乾 坤容我静 名利任人忙
(旧)教育基本法(1947〜2006) 改正に反対した文化人129 名の声明 憲法改正反対(九 条の会こちら

また眞理を知らん、而して眞理は汝らに自由を得さすべし。ヨ ハネによる福音書8章32節)

メ ディアはコミュニケーションの道具という素朴なイメージがあるが、もっともこの言葉は「中間」という意味であり、二つのものの間を取り次ぐという意味で はコミュニケーションの道具となるが、同時に最初は一つであったものを二つに分けるという効果ももたらす。メディアは、それがもたらす情報を共有し仲間意 識を持つグループと、そうしたものに無関心、あるいは反発するグループとの分裂をもたらす。メディアが発達すればするほどこの分化は進む。だから、メディ アの発達がコミュニケーションを豊かにするというのは幻想にすぎない。(佐藤卓己)

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讀みにくいこと間違ひなきサイト乍ら今後とも御贔屓の程宜しくお願ひ申し上げます。

2000 年11月24日からおそらくあなたは番目の閲覧者です。

七月卅一日(火)目覚めると朝の四時半。まだ空は真っ暗。氏家さんの『大江戸死体考』を読む。朝から、ってまだ草木も眠る、と思えば江戸は大川には溺死、 路上には行倒れと死体累々、千住は小塚原の処刑場、死体でもって将軍家や大名の刀剣の試し斬りするを代々の家業とし「生胆」を生薬として捌くことで財をな した人斬り浅右衛門の話。氏家氏の筆致。面白い。氏家氏はもう書物を通して江戸の人であるから自身には死体ゴロゴロの江戸は別に不思議じゃない、というと ころが氏家氏の奇人たる由縁。試し斬りも「あくまで武芸修行の一環として行われたもので、猟奇趣味や死体に対する変質者的嗜好とはまったく次元を異にする 行為」であり「この点くれぐれも誤解なさらないように」と書くのだが果たしてどれほどの数の読者が氏家氏に賛同するかしら。武芸修行とはいえ猟奇的趣味が 少なからずあるのでは?とアタシは思うのだが。この本で一つ勉強になったのは江戸時代、数は少ないが「切腹」の場合、自害は天晴れで埋葬が許され、最も罪 の重い「死罪」の場合は死骸は埋葬もされず試し斬りの「様物」(ためしもの)にされ、「下手人」は埋葬は許されない(死骸取捨)が様物にはされぬ、という ランクがあったこと。ただ、この本の内容で一つ気になったのは19世紀後半に巴里で出版されしレオン=パジェスの『日本切支丹宗門史』のなかから殉教に纏 る話を氏家氏は引いて1624年、天草にてルイス六右衛門が「イキダメシ」で殉教した話取り上げイキダメシは武士による伴天連殺害は「意気試し」ではなく 「生き試し」で「生きながら試し斬りする(される)」意味ではないか、とするが、これはどうか。日本語の動詞用いた熟語は例えば「試し斬り」は「試すため に」切る(目的)だし、「押し問答」は問答の状態の形容。イキダメシが「生き試し」だとすると極端な話、「行倒れをを生きているかどうか試すのに刃で刺し てみる」ような行為をアタシは想像しちまう。が、これも不自然。「生殺し」という言葉も言葉は生々しく見事なのだが。なぜか、というと「試し切り」は「試 す」も「切る」も他動詞で行為者は同一。「押し問答」も「押したり引いたり」の話者が問答する。これに対して「生き殺し」は「生きる」を「殺す」だから不 自然なのか。「踊り食い」という言葉も確かにあるのだが。ところで「首切り浅右衛門」の試し斬りのための「胴」や脳味噌、「胆」を貯蔵していたという屋敷 は江戸城にも近い平河町にかつてあり。著者がこの地を訪れると山田浅右衛門の代々の屋敷跡と思われる場所の近くには瀟洒な伊太利料理屋がある由。首切り浅 右衛門の屋敷跡の近所で何も知らぬ当世の者どもが「トマトソースをたっぷりかけたパスタや内臓料理に舌鼓を打つ」と氏家氏。可笑しい。この『死体考』読了 の頃ようやく空も白む。部屋の前の中庭のタマリンドの巨木に夜明け前より鳥多く鳩まり賑やか。ホテルのダインで朝食軽く済ませる。暫し部屋で寛ぐ。世界中 で衛星放送で「みんなの体操」なんて流すのはNHKくらいであろう。「みんなの体操」はもともとの発想が19世紀的な「健康的な国民の育成」にあるとすれ ば衛星放送用いてまで海外の邦人に体操強いる点で国策的意味がない、とは言えぬの鴨。「海外安全情報」も全く意味がないが。ホテルを出て旧市街を西に歩きワットチェディルアン参拝。仏塔修 復に寄進。ワットプラシン更に西に向 い運河渡りワットウモーンまで歩く。1時間余で着く筈が途 中、Tonpayam市場に寄り、寺近くで裏道で道に迷いチ エンマイ西の山の手の高級住宅地に「非常に戦後のモダンな」住宅建築多く原型残すことを知る。2時間近く歩いてようやく到着したウモーン寺院はメンラーイ 王により14世紀建立の、鑽岩の細い窩廊に仏像安置され落ち着いた佇まい。但し北朝鮮国営放送の如く敷地内に延々とスピーカーから流れる説法五月蝿い。こ の寺で精進の、若くして悪さに明け暮れたか修行僧にしては人相のまだけして良からぬ、背中や腕に紋も見事な憎相の僧多し。寺を出て市街に向け復た歩き、途 中、ニマンヘミン通りに入りKhun Morというチェンマ イでも人気の麺屋に昼を食す。Z嬢曰く「普通に美味い」。御意。午後雲行き怪しくトゥクトゥクに乗るやいなやの大雨。トーぺー門(旧市街の東大門なり)に 至り、なかなかセンスはいいのだが通りかかると二度も店の終まったあとの銀のアクセサリー屋。Z嬢が宝飾品選ぶ間にカメラ出して街頭で雨に洗われる市街の 様子写真に撮っておれば店内ではZ嬢にこの店の女将が「うちの亭主も古いライカが好きで蒐集するばかりか最近はライカの売買もしているんだけど、興味が あったら見る?」と語った由。Z嬢は余を指して「見せたら何でも買っちゃうから」と答えると「そう、うちのも、もう見れば買う、見れば買う、ででも本当に 自分が好きなカメラとレンズは絶対にヒトには売らない」と。そうだろう。店に戻りその話聞いたがアタシもその店の奥にいる亭主のライカコレク ションを見た くもあり見ると怖いものありタイであるから「あまり珠玉はないのじゃないか」という消極的な憶測もあれば「プミポン国王からしてカメラ好きでM型ライカも ご愛用」であるから「ひょっとして」の期待もあり。いずれにせよ「見たら買っちゃう」のが怖いので見ず仕舞い。雨のなかターぺー門潜りホテルに戻る。夕方 になり雨、歇む。市の東北に位置する中華街、Warorot市場の ほうに散歩する。このチエンマイなる都市、タイの東北第一の都市だが、主なる産業は観光。外国からの観光客が多くカネを落としてゆくが、消費も下手すると 7割くらいが外国人なのではないか?というくらいに市内で(外国人相手の観光ズレした繁華街を除いても)チエンマイの住民の商行為、売買、消費がほんとう に乏しいと感じる。カネは落ちているわけであるから堅実に貯めているのか、実は観光都市にありがちな、誰 もけして利潤を得るほどには儲けておらずまぁまぁ 暮せる程度なのか、よくわからず。今度は強烈な陽射し。ホテルに戻る途中、食料雑貨屋でタイ産ワインを三本購入。部屋で飲んでみることに。部屋に戻り洗面 台で氷で速攻で冷やした白ワイン。The United Products Co.,Ltd.なる会社のThai White Wineなる商標の白ワイン。料理用ワインだ、と思えばまだ納得できるかも知れぬがワインビネガーのような酸っぱさ。申し訳ないが飲めず。もう一本は「ま だマシ」な名前失念の白。これもお世辞にも美味いとは言えぬ、まるで「ターメリックを保存していた樽にでも醸造したような味」(Z嬢)だが、これは飲めな いわけではない、多少我慢すれば。で赤も一瓶ありPB ValleyのKhao Yai Wineryの産品であるSawasdee Shiraz 2005はバンコクまで持ち帰ることに。晩は何を食そうか、と三度びThe Wokへ。タイ料理は店によってそれほど格別があるわけでもな し極端に刺激的な辛さも好まず、なら周知の気に入りの店で食すほうがずっと良い。今晩も盛況。屋外で12卓あるが満席の上、卓によっては三回転。大したも の。ホテルに戻り内田樹『街場の現代思想』少し読む。
▼安倍三世本日閣議後の閣僚懇談会で各閣僚に対して曰く「選挙は厳しい結果だったが、政治の空白、行政の停滞は許されない。一層緊張感を持ってあたってほ しい」。閣僚内心「参院選大敗はアンタの所為だろーが」と忸怩たる思いか閣議後の記者会見では各閣僚から選挙結果を厳しく受け止める声が相次いだ由。もは や内閣実質的崩壊。
▼築地のH君(のこの日剰への登場はかなり久々か)との民主党による社民、国民新党や新党日本との連立内閣。自民党から加藤紘一さん、亀井さんや山崎さん といった良識派が離脱し自民新党結成し、民主党との連立に参画がミソ。小沢一郎君は首相を菅君に譲るが党首のままでゴッドファーザー気取り。
総理   菅直人(民主)
官房長官 枝野幸男(民主)
外務   加藤紘一(自民新党)
財務   岡田克也(民主)  
経済産業 亀井静香(国民新党)
厚生労働 長妻昭(民主)
法務   福島瑞穂(社民)
総務   田中康夫(新党日本)
防衛   山崎拓(自民新党)
文部科学 内田樹(民間)
農林水産 山田正彦(民主)
国土交通 田中真紀子(無所属)
環境   *公明党が無節操に民主党政権でも与党ならこのポスト(笑)
国家公安 河村たかし(民主)
沖縄北方 糸数慶子(無所属)
金融担当 榊原英資(民間)
女性担当 小宮山洋子(民主)

七月卅日(月)風邪の諸症状甚し。シーツが濡れるほど汗をかき眠る。朝七時に起きて眩暈するなか荷物まとめてピン川の畔で朝食。宿 をチェックアウトし荷物預け歩いてピン川とちょうど宿の対岸にあるバス停に歩く。八時半のLampang行きのオンボロバスに乗りLamphunを経由し 1時間40分で国立のタイ象保護センター。一年半前に続き二 度目の参観。芸達者な象のショウだの子象センター、象の病院など見ているうちにあっという間に昼過ぎ。チエンマイに戻るバスに乗ると間一髪でスコール。チ エンマイの東バスターミナル着。食堂で麺を軽く食しトゥクトゥクで宿に戻り荷物ピックアップして市街のTamarind Villageに投 宿。ここは前回、チエンマイ初めて訪れし時に「次は是非」と思った瀟洒な都市型リゾートホテル。夕方、部屋で広い風呂に一浴し寛ぐ。氏家幹人さんの『江戸 奇人傳』読了。奇人は変人に非ず。この本は幕末の旗本、川路左衛門尉聖謨という奈良奉行から大阪奉行、勘定奉行に出世する幕府の官僚の日記に語られる川路 家の痛快なまでに面白い人たち、それをこの几帳面な性格の旗本が驚異的な筆まめさをもって綴ったもの。奇人とは、荘 子の言を借りれば、人間社会の中では変人扱いされるが実は天の理に叶った往き方をしている人のこと。日暮れにプールサイドで冷えたワインでも飲もうか、と 思ったら今日は仏教の祝日でお酒は供しません、と。このホテルなかなか真面目。晩にプラシン寺院に賽す。プラシン寺院の近くにRachamankhaというホテルあり。ここも部屋数少なき都市型リ ゾート。ここの料理が美味いと耳にして、Tamarindに宿泊してRachamankhaに食事に行くのは、まるで京都で俵屋に泊まり柊屋に晩飯に行く ようなものだがRachamankhaの偵察も兼ねて。でお食事は、というと一言でいって「美味くな い」。奇を衒うばかりで味付けが「ない」。前菜、サラダ、主菜と頼み三皿を順番も関係なく供されるだけでも閉口。マネージャー不在で慣れない給仕が素人仕 事。新派のレストランに「ありがち」な環境。これで評判とは! だがこのホテルは今晩も酒を供す。市街歩くと店先などで酒を飲む者(祝日だからか)普段よ り多し。サラダは食べたが前菜と主のビーフシチュー(という名の水牛の肉とトマトのスープ)は半分以上残してしまい(三皿ともいつものようにZ嬢とシェ ア)さすがにこれじゃ精神的にも「食べたりない」、と満月の朧ろ月愛でながらThe Wokに寄りカオソーイとバナナケーキ。レモングラスのジュース。宿に戻り氏家幹人『江戸死体考』読み始める。
▼参院選の結果。自民党がまさか40議席を下回るとは思いもせず。週刊現代だったか公明党が10議席も危ないと書いていたが、まさかそれも現実になろうと は。公明党支持者の中で「ただただ与党」で自民党に与するだけの党に三行半もありか。

七月廿九日(日)昨晩は通り雨かと思った雷雨が長雨。夜半まで歇ず。雨も降らぬ香港より参ると雨音もまた好し。小雨のなか宿のピン 川眺めるオープンダインにて朝食。宿は夏は閑散期だが、それにしても泊まる客の朝はゆっくりで七時すぎに朝食など我らのみ。市街を囲む運河の北に位置する チャンプアク門(白象門)まで市街を歩く。朝の雨が一転して陽射し強し。市街の北西の山並みより市街一望するドイステープ方面行きのソンテウ(乗合自動 車)に乗りチエンマイ動物園。私らは観光など殆どせぬが動物 園だけは何処へ行っても必ず訪れる。強烈な暑さだが少し山あいゆゑ木陰の涼風心地よし。中国より貸し出し中のパンダ一対だのペンギンは摂氏20度ほどの冷 房室にお住まい。昼までじっくりと動物園を周遊。この動物園、参観者が自らの自動車で園内一週できるのは如何なものか、と疑問だが歩行者はトレッキングのように樹木の間を登ったり 下ったりの遊歩道整備され、下手な観光トレッキングコースよかこちらのほうがよっぽど良い。乗合ソンテウで市街に向い途中のリンカムで下車。アマリ・リン カム・ホテルのLa Grittaなる「伊太利料理屋でタイ 料理の」ビュッフェで昼食。それにしても、なぜタイには伊太利料理屋が多いのかしら。ニマンヘミン街のお洒落な、観光客相手のブティックや家具屋冷やか し、Mandha Kwangなる肆で夏物の綿のシャツ購 う。閑静な住宅地のなかを歩きソンテウを雇い宿に戻る。午後三時。午睡。転た寝に冷房が当たり目覚めるとすっかり風の初期症状。失敗。早晩にターぺー通り を歩き日曜市など冷やかし宿に近いチャルン=プラテート通りのロットヌンな る食堂でいわゆる魚蛋米粉食す。宿に戻りネット立ち上げれば参院選は民主好調で50議席台。自民は40議席割れ危ぶまれ与野党逆転。四国など4県とも一人 区で民主が制覇。安倍批判で生き残りかけた高地の田村公平君落選。父・田村良平君からの地盤で安倍批判してもこの態。岡山でも自民党の有力参議片山虎之助 落選。この為体に安倍三世「私は総理に就任して改革を続行している。新しい国造りを進めていくと約束した。その約束を果たしていくことが私の責任だと思 う。決意している」と続投表明。この度の参院選での与野党逆転の良否を問えば「良い」が結局、この自民党にノーの有権者こそ実は小泉改革支持し郵政選挙で 自民党に歴史的勝利を与え安倍三世への政権禅譲に安倍支持した「ブレる国民」。実はこの雰囲気でどうにでも靡く国民こそ怖い存在。与野党逆転させ、もしか すると日本に戦後初の二大政党制を誕生させ、だが場合によっては大政翼賛会に化けるも可。自民大敗などと喜んではおれず。本日は氏家幹人さんの『江戸奇人 傳』(平凡社新書)読む。氏家さんからかつて頂いた葉書でご自身が史書派で「書かれていること」読む作業に没頭するタイプで絵図の見た目やインスピレー ションなどとても弱いと書かれていたが、この「江戸奇人傳」など読むとその想像力旺盛に敬服。
▼昨日、香港とバンコクの空港で思ったのだが空港の手荷物、所持品検査の係員。政府の立派な公務員であるがあの週日の御座なりの単純作業。テロを最前線で 未然に防ぐ、と言えば聞こえも良いが、税関なども含め「マクドナルドのバイト」と比べ、実態はどれほどの技能職か。マクドナルドなら香港で時給十数ドルの 工員哀史。空港は恩給までつく公務員。空港はテロさまさま、か。
▼プロレスの神様”、カール・ゴッチ氏逝去。享年82歳。

七月廿八日(土)Z嬢と朝七時に空港。キャセイパシフィック航空の網上での登機手続き済ませておけば預け荷物あっても出発時間のわ ずか45分前!に空港にお越しください、の簡便さ。空港ではマルコポーロクラブのカードで発券は数秒。見事。空港のラウンジで朝食済ませバンコク行きの CX713便に搭乗。飛行機が飛び立つまでに朝から朝日、SCMP、信報、蘋果日報、IHT、FT紙まで読めてしまうのだから旅は楽し。江戸川乱歩随筆選 (ちくま文庫)再読。バンコク到着。3月に開港のท่าอากาศยานสุวรรณภูม(スワンナプーム国際空港)は建物外装は見事だが内装お粗末。 慣れておらぬと乗り場わからぬ公共タクシー。バンコクでありながらメーター料金でなく定額制は如何なものか?と思ったが国内線専用空港となったドンムアン 空港まで定額料金は500バーツ。一瞬「高くない?」と思ったが一旦ほぼバンコク市街に入り<の字に旧空港に向うので距離はかつてのドンムアンから市内、 許容範囲か。渋滞などしたらメーター制よか割安かも。ただ空港のタクシー乗り場で係員に「高速料金など一切含め500バーツ」と言われたのにタクシーの運 転手は「高速で行くか?」と我に質し高速料金は客持ちと宣う。「冗談はいい加減におよしよ」と澤村貞子っぽいく運転手に告げる。高速料金は新空港から市 街、市街からドンムアンと2回でおよそ50バーツ。運転手にしてみれば運賃収入が1割増しになるかどうか、で客を引っ掛ける。まぁ5割の確率で客は(とく にヒトのいい日本人など特に)言いなりかしら。空港間の移動は約45分。晝すぎにドンムアン空港に着いたはいいがเมืองเชียงใหม่(チエンマ イ)へのフライトは15時。とりあえずタイ航空直営の空港で晝を軽く食す。ラウンジもなければ足マッサージもない。14時半の搭乗まで待合で川添裕の『江 戸の見世物』(岩波新書)読む。ザ・ドリフターズの「8時だョ!全員集合」でセットの建物が丸ごと壊れる「屋体崩し」は株式会社金井大道具という会社の製 作だったそうだが、実はこの金井大道具が江戸の見世物の仕掛道具師・長谷川勘兵衛の流れだそうな。1時間要せずチエンマイに到着。メータータクシーで市街 へ。チエンマイの鴨川(まさに地理的にはそうなのだ)ピン川に面したGalare Guest Houseに投宿す。部屋数廿ほどの欧州人多き宿。質素で快適。早晩に散歩しながら繁華街へ。なんかチエンマイでの「お決まり」でThe Wokで晩飯。とてもあっさりとしたトムヤンクンも美味だが、 この食肆の牛肉のスパイシーサラダがアタシの好物。これでタイの地場麦酒をぐいぐい、と。それにしても、とZ嬢と語るは、チエンマイがなぜこれほど欧州人 を惹きつけるのか、と。独逸から十数時間かけて来るなら、アタシなら海のあるプーケットだのクラビを選ぶが。この海もない山も中途半端のタイ北部の田舎都 市。落ち着くといえば落ち着くかも知れぬが観光ズレした市街、自動車の排気ガス……とてもパラダイスとは言い難し。不思議。と言いつつアタシらも来ている のだが。十三夜の月愛でつつ宿に戻ると降雨。落雷。甘いメコンウヰスキー舐める。新聞を七紙も読み(ドンムアン空港でタイの英字紙も読んだので……そう、 今日はタイ王国の皇太子殿下の誕生日だそうな)文庫本と新書各1冊が読めるのだから旅は楽し。読了の本は宿の書架に残す。
▼乱歩。推理小説家だがアタシはこの人の随筆のほうがずっと好き。カタルシスという言葉に「瀉泄」という漢語を当てるこのセンス。カタルシスについて「肉 体の健康を保つ為には無用の体液の瀉泄を行わなければならぬ」と。素敵。
▼地下鉄だの飛行機だのでピコピコピコピコとゲームする輩。ガキならまだしも、いい年した連中がピコピコピコ。自慰に耽る猿の如し。耳障りな電子音。だが あの百害あって一利なしの馬鹿なゲーム機開発はソニーだの任天堂で我が国の所為。それに遊び耽る輩は或る面では呆けた被害者。南無阿弥。
▼明日は参院選挙。朝日は安倍三世が憲法改正だの「美しい日本」では票が取れぬと覚悟したか、もはやただただ候補者名連呼、と報ず(笑)。自民党が下野せ ば景気後退、喜ぶのは北朝鮮、と形振り構わず。“Candidates keep distance from Abe”と一面でIHT紙が語るに、高知選挙区では田村公平君が「美しい日本、よか我々に大切は明日どうやって食ってゆくか」であると指摘し安倍三世に対 して“I feel he's making fools of us”と(勿論、日本語で、であるが)と安倍批判で票獲得に走るほど、と(特派員Norimitsu Onishi君による)。FT紙の参院選挙報道を読んでいて思ったのだが、参院というと日本では「参院無用論」すら語られるが、参議院とはUpper House(上院)であり参院議員はSenateなのだ、と改めて思い知らされる。ところで自民党が大敗きした場合、連立与党の公明党はどうするのかし ら。一緒に下野か。だが公明党にとって大切なことは「与党であること」。細川内閣の頃に味を占めたのだろうが、公明党にとって与党であることの大事。なぜ か。アタシにはわかるのだが「外交」なのだ。国政など与党でも野党でも「公明党にとっては」どちらでも良い。が「外交」は与党でないと。あまり深いことは 言及せぬが、そういうことなのだ。

七月廿七日(金)週末の衆院選挙前に手持ちの円を売る。六月中旬に123円で買い124円が最安値。本日119円となり「まだ下がる」という見込みもあろ うが今回は「衆院選挙まで」と決めていたので期待は115円であったからちょうど半分の利鞘で終わったが賭博でも何でも目標なり期限を決め到達したら欲を 出さずにさっと撤収すべき。それにしても先月の26日だったか124円の時に「今が最安値でしょうからもう少し円を買い足しません?」と言ってきた銀行は (結果論だが)よく見ていた、と感心。衆院選挙で自民大敗なら円安、という見方もあり、さらに安倍内閣総辞職なんてことで更に円脆弱に、と言う観測もあ り。だが実際に日本の政局=「たかがそれしきのもの」が円の動きにどれだけ影響与えるか。で円高はまだ多少続く、の鴨。本日、晝に三、四ヶ月ぶりに跑馬地 の寿司澄に食す。寿司屋でランチに出るお通し、小鉢サラダ、茶碗蒸し、味噌汁、食後のアイスクリームや珈琲など一切お断り。こういった+αのサーヴィスは 外地ならではか、と思っていたが築地の寿司屋でも味噌汁があり驚き「寿司屋では寿司以外食べない運動」を一人で展開中。賛同者乞う。早晩に按摩。晩に金鐘 で宴会あり泰式料理屋で末席を汚す。銅鑼湾に寄りバーSに一飲。帰宅して齋藤秀雄傳記『嬉遊曲、鳴りやまず』読む。読了。文庫本など十二の頃は横溝正史の 推理小説など上下巻七、八百頁を休みの一日で読んでしまったり高校生くらいまでは文庫本の三百頁くらいなら喫茶店で読み終わるまで長居できた集中力も老い ると一冊の本の読了に数日要すのだから。だから若いうちにうんと本は読んでおくべき、と思う。

七月廿六日(木)九龍皇帝曾灶財翁今月十五日に病逝。享年八十六歳。過去半世紀九龍新界の街頭にて郵便ポスト、燈柱、電話会社の変電板、高架道の橋桁等 々、公共物に「九龍皇帝」たる自らの歴史、
家族故事など認ため続け警察に軽犯罪法違反で取締られるこ と少なからず家族も自称「九龍皇帝」の彼とは疎遠に。皇帝御自ら綴られし故事に着目のWilliam鄧達智君が1997年にそ れをプリントしてファッションショーで披露したあたりから皇帝の存在が<芸術>として認識され劉健威兄もさかんに評価し支援。アタシは「なんかちょっと違 うんじゃない?」という感もあり。広東省肇慶に生まれ農夫、来港後は紗廠などに働きゴミ収積処で働いた際に巨大なゴミ処理器倒れ両足下敷きとなり、以来、 足が不自由。で松葉杖で都市中を彷徨いつつ公共物への故事書きまくり。高齢での疾病の上に近年、痴呆もひどく老人院に住まい十五日の病逝。皇帝は身内のみ で葬られマスコミに報じられず。が養老院の職員が某ブログに書き込んだことで下々の者知るところとなり。本日の蘋果日報は「皇帝駕崩」と報ず。「曾灶財と ゴッホ」という評論すらあり(言い過ぎ)。で本日早晩に久々にFCCに食す。メニューに「カツ丼」と「日式弁当」あり。カツ丼は日本食で定番メニューだが 意外と手間もかかりレシピは「わからない人にはわからい」から鳥渡「怖い物見たさ」もあり。で暫し待てば出てきたお重。一瞬、感心するが蓋を開けると、一 見して「こりゃイケない」。豚カツには程遠い、小麦粉も溶き卵の下拵えもなく、ただパン粉だけまぶして揚げた豚肉。しかもサラダオイルがぎとぎと。でその 豚肉の下にタマネギが敷いてあるのだが、これをちょっと食してみると、タマネギを炒めて砂糖を塗しただけ。当然、出汁のしみた玉子とじになっておらず。た だ「こんなもの豚カツぢゃないっ!」ようなことは日式ではよくある話。せめて「ヘンだけど食べられる」ならいいのだが、この揚げた豚肉と甘いタマネギでな んの味もついていないのだから、ただ「不味い」。一口で残さざるを得ず。ウェイターが「これ、ダメ?」と心配顏なので「カツ丼じゃない、とかじゃないく て、味がついていない」と告げる。鳥肉のパイを食す。赤葡萄酒二杯。尖沙咀でKCRに乗り換え旺角。KCRの旺角站で乗り降りは十数年ぶり。Z嬢と待ち合 せ本日初日の映画「フラガール」見るのに嘉禾の 映画館。こ の映画館が新世紀広場というSCにあり、ショッピングセンター嫌いのアタシは此処も始めてで、よくもこれだけ同じようなSCが香港中あちこちにあるもの だ、と感心。で「フラガール」の映画。アタクシにとっては幼き頃のレジャー原体験としての常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)。当時まだ常磐自動車道など当然まだ青写 真のみ。マイカーで国道6号線を北上し目指すは楽し「東洋のハワイ」。幼き子供には「迷ったらもう親と遭遇できない」と観念するほどの館内の大盛況。宮崎 駿の「千と千尋」に登場の湯治場「油屋」の如し。で館内はアロハシャツと浴衣で「ここはハワイじゃなくて全くもって日本」の奇景。日に何度と繰り返し上演 される大目玉のフラダンスショーの舞台に上がった子供には芸をした猿の如くご褒美にバナナ配られ、バナナ輸入自由化以前はバナナほしさに舞台に上がる子も 多し(アタシは恥ずかしくて)。アロハ姿の酔ったオッサンが舞台でクネクネと踊り客の笑いを引き……嗚呼、想像したくない世界。あの館内、今になってあの 場を想像するに、幼き子の眼には写らぬ、もし今あの場にいたら何かと綺譚ありやなしや。ふとアタシが幼き頃の遊園地(今ならテーマパークか)を思い出す。 家から歩いていけたのが柳町光男監督の『さらば愛しき大地』で根津甚八と秋吉久美子の夫婦が子連れで遊ぶ偕楽園レイクランド。日立のかみね公園遊園地。で 常磐ハワイアンセンター。筑波のゆう・もあ村。船橋ヘルスセンター(現在、ららぽーと)など戦後そのもの。で「フラガール」の映画には思い入れもあり、 すっかり愉しむ。映画の中に出てくる常磐炭鉱があまりに殺伐たる荒野の中にあり。浜通りの磐城にしては「あ〜んなしゃべりっ方、してっけぇ〜?」と当地の 方が聞けば不愉快になるかも知れぬ会話。だが蒼井優始め女優のキャスティングの良さ。そして笑いあり涙あり人情あり、でいながら、この映画の最も秀逸なる ところは、閉鎖も近い不況のどん底の炭坑に生まれ育った娘らが、どうフラダンスのダンサーになるか、常磐ハワイアンセンター建設をこの炭坑がどう受け止め たか、の2つに話を徹底したこと。年頃の若い娘らを主人公とするのだから、男友だちとの色恋、もあろうし、それを加味せば脚本も容易だろうに。だが娘らは 宝塚の如くダンサーの如く舞台に夢中でBFのBの字も眼中になし。この設定が秀逸。それにしても上映初日から閑古鳥。隣の小屋ではハリー=ポッターだのト ランスフォーマー?だの満席の映画が並ぶ中、この「フラダンサー」は百数十人収容の小屋で客は十数名のみ。この週末で終演か……と実はそれが心配で今晩の 鑑賞。

七月廿五日(水)夕方、湾仔。皇后大道東でのビルの中に収まった公共市場建設で交加街の路上街市は撤収される由。バウハウス建築といえる湾仔街市の建物は 取り壊される可能性大。ですでにGreeting Cardや利是袋の印刷屋並ぶ利東街は政府に撤収され「再開発」待つばかり。この一帯のこの急変に湾仔市集關注組な る市民団体組織され交加街の路上と近所の画廊にて活動展開中。「集団記憶」の保存でなく生活の場としての路上街市を残せ、と。御意。路上で青果、雑貨など 扱う小賣店など、公共ビルの中のブースなどに店を構えても路上の「ちょい客」あってこその商売、家賃払ってまで営める筈もなし。湾仔の路上街市写した絵葉 書購い募金に協す。永樂麺家に姜葱撈麺を食す。尖沙咀。香港 美術館。先週の「清明上河圖」に続き数日前より明代の画家・仇英の款のある「臨清明上河圖」を展示中。さすがに「清明上河圖」に比べ参観者減り当日券もあ り15分待ちで参観可。色彩も見事で精緻であるが、それ以上の感慨もなし。むしろ「臨」行列で参観の後、閑散とした次会場で東晉の王珣による行書「伯遠 帖」巻、唐代の閻立本「歩輦図巻」、北宋の李公麟「維魔演教圖巻」などゆっくりと眺め南宋の李嵩「骷髏幻戯圖」や陳容「墨龍圖巻」など眺めるは余、独り。 暇な監視員の雑談には甚だ閉口。王珣の「伯遠帖」といえば王羲之「快雪時晴帖」、王獻之「中秋帖」と並び清の乾隆帝が書斎「三希堂」で眺めたという傑作 の、その図巻。故宮美術館よりゆっくり鑑賞できるのは至福。建物としては全く面白みない芸術館。ペニンスラホテルにしてみればこの芸術館の存在がヴィクト リア港の景色遮断の悪夢。で港島側の眺め愉しめる点だけはこの芸術館の特典。殊 に楼上の窓はフィルターがかり独特の色合いで夕方、西陽浴びた港島側のビルはこのフィルター越しに独特の輝き。続いてこれも先週に引き続き隣の太空館にて 周凡天氏による「解剖世界名曲進入音楽世界」の講座拝聴。今週(四回目)はシューベルトのピアノ五重奏曲「鱒」をテクストにしての「変奏曲」について。実 際の演奏はEmanuel Axと馬友友によるquintetと Caspar da Salo Quintetの聴き比べ。講義内容は平易。帰宅して齋藤秀雄伝記の続き読む。
▼信報の曹仁超「投資者日記」より。ドバイについて。ドバイに建築中の超高層ビル Burj Dubai の高さが2,275フィートに至る。グラフにて原油価格の高騰示すかのようにビルも高くなる。80年代にUAE政府は石油資源枯渇前にドバイを中東のビジ ネスセンター、レジャーの中心にすべく計画立ち上げ2千億ドル投資。1989年のゴルフ場完成皮切りに海底ホテルだの大型ショッピングセンターだの建造続 け、石油価格がHK$10からHK$80に高騰するのに合わせ都市開発も好調。2005年にはドバイの株式低迷始めたが建築ラッシュ続き。ドバイのビジネ ス投資分析の専門家によればUREのGDPは毎年11%の上昇続け2015年には1080億ドルに達する、という。石油依存どころか、すでにUAEの GDPの74%は不動産、観光、小売業によるもの。石油は2000年にすでにGDPの10%にしか過ぎず2006年には僅か4〜5%という。ドバイの人口 はわずか150万人ながらドバイの東西に広がるアラブ社会、人口15億人!の中心都市としての存在。2015年に向け更に都市発展が成功するか、バブル崩 壊となるのか、と。
▼同じ信報に左丁山氏がマードックによるダウ=ジョーンズ買収ついて書いている。廿日のFT紙にDJ社株7%も有する家族のO氏が実名でマードック氏によ るDJ買収がため高値での株買収について憂慮語っていた由。マードック氏がまだメディア戦略というタテマエあるだけ、米国の投資会社によるブルドックソー ス買収劇よか、まだマシかもしらぬが、資金さえあれば、のこの風潮。でFT紙も一ヶ月前だか論評で「立場こそ違えど世界で重要な信頼のおける経済紙」とし てFTと対峙するDJ傘下のWSJ紙がもし編集方針が変れば世界のビジネス界にとって損失、と(FT紙は具体的にマードック資本による買収で紙面変質とは 言及せず)。で左丁山氏曰く、WSJ紙といえば自由主義経済で保守派を代表し選挙では共和党支持。マードック氏によるDJ社買収に政治的背景があるかどう かは別としてもマードック氏といえば最近「左傾」傾向にありヒラリー夫人とも昵懇。来年の大統領選挙時にWSJ紙がヒラリー候補応援となれば、NYT紙が 伝統的に永遠に民主党支持なのだから、(影響力のある新聞の政治的傾向がリベラルとなれば)誰がホワイトハウス入り果たすかも明らかでしょう、と左氏。
▼信報からの引用ばかり続くが(どうせあまり読んでいる人も少なかろうし日本語での紹介などアタシのほかないだろうから)、香港特区成立10周年でマスコ ミでコメント目立ったのが董建華と並んで財政司から失脚の梁錦松君。失脚は具体的には税制改正での自動車税増の直前に自家用車購入が世論の批判受けて、で あったが、本人今になって「暴露」したのは、実は02年に香港が不況の極みであった時に董建華に対して梁君、香港ドルのPEG制度放棄を提案。これが北京 中央の反対に遭い梁錦松君解任、と。信報のこの論文の書き手(名前失念)は、一国両制というが、中央と香港の利益が衝突した場合に香港の利益が犠牲となる ことは明らかで、董建華が北京の傀儡として香港を売ったようなもの、と手厳しい。が、確かに梁錦松のこの暴露を知ってふと思うのは、PEG制の導入が 1983年で、ちょうど中英交渉の最中(翌84年に合意)。PEG制導入は明らかに中国に返還される香港の経済的安定保障するための創造物。だがよく考え てみれば実は香港ドルの保障でなく人民元安定が背景にあるわけで、たかだか「地方自治体の出納長」が国家経済の通過基盤にかかわるPEG制の継続の云々に 口出し、は即刻、更迭、も当然か。だが梁錦松君、失脚でもちゃんと中国のオリンピック飛び込みの国寶、伏明霞嬢を妻に娶ったのだから金メダル。

七月廿四日(火)今月四日の中国愛樂樂団(中国フィルハーモニックオーケストラ)の香港での演奏会。郎朗がピアノ共演で爆満のところ急きょ郎朗の出演中止 で殷承宗(http://zh.wikipedia.org/wiki/殷承宗)が代演。この演奏の模様が先週土曜日にテレビ放映され録画したものを昨晩 遅くに見る。ピアノ協奏曲「黄河」、殷承宗のピアノ演奏、もう「革命的」としか表現できず。音は大きく外すし奏法も素人目にも「えっ」と驚く鷹揚さ。だが 文革も生き抜いた革命家としてのピアノ奏者であるから「これでいいのだ」なのだ。曲も革命賛歌の「黄河」を上品に弾いても仕方なかろうし。それにしてもこ の協奏曲「黄河」あらためて聴くと、かなりラフマニノフ的なフレーズや展開多し。この殷承宗がリストの超技法とか弾いたらどんなことになろうか、と想像す ると背筋ゾクゾク。で本日、早晩に中環のColorsixにて写真現像受け取り。いつもならFCCで一飲だが猛暑にFCCまで歩くも厭い早々に帰宅。ドラ イマティーニ一飲。The Economistだの新聞の切り抜き読む。Z嬢に借りた中村美繪『嬉遊曲、鳴りやまず』を少し読む。斎藤秀雄傳。
▼齋藤秀雄が留学した1920年代の伯林は伯林フィルにフルトヴェングラーが登場し州立オペラはブルーノ=ワルター、で国立歌劇場にエーリッヒ=クライ バーという全盛期。齋藤はチェロをライプツィヒ王立音楽学校教授でゲヴァントハウス管弦楽団の首席チェリスト、ユリウス=クレンゲルに学ぶ。このクレンゲ ルについて齋藤秀雄は後世、たった一度だけ師匠の思い出を認めた、という。バッハの無伴奏チェロ組曲を習う時に、齋藤は当然、クレンゲル先生が指使い書い て出版した楽譜を使ったのだが先生は「この指使いはパブロ=カザルスの方がずっと好い」といって自分の指使いを消してカザルスのを書き込んだ、そうな。齋 藤はこの「先生のこの己を空しうする態度」に感じ入った、と音楽雑誌「フィルハーモニー」1929年3月号に書いた由。ところで余は個人的にこのバッハの 曲を「無伴奏チェロ組曲」というのが厭なのだが斎藤秀雄はこれを「バッハの六番の組曲」と呼んでいたのを知る。この呼び方は後世残っておらぬようなのだが 「バッハの六番の組曲」は余は個人的に好む。
▼星巴珈琲についてWilliam鄧達智君が信報の随筆に書いている。星巴珈琲を仏蘭西、伊太利では「あんなもの」と嗤われるがWilliam君は十数年 前にカリフォルニアで始めて星巴珈琲店に入った時の快適さの衝撃、そして北京首都空港で飛行機待つ間に空港内に星巴珈琲があることが首都空港のかつての劣 悪な環境考えればいかに幸せなことか、と論ず。御意。「珈琲があれだけの値段するのだから快適な環境など当然」と言えばそれまで、だが、首都空港の搭乗待 合場所が薄汚いばかりか不潔で、さらに殊更不味い珈琲や菓子が何十元とスタバどころぢゃない高値で売られていたこと考えれば、今のスタバのほうがずっとマ シなのは確か。
▼The Economist誌に“Longing for Lionheart”という記事あり“Political nostalgia for the Koizumi era, but is it really over?”と今週末の参院選挙で自民大敗、安倍失脚の場合に小泉三世復位ありやなしや、と。安倍の右寄り姿勢に世論反発あった場合に(ポスト安倍狙う麻 生君は「右」であることで今回は外れ)「自民党か中国共産党か」のお家芸で中道への軌道修正図り福田康夫君首班指名ということもあり得るが(あくまで中和 作用のリリーフとして)、隠居のように静かにすればするほど小泉三世の存在感が注目され、この記事の最後は猪口邦子の小泉の「自民党内の影響力は日増しに 強まっている」というコメントで結ばれてる。この「小泉さんなら」も安易なら「岸のあとの池田」「金権政治のあとのクリーン三木」と同じ「所詮リリーフ」 での福田首班もあんまり。この自民党体質の改善のためには民主党政権もあり、か。だが個人的には、もしかすると自民党以上に烏合の衆たる民主党の体質=極 右から旧社会党左派まで、に疑問かなりあり。結局、自民党の旧宏池会的なところにお願いしておくのが&