乾 坤容我静 名利任人忙
(旧)教育基本法(1947〜2006) 改正に反対した文化人129 名の声明 憲法改正反対(九 条の会こちら

また眞理を知らん、而して眞理は汝らに自由を得さすべし。ヨ ハネによる福音書8章32節)

メ ディアはコミュニケーションの道具という素朴なイメージがあるが、もっともこの言葉は「中間」という意味であり、二つのものの間を取り次ぐという意味で はコミュニケーションの道具となるが、同時に最初は一つであったものを二つに分けるという効果ももたらす。メディアは、それがもたらす情報を共有し仲間意 識を持つグループと、そうしたものに無関心、あるいは反発するグループとの分裂をもたらす。メディアが発達すればするほどこの分化は進む。だから、メディ アの発達がコミュニケーションを豊かにするというのは幻想にすぎない。(佐藤卓己)

■ 富柏村の一連の写真画像はこちらで ご覧になれます。
■ 「はてな」の富柏村日剰・香港日記(テキストのみ)はこ ちらを ご覧 ください。

■最近のブログ化のご時世に敢へてブログ化せぬ日記を。の 心づもりでをります。敢へて全て讀むこと強ゐる日剩あつてもいゝのでは?と。
讀みにくいこと間違ひなきサイト乍ら今後とも御贔屓の程宜しくお願ひ申し上げます。

2000 年11月24日からおそらくあなたは番目の閲覧者です。

十月卅一日(水)あちこちにハロウインに因む「假裝大會」に騷ぐ者の姿あり。ハロウィンの謂はれも知らず只だ幽靈、妖怪の如き裝束での催しの意味、我 には さつぱり理解できず。晚にハッピーヴァレイのにて宴會あり 末席を汚す。鮟鱇鍋。自宅などにをれば近所のガキめらに「ハッピー、ハロウイン〜!」などと押し掛けられ菓子など振る舞はねばならず出街にて家を留守に出 來たは幸ひ。二更に歸宅。田原牧「ほつとけよ」續き讀む。

十月卅日(火)昨日、香港の恒生指数が31586ポイントまで上昇。アタシはここ数年、株とか投資ファンドとか全く無縁。御仏に仕へる身か。来春の香港 藝術節のチケットが届く。紐 育フィルに倫敦フィル、歌劇はリゴレット、それにAndras Schiffのピアノリサイタルと、大宰的にあh「これで春までは生きてゐようと思つた」の楽しみ。それはいいのだが、某氏からも紐育フィルと倫敦フィル のチケット購入請はれ、十七日にアタシ自身の購入から数時間遅れでネットで。それがアタシのは二十日にクレジットカードに料金チャージされたが頼まれた分 はチャージに至らず。気になつて数日前にURBTIXに電話で確認したが、この藝術節についてはチケット発行=予約確定なのでチケット発券前に確認には応 じられぬ、の一点張り。で今日になり先行予約のチケット届いたので電話で確認求めれば案の定「申込みが遅かつた分、手続きも遅くなる」だの「購入希望の席 が取れなかつたのではないか、その場合はその旨お知らせが届く」と不親切。でかういふ時になるとアタシはウソが上手で「申込みは確かに数時間遅かつたがア タシは予約受付番号が351番で数時間後のこれが831番、で更にその数日後に予約追加した1000番台のチケットも今日届いてゐる」と偽証。「それに1 度目と3度目の予約がA席なのに対して、この取れてゐない2度目の予約はS席なので、S席がない場合はA席で、と第二希望も付いてをり、物理的にチケット 売り切れは考へられない」と指摘。かう言はれてしまふと先方も「何かミスがあつた鴨」と思はざるを得ず、やうやく「それぢや調べる」に至る。官方に何かさ せるには、ここまでウソも方便で努力せねばならぬ。それでも「831番の予約確認ができない」と電話の主はとても面倒くささうな対応で「名前と電話番号教 へてくれれば調べて電話する」と言ふ。どうも信頼おけず「ファクスでネット予約の確認書のコピー送るから、そこに詳細がぜんぶ明記されてゐるから、それを 参照してくれ」と求めるが、先方は「要らない」と言ふ。先方で予約確認ができないのに何もデータがなくてどうやつて調べるのだ?、とにかくファクスを見て くれ、と強引にファクス番号聞き、ファクスでデータを送り、さらに心配なのでネットでメールでも事情説明済ます。数時間後に担当者から「メールを見た」と 電話あり(ファクスも他の部署から入手)。「予約は間違ひなくとれてゐる」がクレジットカードでの支払ひのところで何か支障があつたやうで、クレジット カード番号教へてくれれば即座に発券手続きにはひる、と。つまりは結局、先方にはデータがなく(つまり予約されてをらず)、それでも予約受付番号があるか ら「予約がない」とは言へず、とにかく現在ある席で(売り切れよりずつとマシだがネット予約の他に十一月のカウンター発売用にある程度、席は確保されて は、ゐる)発券しよう、だが送られてきたデータのコピーはネット販売のためクレジットカード番号が3763-xxxx-xxxx-xxxxと見えないため 電話で確認してきた、といふところか。結局、アタシの送つたファクスだけが根拠になつたもの。まるで「今、出ました、が念のため注文、教へておいてくれま すか」の蕎麦屋の出前の如し。だが何でもミスなどあるのは仕方がない。ただこのケースで怖いのは、アタシがウソでもついて強引に確認を求めないかぎり、し ばらく待て、で等閑にされること。これでネットの先行予約終はつてしまつたら一巻の終はり。早晩に驟雨。ジムで昨日に続き5kmだけ2%の傾斜で走る。帰 宅して牛丼を食す。
▼昨日の朝日新聞で「歴史は生きてゐる」東アジアの150年「第5章満州事変と「満州国」」を読み、歴史的発見に驚く。記者(吉澤龍彦氏)が旧満州での リットン調査団に関して取材。報告書には日本や傀儡の満州国政府が調査団が直接、民衆から取材することを阻んでゐる中、どうやつて住民がリットン調査団に 近づき現実を伝へようとしたのか。そこに鞏天民といふ銀行家の存在あり。鞏はキリスト教青年団の活動通じて学生らに調査団宛に手紙を書かせ、報告書には実 際にこの多くの手紙についての記載もある、といふ。05年7月に瀋陽晩報が当時のこの鞏天民らによる活動の記事を掲載。それによると鞏天民らは「満州」事 変が日本側により計画的に起こされたこと、満州が傀儡政権であることなどを告発しようと考へ、それを証明する資料を収集、で“TRUTH”と題する冊子作 成し、瀋陽在住の英国人牧師に託し、この牧師が自宅にリットンらを夕食会に招いた際に、この冊子をひそかに渡した、といふ(以上が瀋陽晩報の記事)。これ に吉澤記者は興味もち、瀋陽で九一八事変(満州事変)研究する歴史家に尋ねたが「エピソードは知られてゐるが史実として確認されてゐない」といふ答へ。前 述の瀋陽晩報の取材を受けてゐた鞏国賢氏(鞏天民の孫)にも取材申し込んだが理由もはつきりせぬまま断られ、で吉澤記者は当時の国際連盟の資料有するジュ ネーブの国連欧州本部図書館に問ひ合はせる。……と関係資料の中から青い布を張つた表紙で閉ぢたアルバムが現れた。同じ青の布袋に入りピンクの糸で TRUTHと刺繍。そこには満州事変以来、日本の憲兵によつて銃撃された市民の名簿、学校教科書の書き換へや削除のリスト、憲兵により検閲された手紙な ど……と、事実も凄いが、この吉澤龍彦といふ記者の徹底した検証への執念に驚くばかり。この記者の八月の同連載の「脱亜論」も面白かつたが。それにしても この“TRUTH”と題する冊子の存在。第一級資料だが、ざくつとネットで漁つてみたが、これまで全く陽の目を浴びてをらぬやう。本当だとしたら、かうい ふものの発掘こそ、「作る会」的な自虐史観から現実を明らかにするのだ、と思ふ。
▼先週末の朝日新聞の読書欄。アタシの好きな連載「たひせつな本」は俳優の米倉斉加年氏が『長靴の三銃士』を紹介。氏が国民学校三年生の昭和十八年、非適 性書籍として謂わば焚書の中に埋もれてゐた一冊がこれ。米倉氏に言はせれば「異端のにほひ」があり熱中して読んだあと、やはり「怖くなつた」で放り積まれ た本の中に返した、と云ふ。さすが米倉斉加年、で随筆としても見事。この日の読書欄の巻頭で紹介されてゐるのが愛知大現代中国学部教授の加々美光行『鏡の 中の日本と中国』(日本評論社)。評者は高原明生(東大教授・東アジア政治)。高原教授の見事な書評読んだだけで本書も読んだつもり、にしたいが『逆説と しての中国革命』は中国研究の書籍の中でも名著の一つ。とくに非常に政治的背景強烈なアヂ研の中国研究者の中で加々美氏は抜きんでた碩学のお一人。読みた ひ一冊。一つ気になつたのは高原教授が、中国研究をする者が徒に研究成果が現実の政治に何らかの影響与へることへの期待といふ無自覚により「知らずして自 分の目的に合つた因果関係を進めてしまひがちになる」といふ指摘はその通りだが、続けて「また、自分を研究対象に対して優越する位置に置くといふ「オリエ ンタリズム」的な近代科学の弊害が生じる」としてゐる点については「自分を研究対象に対して優越する位置に置く」=オリエンタリズムとすることには、アタ シは多少疑問あり。サイード教授の見たオリエンタリズムといふのは、その中に「自分を研究対象に対して優越する位置に置く」やうなケースもあるが、それば かりではないはず。己の優位もあり偏見もあり必要以上の美化もあり、一言でいへば「西洋が東洋に付与した共同幻想」がオリエンタリズムとアタシは思ふ。
▼九月に大阪で痴漢行為で捕まつた香港の現職警官(32歳)。日本では30万円の罰金刑で帰港。即刻、香港警察の処分受けぬやう辞表提出。勤務暦が10年 に数ヶ月足りず。だが未取得の有給休暇など算入せば10年勤務扱ひとなり55歳になり退職金受け取り可。警察といへば、尖沙咀など両替店三度襲つた強盗が 四度目の仕業で逮捕されてみると香港警察特殊任務部隊「飛虎隊」(Flying Tigers)の元隊員(警長、53歳、退職済み)。借金返済に窮し強盗したさうだが三度の強盗でたかだか16万ドル=240万円とはセコい。

十月廿九日(月)母よりシャープの電子辞書(Papyrus PW-AT760)が郵送で届く。最近、漢字が出てこないことが多く慣用句のど忘れなども気になり、先週、朝日新聞の新製品紹介とかに出てゐたこ の電子辞書をアマゾン・ジャパンで購入。書籍等なら直接遅れるが電子機器につき送り 先は国内のみ。電子辞書はあまり良くない、やはり昔ながらの辞書「本」の頁を捲つて読むべき、がアタシの持論だが咄嗟で漢字や英単語など引くには背に腹は 代へられず。セイコー電子やカシオなどの製品も見てカシオのXD-GW6900もいいと思つたが 4万円もするのでアタシの場合、紛失や置き忘れなどかなり想定内のため凡そ半額のシャープの同製品にした次第。母に何か送付を請ふと記念切手澤山貼つて寄 越す。切手は使はれてこそ、なのだが常識的には「勿体ない」と思はれるかも。写楽や春信の昭和の切手も額面は60円だかが80円で取引されてゐる。アタシ も古切手こそスクラップ帖に貼るので無駄にはせぬが。で最近の電子辞書は言葉を引くばかりか漢字検定から難読漢字の読み方テスト、脳年齢判定まで出来て、 これで地下鉄の中で難読漢字の勉強してゐても、それぢや猿の自慰の如く電子ゲームに熱中するガキと他人から見たら何も変はらぬ。……と書いたところで「猿 の自慰」のたとへはサルには失礼な出鱈目。どうであれ、その電子辞書で難読漢字などやつてみたがアタシの読解力はかなり怪しく、しかも「私淑」を「学校と かオフィシャルでなく個人的に師につくこと」とか「健啖家」を「話上手」と勘違ひしてゐたことなど、かなり恥づかしいが、判明。甚だ慚愧の念一入、であ る。早晩久々にジム。かなり久々にトレッドミルで2.5%の傾斜で(つて下り坂ぢやなゐよ……笑)5kmだけ走る。今週末は今季初のハーフマラソン。走り 込みせず本番、はアタシの常だし、下手に走り込んで膝でも故障しくしたら大変と嘯く。帰宅して夕食のあと十時前には寝てしまふ。アタシは村上春樹か。
▼防衛省守屋前事務次官の国会での証人喚問。アタシが不思議なのは「なぜゴルフだけ「プレイをする」といふのか」といふこと。野球もサッカーもスポーツの プレイなのだが「一緒に野球をした」と言へば済むことで「一緒に野球のプレイをする」とはあまり言はない。ゴルフも「一緒にゴルフした」と言へば済むのに なぜわざはざ「プレイする」と言ふのかしら。他に「プレイする」といふと「SMプレイ」とか「恥辱プレイ」とか、どうもそちらの印象あり。だから守屋証人 の発言を「いかがわしいプレイ」だと思つて聞くと「多い時で月4回、スケジュールが合はなければ月に1回、けんかして半年ぐらゐやらなかつたこともある。 トータルすると年20回以上、5年間に限ると100回を越えてゐた」がやけに可笑しい。
▼カソリックの陳日君枢機卿が昨日の信者集会でマーチン李柱銘議員を擁護(蘋 果)。寧ろ左派こそ言葉の暴力、と憂ひて見せる。アタシには何だかよくわからない。
▼白花油の貴公子、顔福偉君がタクシー運転手からホモセクハラと訴へられる(蘋 果)。顔社長は警察に出頭し事情聴取の上、HK$2,000の保釈金で捜査判断待ち。容疑の確定せぬ案件に触れるべきではない、と思ひつつつ、この社長、歌謡活 動に熱心で半ば芸人。芸人だからゴシップ話題にされても致し方なし。先日、自分がバイセクシュアルと公言。このセクハラは今月上旬に開催のコンサート成功 での打ち上げで明け方まで銅鑼湾で飲酒後、北角の自宅に戻る際に三人でタクシーに乗り助手席に座つた顔社長は運転手が自分を白花油王子と知つてをり「ファ ンだ」と言つたものだから有頂天で運転中の運転手の肩に手をまはし太股を愛撫するやうに撫で、怒つた運転手には下車の際にHK$500をお詫び、と渡した が運転手は帰宅後、妻と相談の結果、警察に通報。日本でなら、地唄舞の家元(吉村雄輝)の息子がピーター、くらいなら許されようが、一部上場の医薬品メー カーの跡取り社長が業務のかたはら芸能活動、酔つた勢ひでタクシー運転手の大腿撫で撫で、は社会通念上「アウト!」か。しかも、この顔社長、香港民主化運 動にも熱心でデモでは白花油が遊行者や路上の市民に配られる。香港財界では泛民主派支援は御法度のやうでゐて米国で民主党支持の財界人がゐて当然のやうに 香港ではこの顔氏であるとか李嘉誠の次男・リチャード君も香港普選実現に熱心。今回のこのホモセクハラ「事件」のリークも泛民主派潰しの一つだつたり…… まさか。
▼香港に蘇施黄といふ料理評論家?の女性あり。一言でいへば「雑多」な人でこの人が料理作つたり飲食店紹介の番組あり(もう終了?)アタシは個人的に生理 的嫌悪でこの人が苦手。一度、香港空港のCXのラウンジでお見かけしたがテレビの画面のまま雑多な感じ。この人の雰囲気、その番組の奇つ怪さについては 「言ひ得て妙」な「ヒビノコト」といふブログ あり。まさにこの方の指摘の通り(こちら)。 で、その蘇施黄が立法会港島区補選候補者のレジーナ葉劉淑儀を支持表明(蘋 果)。これつてアタシにとつてはレジーナ葉にはやつぱり投票できない、と思はせる一つの要因かも。

十月廿八日(日)珍しく何も予定なき日曜日。Z嬢と朝遅く地下鉄で坑口。ミニバスで西貢。タクシー雇ひ企嶺下海の最長不倒距離で榕樹澳の集落。戦争ごつこ に興ずレジャー客少なからず。企嶺下海の海辺に沿ひ深涌。榕樹澳が戦争ごつこなら深涌は湿地帯整備して簡易ゴルフコース造営の様子。湿地帯のままにしとき やいいのに。この村のかつてのカソリック教会は小学校の施設あつた由。新界の集落、その多くが廃村だが、を歩く途中立ち寄り気づいたことは初等教育の充実 とキリスト教布教。香 港といふと小学校でも午前校、午後校あり全日教育も拡充されず教育行政の怠慢の如く思はれるが、かつて新界の各地に小さな村々点在の当時はその多くに初等 教育施す学校あり(今はその殆ど全てが廃校)。我々は今の香港の視点からの眼差ししか持たぬが実は英国統治以前からのこの地に住まふ人々があり学校や集会 所などの廃屋は少なくとも1970年代までは新界のその村々が活きてゐた証左なり。榕樹澳から海と別れ蛇石坳の峠越え(といつても海抜160m程度)。湧 水のせせらぎも心地良し。南山洞。山中に人の住まふ気配こそなけれどもよく手入れのされた一軒の家屋あり。この敷地手前の道沿ひに誌石あり。これを読めば 先祖代々この地に住まひし一族の子弟多くが英国に渡り新界の山深き故郷の母屋への険しき道を整へ橋を架け、せめて一族の年長者に山道の往復易しければ、と の寄進。それが1963年の事なり。新界の廃村となりし多くの集落の氏族が、その子孫が海外に留学し英国などカナダに住まふ事実。また此処南山洞にも証左 あり。その橋々渡り白沙澳の集落へ。この白沙澳、廃屋を家主氏族より借り受けし西欧人が見事に整備し田舎暮らし楽しむ事いぜんSCMP紙か何かで読みし が、いざ山道よりこの郷に足踏み入れればまさに桃源郷の如し。見事に花が咲き乱れ蝶が舞ふ。手入れ、手入れ、手入れの見事さ。集落外れの沼地にいかにも英 国人な老人居り。この白沙澳の長老か。網で何か沼より掬ふらしく何かと思へば老人、煙草(だら う、probably)一服して曰く「亀がゐてね」と。「だいぶかうしてゐるのだが」と翁。亀の現はれる気配もなし。ブリティッシュな太公望か。山中より 警察隊現れる。どうやら密入境者の捜索。目つき顔つき、その一隊の指示ぶりだの見てゐると、入り込み具合に趣味で「戦争ごつこ」の輩との充実度の違ひがア タシにはわからない。警察はさつきの老人に遭遇したらどうするのかしら。でも案外、ああいふ新界に定住の隠居者の多くが皇家香港警察のOBなので老人に遇 ふなり一隊敬礼で“Good afternoon, Sir!”かも。しばし歩いて海下路に出る。海下(Hoi Ha)の海沿ひまで一旦下り、そこで三十分に一本くらゐのミニバス待たうか、と思つたが運良くタクシー来たり。それに乗り西貢まで16kmを飛ばす。酒 場Duke of Yorkにてステラアルトワ一飲。龍記桂林米粉にて牛腩米粉食す。20年以上前に購入し未読の花袋『東京 の三十年』(岩波文庫)山への往復でほんの少し読む。ジムのサウナに一浴し帰宅。ラム酒ライムで割り二杯。心地よくピンクフロイドのOn The Turning Awayなど聞きつつアルマニャックブランデーをやる。今日は西貢市街の有機野菜屋に美味さうな韮菜あり収穫。今晩はこれと豚肉、大根おろしで鍋。酒は八 海山の純米酒を少しやる。東京農大の小泉武夫先生的に幸せに美味い。さういへば小泉先生が福島の小野町(郡山に近き中通り、磐越東線小野新町駅が最寄り) の造り酒屋の倅と今さら知り、それであの発酵食品への執着、と合点。
▼香港の地場政治。香港のイエス?民主党の李柱銘氏、先週訪米。毎回、海外にて香港の民主化宣伝が保守反動右派土共の諸君より「国辱」「漢奸」と罵られる のは恒例、だが今回は殊にThe Wall Street Journal紙に寄せたる“China's Olympic Opportunity”なる文 章が土共らの集中砲火浴びる。ブッシュ大統領に対して北京でのオリンピック開始の機会に中国の民主化や人権問題につき中国政府と積極的に対話してほしい、 といつた内容の、このMartin Lee氏の投稿は十月十七日であつたが(発行部数発表虚偽で董建華前行政長官と梁愛詩前司法官の超法規的措置により社主が罪を免れた)星島日報が先週確か 19日?だかにこれを取り上げ話題に。左派はすぐにMartin Lee氏に罵声浴びせるが、Martin Leeは星島日報の報道で訳文に誤謬あり、と反論。民主党も党として北京オリンピックを政治化するつもりもないしオリンピック成功を願ふ、と新聞広告で発 表し火消しに大はらは。但し本来であれば反土共的な言論人の間からも、今回のMartin Lee氏の発言に対しては少なからず非難あり。例へばブッシュに対して“He should use the next 10 months to press for a significant improvement of basic human rights in my country, including press, assembly and religious freedoms.”と「我が国への」関与を求め、オリンピックは政治の場ではない、としつつソウルオリンピックが開催されし1988年に韓国はまだまだ 軍政下にあつたが、その後、アジアでも有数の民主国家となつたのはオリンピック開催が一つの要因であり、北京オリンピック開催も、これが中国の民主化や人 権改善の契機となれば、と述べたが、この他力本願が非難の的。今回のこのマーチン=リー批判が、立法会補選でのアンソン陳方安生票を減らすための策略とい ふ見方もあり。レジーナ葉劉淑儀を表立つて応援できぬ中央が反民主派宣伝に加担、と。さういふ見方も可、だが「香港民主の象徴」たるマーチン=リー氏の政 治感覚に現実性とのズレがあるのは事実で、民主党も昔に比べれば勢ひと市民からの信託にかなり翳りあり。

十月廿七日(土)快晴。昼にかけ山頂に住まはれし某氏邸にてガーデンパーティあり末席を汚す。晩に一人で北角新光戯院。上海青年昆劇團による新人版「牡 丹亭」観劇。上海青年昆劇團と聞けば往年の芝居好きなら今の上海昆劇團の前身たる同名の劇團思ひ起こすところ。この上海青年昆劇團は上海戯劇學院に属す学生の劇団にて設立は昨年七月と まだ一年余。だが積極的に楊門女將やこの牡丹亭など經典劇公演。今晩の「牡丹亭」ではさすがに後半の「捨画叫画」から「回生婚走」は二十代前半の研究生的 な役者になつたが前半はヒロインの杜麗娘や親友の春香役は十代前半の女優の卵で判官役も十五才の少年。この若い役者がさすがに台詞まわしや謡曲はさすがに まだまだ修業が足らぬが「好いて冥土の果てまでも」の心境を演じるのも愛らしく少年役者の身体の柔らかや宙返りなどやはり大人には真似出来ぬ軽やかさ。最 たる古典の「牡丹亭」だが「新人版」と名乗るだけあり後半はかなり大胆に軽快な舞踊取り入れる。昆劇「牡丹亭」と言へば白先勇による劇編の青春版牡丹亭、 是非観劇したいところ。上海だの北京での上演続き香港には至らず。白先勇先生が昆劇のヴェテラン女優・華文漪(写真)と昆劇についての語り合ひ(こ ちら)。

十月廿六日(金)晩にハッピーヴァレイの寿司澄。某氏より招 飲の約あり。お嬢様お二方ご一緒。美味い葡萄酒に合ふ日本料理を、と三陸産の生牡蛎、カラス ミ、フォアグラなど珍味が而もあつさりと少しづつ供される。鰰(はたはた)も実に新鮮で身が美しく焼き 方も焙つた程度でほくほく、で鹽はさつと振つた程度で甘みが引き立つ。で葡萄酒はボルドーばかりCh. TalbotのCaillou Blanc 02年、Ch. Langoa Barton 01年、Ch. La Tour Haut-Briton 95年……美味くないワケなし。客は香港の地場の、恰もIT系、金融系で儲けてゐる若造多し。カウンターでi-Phoneを使つてみせる客二人居り。タク シーで、昨晩女性二人連れ込み狂乱パーティしてゐた米国籍男性二人の変死体が今日の午後見つかつた湾仔のグランドハイアットホテルへ(新聞は翌日のも の)。ディスコティークな場の苦手なアタシはグランドハイアットホテルの JJに香港足掛け十八年居て初めて。Veuve Clicquot PonsardinのBrutを2本。踊れもせぬアタシは葉巻蒸かし時を過ごす。九十年代は入るにも行列できるほどブリブリと言はしめたJJつて意外と良 心的な価格システムと知る。意外とあつさりとした気分で十二時過ぎに帰宅。

十月廿五日(木)老人にとつて早起きで楽しみは新聞の朝刊くらゐ。今朝、誤配で日経が届く。小泉文夫教授相変はらず食欲旺盛で地鶏の唐揚げ。後ほど朝日も 届きテレビ欄で日経と朝日が同じドラマ「お いしいごはん」(テレ朝)紹介コラムあり。リストラで失業中の春日井新平、朝日(画像左)では(徳重聡=写真左から2人目)とあり、徳重聡が若いのになか なか味のある老け役ぶり、で「その父親で春日井米店社長・良平」は(渡哲也=同3人目)。米屋の社長・良平はどうやらトランスジェンダー、渡哲也さんが女 装役に挑戦か、と。それに比べ日経は写真の下に役者名を置いて実に見やすい、「なんだ渡哲也さんが女装ぢやなくて藤原紀香か」合点したが、よくよく見ると 写真の左下に心霊写真の如く子役がゐて確かに朝日の言ふ通り徳重聡は左から2人目で渡哲也は同3人目。
▼今春に全国一斉で文科省が一大事業と実施の全国学力テストの結果公表。あれだけ大々的にやつて「この程度の成果か」と嗤はれる。小学校も中学校も秋田と 福井の好成績が目立ち青森、岩手、山形、富山など東北、北陸が善戦。東京に比べ大阪の成績悪しく沖縄は最下位。いろいろな分析あらうが偏見込み、で見ると
・アタシの印象では秋田と福井の人が他に比べ頭が良い、とはとくに印象がない。ただし両県とも「吹奏楽でも全国トップクラス」……ともう数十年前の話で秋 田市立山王中学が今、吹奏楽で全国のどのレベルか知らないが、吹奏楽とか学校コーラスとか。音楽的才能が学習能力に関係がある、のではない。もしかすると 「上位狙ひ」が組織的に好き、上手、慣れてゐる、といつたことがないかしら。スポーツ成績とかも見ると面白いかも。今回の学力テストも「インチキをした」 のではなく「全国トップクラスを狙はう」といふ集団心理が子どもから教師にまであつた成果、として。
・東北と北陸。寒いし冬は勉強でもせねば、やることねぇ……ではなくて民度の高さは推して知るべし。田舎と一言で片づけられやすいが「都会から」引つ越し てみると初めてわかること。
・四国四県での香川の独走。先日、山を歩いてゐてN氏が減量のため炭水化物摂取を控へたら太らないが頭の回転がかなり遅くなり炭水化物の摂取が「脳の体 力」に大切、と、まるで「ためしてガッテン」のやうなことをおつしやつてゐたが、香川県といへば讃岐うどん。うどんを食べることで炭水化物摂取が充分で脳 の発育に影響してゐる。……四国で香川の高学力を説明できる理由はこれ。ところで高知県、とくに中学の低スコアが目立つ。中学になると勉強しなくなる理由 は……などと考へると、だいたい「みんな漁に出るからか」などと云ふとセンスのない偏見を考へる人も少なくなからうが、アタシの印象では高知の人といふの は(勝手な印象だが)高校、大学といはゆるエリートコースで進学する人といふのは極端で(それがビジネスであれ学界であれ出世できる大物が多い)その極端 に勉強のできる人(実際、ガリ勉タイプでなくても)とそれ以外の人の「たかだか数字に現れる格差」は大きいのではないか、と思ふ。それにこんな「全国学力 テスト」など「おまんさん、このどだいあやかしゐテストぢやか」といふやうな感覚とかね。
・沖縄の全国最下位。学力が低いのに非ず。学力テストなどどうでもいい。沖縄に続くブービーの北海道も然り。数十年前の話だが沖縄返還後に英検も沖縄の合 格率圧倒的に低く「米軍基地もあんなにあつてなぜ?」とヤマトンチューは勝手に訝しがつたが、実際に英語が自然に使へる点では沖縄はダントツ。「国語」な ど「話し言葉、書き言葉としての日本語」とは異なるもの。どうでもよい。大阪も北海道とどつこいどつこい。商売で読み書き算盤ができればよろしおますが な。こんな学力テストで成績の良い大阪、なんてむしろつまらない。
▼数日前の朝日新聞に「都市への思ひ共有を」と題し建築家安藤忠雄氏提唱の東京駅周辺に「歴史の回廊」案あり。東京駅が辰野金吾設計の原型に複され日本橋 覆ふ高速道路が地下に潜らされ八重洲口の三菱一号館も再建されるなら中央郵便局も保存するなどで都市の歴史的建築を保存し「歴史の回廊」を持たうぢやない か、と。ご指摘ご尤も。だが<近代の帝都>が例へば伯林のやうに残存してゐたならまだしも敢へて再建といふのは些か胡散臭くないかしら。日本橋も高速道路 が跨ぐ姿は無惨。だが東京オリンピック前夜、あの計画が実行されたのは「日本橋の美観より都市交通網の充実」といふ政策が支持されたから、で日本橋を(そ れもお江戸日本橋の木造橋ぢやなくて明治の近代橋)高速道路に跨がせてしまつたのは、それはそれで高度経済成長のエネルギーであり、それが「歴史的モニュ メント」であり「美しい」と指摘してゐたのは荒木経惟氏だつたか……。
▼一党独裁国家シンガポールで昨日、国会で「異性相手のフェラチオとアナルセックスの合法化」可決。今どき「なによ、これ?」のさすが七十年代にはジュ リーこと沢田研二も入国できなかつた長髪禁止、の国家。「異性相手のフェラチオとアナルセックスの合法化」は、つまり「同性愛性交は已然、非合法」といふ こと。人民行動党が国会の圧倒的大多数占め国会審議では常に政府提案が必ず賛成多数となる(さういふ意味では反対票もそこそこある中国以上にひどい)シン ガポールだが、さすがに「同性愛の非刑事化」の可否は与党議員からも非刑事化求める声が少なからず採決の際に不満の声も声上げる議員ゐた由。「李光耀の息 子」首相は「シンガポールは「男婚女嫁、生兒育女」が社会通念の保守的な社会で同性愛が主流とはならぬ。もちろん同性愛者にとつてシンガポールでも同志 ネットやゲイバーなど彼らが社会生活を行ふ上での個人の自由は尊重されてゐる。ただしある程度それが制限されてゐるだけ」と宣ふ。それでゐて同性愛者の消 費力の旺盛さにはちやんと着目しシドニーやバンコクに続け、と環太平洋州のゲイの集会をシンガポールで開催するなどのPink Dollar獲得には躍起。こ のへんがシンガポール政府の強かさなり。

農暦九月十四。霜降。雲一つなき快晴。本日、香港戦史探訪の会あり。招かれて1941年12月の太平洋戦争勃発後、広東より香港侵攻の日本軍の戦跡を見よ う、と香港島は黄泥涌峡谷(Wong Nai Chung Gap)の 日本軍通称「五叉路」の激戦地にて戦史語る。……といつても和仁廉夫氏のまとめた文章や高添勉氏の写真など参照ばかりなのだが。早晩に中環。久々に退勤時 間に市街地に出ると人の多さに驚くばかり。Z嬢とFCCで夕食。バーの新メニューにマティーニでGibsonとありドライ好きのアタシとしてはカクテルオ ニオンも「あら珍しい」と注文するとオリーブ入りの普通のマティーニ。しかもこのバーの悪いところはスティアせずにシェイクしちまふから(客にジェームス =ボンド気取りが多いのか)マティーニが水つぽいくていけない。神経質ぢやないどころか知識のないバーほど貧しいものなし。智利のSanta Carolina(Cab Sau 05年)飲みながら、今月下旬はFCCのダインはドイツ祭ださうで、グリエールチーズとラディッシュのサラダ、それに牛肉を煮込んだEintopf(アイ ントプフ)食す。Z嬢はスペイン人の若手ピアニスト(名前失念)の演奏会あり。アタシは疲れたので按摩して帰宅。田原牧「ほつとけよ」続き読む。久々に読 み応へ充分な一冊。
▼加藤周一の夕陽妄語(朝日新聞)。旧約聖書から一節を用ゐる。
空の空 空の空なる哉 都て空なり
周一さんが思ひだしたるは堀田善衞が書いた話で善衞さんが驚いたのは或る知的な雑誌の編集者が「空の空」を「ソラのソラ」と読んだこと。聖書も読んだこと がない。周一さんはこれを引いて
しかし「ソラのソラ」が日本語として意味をなさないのはそれと別の ことである。「空の空」は日本語として十分に明瞭である。敢えて「ソラのソラ」と読むのは、日本語の知識の貧しさと、そのことに対する注意不足を示す。そ れはもちろん程度問題である。しかし堀田が経験した例はまさに驚くべき程度の無知と不注意であった。小学校からの英語教育に力を入れる日本政府にも、幼児 からの日本語教育に努力を集中していただきたいと思う。(略)我々は敗戦の後六〇年間いくらか努力した……。「堀田よ」と私は呟く。「我々はいくらか努力 して、『空の空』を理解する入り口まで来た、もう少しつづけよう、そしてもう一度『空の空」と言おう」と。
久々に岩波新書『羊の歌』読んだやうな周一翁らしさ。だが知的な朝日新聞の読者でも「空の空」が珍紛漢紛な者多からうし、それどころかキリスト者とてこの 意味の理解できぬ者少なからず、ぢやないかしら。おそらく朝日新聞の文化部では「ちよつと、これ、読者に通じるかなぁ、冒頭の「ソラのソラ?」から」と若 い記者が呟き、デスクが「でも加藤さんにダメ出しできないぞ。まぁわからない人は知的教養がない、つてことで」と。この「空の空」の引用からの周一さんの 思考、それはそれでいいのだが、何が問題か、といへば善衞さんが驚き周一さんが嘆く「空の空」は「聖書の有名な文句」とは言へ、これは文語訳聖書の話。い ま普及せし口語訳聖書では「伝導之書」は「コヘレトの言葉」で
傳導者曰く 空の空 空の空なる哉 都てなり

コヘレトは言う。なんという空しさ/なんという空しさ、すべては空 しい。
と、これなら誰も「なんというソラしさ」なんて読まず「むなしさ」と読め意味も解す。それだけ、のこと。それを善衞さんの数十年前の旧制高校的教養の時代 ならマダしも「ブッシュが米国総統になるやうな時代」に文語訳聖書の「空の空」を「ソラのソラ」と読むのが無知と嘆くのもどうかしら。ましてや周一さんと もあらう人が「小学校からの英語教育に力を入れる日本政府にも、幼児からの日本語教育に努力を集中していただきたいと思ふ」なんてコト宣はれるのにはアタ シは驚いた。いづれにせよ周一さんが用ゐた、この伝導之書の「空の空」だが文語訳聖書なんて手許にあるのはよつぽどの数寄者だらうしネットですら口語訳・ 共同訳聖書がやうやくネット上で全文検索できるやうになつた程度で文語訳を読むことすら能はず。さういふ時代に「空の空、が読めない」と嘆いても、まして や「我々はいくらか努力して、『空の空』を理解する入り口まで来た、もう少しつづけよう、そしてもう一度『空の空」と言おう」と羊の歌されても、大変恐縮 であるが若輩者にこれは通じ難し。それでも、アタシは文語訳聖書が好き。文語といひ漢語といひゾクゾクと鳥肌が立つほど美しい。而もこの伝道之書の「空の 空」は般若心経であるとか鴨長明に通じるところある達観。ゆゑにいつまでも読み続かれる価値あり。でわざはざワープロ打ちしてルビを振つたものを此処に挙 げよう。暇だねぇアタシも。
▼今日の蘋果日報に陳方安生女史が立法会港島区補選への正式な立候補登録で「我參選的信念」といふ手紙を寄し掲載あり(こ ちら)。書いてあることは実に真つ当。だが「中国の地方都市としての香港」だと思ふと難しいところ多し。

十月廿三日(火)北京にて Les délégués au 17ème Congrès du Parti communiste chinois 閉幕。第17期中央委員会第1回全体会議(1中全会)開催。Coquinteau総書記筆頭にComité permanent du Bureau politique du Comité central du Parti  communiste chinois(中国共産党中央委員会政治局常務委員)の9名が雛壇に並ぶ。よく見ると顔の表情も違うのだが、どうも「お そ松くん」的。ネクタイから背広まで同じにしなくても……。中国の最高意思決定機関といわれる、この中共中央政治局常務委員会は1928年7月の第6期1 中全会で設立され(当時は中央書記処)創設メンバーには周恩来先生あり。その後、李立三、瞿秋白といった革命黎明期の懐かしい名があり、劉少奇先生が選出 され(1931年)、で1935年の中央政治局拡大会議(遵義会議)で毛沢東がメンバーとなり全権掌握……うーん、大時代的。今回の顔ぶれが「おそ松く ん」的なのは、例えば第8期1中全会(1956年9月)などの印象があるからで、この時は毛沢東(中央主席)筆頭に劉少奇、周恩来、朱德、陳雲、林彪に鄧 小平……と多少中国現代史に詳しければ「大看板揃い踏み」で「待ってました〜っ!」と声かけたくなる名優が揃う。その後も劉少奇の失脚、林彪の死亡などド ラマがあり、文革を経て、今の中国が1977年7月の第10期3中全会で鄧小平復活から始まったのは多言を要すまい。当時からのこの政治局常務委員のメン ツを一瞥すれば、華国鋒、葉剣英、陳雲、胡耀邦、趙紫陽、李先念、李鵬、喬石、胡啓立、李瑞環、朱鎔基、胡錦濤……と、もちろんアトになってメジャーに なった人が多いから、なのだが、それでも政治局常務委員となるとズラリと「知った顔」が並ぶもの。それが今回は世代交代もあろうが胡錦涛(国家主席)、呉 邦国(全人代)、温家宝(首相)以外、香港で中国政治をそれなりに報道で見ているアタシですら「あの役者、誰だっけ?」の「大部屋から名代昇進」クラスに しか見えないのだから。だから「おそ松くん」。
▼演舞場の中村 屋の奮闘公演。ふだん歌舞伎にはちょっと甘いブラック師匠が山田洋次演出の「文七元結」を「一幕目の長兵衛は限りなく落語に近く好感がもてたが、 大川端からがいけない。作り過ぎ、リアリティのカケラもない。」とバッサリ(こちら)。
いつも中村屋の芝居を見た後は才能の違いに打ちのめされるが、今回 初めて余裕で見下すことが出来た。「文七」の長兵衛はあっしの方がはるかに巧い。中村屋より巧いということは日本一といっていいかもしれない。
とブラック師匠。いいねぇ。いくら文七のブザマをお久に「お前さん、なんで見ず知らずの他人に五十両もあげたんだい」「うーん、あれが俺の人生一番の博奕 だったかもしれない」と言わせたところで師匠にしてみりゃ「博奕で地獄を見ていない人間が作る机上の空論」。この文七元結で芸術祭大賞狙う、と師匠。その 心意気。夜の部の森光子との芝居。波乃久里子がアタシは見たい。で師匠が名優、と褒めるのは米倉斉加年。そりゃ確かに。師匠は帰宅して考える、どうして今 日の文七元結がつまらないか、と。筋書きで中村屋と山田洋次の対談読んだ師匠曰く「が二人共に長兵衛をどうしようもない困った奴ではあるが愛すべき存在 で、こういう奴を排除する社会はギスギスして面白くないという。要するに長兵衛を見下しているのだ」。寅さん論にも通じるところありかも。師匠なら、この 演出を森崎東監督!に頼もうか、と言う。卓見。そして師匠は言い放つ。
いや、森崎監督に頼むまでもない。あっしの長兵衛はあっし自身なの だから。長兵衛を否定するということは自己否定になって、生きていけなくなっちゃうから、命懸けで長兵衛を演じなければならないのだ。
と。いいねぇ、この見栄。これぞ見栄。そして山田洋次と中村屋の悪口になってしまったが、としつつ
「困った奴だが同じ社会にいてもいい」という思想は、「困った奴は 排除してしまえ、もう顔も見たくない」という大作家先生と、その尻馬に乗った家元よりはずっとマシであることは言うまでもない。
と一言添える。なんという素晴らしさ。ただただ敬服。
▼森崎東監督といえば最新作の「ニワトリはハダシだ」で元気なところ見せたがアタシは 何といっても山田洋次の「男はつらいよ」で森崎東が監督した第三作「フーテンの寅さん」が好き。寅がまだヒールな役柄でおいちゃんは森川信。マドンナが新 珠三千代で香山美子もいい。でワキを固めるのが花沢徳衛、左卜全に悠木千帆(樹木希林)。温泉宿の女将(新珠三千代)に惚れた寅次郎が番頭面で旅館で働く 姿の滑稽さといったら、その後の「男はつらいよ」では見ることのできない渥美清の喜劇役者の真骨頂、という見事さなり。

十月廿二日(月)ブログ・世に倦む日日は“Stop The Koizumi”で小泉三世の御世はしばしば読んでいたが最近ご無沙汰。このサイトで仙台にあった八重洲書房についての言及あり、と築地のH君により知ら される。
仙台には有名な初売りがある。八重洲書房の初売り風景は壮観だっ た。初売りでは商品の値引きがある。仙台中の知識人が集まってきて、目当ての本を大量に買い込み、両手に抱えて列を作っていた。賑わいのある美しい風景 だった。客たちは皆いい顔をしていて、知識人の祝祭広場を感じながら時を過ごすのが楽しかった。
しかもブログ氏は「仕事で仙台を訪れた際は必ず立ち寄って」と書いているのだから、仙台在住以外の人からも八重洲書房には思い入れが、と。もう八重洲書房 がなくなって何年かしら。実はH君と初めて会ったのも二十数年前にこの八重洲書房の隣の(というか店の中から入れた)確かGoodmanという名の喫茶 店。H君の隣には現君がいた。東宝系のロードショー館での夜勤と館内清掃のアルバイトのバイト代の全てが八重洲書房での書籍購入に消えていたあの当時のア タシ。思想的には八重洲書房、ちょっと悪所的に仙台書房。そしてその間の横丁には焼き鳥や中華料理など美味くて安い店多く、この一角だけでまったりとした 生活が出来た時代。今の仙台には紀伊国屋、ジュンク堂、丸善……と大型書店の進出で床面積的には書店は減っていないようだが高山書店、アイエ書店など所謂 「地方の老舗書店」は殆ど(金港堂本店くらいを除き)すでに廃業の由。アタシの郷里でも川又書店という、小学生の頃に「ツケで本がいくらでも買えた」 (……って商店街の週間で月末にまとめて請求があり親が払ってくれていたのだが)旧本店は今はもうない。当時の「書籍だけはいくら買っても叱られない」と いうが災い、書籍購入すれば自分で払わなければならぬ今となっても「つい、書籍を買ってしまう」習慣がamazon.comや紀伊国屋での散財に繋がった か。いずれにせよ本が山のように積んであるから、読む。帰宅してドライマティーニ二杯。ジンはゴードン、タンカレーとボンベイサファイアの三本は常時、一 本空いた時のために買い置きまでして、ある。本来はここにPlymouthがあれば完ぺきなのだが香港で最近アタシのお目にはかからない。一本のジンが飲 み終わると次のボトルをとり出し、そのまま置くならまだしも次の時の一杯のために栓を開けてしまう、それが「飲み屋じゃないんだから」と自嘲。ジムに寄っ て帰ろうか、と思うのだが、つい二杯のジントニックと何か読みたい本 にばかりそそられて。秋はとくにこの涼しさと「夜なが」は読書に限る。秋めいた豚汁や茸の炒め物など食す。久々に夕飯で米を炊き納豆と明太子。田原牧 『ほっとけよ』(ユビキタスタジオ、2006年)読む。著者は東京新聞記者で同志社大学一神教学際研究センターの客員研究員で日本アラブ協会の季刊『アラ ブ』編集委員。まえがきのような01章で著者はさらり、と自らが所謂「性別」を越境していること、それが「性同一性障害」という病名をつけられてしまうこ と。だが著者は「いわゆる女性」として、いる。アタシは個人的に関心があるのは著者が「性同一性障害」といったことより寧ろ、その人がアラブ、イスラーム という私たちのイメージだと「いかにも男社会」(注)、それのエキスパートであること。イスラーム研究では東京外大の酒井啓子教授もそうだが女性の研究者 が面白い。(注)例えば本多勝一が『アラビア遊牧民』の取材にあたり「イスラームの男」になりきる前提であったことなど。
▼蘇州のI君から、桂花とGrace Vineyardの香りが重なる愉しさからか、ほろ酔いで、とメールあり。アタシが昨日、スポーツなどに言及したものだから「スポーツとは本能の最たるも の、故に、理路整然と語りたがるもの多し」と。でも厳密に言うと「身体が動く」ことと近代の「スポーツ」は違うよ、などと微酔い加減でメールし返すのがま た楽し。本能的に身体が動いていたらルールなんて成立しないんだからゲームにならない、と。……そういう意味では長嶋茂雄とか具志堅とか、ギリギリの際に いて興味深い、などと考えていると「考えて、と、体が一緒に動くレベルになって初めてスポーツになる」といった言葉が鉄之佑先生にある、と言われてもこれ が早稲田のラグビーの大西鉄之佑のことだとわからず、観衆が“Take me out for the ball game”をなぜ歌うのか、と言われても大リーグでそういう歌があることすらアタシは知らず。……やっぱりスポーツのことなど語ってはいけないね、と思い つつ、自分が山を強行に歩いたりマラソンまでしているのだから、と自嘲。マラソンといえば村 上春樹先生の新刊『走ることについて語るときに僕の語ること』(文藝春秋)って何よ、あれ。あの勇気、往年の沢田研二の如し(だがジュリーは歌い 手であり村上春樹は作家だ)。あれだけマスコミに登場するのを嫌う人が、しかもシャツも着ずに走っている姿の露出。アタシは『海辺のカフカ』で15歳だか の主人公の少年がジムで!鍛練後の裸姿を鏡に映して筋肉のつき方を確かめ!、しかもご丁寧にシャワーで恥垢の気になる鬼頭を丹念に洗う!、といった!印三 連発な描写を読みナルシストな主人公に「鬼頭の恥垢を丹念に洗う」著者自身の姿を想像してしまい眩暈がしたが、走って丹精な身体を披露する村上春樹の姿は どこか三島由紀夫みたい。三島の場合「無理して」の姿勢が露骨に見えたのに「さりげなく」にしてしまえるところが昭和戦後の近代の作家との40年のPR力 の差なのかしら。……アタクシも一応、マラソンランナーの端くれだから何でも言ってしまおう。
▼蘋果日報に「達 賴:我是中國人」という記事あり。ダライ=ラマがいくら北京中央との協調路線図ろうとも、まさか「自分は中国人」とまでは言わぬのでは?と思った ら案の定、米国華盛頓での記者会見で「あなたは中国人か?」と記者に尋ねられ「当然是中国公民」と回答。 なるほど、これなら納得。「私は中国人」と答えるのと「もちろん中国の公民ですよ」と答えるのは全く意味が違うのだが……記事もずいぶんといい加減。ダラ イ=ラマは「全世界が知っての通り、私は求めているのはチベットの独立ではない」としてチベットが中国に属することで更に反映があり強大になるのであり、 チベットの外交と国防は中国の中央政府が掌管するが、教育・文化・宗教・経済・環境といった行政はチベット人による自治とすべきこと、またその範囲はチ ベット自治区だけでなく雲南省、四川省、甘粛省、青海省などのチベット人居住区にも及ぶこと、を主張。

十月廿一日(日)毎週末のMacLehoseのトレイル、で朝八時半にMTR荃湾站に集合。七名。先週の続きだと大帽山だが此処は十一月に Trailwalker2008の挙行に合わせボランティア清掃予定のため端折り、MTR荃湾站よりタクシーで荃錦峠、MacLehose TrailのSction-9、6.3km歩き吉慶橋。青いランタナの花満開で蜜吸う蝶々多し。Section-10(15.6km)は大欖ダムに沿いだ らだらと歩くコース、で終点で喰うに値するものなく、いつものことで吉慶橋より圓墩郊遊徑(Yuen Tun Country Trail)を抜けて深井へ。昼過ぎに深井に到着。裕記大飯店。 名物の焼鵝を丸々一羽、それに野菜だの揚げ魚など頬張り、さら二焼鵝を瀬粉(ライフォン、米の澱粉の麺)で食そうと更に半羽追加し平らげる。麦酒も浴びる ように飲む。地下鉄に揺られるまま眠りに落ちジムに一浴し帰宅。さらに夕方、転た寝。晩に中環。日本料理・なお膳にZ嬢と。五年前から「一度ご一緒に食事」と話していたS夫妻よ り招酒の約あり、旧知のT氏もS夫妻と懇意で御一緒に。懐石いただく。酒は浦霞の純米酒。なお膳、店の造りは実に落ち着いているが、それに比べ街頭の看板 だけが陳腐。アタシはずっとそう思っていたが今晩、店を出て皆さん同感。帰宅して読書。帰宅して、昨晩からの吉田純子少 年たちのアメリカ 思春期文学の帝国と<男>』(阿吽社・2004年)読了。著者はフェミニズム、ジェンダー研究から、女性が自分たちの「声」を 高らかに発しなければならなかったのは「アメリカの男たちがそれほど頑強に、男社会の規範を維持・継承してきた」からと見て「男らしさ」「男性性」を米文 学から考えるようになる。とくに子どもから大人になる思春期の文学作品への着目が面白い。序章(境界線上の少年たち)で著者は「純粋無垢な子どもが悪徳や 矛盾にみちた「大きな世界」に直面し、苦悩の試行錯誤のすえ、ついには自らの汚れなき魂を賭けて「世界」と渡りあい、折りあい、「成長」をとげる」という のが「成長とひきかえに無垢を喪失し、子ども時代の終焉をむかえる」基本プロットだとしても、
アメリカは、旧世界の悪徳と決別して自らを「汚れなき国家」と規定 したはずなのに、「成長」するためにどうして徽章である「無垢」を失わねばならないのだろうか。
と疑問を呈す。『オズの魔法使い』も我々はドロシーという少女を中心に考えがちだが実はあの物語は不能な男たち(案山子、ライオン、ブリキ男)が男らしさ を再生する物語であり、ターザンも進化論の影響で「男の<動物的本能>が肯定的にとらえられ、男は進んで自分たちを<原始人>にたとえた」と見るから面白 い。結局、廿世紀の急激な社会変化に対応しきれない男達の不安がある。米国は(厳密に言えば「男にとっての」米国は)無垢では生きていけない時代に米国の とるべき方向としてルーズベルト的な「無垢なリベラリズム」から「内なる敵の存在」というマッカーシズムを経て「責任あるリベラリズム」の時代となり、そ して更にベトナム戦争から冷戦、テロの脅威の今日まで「見えない敵」を見い出し!(なんて矛盾……)息絶え絶えであった米国の神話は復活を遂げる。……と 戦後の米国の若者文学を通して著者の分析してみせた米国の男性<性>は興味深い。ただ欲を言えば(著者がとても上品なのかしら)、マッカーシズム取り上げ る時に「性の逸脱者も摘発・断罪されたのである」とまで触れておきながら米国の男性におけるホモフォビアについて突っ込んでおらぬし、ソ連やテロリストと いった仮想敵との戦いが実に自慰的であることにもっと言及も欲しかったところ。フーコーの『監獄の誕生』からの「権力による個人の「順応する身体」の構 築」に言及しつつ、進学予備校(や寄宿制学校)が「白人中流階級の少年たちを体制的に順応させるのに、誂えむきの施設だったに違いない」とするが、それが 更に「性の逸脱者を生む装置」である本質こそ重要じゃなかしら。いずれにせよ知的興味たっぷりな著作であること。ところで先日、内田樹先生がサッカー球技 を文化人類学的な「無価値なものの交換」と分析していたのも面白かったが、この吉田純子教授は野球競技を
プレイヤーが安全なホーム(家庭)からフィールド(戦場)に出撃 し、敵の攻撃をきりぬけて安全なホームに帰還するというゲーム
と、なぜ男性が野球に熱中するのか、分析していたのが興味深い。ただ厳密には(ってアタシは野球「も」ほとんどやったことがないが)野球は「敵の攻撃」で はなく、
相手のキャッチボールを勝手に「打ち返し」することで出撃し敵を撹 乱し混乱の中で敵の防御を切り抜けホームに帰還する
という、さらに野蛮な(実に米国的な、無邪気な?)スポーツなのぢゃないかしら、と思った。朝鮮戦争もベトナム戦争も今日のテロとの戦いも、すべて、こ れ。
▼SCMP紙(日曜版)一面に“Myanmar's monks had US training”という記事あり。ビルマでの仏教僧による軍政抗議活動で、中心となった僧は米国系財団 The National Endowment for Democracy(NED、 国民民主主義基金)のタイにあるキャンプで「非暴力的抗議活動」につきトレーニングを受けていた、と。この財団、1983年に米国国務省の肝煎りで設立さ れ政府予算からも財政的支援あり。具体的な活動内容については言わずとも明白。調べてみると、やはり、このNEDに抗議する形でThe International Endowment for Democracy(IED、国際民主主義基金)あり(日本語でのアッピールはこちら)。
▼朝日新聞国際面にも記事(鈴木暁彦記者)あったが広東省仏山近郊の村(仙塘村)で村の幹部が公共地の使用権不正売却で利益独占、その額、実に15億 円!、抗議の村民が村役場占領し100余日。村民ら数十人が交代で煮炊きをして籠城。証拠となる書類など差し押さえ。見事。これぞ民主主義か。だが香港の 行政長官 Sir Donald的には住民の暴挙かもしれぬ。

十月廿日(土)朝八時まで朝寝貪る。快晴。部屋の片づけなど済ます。原武史『滝山コミューン1974』読了。戦後教育が自由で個人主義のやうでゐて(そこ が保守反動右翼の攻撃の的なのだが、実は)戦後の「民主教育」も戦時中の国民学校と同じく「民主的」といふ冠が「軍国主義的、愛国的」と対峙する形でつい てこそゐるが結局は「仲間、みんなで協力、助け合ひ」で集団が「単一の意志と力をもつた単一の集団」と化すべきところで同じ。アタクシ個人にとつてもこの 環境で共産党員のやうに運動に参与したり、着いてゆけずに辟易したり、の繰り返しの小中学校時代であつた。卒業式の、誰が作つたのかわからない「呼びか け」での感動……憂鬱。いづれにせよ楽しかつた思ひ出はすべてがこの集団主義から逸脱したところにあり。著者は「あとがき」で述べてゐる。
二〇〇六年十二月に教育基本法が改正される根拠となったのは、 GHQの干渉を受けて制定されたために「個人の尊厳」を強調し過ぎた結果、個人と国家や伝統との結びつきがあいまいになり、戦後教育の荒廃を招いたという 歴史観であった。だが果たして、旧教育基本法のもとで「個人の尊厳」は強調されてきたのか。問いただされるべきなのは、旧教育基本法の中身よりも、むしろ このような歴史観そのものではなかったか。
と。続いて古書バザーでだいぶ回遊してきたらしい林真理子『マリコの食卓』(ぺんぎん書房)某氏より読んだら誰かに回して、と入手、を読む。売れつ子作家 となり出版社の経費でファーストクラスと一流ホテル、だが気取らずに庶民らしさで感動してみせる、下世話なところが著者の魅力か(だがアタシはどうして も、それを自費でやつてみせる田中康夫の矜恃が好き)。午後に薮用あり外出。大気劣悪。往き帰りに吉田純子著『少年たちのアメリカ』(阿吽社)詠み始め る。副題は「思春期文学の帝国と<男>」。本題での「少年」、副題での「思春期」とあるが、この本は米国における男性<性>の変遷に対して実に興味深き言 説続く。米国のセクシュアリティにおける男性<性>においてホモフォビア的なるものに関心ありアタシはこれを読まうと思つたが期待以上の著作に出会つた感 あり。半分ほど読む。著者は米文学専攻の神戸女学院の英文学の教授。帰宅途中に太古城の無印で枕を買ふ。枕を買つてミニバスに乗り夕焼け眺めつつ、つい、
土曜日の小春日和に無印の枕を買つて帰る幸せ
的なもの感じる。だがこれを俵万智の「考へる短歌」(新潮社「考へる人」で連載中の短歌教室)に応募してしまつたりすると俵万智先生から「この歌の気持ち は、みんなが「さういふ感じ、あるよね」と共鳴できるものだ」と選評に選んだ評価をした上で「しかし、時系列が説明的すぎて単調すぎる」として、例へば 「助詞をちよつと工夫してみること」で
土曜日の小春日和の無印に枕を買つて帰る幸せ
とすれば、同じ歌が「まるで映画やテレビドラマのシーンのように映る」と添削されたりするのかしら。助詞の「の」の使ひ方も、一般的には「の、の」はダメ だが、この場合は「無印良品というブランドへの印象の強調」として、面白い使い方です、とされたりして……。まぁそんなことはどうでもいい。無印の「重ねる羽根まくら」 と「薄型パイプ枕」 の組み合はせを選ぶ。しめてHK$280。日本での定価が消費税抜きで3,400円だと思ふと2割高、は致し方ないのかしら。もう七、八年使つた蕎麦殻枕 がいい加減傷んでゐたので今晩寝るのが楽しみ。
▼香港電台(Radio Television Hong Kong)について。英国のBBCの流れ組む公共放送としてアタシは個人的に好き、だが災難続き。その中立的(多少中立左派)な姿勢が税金の無駄遣ひと親 中土共派の砲撃にさらされて久し。災難なのは長く局長であつた張敏儀は董建華に厭はれ左遷され後任の局長はこの七月に謎のホステス嬢との遊興現場マ スコミに押へられ逃げ惑ふ醜態晒し辞任(日剰七月七日の項参照)。今度は副局長が友人宅より飲酒運転で事故起こす。前任の局長の遊興も「偶然に」会員制ク ラブ出てきたところで二流芸人のイベントありマスコミが路上で取材中といふのも「偶然」ださうだが、今回も自宅近くで路上に野良犬が現はれ、それとの接触 避けようとしての路肩の斜面への激突。香港電台が局内にパブがあるほど「英国的」で脇が甘いのも事実だらうが、どうもここまで災難続くと、つい「ヤラセ か」と同情したくもなる。いづれにせよ矢面なのは確か。

農暦九月初九。重陽。久々に朝寝貪る、と言つても八時。快晴。山に登らうか。重陽ゆゑ山で菊慈童にでも遇ふかもしれず。が朝からテレヴィジョンでは各地の 墳墓に墓参りに向ふ人の流れなど映し出す。高い処に上ると良い日でヴィクトリアピーク行きのバスも増発の由。人 出思ふととても山には行けぬ。ゆつくり読書でも、と永江朗の『批評の事情』(原書房、2001年)読み始める。数年前に久が原のT君にいただいた本。だが 天気もいいのでZ嬢とふとエアポートバスで空港。乗り物で車中の読書と居眠りほど心地よきものなし。空港では半年も前から第2ターミナル稼 働。でご見学。大手はまだタイ航空とエミレーツ空港のみ。それとバジェットエアが幾つか。この空港らしい解放感あふれる広さ。閑散とするが小売店だけはた くさん開業。階下にこのターミナル用の出境手続きエリアあり遠い搭乗ゲートまで地下の Automated People Mover (APM) にて向ふ由。Burger KingのWhoperをZ嬢と半分づつ頬張る。 Burger Kingが香港には空港と、それに最近、ヴィクトリアピークにのみあることを今日初めて知る。それで空港の禁区エリアのバーガーキングがあんなに人気なの だ、と了解。この第2ターミナル地下のバス乗り場も飛行機の搭乗ゲートの如し。各ホテルのリムジンバスと広東省など中国各地への長距離バスの出発が此処か ら。いやはや立派な施設。午後になり一時間に一本のA35のエアポートバスで空港と同じランタオ島の梅窩に向ふ。消 防署のヘリコプター上空を舞ふ。掃墓での焼香。その焚火で山火事。山あひの林を勢ひよく一條の燃火が走るを眺める。空港から梅窩まで峠越えバスで小一時間 かかるがSun Set Peakの丘陵をランタオ島横断道路の建設中。峠越えの曲がりくねつた道で自動車が崖下に落ちる事故もあるが山肌削つて縦断道路まで必要かしら。運転休止 中のケーブルカーの如く天罰下らねば良いが。開通後、何か大きな自動車事故起きるやうな気がしないでもなし。梅窩。のんびりと鄙びた集落散策。夕方、徳仔記(生利)海鮮酒家に地鶏の鹽焗鶏など食す。美味。この店、海を見 渡す、といへば聞こえも良いが交通量少ないとはいへバスやトラックの走る梅窩なりの幹線道路のすぐ傍らで大型車の排ガスには閉口。これなら海に面した熱食 中心のはうが快適。ただこの食肆の地鶏料理は捨て難し。フェリーで中環に戻る。バスやフェリーで寝惚けつつ『批評の事情』読了。重陽で
草の戸や日暮れてくれし菊の酒  芭蕉
といきたいところだがバーボン酒Jim Beam舐めながら新潮社『考える人』07年夏号「続・クラシック音楽と本さえあれば」続き読む。その中の記事で知つたが、吉田秀和『主題と変奏』中公文 庫は絶版。吉田秀和全集(白 水社)に収録あり。この全集も全24巻完結。入手したいがちよつと今は手が出せぬ。『モーツァルトの手紙』も思ひ出あり。書店でこの本を手にしたのがモー ツァルトが旅で手紙を書き始めたのと同じ13歳。「読めないわけがない」と思つたが13歳で読んでも、けして面白くなかつた。原武史『滝山モミューン 1974』続き読む。

十月十八日(木)二時半に寝て六時起き。さすがに眠い。多忙二更に至りジムの終ひ湯浴び帰宅。
▼中共の第17回党大会の関連記事に「中国の言語」につき興味深き記事あり(本日のSCMP紙、Reuters電)。「普通話」の普及とはゐへ党大会に集 りし代表団の様々な言語入り乱れ、普通話も各地の方言により発音も様々で誰にとつても聞きづらい。胡錦涛総書記とて江蘇訛りで “l” の発音が “n” に近し。「通訳をつけたほうがいいかな?」と、或る、強烈な山東省訛りで話す新疆自治区幹部は流暢に普通話操る外国人記者に気遣ふほど。で今回この党大会 に現れ注目集めたGyaincain Norbu君こと(中共側の)パンチェンラマ2世(党大会には陪席の形だつたやうだが)。記者団に囲まれての取材で終始チベット語で答へるなか普通話を用 ゐたのは2度だけ。その一つが「中央」。彼にとつて全ての指示が党政府「中央」から来るからかしら。もう一つは前後の話の脈絡が解らぬが「今回が二度目」 と、おそらく党大会の参観のことか。チベットといへば米国政府が、中共的には「宗教帽を被つた国家分裂主義者」のダライラマに功績讃え金メダル授与。党大 会開催期で余計に中国側は不愉快。朝日の外報面の「アジアの街角」はダラムサラより(小暮哲夫記者)。ダラムサラのチベット人学校。5〜12歳の二千人が 学び寄宿舎もあり。大部分の幼子がチベットの親元離れ案内役の大人に率されヒマラヤの険しい山道を歩いて国境越えて此の地へ(昨年だけで七百人)。親は 「中国の学校よりチベットの文化や歴史が学べる」と幼子を遣り子どもたちは遠く離れた父母が恋しいが、それでも後を絶たず。

十月十七日(水)来春の香港藝術節2008の公演細目が 昨日郵送で届き早速本日ネットでのチケット先行予約開始。慌ただしすぎ。昨晩遅くネットで確認したが当然、予約画面には至らず。で今朝、老ひての早起き三 文の徳、で早朝六時過ぎに何気にこの藝術節のサイト見れば前売り既に開始。確かにすでに17日ではある。てっきり午前9時か10時から、と悠長に構えてい たが。で慌てて朝の六時過ぎにネット予約魔と化したり。ネット先行予約については、長野のいなご氏より先日、松本で再会の折「サイトウキネンをいかにして 押えるか」のノウハウ拝聴。午前10時からの予約開始なら数分前までに進入できるギリギリのところまで進入しデータも入力可能なものは全て入力すませクレ ジットカード番号など必要データ全て取り揃え、時間と同時に1クリックで予約完了、とすべき、と。そのタイミング逃しServer Busyとなればもはやサイトウキネンは断念、の世界の由。早晩にハッピーヴァレイ。Z嬢と今 季初の競馬観戦。キャセイパシフィック航空のボックス席に数名招く(と言っても料金は皆さん自腹で)。2R(Class-4芝1000m)に出走の馬主W 氏のSunny Golf含め1Rから4Rまで擦りもせず。3R(Class-4芝1800m)でPrime Target(鎖定目標)といふ馬が向正面で八番手からスパートかけて「アミーゴの上り坂」先頭にたち3馬身くらゐ離してみせたり。かなり驚かされる。来 春のダービーに出てくるかしら。5R(Class-3芝1000m)は香港カントリークラブの100周年杯。昨年12月に沙田のClass-4の芝 1000m、3馬身半のぶっちぎりで初戦飾ったSouth China Elite(南華精英)が10ヶ月ぶりに、調教の時計も良く万全での第二戦。当然、一番人気。Prebble騎手。だが良駒もこれだけレースから遠ざかり 而もハッピーヴァレイの1000mはそう易しいはずはない。でWhyte騎乗のGood To Go(去馬)が1枠。これだ、とアタシはこれが今日の勝負レースと勇み掛金を倍どころか0ひとつ増やす暴挙。結果、二番人気ながら5.9倍ついて収益かな りあり。勝ちの独り占めはよくない、と同席の皆さんにご祝儀で今晩のお食事代を少し還元。第5レース以降アタシも皆さんもそこそこ当り出すから面白い。で レース終了後バーSで数名で祝勝会、深更に至る。
▼英国BBC放送のネットニュース(10月3日)に発表されたTom WhiteのMyanmar政変に関する日にちの数字合わせの妙、ビルマの人々の数字に対する固執、が引用、紹介され世界的に注目されている由(Burma ruled by numbers)。ネ=ヰン将軍が「9」をラッキーナンバーとして1987年に45Kyatと90Kyatの紙幣発行!や民主派にとっては 「8」が大切で1988年8月8日に運動蜂起、それが9月18日(1+8=9)に軍の鎮圧を受け、今回の騒動でも蜂起は2007年9月18日(2+7= 9)、政府系テレビ局が政府支持の民衆デモに98,100万人が参加(端数に見えるがこれも1+8=9)と報ずる、等々。強引な数字合わせ、といえばそれ までだが、かつて英国政府のビルマ駐在文化部員であったTom White氏の分析は興味深い。
▼畏友Willam鄧智達君が蘋果日報の連載随筆で「草 間彌生萬點迷南瓜」。劉健威兄も数日前の信報での連載に「草間彌生展」と寄されたり。草間展の開幕は先週火曜日だがずいぶん昔のことの如く感じ る。
▼周凡天氏が昨日の信報(文化欄)に「郎拉松現象全球化効應」という文章有り。先月末に北京国際音楽節の開幕より数日北京に遊んだ周先生。郎朗に始まり郎朗に終わる郎 朗づくしの今回の北京のフェスティバルを郎拉松(Lanrathon)と喩えられる。バレンボイム率いる伯林国立歌劇場管弦楽団とて「郎朗、バレンボイム とStaatskapelle」と書かれるほどの、さながら世界の楽壇のスーパースター。開幕日はベートーヴェンの皇帝。第二晩、 Staatskapelleとのブラームスのピアノ協奏曲第1番で第2楽章のアダージョは(夫失ひたるクララ=シューマンの悲しみへの慰め、の有名な旋律 だが)郎朗の演奏は周先生「内省的深刻感情、表達得很細膩」と絶讃。でこの二晩の演奏の最後にバレンボイムが郎朗とピアノ合奏。ブラームスのワルツ集作品 39から最もポピュラーな変イ長調。ところでZ嬢の話によれば郎朗、かつてバレンボイムのワークショップに参加し、かなり扱かれ、だが郎朗も若気の至りで 反発、ワークショップ最終日の演奏も全くバレンボイム師匠の指摘に従わずに奏で、師のかなりの反感買った由。今回は和睦か、はたまた……。この記事の写真 で見るかぎりお互い「まだまだ譲らず」の表情。周凡天によればさすがバレンボイム、高音での、その濃厚なる藝術品味が、いささか表面的な美感に終わった郎 朗に勝った、と。で三番目が余隆の指揮で中国愛樂樂團(中国フィル)との「黄河」とラフマニノフのピアノ協奏曲二番。「黄河」は、そう、七月に香港で郎朗 が中国フィルと演奏のはずが急遽、郎朗取り消しとなり殷承宗が代演(七月廿四日の日剰に記 述あり)。いみじくもわたし達は「世界の郎朗」のはずが文革当時に名を駆せたる殷承宗という「紅色經典(communism classic)」を今、聴く機会に恵まれたり。で今回の郎朗の「黄河」。殷承宗の革命闘争的な高揚感、風格とは対照的な郎朗の「黄河」は「祖国の陽に輝 く偉大なる山河、多於是在戦火中為存亡抗争的民族が、まさに今、この(郎朗の若い)世代に於て国家民族として自豪感(自信、誇り)溢れるものになった」と 周先生(この批評、読んで瞭然、褒めているようでニヒリズム感が微妙で面白い)。いずれにせよ、注目せざるを得ぬのは郎朗のまさに「市場価値」。今回の中 国愛樂との「黄河」は北京でS席880元なり(ちなみに香港で7月はHK$600)。郎朗のこの市場価格は欧州でも同様の由。ところで周凡天氏の名曲鑑賞 講座「解剖世界名曲進入音楽世界」、七月に基礎編あり大好評。アタシも聴講。その続編が今月。毎週水曜日の計5回でアタシは九月初旬に「十月の毎水曜日は すべてOK」と通し券購入。それが急きょ薮用で埋まってしまひ通し券はM嬢に譲りたり。
▼そういや昨晩のNW9で「お寺で癒し」と築地の本願寺にまったりとしたカフェ開設。その名も「Cafe de Shinran」と聞き「いい加減にし ろっ!」と一瞬思ふ。これ、トド・プレス(雑誌ソトコト出版元)が展開する所謂「ロハス系」。月本さんに遠慮して「いい加減にしろっ!」の感想を撤回する わけぢゃないが本来、お寺の境内などさういふ憩ひの場であったはず。アタシらも子どもの頃は境内は恰好の野球場。その境内の端の薮中に若い男女が昼間っか ら逢引きか入ってゆく光景などなど。寺の崖下で自殺者もあり。さまざまな意味で寺の効用、と思へばカフェもあり、か。それにしても「カフェ・ド・シンラ ン」の命名は個人的にはちょっと慣れないが。
▼香港政府所得税減税は歓迎だが収入増の一環で今度は港島の西環と九龍の長沙湾のそれぞれの港岸にある食品市場に目をつけ、それぞれ市場の敷地沿岸に西環 が170m、長沙湾が192mの横断幕タイプの巨大広告スペース設け広告収入得やうと算段。港湾の美感損ねると反発もあり。とにかく場所さえあれば賃貸、 広告スペースの発送が安易。MTRも地下鉄站構内に猫の額ほどの空間あれば小売店に賃貸。コンコースの空間性損なわれ醜悪。愚考としか言いやうなし。

十月十六日(火)早晩に帰宅しボンベイサファイアのジン二杯。ボンベイサファイア初めて飲みたるは廿代に今はなき千鳥ケ淵のフヱアモントホテルの酒場であ つたとふと彷彿。晩飯の時に、かなり久々にNHKのNW9眺める。相変わらずNHK報道局の知性疑う、ただ不安煽る「番組づくり」に大いに疑問あり。「相 次ぐ暴力団の拳銃発砲事件、白昼、繁華街に多くの人が」と使ひ古されたフレーズ。東京京橋の電器店の火災も近隣のオフィスビルはまるでタワーリングイン フェルノの如し(京橋のオフィス街に木造二階建ての電器店が現存したことのほうがニュース性あり)。中共の党大会も二世エリートの昇格というネタで「太子 党」取り上げ「太子とは中国語でプリンスのこと」と。太子は聖徳太子の古えから秋山祐徳太子の今日まで「太子は日本語」であり「太子は皇子のこと」だろ う。昨晩より原武史『滝山コミューン1974』読み始める。原武史の「執拗な」記述面白い。些末までの語りっぷりは平成の大西巨人かも。
▼北京にてLes délégués au 17ème Congrès du Parti Communiste Chinois開催。嗚呼、偉大なる中国共産党。記念すべき 第17回全国代表大会。全国各地から無産階級、農民、衣裳華やかな少数民族の代表などが北京に集結。第一線退いて久しい「天安門の」李鵬、「台湾の亜扁政 権生みの親」朱鎔基、萬里先生など懐かしい顔ぶれ。更にチベット仏教の代表として「中共ご指名の」パンチェン=ラマであるギェンツェン=ノルブ君も参加。 確か1989年生まれで18歳くらいのはずだが成年?、未 成年?と思ったが全人代ぢゃない。あくまで党大会であるから未成年であっても党員ならいいのかし ら。それにしても全人代ならまだしも一党独裁国家とはいへ中共の党大会にパンチェン=ラマ出席させるとは阿漕。今大会開幕で胡錦涛総書記の演説は「科学発 展観」と汚職腐敗撲滅が二大柱。科学発展観とは何か。マルクス=レーニン思想、毛沢東思想、鄧小平の改革開放、趙紫陽の中国の特色ある社会主義くらいまで の教条は実践でもあり「まだわかりやすい」が江澤民の「3 つの代表」になるとピンと来ぬし今回の胡錦涛の「科学的発展観」となると漠然とした教条主義としか、一瞬、見えぬ。がこのお題目の教条主義の無味乾燥な言 葉の文(あや)から核心を掴み出す作業こそ中国共産党を理解する唯一の方法であることは「竹のカーテン」の時代から今日まで何ら変わらず。そういう読みこ なしの一つが例えば「シナオチ」の分析(こ ちら)。今回の「科学的発展観」は、この30年の改革開放政策での格差や不公平、不平等といった負の部分の尻拭いであり「根絶とまではいかないも のの、せめてできるだけ改善しよう、そうしないと中共政権は潰れかねない、といった胡錦涛の危機感」が今回の科学発展観 に表れている、とする。興味深い味方。それにしてもこの党大会が始まり、山中の津々浦々までオートバイに拡声器積んだ広報隊が党のプロパガンダの宣伝に走 るとは……ほんと凄すぎな世界。ついていけぬ。
▼今朝の朝日新聞。連載「新聞と戦争」で戦時中に「今ひとつパッとせぬ」芥川賞のテコ入れに菊池寛が大陸に出征中の陸軍伍長玉井勝則への芥川賞授与を考え つき小林秀雄を杭州に遣り駐屯地にて玉井伍長=火野葦平に授賞の話あり。「麦と兵隊」からの火野の大人気は知る通り。陣中より朝日と毎日に新聞連載送る 話。
▼本日まで香港にてエレクトロニクス関連の展示会あり。湾仔のコンベンションセンターでブース数は四千六百個の由。例年この季節ハイシーズンながら今年は 殊にホテル宿泊費高騰。昨晩奈良のT君の話では尖沙咀のRamada HotelですらHK$1,680+税サといふ。東京ならさしずめ帝国ホテルも宿泊可。
▼行政長官「自称政治家」Sir Donald君の「民主の極端は文革を招く」発言。北京中央もこの発言にかなり不愉快の由。在港の中央政府機関「中聯辦」の副主任李剛君も昨日「何も言う ことはない」としつつ「不但是香港官員,作為一個中國人,對民族的發展及歷史都要有所認識,都要有所了解」と苦言(こ ちら)。Sir Donald君は明日より休暇四日。今回の文革失言とは関係なく事前から予定の日本旅行らしいが「失言ほとぼり冷めるまで」と映らなくもなし。

十月十五日(月)奈良のT君来港中。晩飯でも、という話になり、ふと広東料理なら結局三、四軒の気に入りの食肆から選ぶばかりで芸もなく「たまには初めて の店に」と選んだのが銅鑼湾の利舞台にある住家菜。家庭料理 のような粤菜で無添加、値段も銅鑼湾でかなり良心的でお手頃と評判良し。で何年ぶりに利舞台。で住家菜。行ってみて「お手頃すぎ」に驚いたのは葡萄酒持参 ゆゑ。とても葡萄酒など抜栓して寛ぐ店ではない、と知る。ボルドーはFransacの Ch. de la Dauphine 01年はお持ち帰り。T君とZ嬢と鼎談尽きずG.O.D.家具雑貨店の入り口にある名前失念の店で甘味。
▼エアバスA380処女機シンガポール航空に引き渡し。さっそくYouTubeに噂の機内風景ビデオの搭載あり(こちら)。Cクラスで数年前のFに匹敵。噂の Suiteはパテーションは上からも覗けて確かに個室空間(こちら)。 カプセルホテルとまでは揶揄せぬが、どこか四半世紀前の渋谷センター街の同伴喫茶の如し。当時「壁の穴」をまさかパスタ屋とは知らず「怪しげな店」と勘違 いも懐かしい話なり。
▼先日、東京に一泊の晩も浅草のトンデモ落語会でトリは快楽亭ブラック師匠。アタシにとっては実は「いま一番見たい高座」は小沢征爾のサイトウキネンより もブラック師匠の噺かも。そのブラック師匠が10月6日に大阪(トリイホール)で二代目快楽亭 ブラック襲名十五周年記念ブラック十五席。午前11時から「転失気」「目黒の秋刀魚」「カラオケ寄席」と三席やって仲入り、「人性劇場」「道具 屋・松竹篇」で第1部終演。午後の第2部は「押しくら」「権助魚」の次、予定の「オマン公社」はマクラの「皇室民営化」が「道具屋」とかぶるそうで……っ て第1部とはちゃんと入れ替えなのだが通し客を意識する師匠の偉さ、で代わりに「文七ぶっとい」では「円楽師をバカに出来ない」くらいブラック師感極まっ ての泣いてしまった由。「朝鮮人の恩返し」「イメクラ五人廻し」で第2部おしまい。で晩の第3部では「近日息子」「聖水番屋」「英国密航」をたっぷり演 り、仲入り後は着物の下に象さんパンツはいて「蛙茶番」、トリは「一発のオマンコ」。第1部開演から9時間45分。うち休憩が1時間45分で8時間しゃべ りっ放し。で深夜バスでさっと東京に戻る。今、いちばん面白いのがブラック師匠のはず。

十月十四日(日)朝八時半に荃湾。先週の続きで城門水塘(海抜200m)より針山(同532m)、200m下り続いて草山(647m)登りLead Mine Passの峠に下り城門水塘に沿ひ出発点まで戻る。約三時間半の行程。売店で購ひし麦酒で喉潤しミニバスで荃湾。今週火曜日が農暦九月初九で重陽節。この 日の墓参り混むを承知で本日掃墓の者多し。荃湾より周辺の墳場に向ふミニバスに長蛇の列。山西刀削麺。ジムに一浴し帰宅。昼寝貪る。早晩にZ嬢と尖沙咀。ペニン スラホテルに在るBaccarat商店。Baccaratの愛用のグラス先日手から滑り落とし破損。性懲りもなく同じHarcourtと云ふタンブラー。 「銅鑼湾の日本人相手のカラオケで遊ぶの考えたら1回ぶんぢゃない」とワケの解らぬ自分への言ひ訳。Z嬢にも気に入りのタンブラーを一つお買上げ。Ashley 街のケバブ屋に夕食済ますつもりが爆満。Delifranceにサンドヰツチ食す。葡萄酒の小瓶がHK$88は高すぎ。コンビニでHK$33の智利の赤葡 萄酒求め歩き飲み(アル中か)。Harbour CityにZ嬢が未だ観ておらず、の草間彌生の南瓜の屋外展示を観る。盛況。香港文化中心。香港特別行政区成立十祝賀だそうで香港歌劇院(Opera HK)主催による歌劇「アイーダ」 公演参観。テナーのWarren Mokがプロデューサーで今晩のラ ダメス役。演出はMaurizio di Mattia、演奏はStewart Robertson指揮の香港フィル。前半の踊りは香港バレエ團。アイーダはAdina Aaron、アムネリスがMarina Prudenskajaという配役でアタシにはエチオピア王(アイーダの父)役のBrian Montgomeryが良かつた。難癖つけるのは簡単だが昨日から明日までの三日、本日はマチネの追加公演含み超満席。香港で地場であれだけのもの出来る のは大したもの。「西九龍」埋立地の開発計画は大いに疑問だが立派な歌劇場は欲しいところ。本日、正井泰夫『江戸・東京の老舗地図』読む。話に登場の弁当 の辨松、笹巻けぬき寿司、鰻の浅草前川、駒形どせう、天麩羅は新橋橋善★、浅草の三定。仲見世の梅園、金龍山、柴又川甚★、八百善★、船橋屋の葛餅、長命 寺櫻餅、王子扇屋の卵焼き、湯島は豆腐の笹乃雪、塩瀬など。時代は明治に下るが万惣、神谷バー、上野精養軒、御徒町の蓬莱屋、牛鍋の今半、谷中の愛玉子と 續く。アタシも★印の三軒はまだ未踏峰。偶然、オペラの帰りにこの本を鞄から取り出し開くと銀座のタニザワについての記述あり。アタシが今日持って歩いた カバンもタニザワなのがおかしい。
▼行政長官「自称政治家」Sir Donald君、一昨日の「民主主義の行きすぎは文革の悲劇もたらす」発言につき昨日午後、謝罪声明。
昨日我在電台訪問中,有關文化大革命的言論是不恰當的。對此,我深 感抱歉,並收回有關言論。香港市民深知民主之可貴,期望盡早落實普選。我和大家有共同的期望。我重申我會信守施政報告中的承諾,在任期內,盡最大努力解決 普選問題。
"I am very sorry that I made an inappropriate remark concerning the Cultural Revolution during a radio interview yesterday, and I wish to retract that remark. Hong Kong people treasure democracy and hope to implement universal suffrage as soon as possible. I share the same aspirations. I reiterate that I will honour my pledge in the Policy Address to do my utmost in resolving the question of universal suffrage in Hong Kong during my current term."
文革は民主主義の行きすぎに非ず、一党独裁の而も毛沢東といふ領袖による党内権力独占がための内ゲバであることは萬衆の知るところなり。

十月十三日(土)目覚ましなどいつも鳴る前に消すものを今朝は微睡みのうちに気がつけば午前八時。久々にかなり熟睡。新聞数紙読み机囲りの雑事済ます内に 昼近し。筲箕灣。筲箕灣の賽馬會診療所。八月に書斎にて書籍片づけの際、梯子より落ちて目頭強く打つ。東區医院にて目頭より血の流れ出ずるまま看護婦より 破傷風の予防接種の注射され、数日後、破傷風の予防接種「第一回は済み」の通知届き今回第二回目の打針なり。昼近くに訪れれば午前中の診療既に「爆満」の 指示あり。窓口で「予防接種なんだけど」と云ふと予防接種は医師の診断要らず「爆満」でも受け付けられる。費用HK$17なり。土曜日で午後1時の終了ま であと1時間余ながら医師の診断待つ患者は二、三十人。老人多し。この診療所の医師B君は旧知、夜勤などないぶん楽とは言っていたが朝から休みなく診療続 くのだから草臥れるだらう。安利にて魚蛋河粉を食す。昼前だというのにすでに数名の行列あり。食後に近くで龜苓膏も食す。路上に焼き栗、焼き芋など売る屋 台あり。すでに秋の気配。ミニバスで帰宅。午後、湾仔で薮用済ませ帰宅。ドライマティーニ二杯。久々に自宅で夕食。焼酎飲みながら蒲鉾と生山葵、菠薐草の ナムル、南瓜煮付け、明太子、黒豆、蓮根と豚肉の味噌炒め、大根と鮭のサラダ、胡瓜と人参、大根の漬物。米飯はなし。黒豆の煮汁でウオトカを割って飲む。 これが美味い。
▼一昨日施政方針演説せし行政長官「自称政治家」Sir Donaldが昨日のRTHK Radio-3(英語台)の番組に出演。民主化問題につき
民主発展極端になれば中国の文化大革命のようになる。人民が自ら全 てのもの掌握せば管理に能わず。
と指摘。司会思わず「文革は極端な民主制の例ではないと思うが」とフォローするが、Sir Donaldは更に高揚し
What is it? People taking power into their own hands! Now, this is what it means by democracy, if you take it to the full swing. In other democracies, even if you have an elected person, then you overturn the policy in California, for instance, you have initiative number, number, number what, then you overturn policy taken by the government, that's not necessarily conducive to efficient government.
とカリフォルニアでの住民投票による州政府政策の否決により行政業務停滞ありとまで言及し「世論の横暴」揶揄。政府の小役人、一旦権力の座につけば「さも ありなむ」の専横傲慢ぶり。考えること同じでも良家の出、の董建華ならここまで言及せず。魯迅先生嘆きし小市民性の悲しさよ。

十月十二日(金)退勤ラッシュの地下鉄に紛れ東涌線でオリムピツク(奥運)站。Olympian Cityなる商場にてMedecins Sans Fronrieres(国境なき医師團)香港支部主催の“Trapped for 15 years - a photo exhibition on Rohingya refugees in Bangladesh”写真展参観(本日最終日)。 ミャンマーでの迫害をバングラディシュに逃れしロヒンギャ族。イスラム 教徒。バ ングラデシュの山中に難民として仮寓。写真展はキャノンの提供(同社印刷機によるプリント)。でロヒンギャ族の一連の写真は全てPaul Wong(黄貫中)によるもの。そのドキュメンタリーの写真が秀 逸。Paul Wongは、さう、ロックバンドBeyondの人。写真撮影の技量とセンスは玄人跣し。実はアタシはSCMP紙だかのこの写真展紹介で、撮影者がレンジ ファインダーのカメラで撮影、それがライカMらしく、それに興趣もち記事を読みPaul Wongが国境なき医師団への共鳴から写真家として現場の現状紹介、と知った次第。中環。HMWにてCD購ふ。ツィメルマンが維納フィルとベートーヴェン のピアノ協奏曲。1、2番は自らが指揮。3、4番は指揮はバーンスタイン先生。もう一枚は李雲迪が小澤征爾&維納フィルでプロコフィエフのピアノ協奏曲2 番とラヴェルのピアノ協奏曲ト長調。いずれもグラムフォン。久々にFCCに参り来港中の和仁廉夫さんと飲食。氏の祖父の遺品にあった戦時中の中国での写真 アルバム(複写)見せていただく。貴重な一次資料。台湾、香港、更にマカオの民主化につき、氏に対しアタシの視点は「香港は予算規模では大阪府以下、マカ オに至れば尼崎市レベルの地方自治規模なること、マカオの民主派は尼崎の共産党市議の議席数の規模と同じであることは期待値は別として現実としては当然」 といったもの(ちなみに後で調べると尼崎市議会(議員定数43)は共産党市議団は8名……公明党が10名で最大、でアタシの認識は間違い)。台湾でも施明 徳の民主派のリーダー的な動きを評価する和仁さん、高雄市長選で落選の結果が示すやうに抗議運動などで象徴的パフォーマンスはできるが実際の行政手腕など には疑問ありとアタクシ(だが施明徳の姿勢を青島幸男、大橋巨泉と並べたのは言い過ぎ)。話題尽きず三更に至る。ハンガリー風の牛肉煮込み料理 (Goulash)を食す。葡萄酒は豪州のClare ValleyはKilikanoon Killerman's Run(なんて名前なのよ)のCab Sau 05年。
▼香港芸能界のベテラン「肥姐」沈殿霞(60)卒倒で緊急入院。肝腫瘤、胆管癌、糖尿病など併発し「肥姐」衰弱甚だし。昨日も九龍城の南貨の老舗・新三陽 にて大閘蟹(上海蟹、支那海蘊蟹)や鹹肉購ひ、その途中も甘味を買い食ひ。このテのコレステロール分多い食品が肝臓患ふ者に禁忌は万人の知るところ。伊丹 十三の『お葬式』にて老人が鰻とアボガド美味さうに食し卒倒する冒頭の場面彷彿。これでいいのだ、としか言いやうなし。
▼昨日の朝日(文化欄)に東京・初台にてメディアアート展開催中の坂本龍一の記事あり。環境保護に尽力しNPO設立など。「ニューヨークにゐると、日本は やはり憲法が歯止めになつてゐると見える。9・11以後も改正されなかつたのはラッキーだ」と教授。日本のヘンな社会も、ぎりぎりのところまでいくが憲法 改正には一気に踏み込めずに、それが今日に始まつたことに非ず、憲法改正と幢を掲げ選挙運動で初当選の青年将校中曽根君や自主憲法制定党是にした自民党結 党の頃から、直近の安倍三世に至るまで。憲法改正に至らぬが、なにが抑止力なのか。国民にそんな強い意志も感じられず。面倒くさいだけ? 護憲派の陛下の 存在かしら。実は皇室には戦後、現行憲法について、天皇制廃止に至らず宮中祭祀も容認されたまま「国民の象徴」として、この普遍があるかぎり半永久的に存 続保障された、そのことに対する最大の憲法信奉の観念が存在するとか。ところで今晩、宮中に福田二世夫妻参内。天皇皇后両陛下と晩餐三時間に及ぶ(翌日の 首相動静に拠る)。

農暦九月朔日。福田康夫君のメールマガジン。
福田康夫です。あっという間の1週間でした。
本会議での代表質問から始まり、予算委員会での質疑と、連日、国会 審議での答弁の日々を送っています。
私が答弁している姿について、皆さんから「棒読み」や「早口で聞き にくい」といったご意見をいただきました。一つ一つの質問に丁寧にお答えしようと一生懸命でしたが、国民の皆さんにご理解いただくことが何よりも大切。今 後、できるだけ気をつけて、分かりやすく答弁していきたいと思います。
……とメールマガジンぢたいが面白くない(笑)。まぁお笑い芸人に非ず、きちんと仕事だけしてくれればいいのだが。
▼蘋果日報の四コマ漫画。大いに笑う。アンソン陳方安生が「民主の女神」の如く「進め! 民主を勝ち取る人々よ」と市民の先頭に果敢に立つ。が倒れて「み んな、民主が実現する日まで頑張って」と励ましはしたが「アタシももしハイヒールの靴の踵が折れなければ頑張れたのに」と。絶妙。
▼文藝春秋十一月号で保坂正康「瀬島龍三 昭和の参謀ついに死す」読む。昭和十六年十二月初旬、ルーズベルト大統領から昭和天皇に当てた親書が大本営通信課での外国電報差し止め、配送遅延に関して 瀬島少佐が十五時間遅らせるよう指示、ということに始まり、昭和十九年台湾沖では日本軍戦果の報告誇大と疑問もった情報将校の電報を瀬島が握りつぶした結 果、レイテ決戦の戦略変わり日本軍玉砕に至った経緯、戦後のソ連との停戦交渉で日本軍捕虜による労役提供など含む合意内容……等々。瀬島龍三亡きあと残る はモスクワにある関東軍文書への期待のみ、か。中共のもつ文書はさらに出てこまい。
▼昨日、草間スタジオのF嬢がA君に尋ねた草間彌生の魅力につきA君の語ったこと。何よりも草間彌生の芸術には師匠がおらぬこと。彼女自身のまさに創造。 そして今日に至るまで制作活動に集中する情熱。しかも水玉であるとか南瓜であるとかひじょうにシンプルなもので見る人に訴えかける、強い印象与える、その パワー。この3つが草間彌生の魅力である、と。御意。その草間彌生女史が今回、香港での展示にあたり香港へのメッセージ。(以下、テキスト)
夢の中からあらわれてきた私の巨大カボチャ 大好き
さみしいときもうれいいときも いつもわたしをはげましてくれる
大きな大きな心をもって
無限に宇宙の果てまでも
「愛は常しえ」とカボチャは語りかけている。
ハーバーシティへこのカボチャを見に来てくださったみなさん
戦争や不幸やテロはやめて、みんな仲良く平和にくらしていきたい
カボチャはあなたにそうおしえている
みんなもこのカボチャにかたりかけて欲しい。
そしてたからかに人生を美しくうたいあげてね。
私もみなさんと一緒に幸い多い前途を祝福してゆこう
私の志しとあなたの志しと一緒になって
人生の歌を歌おう
そして毎日毎日をいきいきと芸術的に生き抜いていこうね
人生ばんさい                                   草間彌生 2007
▼昨日の行政長官Sir Donaldによる施政方針演説あり。所得税余剰額での税率が17%から15%に軽減。恭事。政府財政黒字で驚くのは教育支出大盤振舞い。来年9月より中 学四年以上(日本でいう高校)が学費免除。ちなみに神奈川県が年額で115千円なり。小学校では1学級の定員を現行の30名から25名に。香港というと午 前校・午後校の二部制で学校不足の印象ばかり強いが大したもの。ところで不愉快は「国民教育の徹底」をSir Donald宣ひ各校で国旗掲揚と掲揚隊組織を奨励。
▼経済学者は面白い。本日の信報、林行止専欄。「気温上昇で虫害、山火事増え木材価格上昇」について。数年前、林行止夫妻、シアトルに経済学の奇才・張五 常教授を訪ねし時の話(って張五常が偽骨董品販売と脱税の罪逃れようと脱米、国際指名手配される以前の話だが)、シアトル郊外の山中に遊ぶと張五常教授が 森林の中の一角を指し「これが自分の投資なんだ」と教えられ張五常が植林事業投資で少なからず利益上げていることを知った、という話から始め、最近の木材 価格上昇は表徴は世界各地での山火事頻発、更に燃え続き鎮火にかかる時間の延び。米国では1980年代末の二、三年の山火事の件数が1970〜87年の実 に四倍という報告あり。火事の面積は6.5倍。山火事が大火となる要因は明らかに地球温暖化。雪解けが早く雨期も短く充分な降雨もなく山の乾燥する期間が 長くなる。燃えやすいし虫が巣くうに易し。Mountain Pine Beetleなる虫は温暖化で冬眠すら忘れ寿命延び繁殖旺盛なる始末。山林の害虫被害は当然増大。木材減産で価格上昇。……と感心しながら読んでいたが、 こんな話、江戸の大火事で木曽の木材買い占めた紀文の話の如し、か。

十月十日(水)農暦で八月も晦日となればさすがに初秋の如し。午後遅く香港中央図書館の講演廳にて草間彌生の藝術に関するセミナー開催あり。昨日に続きあ らためてカボチャの冠り物の可愛い草間彌生の香港へのメッセージ拝聴。草 間スタジオからF嬢が草間の世界紹介。香港藝術中心館長のAlex許日銓君とCraig歐陽應霽君が草間彌生について語りあう。期待通りの面白さ。 Alex君の公共空間と公衆空間の定義、公共空間にある屋外藝術作品の面白さ、すでに使われておらぬ波止場にオブジェが置かれることで芸術となる空間論な ど興趣深い話あり。M嬢の秀逸なる通訳でのQ&A。セミナー終わり草間スタジオのF嬢をAlex君が芸術中心に誘い、それに同行。早晩、F嬢と湾 仔のDelaney'sにギネス麦酒飲む。晩に北角。寿司加藤にてバンコクから来港のY氏と食事。ミャンマー軍政について。 東南アジアで優位にある華僑資本が海外逃亡してしまったのがミャンマーの特異性。そこで軍が経済まで独占する体制に。それに中国が背後にある、と思えばそ う易々と現体制の崩壊はあるまひ。
▼水戸で日曜日の晩に何か美味いものを、と難題を月本さんに与えられ……日曜日のそれも晩ぢゃ蕎麦も壊滅的であるし、で那珂市の「鰻の東條」をお勧めし た。ただしあくまで自動車での移動で常磐自動車道の那珂インターそば、であるから。それが何と月本夫妻、水戸からローカルな水郡線で後台という無人駅から 歩いて……とは脱帽(こ ちら)。だが大変満足して いただけたようで何より。水戸芸術館から、なら水郡線に乗らずとも芸術館から歩いて5分くらいのところバス停(みずほ銀行水戸支店角)から「太田馬場」 「上菅谷」行きというバスがあったのに……と思ったが茨城交通に問い合わたところ平日で一日七、八本のみの運行とは。昔は一時間に四本くらい走っていたは ず。それにしても月本さんが笠松運動場(県立総合運動施設)訪れての指摘通り常磐線の東海駅と隣の佐和駅の施設規模の格差には驚くばかり。東海村、豊潤な 原発関係の補助金あり。インフラ投資の充実は言うに及ばず、35年前に確か小学校の全教室にカラーテレビ配置だったか。冷房導入もかなり早い。笠松運動公 園は1974年の田中角栄的な土建「国体」開催地で、月本さん関心もったスタジアム正面の像(画像借用)はアタシもこの彫塑家が誰だったか記憶になくネッ トでも確認のしようがなく笠松運動公園に電話で尋ねると木内克(き うちよし)氏。水戸出身で朝倉文夫に師事。この女神像は国体開催に合わせ制作。当時82歳。1977年に逝去。享年85歳と思えば、この女神像は遺作とい えるのかも。当時、アタシは親友のJ君、A君らと国体で何よりの楽しみは原武史的だが「ホンモノの天皇を生で見られる」こと。昭和天皇をナマで見て、小学 校の講堂(体育館)の壇上で昭和帝のその口調を真似てパロディの訓話などして遊んでいたもの。懐かしいかぎり。その後私ら悪友三人組は八百宗教信仰会なる 怪しげな新興宗教団体を小学校内で立ち上げたのだった(小学5〜6年の二年間で散会してしまったが)。

農歴八月廿九。寒露。昼過ぎに尖沙咀。猛暑。Harbour Cityにて草間彌生“Dots Obsession - Soul of Pumpkin”開幕式あり。劉健威兄、William鄧達智君など久々に再会。香港藝術発展局総裁、在香港総領事など列席のなか草間彌生女史からの香港 へのメッセージ、巨大ス クリーンに映る。草間先生、カボチャの冠り物が素敵。Love & Peace なのだ。で今回のために製作された巨大なカボチャ……移動のため解体可。参観者がカボチャの中に入れもする。開幕式は顔を黄色に塗り黒の斑点のタキシード 姿の三人の踊り手がタップダンスで登場、「何かが違う」と思ったが主催者側が仕切るこのイベントでは、ある面では予想通り。圧倒されたのは布に覆われた巨 大なカボチャのお披露目。在港の日本人幼稚園児が浴衣姿で現れ「草間彌生のカボチャの前で」日本全国お国ぢまんみたいな盆踊り?の曲に合わせ踊ってみせ る。草間彌生のカボチャと浴衣姿の子の盆踊り……日本や世界各地のビエンナーレでは想像もつかぬ、この明らかに間違ったカップリング……だが、もはや笑う しかない。香港藝術中心の館長アレックス君と「40年前の紐育での前衛的なハプニング芸術、全裸の若者らによる「不思議な国のアリス」とかと、この浴衣の 子の盆踊りの対比をどう理解すればいいのか!」とただただ頭を抱え感動。昨日この開幕式に合わせ三日ぶりに来港の草間スタジオのF嬢曰く、意外と草間先生 はこういうのも受け入れて喜んでくれるんですよ、という言葉だけが救いか。F嬢と一緒に来港の、草間作品扱うO画廊のK嬢も、この「香港の草間彌生」の大 いなる誤解を肯定的に楽しんでいただけた様子。それにしてもスゴスギ。早晩に明日のセミナーで通訳してくれるM嬢と尖沙咀。F嬢と打ち合せ。 F嬢、K嬢と中環。鏞記酒家。Z嬢と四人で晩餐。豪州は Penfoldsのbin 407、car suv(04年)を持込み。鏞記はかなり久しぶりだがJ嬢の歓待受け至れり尽くせりのサーヴィス。焼鵝は広東省での鳥インフルエンザの影響で鏞記でもすで に「断市」と聞いていたが今晩供される。気のせいか冷凍肉?というモサモサでいつものjuicy感がない。致し方あるまい。お二人をスターフェリーまで送 り帰宅。寝酒のグラスを台所に片づけようとして廊下で指の間からストンとグラスが落ち、アタシのBaccaratのグラスのうち最も愛用のものが床で粉々 に。落胆に言葉もなし。ガラスに比べ薄剥のクリスタルはまるで柔らかな布地のごとし。酔っていたわけでもなく、卓上のグラスを膝で打ち床に落としたわけで もなく、ただ手の中からすっと落とすとは……わが老衰のなせる業か、おめおめと涙ながらに床を拭く。

十月八日(月)新聞で昨晩の巴里は凱旋門賞の記事を余韻に浸りながらいくつか読む……って斎藤さん須田さんのにようにロンシャン競馬場で見たんぢゃな いのだが。AFP電とか物語しているしRacing Postの記事も良い。ところでDylan Thomasで凱旋門賞制覇のファロン騎手は今日、倫敦のOld Bailey街の第12法廷に出廷、とAFP電にあり。英国競馬での八百長容疑の由。その前日に見事に勝利納め「人生最良の日」と答えた意味もじっくり。 なるほどねぇ。須田さんがブログにかかれている斎藤さんから昨晩聞いた「衝撃の話」とはこのファロン騎手のことかしら(違うかな)。早晩に湾仔。香港藝術 中心。このアートセンターのExecutive DirectorであるA君のオフィスで彼とクリエーターC君がHarbour CityのPR担当A嬢とする打ち合せ。末席を汚す。A君曰く草間彌生の南瓜が黄色と黒で異様に見えようとも例えば日本では交通標識だの電柱のカバーなど 黄色と黒の色彩は珍しいものではなく(と実際の日本で撮影した風景の画像を見せられる)、風景の一部となり易く、野外に置かれた赤い南瓜もそれだけ見ると 異様だが海から眺めると南瓜の背景の丘上に赤い鉄塔が立っており、その塔と南瓜の赤の関係が面白い。それを受けてC君が「公共の色」がいかに我々の意識に 刷込まれているか、香港なら例えば「緑と白のツートンカラー」で、スターフェリーの塗装がそれ。草間彌生の野外オブジェが日本では意外に風景に溶け込むも のがミュンヘンでは異様に目立つことなど実に興味深い話が続く。自宅にたまった雑誌や新聞を今日こそ整理しよう、と早々に帰宅。ドライマティーニはかなり ドライに一杯目を作り、そのグラスにただジンを注いだ二杯目をアタシはこよなく愛す。
▼昨日、2012年の普通選挙実現求め泛民主諸派がヴィクトリア公園に市民で集い傘を用いて「2012」の文字を浮かび上がらせ中環の政府庁舎までデモ行 進(主催者側発表で七千人参加、警察発表は四千人)。実質的には十二月の立法會港島区補選でのアンソン陳方安生女史の支援集会。だがアンソン女史本人が会 場近くで小一時間の選挙ビラ配りの後に集会場所に入らずParklane Hotelで家族や親近者と昼食、デモも出発から銅鑼湾まで加わっただけで列から離れ御用達の美容室に娘と向い晩の会合に向け整髪の由。普選要求運動に徹 底せぬ姿勢にデモ参加者より不満の声もあり。対立候補の葉劉淑儀、これまでの言動や親中左派による支援がアタシ的には「面白くない」が少なくともこのとこ ろの葉劉の主張ぢたいは真っ当。例えば03年の公安立法時の「ヒトラーも民主的な選挙で選ばれた」というコメントも言いたことは「絶対に一つの制度が正し いことはない」という意味で、天安門事件の香港での追悼行事も天安門事件の犠牲者を追悼することは正しくても徒に北京中央を刺激することは良策に非ず、 と。基本法23条での公安立法も「PRに失敗したが、実際にどれくらいの人が法案を読んだか」、法案ぢたいはバランスのとれたもの、と力説(よーするに立 法化しておけば北京も満足で基本法がむしろ香港できちんと効力を発している証左になる、ということか)。レジーナ葉劉自身がアンソン陳方が上司 (Chief Secretary)であった当時、昇進や昇級で疎んじられたのは、本人曰く、まず自分に野心があると思われたこと(アンソン陳方自身、行政長官になる野 心あったろうに、と反論)。そして前任の保安局長の黎慶寧の言動を非難したことが「公務員の掟」踏み躙ったと思われたこと(……と以上、レジーナ葉劉の香 港電台による取材での発言から)。主張には一理あり。ただ問題はこのレジーナ葉劉が当選すると親中派土共の御用政党人士を喜ばすことになるのが癪。今回の 補選ではレジーナ葉劉の落選は確実。むしろ次回の立法會選挙では民建聯からも距離を置き引退予定の議長・范徐麗泰女史の後継者として当選するほうがレジー ナ葉劉にとっては最良のはず。それにしてもなぜアタシがこんな人を擁護しているのか自分でも嗤ってしまうが……。それほどにこの選挙にかぎらぬが安直な 「民主派vs反民主派」といった見方が怖いため。
▼近々発表のノーベル文学賞は村上春樹氏との下馬評あり。本人も「してやったり」だろうが内田樹センセイこそタイムリーな『村上春樹にご用心』が売れるの だ。川端康成の「美しい日本の私」(Japan, the Beautiful and Myself)はサイデンステッカーセンセイによる翻訳と朗読であったが、今から村上春樹の授賞式でのスピーチが楽しみ(笑)。
▼香港で今更、歴史的建築物などの保存に関心もたれるが建物全体の取り壊しばかりでなく「ほんの改修のつもり」での破戒などこそふだんあまり気に止めない が深刻なのかも。しかも「新しい建物」が建つのに比べ改修の結果、ただの醜悪、が不愉快。この湾仔のRuttongee病院の門の破壊をした責任者の業務 上過失も懲役3年くらいに値しよう。

十月七日(日)晴。朝八時黄大仙の地下鉄駅に余を含め六名で集りミニバスで竹園団地裏まで急坂上り坂道歩き始め先週日曜からの続きで峠の茶屋より獅子山に 向い大埔道越え金山より城門水塘まで約12kmの山道三時間弱で歩く。城門水塘にスクーターで来る売店で麦 酒一缶購い喉潤しミニバスで荃湾。日曜昼の雑踏泳ぎいつもの山西刀削麺に 缶ビール持参で食す。歯応え格別。美味。ジムに一浴し帰宅。雑事済ませ早晩にZ嬢と観塘。雲南風味に食す。菜譜に野菌だの羊肉料理並び秋を感ず。さっそく羊肉 煲。雲南省大理の花鳥風月だったか風流な名のビール飲む。水餃米線。いやいや羊肉煲がこれほど美味いとは。apmの映画館百老匯にてリリー=フランキー原 作、松岡錠司監督の『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』 観る。オダギリジョーのリリー=フランキー役は出来過ぎだが映画がそのキャスティングを一覧した時にチョイ役までいい役者揃えしかもキャスト一覧の顔がみ んないい顔をしているだけで、もう大満足なのだが(鈴木清順や初期の伊丹十三の作品であるとか)この映画もいい役者が集った。リリー=フランキーに月刊 『宝島』誌であるとか同時代で親しんできたアタシは今さら何も言うこともなし。晩十時四十分より巴里ロンシャン競馬場からの凱旋門賞の中継。嗚 呼、十月の巴里の青空……Le ciel bleu de Paris en octobre a été manqué. 英ダービー馬のAuthorizedが11/10で圧倒的な一番人気。だがアタシはDettori騎手に運がないと思え「騎手で選ぼう」とファロン、ペリ エ、サミヨンの三人でオッズが順に5/2、27/1、66/10でファロンのDylan Thomasの単複、DTを軸にペリエのGateway、サミヨンのMandeshaに流していたのだが、来ましたよ、Dylan Thomas、昨年の愛蘭ダービー馬。中位からの直線での外からのスパート、お見事。進路妨害の容疑にて結果確定焦らされる。オブライエン調教師が凱旋門 賞は初勝利と知る(今回も12頭中4頭がオ調教師の馬なのに)。Authorizedは大敗。香港での配当はDylan Thomasの単勝がHK$75.5、二、三着にYoumzain(80倍)、Sagara(32倍)が入りDylan Thomasもその恩恵受け複勝もHK$38と高配当。連複はHK$705、三連単はHK$47230なり。

十月六日(土)久々に裏山10kmほど走る。気温摂氏卅度ながら山風心地良し。杉や松の針葉が枯れた匂い。ジムに寄り一浴し帰宅。昼にZ嬢と湾仔の加東叻沙も ともと上環にあり。分店か。叻沙食しに行ったのだが肉骨茶(バクテー)ありこれを食す。秀逸。あとで喉が渇くと思いつつスープも美味い。早晩まで薮用あ り。帰宅途中にアサヒカメラと日本カメラ受領。太古城のジャスコの旭屋書店は店長が「大学に進学し民青に加わったものの党派主義厭い地方回る人形劇団に入 りました」みたいな雰囲気なのだ。カメラ雑誌は両誌ともニコンのD3とD300、キャノンのEOS-D1s Mark IIIとEOS-40D、それにソニーのα700と秋のデジタル一眼特集で、当然このデジイチ特集に不満な読者も少なからずで「死ぬまで使えるフィルムカ メラ再生計画」(アサヒ)だの特別付録「名機紳士録」(日本)だのアナログな特集もつけてどうにか体裁を整えているのが興味深し。それにしても30年も 40年も前のフィルムカメラが今でも特集記事に現われ物語られるのに、デジタルとなるともうニコンのD2もD70も完ぺきにお蔵入りどころか意識の片隅に もなくなってしまふのだから……はかない。葡萄牙のTouriga NacilnalのDouro 01年飲みながら鶏肉のパイ食す。
▼ソ連のガガーリンによる初の宇宙飛行から半世紀(四日)。アポロ11号の月面着陸の時は夏休みで母の実家に滞在中。祖母と夜、田舎の駅前のロータリーで 月を見上げた記憶。ソ連、米国が競った20世紀の宇宙の派遣を21世紀になり追い駆けるのが中国で「2020年に米国がまた月に着陸してみたら月面に中華 料理屋が開店してるだろう」というEADS(European Aeronautic Defence and Space Company)関係者の冗談がここ数日ウケる。強ち笑えず。二十年ほど前に豪州のパースに一ヶ月ほど滞在し時に「パースから車で十時間ほど北上した天涯 孤独な小さな集落で唯一のレストランが中華料理屋」という話をふと思い出す。
▼信報に鄧永鏘(上海灘とChina ClubのオーナーのDavid Tang)が毎週土曜日掲載の随筆で「向大家公開一件秘密」とこの人らしく大袈裟な題で書いているのが15年前に鄧永鏘君が或る香港財界人と二人で倫敦に て当時のジョン=メイジャー首相と密会の話。ダウニング街10号(首相官邸)がその会合の直前にテロで爆破されAdmiralty Houseに置かれた臨時官邸での会合は当時の外交部長や香港総督(ウィルソン卿)も知らされておらず。当時、1989年の天安門事件のあと香港は97年 の返還に悲観的で政治も経済もパッとせず。97年に合わせた新空港建設は青写真こそあったが北京中央は天安門事件での香港での百万人デモを見て香港の非愛 国的な姿に不快感あり香港政府が新空港建設で備蓄を用いることに否定的。この財界人はこの停滞感打破の起爆剤に新空港建設決定を、と英国首相に「ここは一 つ北京訪問して李鵬首相とトップ会談で空港建設決定を」と持ちかける。メイジャー君も香港の返還に向け停滞感打破の必要性は理解しつつ天安門事件で西側が 北京と距離感置くなかで自らが北京訪問し関係改善の第一号になること良しとせず。この財界人と鄧永鏘の懇願に英国首相は首相顧問のPercy Crodock卿を先ず北京に遣り北京政府の反応を見て首相訪中しトップ会談で香港の新空港建設着工を決定。……と当時の「煮えきれない」雰囲気から一気 に返還に向けて「さあ、始まるぞ」となった気分をアタシも覚えているが、鄧永鏘曰く、その財界人こそ今だから明かすが徐展堂、と。徐展堂氏は1941年に 江西省吉安生まれの江蘇人。9歳で香港に移り13歳で父を亡くしてから弟妹育てるのにレストランの給仕だの雑工だのと苦労続け70年代頃から株式と不動産 投資始め巨万の富を得、その中国美術品の蒐集は殊に著名。バブル崩壊でビジネスでは躓き隠遁の日々。徐展堂氏については90年代の絶頂期に氏を知る某氏や 氏の美術品蒐集に詳しい友人もおり様々な話も聞いたが今はここに綴らず。
▼蔡瀾氏が蘋果日報の随筆で「豚豚」。シンガポールでTなる日本人の親友に電話。T氏の父が飛騨の造り酒屋の出でポッカの創設人の一人の由。T氏は長男で 事業継承のはずが缶入り飲料にあまり興味なく自ら香港で飲食業を展開。まずはPokka Cafeで成功し香港とシンガポールで、それぞれ「豚キチ」と「トントン」という豚カツ屋始め商売繁盛。何年も訪れておらぬが「ポッカの経営」と耳にした が厳密にはそうでない由。……蔡瀾氏の話なのでどこまで正確かは多少疑問もあるが。

十月五日(金)昼過ぎ中環。無風にて大気劣悪。市街陽の当たるところ一面黄色。晩に今日こそジムに寄らむと欲すが突然の某事対応で能わず。帰宅してジャス コの北海道展で購いし雲丹、イクラ、鮭の三食弁当食す。
▼日本相撲協会が序ノ口力士死亡につき師匠の親方解雇。NHKの取材に応じた「ポスト志らく」で未来の横綱審議委員会委員長のデーモン小暮閣下は、この親 方について「監督責任を怠ったのだから今回の処分も致し方あるまい」と歯切れ悪いコメント。麦酒瓶による殴打で暴行、傷害の罪問われるのだから監督責任ど ころの話ではないが「この悪影響でさらに新弟子応募者減るのでは」と懸念する大相撲愛する閣下ゆゑコメントもつらい立場か。ところでNHKでは閣下と呼ぶ と差し障りあるため「デーモン小暮閣下さん」と「さん」づけすることで閣下までが本人の芸名とするのが、朝鮮語学習番組を「やさしいハングル語講座」とお 茶を濁したのと同様にNHKらしさ。ところで横審の委員長といえば1950年に横審が出来て最初の委員長が姫路の殿様酒井忠正伯爵で次がアタシの祖父がお 付き合いあった作家の舟橋聖一氏、で自民党の石井光次郎。次がどせう鍋の高橋義孝先生。最近は河北新報の一力一夫や邉恒、潮来の海老沢勝二とマスコミのド ンが目立つ。起爆剤として、だからこのへんで次期委員長にはJacques René Chirac(仏前大統領)を、とアタシは推挙。で、デーモン小暮閣下と続くと横審の委員長は色物か、と非難されるので(邉恒から海老沢も直系にせず間一 つ置いたのは色物色払拭のためか)、日本郵政社長退任後の西川善文君あたりを据えて(首都大学学長の西澤潤一君あたりが食指伸ばしそうだが却下!)、で、 その次がデーモン小暮閣下でどうかしら。仏大統領とデーモン閣下なら大相撲の人気下火も回復できそう。
▼朝日新聞で編集委員星浩君が面白い。政治をちょっと独特の視線から面白く眺めている。その星君の「政態拝見」で福田二世の地味さを語っていたが福田君が 地味に長く取り組んでいる課題に「本格的な国立公文書館」があることを紹介。与野党議員でつくる公文書館推進議員懇談会の代表も福田二世。星氏に対して福 田二世が語ったのは「米国の公文書館には2,500人、英国では550人もの職員が働いていが、日本ではわずかに42人。政府や自治体が持つ記録は、国民 の共有の財産なのだから大切に保存して……」と(福田二世の言葉の引用はどうも「以下略」が多くなるが……笑)。こうして日本は歴史の記録が曖昧なものに なり(だいたい困った時には政府でも地方でも記録が償却されてしまう!)作る会のような歴史神話が生まれてしまうのかしら。ところで香港では公文書館にあ たる政府檔案處(HK Government Records Service)がどの程度の規模か、と思って電話で尋ねたが此処の職員数の公開も「上司に確認しないと」などと宣われる。実は何か機密業務があり (Mission Impossibleの如き)、数百名の職員数で公開できぬのかしら……。アタシがいぜんここで資料調査の時の印象では少なくとも42人以上はいる感じ。 大正時代に日本領事館の領事が香港政庁宛に日本人墓地建設許可と土地提供を求め、その書簡のやりとりや図面まで見事に保管あり。ところで中国にも国立公文 書館とかあるのかしら。党にも。結党後、建国から文革、とかなり興味深し。

十月四日(木)快晴。福田内閣メールマガジン創刊準備号届く。「はじめまして、福田康夫です。どうぞよろしく」と福田二世。この人らしく
「政治家も役人も信用できない。」そうした国民の皆さんの不信の声 を、私は、今、率直に受け止めています。国民の皆さんの信頼なくしては、どのような立派な政策も実現できません。皆さんから信頼されるように、よい政策を 実現するよう、一生懸命やっていく覚悟です。「信頼」を取り戻す名案はありません。国民の皆さんの気持ちになって……
と堅気。まぁ今後、毎週木曜日に小泉三世の如き仰天や安倍三世の栄枯盛衰は期待できず。懐かしさのあまり昨年十月の安倍三世の初メール読み返せば
こんにちは、安倍晋三です。昨日、わが国は、北朝鮮に対し、すべて の北朝鮮籍船の入港を禁止する、北朝鮮からのすべての品目の輸入を禁止する、など厳格な措置をとることを決定しました。
と、あゝなんてワーグナー的なこの言葉の響き。茶番。諸事に忙殺され二更に至る。ようやく内田樹『先生はえらい』読了。「万人にとってのいい先生、という ものはあらかじめ存在しない」「人生の師と仰ぐいい先生はあなたにとってだけのいい先生」「恋愛幻想と誤解に基づく愛、師弟関係」とかなりキャッチーな先 生論で始まるが途中、沈黙交易を語るあたりから何だか何が言いたいのかわからなくなり、その揚げ句にコミュニケーションの必要性は「相手の言っていること がわからない状態が続くため」と一瞬まとまりかけ、確かに「キミのことをもっと知りたいんだ」が求愛の言葉で、「アナタって人が、よーくわかったわ」が別 れの言葉になるという、このあたりは核心をついているが、それでも結局最後は何を言っているのかがわからなく終わる。で内田先生は、それが当然、と。それ でも、ジャック=ラカンの(『精神病』下巻・岩波書店からの引用)
私が皆さんに理解できないような仕方でお話しする場面があるのは、 わざとは言いませんが、実は明白な意図があるのです。この誤解の幅によってこそ、皆さんは、私の言っていることについていけると思うと、言うことができる のです。つまり、皆さんは不確かで曖昧な位置にとどまっておられるのです。そしてそれがかえって訂正への道を常に開いておいてくれるのです。言葉を換えて 言えば、私がもし、簡単に解ってもらえるような仕方で、皆さんが解ったという確認をすっかり持てるような仕方で、話を進めたら、誤解はどうしようもないも のになってしまうでしょう。
という言葉の引用から、わかりにくい言葉で話すことの大切さ、を内田先生が引いている、この部分は面白い。このラカンの文言こそ解りにくいが、よーするに 「わかりやすく話すと、ホントはわかっていないのにわかったつもりになられてしまうから、多少わかりにくく話すことで聞き手、読み手を慎重にさせて、つね に自分は誤解しているんじゃないか、みたいなところに置いておくほうがずっといい」ということ。このラカンを読むと「樋口陽一先生が、もっと解りやすく書 けそうなのに、あんなわかりづらい言い回しをするのか」も納得。だがラカンの言う意味での「理解できないような仕方」と、少なくともこの本での内田先生の 「言っていることのわかりづらさ」は違うような気がアタシはする。たんに大切なのは言葉に慎重であること。ところでアタシがどうしても理解できないことの 一つに「蹴球」あり。サッカーでボールを蹴って走ることにがなぜ楽しいのか、しかも世界中で何十億という人がそのゲームを見てなんであゝも興奮するのか。 月本さんだって今週末に水戸までサッカーに行くのだ。このサッカーについて内田先生はこの本のなかで「交易がサッカーと同じ」と説く。これには納得。サッ カーのボールは貨幣と同じで「そのものには価値がない」。もともと蹴球は宗教的儀礼が発祥で(スポーツなどみんなそうなのかしら)ボールの代わりに生首と か頭蓋骨を使っていた、と(ホントかよ)。そのうちその象徴的なボール(或いは生首)そのものに意味がなくてもゲームの楽しさは変わらないと人々は感じて ゲームとして普及。確かにボールは(ペレのサインがあるとか付加価値は別として)ゲームで使わないかぎり、ボールそのものには何の価値もなし。それをゲー ムとなると「プレイヤーの努力は相手ゴールにボールを「贈る」こと」(自陣ゴールにボールを獲得することに非ず)に懸命になる。もしボールに価値があるの なら得点は「自陣に蹴り込む」ことのはず。価値のないものを相手に贈与すること、でサッカーは原始的な交易形態を現代に伝えている、と内田先生。その「や りとりという行為そのもの」が遊びの愉悦の源泉。だから数十億の人が興奮するのか、と妙に納得。
▼台湾で無所属の中華民國立法委員である作家・李 敖氏が中国智慧党結成(9月30日)。党網は簡単明瞭に「反対笨蛋」の由。立場的には「台湾の石原慎太郎」だが台湾で彼がけして台北市長になれぬ のは台北市民の良識ゆゑか。
▼中国にとってのミャンマーについて(以下、信報十月朔日社説)。ミャンマーでの僧侶と市民による反軍政抗議活動に対して中国政府の非積極的干渉はミャン マーの天然ガス資源の権益確保のため軍政府との友好関係の維持、そして民主化運動の北京への余波の懸念。さらに地政学的に雲南省からミャンマーへのパイプ ライン完備こそ中国がマラッカ海峡を経ずに中東とアフリカからの資源輸入確保する重要な路線であること。過去十年の間に中国の26社がミャンマーの62個 の国家的大型プロジェクトに参画しつつ例えば今年五月のミャンマー政府林業部直営での木材輸出事業の国際入札に海外から59企業が参加のなか中国企業が見 当たらぬのは中国の材木商がすでにミャンマー辺境に点在する地方武装勢力の領袖と組んで特殊利権関係があるためで表立った正規の事業協定など不要のため。 その森林伐採により自然破壊など深刻で、且つ贈収賄など横行。05年に首都の大学生がミャンマー北部の武装勢力による森林や鉱山資源の乱獲、軍政府の腐敗 などに抗議活動もあり。中国政府のアジアにおける影響力の増大をみればビルマのこの不安定に(ただ中国の国家利益優先がための)傍観は許されまい、と。

十月三日(水)来週からの草間彌生の香港初個展にかかわって数日過ぎる。十日のセミナー、クリエーターの畏友C君参加快諾を得たが、企画者側が誘ったクリ エーターのS氏が参加能わず。アタシはあと一人、香港の某大学美術館の curatorであるA君にも協力願っていたが返事なし。旅行中かしら。A君は直島のベネッセアートサイトを10回も訪れており(アタクシとZ嬢と一度ご 一緒)、草間彌生は日本ばかりか倫敦だの欧州各地で見ているほどの強者。で本日、晩に草間スタジオのT君とF嬢のお二人と晩餐の約あり湾仔の Hopewell Centre前で待ち合わせていると、そのA君にばったり邂逅。「メール見た?」と尋ねると数ヶ月前に転職の由。メール届いておらず。で現在は香港藝術中 心でExecutive Directorの要職にあり。それなら尚のこと草間彌生に関わっていただきたく遅晩の再開を約す。T君とF嬢とハッピーヴァレイ。Z嬢と落ち合い Watson'sのワインセラーで葡萄酒購い久々にハッピーヴァレイの益新 美食館に食す。豪州はGreenpointの発泡酒抜栓し打ち合せ。白葡萄酒は新西蘭のDog Pointの若い06年のSau Bで赤は全く名前失念のボルドー(すでに酔っていたか)。A君が令嬢お二人連れて来臨。ハッピーヴァレイの路地裏の名前失念のバーに向うが閉業。さすがに 路地裏も家賃高騰で地味なバーは撤退か。で隣の芸人、業界筋の客多きバブリーなBar Aedesの屋根裏に陣取る。さすが草間彌生については一言あ るA君であるからスタジオのT君と意気投合で会話弾む。葡萄酒はA君の見立てで伊太利はPoggio AnticoのBrunello di Montalcino Riservanoの01年、Gevrey-ChambertinのPoissenot 1er Cru 04年いただく。美味至極。アタシは葡萄酒を批評するだけの味覚と知識は有せず。歓談三更に至りT君とF嬢をタクシーで中環のスターフェリー波止場に送る が最終のフェリ逸しタクシーでそのまま尖沙咀のホテルまでお送りして帰宅。まるで今晩会うべくしてA君との邂逅はまるで新宿は弁天町より草間彌生女史の手 操りの如し。

十月二日(火)明け方に驟雨あり。アタシの好きな風雅遁走というブログに「中秋の名月」について言及あり(こちら)。 このブログの書き手フーゲツのJUN氏が偶然に拾った(つまり産経系は買わない、ということか……笑)21日付けの「夕刊フジ」掲載のコラム欄(13面 /20日発行)の「中秋の名月」について書かれている。この夕刊フジの「中秋の名月」の書き手は産経新聞大阪編集局校閲部長。一流大新聞の校閲部長の職に ある方が「すでにお気づきかと思うが、旧暦の15日の空には必ず満月が出る。どうしてかといえば、月の満ち欠けに合わせてこしらえた暦が太陰暦(旧暦)だ からである」と言及。フーゲツのJUN氏の指摘は以下の通り。
これは、全くのあやまりだ。こと、中秋の名月に関しても満月と重なった例はほとんどない。これは、説明するに難しいのだが、結論を先に書いてしまうと、満 月と15日の月の関係は平均0.76日あとにずれている。新月つまり「朔」から「満月」まで、平均は14.76日(13.8日から15.8日)で、これは 月の衛星としての軌道がだ円運動をするからで、この誤差分がズレとなる。つまり最大値±2日ほどズレが常にあるのだ。ちなみに、「十三夜」 とは旧暦の9月13日の月の事で、今年はグレゴリオ(太陽)暦で10月23日になる。このような月を愛でる私たちの風流な習俗は、花鳥風月のうつろいにこ ころ騒がせた先祖たちの風雅な心根によっているのだろう。月のことを書くのは、このブログにふさわしいかも知れない。こんなに「風雅」な時もないだろう。
ときちんと書かれている。「旧暦の15日の空には必ず満月が出る」だけならまだしも(ってこれだけでも間違いだが)それに「すでにお気づきかと思うが」と まで言ってしまったのが校閲部長とはお粗末なかぎり。具体的に見てみれば先月、旧暦の八月十五日は25日で中秋であったが今年は実際の旧暦八月の満月は9 月27日。「中秋の名月」を中秋の満月と誤解する者も少なからず。十六夜の月も当然「満月の翌晩の月」に非ず。いざよひ=なかなか前に進まぬ事。源氏 (葵)に「かのいざよひのさやかならざりし事など」とあるのは「月の出を早くと待っていても、月がいざようという気持ちから」陰暦十六日の夜の月(岩波古 語辞典)。ちょっと具体的に説明すると、今年の香港では
9月25日 旧暦八月十五日 十五夜   日没18:17 月出17:13
9月26日   八月十六日 十六夜の月 日没18:16 月出17:51
9月27日   八月十七日 満月    日没18:15 月出18:29
となる。旧暦八月十五日は陽が西にぐっと傾く頃には東の空に浮かび始め名月を早夕から愛でたのに、翌晩もまだ昨晩の酔いからどうしても醒めきれず(なにか 秘め事でもあったか、このへんが昔の人のアバンチュール……)期待してまた早夕から月の出を待っていたのに月はなかなか浮かんでこない「どうして月はいざ よふのかしら、なんていじわるなお月さま……」が十六夜の月(橋本治的にはそういう感じ)。この38分の焦れったさ。こういう感覚でもってアタシも生きて みたい。早晩にまた驟雨あり。帰宅してドライマティーニをやる。土曜日からの三連休が何かと忙しく夕食後睡魔に襲われ殆ど何も出来ず。
▼産経新聞といえば築地のH君に教えられた記者のブログ(こ ちら)。文章も思考も幼稚だがブログとはいえ産経新聞の名の下に発表する文章で「政治資金規正法をしっかり当たったわけではありませんが」などと いう一節が臆面もなく登場。
▼歴史教科書での沖縄集団自決についての見解「見直し」を政府が文科省に指示。週末土曜日のデモでこの対応の早さは驚くばかり。昨日の福田二世の所信表明 は憲法改正、教育改革には一言もふれず。産経新聞は社説(主張)で「希 望と安心の道筋見えぬ」と怒りまくり。
厳しい政治状況を踏まえながら国民や野党に低姿勢で臨み、急場をし のいでいく。福田康夫首相の初の所信表明演説からは、そんなねらいが濃厚に漂う。(略)ただ、この国をどうしたいのか、肝心の柱が見あたらない。勇ましく こぶしを振り上げる必要はない。それは首相の流儀でもなかろう。しかし、国民に希望と安心を与えるというなら、進路を示すことが先決である。(平和外交も いいが国際関係のため自衛隊の力を生かし)憲法問題を直視する必要がある。
産経新聞の気持ちもわかるが、築地のH君の話しでは昨日の産経は(三度、産経の話題になるが)「新閣僚に聞く」で渡海文科相にインタビュー。そこで「新教 育基本法に基づいてどんな教育行政をやるのか。国を愛する心を養うためにどんな施策を行うのか」といった産経的には肝心のことを聞かず。実は腰が退けて聞 かなかったのか「聞いたけど産経にとってよくない回答(無視)だったから割愛した」のか。
▼エクアドルで急進左派のコレア大統領率いる「国家同盟」が制憲議会6割の議席得て圧勝。「21世紀の社会主義」掲げベネズエラのチャベス大統領を信奉。 中南米での反米の勢い盛ん。もはや米国もかつてのCIAなどによる干渉工作も能わず。
▼司法。裁判員制度実施に向け検察側は裁判員となる一般市民に向け説得力のある話法についてアナウンサーから学び、裁判所は一般人にはとんと理解できぬ裁 判業界用語の是正を図り、で裁判員となる市民は模擬裁判で練習……もともと個人主義の理念、自律的な思考、公衆を前にした話法等々、我が国は陪審員制度導 入にはあまりにも足りぬ点多し。
▼岐阜で肺結核に罹っていた医者が数ヶ月にわたり診療続ける。ベタ記事扱い。もし肺結核に罹っていた中国人が数ヶ月にわたり日本国内を旅行、だったらもっ と新聞の扱いも大きかろうことよ。
▼読売巨人軍が5年ぶり畝リーグ優勝。中日と阪神にとって敵は巨人軍でありながら終幕間際で優勝戦線から外れた阪神が中日戦で勝ちを譲らず巨人優勝に貢 献。阪神は日本共産党の爪の垢でも煎じて飲むべき。

十月朔日(月)国慶節。朝八時に湾仔の湾岸にて国旗掲揚式あり。テレビで実況中継観る。この国旗掲揚の「升旗手」務める警官の談話が蘋果日報にあり。普段 は香港警察の警察学校教官で40歳、03年の回帰と国慶、今年の回帰に続きの大役。国歌の前奏に合わせ静々と揚げられる国旗。前奏が終わるところで丁度 1.77mまで昇った国旗を右手で見事に放つ。天が南風を吹かせれば五星紅旗は順利随風飄蕩。だが西南風だと国旗が旗手の顔を覆い、まるで人に叩たかれて いるような感覚あり、と。国歌演奏は44秒。升旗手が縄を手繰るのは19回。曲が終わる午前八時丁度に国旗は棹の頂きに揚がっておらねばならぬ。一秒の誤 差も許されぬ、これが<近代>であることは原武史の指摘の通り。国家の緻密さのために数十名がいったいどれだけの訓練に労力費やすのか……滑稽なり。ちな みに北京の天安門広場での国旗掲揚での国歌演奏は88秒で時間は香港の実に2倍の由(香港が逆にテンポが2倍速いとも言えるが)。昼過ぎまで自宅にて雑事 済ます。内輪話となるが今月の香港での草間彌生の展示につき畏友T君に請われ多少関わる。今月の九日に松本市美術館の常設展で草間彌生の作品群の中にいた 時にはまさか今月末に香港でこんな展開になろうとは思いもせず。午後、T君より先日送られ預かった何冊もの草間彌生の美術本あり目を通す。その中で興味深 きは『草間彌生 ニューヨーク□東京』(東京都現代美術館・淡文社刊)の紐育編に掲載されているAlexandra Munroe著「天と地の間……草間彌生の文学作品」。泉鏡花の『高野聖』から現代日本文学を語り草間彌生の『クリストファー男娼窟』を位置づけ、中上健 次に言及する。面白くて思わず読み耽る。
中上と草間の小説では、性的な妄念は粗暴であると同時に、超越的で もある。違いは中上の私小説では自然現象との恍惚とした交わりが起こるのに対して、草間では崇高なものへの服従がこれとは対照的な感情……性行為に対する 嫌悪感と反感から誘いだされるところにある。
ふと思い出したが、アタシは実は草間彌生は美術品から入ったのではなく、1983年に角川書店の『野生時代』(懐かしい……)でこの『クリストファー』を 読んだのが最初。美術家としての草間彌生は南原四郎氏の雑誌『月光』か何か……と記憶不明。ところで『クリストファー男娼窟』の主人公ヤンニーは香港出身 という設定であったのだった。午後遅く尖沙咀。Harbour Cityでクリエーターの畏友C君と待ち合せ。T君ら今回の草間彌生展の関係者にC君を紹介し打ち合わせに同席。国慶節大型連休にて香港に大陸からの旅行者 多し。尖沙咀広東道のLouis Vuitton商店前には店内に入場制限で七、八十名が長蛇の列。大陸の金満ぶり。また香港で購入せしLV商品を大陸で売り捌く「担ぎ屋」も少なからず 哉。九龍公園隣接する某高級マンション63階に住まわれる某氏宅にて晩の国慶節祝賀の花火眺めるご招待受けZ嬢と末席を汚す。驚くほどに尖沙咀の向こうに 香港島一望。北京道一號やペニンスラホテルも眼下に低し。香港の花火は短時間に大量打ち上げ煙も甚だしものが今晩は折からの強風で煙が流れ花火鮮やか。花 火を高層ビルから見下ろすもまた不思議。音楽と主題に合わせての花火打ち上げでテレビの生中継でパバロッティの歌声など流れ最後は当然「我愛祖国」だか何 だか愛国心高揚のなか花火乱れ咲く……嗚呼、勝手にして。35万人(主催者側発表)だかが花火観賞だそうで深更まで地下鉄ラッシュ。こうして国慶節を皆が 祝っていられることは「現状では幸事」ととるべきか。
▼マカオにて昨日、スクーター三千台が交通規則強化に反対してデモ走行。カジノブームで市内の交通量増加、渋滞が深刻。マカオ政府もポルトガル的な自家用 車の路上不法駐車に対処。その煽りを受けたのが市民の下駄がわりのスクーター。人口50万人で8.5万台のオートバイに対して市内の駐車可な車位は4万の み。これまでオートバイの不法駐車は罰金200パタカで実質上は警察も放置、罰金請求受けて払わずとも追徴もなし、の楽園が、罰金は300パタカに値上げ され15日以内の納入、過去2年に遡り罰金未納の追徴まで求められ、スクーター族が怒る。99年の返還移行、その安定成長が北京中央の評価得たマカオもカ ジノ建設ラッシュの頃から社会的格差だの政府の傲慢な政策だのに市民の反発目立つ。そして本日、市民一万人が格差、政府と財界の癒着是正、中国含む出稼ぎ 流入反対など求め市街をデモ行進。飛ぶ鳥落とす勢い続いた行政長官もついに「何厚鏵落台!」と辞任求める声も。デモ参加者の一人が言うに給与もこの数年で 3割増えたがインフレや家賃の上昇は5割以上で生活は苦しくなるばかり、と。
▼沖縄で先の大戦での集団自決が「日本軍の強制によるもの」とした記述が教科書検定で削除されたことにつき検定意見撤回求める県民集会開催され11万人 (主催者発表)が参加(29日)。左傾市民の集会に非ず。県議会各派や県PTA連合会などが主催し実行委員長は県議会議長(自民党)。実質上は政府の国定 教科書は沖縄など理解できぬのだから(日本から独立まではしないとしても、せめて)沖縄独自の教科書編集などどうかしら。社会科で歴史は沖縄の立場から見 通し、基地問題など通して対米関係を学び、理科で地元の植物に馴染み、「国語」も当然、琉球方言もたっぷり。教育は国の根幹、そう簡単に国家が教育の地方 自治など認めまいが、沖縄は沖縄、ついで鹿児島も薩摩史観でとか、水戸は水戸学に基づく国史教育とか……面白そう。
▼今日の信報はだいぶ模様替え。活字が大きくなってロクなことないのだが……。字体も信報らしい明朝体の見出しがチープな太字ゴシックに。随筆欄もへんに 囲み記事となり見づらい。

日記インデックスに<戻る>