乾 坤容我静 名利任人忙
(旧)教育基本法(1947〜2006) 改正に反対した文化人129 名の声明 憲法改正反対(九 条の会こちら

また眞理を知らん、而して眞理は汝らに自由を得さすべし。ヨ ハネによる福音書8章32節)

メ ディアはコミュニケーションの道具という素朴なイメージがあるが、もっともこの言葉は「中間」という意味であり、二つのものの間を取り次ぐという意味で はコミュニケーションの道具となるが、同時に最初は一つであったものを二つに分けるという効果ももたらす。メディアは、それがもたらす情報を共有し仲間意 識を持つグループと、そうしたものに無関心、あるいは反発するグループとの分裂をもたらす。メディアが発達すればするほどこの分化は進む。だから、メディ アの発達がコミュニケーションを豊かにするというのは幻想にすぎない。(佐藤卓己)

■ 富柏村の一連の写真画像はこちらで ご覧になれます。
■ 「はてな」の富柏村日剰・香港日記(テキストのみ)はこ ちらを ご覧 ください。

■最近のブログ化のご時世に敢へてブログ化せぬ日記を。の 心づもりでをります。敢へて全て讀むこと強ゐる日剩あつてもいゝのでは?と。
讀みにくいこと間違ひなきサイト乍ら今後とも御贔屓の程宜しくお願ひ申し上げます。

2000 年11月24日からおそらくあなたは番目の閲覧者です。

十一月卅日(木)快晴。東京よりお越しのN氏。戦前に香港生まれの香港育ちで毎年この時期に来港される。齢78歳で矍鑠としたもので「昨日も27千歩くら ゐあるいたかな」と、けろり。リッツカールトンホテルにお迎へして鏞記酒家で N氏交へ昼食。早晩に中環。FCC のバーに憩う。Watson's Wine Cellarに葡萄酒数本購ひ大陸に渡り尖沙咀、インターコンチネンタルホテルにK氏がY嬢をこのホテルの車寄せでお迎へで私はお二人のお邪魔虫でK氏の 豊田セドリック車に便乗し沙田……のはずが中環のWatson's Wine Cellarの旧址大規模なビルの改装でWatson's Wine Cellarは移転、とあり。慌ててOliver'sに向ふ途中、明後日が選挙で選挙運動中のレジーナ葉劉淑儀候補に遭遇。晴海のモーターショウの如きオ ネエチャンたち従ひ自由党党首と中環をお練り。思はず本人からチラシ渡されてしまふ不覚。チラシには“I'll do better than my best!”とあり。実力よりいひ仕事をする、といふのは中国政府がバックについてゐますから、といふ意味か(嗤)。Oliver'sで葡萄酒四本購つた が、とてもホテルでの約束の待ち合はせ時間には間に合はず、そのまま地下鉄で九龍塘、KCRに乗り換へ沙田。龍華酒店。春に深井で焼鵝頬張り葡萄酒四本の面子で、今回は焼鳩を食さ う、と私とZ嬢含め七名が鳩まる。焼鴿、五蛇羮に羊肉煲と冬らしさ満喫。葡萄酒はK氏差し入れのMoet & Chandonに始まりOyster Bayの04年、Santa Catolina、Henry JamesのPinot Noir 04年で最後はCh. Haut-Bages Averousの1997年。K氏ご持参のデザートワインまで。K氏のお車で送つていただく。

十一月廿九日(木)昨晩の深酒に不思議と快調なる目覚め。諸事に多忙。その途中で銅鑼湾の何洪記にて咖喱牛南飯が晩飯。疲弊してゐたがジャスコの旭屋書店に寄る とカメラ月刊誌入荷あり。帰宅してアサヒカメラ読む。カメラのニューフェイス診断がライカM8で、これを読んでゐる途中に寝てしまふ。
▼香港海洋公園、06/07年度の入場者が492万人と過去最高。前年度比12.3%増。1日平均13,480人の来場者。香港鼠楽園は日に7千人と聞 く。

十一月廿八日(水)朝の気温摂氏十五度。厳寒の季節到来す。巷街にはダウンジャケット、マフラー、暑いコート着込む防寒者多し。早晩に中環。FCCでハイ ボール二杯。新聞読み。尖沙咀。周凡天氏の「解剖世界名曲進入音樂世界」の早くも第三輯「管弦楽編」の第3回を聴く。終はつて外に出るとS女史より携帯に 電話あり。「第4レースの6番、来たわよ」と。S女史は競馬場より。第4競争の6番とは畏友A君家族の持ち馬ナチュラルエコーのことで、ボトムエンドのク ラス5でレーティングも確か10幾つまで落ちたが持ち直し前回の2000mで一着。で今回はハッピーバレーの競馬場をぐるぐる回る2200mに出走。今晩 競馬に行くといふS女史にこの馬を紹介し、アタシもご祝儀でそれなりの金額を投入。5.7倍の一番人気の期待に応へ連勝。さつそくA君に祝電。一人で祝賀 とペニンスラホテルのバー。ドライマティーニと目が覚めるやうなレシピのギムレット二杯。帰りがけに銅鑼湾で間違つて地下鉄を降りてしまひ(笑)バーS。 ギムレット再び。T氏とマスターM氏と趣味の話。
▼立法会港島区補欠選挙迄一週間を切り選挙運動白熱。葉劉淑儀は本晩、中環Charter Gardenにて支持者集会。蘋果日報は社主・黎智英氏が「良 知和你有個約會」と題した文章で「高貴人格捍衞自由」の陳方安生女史に投票呼びかける。日曜日の立会ひ演説会では陳方候補支援する公民党のメン バーが葉候補の支持者がバスで動員されてゐる現場を携帯で撮影したところ葉派の一人が携帯取り上げる実力行使に出て撮影者が軽い怪我負はす。警察が検挙の その男は民建聯の21歳の党員で最も若い区議会議員候補だつた姚銘さん。保守派の若い熱血党員でさながらかつての自民党の青嵐会の如し。泛民主派はこの暴 力沙汰を「白色テロ」と恐れ、民建聯は「自作テロ」と否定。いづれにせよ民建聯ら左派の敵は民主党でなく、今ではすつかり公民党にお株奪はれたやう。
▼額賀先生の参議院での証人喚問の実施可決につき自民党の参院国対委員長が「数の横暴」と非難。証人喚問の事の重大さを考へれば全会一致が望ましい、とい ふ考へ(公明党の国対委員長の弁)もわかるが、「数の横暴」は自民党こそお家芸。それが立場が逆になつた途端、数の横暴非難とは聞いて開いた口が塞がら ぬ。
▼或る民意調査機関の調査によれば、香港市民に対して「自分が中国人といふ意識向上に影響あるものは何か?」といふ質問に対して、7割強が普通選挙実現、 8割余が大陸との経済関係の密接化と中国の国際的地位を挙げ、逆に共産党による執政の継続と答へたものは2割。この調査ぢたひは驚く結果ではない。が実施 したのが香港大学の民意研究計画グループ、マカオの調査機関、台湾の国立政治大学選挙研究センター、それに琉球大学の国際関係学科ださうな。中国人として のアイデンティティ調査に琉球大学がどう関はつたのか記事(信報)からはよくわからぬ、が琉大の国際関係学科助教授の林泉忠先生のコメントとして「調査結 果からわかることは、香港人が「共産党による中国統治」を否定してゐるといふものではなく、民主化を促進することが香港市民の大陸に対する帰属意識を高め ること」とあり。沖縄がかういつた中国人のアイデンティティ調査に加はることがとても興味深い。

十一月廿七日(火)諸事忙殺され晩に到る。夕食は白菜、茄子、鶏レバーに煮豆など。本日一大事あり。ずつと愛用の所謂「大学ノート」 はTSノートのB5版中細罫(40枚綴)だつたのだが既にTSノートが廃業してゐたらしい。ず つと愛用といつても実際にはノートを使ふことはかなり少なくノートブック活用の上にタイムシステムのA5版のシステム手帖と携帯用のファイロファクス、そ れにFCCのメモ帳で十分なはずで大学ノートはもつぱらスクラップ帖兼忘備録、読んだ本からの書き写しに使ふ程度で一年に数冊使ふ程度。何年か前に日本橋 の丸善で(まだ日本橋が本店だつた頃)2打も購へば十年はもつと思つてゐたが残り2冊になつたことに昨晩気づき、そろそろ注文か、と思つて何気に丸善の ネットショップ覘ゐたが流石に大学ノート程度で通販してをらず東京駅前に移つた本店の文具売り場に電話すると「TSノートは現在当店では扱つてをらずお取 り寄せになります」との事。何冊でも代引きでお送りします、との親切だが、わざはざ仕入れて迄貰はずとも丸善には丸善オリジナルのノートがあるので「そち らで結構ですよ」と電話で2打の注文済ませ最後に「ところでお値段は?」と尋ねると何と1冊430円でございます、と売り子嬢。ちよつと待つた〜。大学 ノートで430円はないでせう、いくら丸善オリジナルでも……しばらく丸善の大学ノートを日記帳に使つてゐた時期もあつたが確か250円くらいぢやなかつ たか。 いくらなんでも大学ノートで、2打となると1万円を越えてしまひ破産したくないので恥づかしながら注文取り消し。それで調べると、どうもTSノートはすで に製造されてゐない由。で、ふと「ツバメノート」が気になり ネットで探ると福井にツバメノートなど選りすぐりの文具通販で売る文具店あり。何十年ぶりか、でツバメノートのB5版8mm27行(A罫、40枚綴)を1 〆(20冊)注文。事無きを得る。それにしてもTS、丸善にツバメといへば日本のノートの三大銘柄だがTSが消え丸善は高価、ホント、浅草橋のツバメノー トに頑張つていただくしかない。浅草橋のこのへん、今でいへば秋葉原を出た総武線が浅草橋駅の手前で清洲橋通りと交はる辺りが昔は浅草区、下谷区、神田 区、日本橋区のやけに入り組み、大川に近い柳橋の花街と神田を結ぶこの界隈は向柳原町の賑はひ。衛生試験所と泉橋病院の跡地に三井記念病院が建つ、と昔話 はそのくらゐで。
▼楽天トラベルがメーンキャラクターにムーミンのスナフキンさん徴用。けふ日のスナフキンさんぢたひ古へのオリジナルにはほど遠き可愛らしさで呆れるが、 どうであれアタシにとつては幼き頃より憧れのスナフキンさんが新聞の楽天トラベルの広告に登場するとどうしても目がいく。その一コマ広告でいつもスナフキ ンさんは「どう考へてもスナフキンさんらしくなひ」下手なキャッチフレーズを語らせられてゐるから困つたもの。彼の顔がいつも以上に寂しさう。でつひに今 日(朝日新聞衛星版)は「空港のあの匂ひが好きなんです」と一言。旅行会社らしいキャッチコピーといへばその通りだが「スナフキンさんは飛行場は使はな い」。不愉快極まりなし。彼ならせめてボート。スナフキンさんは湖畔が似合ふ。で、なんでこんなへんなコピーなのか、と思つたら楽天トラベルがスナフキン さんに言はせたいコピー募集してゐた とは。スナフキンさんなら「ムーミン、いやだね、広告なんてものに躍らされる世の中は」と言ひさうなのに。不憫。
▼いぜん大陸妊婦の香港での出産で公立病院が満杯といふ話、この日剰に綴つたが、今度は香港の私立病院(高級)も大陸妊婦に人気で地元妊婦が私立病院での 出産能はず公立病院へ、と今日のSAMP紙に記事あり。香港で今年9月迄に生まれた新生児の実に4割が大陸妊婦。香港での出生で新生児の香港居住権得ると いふ策略ばかりか大陸の金満化でどうせなら医療水準高い香港の恵まれた環境での出産を、といふ指向。この煽り受けたのが香港の地場の産婦人科開業医。みづ からの診療所で妊娠からのケアをして実際の出産は大型の私立病院に妊婦を送り、だつたが大型私立病院が大陸妊婦で溢れ開業医からの依頼状あつても入院でき ずウェイティングリスト。産気づいて、で数日待ち、とできず公立病院に駆け込むことに。香港の中国への返還で、まさかかういふ事態もあらうとはかつて誰も 想像もできず。

十一月廿六日(月)原田治著『ぼくの美術帖』(みすゞ書房)は手にした瞬間、その装丁の優しい美しさ(勿論、装丁は著者本人)、本の開き具合の柔らかさ (製本は誠製本)、そして綺麗な活字は当然のやうに精興社で、「な るほどな」と 日本の製本技術の最も調和のとれた世界を垣間見た想ひ。でもそのためには2,500円になつてしまふ。かういふ計算はいけないけど1頁あたり10円余。原 田治とかかなりセンスのいい著者、みすゞ書房くらひでしか許されない贅沢。早晩に中環。Colorsix現像店で写真受け取り。FCCのバーで久々にウヰスキーソーダ2杯。葡萄酒はボジョレーヌ ヴォーの季節だつたりしてJacques Charletといふのを一杯、まぁ季節の味覚、といふことで。Z嬢と上環で待ち合はせ生記粥品専家。魚腩及第粥。此処のお粥、お粥ぢたひはほぼ三分粥。究極 やね。今晩は上環のCivic CentreでAlexander Korbinなるロシアの若手洋琴家の独奏会あり。開演前にCivic Centre近くのGrazeなるカフェで珈琲。香港は最近かうしたちよつと洒落たカフェがちらほら。 昔はコーヒーといへばそごふ地下のポッカくらひしかなかつたこと考へればぢつに嬉しいこと。なかなか美味しい珈琲。でAlexander Korbin君は2005年に第12回Van Cliburn International Piano Competitionの金賞授賞ださう。舞台にはヤマハの洋琴。Z嬢曰く上環の此処にはベーゼンドル ファーもあるのに。パンフレット見ればあちこちのコンクールの授賞歴の一つに浜松国際2位(と書くと浜松オートの重賞レースのやうだが)とあり、その関係でヤマハな のかしら、なんて。で演目はモーツァルトのピアノソナタニ長調K.576で、アタシはモーツァルトの、とくにピアノソナタなんて苦手中の苦手、といふか全 くわからない 人種なので最初からこれには期待薄だが、それ以上にこのアレックス君の奏法が上手い下手でなく生理的に合はない、と感じる。続くベートーヴェンのソナタ第 4番変ホ長調作品7に多少期待したが、やはり井上直幸先生なら「とんでもない!」と、もつともつと曲に愛情を込めて、と思へてならず。休憩はさみショパン のエチュード(12の練習曲 Op.10)。第1番ハ長調や第3番ホ長調「別れの曲」あたりは聴けたが、やはり芸風が合はないと、いくら熱演されてもアタシは「だめ」で終はつてしまつ た。仕方がない。いくら小さん師匠の落語を聴いてもアタシはダメだつた。それと同じ。落語といへば、前述の『ぼくの美術帖』のなかで原田治さんが鏑木清方 について書いてゐるのをFCCで酒を飲みながら読んでゐて、思はず没頭してしまつたのは、原田さんが清方が好きになつたのは、あの有名な三遊亭圓朝像で、 それを竹橋の近代美術館で見た時のからだがぶるぶる震へた時のこと、落語が好きで圓生から圓朝の広大な世界を知つた、といふ記述が書かれてゐたから。私 も、清方を知つたのは圓朝像。小学生の時に家にあつた旺文社の学芸百科事典の各巻末に美術図録があり(三島由紀夫はそんな時に「聖セバスチャンの殉教」を 見つめてゐたのだらうけど、私の場合はフランソワ=リュード(1784~1855)の「亀と遊ぶ少年」といふ世界が好きであつたが)、その図録の中に「な んで圓生師匠がここにをるねん?」と一瞬、思つたのが清方の圓朝像。圓生は「笑点で圓楽が「名人、円楽です」なんて言つたので叱つた」師匠であり上野鈴本 で実際に高座も見てゐたので知つた顔。で、清方のそれが圓朝像と銘があり、あ、この人が怪談牡丹灯籠のあの不世出のあの名人か、と知つた、といふか清方の あの湯呑茶碗を手に上目遣ひの圓朝像が三遊亭圓朝として目に焼き付いたのだが、いづれにせよ「圓生は圓朝を目指してゐる」と、子どもだからそこまでは感づ いてゐないが、少なくても圓生が圓朝に似てゐる、と思つたのは確か。あとになつて圓生師匠が生前、圓朝襲名を真剣に狙つてゐたことなど知り、納得。それに しても原田さんの筆致が頗る佳い。
江戸から明治にかけての噺家の名人圓朝を、清方は年少の頃の面識か ら想像して描きました。ここには圓朝という人の姿かたち人格の写実だけでなく、圓朝の芸術に対する写意がはっきりと存在しています。
鏑木清方のあの円朝像が好きな者にとつて、とても短いがこの原田さんの簡潔な言葉以上に何も必要はあるまい。
▼昨日ジャパンカップ制覇のアドマイヤムーン引退、と発表あり。それにしても頭角現した名駒が4歳で勝ちをさらつてさつさと引退、といふのは「ちよつと待 つて」と言ひたいが、これについてはオーナー=ダーレイ・ジャパン(DJF)の高橋氏の決断力とか斉藤さんがきちんとかかれてゐるので(こ ちら参照)なるほど、とわかる気もする。武豊騎手の騎乗も、確かに馬友のO氏に聞いた通り、これがアドマイヤムーンが凱旋門賞に出るならロンシャ ン経験してゐる武といふのはわかる話で、だが、疫病の関係でロンシャンには行けずに、それでも天皇賞(秋)からの乗り代はり。O氏曰く「テイエムオペラ オーに和田竜二を乗せ続けた岩本市三の気合がほしかつた」と。
有馬記念の2500は先日のレースをみるといっぱいいっぱいで無 理、思うのも十分わかるが、最後にもう一度みたかったなというのが正直な印象。ダイワメジャーとかとの対決だの。土曜日のジャパンCダートもDJF所有の フリオーソと絞り、この馬は来年のドバイカップを睨んで、の購入だつたはず。で、DFJの動きが俄然、気になる。
とO氏の弁。
▼話は旧聞に属すが今月、智利のサンティアゴにて中南米諸国と西班牙、葡萄牙によるイベロアメリカ首脳会議が開催される。ベネズエラのチャベス大統領が雄 弁通り越しての毒舌で西班牙の前首相を批判したに対し西班牙国王フアン=カルロス1世が「怒りをあらはにし「黙れ」と発言する一幕があつた」(時事通信) といふ報道あり。記事によれば
10日はスペインのサパテロ首相が「前首相も民主的に選ばれた。敬 意を払ふべきだ」とチャベス大統領に苦言を呈した。大統領が何度も反論のため首相のスピーチを遮らうとしたところ、首相の隣にゐたフアン・カルロス一世が 身を乗り出して大統領を指さし「黙らないか」と発言した。
となつてをり「黙れ」と一喝するのと「黙らないか」ではだいぶ「日本語の」ニュアンスも違ふが、この「日本での」報道は完ぺきに意味がつかめてをらず。唖 然。アタシが香港で読んだ記事によれば、この場面、チャペス君の暴言でかなり会場も緊張し、或いは白けてゐたが、そこはさすが西班牙国王、カルロス1世が 鷹揚に身を乗り出して ¿Por qué no te callas? と一言(画像)。英語にすれば “Why you do not shut up yourself?” だし日本語なら「黙らないか」なのだが、スペイン語で、この“te”が、さすが御大、カルロス1世。本来、このての会議の場であれば“you”はスペイン 語で“usted”であり、これで¿Por qué no usted callas?とでも宣へば、場はかなり緊張するが、そこを ¿Por qué no te callas? なら「ほら、君、ちよつと黙らないかね」と威厳ある紳士なお爺さんが若いやんちや坊主を窘める、つてな感じ。しかも王様から、は光栄。このカルロス1世の 大人が話題になつた報道なのだが……。同じやうな会議がもう一つ。ウガンダで開催された英連邦首脳会議(CHOGM、Commonwealth Heads of Government Meeting)について。かつての大英帝国の威光か、英国や豪州、カナダからカリブ海のアンティグア&バーブーダ(人口 6.8万人)まで数十カ国が参加。なんか大時代がかつた旧守派の集り、かつての栄光、といふ印象あり。しかも今年はダイアモンド婚をマルタで過ごしたエリ ザベス女王が、この会議に合はせ53年ぶりにウガンダ訪問で熱狂的歓迎、とそちらば かり報道される。が、実はこの会議、英連邦に属す国にはバングラディシュやボツワナなど硝煙キナ臭い国もあるが今年は何といつてもパキスタンのムシャラフ 大統領の戒厳体制が討論され53カ国・地域の代表がパキスタンのムシャラフ大統領に対して“has suspended Pakistan from councils of the Commonwealth pending restoration of democracy and rule of law”と決議。国連安保の決議なら大きく報道されるが、実はラテン系各国や大英帝国などかういつた「縁し同盟」もまたそれなりに動いてをり影響力もあ る。本来、東アジアなら漢字圏で全員が漢字で筆談会議とか、儒教文化圏賢人会議とか(李光耀先生を名誉議長にしてあげたらさぞや喜ぶでせう)、日韓と華僑 の黒社会・ヤクザサミットとかがあつてもいいはず。

十一月廿五日(日)本日、沙田は吐露ハーバーにて服部時計店主催のハーフマラソンあり応募済みながら体調芳しからずC医師に週末は休養しなはれ、と倦怠な 薬処方され、万事休す、で終日臥床。本日、競馬はジャパンカップ(画像は月本さんから無断借用)。香港もサイマルキャストで中継あり。一番人気は泣く子も 黙るメイショウサムソン。春、秋の天皇賞での勝ちつぷりに文句はない が、ずつと石橋守が騎乗してきた馬が勝てば「はい、武さん、お待たせしました、どうぞ」なのがアタシは厭だ(秋の天皇賞より)。アドマイヤムーンは昨年の 香港カップで2着(優勝はViva Pataca)、今年のQE II Cupも2着(優勝はPride)と香港まで来てくれてゐることに恩義といふものあり、半分は御祝儀、半分は宝塚記念でメイショウサムソン破つてゐる実力 と秋の天皇賞は前を塞がれての6着で実力発揮できず、で単勝はアドマイヤムーンなのだ。で香港では馬枠の関係で単勝、複勝と枠連でしか買へぬのでアドマイ ヤムーン軸にメイショウサムソンとポップロックに流す。ポップロックは昨年のメルボルンカップで2着(優勝はデルタブルース)、今年のドバイシーマにも出 てゐたが(6着)何より「ジャパンカップではペリエ騎手は外せない」ゆゑ。ほかに名前を知つてゐるのは牝馬のウオッカだけ。で昼食後に寝て偶然にちやうど 出走時間直前に目覚めテレビで競馬観戦。アドマイヤムーンは終始4〜6位ぐらゐで内枠でいひ位置取り、ちよつと折り合ひが悪く、それに対してメイショウサ ムソンが1600mくらゐから外を余裕で上がつてくるのが怖い。だが最終コーナーで外が広がり過ぎたかな?と思ふ瞬間、アドマイヤムーンが最内から仕掛け メイショウサムソンの必死の追ひ討ちも退け、それよかポップロックが頭差で2着まで刺してきてゐたのだつた。いやはや嬉しい結果。アドマイヤムーンは病床 のアタシを裏切らず。日本では4番人気で10.9倍であつたが香港は2番人気で5.7倍、香港でのアドマイヤムーンへの支持がまた嬉しい。枠連で27.5 倍としつかり配当もいただけた。「もし」三連単があればメイショウサムソン三着でいただけていたし4着がウオッカ、5着にデルタブルースもきちんとマーク してゐた。勝てば官軍で何でも言へるが、言ひたひだけ嬉しい勝ちであつた。午後遅く萱野稔人『カネと暴力の系譜学』残り半分ほど読了。ごろごろと大澤真幸 『帝国的ナショナリズム』読了。野菜豊富に夕食。デンキブラン少し飲む。寝しなに原田治『ぼくの美術帖』(みすゞ書房)少し読む。
▼萱野稔人『カネと暴力の系譜学』について。著者は、良く言へば戦闘的、否定的に言へば「キヤツチーなフレーズの羅列」で国家と暴力、資本の問題を語る。 国家がどう暴力を独占し、それにより権力を得て強制的にカネを徴収するか、国家の暴力性、など。また、貨幣が<交換>の過程で生まれたことをアタシたちは 文化人類学から学び、資本主義も商人の国家権力からの独立であるとか資本主義的な生産様式が土台にあり近代国家はその上に載つた副次的なものであることを マルクス主義から学んだのだが、貨幣は国家が民衆の富を吸ひ上げるために生まれたもので、資本主義も中世のシステムが崩壊するなかで地主貴族がどう生産者 からの搾取を維持するか、から生まれたもので、国家は人々の労働による生産を自らのものにするため資本主義のシステムを利用したもの……といつた、この本 に書かれた諸説は興味深い。但し、それの大部分がフーコーやドゥルーズ=ガダリからの引用。フーコーやD&G読んでしまつた者には食傷気味の内容 が続く。さういつた政治社会史的な部分よりも、むしろ近年の国家の暴力のアウトソーシング化(イラクでの米国による民間軍事企業への委託)やテロとの戦ひ がかつて米国がみづから出ていけぬが故に育んだ当地の政府に対しての敵対勢力を、それの勢力が巨大化するのを恐れ「テロリスト」扱ひすることで敵と見做し て切り捨てる、その一連の作業が「テロとの戦ひ」である、といつた見方が、どこかテレビの時事評論番組にお誂向き。それに、80年代のニューアカの時代に 浅田彰が語れないとバーでモテない時代ぢやないが(笑)、21世紀の平成の時代に「結局さ、国家つてのは暴力装置ぢやない?、その権力つてのは」と酒場で 蘊蓄を語るには、この一冊でフーコーもD&Gもバツチリ、とコンビニ的でもある。といふかバーどころかこれ一冊の解釈で今どきの大学ならお手軽に 卒論も可。
▼大澤真幸『帝国的ナショナリズム』について。2000年くらゐにアウム、酒鬼薔薇、クリントン醜聞といつたことから社会を語る。クリントンの不倫疑惑も 今にして思へば、あの時にヒラリー女史は大統領の座を射止めた、と思へるが、大澤先生曰く
恥ずかしい性行為が細部まで暴露されても、大統領の権威があまり傷 つかず、高い支持率を維持し得たのは、大統領としての徳や威厳の内に、徳からの最も恥恥ずべき逸脱が、猥雑な欲望の堕落が、はじめから内在していたからな のである。(法廷で)決して嘘をつかないという宣言を意味する選択が、そこから気の迷いのような逸脱を……偽証や法廷妨害の可能性を……その内的な構成素 として成り立つているからである。
この指摘は今のブッシュにも言へること。「性行為」を「軍事的征伐」に置き換へればよいだけのこと。もう一つ大澤真幸先生らしい面白さを上げると「エア ポート論」も面白い。「たかだか」飛行機と空港といふ交通手段とその空間がこのやうになる。
飛行機旅行やエアポートは、言わば、語る身体=主体が、語られた主語の内に掬い取れない「残り滓」として、集積する場所である。
これだけぢや何が何だか「さつぱり」だが
実際、たとえば、普遍的な空間を踏破する全能であるべき主体が、飛 行機の内部で、無能な主体として、つまり何もしえぬ者として扱われる
と具体的に(つてこれでもまだ抽象的だが)説明されて、アタシはつくづく納得。なぜヒトは飛行機の搭乗中と空港のラウンジなどにおいて、あゝも我が儘で文 句ばかり言ふのか、と。あれは、ヒトが飛行機においては単に運ばれるモノと化すことへの健気な反発なのだ、と。そして圧巻はこの本の題名にもなつた「帝国 的ナショナリズム」(書き下ろし)。グローバリズムとナショナリズム、米国に代表される粗野なナショナリズムとネグリ&ハート的な<帝国>の普遍性の象徴 のやうな米国の存在。その矛盾をどう理解すればいいか?を大澤先生は弁証法的に解いてみせる。<帝国>の普遍性がじつはまだ未定=空無であり、それを普遍 性の否定としての特殊な文化や生活様式、民族性の強調が示してゐること。<帝国>といふグローバル・スタンダード=普遍的なXが見えてをらぬ段階で、その 内部に包摂されてゐる文化や民族性といつた様々な個々の執着や没入が、むしろ普遍的なXを確保させてゐる。だが問題は米国がそのX自身になつてしまふこ と。米国が<帝国>の特権的な代表者であり、且つ特殊なネイションであるといふ二重性、これこそ米国の行動の「首尾一貫性の欠如」であり「地球的な矛盾の 結晶」だ、と指摘。
▼昨日、肥後の殿様の能にまつはる文章引用したが、素人ながら大曲「道成寺」を舞つたことがあると称する者が舞台上で能面に閉ざされた内的世界を滔々と語 るが、実はこれ、能など舞つたことのない詐欺師の弁で美辞麗句に満たされた体験談すべて嘘つぱちだつた、といふオチが三島由紀夫の『美しい星』にあるぢや ない、と久が原のT君に諭される、がアタシは『美しい星』未読。三島由紀夫が市ケ谷での割腹が今日。毎年十一月の歌舞伎座は廿五日が千穐楽。昭和45年は 鴈治郎の八汐で「先代萩」の通し。竹の間が済んだ幕間に楽屋へ凶報第一報。政岡役の歌右衛門には役が済むまで伏せておかうと周囲の判断。だが腰元姿の役者 のヒソヒソ話を小耳に挟んだのが、既に出の直前で紫袱紗の掛かつた懸盤を捧げ気構へてゐた緋無垢姿の大檀那。「ハツ」と胸を突かれた瞬間、目前の御簾がス ルスルと上がり、御殿の大芝居。千松の屍骸に取り縋るクドキ「誠に国の礎ぞや」のあたり、その日は普段に増して凄愴の気が漲つた、と聞く。
▼数日前の朝日新聞に岡野弘彦先生が宮中にて和歌指導の宮内庁御用掛より辞職、と記事あり。この夏、靖国がまた問題となるなか先帝が靖国のA級千版合祀に 反対だつたといふ歴史の証言の一つが、
この年のこの日にもまた靖国のみやしろのことにうれひはふかし
といふ御製にまつはる岡野氏の回憶。合祀賛成派よりふしぎと岡野先生に抗議もなかつたのは、やはり宮中で和歌指導といふお立場ゆゑか。この夏、退任決意の 頃、能登一ノ宮の折口家の墓近くに岡野先生の詠んだ歌の碑が建立される。
荒御魂の 二つあひ寄るみ墓山。わがかなしみも ここにうづめむ
折口大人は摂津西成は木津の出。だが養嗣子となつた藤井春洋が能登一ノ宮の人。戦死した春洋追悼がため一ノ宮に墓を建てたは有名な話。春洋さんの生誕百年 で是非、と地元に請はれ、折口大人の最期を看取つた、現存最後の文人がこの「荒御魂の 二つあひ寄るみ墓山……」と詠む。宮中での歌詠みの大役を辞して、もあらうが、この句碑の建立も出来て岡野先生をして「ほつとした」と言はしめる、なんと もこの言葉の深さ。春洋さん、といふと折口大人の養子で「若い」印象強いが、その春洋さんとて生誕百年。大人のこと知るのももはや岡野先生くらゐ。下世話 ながら柳田折口の「牝鳥問答」の詳細なども、もはや忘却の彼方かしら。
▼豪州の首相待命のケビン=ラッド氏。大学で専攻が中国史と中国語で外交官として北京駐在経験もあり中国語の堪能さはAPECで訪豪の胡錦涛君とサシで話 せるほどだが支那通は本人に留まらず息子二人と娘も中国語学び息子は上海復旦大学に学び娘の亭主は港僑とまぁよくぞここまで、の感あり。

十一月廿四日(土)胃腸風邪。机まわりの雑用済ませ近隣のC医師の診断請ふ。週末でゆつくり休養すべし、と多少眠くなる薬を供される。昼前に饂飩食し昼 寝。午後どうしても休めぬ約束あり味の素の秘薬アミノギア服す。灣仔で長蛇の列あり、一瞬、季節外れだが「施 し米」か、と思つたが施し米なら老人ばかりのはずなのに若者もゐれば鬼佬(gwai lo)も少なからず、何事か、狂信的聖書原理主義者の集会か、と思つたら、列の先頭は豪州総領事館の入るビルに達してをり、この行列が豪州下院選挙の投 票、と合点。豪州は国政選挙は選挙人登録と投票義務づけられてをり海外にあつても滞在が二年を超し六年以内に豪州に帰国の意志ある者は在外でも投票が義 務。香港の場合、豪州の居住権維持のためには投票は必須。香港は英国倫敦に続き豪州籍の者多し。総領事館入り口での選挙運動見ても圧倒的に野党労働党が優 勢。帰宅しておでん。服薬し早々に臥床。
▼先週日曜日の香港区議会選挙。学者の分析に拠ると中国からの新移民多き九龍・新界の青葵、深水埗、観塘、元朗などで泛民主派が議席失ひ親中派御用政党民 建聯が議席奪回。新移民は保守的、か。で次週日曜の立法会港島区補選は泛民主派は政府の選挙宣伝が低調、と非難。投票率が五割を下回ると組織票の強さで保 守派の葉劉淑儀が有利となる由。明晩二回目の候補者討論会開催されるが二時 間の実況中継はケーブルテレビ系ばかりで「普通のテレビ」では翡翠台が前半一時間だけ中継(後半が自由討論)。選挙ムード高まると反政府票伸び陳方安生が 有利になるのを政府が懸念といふ非難だが、立法会の地方区補選、といへばこの程度の選挙宣伝のやうな気もするが。ところで葉劉淑儀を支援の左派陣営、北京 政府の香港出向機関・中聯辧は民建聯系の民権組織通じ、大陸生まれ子女の香港居留権を求める市民に対して「葉劉淑儀支援すれば、これまでの政府に対する抗 議歴など抹消し子女の居留権取得を有利にするから」と、居留権求める父母らの集会で葉劉淑儀支持を主張するやう働きかけ(蘋果日報)。葉劉淑儀といへば大 陸生まれ子女に香港居留権ないと全人代常委が法解釈した際の責任者。その父母らにとつて憎き仇だが左派陣営は「葉劉淑儀は当時、実務担当官に過ぎず、実際 の決定権者は陳方安生だつた」と悪評流布もあり、とか。この反政府系候補に対する強権的な、謂わばシンガポール化は民主党元老の司徒華先生にも及ぶ。司徒 氏のもとに司法当局より一通の書状。開けてびつくり、半年前に民主戦線のラジオ放送に出演し中国民主化について語つた時の放送が、このラジオ放送が当局の 批准受けてない非合法のものであるため、出演した者も控訴される、といふもの。同じ番組に出演の他の者は起訴対象になつてをらず明らかに「当て擦り」。ま さにあらゆる「合法的な」手段使つて反政府派を疲労困憊にさせる、シンガポール現象が、これ。

十一月廿三日(金)安部公房の描く<記憶>の世界か、ピンクフロイドの夢か、今日はとても驚く事象あり。デジカメ(リコーのGR Digital)でSDメモリ外したままで撮影してしまひ「写つてをらぬ」と思つたがモニタに映像残る。一瞬「なぜ?」と思つたがカメラ本来にハードメモ リあることに今になつて思ひ出す。でモニタには子どもの頃の雑誌付録にあつた絵巻物の紙芝居のやうに隣の画像映るのだが、そこに知らぬ男の顔。そして接写 の手首。なぜアタシのカメラに?と一瞬、背筋が寒い。その見知らぬ男だがよくよく見ると背景は電気屋の店頭。どうやら客の試し撮り。このカメラ購入の際に 展示品ではなかつたが、どうやらこの客が新品を開けさせ、手にした上で購入断念だつたのかしら。新品のはずが実は手垢がついた品だつたか、この客の接写で 手首の背広とシャツがかなり上等な品だ、と見入つてしまつた。早晩に鰂魚涌。北京より来港の海淀車輌工場の工場長O氏と再会。偶然、近くのTaikoo Placeにて香港微型藝術會の香港本土風情 微型藝術展覧なる香港の都市風景のミニチュア展示ありO 氏をお連れして参観。思はず溜め息、の精巧さ。East Endで エール二杯。O氏、今回は鉄道旅行愉しみ(酔狂にもほどがあるが)北京より海南島の三亜経由で香港に至れる。北京発三亜行きの列車は三十時間の旅。広州で ほとんどの客降りてしまひ三亜までの客など少ない。広東省の西南端、徐聞で列車運行止めてよからうところ十八輛編成の列車をわざはざ四分割にしてフェリー に、その船のバランスが傾かぬゑふわざはざ左右二列づつ船体に列車導入し、海南島に渡り海口から三亜まで走るのだ、といふ。毎日この面倒な作業を上下線で してゐるとは……。北京から三亜までの列車など採算合はぬのは当然。あくまでも首都から地続きで南の果てまで列車が通じてゐることの国家的意義。まさに天 涯までをも我が国土、と。O氏とは香港の競馬が縁だが鉄道の話も尽きず。競馬ファンに鉄道や乗り物好きが多い。夕食は炳記飯店。もう何年も一度ここで食さうと思ひつつ一更に通りかかれば外 で待つ客も少なからず逸しつつ今晩はO氏と六時半すぎに訪れ流石にまだ閑散。Z嬢来る。夙に名高き三杯鶏。栗子排骨煲など美味秀逸。まだ話したりず、であ つたが風邪で体調悪しく九時すぎに帰宅して即、臥床。
▼昨日の朝日新聞(衛星版)のアート欄・美の履歴書34回で紹介されてゐるのが「青花 蓮池魚藻文 壺」。アタシにはまつたくもつて目利きの眼力といふものがないが、或る茶人が有したこの壺、出入りの 茶道具商が業者の競りに出したところ出だしの数十倍となる9千万円で落札され、それを後日、さらに倍以上の価格で購入した、その御仁が安宅英一。1973 年の話。この壺は後に国の重要文化財に指定された、安宅英一といふ人の目利き。この記事は三井記念美術館で開催中の安 宅コレクションに絡むもの。安宅英一は安宅財閥の創始者安宅弥吉の長男。弥吉は高等商業学校(現・一橋大学)卒業後、日下部商店の香港支店(日森洋行)に 赴任。手広く貿易の商売広げ日森洋行の共同経営者になるが日露戦争の頃に日下部商店経営破綻の煽り受け香港支店=日森洋行も閉鎖。で弥吉は安宅商会を創 業。英一はその長男だが次男の重雄が安宅商会を継ぎ芸術肌の英一は神戸高商卒業後、安宅商会の倫敦支店長や名誉職的な会長職の傍ら(つてじつは商売のはう が傍ら、で)音楽パトロンやや古陶磁の蒐集家として殊のほか著名。さういふ香港に縁りある人。名家のぼん、といへば細川護熙公。この安宅の壺の記事の下に 護熙公が「面に宿る孤高の姿」といふ随筆を寄稿。護熙公、岡本綺堂の『修禅寺物語』から話を起し白州正子との能の鑑賞など語り、
舞台で面をつけるということは、耳も目も全く不自由になることで、 催眠術にかかったような状態になるのだそうだ。精神を集中させるために、なるべく外は見えないにかぎる。目でなく胸で見るのだというような話をなるほどと 思いながら面白く聞いた。
と能の蘊蓄を語り、最後は自分が彫つて漆を重ねて仕上がつた神楽面の話。その神楽面はさすが技巧は素人離れ、数寄者なる肥後の殿様らしさ。だが能に詳しい 久が原のT君に言はせれば「視界が極度に狭められはしても、見える範囲への視野は却つて鋭敏」であり、謡と型さへ十分身体に入つてゐれば、「あそこにゐる 観客某がどこからどこまで眠つてゐた」が簡単によくよく見えるほど、だといふ。寧ろ、催眠術に掛かつたやうに思ふのは稽古不足の上がり性の者の言ふこと で、むしろ反対に「覚醒する」と。「胸で見る」なんて言葉は「なるほど」と素人を納得させさうだが。あの日本新党の躍進から首相職を放り投げ出して、の辞 任も、きつと能面つけて耳も目も不自由になりトランス状態だつたのかしら。ちなみにこの随筆の肩書きは元内閣総理大臣ではなく永青文庫理事長。
▼新聞広告によれば千葉八千代の秀明大学が来春「学校教 師学部」開設の由。「めざせ、実力派教師」とあり開設学部のサイトみれば
今、学校現場で求められてゐるのは、単なる『知識の伝達者』として の教員ではなく、「人生の良き先輩」として生徒から信頼され敬愛される「真の教師」です。「優れた教師」を養成するといふ学部の目的を明示するため、日本 で初めて「学校教師学部」といふ名称にしました。
とあり。優れた教師とは大学の学部でさう易々と養成できるものぢやない、とアタシは思ふ。べつに教育学部でも法学部でも理学部でもよく、その人の人格であ るとか経験、知識などさまざまなものから結果として学生にとつて人生のよき先達としての師があるにすぎず。

十一月廿二日(木)蹴球で日本が昨晚のサウジアラビア戰を引き分け北京五輪出場權得た由、今朝の新聞一面記事で知る。今日は誰かに「いや〜昨夜の」とか 「ひやひやしたねぇ」言はれたら、す ぐに「勝てば尙好し、反町監督は戰術が地味と非難もありますが、」と答へられるだけの知識を新聞で俄か勉强する……が誰とも蹴球の話題にならず。諸事忙殺 され一日が終る。ウヰスキー飲み干し、ふとグラスの底からの眺めに、まるで万華鏡の如く見惚れる。
▼バレエのモーリス=ベジャール振付師逝去。享年八十歲。一昨年、香港でベジャール・バレエ・ローザンヌの公演あり。「火の鳥」で那須野圭右なる日本人の 踊り手が印象に殘る。當然のやうに香港の演藝學院での、けして一軍でないベジャール・バレエ公演で先生ご本人はわざはざ來港してをらず。

十一月廿一日(水)昨晩NHKにASEAN首脳会議で各国が抱へるさまざまな内政問題でベトナムを一党独裁と指摘して中国とシンガポールのそれには言及せ ぬこと同局コールセンターにメールしたら
いつもNHKの番組やニュースをご覧いただき、ありがたうございま す。(本名)様からいただいた貴重なご意見・ご要望は、担当者に申し伝へます。そして今後の番組づくりや業務に活かしてまゐりたいと思つてをります。今後 とも、NHKをご支援いただけますやうお願ひいたします。お便りありがたうございました。
と返事あり。まさか「なぜ中国とシンガポールは一党独裁と指摘しなかつた」なんて理由を答へられるはずもなし。早晩に中環。急ぎで送るファクスありFCC で済ませドライマティーニ二杯。陳成記で上湯伊麺。美倫街のArt Statements Galleryに て香港で初めてAES+Fの 作品展あり参観。AES +FはロシアのTatiana Arzamasova, Lev Evzovich, Evgeny Svyatsky and Vladimir Fridkesによる創作集団。AES+Fといへばコーランを手にチャドルのやうな布で顔を覆つた自由の女神など印象的な画像作品多し。少年少女を戦場に 置き無垢な彼らが残虐なシーンにある状況が面白いのだが大きな画板で作品を看るとコラージュなど粗も目立ち、かういつた作風はネット上で見たりするはうが 刺激的である、と思ふ。それにしてもこのテの作品が香港ドルで一枚45万ドルだとか58万ドルだとか……ちよつと無理あり。高額といへば夕方、取引きなき 某銀行より携帯に電話あり「金利がまた下がつてゐるなかでいひ利回りの定期預金のご紹介」と。最低預金高は?と先づ尋ねたら「100万ドル(1500万 円)のご用意で結構です」ときたもんだ。「ちよつと遅かつたなぁ……」と見栄でお断り(笑)。地下鉄で尖沙咀。Space Museumで周凡天氏の「解剖世界名曲進入音樂世界」の早くも第三輯「管弦楽編」の第1回を聴く。題 材はグリークのペールギュントよりソルヴェイグの歌。この講座、7月に初級編あり5回のうち3回受講、10月に中級編あり9月の時点で全開聴講可、とチ ケット買つたが急に毎週水曜に何かと予定入り全滅、でチケットを知己のM嬢に譲る。今回はすでに言はば上級編で90分のうち解説は短く音楽鑑賞。朝の気温 は摂氏18度くらゐだが乾燥からか鼻孔がかなり敏感でクシャミばかり。
▼蘋果日報連載の陶傑氏の随筆。昨日の「公 廁英語」つまり「公衆便所英語」など読むと、本当に面白い。「トイレにある指示」だけでこれだけ面白く書けるものか、と甚だ敬服。香港 の公衆便所など「あれはするな、これはかうしろ」と指示が多いのだが、最近は規則規範の類いが音声でも流れる不愉快。香港のスターフェリーの公衆便所に て、と陶傑氏、例へば普通話で「トイレで用を足したあとは手を洗ひませう」「手を洗ふ時は石鹸を使ひませう」と流れてをり、一瞬、大陸からの田舎漢への偏 見のやうだが、実際には地元香港のオヤヂらがトイレの手洗ひ場で汚れた脚を洗つてゐる。「手を洗ひませう」は衛生指導のはずなのだが、読み方によつては 「手以外は洗ふな」と読めるから可笑しい。このやうに見ると「煙灰缸只可放煙頭用」、英語では“Ashtrays for cigarette ends only”とあり(実に丁寧だが)これも実は小便器の向ひの壁にある灰皿が(現在では禁煙)吸殻のため、なのに、そこに痰を吐いたり、ガムやはたまた使用 済みのコンドームが捨てられたりすることを「するなよ」なのだ、と陶傑氏(アタシは私用済みコンドームまで見たことないが、かういふことに過剰に表現する のが陶傑氏の面白さ)。そして「將痰涎包好」の英訳は“Wrap the spittle” (spittleは痰や唾液)。Wrapは正確にはWrap upだらうが、と陶傑氏、“Wrap the spittle” ではこの痰や唾液は何れの者かのか、がわからず、この命令形では便所で痰や唾液が吐かれてゐるのを見たら何れの者のに限らず、きちんとチリ紙に包んできれ いにしなければならず、と(笑)。で正確には“Wrap up YOUR spittle”とすべき。また陶傑氏が公衆便所の個室で「脚が四本」あるのを見つけた時もあり、熟く、公衆便所は「並不是 For 小便的人 Only」と痛感、と。

十一月二十日(火)朝五時過ぎに目覚め萱野敦人『カネと暴力の系譜学』続き読む。今朝の朝日新聞(衛星版)に大江健三郎先生が連載「定義集」で自署『沖縄 ノート』について書いてゐる。沖縄での集団自決について軍によるものとした同書の記述について名誉棄損裁判の被告となつた先生。大江先生を訴へた原告は裁 判の証言で、この『沖縄ノート』のことを知つたのは実は曾野綾子著『ある神話の背景 - 沖縄・渡嘉敷島の集団自決』を通じてであり、後に『沖縄ノート』も入手こそしたが「飛び飛びにしか読んでない」と明言の由。で原告弁護人が雑誌『正論』平 成18年9月号に発表した論文の文章で
平成12年10月の司法制度改革審議会において曾野綾子氏は、大江 氏が『沖縄ノート』で赤松元大尉を「罪の巨塊」などと<神の視点>に立って断罪したことを非難して、こう述べている。(以下、略)
と書いてゐるのだが、大江先生に言はせれば、そもそも「曾野綾子氏の立論が、テクストの誤読によるもの」ださうな。興味深い。問題とされる部分は
人間としてそれをつぐなうには、あまりにも巨きい罪の虚塊のまえ で、かれはなんとか正気で生き伸びたいとねがう。
といふところ。「かれ」とは渡嘉敷島の守備隊長。で難解な(と私は思ふ)「罪の虚塊」は「巨きい数の死体」のことなのださうな。だからこれを「そのまえに 立つかれが「罪の巨塊」だ」と読みとるのは文法的に無理だ、と大江先生。うーん、確かに守備隊長=罪の巨塊と読むのも難しいが「罪の虚塊=巨きい数の死 体」つてのもアタシには難しい。大江先生曰く、自分は渡嘉敷島に転がつた三百二十九の死体、と書きたくなかつた、なぜなら(以下、朝日新聞での表現)
受験生の時、緑色のペンギン・ブックスで英語の勉強をした私は、 「死体なき殺人」という種の小説で、他殺死体を指す corpus delicti という単語を覚えました。もとのラテン語は、corpus が身体、有形物、delicti が罪の、です。私は、そのまま罪の虚塊という日本語にし、それも巨きい数という意味で、罪の巨塊としました。巨きい巨塊なら、同義語反復ですが、あまりに も巨きいとすれば、巨塊の巨という漢字の強調であることが、はっきり示せます。
……文藝作品であるとかなら書き手が好きなやうな修辞或いは筆致で綴るのは自由。だがで沖縄戦の加害・被害を語る責任の核心に触れる部分で、しかも新書は 本来「誰にでも平易に読める」ことが前提であるべきところを、実は他殺死体を指す corpus delicti といふラテンの語から自らの造語で表したのです云々、と言はれても「そりや、困つた」である。曾野綾子はアタシは個人的には好きぢやないが、ここでは曾野 先生の誤読もさもあらんや、とつい同情したくなる。
こんな難解な、まどろっこしい表現でしか物事が言えないのが文学な のか、私は文字で真実を語ろうとするもののひとりとして恥じ入る気持ちでいっぱいでした。
とつい大江先生みたいな悲しさで筆をおきたくなつちまふ。……朝からなんだかいやだ。東京はかなり冬めき香港はこの季節心地よき小春日和続く。快晴。久が 原のT君より便りあり。昨晩の初台での羨ましいGidon Kremerの提琴とKrystian Zimermanの洋琴の音楽会で 吉田秀和翁の尊顔拝した由。それも幕間(音楽会の場合は幕間でなく曲間(きよくあゐ)かしら)に珈琲を誂へ雑踏の中ちよつと空いた立卓に立ち寄ると目の前 に吉田翁。T君をして、見事な風采、お召物はラフだが実に立派な立ち姿、ほーつとしてをられても眼力が違ふ、と言はしめる。珈琲にいれたクリームの空いた 器を間違へて卓上の、新しいクリームが入つてゐる籠に入れてしまつた先生、連れの方にそれを指摘されると「こりや失敗しました」といふ表情で、その始終を 目にしたT君に何ともはや「良い顔」でニコリとなさつたといふ。その風采と笑顔(……笑みもその人が長治先生だとちと怖い鴨)。その笑顔は終生忘れまい、 とT君。ふと、夷斎先生が生涯ただ一度、市電の車内で黒マント姿の鷗外漁史に邂逅した故事をT君もアタシも彷彿。ちなみに昨晩の演目はブラームスの提琴奏 鳴曲の2番と3番。フランクの同曲。これを聴けるなんて東京は羨ましいかぎり。晩に帰宅すると郵便受けに、一昨日区議会選挙が終はつたばかりなのに今度は 12月初旬の港島区立法会補欠選挙の「投票通知書」届く。日本でいへば「投票所入場整理券」だが日本の場合、この整理券持参すれば実質的に本人確認せぬ (できぬ)まま投票用紙渡され投票可。香港では通知書は投票の際に実質的に不要。IDカード提示し本人が選挙人登録してゐれば投票用紙が渡される仕組み。 IDカードによる住民管理の徹底といつた弊害もあるが、選挙については本人以外は投票できぬだけ(つてそれが当然だが)日本よりマシ。立候補者紹介のパン フレット眺めると葉劉淑儀女史の政綱は「真的一葉・劉淑儀 I'm true to myself 坦誠 堅定 真性情」とあり。この人が“I'm true to myself”といふのがヘンに納得できて可笑しい。晩は好物の白菜と豚挽肉の鍋を芥子醤油で食す。いつも日本酒は馬生師匠慕ひ菊正宗ばかりなのだがたま には嗜好を変へようか、と仏ロワール地方はGitton Père et FilsのPouilly fumé 05年。偶然の結果だがあつさりした和食と見事な相性。食後酒にアルマニャックブランデー飲みながら眺めたNHKのNW9は今月初めからYメインキャス ター体調不良で出演能はず、で報道関係の職員が代り番こでキャスター務めてゐたが昨日より確かFなる名の解説委員が「Yキャスターの復帰まで」でリリーフ 役。この人が風貌も多少だが声と話し方が体調不良の前任者にそつくりで驚くばかり。NW9、首相福田君が米国訪問から今度はASEANの首脳会議に出席で 「アジアにはさまざまな問題があり」と各国首脳が雛壇に並ぶ映像で挙げた一例の冒頭が「ベトナムのやうな一党独裁国家、ミャンマーのやうな軍事政権……」 つて、一党独裁で挙げるなら先づ中国であるべきだし今回の会議主催国のシンガポールも、さう。ベトナムだけ槍玉に上げ失礼。ベトナムなら一党独裁と罵つて よく中国やシンガポールには指摘できないのかしら。
▼今日から成田空港など入国する外国人に対して顔写真の撮影と指紋押捺強要。テロリスト入国の水際防止の由。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。愚策甚だし。ア ルカイダが日本では法相の友だちの友だちで、そもそも国際的に破格のテロリストなどミシュラン東京ですきや橋次郎の寿司でも喰らふか温泉での湯治でもある まひしノコノコと日の本に現はれず。どうせなら日本国籍の有無問はず空港で顔写真撮影と指紋押捺させることで日本国民も外国人も「痛みを分かち合ふ」べき では? もし日本人が北京や上海の空港で指紋押捺強制されたらどう思ふか。まさに狂気の沙汰の超鈍感ぶり。
▼日本による南極海での「調査のための」捕鯨船団の出発。日本でも確かに報道はあるが(こ ちら)海外での報道で強調される点は「過去40年で最大規模」といふ点。それが日本の報道ではその点についてはさつぱり指摘されてをらず。不思 議。捕鯨については日本の言ひ分もあらうが、捕鯨が世界的に禁止論が主流であるなかで、この日本の出方が顰蹙かふのは当然。米国のイラク征伐では片棒かつ ぎ忠僕ぶり示す反面、世界各国の反対の中で国としての堂々と主張する、まるで国威示さんがばかり、の部分が捕鯨である、といふところがとても疑問。
▼香港にNaxosといふCDレーベルあり。ここが設立20周年、と香港電台 第4台で紹介あり。そのなかでZ嬢が香港在住の提琴奏者・西崎崇子さんの名前をこのレーベルの役職名で耳にする。西崎女史のご主人が財界人と聞いてゐたが 確かめるとそのご主人、Klaus Heymann氏がこのレーベルの社主。なるほど。Heymann氏はBoseやRevoxなどの音響製品の販売の傍ら音楽愛好家として香港でクラシックコンサート 開催など続け20年前に自社レーベル立ち上げ。Naxosは廉価盤レーベルとして世界的に販売拡大(日本はこちら)。香港に(先日この日剰で紹介の)香港ショパン協会のAndrew Freris氏であるとか、このHeymann氏であるとか、地道な音楽事業家がゐること今になつて認識す。

十一月十九日(月)香港の区議会選挙、蘋果日報は「泛民区選大敗」と大書きするが大方の予想通り民建聯が前回失ひし議席奪回のうへ善戦で115議席だか ゲット。この勢ひで立法会港島区補選もレジーナ葉劉淑 儀女史の当選を、と意気込む。レジーナ女史といへば昨日、区議選候補の応援で、米国留学から帰省中の娘を同伴。03 年の基本法23条保安立法の当時、娘が学校で「オマエのカーチャン、掃把頭〜!」とからかはれる、と母がこぼしてゐたが四年経ち娘も母に劣らぬ、なかなか の貫録。娘が「香港では18歳で投票できるが米国は21歳」と宣ふと近くにゐた市民が「米国だつて18歳だよ」と指摘。スタンフォード大学修士の母は「米 国も以前は21歳だつた」と場を繕つたが蘋果日報の指摘によれば米国で選挙年齢が21歳から18歳に引き下げられたは1971年のこと、と指摘。民建聯に とつて、民生向上こそ本来、得意とするところ。愛国心だの国家保全など仰々しくせず政府の予算引張り環境改善などいはゆるドブ板選挙に徹するべき。港島は 総数では劣勢でも已然、民主派強し。自由党の牙城である「山頂」区で注目の自由党現職vs公民党マドンナの戦ひは公民党の陳淑荘が当選。福建人の牙城・北 角では選挙ポスターに落書きされても蔡素玉が圧勝。アタシの選挙区でも安泰のはずの保守派無所属現職を公民党新人が破る波乱あり。現職の、とくに何が悪い わけでもなく民建聯の御用議員に非ず愛国集会に地域住民も動員せぬし、任せておけば喜んで何でもやつてくれる地域名士。おそらくアタシのやうに無風安泰の 選挙に嫌気がさした投票者が反対候補に一票投じた結果がこれなのかしら。九龍、新界でこそ民建聯が圧勝の結果。ところで香港の選挙はJCHECA*Fさん が書いてゐる通り(こ ちら
ご当地の投票用紙は候補者の写真入りで、しかも「V」みたいな チェックマークのスタンプ印付き。投票したい候補者の○の中に、このスタンプをポンと押して「この人!」とやるわけだ。文字が書けなくてもOK。候補者の 名前忘れてもOK。何しろ写真付きだから、最後の土 壇場で、顔で選ぶことも可能。識字率が低いとは思へないが、まあ病気や高齢で字がうまく書けない人はゐるし「この人!」マークのはんこ押す方が簡単だわ ね。
で、米国大統領選挙のフロリダ疑惑のやうなことは間違つてもおきない。本日、日暮れ前に一旦帰宅してからジムまでちよつと走りジムで更に5kmだけ走る。 帰宅して有機大豆の美味い豆腐で湯豆腐。ミシュラン(香港では「米芝蓮」)の東京版上梓の由。すきや橋 次郎など。寿司では言はずもがな、の名店だが。ご亭主が「握り寿司は手が命」とカシミアの手袋。客でもないアタシに指摘する資格もないが「次郎」取り上げ た番組で大写しになつたご亭主の手指の毛が、妙に気になつた記憶。いづれにせよ東京ミシュラン、美味い食肆の贔屓連中にとつては「好きな店に星などつかず 安堵」かしら。萱野稔人『カネと暴力の系譜学』半分近くまで読むが十時過ぎに睡魔にをかされ臥床。

十一月十八日(日)もう十一月も中旬だが香港はこの時期、心地よき小春日和続く。本日も半袖の薄手のシャツに麻のジャケット、パナマ帽でもかぶれば気持ち 良き陽気なり。本 日薮用あり某所に朝から午後遅くまで詰め時間潰しに新聞や雑誌の切り抜き眺める。本日、香港の統一区議会選挙。夕方、北角通ると福建人の牙城の北角ながら 福建人代表の蔡素玉の抵抗勢力も当然あるわけで思ひつきり選挙ポスターに落書きもあり。帰宅の途中にアタシも投票済ます。投票時間は朝七時半から晩十時半 の15時間。投票所の係員は労苦も多からうが有権者には ありがたい時間の配慮。区議会選挙、前回2003年秋の選挙では董建華、23條治安立法での保安局長葉劉淑儀への反発から民主党が雪崩的に勝利。改選前 75議席を95議席に伸ばし親中御用政党民建聯は90から62に議席減らし歴史的敗北の責任とり曽鈺成が党代表辞任。で今回の選挙に向け「愛國陣營重整旗 鼓」で民建聯の議席復活がかなり濃厚。区議会となると選挙民の関心は「何処其処の渋滞と騒音の緩和」だの「公立学校の建物改善」といつた民生レベルで、さ うなると民建聯、御用政党ゆゑ民生レベルでの話通すのは容易。民主党に比べ議員が地味に活動続けたのは事実。しかも今回は議員落選で汗かいた者多し。民主 党と民建聯の議席数の逆転は確実。区議会といふ民生レベルでは妥当な選択か。面白みに欠ける選挙だが「山頂区」は興味深い。ヴィクトリアピーク=億万長者の豪邸、で資本 家基盤である自由党の牙城。自由党候補はsolicitor(事務弁護士)の林文傑。そこに公民党が民主派のヒロイン陳淑荘(司法弁護士)刺客として送り 込み山頂対決。保守的であるべき山頂の住民がどこまで民主派に肩入れするか、が見物。ちなみにアタシの選挙区は保守系無所属の現職が安泰の無風区。前回選 挙は上新田の現職に辛うじて下新田から候補者擁立で無投票避けた程度。そこに今回は公民党が候補者擁立。現職当選確実で、せめてもの面白みに、また現職に 緊張感もつていただく意味で対立候補に投票。両候補とも公示前から連日、朝夕と選挙運動に熱心。だが香港の場合、市民の選挙権ある者のうち4割だか5割程 度しか選挙民登録してをらぬのだからビラ渡して宜しくと愛想うつても立候補者にとつては不甲斐ないところも感じよう、といふもの。昏時、ドライマティーニ 一杯。鮭の炊込飯、有機大豆の豆腐、煮豆など食す。小熊英二『市民と武装』読了。萱野稔人『カネと暴力の系譜学』少し読む。
▼田壮壮監督、張震主演の映画『呉清源』が昨日より東京(シネスヰツチ銀座)などで上映開始。香港では四月の国際映画祭で上映済み。半年以上も遅い日本。 数日前の朝日新聞で佐藤忠男先生がこの映画について書かれてゐる。田壮壮監督に対して、戦前から戦後といふ時代をよくそれほど理解してくれた、と感謝の言 葉。田監督が当時の棋士のこの世界に感心してゐたのか呆れてゐたのか、いづれにせよ日本映画でもめつたに見られない心優しい描き方をしてくれた、と。ちな みに邦題は『呉清源 極みの系譜』だつて。センス最悪。
▼昨日の信報で劉健威氏が紐育散記綴られる。Chelsea地区の画廊散策中にGilbert and Georgeの新作と向き合つた健威兄。モダンアート代表する老大家二人の裸体姿、屈んで手で尻肉を開いてクローズアップされた肛門、はたまた「幾根糞 便」まで見せられた健威兄は「看不到主流和藝壇的新方向」と狼狽隠しきれず。だが疾うに還暦も過ぎた六旬も半ばのポップアートの巨匠お二人の「作品」は案 の定、ポップ(こ ちら)。倫敦のこの春のTate Modernでのお二人の 作品展を眺め一言、素敵だ、と思ふ。
▼10月28日付けの紐育タイムズのOp-Ed欄に掲載されたFrançois Furstenberg教授(モントリオール大学、歴史学)の“Bush’s Dangerous Liaisons”を信報の翻訳で知り面白く読む。911以来「テロ」だの「テロとの戦ひ」だのとテロといふ言葉ばかり脚光浴びるが Furstenberg教授はフランス革命の時代まで話を遡らせてテロとは本来、ジャコバン派の恐怖政治に端を発するもの、と指摘(こちら)。
“Confronted by a monarchical Europe united in opposition to revolutionary France — old Europe, they might have called it — the Jacobins rooted out domestic political dissent. It was the beginning of the period that would become infamous as the Terror.” “The word was an invention of the French Revolution, and it referred not to those who hate freedom, nor to non-state actors, nor of course to “Islamofascism.”
▼小熊英二著『市民と武装』(慶應大学出版会)について。米国の銃社会を非難するのは簡単。だが著者が指摘するのはマキャベリに紐解き「共和制を守るもの は経済的に自立した武装自由市民である」といふこと。専制に対して権力の保護なしに自らの自由社会を守るための武装。その自由国家防衛のための市民の軍と しての参集。その理想系としての米国の理念(現実は別として)。黒人奴隷の解放が実は南北戦争で北軍が兵力目的としたものの結果であり、米軍での1948 年の人種隔離政策撤廃もソ連による米国の人種差別批判受けてのもの、といつた指摘が面白い。フランス革命とて自由、平等、博愛と建前は美しいが国民皆兵は この革命の結果。イデオロギーと正義が掲げられた結果、戦争も殲滅戦となり近代といふ実は野蛮な時代の夜明け。この本に「市民と武装」ともう一つ掲載され てゐるのが「普遍といふ名のナショナリズム」といふ文章。論文めいてゐて当初、多少つまらない感じがする。事実、これは学部での卒論が植物色素!であつた 著者が東大の大学院入学の際に提出の論文。会社の休みに5日間で書き上げた、といふ論文は最初、いはゆる学説の紹介、なのだが、これがじよじよに小熊ワー ルドに入り込む。廿世紀初の米国で第一次世界大戦を前にどうナショナリズムが形成されてゐるか。それが所謂、日本の「単一民族の神話」ではなく(当然だ が)、数数多のエスニック集団が存在する米国で、それぞれのエスニック集団がエスニシティを強調することで差別克服のために自分たちの集団(米国)の利益 のため民主主義の名の下に戦争に協力する、その課程を見事に語つてみせる。移民受け入れの根本思想であつた文化多元主義が戦争といふ状況下でマジョリティ とマイノリティの同床異夢のうちに形成され文化多元主義と国際主義にもとづくナショナリズムが他民族国家の米国を戦争に動員する機能を担ふ=国家統合を優 先するナショナリズムは民族の枠を超える(Transnational Nationalism)……といふこの指摘は、アタシはある面では「八紘一宇」の理念と近いところもあり、と思つたのだ。更に興味深いのは、この Transnational Nationalismが「敵の存在」が前提となる統合であり(初期のディズニー映画と同じ!)、これは「十九世紀末に新移民の大量流入を経験し、統合の 危機に直面したあと、くりかえし戦争を続けるなかで、「共通の敵」と戦う「多様な民族が共存する国家」という自画像が生産されてきた結果」=「二〇世紀以 降のアメリカは、つねに「共通の敵」を設定し、戦争状態を維持するなかで、国内統一を保つてきた国家」といふこと。この敵が共産主義であり、共産主義壊滅 のあとはテロリズムとなつたのは明白。

十一月十七日(土)机まわりの片づけ済ませ昼前に裏山一時間走りジムでちょいと筋力運動し一浴。本日の競馬(沙田)は12月の香港国際レースでの香港スプ リントと香港マイルの予選あり。スプリントは知己の馬主W氏のSunny Sing(新力升)に期待託すが一番人気のSacred Kingdom(蓮華生輝、G Mosse旗手)が一着。Sunny Singを軸に、そのSacred Kingdomに二着のAbsolute Champion(騏綵)、それに前晩オッズ37倍で三着のScintillation(燦惑)を脚としてゐたのだから残念。マイルは今春のチャンピョン マイル戦の覇者Able One(歩歩穏)、同二着のJoyful Winner(勝利飛駒)に同四着のFloral Pegasus(俊歓騰)、安田記念に出戦で同五着のGood Ba Baと、さながらチャンピョンマイル戦の遺恨試合の如し。一番人気はGood Ba Baでアタシは前晩オッズ13倍で5番人気のFloral Pegasus(俊歓騰)の単勝、それにこれを軸に連複と三連単でGood Ba Ba、Joyful Winnerに流す。結果、Good Ba Baが一着で二着が善戦のFloral Pegasusで三着にJoyful Winner、連複は取つたが配当HK$672の三連単惜しいところで取り逃し。早晩に深水湾に住まわれし某氏より招飲受け氏の広大なる邸宅での夕食会に 末席を汚す。興味深き逸話いくつか聞き及ぶが此処に認ためるに能わず。海洋公園の岬の向かうに下弦の月を愛でる。
▼昨日の信報(文化面)に左手のピアニストGary Graffmanの記事から始まり香港ショパン協会(The Chopin Society of Hong Kong)や来年秋開催の第2回香 港国際ピアノコンクール紹介の記事あり。ほぼ一面大。香港ショパン協会主催の音楽会は12月に約一週間の予定で開催(こちら)。 ピアノコンクールは05年の第1回からしてアシュケナージ先生やグラフマン、パスカル=ロジェなど錚々たる面子揃え驚かされたが次回も審査委員長がアシュ ケナージ先生で、審査員にはPaul Badura-Skoda, Peter Frankl, Gary Graffman, Vladimir Krainev, Geoffrey Norris, Maria Joao Pires, Pascal Roge, Gennady Rozhdestvenskyといった面々が集う由。大したもの。ひとえに協会主席のAndrew Freris氏の情熱の賜物。Freris博士はパリ国立銀行のアジア太平洋地区のチーフエコノミストで香港在住二十年余。仕事の傍らこれだけの音楽への 貢献には敬服するばかり。

十一月十六日(金)諸用あり紅磡の工業区に参れば大陸よりの観光客載せし遊覧バス引つ切りなし。かつての倉庫街は八十年代には日本客 相手のファクトリアウトレット。けふびは大陸客相手の貴金属屋多し。チョコレートハウスなる土産菓子屋もかなりの繁盛。下手するとペニンスラホテルやゴ ディヴァより収益高だつたり。已然大陸観光客の勢ひあり。さういへば深圳の銀行、一日の引出額上限を3万元に制限。大陸資金が香港での株式投資に流れるを 制限の由。今年9月迄の中国の銀行の現金浄投放量(貨幣供給量)約1,958億元のうち深圳が979億元と半数占め深圳の銀行での引出額は入金額に比べ日 に3.6億元も過多。これが地下水脈で香港での投資へと向ひ香港株式市場空前のバブルに繋がる。早晩に今晩観劇の某氏宅に招かれ昏時にビール数杯と Famous Gooseを二杯。美味い鯣烏賊と焼き餃米。帰宅してアピタ(旧ユニー)で開催中の鮪解体即売だかの刺身と中落丼。美味。小熊英二『市民と武装』少し読む。

十一月十五日(木)先日アラブの王子様がエアバス380個人用に購はれ話題となつたが今朝の蘋果日報が一面トップ巻頭差し込みで「陳 振聰買空中巴士」と報ず。陳振聰はアジア一の金持ち女性と言はれた龔 如心が遺書で遺産相続人としたとされる風水師で既にかなりの資産有する「神秘富豪」。龔如心の死後に遺産相続人として名乗り上げマスコミの取材から身を隠 し久しいが(水面下にて龔如心の遺族や龔如心が社主の華懋集団と示談中の由)、ドバイの航空機見本市にていきなりのHK$10億(150億円)でのエアバ スA350お買上げ。納期は5年後の由。ちなみに画像の「腸菌蛀食陰囊瑪麗醫院6人死」=腸菌が陰嚢を蝕むの記事はどうでもよろしおます(笑)。晩に或る 会合あり「食の孤島」太古城にて軽く夕食摂らざるを得ず。 Cityplazaの麥當勞に黒山の人集り。さうい へば昨晩も観劇の帰りバスの車中にてマクドナルドの馬鈴薯油揚げ食すメタボな青年をり飲食禁止の車中で迷惑千万とマクド特有の餌食(ゑじき)の臭さに閉口 し離れて着座せば金鐘より乗り込んだ女二人が不幸にもアタシらの席のすぐ後ろで同じくマクドの食む馬鹿(ハンバーガー)喰ひ始め最悪。アタシはわざと嫌み つたらしく(白花油でも出して首筋にでも塗らうかと思つたが)白檀の香り馨しお扇子を扇ぎ続け悪臭に抗戦(笑)。食む馬鹿の娘二人も不愉快であつたらう。 なぜ人はマクドの餌食にああも虜となるのかしら。どうせなら漢語での麥奴(マクド)は如何。バーガーといふ麥=麦をもとにした食品を貪り食む奴、といふ意 味にとれて可笑しい。Cityplazaのフードコート。昔であれば路上の大排档なのだらうが香港では街市、シンガポールではHawker Centreなんて近代的施設に屋台飯屋は収納されちまつて、それが今ではショッピングセンターのフードコート(餌食場)に成り果てぬ。それにしても Food Courtといふ名前からして嫌。どうせ米国あたりが発祥の地か、でも倫敦のハロッズ百貨店の地下にも巴里のボンマルシェ百貨店にもあつた、がシンガポー ルのHawker Centreの発展や東南アジアから中近東にかけてのフードコートの人気の背景にあるのは宗教上の食事の禁忌なのではないか?などとも想像。アタシはイス ラム、あの人は印度人、こちらはユダヤ系……となると豚がダメだの牛肉がダメだの、と様々。しかもそこに「豊かな」社会で菜食です、コルステロールだ脂分 だ、カロリーだと人それぞれ多様な制限もあり、となると下手にレストランに行くよりフードコートで好きなものを食べませう、が一番楽なのかも。といふわけ で太古城のCityplazaの餌食場にも半年前だつたかの改装後に菜食の功徳林が入つてゐる。餌食場でいちばん困るのは「何を食べても不健康さう」な食 品ばかり目立つたことで、そこに最近はCitysuperなどサラダ系の店を置いたり、餌食場へのこの香港の精進素食の名店、功徳林の出店はありがたいか ぎり。名物の冷麺と野菜饂飩(雲呑)食す。晩遅く帰宅し数頁読んだだけ、で数年放置してしまつた小熊英二『市民と武装』(慶應義塾大学出版会)読み始め る。
▼昨日の朝日だつたか
「もう独りにしない」小沢代表と連日会合 民主党執行部 信頼づくり
だか見出しの記事あり。クラスの小沢君はリーダーシップもある、とみんな親分と思つてゐたが実は本人は本人なりに「俺なんて、ただ威張つてて、なんでもぶ つ壊してゐるだけなんだよな」なんて悩む日々。つひにプッツンして「もうリーダーなんてやめるよ」と小沢君。クラスのみんなは小沢君の気持ちがわかつて 「もう小沢君を独りにしないよ」と、みんなが気をつかつて小沢君を仲間に入れて……つて青春ドラマか金八先生か……。これが野党第一党で国政レベルの話 だ、つてんだから……幼稚、としか言へず。

十一月十四日(水)朝五時過ぎに目覚め朝刊配達なる前に手嶋龍一&佐藤優『インテリジェンス 武器なき戦争』の残り三分の一ほど読み了る。いろいろ語つてこそゐるが最後には「ロシア人は週に16回性交する」だの「ロシア女を女房にするのはやめてお け。若いうちはいいが40過ぎると身体が合わなくなる」だの、商社オヤヂの如き会話となり、その見出しが「日本には高い潜在的インテリジェンス能力があ る」つてんだから(笑)。結局、帯の宣伝文句「東京は、極秘情報が集積するインテリジェンス都市である」は東京がインテリジェンス都市なのではなく日本に も手嶋や佐藤といつた「自分たちのやうな」優秀なインテリジェントがゐるからまだ捨てたものぢやない、と、ただそれがいひたいのかしら。快晴。早晩に久々 にFCCにて文藝春秋12月号読みながらZ嬢待つ。Lambrusco Grasparossa di Castelvetroは微発砲の赤葡萄酒。アタシにはやつぱり甘すぎ。続けてお気に入りの智利ワイン Santa Catolinaを飲む。これも好物のIrish Stewを食す。Z嬢と市大会堂。今年の台湾節の目玉で優人神鼓(U-Theatre)による太鼓表演を観る。自 称政治家Sir Donald行政長官の懐刀である財政司司長曽俊華君が夫人と一緒 に会場にあり。行政長官に次ぐ三司の一の来臨とは香港地方政府もかなり親台?か。局長クラスでも十分な気がするが局長だと管轄は民政事務局で、ここの局長 は曽德成で台湾系の催事には「左派的に」無理(笑)。この優人神鼓(U-Theatre)の公演(二晩)は台湾系の富邦銀行がスポンサーで無料。台湾つて 禅宗的なアート指向なのかね、で雲門舞集(Cloud Gate)に近い雰囲気で太鼓を叩く。強ひていへば太鼓としては鬼太鼓座のやうな本格に非ず、パフォーマンス性としてはサムルノリのやうなビジュアル感も なく、芸術性としては雲門舞集のやうな惚れ惚れする美しさでもなく、どうも中途半端な気もする。帰宅して寝際に先週末の古書バザーで入手した山根一眞の『スーパー書斎の遊戯術 黄金版』一読。文庫本は94年の初版だが内容は1990〜92年に週刊文春に連載されたもので「スーパー書斎」のハイテクぶりは15年以上前では隔世の感 あり。例へば当時の最先端はワープロで原稿を打ち、モデムと音響カプラー!をつなぎ携帯電話からニフティサーブに繋ぎ電子メールで出版社のファクス機宛て にファクス送信サービスを利用して原稿送付する、といふもの。気の遠くなる作業。「米国の通信ネットワークサービスと繋がるまでにたつたの3分」なのだ。 これだからハイテクは梅棹忠夫の『知的生産の技術』がいつの時代にも色褪せぬのに比べ風化してしまふ。それでも読みながら山根氏が90年当時、司会をして ゐたNHKの「ミッドナイトジャーナル」といふ番組についての言及あり。その番組で「美空ひばり特集の最後で紹介した十六歳のひばりが唄つたSPレコード の「東京キッド」を流した」話が出てくる。実はアタシはその当時、NHKにゐて(ってNHKの職員ぢゃないが)この番組にも立ち合ひ。アタシはこの「東京 キッド」よりひばりが英語で歌ふ「テネシーワルツ」(これも当時のテープを番組で流してゐる)のはうがずつと好きになつたのだが。閑話休題。でこの山根氏 の本で、20年前の情報化時代、ハイテクに装備することの楽しさ、など彷彿。といひつつ実際にけふびのアタシの生活などハイテク製品こそMacの PowerBook1台と携帯電話、それに最近購入の電子辞書(Papyrus)とデジカメがある程度、に収斂されたが、ハイテク生活へのせめてもの反発 として手帖だけは電化せず手書きにこだはり机上にはタイムシステム、持ち歩きはFilofaxだが、実はこの環境とてまさに20数年前に山根さんの発信す る世界から覚えたもの。それがすつかり定着しただけ。手帖はシャープペンだがそれ以外の手書きは万年筆、時々、はがきや手紙を認めよう、とこれだけは細々 と。
▼最近絶好調の内田樹先生。文藝春秋(12月号)で自著『私家版・ユダヤ文化論』について一文寄せる。内田先生がいつからユダヤ問題の専門家だつたのかア タシは知らない。ただ内田先生にかかるとすべてが一刀両断。それにしてもこの文春の随筆を一読しても比較文化論がとても胡散臭く思へるアタシは
日本人はユダヤ人に説明しがたい「親近感」を感じる。それは明治期 の日猶同祖論によっても、あるいは山本七平の『日本人とユダヤ人』をはじめとする無数の「ユダヤ人論」(むろん私の著作もその一つである)の存在からも知 ることができる。歴史的にも地理的にも隔絶され、そもそも十九世紀までお互いにその存在さえ知らなかった二つの民族集団のあいだにもし何か「結びつけるも の」があるとしたら、それはここまでの理路に従えば「存在しないもの」である他ないだろう。(略)天上的な神でもなく、地上的な価値(建国理論や国益)で もなく、「死者たち」が彼らを鎮魂するための儀礼的共同体を要請するという仕方で基礎づけられた共同体であるという点において、日本人はユダヤ人に近接す るのかも知れない。
ださうな。なんかもう「ああ、さうですか」としか言ひやうがない。「死者たち」が彼らを鎮魂するための儀礼的共同体を要請するといふ仕方で基礎づけられた 共同体……ねぇ。それぢや日本人とユダヤ人以外はどうなのよ?と。
▼その文藝春秋12月号の白眉は藤原正彦センセイの『教養立国ニッポン』であつた。今更引用するのも恥づかしいが内田樹先生の「死者と鎮魂」論なんて圧倒 する藤原先生の筆致よ。
我が国は、金銭崇拝から歴史的にもっとも遠い国であった。それが たった十年ほどで金銭亡者で満たされてしまった。室町末期に来日したキリスト教宣教師以 来、幾世紀にもわたり、訪日した外国人により世界でもっとも道徳的と賞讃された国民が、法律に触れないことなら何をしてもよい、などという思考に傾き初め てしまった。
つて、さすが。昔から金銭亡者なんていくらでもいたし、すぐに「外国人に賞讃される」とかのフレーズに良うのは「日本には高い潜在的インテリジェンス能力 がある」で嬉しがるのと一緒な貧困さ、室町時代にそもそも「日本国民」なんてゐないかつたし、「法律に触れないことなら何をしてもよい」の感覚は大宝律令 の昔からあつたかも知れない。そしてすぐ「戦後は誇りを失つた」で教育の崩壊=日教組批判。
終戦後、大東亜戦争の敗戦で自信を粉々にされた日本人に、GHQの 魔の手が襲いかかった。厳しい言論統制の下で洗脳を敢行したのである。戦争は一方的に日本の責任であること、戦前日本のすべては恥づべきものであること、 などがマスコミを通して垂れ流された。教育においてもその線に沿った改革が加えられた。日本人は祖国への誇りを失った。優秀な日本が二度と立上ってアメリ カに刃向かわないよう、最も効果的な方法を採用したのである。この路線は、アメリカの撤退後もずっと続いた。日教組がそのまま引き継いだからである。
と、一言でいへば「陳腐」な歴史観。これこそ自虐史観。そもそも進駐軍だつて敗戦国民が自分たちに刃向かつてんぢやないかと戦々恐々としてゐたのに笑顔で 進駐軍を迎へ入れたのは「米国による洗脳前の」日本人の姿。その時点で下手すると「誇りもなかつたのでは?」とアタシは思ふが藤原先生は当然、そんな疑問 は抱かぬらしい。なにせ藤原先生の「私の大学の新入生」つまりお茶の水大学の理学部数学科の入学生か?は
「過去の日本は恥ずかしい国であった。明治大正昭和は軍国主義、帝 国主義、植民地主義で塗りかためられた侵略国家だった。その前の江戸時代は、封建制のもと、庶民は虐げられ生活にあえいでいた。その前はもっと恥ずかしい 時代、その前はもっともっと……」。
つて、このお茶の水大学の理学部数学科のウルトラ自虐的な女学生の尊顔に一度拝したいもの。それよりも、この女学生のコメントを原稿で「その前はもっと恥 ずかしい時代、その前はもっともっと……」と書いてゐる藤原先生の表情を想像すると、ちよつと怖い。藤原先生のご指摘の通り「教養は自らを豊かにするため のもの」なのだけど、結局「勁くたおやかな祖国を取り戻すため、教養主義の復活が切望される」と結ばれてしまふのが文春的な限界(荷風散人が嫌つた菊池寛 のそれ)。
▼この文春12月号では他に佐藤優「沖縄集団自決 母は見た」といふ佐藤優氏が久米島出身の母の手記から沖縄での集団自決について、を論証する力作あり。それと徳本栄一郎「白州次郎 隠された履歴」も興味深いのは、白州次郎とJardine Matheson商会(戦後は香港に本拠地)、それに吉田茂の話。三題噺のやうだが戦後の白州次郎の吉田内閣への協力は今更言ふに及ばぬが白州次郎は戦 後、Jardine Matheson商会のエージェント的業務に従事(日本製鉄の広畑製鉄所売却の絡むことなど)。で吉田茂も実は明治初期のJardine Matheson商会の横浜支店に勤務し明治新政府に武器売り込みで活躍したのが吉田健三、この人が吉田茂の養父。これは面白い逸話。さらに逸話でいへば 久能靖「角栄・周恩来会談 最後の証言」も興味深く読める。この日中交渉に立ち合つた中国側通訳・周斌氏が語る内幕物。田中角栄と周恩来の両首相のやり取りの影で実は能弁に実に上手 く振る舞ふ大平正芳外相の生き生きした姿。田中角栄と周恩来の交渉がどうにか落ち着くべきところに落ち着き、突然の毛沢東の中南海にある私邸への訪問。 「もう喧嘩は終はりましたか?」と彼らを迎へる毛沢東の大人(da ren)ぶつた存在感。周恩来の上海での日本代表団見送る最後の一言が「天皇陛下によろしく」などなど。……と結局、文藝春秋は最後まで読んでしまふ。
▼中国の国家人口和計画生育委員会の発表によると 2020年に25〜45歳で女性に対する男性の人口超過が3千万人。一人つ子政策の結果、男子望む家庭が多かつた結果がこれ。女子が生まれた場合に最悪の 場合、間引きされたか、或いは出生登記せず、二人目以降の子どもも「幽霊」が少なからず。当然、教育や医療など福祉享受できず真つ当に就業もできず。とこ ろで、もう一つの中国の深刻な問題、三峡ダム。長江を堰き止め140万人が移住し出来た幅2.3km、貯水量390億立方米の巨大ダムが生態系に与へる影 響の大きさ、かねがね指摘されるが、来年08年末に予定されてゐた満水が予定早まつてをり、懸念されるは周辺の崖の容易な地崩れ、崖つ淵に点在する村々の 家屋崩壊、人災事故(ReutersのChris Bucley記者による取材)。
▼最近、信報に「健吾」といふ筆名で日本の世相をさらつと語る書き手あり。健吾といふ名から日本人か?と一瞬思つたが香港人らしく日本に客旅かしら。ブロ グも読み応へあり。
▼香港の飲食店の栄枯盛衰甚し。2002年に太古城で開業の翡翠拉麵小籠包(本社はシンガポール)、その坦々麺や小籠包が美味いと評判で太古城に住まふ日 本人駐在員の奥様方も行列の一角を占め、あれよあれよといふ間に銅鑼湾のTimes Squareや尖沙咀の一等地、中環のIFCに支店網。今年六月には灣仔で600平米の旗艦店開業の由。一、二度食べてはみたが香港で当時、手拉(手打 ち)が珍しいことくらゐで「わざはざ並んで……」とまでは思へぬ、ありがちなピーナッツ風味の坦々麺。流行りの食肆にありがちな話で狭い店に行列が出来る うちが華、調子にのつて店舗拡張や支店増やすと、とたんに行列も出来ぬのは必須。で創業で資金出し合つた共同経営者間の仲違ひもあちがち、でこの翡翠拉麵 小籠包でもシンガポールの出資者の一人が袂を分かち昨年末に太古城の香港第1号店の賃貸契約満了時に独立して別会社で君頤上海小廚と改名。この独立騒ぎ、 両者協議は合意に至らず裁判へ。こんな泥仕合するより「ある程度人気が出て業務拡張できたところ会社の経営権を売り逃げ」こそ飲食業の基本のはず。

十一月十三日(火)鹿児島の古書店から白水社の吉田秀和全集(1975年に発売分の全10巻)が1万円で出てゐるのを見つけ早速購入手続き。秀和先生とい へば青柳いづみこさんのMERDE日記にある吉田秀和に かかはる話が面白い。鎌倉訪問に至る話文化勲章受賞の話。いづみこさんはアタシらの世 代には荷風散人に師事した青柳瑞穂、の孫娘と言はれると「へぇ」と納得。全集は高くてとても手が出ない、と思つていたし若い頃に神田神保町の古書店の揃ひ 本眺めても値段の高さに溜め息つくばかり、だつたのだが最近は圧倒的に読みたい者よりも「お爺ちやんが遺した鷗外全集だつけ、あれどうしようか?」で処分 される方がずいぶんと多いやうで全集の揃ひ本がかなり廉価で古書店に出てゐる。鷗外全集全38巻24千円、露伴が全44冊36千円なんてのを見ると、つい 注文しちまひさうだが香港の陋宅に全集は荷風全集だけでも書棚でかなりを占めては「鷗外でも露伴でも読みたいなら香港大学の図書館にでも行けばよいのだ」 と言ひ聞かせる(結局、図書館でまで読まうともしないのだが)。どうであれ秀和さんの全集24巻のうち前10巻だけはこれで入手(先月、この日剰で「入手 したいがちよつと今は手が出せぬ」なんて書いてゐたつけ)。昏時ハッピーヴァレイ競馬場の内馬場を5周走る。夕暮れから日暮れに陽が銅鑼湾、灣仔のビルの 壁面に映るのがきれい。街路沿ひは排ガスで大気汚染深刻だが一旦、馬場に入ると空気もひんやりとして芝の草香も心地よし。帰宅。マッカランをくひつと ショットで二杯。アタシは子どもの頃に英国の、人里離れた村の邸宅で夕方、主人が書斎に寛いでゐると友人がふらり現れ、すると「やぁ」と一言で「タンブ ラーから」グラスにウヰスキーを注ぎ、二人ともぐつと飲み干し、そこで「で、用件は何だい?」なんて会話を映画で見て、ウヰスキーとはこんな風に飲むもの なんだ、と心得え、父親のサントリーレッドでそれを真似して喉から火を噴き出すやうに驚いたこと、ふと思ひ出す。さういふ経験を積んで少年は大人になつて ゆく。夕食に栗ご飯。すつかり秋。NHKの「今日の料理」が放送開始50周年の由。その記念でかつての偉大なる料理人の名調子を再放送。Z嬢が録画してく れたのを眺める。辻嘉一の正月用の祝ひ肴三種、土井勝の煮豆、阿部なをのふろふき大根、尚道子の沖縄風実だくさん汁……思はず見入る。辻嘉一の京言葉風丁 寧 な標準語が懐かしく、ちよつと鍋に包丁が当たつただけで「失礼しました」と一言。土井勝は料理上手の祖母でもこの人の時だけはきちんと家事の手を休めシン セイを一服しながら見入つてゐた。阿部なをも尚道子も、この4人の料理が実に簡単で、味噌、醤油、塩に砂糖とお酒、その程度の調味料。いやはや……。それ にしても昨晩といひ今晩といひ大根を煮たり煮豆だつたり、我が家の食卓は偉大なる先達たちの今日の料理そのもの、で笑ふ。NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」、 ゲストの糸井重里、これ見よがしにリコーのGR digitalを「首から下げて」ゐる。確かにネックストラップも市販されてゐるが、GRをわざはざ首から下げてゐる人も初めて見た。他の番組でも(さん まのまんま、とか)同じやうにして出てゐたさうで、愛用なのはいいが、これぢや宣伝マンだよ……さすが。
▼香港ポスト紙に深圳の文化情報の特集記事あり。深圳音樂廳が先月開幕(公式サイトはこちらだが機能してをらず)。磯崎新の設計で総工費 約124億円。磯崎氏曰く「日本ぢやなぜこんなのやるつていはれるだらうね。だいたいこんな空間、日本ぢやダメつて言はれるんだらうね。法律的にダメだと 思ふ。何か分からないうちにできちやつた」。コンサートホールは永田音響設計と きたもんだ。どう考へても建物設計も音響も香港の文化中心を凌駕しよう。建物なんて香港のあの「香港を代表する三大ワースト建築の一つ」(あと二つは香港 中央図書館と香港文化博物館)。まさか深圳がこんな凄いことにならうとは……。ところで広州での国际钢琴王子 李云迪 2007中国巡演广州音乐会なんて李雲迪(ユンディ=リー)のリサイタルで180元。日本や香港でなら高くはないが。中国も豊かになつたねぇ、と驚くべき か実は党政府関係の招待客も多くアトは「180元払へる客はどうぞご覧ください」の特色ある社会主義だつたりして。
▼香港外国人記者倶楽部での明後日昼のレジーナ葉劉淑儀の“Hong Kong's Road to Democracy and Good Governance”と題した講演と記者会見。今日になつて宣伝がまだ届く……といふことは満席になつてゐない? 香港の保守派の市川房枝、94歳のElsie Tu(杜葉錫恩)女史は葉劉淑儀の選挙支援団体の名誉代表だか務めるが、信報の取材にあらためて「レジーナは正直」と強調。言ひ得て妙。誠実かどうかは知 らぬが正直。つまりアンソン陳方安生は「正直ではない」と読み取ることも可、か。
▼香港鼠楽園の為体に対して、新華社系の週刊誌・瞭望東方周刊が上海鼠楽園の建造を報道。すでに候補地の浦東の開発区での土地接収も終はり(また強制的だ つたのかしら)政府中央の批准待ちで着工。2012年の完成目指し、規模は6平方キロと香港鼠楽園の実に4.6倍。鉄道交通網整備で寧波、杭州、蘇州など 上海周辺からの旅客誘致の由。香港は97年香港返還後の新空港と並ぶ大型巨大投資として鼠楽園の誘致を上海と争ひ、結果、鼠楽園に弄ばれてこの態、憐れな り。

十一月十二日(月)快晴。文藝春秋十二月号で藤原正彦「教養立国ニッポン」一読。教養が矜恃として大切は確かだが藤原先生、アナタには言はれたくない、と いふ感じ(笑)。今更教養など謳つても戦後六十年毀したるもの多し。吉田秀和先生が若い頃に青山二郎(美術評論家)の家に晩遅くまで語らひ翌朝目覚めると 隣の布団で中原中也が
天井に 朱きいろいで 戸の隙を 漏れ入る光 鄙びたる 軍楽の憶ひ 手にてなす なにごともなし (朝の歌)
とぼそぼそと自作の詩を歌つてゐる。その時、中也24歳、秀和17歳。「詩人の魂のやうな男。美の世界の存在を、ぼくに啓示してくれた」と回顧される 94歳の吉田先生(先週の朝日新聞より)。また花袋が書いてゐる、14歳の向学の少年・柳田国男が花袋に出会ふ、そこでの語らひ。文学、政治、スポオツ、 硬派、寮生活、料理屋での騒ぎ……そんなもの全てが相成つてこそ、の教養。けふび、村上春樹がせめてもの文学、政治は遠く、スポオツは亀田のボクシング、 学校など教養の「きよ」の字もなく、でファミレスとコンビニの時代ぢやぁ、ねぇ……今更「教養立国」と言つても。ところで先週末の古本バザーで入手の手嶋 龍一・佐藤優『インテリジェンス 武器なき戦争』(幻冬舎新書)でも情報戦の重要性など説いてゐるが結局、本の帯の「東京は、極秘情報が集積するインテリジェンス都市である」なんてコピー が読者を惹きつける。結局、国際情報の重要性よりも「なんだ、東京も意外と捨てたものぢやないな」なんて自己満足こそ日本人好み。日本の経済力など見ただ けで東京並みの巨大都市であれば情報都市であるべきなのは倫敦、巴里、紐育たて当然。香港も然り。当たり前のことで、それをいちいち「東京は、極秘情報が 集積するインテリジェンス都市である」なんて言つてゐることぢたひがナンセンスよ。諸事忙殺され帰宅してドライマティーニ二杯。昨日の湯豆腐の出汁で間引 き大根など煮て食す。昨晩読んだのは井上直幸『ピアノ奏法』の単行本。今晩はDVDで井上直幸『ピアノ奏法〈第1巻〉作曲家の世界 バッハからド ビュッシーまで』を観る。信州の山中の音楽堂で心地よくバッハ、ハイドンと奏でる井上直幸。この曲をこんな感じで、と自分なりに弾いてみせ「ちよつと感情 を入れ過ぎたかな」と「では、楽譜のままに弾いてみませう」つて弾いて「ちよつと、これぢやトンデモナイですね」とご本人はおつしやるが(トンデモナイ、 は井上先生の口癖)それでもアタシの耳には、その楽譜通りのトンデモナクつまらないはずの演奏だつてじふぶんに美しく楽しく聴こえるのに。演奏と解説。解 説も途中で「DVDに傷?」と思つてしまふくらい画面が2秒くらゐ静止してしまふ。じつは井上先生がフリーズしてゐるのだけど。とにかく楽しい。だが、こ のピアノ演奏の画像を遺して亡くなられたから余計に気になるのだがピアノを弾く呼吸がかなり深く、ちよつと息苦しさう。この映像を当時一歳だかの孫のため に、と遺作にされるつもりだつた、といふのだから。アタシは思はずモーツァルトに至る第3章で気持ち良く眠りに落ちてしまつた。明晩モーツァルトから最終 章のドビッシーに至れるかしら。この先生が弾くと、なんてバッハもハイドンもここまで愛らしくなるのか。井上直幸も凄いがこの人が亡くなる前にこの演奏を 画像に収録したテレビマンユニオンの凄さ。もちろん萩元晴彦の仕事。アトになつてわかつたのは「遠くへ行きたい」や「オーケストラがやつて来た」など幼い 頃に好きだつたテレビ番組がこの人のプロデュースによるものだつたのだが、萩元晴彦といふ名を初めて意識したのは中学生の頃、TBSの深夜ラジオで(確か LFでは大石吾郎が「コッキーポップ」の時間)この人がかなり硬派なインタビュー番組を帯でやつてゐたもの。「今晩わ、萩元晴彦です。今週一週間は……」 と番組の冒頭手短にゲスト紹介してイントロなしで突つ込んだインタビュー始めるセッカチさが断然良かつた。パブロ=カザルスのことを知つたのも、この番組 で語るのを聴いて、だつたと記憶。小沢征爾の「北京にブラームスが流れた日」もこの人の製作。井上直幸も萩元晴彦もこの世にゐない、と思ふと寂しいかぎ り。
▼ここ数日、映画『バットマン』(来年夏公開予定の“Batman The Dark Knight”)撮影が香港であり。中環周辺は黒山の人だかり。この撮影のために先週末は夜間の超近代都市の雰囲気出すために、と中環界隈のオフィスビル に対して一晩、オフィスの照明つけつ放しにするよう香港観光協会が協力呼びかけ、自然保護団体が抗議。実際の映画ではわづか数分間の場面の由。撮影歓迎は 至れり尽くせりで旧中央街市楼上のコリドールは夜間、撮影スタッフのために休息所となり軽食や飲み物までサービス。町を挙げての撮影協力は『男はつらい よ』と全く同じ感覚。ハリウッド商業映画はほとんど見ないアタシだがバットマンのシリーズだけは89年のTimothy Burton監督のバットマン作品以来全て観てゐる。ゴシック様式の近未来の産業都市の風景が好きであるし登場するキャラクターの異形性はアタシ好み。 Timothy Burton監督が米国カリフォルニア人ながら倫敦に住まひ、前作の“Batman Begins”とこの“Batman The Dark Knight”の監督であるChristopher Nolanも英国人。英国の貴族趣味が大切なこの作品であるから、監督のテイストが重要。香港の新聞は連日このバットマン撮影を大袈裟に報道するが信報が 地味にこのChristopher Nolan監督が中環のHollywood Rd周辺を探索する態をクールに記事に描いてみせてゐるのが秀逸(黒楊による「當荷里活愛上了荷李活道」11月12日信報)。近年のバットマンが映画でい くらクールに描かれても、アタシはどうしても1960年代後半から70年代初頭に東京12チャンネルで放映されたテレビドラマでのバットマンの印象が強烈 で、何がトラウマになつてゐるか、といへば広川太一郎による「ねぇ、ロビン〜!」の吹き替へ。英国の貴族趣味通り越したお公卿さん趣味か。

十一月十一日(日)快晴。朝日の読書欄「たいせつな本」で作家の桜庭一樹氏が紹介するのが『アブサン』。著者は水島新司、では「ない」。バタイユ。でもど うしても「あぶさん」と聞くと水島新司の野球漫画で、あの南海ホークスの「あぶさん」の印象が強い。朝八時半に荃湾。荃湾となると自宅出で丁度一時間。香 港ではかなり距離感あり。花袋『東京の三十年』読みつつ。九月よりMacLehose Trailを供に歩きたるランニングクラブの面々七名と集ふ。一 昨日の朝始まりしTrailwalker2007の100km踏破も本日午後二時が48時間のタイムリミットで大詰め。我々は昨年に続き、 MacLehose Trailのコース清掃活動に従事。参加者のうちW会のA氏は一昨日より昨朝まで21時間で100km踏破しての今日の清掃への参加。敬服。二班に分かれ余の一班は予定通り大帽山へ。も う一班は城門ダムより針山、草山へ。タクシーで大帽山に向へばチェックポイント8はすでに撤収済み。強者ども跡形もなし。路上に点在のペットボトルだのパ ワージェルなど拾ひつつ大帽山の頂上。日差し強し。三時間半でLead Mine Passに到着。針山〜草山チームもすでに到着してをり合計で大きなゴミ袋に5袋のゴミ収集。Trailwalkerに参加の約千組にはどうしてもゴミ捨 てて歩くバカ者をり。参加者にバカもゐるが主催者(Oxfam HK)も時間競ふこと煽る部分もなきにしもあらず。水筒持参でペットボトル飲料持込み禁止くらひの措置とるべきでは? 昼すぎ城門ダムを下りミニバスで荃湾に戻りいつもの山西刀削麺に 食しビール飲む。ジムの風呂に寄り帰宅。Oxfam HKに本日のレポート送付済ます。本日は12月の香港国際カップの予選レースあり(沙田、芝2000m)。Stanely Ho氏のViva Pataca(爆冷、Beadman騎手、Moore厩)が一番人気。アタシはPacking Winner(包裝大師、Whyte騎手、何良厩)に期待し、この単複。この二頭軸に脚に三頭選び六通りの三連単したらこの二頭はVP、PWの一、二着で 順当でArt Trader(詩情畫意、鄭雨滇騎手、Moore厩)が健闘で三着。これが単勝69倍だつたかで三連単はHK$60→HK$1,629とまぁまぁの高配 当。山の掃除などしてお釈迦様のご庇護か。晩に湯豆腐。花袋『東京の三十年』読了。花袋が独歩のまさに武蔵野の家を訪れた日の話(丘の上の家)、それに
日光行はまことに行はるべきや、霧深く水多きの彼地にありて心靜か にこの春をくらし、君と共にわが燃ゆる心を筆に上すを得んには如何に幸なるべき。
で始まる独歩の花袋に宛てた手紙が殊更に佳し。井上直幸『ピアノ奏法』(春秋社)読む。井上直幸氏はアタシが中学一年生の頃にNHK教育テレビの「ピアノ のおけいこ」で指導中。それまでの指導者やそれ以降に指導者とは明らかに住む世界の違ふ井上先生のドビッシーとかの曲だつたかしら「妙にヘンチクリンな」 指導法と不安定でもきれいな旋律に、もう「いい加減にしてくれ」と疲労困憊でクタクタな中学校生活から戻つて、井上先生に心身癒されたアタクシ。懐かしい かぎり。
▼朝日新聞の地方広告に深圳の世紀皇廷酒店(Royal Century Hotel、深圳市龍崗区布吉)が「日本人専用フロアを完備」の由。嗚呼、嫌だ。
▼山口二郎・北大教授と姜尚中・東大教授が小沢一郎の「ぷつつん」と自民・民社の「大連立」に蹌踉めく日本の政治を語る(朝日新聞)。自民党支配に警鐘鳴 らしてきた政治学の碩学の二人。それにしてもお二人とも恰好良い政治学者のはずが今日の朝日の写真はお二人とも一言でいへば「映画『バットマン』の悪役」 のやうに相に異形なるものあり。で山口教授曰く「政権交代起こすには民主党が中道左派路線を展開して勝負をかけるといふ原点が小沢さんには常にあると思つ てゐた」のは築地のH君もアタシも同じ。それが「政権交代めざすといふのはインチキ」で「自分が政権に入れば、政権交代しなくていいのかといふ話になつて しまつた」。で大連立などあれば参院選での民主党への一票が自民党への投票となることは「ある種の詐欺」であり選挙の洗礼受けず=民主的正当性がない=日 本の運命を左右する大きな意思決定をする資格のない福田政権との連立は突つぱねるべきものであるのは当然(姜)。結局、小沢一郎は「政党政治の基本がわか つてゐない」のであり「国難とか国家の危機といふ全体のシンボルをふりかざして、それぞれの党の自己主張を抑へて一緒にやらうといふ、偽りの空虚な全体」 に民主党が吸ひ寄せられたもの(山口)。小沢一郎のもとで総選挙を戦はうとしても、党内は疑心暗鬼だらうし、プッツンした人が次の首相候補と言はれても国 民は困る(山口)。結局、自民党からも民主党からも日本を具体的にどうする、といふ統治能力のわかる発信がない(姜)。政府与党を批判して追ひつめると国 政が停滞するリスクがあるが、そのリスクを敢へてかぶり「おれがやつたら良くなるぞ」といふ開き直りが野党には必要(山口)。政権担当能力など権力を握つ て与党になれば生まれるもの=ステータスが人間をつくるやうなもの、と(姜)。……それにしてもどうにもならず。この対談での名言は何といつても山口教授 の「大連立を仲介したとされる中曽根元首相や讀売新聞の渡辺恒雄さんが国難をうんぬんすることが国難だ」(笑)。

農暦十月初一。快晴。日本人学校中学部。学習発表会で知己の学生諸君の歴史、それも日本の香港占領に関する発表あり。香港に暮す日本人として日本が香港 にかつて何をしたのか、少しでも理解しておくことが大切と考へた、と中学生の謙虚さ。聴く値する発表内容は大したもの。古書市あり東海林さだをの食に関す る随筆集の文庫本数冊や英文簿記の本など購入。昼前に一旦帰宅。Z嬢と灣仔のAl Denteなる伊太利料理屋に昼食。HK$78でスープか前菜、主菜はパスタ、ピッザ、魚か肉料理から選べデザートに珈琲ついてこの値段は 良心的、といふか安過ぎ。昼に2回転が精一杯でHK$78+10%で30席なら売上げが5千ドル余で……と考へると儲けも薄利か、と余計な心配。いづれに せよスープとパスタにしたが満腹。サーモンのサラダとステーキ選んだらさぞや大変なことに。午後ご用事済ませ早晩にジムに一浴し帰宅。夕食はジャスコで購 入の北海丼。体調已然芳しからず。花袋『東京の三十年』読み続き。早寝。
▼田原牧『ほっとけよ』。問題はテロリストに非ず。タリバーン、ネオコン、修正派シオニスト、キリスト教原理主義……様々な輩の跋扈する社会、日本の政治 的問題、そこに著者はトランスジェンダーといふ「本人の生き様」が絡んだ思慮が続くから空論に非ず、読んで面白い。しかも欺罔だの重篤だの、今どき他に誰 が使ふかといふ言葉遣ひもまた面白いが、一つ「僭称」といふ言葉の遣ひ方はちよつと疑問。03年秋、熊本の温泉旅館でハンセン氏病患者が宿泊拒否された出 来事は記憶に新しいが、この直後から同病療養所に対した嫌がらせの中に東京の部落解放運動のメンバーの名を使つたものがあり、田原さんはこれを「犯人が僭 称」としてゐてゐるが、僭称は「濫リニ身分ヲ超エテ上ヲ眞似たる稱號ヲナスコト」(大言海)で「皇帝を僭称する」であるとか熊澤天皇のやうなのが僭称であ り、これは「犯人が偽称」でいいはず。身分差別解消目的とし運動する人の名だから犯人から見れば「上」か……重箱の隅を、はその程度で、読み応へ十分の著 作。
▼ディズニー鼠集団本社の営業業績発表で香港鼠楽園開園から2年の損失16億香港ドル=240億円と発表。この2年の入場者数明らかにせぬも今後入場者の 増加見込めず損失増長指摘。1年目は3.6億ドルの損失が2年目は入場者減著しく12.6億ドルの赤字。計16億ドルの損失を香港政府と鼠楽園の割合では 57:43で負担。この香港開闢以来最悪の政府による白痴投資は当時の行政長官董建華、ディズニー誘致計画の責任者アンソン陳方安生も香港政府の役人の誰 も過失責任問はれぬ。役所の集団責任の見事さ。米国の鼠楽園本社もこの香港での失敗は自己責任免れず毎年香港鼠楽園が本社に払ふ上納金(平均600万米ド ル)も08年と09年は免除と発表。当然であらう。それどころか開園から2年分の上納金も香港市民に返せ、この泥棒鼠めつ!、である。
▼突然思ひ出した呆れる話。銅鑼湾のTimes SquareのMarathon Sports運動具店で買ひ物。支払ひの際に「高すぎないか?」と思ひ領収書の品目確認すると衣料品1点が二重計上。指摘すると帳場の者、最初は当方の誤 解と指摘。もう一度「ほら、よく見てご覧なさい」と袋詰めされた商品を出して数へ直すと、やうやく自分のミスと気づいた店員。間違ひは問題なし、許容範囲 だが、この店員、こともあらうに店員は“OK”と返事。思はず「あなた、これはOKぢやなくて、申し訳ありませんでした、でしよう。OKといふのはこちら の要求を許容できた場合の返事で、今回はあなたの間違ひ。それを客に指摘されてOKはないでせう。失礼にもほどつてものがありますよ」と優しく丁寧に叱 咤。それでも反省の色もなし。これで叱責に謝らず不愉快さうな表情でもすればまだ可愛いが、こちらの指摘に何事もなかつたかのやうに馬耳東風。この態に寧 ろ見事、と呆れるばかり。

十一月九日(金)快晴。本日より香港では Trailwalker2007 開催。アタシの出場は2004年が三度でそれが最後。翌年から二年続けて予備抽選から漏れ今年は抽選応募すら忘れる始末。それでも毎年九月から十月にかけ 週末に西貢北譚涌より終点勝手に変更し深井まで一応この100kmの山あり谷ありのコースを踏襲済ましてゐるのは日剰に記述の通り。本日の午前九時より精 鋭チームよりスタート。知己の方も何人か参加あり健闘祈るアタシは胃腸風邪かしら、体調芳しからず養和病院に。かつてA氏に蒲柳之質と笑はれたが近くにゐ た数名の中国人も「蒲柳」の意味を知らず。ところで病院に向ふタクシーで、かねがね気になつてゐた「二つ目の小さいバックミラー」について写真撮影試み る。やつぱり予想通り。タ クシーに乗るとふつうのバックミラーの他に小さいミラーも装着のタクシー少なからず、あり。てつきり客との行き先確認などの遣り取りの為か、と思つてゐた が一度とてこのミラーで運転手と視線合つた例しなし。やけにこのミラーの角度が折れてゐるのが特徴といへば特徴。ししばらく前にアタシは「はつ」と合点。 でちやうど今日、天気も良く絶好の撮影日和。ちやうどこちらの股間の位置にカメラを置き、このバックミラーの方を向けて撮影してみる。……と予想通り。小 さなミラーに運転手の両眼が(笑)。結局これつて乗客のスカートのパンチラ覗き用つてことかね。このミラーが市販なのだらう、も可笑しいが。早晩に中央図 書館。Z嬢との待ち合はせまでジムに行く元気もなく星巴珈琲も金曜日の昏時など賑やか過ぎて落ち着けず。嫌ひな設計の中央図書館だが静かであることだけは 受容可。でも全館のソファが紫色なのは許せない。新聞をゆつくり読み花袋『東京の三十年』少し読む。気軽な随筆なのだが露伴、花袋が師とした紅葉、歌読み の会に現れたまだ十四、五の天才少年柳田国男君のこと、英訳で読んだゾラ等々話が面白いからぢつくりと読んでしまひなかなか進まず。銅鑼湾。Z嬢と耀華街 の新翠華茶餐廳。茶餐廳と名乗るし翠華と聞くと茶餐廳の中で も大手の系列か、と思ふが新翠華は煲仔飯で著名。銅鑼湾のこの場所で炭火で焚く、と云ふ。だが煲仔飯だけか、と云ふと狭い店で大繁盛なのにちやんと普通の 茶餐廳と同じく軽食から一般的なぶつかけ飯、茶に珈琲までづらりとメニューもあり狭い厨房で鯔背な兄さんが二人でまぁ威勢よく調理し続ける態を見てゐるだ けでも煲仔飯が出されるまで時間潰しになる(でも調理場も禁煙のはずなんだが……)。で滑鶏煲仔飯と紅焼豆腐を二人でシェア。美味。食後、何年ぶりかし ら、で新華社前の伊利沙伯体育館(Queen Elizabeth Stadium)。ここは本来、キックボクシングやムエタイの興行にピツタリな、いはば「香港の後楽園ホール」だから此処でコンサートといふとアタシの最 近の記憶では日本から、だとX.Y.Z.→A.くらい。でそこに香港フィル ハーモニー、なのは「のだめカンタービレ」演奏会。曲はベートーベンの7番(第1楽章)、同ヴァイオリンソナタ「春」(第1楽章)、ラフマ ニノフの2番(第1楽章)でブラームスの1番(第4楽章)。休憩。後半はバーバーのアダージオ、ガーシュインの藍色狂想曲でベートーベンの7番(第4楽 章)。勿論、原作とドラマで印象的な曲のオンパレード。とにかく後楽園ホールだから、まるで音も響かぬし、昔のモノーラル録音か、町の公会堂で地元楽団が 演奏する如し。まぁ企画モノで通常は数年先まで演奏日程決まる中、急きよ会場押へた結果がエリザベス体育館の由。だが今日と明日の二晩「爆満」で明日夕方 に追加公演あり。「春」のヴァイオリンソロは遼寧省出身の王亮(22歳)。ラフマニノフとガーシュインのピアノは上海出身の宋思衡が色物つぽく「思ひつき り」な演奏。「笑はない香港フィル」がSオケのやうに何処までやつてくれるか、江戸出悪人氏がドラマでの竹中直人扮するミルヒー先生の如くかつらでも被つ て登場してくれるのも期待したが能はず。曲の合間の団員による即興MCだけ。舞台上から観衆に尋ねると、当然「のだめ」のファンが多く香港フィルどころか クラシックのコンサートなんて今回が初めて、の若者少なからず。云わば「のだめ」に肖り「青少年のための音楽教室」で、これはこれで成功なのだ。今晩の香 港フィルはバーバーのアダージオ、好演。だが、この曲からガーシュインは唐突なのだが……。帰宅して田原牧『ほつとけよ』やうやく読了。

十一月八日(木)昨晩の痛飲に本日は気分悪くないがさすがに酔ひが抜けてをらず。早晩に中央図書館に寄り香港国際撮影沙龍(サロン)で数百枚の写真展示参 観。華姐で牛腩河粉食す。少し涼しくなり風邪気味。今晩、Maria João Piresのピアノリサイタルあり(香港文化中心)。葡萄牙はリスボン生まれのマリア=ジョアン=ピリスは、当然、先週マカオでの演奏があり、香港まで間 が空いた、と思へば実は東京で五年ぶりにリサイタルあつた由(4日にすみだトリフォニーホールにて)。余は薮用あり不見。参観のZ嬢は、ああいふふ うに年をとりたい、と一言。曲目はヒナステラの3つのアルゼンチンの踊り、スカルラッティのソナタ・イ長調(K.208)、シューベルトのピアノ・ソナタ 第13番イ長調(D664)と4つの即興曲より第1番ヘ短調、第2番変イ長調、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第31番変イ長調。香港で著名にあらず香港 文化中心のホールは大きすぎ。むしろリサイタルホールでこそ開催すべき。
▼香港政府の潤澤なる余剰金を市民に還元すべきかどうか、につき財政司曽俊華君が一定の準備金の維持は必要と還元に消極的な姿勢見せたのに対して金融管理 局総裁の任志剛君が「余蓄は市民に還元されるべき」と指摘(蘋果日報は翌十日のもの)。政府内では財政司の管轄下にある金管局の総裁のこの発言、「大胆」 と驚かれる。発言は而も、日本語に譯せば確かに「余蓄は市民に還元されるべき」となるがもともと「還富於民是天公地道」とまぁ大岡越前守の如き芝居がかつ た台詞。任総裁によれば政府余剰金は3.7千億ドル(5.5兆円)。任総裁が運用する金管局の外貨備蓄は更に6千億ドルもあり、この運用実績を背景に在任 14年、年収1億円以上の、香港では行政長官など足下にも及ばぬ特別待遇の任総裁は今年還暦で任期もさすがに残すところ2年、今更若輩の財政司など怖いも のなし、哉。

十一月七日(水)早晩にジムに寄るがジムのトレッドミルで走つてばかりゐるのも芸がない、と着替へてジムを出てハッピーヴァレイ競馬場のトラックを走る。 なぜかジョギングの人たちは競馬の時計回りとは反対に走る。がアタシは断然、競走馬と一緒で時計回り。コースを体感しなければならないのだ。知己の医師C 君もランニング中。雑談しながら5周。30数分。晩に耀華街に移転の「いろ り」にバンコクのY氏と食す。食後にかなり久々にバーYへ。 三鞭酒。コヒーバの 葉巻蒸かす。Y氏と別れ、これで帰ればいいのに、つい楽しくてバーSに 寄る。喉が渇きモヒート所望せしところマスターM氏に「競馬が好きな方はこちら」と Mint Julepを供される。不覚にもアタシはこのバーボンベースのカクテルがケンタッキーダービーに因むもの、と全く知らず。バーに居合はされたT氏よりリ コーのGRデジタルで後継機GR Digital IIの発売がつい先日発表になつた、と聞く。深更に利苑で雲呑麺食し帰宅。

十一月六日(火)快晴。十一月の快晴の第一火曜日はメルボルンカップ。香港はちやうどお昼でZ嬢お手製のサンドヰツチ頬張りながらサイマルキャスト観戦。 メルボルンは数日悪天候続き馬場が悪い由。豪州馬、新西蘭馬に地の利有りか、と選んだMaster of O'Reillyは一番人気で、ここから英国馬のMahlerと愛蘭馬のPurple Moonに流す。堅すぎ。でメルボルンからの中継は、あらまぁ初夏の晴天。24頭(実際には3頭欠場?)が競ふ3,200mは勇壮。レース引つ張つたのは Tungsten StrikeでMahlerがぴたりと着け、これはMahler余裕でか、と思つたが伸びず、最後直接で外からぐいぐいと出てきたのはRodd騎手の Efficient(16倍)。Purple Moonが二着。Efficientは昨年のヴィクトリアダービーの覇者、だがCox Plateは9着ですか、アタシはまるで無印。続く香港ジョッキークラブ杯は豪州のMolotovの一点買ひ。で、結果絡みもせず(優勝はFlash Trick)。早晩にQuarry BayはTaikoo Placeにて開催中のJulian Schnabelの 展覧会。中環の 10 Chancery Lane Gallery がDavid Tang=鄧永鏘氏をスポンサーに開催。会 場近くのポスターで開催は明日から、と判明。だが訪れてみると無料の個展はすでに開場してをり幸ひ。ジュリアン=シュナーベルは映画監督で今年のカンヌ映 画祭で映画“Le Scaphandre et le Papillon”で監督賞受賞。その人の絵画作品。アタシは個人的に、このテの現代抽象画はからつきし解ら ねぇ。こりやもはや南宋画。文人が描くと「それなりにアートになる」意味で現代の南画。でも、やつぱり解らないから気になつて巨大なキャンバスが二十張ほ どあらうか、と対峙してみる。でも、さつぱり解らない。それでいいのだ、と納得するしかない。会場は実はTaikoo Placeのなかのオフィスビルの、テナントなき広い1フロアをそのまま。建物の躯体建築の柱など上手く使ひ余裕ある広さ、ただ薄いクリーム色の壁にジュ リアン=シュナーベルの抽象画が点在し、あらゆる角度から遠くのキャンバスが眺められる点で、(アタシには1張1張のキャンバスは解らなくても)この空間 藝術としてかなり面白い。Swire財団が持ちビルのフロア提供したことが結果的に見事な成果となつたのだが、実はこのジュリアン=シュナーベルの突然の 香港での個展、蘋 果日報によればDavid Tang氏がこの展覧会開催につき香港政府に打診のところ関心低さ極まりなし。香港芸術館だのでの開催の見込みたたず、で商業ビルのフロアを展覧会場に見 立てたもの。David Tang氏は香港政府をバットマンだのディズニーには興味あるが藝術理解できず「政府識藝術條ゴキブリ毛」と罵倒。ジムに寄り5kmだけトレッドミルで走 る。我ながら先週からよく走つてゐると感心。帰宅して豪州の白葡萄酒Show & Smith 05年を飲みながらグリーンアスパラ、サラダとハヤシライス食す。Chard.だがUnoakedと銘打つた葡萄酒(樽を使用せずステンレス槽で熟成)は 初めて鴨。
▼ルイ=ヴィトンの雑誌広告で今年の秋、冬物にモデルとして起用されしはソ連のゴルバチョフ氏。古めかしい自動車の後部座席に座りしゴ氏の傍らにヴィトン のモノグラム模様の手提げ鞄。ゴ氏がモデルといふだけでも話題になつたが、ここ数日この広告写真でそのヴィトンの鞄でさりげなく覗ける雑誌の、その記事が 更に話題に。ロシア語の雑誌記事の見出しは英訳すれば "Litvinenko's Murder - They Wanted to Give Up a Suspect for $7,000." で、これは昨年英国で暗殺されたるロシアの元スパイ、リトビネンコ氏に関するもの。広告写真の撮影で厳寒のロシアの雰囲気で冬物を、でロシア語の雑誌を演 出に置いた、と説明できるがゴ氏は当然読めるもの。ゴルビー氏本人はコメント控へ、彼の事務所は数日前にこの件を聞かされ知つた、とコメント。政治的背景 や意図はない、ただの偶然、といふが興味深すぎ。

十一月五日(月)香港の株価は近頃3万ポイントに達せし恒生指数が1,526ポイント(5%)の大幅下落。週末、温家宝首相が中国国内の香港株式市場投資 熱にブレーキかける発言の影響。極めて異常な株式市場。早晩、そのニュース伝へる経済ニュースと「どらえもん」のアニメ眺めながらジムで5kmだけトレッ ドミルで走る。その足で銅鑼湾のCitysuperにより食品売り場徘徊してる最中にZ嬢と遭遇。カクテル酒用に天然のライム果汁購ふ程度で、酒瓶も手に してゐなければ折から開催の北陸物産展で和菓子などゲットしてをらず、Z嬢の呆れ顔見せられずに安堵。帰宅してジンをライム汁で割り二杯。生まれて初めて インドネシアのテンペなる大豆発酵食品を豚肉や韮茎などと炒めて食す。どうもまだテクスチャに慣れぬ。煮豆沢山食す。NW9は「会津の男」柳澤某が「先週 から体調を崩してしばらくお休み」としてゐるが実質的に降板の由。あのいちいちぶつぶつ述べる不愉快なコメントももう聞けぬか。ところで民主党、小沢代表 辞任うんぬんの対応で、なぜ党内で幹部も「小沢党首にお聞きしたところ」だの「……とおつしやつていらして」だとのマスコミに語るのか。党内部で小沢帝に 敬語使ふのは勝手にして、だが日本語の美徳として対外には身内は「党首に尋ねたところ」「と申してをりまして」と言ふべきものだらうに。
▼今日の株価の下落(1,526ポイント)は1987年10月の黒い月曜日(1,121ポイント下落)や、そのちやうど10年後の97年10月のアジア通 貨危機(同1,438ポイント)、更に2000年4月のハイテク株バブル崩壊(同1,380ポイント)を上回るもの。但し恒生指数は3万ポイント超える高 値つけてゐたため下げ幅では5%に留まり、黒い日曜日の33.33%やアジア通貨危機での13.7%には遠く及ばず、しかも温家宝首相のコメントに端を発 する株式投資高騰への抑制が意図されたもの、として、市場はけして混乱には至らず。
▼昨夕のギネスは気候の所為もあらうが殊更美味かつた。ギネスビールのコースターの裏側にあつた言葉。
The Presence of Beauty. When Keats wrote "A thing of beauty is a joy forever", he echoed the thoughts of Arthur Guinness as he first considered the beauty of the Black Stuff back in 1759. Of course, the only drawback is that no pint lasts forever. Which begs the question, "Whose round is it?"
はなんとも「きれいな英語」の手本の如し。これを訳させるなら開高健だらう。さしづめ雑誌『洋酒天国』とかに
美しさがそこにある。英国の詩人、ジョン=キーツ(1795〜 1821)が「 美しきものは永遠の喜び」と書いた時、キーツはアーサー=ギネスに呼応してゐたのだ。アーサー=ギネスはキーツに遡る1759年、彼の生み出した黒漆色の 飲料に、もう魅了されてゐた。勿論、その一杯は飲み干され、永遠に存在しないのが悲しいが……。まぁ、そんなことはいいか。おい、つぎの一杯は誰だつけ?
……とか書きさうだが、これでも日本語ではキーツの詩も、ギネスの時代にも疎いから説明つぽくてまどらつこしゐ。まぁ、コースター一枚でしばし酒が楽しい から、それでいいのだけど。
▼先週末のThe Economist紙で特集は“The new wars of religion”である。この問題でも世界の関心は中国へ。キリスト教にとつてもイスラム教にとつても「近い将来、信者でもつとも多数を占めるのが中国 になる」といふ事。たつた一言だが、想像しただけでここから様々な問題が浮かび上がる。
▼中国といへば、今日の信報によると、今年12月31日に杮落しの落成祝賀演奏会が予定されてゐた北京国家大劇院、のそれはなかなか詳細明らかにされず、 結局、年明けのNew Year Concertに延期。で別途、12月22日に遡り開幕式挙行。もともとは大晦日に開幕式挙行し続く演奏会は小澤征爾の指揮で「当然の如く」郎朗でオケは中国国家交響楽団(China National National Symphony Orchestra)のはず。が、結局のところ、中国の首都北京の国家的コンサートホールの開幕で日本人に指揮されるとは!と いふ愛国的配慮からこの演奏会は取り消し。12月22日の開幕式は「国交」を同劇院の音楽監督・陳佐湟が指揮し、他に北京交響楽団(指揮は譚利華)、ソリ ストは李雲迪(ユンディ=リー)、1987年のパガニーニ国際バイオリンコンテストで金賞の呂思清ら。国家の威厳をば誇示する大劇院の落成を自国民で盛大 に祝ひたいといふのは真つ当、鴨。小澤征爾は、瀋陽生まれで少年時代を北京に育ち、1978年からだつたか精力的に中国のオケとの共演続けてゐるわけで、 しかも、かういつた「お祭り騒ぎ」的な祝祭空間での演奏に長ける点では申し訳ないが陳佐湟や譚利華とは格の違ひもあらう。だが、やはり小澤が中国で生まれ 育つたのも、その歯科医師である父が満州青年連盟、協和会の創設者の一人であり、征爾の名も父が親交あつた板垣征四郎と石原莞爾から一字づつ貰つたもの、 となれば「左派的には」小澤征爾のこの杮落しでの起用は反革命的なの鴨。だがこの記事は「小澤征爾が過去三十年にわたりボストンフィルを率ゐたことは米国 人の感情は傷つけなかつたのだし、これまでの中国政府による日本からの円借款も中国人の感情を傷つけたか?、と指摘。
▼民主党代表小沢一郎君、代表辞任も今更驚かぬし自民・民主も烏合の衆で政界再編成は必要だと思ふが小沢君の会見での「民主党も本当に政権担当能力がある のか、国民から疑問が提起され続けてをり、次期総選挙での勝利は厳しい」といふコメント、これが自らの党の代表として、と思ふと驚くばかり。まさに「政権 獲得をめざす参院第一党の党首が会見の場で自分の所属する政党の政権担当能力に疑義を呈するといふのは、考へられないことだ」(沖縄タイムス社説)。アタ シにとつて民主党は、なぜ松下政経塾と旧社会党が徒党を組めるのか不思議。『ほつとけよ』で田原牧さんが松下政経塾の塾生について指摘してゐる言葉が核心 をついてゐる。
彼らは自民党に空きがないとなると、旧社会党や民主党からためらひ もなく立候補した。政党の主義主張など二の次、そんな節操のなさを突かれると、すぐさま「二大政党制への変革を促すため」といふ小理屈で塗布してみせた。

十一月四日(日)快晴。朝はいつも目覚ましなくとも習慣で遅くとも6時には目覚めるが今朝は新界大尾督にてHK Distance Runners Club主催のハーフマラソン大会あり五時に目覚ましかけて昨晩寝たところ真つ暗ななか「だいぶ熟睡できたな」と今朝目覚めると既に午前6時。昨晩仕掛け た目覚まし時計の電池がズレて動いてをらず。20分後に天后発つ大会主催者手配のバスに急げば乗れるか、タクシーで一路、大尾督まで駆せるか、とも思案し たが顔も洗ふか洗はぬか朝食も採れずで駆けつけハーフに参加は無謀。参加断念。自らがメンバーのHKDRC主催で1998年より8回連続、紛ひなりにも完 走してきたレースだけに残念。朝食済ませ新聞数紙読みハーフマラソ ンのかはりに命がけの窓拭き。命が惜しいか年に二度程度。硝子越しの青空が心地よし。ハーフマラソン出れぬ腹いせにせめてもの修業に小一時間走り、その足 でジム。昼にかけ有酸素運動一時間。午 後に灣仔の藝術中心。「台湾月」の映画祭で晩まで映画三本。まづ李啓源監督の『巧克力重擊(Chocolate Rap)』 は台湾初のヒップホップ映画と銘打つ。父親の製氷業手伝ひながらダンスに狂ふ少年。交通事故でダンス一旦諦めるが堅気な父も息子の夢が叶はぬは不敏とヒッ プホップに似あふナイキのスニーカーを授け息子は一念発起しヒップホップのコンテストに出るが決勝戦の相手はかつてダンスを教へて遣つた旧友……実力的に は勝てるがなぜヒップホップでダンスを競ふか?と悟つた彼は……とヒップホップでも野球でもヤクザ物でも青春映画は青春映画の筋。午後の日差しがきれいで 暫し漫ろ歩き写真何枚か撮る。The Delaney'sに 寄りギネスビール二杯。久々に女将の尊顔に拝す。心地よき午後の風にギネスが美味い。花袋の『東京の三十年』数頁読む。 挿雲の『江戸から東京へ』であるとか安藤更生の『銀座細見』ともまた異なる趣きあり。灣仔のこの界隈、午後遅く、どこか倫敦の如き風情あり。藝術中心に戻 り夕方 は夢幻部落』 観る。監督は一昨日の『経過』の鄭文堂。2002年の映画で確か観た記憶もあるのだが朧げ。『経過』ではもはや台湾代表する性格俳優の戴立忍も古書店主で 地味な役。場面の所々覚えてゐるのだが嘗ての日記紐解いても手帖見ても、この映画をいつ何処で観たのか記録もなければ筋すらあまり記憶になし。年老いて記 憶も定かでなし。あらためて、この『夢幻部落』といふ映画の面白さ。タイヤル族の記憶。中上健次的。台湾の映画といふと、どうして若者の孤独が印象的なの かしら。青年は定食もなく梲もあがらずうだふだと過ごし、少女は必ずといつて言ひほど映画館の「捥り」か遊園地でメリーゴーランドの係員の印象あり。毎日 ただ仕事場に向ひ悲しく日を終へアパートに戻る。この映画でせめてもの濟ひは孤独に嘖まれテレクラで知らぬ相手との物語りだけ、の若い男女が台北を出て山 に向ふこと。映画終はりZ嬢と待ち合はせ灣仔の巷路になぜかポツンと在るSUBWAYで美味いサンドヰッチ 食す。Z嬢と藝術中心に戻り晩は『人魚朵朵(The Shoe Fairy)』観る。邦題は「靴に恋する人魚」。監督は李芸嬋。香港の芸人ランディ劉徳華が資金提 供しプロデュース。敬服。映画では語り役つとめる。主演は徐若瑄(ビビアン=スー)。センスの極めていい映画。アタシはよく知らぬが端役までかなり個性的 な台湾の役者総出演かしら。個人的に「この童話的な世界」は嫌ひぢやない。だがアタシは「筋のために悲劇用ゐること」は厭。何か場面の展開で悲劇、事故な ど用ゐるのは安易すぎ。だがふと思へばこの映画でもモチーフになつてゐる童話といふのは、今にして思へば、優しさだの幸せなどが大切、といひつつ、その残 酷さ、悲劇的要素こと童話の核心。夜な夜なこの残酷な話を聞いて育つのだから。

十一月三日(土)我がマンションで冷房機の排水管の敷設だかで階下より竹組みが上り来る。二十数階の高所にて鼻歌まじりに竹を組む職人。さ すがに団地では上半身裸で命綱もつけぬ向かう見ずな鯔背な兄さんに非ず。午前中裏山よりSir Cecil's Rideを黄泥涌まで走る。約12kmくらひ。今週は月曜から3回で22kmも走つてしまつた。明日のハーフマラソン前にこれぢやアタシに とつては走りすぎ。午後薮用済ませ早晩にZ嬢と湾仔で待ち合はせ湾仔道の穆 斯林清真牛肉館に食す。近くに回教寺院あり回教徒少なからず。なかなか美味い。気温も涼しく散歩も楽しく漫ろ歩き香港演藝學院。紐育のAlvin Alley American Dance Theaterの公演観賞。第一部の舞踏は秀逸。身体藝術の極み。二部と三部のうちチアダンス風、キャバレー風の舞踊は確かに上手いがAlvin Alleyがやならければならぬ必要性もなく疑問少なからず。

十一月二日(金)早晩にジム。トレッドミルで一時間走る。晩に香港藝術中心。この週末「台湾月」と題した台湾映画上映あり(全て無料)。鄭文堂監督の『経過』観る。台北の故宮博物館で学芸員をする 安静(桂綸鎂)。その元彼らしき寡黙なアート系ライター(戴立忍)は家賃払ふのも難儀で安静に借金。そこに故宮美術館にふらりと現はれた日本人青年(蔭山 征彦)。青年は北宋の蘇軾の『寒食帖』を一目見たいと切望するが展示がない。この三人の数日間の日々を故宮博物館を舞台に描く、一風変はつたドラマ人間模 様。安静は元彼にも踏切りがつかず、優しさうな日本人青年もちよいと気になる。が元彼は清貧な生活で黙々と書き物を続け、気分転換は気功。日本人青年も蘇 軾の『寒食帖』に興味抱くばかり。面 白い設定といへば面白いし、台北のアート指向な雰囲気もよくは出てゐるが、作りすぎ、なのはこの映画ぢたひが国立故宮博物館のプロデュースで、よーするに 設定として「若者の中国伝統芸術への関心も薄らいでゐるなか故宮博物館を舞台に学芸員とか来館者を主人公にちよつとアート指向な人間関係描いた映画、出来 ないかな?」である。だからヌレ場もないしドロドロとした人間関係もない。だから「物足りなさ」がある。『藍色大門』だつたか、青春映画のヒロインだつた 桂綸鎂が大人つぽく美しい。戴立忍はこのテの「よくわからない映画」でクセのある役どころの出来る二枚目としてはオダギリ=ジョー的。蔭山征彦は台湾で数 本映画に出演してゐる俳優。勿論、中国語が出来るのが売り。故宮博物館プロデュースであるから映画では故宮博物館地下の国宝級の芸術品が眠る地下洞保管庫 など覗ける。故宮と、安静とライターの自宅以外で唯一、映画で舞台となつたのが食肆「阿才之店」なのが「いかにも」な世界。『寒食帖』の蘇軾(1036〜 1101)は四川省出身、蘇東坡の名の方が有名。物語の最後のはうで、この日本人青年は安静の配慮で、寒食帖の本物はつひに見られぬがスライドで寒食帖を 見せながら安静が蘇軾の筆致をこの男二人相手に語る。物語の冒頭、館内で館長ら前にした時にはまんぞくなプレゼンテーションの出来なかつた安静が、今度は 自然に、そして的確な指摘で発表をする。学芸員といふ立場で作品をどれだけ語れるか、は、たんに美術作品に対する知識ではない、つてところか。突然、嗚咽 する日本人青年。数奇な運命辿り戦前は日本にも運ばれた「寒食帖」が関東大震災で奇跡的に瓦礫の中から発見されてもほとんど傷んでをらず、ただその寒食帖 の装丁など手を入れたのが美術品の修復師が、実は自分の祖父だ、と打ち明ける。子どもの頃から祖父にその話を聞かされて一度、この博物館でそれをこの目で 見てみたかつたのだ、と。ところで台湾では「正名運動」として蒋介石国際空港や中正記念堂などの名前の見直し図り「台湾の自立」に熱心だが台湾が独立指向 するなら故宮美術館の美術品も蒋介石が持つてきたものなのだから中国に返還すべきでは?とふと思ふ。太古のジャスコ・旭屋書店でカメラ雑誌受け取り帰宅。 カメラ雑誌眺めると、ニコンのD300とかキャノンのなんとかとか「デジタル一眼はここまで進化した」と、デジタル一眼がきれいに撮れるのはプロでもトー シローでも一緒なのだからあまり大騒ぎしないで、こんな特集組まないで、ともう食傷気味。アサヒカメラ11月号の瀬戸正人“binran”の写真が興味深い(ニコンサロンで展示中)。台湾の路上で 檳榔を売る檳榔西施のオネーチャンらの一連の写真。「檳榔」とせず“binran”と題したことが淫乱なやうな絢爛なやうな、艶のある言葉の響きあり。と ころでコシナがCarl Zeissで積極的に各社マウントに合はせた新作レンズ発表続けるが、なんとニコンS用に注文限定でSonner T*1.5/50を発売の由。ニコンのSマウントは現行カメラなし、であくまでかつてのSの愛好者のためだけ、とは、いくら注文受けての限定とはいへ大し たもの。気になるお値段だが11万円とは、この条件で考へれば良心的。コシナは立派。そしてカメラ雑誌がデジイチ特集でつまらないなか日本カメラの「オー ルドカメラ天国2007」の数頁の連載だけがアタシの心を癒してくれる。
▼アタシもこの日剰で何度も言及せしは英国香港統治の歴史に特筆せらるゝべき名総督 Murray MacLehose 卿。1971年より82年迄「総督」として香港にある間、香港の民生の充実に努め、9年間の義務教育無料化、公共住宅建設、汚職摘発のICAC設立、新界 での都市開発と地下鉄整備(これで新界不可分に)、鄧小平に対して香港返還問題の対話開始、等々「MacLehose卿なくて今日の香港なし」といふほど 香港に多大な貢献あり。2000年に83歳で逝去。その弔報知つた日に余は新界の馬鞍山にて、MacLehose Trail のコース走り故人を忍ぶばかり。このMacLehose卿につき、このたび公開されし英国政府の外交文書から意外な事実、公開せらる。時は1967年、 50歳のMacLehose君は外務大臣 George Brown の首席私人秘書官の役にあり。MacLehose君は或る機密書類を蘇格蘭銀行の倫敦にある支店に置き忘れ。これが時の英国首相Harold Wilsonが米国のJohnson大統領に宛てた機密電報で、ベトナム戦争での米ソの停戦に関し米国側が停戦の条件として北が南を侵犯せぬこと挙げ、英 国がこの米国による停戦協議を支持する、といふ内容。ほかの英国外交部の官吏が銀行からこの機密書類を無事持ち帰り事無きを得たがケアレスミス、外交部エ リートしての出世に大きく影響せしもの。叱責の声ありたるもMacLehose君を可愛がるブラウン外相の取り計らひで倫敦の渦中から離るゝやう駐ベトナ ム大使に任命されたり。で1971年に香港総督に就任。歴史に「もし」は要らぬが、MacLehose君がもし銀行に機密書類を忘れなければ MacLehose総督誕生せず香港の現在もかなり違つたものになつた鴨、と思ふと、まことにをかし。

十一月朔日(木)上午下雨好多了。来客あり客人と昼に渣甸山の益新美食館に 食す。晩は五年ぶり?だかでハッピーヴァレイの竹園海鮮飯店。 海鮮はまぁ何処の 海鮮専門の食肆でも余り大差ないが、こ の竹園海鮮は食後のデザートに供されたドリアンのプリンが秀逸。朝日新聞でドナルド=キーンさんの「遠慮の名人 私の後悔」といふ随筆読む。富本憲市、川端、吉田健一、谷崎といつた昭和の文人と交際録。キーンさんの一文の長い、段落の少ない、だが頗る読み易い日本語 での文章のこの筆致よ。
▼「通知表に愛国心は違憲」教諭の訴へ棄却(名古屋地裁、朝 日)。通知表に「愛国心」を評価する項目を設けたことが「良心の自由を保障した憲法に違反し精神的苦痛を受けた」として市立小学校の教諭が国と 市、地区の小中学校長会を相手取り慰謝料10万円の支払ひを求めた訴訟。名古屋地裁は同教諭が評価項目があつた02〜05年度に社会科を担当してをらず 「利益が侵害されたといえない」と指摘し(確かに)、「(愛国心)項目は児童の心の内面自体を評価しようといふものではない」ため違憲性もない、として教 諭の請求を棄却。 どうせだつたら当時小学6年生だつた保坂展人少年(14歳)が社会科での愛国心項目の評価により「良心の自由を保障した憲法に違反し精神的苦痛を受けた」 と訴へると裁判所は今回のやうな逃げ口上は出来ず面白かつた鴨。

日記インデックスに<戻る>