ黙とうに賛同しない親中派、保守派の議員が退場し、立法会会議が流会となった。
17日の趙氏の死去で、天安門事件後に中国の民主運動を支援する支連会や民主派の立法会議員は、香港政府は香港の中国返還に尽力し天安門事件で学生らの運動を評価し、中国の民主化の象徴である趙氏追悼をするよう求めた。
これに対して、中国政府は香港・マカオ弁公室の陳佐●常務副主任が北京で18日、「立法会で哀悼の意を表するのは香港基本法に違反する」と述べた。趙氏の告別がどう行われるかは中国共産党の事柄であり、趙氏への哀悼は基本法73条で定められた立法会の役割と権限に合致しないと指摘した。
これについて香港では、この陳副主任の発言自体が香港基本法で保証された香港の自治、一国二制度を制限するもの、という批判的な意見と、趙氏哀悼でいたずらに中央政府を刺激する必要はない、という意見があった。
民主派は立法会で、趙氏への哀悼を行う理由の一つとして、かつて立法会がトウ小平の逝去の際に哀悼したことを挙げた。
これに対して范徐麗泰立法会主席は18日、「趙紫陽とトウ小平では香港に対する貢献度は比べものにならず、一国二制度がトウ小平の発案した構想なのに対して、趙紫陽は中英合意の際の首相であったにすぎず、香港に大きな貢献のあった政治家というのに合致するのはトウ小平だけ」と語った。
19日の立法会では主席が立法会開会を宣言すると、民主派議員の一人が「趙紫陽氏の逝去に対し謹んで哀悼の意を表する。起立の上、1分間の黙とう」と発言した。
民主党など民主派議員20人が起立したが、范主席はすかさず立法会の休会を宣言。主席と親中派、保守派の議員が退場するなかで民主派の議員のみで1分間の黙とうを奉げた。
このあと主席から議会再開が宣言されたが、議会から退場した議員らが議場に戻らず、議会開催に必要な過半数の議員の出席が得られず、立法会は散会となった。
議場に戻らなかった議員らは散会後に記者会見を開き、休会を宣言した主席の指示にも従わない議員が多い状況で正常の議会運営ができるわけがなく議場に戻らなかったと語った。
それに対して民主派議員らは、主席が休会後に議会再開としたことに従わない議員らこそ議会運営を拒否していると反論した。議会は26日に再開される方向で調整に向かった。
陳佐●の●は「さんずい」につくりが「耳」