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苦戦続く香港ディズニーランド 無料入場券で客数水増しも? 2006年09月06日掲載
【香港6日=富柏村】9月12日に開園1周年を迎える香港ディズニーランド。「中国で初のディズニーランド開園」と開園前の盛り上がりに比べ、開園後は敷地の狭さと施設の貧弱ぶり、入場者のマナーの悪さ、混雑時の入場制限などマイナスイメージがつきまとった。香港ディズニーランド側はその悪いイメージの払拭に懸命になったが、十分な成果を上げられないまま1年を迎えた。 
4日、香港ディズニーランドの社長ビル=アーネスト氏は記者会見で、開業1年での総入場者数は500万人、初年度目標とした560万人は1ヶ月遅れで達成できる見通し、と初めて発表した。ただし、開業前に「入場料は一切の割引や優待もしない」と豪語していたが、開園後入場者数が伸びないため数々の優待措置を実施。揚げ句の果ては職員やタクシードライバーなどに無料入場券を配り、この500万人にはそういった無料入場者も含まれている。 
開業当時に比べ家族連れの入場者数が2割から4割へと倍増していることで、今後は地元客を中心に家族連れのリピーターの増加に期待しているが、貧弱な施設に「一度行けばじゅうぶん」という声が大半で、リピーターの増加は期待できない。 
90年代、中国初のディズニーランド建設は、97年の中国回帰を目前にした香港と、中国の最大都市・上海の間で激しい誘致合戦が繰り広げられ、香港はインフラの充実と香港政府による土地の提供や埋立て、運営会社に230億香港ドル(約3300億円)の拠出などを条件に誘致に成功した。ディズニーランド側は、いわば器の出来たところに料理を盛りつけるだけのリスクだった。 
05年9月に香港ディズニーランドは華々しく開業したが、ディズニーランドの米国本社の経営陣は、香港での開園式典から、その足で上海に向かい将来のテーマパーク建設の視察。それに続き数々のマイナスイメージの露出が続いた。 
香港ディズニーランド側は施設の充実や入場者数の今後の伸びへの期待を強調し、初年度は赤字でも潤沢な資金があり問題ない、とするが、香港ディズニーランドに融資する銀行団の間では、低迷する入場者数=収入減を理由に融資返済契約の見直し(早期返済)も噂されている。 
仮に将来、経営困難で閉園となった場合、ディズニーランド側は「引き揚げ」で、土地造成から資金提供を続けた香港政府ほど大きな痛手はない。上海など他でのテーマパーク経営という次なる利益がある。米国のディズニー本社にいいように扱われ、「香港のポスト97年での観光産業の目玉」「中国からの観光客の誘致には必須」として多額の公金資金を投入決定した香港政府の責任が問われるべきだが、当時の政策決定者に責任を追求することもできない。結果、税金をドブに捨てられた香港市民が損をして終わり、なのだろうか。 

政治的に敏感な言葉でメールの送信不能に 中国政府の露骨な干渉 2006年09月03日掲載
【香港3日=富柏村】中国国内で知名度や影響力のある作家や新聞記者、弁護士らのメールでの通信やブログでの発言などが政府当局の露骨な監視下に置かれている。2日の香港紙・蘋果日報などによると、この監視はMSNのHotmailやYahoo、GoogleのGmailなどにも及び、政治的に敏感な語句があるだけで送信すら出来ないレベルに達しているという。 
政治的に敏感な語句には六四、法輪功、民主といった単語の他に、胡錦涛、江沢民といった政府首脳の名前まで入っており、ネット監視に対する政府の敏感さをうかがわせる。 
政府にはネット警察と呼ばれる数十万の職員を動員したネット監視部門の他、中国国内のネットプロバイダーを監視下に置く信息産業部がある。 
20万人に及ぶという、作家や新聞記者などブラックリストに名前の載った人たちは、「政治的敏感」とされた語句のあるメールを送信しようとしても「メール内容に敏感な内容が含まれるため送信できません」というメッセージを受け取るという。 
作家の余杰氏は、日に受信する約30通のメールの半数が受信した時すでに開封済みとなっており、海外とのメールの送受信には30分から1時間を要する、と監視の実態を語っている。 
蘋果日報の取材に対して、Yahooの中国の担当者も、今年初めに信息産業部が「陽光緑色網絡工程」という浄化活動を始め、個人のメールやブログでの発言などがスクリーニングされている事実を認めている。 
大公報紙によれば、中国国内の大手プロバイダである「新浪」も、社内にメール監視部門を設け、非合法活動や暴力行為に関する不正常なメールについては内容に干渉する、としている。 
中国政府は、ネット分野で、政治的にはかなり敏感に監視を強めている。その半面、ポルノなどは非政治的なためか「ガス抜き」的にかなり規制も緩やかで、ブログも盛んなのが事実。反共産党支配と判断される政治的発言、活動を除けば、自由という、中国の現状があからさまなネット事情といえる。 

経営が危機的な香港ディズニー 話題づくりにリトルリーグの地区大会開催 2006年07月25日掲載
【香港25日=富柏村】昨年9月の開園から入場者数の低迷が続く香港ディズニーランドで23日、8月にアメリカで開催されるリトルリーグ世界選手権の出場権を決めるアジア・太平洋地区大会が開幕した。日本や韓国などの10カ国・地域のチームが熱戦を繰り広げている。計画になかった野球場を建設してまで大会を誘致した香港ディズニーランドには、切実な台所事情があった。 
この大会、もともとは香港の公営グランドで開催され、出場選手らは郊外にあるYMCAの林間施設に宿泊の予定だった。しかし香港ディズニーランド側が開催に意欲を見せ、観客席には屋根のある立派な野球場を建設。6月になって香港ディズニーランドでの開催が発表された。 
香港ディズニーランドは開園1年間の目標入場者数を560万人としているが、規模の小ささなどが不評で入場者数が伸びず、具体的な入場者数の発表はされていないが、1日あたりの入場者数が1万人を下回る日もある模様だ。 
開園当初は「入場料など一切の割引はしない」と豪語していたが、地元市民割引、ディズニーランド職員による無料入場者勧誘、タクシードライバーとその家族の招待、夏休み期間限定の入場パス発行など、あらゆる手段を使って入場者数の増加に努めている。 
今回のリトルリーグの大会誘致もその一つ。もともと香港ディズニーランドに野球場の建設計画はなかった。開園にあわせ高級リゾートホテルが2つ建築され、その間の休閑地に野球場が建設された。しかしそこは本来、3つ目のホテル建設用地。宿泊需要の増加が見込めないため今回の用途変更になった模様だ。 
今年1月には香港の地元公営グランドでの大会開催を決定していたリトルリーグだったが、香港ディズニーランド側は建設した野球場を無償提供、しかも選手宿舎は隣のリゾートホテルという厚遇ぶり。さらに入場は無料。これにリトルリーグ側が応じて香港ディズニーランドでの大会開催が決まった。 
ディズニーランド側は、大会開催で衛星放送のスポーツ専門局による試合中継を通した宣伝を期待。香港ディズニーランドにとっては顧客層である10代の出場選手やその家族、応援、観戦者の来客を見込み、リトルリーグ関連ギフトの販売も収益となる。 
本来、ディズニーランドとはなんら関係のないスポーツイベントを開催してまでの入園者の誘致は、香港ディズニーランドの営業の困難さを浮き彫りにした形だ。実際、23日のリトルリーグ大会開催当日、香港ディズニーランドの広大な大型車駐車場にツアーバスは10台以下。試合の観戦者の間では「リトルリーグのほうがディズニーランドより人が多いんじゃないか」と冗談にもならないコメントがもれた。 
リトルリーグの大会での人出は直接、香港ディズニーランドへの来園者ではないのだが、広い意味で「香港ディズニーランドリゾート」への来訪者と言える。入場料も払っていないため収益には関係ないはずだが、香港ディズニーランドの低迷ぶりでは、「今年9月までの年間入場者数に、リトルリーグ大会の観戦者数もカウントされるのではないか」という憶測もあながち否定できない。 

中国政府による意図的な情報操作か?ダライ・ラマが訪中の噂 2006年07月18日掲載
【香港18日=富柏村】チベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ14世が歴史的な訪中を果たしたという噂が流れ、ダライ・ラマの出生地である中国青海省では14日以来、故郷に近い寺院を本人が訪れるというニュースを聞いた多数の信者が集まった。しかし実際は、「ダライ・ラマが中国、チベット訪問となった場合、チベット人やチベット仏教信者の間で、どれほどの反響があるのか」を予測するために、中国政府が噂を意図的に流したのではないかとの見方が強い。 
17日の台湾の中国時報や香港の蘋果日報によると、ダライ・ラマはすでに北京を訪問し、仏教聖地の1つ山西省の五台山などを歴訪した後、青海省西寧市郊外の湟中県にあるチベット仏教の塔爾寺を訪れたという。ダライ・ラマの故郷に近い寺でもあり、寺の職員によると、1万人を超える信者が集まったとも言われている。 
塔爾寺はダライ・ラマの訪問を否定し信者に解散を呼びかけた。インドにあるチベット亡命政府のラジオ局「チベットの声」も噂を否定し、「ダライ・ラマはインドのダラムサラにいる」と伝えた。すでに寺周辺は平静を取り戻している模様だ。 
ダライ・ラマが中国政府に対する姿勢を和らげ、関係修復に少なからず関心を見せている一方、中国政府も胡錦涛体制となりチベット亡命政府との関係改善は重要な課題の1つとなっている。 
ノーベル平和賞受賞者であり世界的にも発言力のあるダライ・ラマが、今後のチベット仏教とチベット安定のために中国との関係修復に動くのか注目されている。中国にはいくつかの選択肢がある。積極策は、チベット情勢安定のためにあえてダライ・ラマと連携すること。あるいは現状維持を続けることだ。 
後者の場合は、今年7月に71歳を迎えたダライ・ラマ死去の日を待つことになる。チベット亡命政府があるインド・ダラムサラで後継者が決まってから関係修復に動くのか、もしくはパンチェン・ラマ即位の際に見せたような、中国政府系の後継者の独自の擁立など強硬策を採るのか。予断を許さない状況が続く。 

天皇発言の詳細を好意的に報道 香港・中国紙論調、軍国主義の象徴から「平和希求者」に変化 2006年06月10日掲載
【香港9日=富柏村】日本の天皇の東南アジア歴訪を前にした記者会見での発言が、香港や中国で大きく報道され、日本の好感度を高めている。日本軍による侵略を受けたアジアの国々にとって天皇はかつて「日本軍国主義の象徴」であったが、最近のアジアではむしろ、天皇の憲法重視、愛国心強制への嫌悪、深い歴史認識や平和を希求する発言が、日本の憲法が謳う理念やリベラリズムを象徴、体現していると受け取られつつあるようだ。 
タイのプミポン国王即位60年祝典に参列などを目的にシンガポール、タイ、マレーシアを歴訪するにあたって、天皇は日本での6日の記者会見で「歴史を十分に理解し、その上に立った友好関係を築くことが大切」と表明。東南アジアが第二次大戦の戦地となったことに対しては「返す返すも心の痛むこと」などと述べた。 
この天皇発言について香港では、影響力の強い高級紙・信報や英字紙のサウスチャイナモーニングポスト紙など主要紙が8日で詳細に報じた。 
信報は、天皇のこれまでの発言、2004年の園遊会で将棋の米長邦雄永世棋聖の「愛国心の押し付け発言」を諫めたエピソードや、皇室の朝鮮とのかかわりなどへの言及を紹介し、リベラルな発言、姿勢を好意的に伝えた。中国の人民日報も「靖国神社、A級戦犯の分祀否定」といった記事とともにではあるが、天皇の「平和希求発言」を報じている。 
小泉首相の靖国神社参拝をはじめ、閣僚ら政府首脳の隣国を刺激する発言で日本のアジア外交はかなり冷え込みを見せているが、天皇が穏やかな言葉ながら、しっかりと平和の理念を発言し続けることで、それを補うという構図が生まれつつある。 
現在、シンガポールを訪問中の天皇、皇后は9日夜、大統領官邸で開かれた晩さん会でも「先の大戦に際し、貴国においても尊い命を失い、さまざまな苦難を受けた人々のあったことを忘れることはできない」と述べている。 

天安門事件で人民解放軍の戦車を止めた男性は台湾に生存 香港の大学教授が明かす  2006年06月03日掲載
【香港3日=富柏村】1989年の天安門事件で、北京の東長安街を天安門広場に向かう人民解放軍の戦車の列に毅然と立ち向かう、白シャツ姿の男性が世界中の注目を集めた。それから17年、戦車を右往左往させた男のその後の消息についてはさまざまな噂が流れていたが、「男性は王維林という名前で、現在、台湾に住んでいる」と、香港の大学教授(匿名)が新聞・大紀元に語った。大紀元のネット版が1日に伝えた。 
この男性は事件後、一切姿を見せておらず、政府当局に拘束されたままであるとか、すでに死亡しているなどと噂されていた。 
今回、真相を明らかにした匿名教授は、「王維林」氏とは十数年にわたり交友を深めているという。教授によると、現在、王氏は体調がすぐれず、これまでの経緯や現況を公開することで、天安門事件を風化させず、多くの人に関心をもってもらいたいという王氏の願いと同意を受けて、王氏の近況の公開に踏み切った、という。 
教授によれば、王維林という名前も仮名で、王氏はさらに別の仮名を用いて、現在は台湾南部に居住しており、骨董の陶器文物などの鑑定を生業にしている、という。王氏はもともと湖南省紹陽の生まれで、同省の長沙にある馬王堆の発掘調査隊のリーダーだった。王維林という名前もこの発掘調査の頃に用いていた呼び名。89年の天安門事件の前に王氏は地元から労働者のグループにまじり上京、北京で天安門広場に集結していた。 
89年6月5日、天安門広場の東、東長安街で同広場に進軍する人民解放軍の戦車の縦列に遭遇した王氏は、戦車の前に立ちはだかった。その姿はテレビや新聞などで世界中に報道され、中国共産党に立ち向かう英雄のような強い印象を与えた。この行動の直後、戦車と対峙していた王氏は一人の男性により道路から隔離され、その後、北京市民の協力を得て翌6日には北京を脱出に成功。その後、3年7ヶ月、中国国内の各地で多くの人々の協力で潜伏に成功、広東省から香港を経て、93年に台湾に渡ることに成功した。スウェーデンやスイスなどが王氏を政治難民として受入れることも可能だったが、王氏は英語などに不安があり、台湾でそれまでの仕事の継続に意欲を燃やした、という。 
王氏は台湾でも多くの人々の協力を受け、妻や子どもも台湾を訪れ王氏と再会し半年ほど滞在した。しかし台湾は習慣も違い、家族はすでに中国に戻った。王氏は台湾で別の女性と結婚し、6歳の子どももいる、としている。 
大紀元は中国で「国家転覆を企図する邪教」とされ弾圧を受ける法輪功系の新聞。 
香港の蘋果日報もこの記事を引用し、さらに王氏は骨董鑑定だけでなく、台北にある故宮博物館の古物鑑定にもかかわっていると報じた。 
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=200606031213226

不振の香港ディズニーと好対照の老舗遊園地 地元民に支えられ過去最高の入場者数 2006年05月31日掲載
【香港31日=富柏村】中国人観光客を吸い寄せると期待され、昨年9月に開園した香港ディズニーランドの入場者数が伸び悩んでいる。5月の中国の大型連休中も期待を下回り、初年度は大幅な減益となりそうだ。その一方で、開園から30年を迎える老舗の遊園地、オーシャンパークが好調で、年度末の6月末を前にすでに昨年度の入場者数を上回り、過去最高となった。ディズニーランドを意識したてこ入れが奏功したのと、地元の香港人の入園者数が増えたのが原因だ。 
香港ディズニーランドは、開園初年度は560万人の入場者を予測していたが、これを達成するには1日あたり1万5000人の入場が必要となる。開業直後に英語紙のサウス・チャイナ・モーニングポストが行った集計では、1日あたり約1万人で、それがさらに冷え込んでいる。 
中国のメーデー期間の大型連休に期待したディズニーランドだが、平均で1日あたり約7000人の入場者に留まった。このままでいけば初年度は大幅な減益となりそうだ。 
香港ディズニーランド側は、米国や日本でも夏がもっとも入場者数の伸びる時期であり、開園から1年の入場者総数を見てほしい、と強気の姿勢だ。しかし香港の蒸し暑い夏に屋外施設での盛況は期待できないのが実情。香港政府が公的資金を投入した大規模誘致事業であったが、先行きが危ぶまれている。米ディズニー本社は上海での大規模なテーマパーク建設を急いでいる。
これに対して予想以上の盛況を見せているのが地元の遊園地、香港オーシャンパーク。ディズニーランド開業後は客足が落ちこむと予想されていた。ところが開園から30年を迎える遊園地が28日、年度(7月から6月)末まで1ヶ月を残した時点で、年間入場者数で過去最高の403万人を更新した。 
この遊園地は香港政府の第3セクター。香港島の海岸リパルス・ベイの近くにあり、断崖の地形を上手に利用して2ヶ所に離れた施設を全長1キロのケーブルカーで結ぶ。中国政府から寄贈されたパンダが2頭いるほか、交通も便利なために観光客にも地元民にも人気があった。しかし施設の老朽化で入場者数は減少傾向が続いていた。 
そこでてこ入れのために抜擢されたのが、香港の中心地セントラルにある蘭桂坊(ランカイフォン)地区を一大エンターテイメントエリアに仕立てたアラン・ズーマン氏。蘭桂坊での小さなバーの経営から起業し成功したズーマン氏は、香港への恩返しとしてオーシャンパークへの経営参画を受入れ、施設改善や新しいアトラクションの導入を図ってきた。 
そのズーマン氏も、5月28日の年間入場者数新記録達成の祝賀ムードのなかで、「昨年の今頃はディズニーランドの開業で、こちらは20%の減益は必至、最悪なら25%減と見積もっていた」と1年前の不安を振り返った。それがまさかの入園者の伸びとなった。 
ディズニーランドは中国から香港を訪れる年間250万人の旅行者にもっとも期待していた。しかし3泊4日、実質丸2日の滞在で、郊外のランタオ島にあるディズニーランドを訪れると1日を費やすことになる。それに比べて香港島にあるオーシャンパークは他の観光地にも近い上、半日もかからない。さらにディズニーランドに比べて入場料が安い。 
ディズニーランドが通常で大人295香港ドル(約4300円)、繁忙期だと350ドル(約5100円)なのに対して、オーシャンパークは185ドル(2690円)の均一料金。ツアー会社には割引料金の適用もある。 
しかし入場者増を支えたのは、実は香港の地元市民だった。オーシャンパークの発表によると、地元客は前年度に比べ2割増えたという。ディズニーランドができた年に、約30年前に開業した老舗の遊園地を訪れた地元客が多かったことは、偶然とは思えない。ディズニーランド開園前の期待の大きさに比べ、その規模の小ささやサービスの問題などにからんで否定的な部分がかなり伝わった結果、地元の遊園地の支持につながったようだ。 
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=200605311026493

香港への渡航自粛めぐり一時緊迫した状況に 3年前のSARS流行の陰で 2006年05月15日掲載
【香港15日=富柏村】15日付の香港の英字紙サウスチャイナモーニングポスト紙によると、03年春に新型肺炎(SARS)が香港で流行した際、世界保健機関(WHO)が海外からの旅行者らに対し、香港への渡航自粛勧告の発令をするかどうかをめぐり、一時緊迫した状況になったという。対応に当たったWHOの西太平洋事務局(本部マニラ)が、今月発売される「SARS:いかにして世界的な蔓延を防いだか」」(仮訳)の中で、その時の経緯を描写している。 
当時、SARSの流行で香港への観光客が減少し、香港経済にも深刻な影響を与えた。新著によると、WHOは流行を懸念し、香港への渡航自粛勧告の発表を行おうとしたが、観光収入の減少などを恐れた香港政府が、発表の時期を1日遅らせるよう懇願したという。 
新著は、WHO西太平洋事務局が感染症の専門家や関係者の証言をまとめ編集した。 
WHO西太平洋事務局トップの局長は、尾身茂氏(医学博士)。同博士は自治医科大学公衆衛生学教授から1998年、同事務局の局長に就任。鳥インフルエンザやSARSなど、アジアで発生する深刻な感染症の対応に当たっている。 
尾身氏は本の中で、状況が緊迫した当時を振り返っている。 
尾身氏によると、WHOは03年4月1日、香港政府の衛生担当当局に対して香港及び広東省への渡航自肅勧告の発表を予定していることを伝えた。 
それに対して香港政府当局は、これが発表されれば香港にとって渡航者の激減など経済的にも大きな打撃となるだけに「必要な現状報告や対応策を用意するので、発表を一晩待ってくれるように」と WHOに対して求めた。 
翌2日、香港の当局からの報告を受け取ったが、状況はとても満足できるほど感染が沈静化していない、と判断され、このままではSARSが世界的に拡散する可能性も考えられるため、WHOは香港及び広東省への渡航自粛勧告を同日、発表した。 
尾身氏はその発表の責任者。香港や中国広東省という大規模や経済体に与える影響の大きさからしても、それは苦渋の決断だったという。 
これにより4月に入ってから、香港への渡航者数は激減し、日本政府も「注意喚起」の渡航情報を「危険情報」とした。WHOの渡航自粛勧告が解除されたのは5月24日。2カ月弱に及んだ。 
実際には、03年2月から3月が香港でのSARS感染の絶頂期で、3月中旬以降からは、感染ルートがはっきり解明され、感染者数も減少し、状況は落ち着きを取り戻していた。 
だがWHOの渡航自粛勧告を受け、日本でも危険情報扱いとなったことで、現地の状況とは裏腹に、報道が必要以上に過熱した一面もあった。 

胡主席のIT事業への関心示したゲイツ氏訪問 国内のネット統制にも欠かせぬ協力 2006年04月20日掲載
【香港20日=富柏村】中国の胡錦涛国家主席は18日、就任後初めての米国公式訪問でまずシアトルに到着し、マイクロソフト社のビル・ゲイツ会長宅で夕食会に参加した。同社のソフトウェア、ウインドウズの発注額は中国市場だけで約10億ドルに上るとされ、両者の関係を見せつけた。中国にとってIT事業は将来が期待される重要な市場であると同時に、インターネットの統制も国内安定のための最重要課題だ。 
反国家的と見なされる組織や個人の言論の統制は、「有害サイト」へのアクセス制限のほか、約3万人といわれるネット警察による各種サイトの監視がある。そのためマイクロソフト社も中国の「国情」に配慮しアクセス制限などに理解を示している。ヤフー香港は中国国内から天安門事件関連のサイトに反政府的な書き込みをしたジャーナリストの個人情報を中国政府に提出し、“好ましからぬ人物”の特定に協力した。中国にとっても国内の治安維持のためにはIT関連大手企業とは良好な関係を維持したいところである。 
一方、胡主席のITへの積極的な関心や、一族の事業との関係も見逃せない。胡主席は、これまでも新型肺炎SARSや鳥インフルエンザの対策などに関連して、ネットを通じた情報収集の結果に触れるなど、普段からかなりコンピューターを利用していることがうかがわれる。 
胡主席の娘婿にあたる茅道臨氏(43)は中国でも有数のIT事業家だ。茅氏は中国のIT企業大手「新浪網」の元CEO。上海で生まれ、上海交通大学でコンピューターを学び、卒業後に米スタンフォード大学の工学経済の修士号を取得した。国際投資会社、ウォルデン・インターナショナルで中国や香港のIT企業向けの投資に従事し、同社の副総裁を経て、1988年に中国でインターネットのプラットフォーム会社「新浪網」を起こした。 
茅氏が所有する資産は6千万ドルと言われ、ある中国のIT長者番付には11位に登場した。胡主席の娘・胡海清さんは北京清華大学卒業し、上海・経営大学院で昨年、MBAを取得したエリート。 
江沢民・前国家主席も上海交通大学の電気機械科出身ということもあり、中国のIT事業にかなり関心を寄せていた。しかし江氏の影響力が残ると見られながらも胡主席は急速に権力を掌握した。 
こうした中、中国では太子党と呼ばれる共産党幹部の子弟の「活躍」が目立つ。太子党のビジネス進出は旺盛で、親の威光で許認可などの優遇が得られるほか、太子党を雇用することで、その恩恵を期待する企業も少なくない。 
とくに李鵬・元首相の中国での電力事業の関連は有名だ。李氏の妻や息子、娘が中国の経済発展の基幹産業ともいえる発電や電力会社、関連投資会社の主要幹部を占めており、実質的に中国の電力産業は李鵬一族による寡占状態にある。 
IT事業の将来性が期待される中国で、同時にネット統制が国家にとっての重要な治安維持の手段だとすれば、胡主席が中国のIT事業でも指導的立場になることは明らか。胡主席にとって米国のマイクロソフトやヤフー、グーグルなどIT大手企業との友好的な関係の維持がどれだけ大切になるかを、シアトル先行訪問が示した形だ。 

中国戦線の狂気を追う80歳の元日本兵 『蟻の兵隊』が香港国際映画祭で初上映 2006年04月15日掲載
【香港15日=富柏村】第二次世界大戦の終結後も、中国の山西省に駐屯していた日本軍の北支方面軍第一軍の数千人の兵士は、武装解除されることなく国民党に引き渡され共産党軍との内戦に従軍していた。この事実とともに日本軍の中国人殺害、暴行などの実態の究明に余生を賭ける、80歳の元初年兵の姿を追ったドキュメンタリー映画『蟻の兵隊』(池谷薫監督)が、日本での公開に先立って、香港国際映画祭で9、12の両日初上映された。池谷監督は会場を埋めた観客を前に挨拶、質疑応答を行なった。 
国民党に引き渡された将兵は1万人。このうち約2600人が戦後の4年間、共産党軍との内戦に参戦させられ、550人が戦死した。生き残った将兵は日本に帰国したが、日本政府は、この兵隊の存在が国際法に抵触することを危惧してか、彼らは「自ら志願して国民党の傭兵となり勝手に戦争をつづけた者」とみなして切り捨てた。そのため戦死しても日本では何の補償も受けられず、生還しても軍人恩給の対象から除外されてきた。 
元残留兵7人が原告となって、国を相手どり軍人恩給の支払いを認めるよう提訴したが、一審は敗訴(東京高裁で控訴中)。裁判で問われているのは、たんに軍人への恩給の支払いの可否でない。この恩給を支給すれば、当時の軍資料などから、国民党軍への参加も、実は軍の内部に戦後も皇国軍隊の再興を企図しとしていた事実があったことにまで踏み込まなければならないことになる。これは明らかにポツダム宣言に違反し、国の姿勢まで問われることになる。 
この映画の主人公である奥村和一氏は、北支方面軍第一軍の初年兵だった。奥村氏は80歳という老齢ながら、山西省に足を運び当時の公務文書から、この日本軍から国民党軍への兵士の引き渡しがどう行われたかの徹底解明に努め、当時の駐屯地を訪れ市民虐殺のあった現場や兵士相手に「慰安」を強要された女性から話を聞く。奥村氏の徹底した事実解明への姿勢は、右だの左だのといった政治的立場を越えたもの。靖国神社に対しては「中国を侵略した兵隊がどうして神になれますか」と単純明快だ。 
第30回を迎えた香港国際映画祭で、『蟻と兵隊』が初上映されたシティホールは400人余の観客で満員。挨拶に立った池谷監督は、この映画を製作するだけでも、日本では製作オフィスやサイトににいやがらせや脅迫などもある現状を紹介し、その作品が「こうして映画祭で上映され、多くの人が関心をもってくれることがとても光栄だ」と語った。また、この映画が、奥村氏を中心とした動きをカメラで撮影し続け、ナレーションなど敢えて一切用いなかったのは、「見る人に、事実をそのまま見て、自分でその内容を考えて判断してほしい」ため、と紹介した。 
香港は英国植民地として日本軍の侵略を受け占領に遭った歴史があるため、日本の侵略に対する歴史の見方などに対しては高い関心がある。首相の靖国参拝や「作る会」の教科書、石原東京都知事らの言論が紹介され続け、それが中国人の心情を逆なでしたり、日本への不信感となっている。そのなかで、この映画が上映されることで、日本にも戦争の事実を直視して生き続ける奥村氏の生き様が紹介されることは、「日本の理解」にもつながろうとしている。 
 『蟻と兵隊』は7月下旬から渋谷イメージフォーラムで公開予定。この作品は製作段階から支援者によるカンパによるもので、上映もボランティアの協力によってようやく公開にこぎつけたものだ。

「法輪功」でアクセスしたら、すべて批判報道に グーグル社の検索規制 2006年01月29日掲載
【香港29日=富柏村】インターネット検索大手のグーグル社がこのほど、中国政府の憂慮する政治的敏感な検索を制限することで合意した。同社は、その見返りとしてインターネットで発展の著しい中国市場への浸透を図るのが可能になった。 
最近公表された中国用のグーグルの検索エンジンは http://www.google.cn/ で通常の外国語バージョンからは独立したものだ。これまでは中国からは海外のグーグルに接続するため中国政府の情報統制のフィルターを通るために検索に時間がかかったり検索内容が遮断されいていたが、この中国用の登場で接続はこれまで以上に容易になる。 
しかし、今回の合意で、チベットや台湾の独立、民主化運動、天安門事件、法輪功といった中国政府にとって敏感な「政治的に好ましくない」サイトについては、検索に対してこれまで以上に徹底した制限が加えられることになった。 
では具体的にどのような制限があるのか。例として「法輪功」を、この中国用のグーグルで検索してみると、29日現在で23万件ものヒットがあった。 
その結果から「検閲」がされていない、ととるのは早合点。実際にサイトのコンテンツを見てみると、その検索でヒットしたものが全て、法輪功に対して批判的な報道、報告ばかり。 
つまり「法輪功」という言葉を含むサイトが全て制限されるのではなく、法輪功について法輪功のサイトを筆頭に中国政府が好ましくない関連サイトのみ制限が加えられている。検索の制限がここまで徹底しており技術的にも高度であることがわかる。 
検索が制限されるばかりか、政府が危険視する言葉での検索をした場合に、その検索者のIPアドレスまでが検出することも技術的には可能だ。 
実際に、昨年、米国で編集されている中国民主化運動系の報道サイトに中国国内からヤフーメールを使って送稿した記者は、匿名だったが、中国政府からの要請でヤフー社がヤフーメールの利用者情報を提供したことで記者が特定され逮捕された。 
このようにインターネットについては制限ばかりか反政府的な言論の取り締まりにも機能している。中国政府の取り締まりと、会社の信念を曲げても中国市場に参入したいインターネット関係企業の皮算用が相乗効果をあげている。