乾 坤容我静 名利任人忙
(旧)教育基本法(1947〜2006) 改正に反対した文化人129 名の声明 憲法改正反対(九 条の会こちら

また眞理を知らん、而して眞理は汝らに自由を得さすべし。ヨ ハネによる福音書8章32節)

メ ディアはコミュニケーションの道具という素朴なイメージがあるが、もっともこの言葉は「中間」という意味であり、二つのものの間を取り次ぐという意味で はコミュニケーションの道具となるが、同時に最初は一つであったものを二つに分けるという効果ももたらす。メディアは、それがもたらす情報を共有し仲間意 識を持つグループと、そうしたものに無関心、あるいは反発するグループとの分裂をもたらす。メディアが発達すればするほどこの分化は進む。だから、メディ アの発達がコミュニケーションを豊かにするというのは幻想にすぎない。(佐藤卓己)

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■ 「はてな」の富柏村日剰・香港日記(テキストのみ)はこ ちらを ご覧 ください。

■最近のブログ化のご時世に敢へてブログ化せぬ日記を。の 心づもりでをります。敢へて全て讀むこと強ゐる日剩あつてもいゝのでは?と。
讀みにくいこと間違ひなきサイト乍ら今後とも御贔屓の程宜しくお願ひ申し上げます。
■香港の高級紙「蘋果日報」からの紙面、寫眞の無斷借用多し。同紙社主・黎智英氏自ら同紙の無斷借用轉用大歡迎と公言ゆゑ、それに甘えてをります。
2000 年11月24日からおそらくあなたは番目の閲覧者です。

三月卅一日(月)小雨続く。早晩に中環。カラーシックス現像店にプリント注文。先日或るパーティで知人ご夫妻のスナップ写真撮つたら(手前味噌だが)その 方より近年稀ないい表情の写真と言はれ英国のご母堂に写真送りたい、と。でデータでくれといはれたが折角なので「手焼き」誂へる。ふらりと擺花街の興利カ メラ商店。バルナックライカIIIのC型(1946〜51年製造)の 出物あるを先日見つけて今日もまだ店頭に。恐る恐る見せて貰ふ。かなり良品のエルマー50mmのレンズ付きでHK$7.5千、一瞬食指動くが流石に自己破 産怖れ衝動買ひ躊躇す。FCCのバーでハイボール二杯。黄枝記で 牛腩雲呑麺食す。旺角。朗豪坊の映画館にて話題のドキュメンタリ映画『靖国』看る。自民党国会議員がこの映画製作に文化庁より公的助 成金拠出に不満で議員向けに異例の試写会開催(今月12日)。上映予定の映画館で上映中止決定相次ぐ(朝 日)。そんな反感買ふほど左傾な作品なのか、と思つてゐたがアタシの目には8月15日の靖国神社の境内で遺族や市民、右翼団体等が英霊の御霊に参 拝する態や靖国合祀に異議唱へる仏教者や台湾タイヤル族の抗議運動などを冷静にドキュメンタリーとして映像化した作品。勿論、厳正中立か、といへば視線の 奥には「靖国」への憂ひ、「靖国なるもの」に警戒感があるのは事実。だが英霊を崇める人々の感情を否定するやうな反靖国的な思想映画とまではいえず。文化 庁の助成が問題視されるがアタシは寧ろ、中国人の監督のこのドキュメンタリーに資金援助したのなら、これは海外から見れば日本政府の了見深さ、矜恃と思へ るもの。それを自民党議員の反対、右翼の抗議怖れ上映自粛……となると「嗚呼、やつぱり日本は靖国的なるものの自縛にあるか」と印象悪くなるばかり。今日 の上映では銀幕に靖国神社での終戦60周年式典に参加して演説する石原都知事が映ると満席の観衆の間でさすがにざはざはと隣席の連れとひそひそ何か語る者 少なからず。この人への反感の強さ。旺角から湾仔に向ひ芸術中心で映画『金 碧輝煌』Fujian Blue 看る。福建省の不法移民のゴールデントライアングルといはれる沿岸都市が舞台。不法出国を商売にする「蛇頭」、旦那が海外に出稼ぎし生活費の仕送り受けな がら若い彼氏と遊蕩する妻たち、その妻らの淫行を写真やビデオに撮り恐喝し金品強請る若者ら。なんと浮気する自分の母までが強請りの標的、息子に強請られ てゐると知らず示談に応じる母。その若者たちの自堕落な日々がこの映画の前半。で後半は台湾に最も近い平潭島が舞台。その若者の一人が英国に不法移民する ことになり悪友ら連れ郷里の平潭島で過ごす日々。翁首鳴なる監督、なかなか見事な作風。

三月卅日(日)早朝に大埔の吐露湾で10kmのロードレースあり申し込んではゐたが参加せず。昼にジムで一時間の有酸素運動。夕方、日参の銅鑼湾。世界貿 易中心で李惠珍による少女漫画『13点』の小さな展示あり参観。李惠珍の『13点』 は香港で1966年に発表され始めた少女漫画黎明期の古典的傑作。日本でも萩尾望都、竹宮惠子、大島弓子、山岸凉子ら所謂「24年組」が出てくるのは70 年代を待つわけで、まだちばてつやが少女漫画書いてゐた時代でせう。その時に香港で、この『13点』が描かれてゐたことはかなり斬新(なにせ、その後、少 女漫画は奮はず日本の作品の翻訳物が今もつて主流なのだから)。日用品買物して翠華餐庁で早めの夕食。中環の市大会堂。映画『人のセックスを笑うな』看る。地味な映画のはずなのに爆満で何事かと思へば Z嬢の話では松山ケンイチなる主演の青年が映画『デスノート』香港で大好評。その余波の由。ところどころ笑へるシーンは誰も傷つけないセンスの良さ。物語 はアタシにはよくわからない地方の美大の学生主人公にした感性?の世界。山崎ナオコーラの原作は、こりや平成の「限りなく透明に近いブルー」かも。おやつ と思はせる配役だが正月の場面で新春演藝中継で上野鈴本から、でニューマリオネットの 伊原寛・千寿子師匠夫妻が出てゐたのには驚き……まだ現役とは。アタシが中学生の頃に上野鈴本といへば色物は常連でこのお二人。懐かしい。Z嬢は帰宅しア タシ一人で映画『それでもボクはやってない』看る。 周防監督の映画に出た役者の演技はアタシ好み。刑事裁判の冤罪は怖いが、何よりも被告人(容疑者)を除き裁判官も警察も検察も無実の人を有罪に陥れたとこ ろで(人道的な良心の問題は除き)何ら責任も問はれないのだから不条理な世界。日本語で看てゐても司法関係の専門用語など多くアタシのやうな門外漢は難し いのに、法廷での攻防など英語の難しい字幕を読みながら二時間半近く……食ひ入るやうに見続ける爆満の香港の観衆も大したもの。
▼蘋果日報の随筆で左丁山氏、復活祭連休で日本旅行。九州の温泉で同行の知日家Kと風呂に浸かり「いい湯だ」と話じめると、湯船にゐた日本人客数名がすつ と出て行き外の露天風呂へ。今度、露天風呂に行くと日本人は蒸し風呂へ。まだまだ日本人は外国人との接触を忌むか、と左氏驚くが同行のK氏曰く、風呂が広 々と爽快でいいぢやないか、と。御意。

三月廿九日(土)散髪。御仏に仕へる如く十年来剃髪してゐたが昨年末にふと髪を伸ばし始め遂に収拾つかず、この数ヶ月の間に北角の上海理髪もマンダリンオ リエンタルホテルの理髪室も試してはみたがイマイチでM氏の紹介で銅鑼湾でI氏営む理髪店へ。どんなふうに調髪したいか、には具体的な写真とか芸人の名前 でも出せばいいのだらうがアタシの場合「髪のクセが強くて、このまま伸ばすと前髪 が野口英世みたいになつちまふんで20年代の上海で流行つたみたいな、例 へば古川ロッパとか折口信夫とか、ああいふ今から見れば時代がかつた古風な短髪で、歌右衛門くらひ刈上げてもらつてもいいんです」なんて説明になつちまふ が、イメージを納得され一安心。一時間半も徹底的に刈つてもらふ。これでまた帽子被るのも思ふ存分。諸用済ませ早晩にFCCのバー。A夫妻とZ嬢を待つ間 にドライシェリー一杯。A夫妻は92年だかに当時、北京駐在が終はるご夫妻に旅先のバリ島に遊びグランドハイアットホテル同宿で出会ひ、海南島にもその後 5年ほどお住まひで現在は広州在住。2003年以来の再会祝しピペ=エドシックのブリュット。旅先で遭遇した方でかうして長くお付き合ひは後にも先にもこ のA夫妻だけ。樓上のダインで晩餐。葡萄酒は新西蘭はCape Campbell Rieslingの04年。A夫妻と別れZ嬢と午後9時から市大会堂で映画『ジャ ンゴ』看る。三池崇史監督もここまでやるか、のマカロニ=ウェスタンならぬ源平ウェスタン。個性的な役者づらりと並べ全編英語の台詞も皆さん見 事。帰宅してドバイからの競馬中継。昨年はシーマクラシックで香港のVengeance of Rain、免税店盃で武豊のアドマイヤムーン、でワールドカップはデットーリ師のInvasorとアタシは三連勝しちまつたので今年はダメか、と(笑)。 免税店盃はデットーリ騎手のLiteratoから流し、シーマクラシックは香港のViva Patacaにご祝儀、ワールドカップはデットーリ騎手のJalilと愛国心から武豊のヴァーミリアン。免税店盃はLiteratoも昨年の日本ダービー 馬ウオッカもダメで優勝の南アフリカのJay Pegに香港は万馬券のHK$1,528がつき、シーマクラシックは豪州馬Sun Classique(フジキセキ産駒)が強さ見せてヴィヴァパタカは2着。ワールドカップはダートでは最強か米国のCurlinが優勝。せめてシーマクラ シックで連複買つてゐればヴィヴァパタカとサンクラシックの一点買ひだつたのだが、の「たられば」感。
▼大江健三郎氏の『沖縄ノート』での日本軍指揮官による集団自決命令についての訴訟。大阪地裁で原告の請求棄却。軍の関与は当然とアタシは信じるが著者が 『沖縄ノート』で果たして二人の指揮官を名指しで断罪できるのかしら。
教科書検定は最終的には「軍の関与」を認めた。そこへ今回の判決で ある。集団自決に日本軍が深くかかわったという事実はもはや動かしようがない。(朝日社説)
ただ、集団自決の背景に多かれ少なかれ軍の「関与」があったという こと自体を否定する議論は、これまでもない。この裁判でも原告が争っている核心は「命令」の有無である。原告は控訴する構えだ。上級審での審理を見守りた い。(読 売社説)
教科書などで誤り伝えられている“日本軍強制”説を追認しかねない 残念な判決である。この訴訟で争われた最大の論点は、沖縄県の渡嘉敷・座間味両島に駐屯した日本軍の隊長が住民に集団自決を命じたか否かだった。だが、判 決はその点をあいまいにしたまま、「集団自決に日本軍が深くかかわったと認められる」「隊長が関与したことは十分に推認できる」などとした。そのうえで、 「自決命令がただちに事実とは断定できない」としながら、「その(自決命令の)事実については合理的資料や根拠がある」と結論づけた。日本軍の関与の有無 は、訴訟の大きな争点ではない。軍命令の有無という肝心な論点をぼかした分かりにくい判決といえる。(産 経社説)
やつぱり産経が期待通り一番面白い。

三月廿八日(金)雨。湿度100%に至る。本日と明日、中環の(今では粗呆区の西端に位置する)前荷李活道既婚警察宿舎(Former Police Married Quarters at Hollywood Rd)の施設開放日(こちら)。19 世紀此処に中央書院あり。孫中山など輩出する、後 に皇仁書院として現在に 至る。1950年代に学校跡地にこの警察宿舎建立され80年代に閉鎖(資 料)。文革曽・行政長官は父親が警察官で幼い頃ここに育つた由。宿舎跡地は奇跡的に「再開発」免れ現在に至るが集合住宅として再利用も出来ず解体 待ち。午後6時までの開放に滑り込みで15分ほど見学。先に参観中のZ嬢と合流。どうもこの界隈から太平山にかけては「気の強さ」感じる。久々に蓮香樓にて夕食。卵焼き、牛腩と大根の煮物など。美味。Z嬢と別れバス で旺角。星巴珈琲で一時間半ほど読書。朗豪坊の映画館にて『無 野之城』なる香港映画看る。香港ではあまり=ほとんど関心もたれぬ野球だが、その香港代表チームを舞台にした話。劉國昌なる若い監督がその野球選 手から聞き書きした実話のエピソード脚色した筋。100分の長さで選手らの人間模様盛り込み過ぎて散漫。だが演技はズブの素人のはずがほんと表情豊かに赤 裸々の演技は大したもの。三更半夜バーSに寄り一飲。深夜空腹覚え利苑に て雲呑麺食し帰宅。
▼日本カメラと朝日カメラが4月号で同じく桑原甲子雄追悼。アサヒカメラに荒木経惟撮影の個人の横顔あり。こんな素敵な桑原甲子雄は見たことがないほど素 敵な写真。日本カメラの追悼(谷口雅による)は語る……1970年代に写真雑誌の名編集者であつた桑原氏の戦前の東京のスナップ写真が「発掘され」 1975年に銀座のニコンサロンで写真展開催されたが、その時のプリントは荒木経惟さんによるものだつたはず、と。
手荒なプリントなのだが、桑原甲子雄さんの写真を雰囲気を決めたも のだった。真夏に40度以上に液温が上がる簡易暗室での職人技(曲芸?)のプリントは、誰にも真似はできない。しかも、桑原甲子雄さんのプリントの中で もっともすばらしい出来であることは間違いがない。この一連のプリントは、荒木さんの気持ちが、桑原甲子雄さんのネガに同調した、奇跡といっても良い出来 事だったと思っている。
これについて荒木経惟氏本人はアサヒカメラの方で言及。
(桑原さんが)なんかのときに、「撮ったの、まだあるんだよ」と、 ポンとネガを出したんだね。(桑原甲子雄の実家は)質屋だから保存がいいんだよ。ぱっと見たら、あたしも勘がいいから、これはいけると。「編集長(してい るより自分で撮った写真のほうが)よりずっといいよ」と、その頃はもうタメ口きけたからさ。コントクトとって、あたしが全部チョイスしたんですよ。(略) あたしが選び、神楽坂のあたしの一間の暗室で焼いたんですよ。あの人、ときおり来て「酢酸臭いね」とか言って、さっと帰っちゃう。(笑)あたしのプリント はうまかったねぇ。実はさ、そのままのように見せかけて、ホンのちょっと、いけないことかもしれないけど、プリントに温かみをね、チョンチョンと。
▼The Economist誌(3月19日号)のチベット問題報じる記事“Trashing the Bejing Road”ぢつくりと読む。記事の冒頭“Our Beijing correspondent happened to be in Lhasa as the riots broke out”と書いてゐるが、これが思はせぶりな通り、偶然とは思へず。關愚謙氏が信報で指摘してゐたが明らかに特定の外国メディアには何らかの事前情報が何 処かの筋からか提供されてゐたか。
▼チベットで中国政府手配=管制の外国記者団取材中、ラサのジョカン寺(大昭寺)で感極まつた若い僧らが「チベットは自由ぢやない」「当局者による詭弁」 などと涙ながらに直訴。僧の指摘によれば当局が取材対象とした参拝者は「本当の信者でなく中国共産党員」で、暴動後に寺を封鎖してゐた軍隊も取材に合はせ 前日夜に撤退の由。この抗議発言で「逮捕されるだらうが、構はない」などと語る僧から当局者があわてて取材団を引き離す。「暴動」後初めて海外メディアに ラサ公開で官製の目的は「暴動はダライ・ラマ14世を黒幕とした陰謀で、現在は平穏」を見せるつもりが、とんだ逆効果。中国政府は僧侶らによる海外メディ アへの直訴はチベット独立など「別の狙ひがあり、根拠もなく、無責任で(主張は)事実でない」と批判。ところで朝日新聞の所謂易しいニュース解説で「チ ベット問題」取り上げるが「なぜチベットで騒乱が起きたの?」といふ質問に答へは
この問題には歴史がある。もともとチベットは清朝の支配下にあった が、後に英国の影響が大きくなった。新中国の建国後の1951年……
「もともとチベットは清朝の支配下」とは……唖然。これぢや「もともと朝鮮は日本の支配下にあつたが」と言ふのと同じ。
▼今日付の官報で告示される小中学校の改訂学習指導要領。改訂案より更に踏み込み総則に「我が国と郷土を愛し」といふ文言を入れ、君が代を「指導」から 「歌えるよう指導」に。自民党内に「改訂案は教育基本法の改正を反映していない」と不満があり、文科省がそれを受け「改正教育基本法の趣旨をより明確にす るため」異例の修正。道徳とは本来、他人に親切に、とか公共心、人権など普遍的なmoral educationであるべきものが「伝統と文化を尊重し、それらを育んできた我が国と郷土を愛し、個性豊かな文化の創造を図る」と低俗さ甚し。かつては (旧)教育基本法が教育のナショナリズム排す役割果たしたものが自民党念願の法改正で寧ろ指導要領を更に右傾化させるのに用ゐられるとは世も末。

三月廿七日(木)吉田健一『英國に就て』少し読む。昭和49年の筑摩書房の箱入り装丁。頁を開き、ふと「しつかりした活字」に目を奪はれ、奥付見れば、や はり印刷は精興社。同書はちくま文庫の『英 国に就て』で何年か前に読んでゐるが、それが新字新仮名なのに対して、こちらは舊 字舊仮名の原著だから言葉の重さが違ふ。昭和49年刊行でも、まだ当時は舊字舊仮名があつたか。健一さん曰く、英国人の現実的な生活での生きる喜び、は (楽観ではなく)人生への絶望、厭世観によるもので、人間はいつかは死ぬが死ぬ迄は生きなければならず、生を堪へなければならぬ、で不愉快な人生であるか らせめて生きてゐる間は楽しく快適にしませう、と。それが結果的に文化を生む。教養もその程度のものだらう。妙に納得。
▼「香港の民主の父」と賞される民主党元主席の李柱銘(Martin Lee)氏が来る九月の立法議会選挙に不出馬表明。議員引退の由。香港司法の穎才で1983年に李鵬飛に請はれ香港の「年青才俊団」の一員として上京、鄧 小平に面談。85年に香港基本法起草委員会委員命じられ97年返還後の香港法治の期待の星であつたが89年の天安門事件で支援運動に加担、香港自治の民主 化促さうと民主党結成し廿数年に渡り立法会議員。この人の政治的生涯はまさに「良心の呵責に耐へかねた憂い」。70歳になるのを期に民主党の後進に席を譲 る、大義名分もあるが、世論の反北京感で反対党としての民主党に支持集つたのも過去の話、かつての日本社会党のやうに「それぢや、どうする?」の不明。九 月の立法会選挙では注目の港島区は民主党はすでに楊森議員が不出馬宣言してをり、マーチン氏もこれぢや、後任候補立てたところで俄然、公民党やアンソン= チャン(陳方安生)など中道リベラルが強気で民主党は議席0の可能性もあり。

三月廿六日(水)雨のなかZ嬢とマカオへ遊ばうと朝8時半すぎのジェットフォイルで一路、マカオ。マカオも雨。路線バスが生命線のマカオでマカオパス(澳門通)便利だが昨年購入したカード 紛失し購入したいのだが香港のオクトパスは購入も簡単(全MTR站で可)だがマカオパスは発売当初は波止場のバス乗り場でも発売してゐたのが打ち切り。波 止場の観光案内所で市内の澳門通客戸服務中心の場所教へられ雨の朝に他にすることもなく其処を訪れマカオパス購入。此処の他、新福利バスの営業所3ヶ所と 提携のスーパー(来来超級市場)など十ヶ所だけでしかパス購入と増値が出来ぬのだから少々不便。実際に、バスが主要交通機関のマカオなのに、このパスの普 及率は 香港のに比べると段違ひに低い。このテのパス、八方達(香港)、澳門通(澳門)、深圳通に羊城通(広州)と原理は同じなのだから近い将来「華南通」とかに 統一されるかしら。珈琲でも飲まうか、と板樟堂巷(Travessa de S. Domingos)のCafe Ou Mun(澳門珈琲) に赴けば閉業。近隣のBoa Mesaといふ軽食屋で美味な珈琲を喫す。路線バスでカジノ建築ラッシュまだまだ続くタイパ島抜けてコロアネ島へ。それにしてもこんな大型カジノ並び中国 の田舎者のカネ(といつてもどこまで私費か不明だが)巻き上げ阿漕な賭場業よ。コロアネ島のホテル Pousada de Coloane で昼食。いつも客の少ない鄙びた宿。91年だつたか1週間もここに投宿した時には泊まり客と食事客の余りの少なさはまるで廃虚。それが今日は平日だといふ のに宿泊も食事もそれなり(といつても数組づつだが)にゐて驚く。蜆のバター炒め、焼き鰯と蛸の雑炊。ヴィーノ・ベルデ1本。雨は歇み陽光さす。食後のん びりと路環の集落ま で散歩。日本からのツアー客も来るLord Stow's Cafeで珈琲。もう三時。路環から25系統バスで中国(珠海市)境界の關閘(Portas do Cerco)へ向ふ。關閘に近い台山には老朽化した工業ビルや公共住宅など多し。内地との担ぎ屋の結集地でもあり。珠海市から日用品の買物でマカオに入り 買物だけ済ませ戻る人も目立つが、とくに紙オムツや粉ミルク、食用油など。納得。關閘から18系統バスで澳門通訊 博物館へ向ひ参観。澳門の郵便や電話など通信の歴史ばかりか通信技術の仕組みなど大人にも難しいくらゐ 科学的要素たつぷり。自分でオリジナル切手をデザインして印刷するなど、けつこう遊べる。今度はZ嬢のマカオパスにエラーが出て、再び澳門通客戸服務中心 へ。もう午後6時。Z嬢と小一時間別れ骨董品屋などふらふら。クラシックカメラ扱ふのは(アタシの知る限り)新馬路の骨董時計屋に数点カメラを置く程度な のでアタシには散歩も安全。十数年前に大久保の医師N系が殆ど未使用の古ゐハツセルブラッド(箱入り、説明書つき)発掘したのも新馬路の骨董品屋だつたの だが今はもう廃業かしら。Z嬢と待ち合はせ祥記麺家で雲呑麺 と蝦子撈麺。食後、暗くなつた市街をアタシがマカオで最も好きな十月初五日街(Rua de Cinco de Outobro)から白鴿巣に向ひ散歩。日本でも昔は、アタシが幼い頃は横丁の路地にかうして夜になつて賑はひあり。白鴿巣には半世紀そのまま?のやうな 屋内娯楽場ありアイススケート、ボーリングにゲームセンター。タイムスリップしたやうな光景の連続。懐かしい。マカオ旧市街でもかうした路地の散歩は白鴿 巣から先は8系統のバス路線がいい。永樂戯院のモダニズムのファサード。安記麺家の牛腩麺(今晩は食べず)。「なぜ潰れない?」とかへつて不思議な地元の 小さな百貨店やスーパーなどが狭い通りに並ぶ。カジノの建築ラッシュもまるで余所事の、古くからのマカオの旧市街を漫ろ歩く。中上健次の世界なのだ、此処 は。夜10時発のジェットフォイルで香港に戻る。
▼週刊文春(3月27日号)で小林信彦さんの連載「本音を申せば」で東京大空襲の話を読む。3月10日といへばこの大空襲だが、その日が陸軍記念日(日露 戦争の奉天会戦祝賀)なのださうで、戦時下疎開中の子どもらも(信彦少年もその一人)この記念日は東京に戻るのが恒例。もし空襲が翌日であつたら、信彦少 年も生きてゐなかつただらう、と。TBSでこの大空襲のあつた3月10日に『シリーズ激動の昭和 3月10日~東京大空襲』といふドラマ放映された由。空襲の惨禍をライカで撮影した警視庁特命の写真家、石川光陽氏(http: //ja.wikipedia.org/wiki/石川光陽)が主人公(中村トオル)。米軍が日本空襲で非戦闘員殺戮も決め、東京空襲では大震災の火のま わりまで調べ上げたこと。余の父はB29機が飛ぶのを手を振つてみてゐたほどのんびりした田舎で育つたが、母は東都は四谷で生まれ育ち焼け出され疎開組。 子どもの頃から祖母に震災で皇居のお堀に飛び込んだ話や空襲のことなど聞いた話を彷彿。幼い頃は自分の知らない聞いた話も、やけにまるで目に焼き付いたや うに記憶するもの。
▼香港国際映画祭の主催団体が山田洋次監督に『母べえ』での開幕上映でのエンドロール時の粗忽ぶり謝罪の由(SCMP紙)。廿四日の一般上映で『母べえ』 看たN氏の話では完ぺきに最後まで暗天だつたさうな。

三月廿五日(火)早晩に帰宅しドライマティーニ飲む。何年も何年もドライマティーニ飲み続けて今日ふと気づいたのが「いかに容易にオ リーブを瓶から取るか」について。オシャレなバーでは瓶のオリーブ粒をトングで挟み、それを楊枝に刺すなどするが、自宅では面倒。で瓶に楊枝など入れてオ リーブを突かう、とするが、これが瓶を開けた頃はいいが、だんだんオリーブが少なくなるにつれオリーブが瓶内の汁に浮いて泳ぎ逃げるので、なかなか刺せな い。これも修業か、と思ひコツをつかむべく、いつも稽古してゐたが、ふと気づけば瓶の汁を捨てれば(サラダなどに使へるので捨てるのが勿体ないから別の瓶 に出せば)いい。なんでこんな簡単なことに気づかなかつたのか。晩は湯豆腐。そろそろもう湯豆腐も終はりの季節。食後、ゴミ捨てようとすると昨晩の葡萄酒 の瓶、マティーニで空いたタンカレーのジンの瓶、それに湯豆腐に合はせた菊正宗の一升瓶も空。偶然、三本が空いたのが一緒になつただけなのだが、ごみ 捨てに出せば見るからにアル中だらう。十数年前に住んでゐたマンションで、ゴミ掃除の婆さんに「アンタ、酒が好きだらう」と、おそらく拾ひ物のウイスキー と葡萄酒を数本もらつたことあり。非常口横のダストシュートにゴミを出すとタンカレーの瓶にほんの少しジンが残つてゐたので勿体ないから飲む。と、そこに 隣家の家政婦がゴミ出しに。見られてしまひ照れ笑ひ。かなり久々にNHKのNW9看れば、冒頭「新潟で信じられない事故が」と大型重機搭載のトレーラーが 交差点で転送しバスに重機が突つ込み、と。いつたい何人の被害者が?と驚いたのは「更に被害が広がつた」……といふナレーションだつたが、実は「更に被害 が広がつた……かもしれない事故」で被害者は軽傷一人が病院で手当て。キャスターもキャスターで「重機を運ぶ人は運転に注意してもらひたいですねつ!」 と。「ベタなコメントするなよ」とプロデューサーは舌打ち、かしら。ここ数日読んでゐた、きだみのる著『氣違ひ部落周遊紀行』読了。若い頃から一度、ぜひ 読んでみたい、と思ふにアタシの読書遍歴では、少なからず、この著者に縁あり(後述参照)。この本はネット検索で吾妻書房の昭和23年の初版本入手。「気 違ひ部落」といふと、それだけでダブル放送禁止で一瞬、退いてしまひさうだが戦中から戦後の疎開先での集落での生活の社会観察記。敢へて「気違ひ」として しまふところがこの著者らしいが、内容はいたつて素晴らしいフォークロア。珠玉の名言の数々。終戦は当時、社会が変はる大きな出来事だ、といふ読者の期待 に背き?、戦中はあつさりと「終戦になると共に」で過ぎてしまつたり。人間のエゴや協調性、を見抜き戦後の胡散臭さを早々と安吾とはまた違ふ斜めから見透 かす。批評の原点を読んだ感あり。
▼幼い頃から読んだ本の中でいくつか印象的な書物をあげると、例へばファーブルの『昆虫記』。で学生の頃に仙台の古書店で入手した「大陸を駈ける夢」だか いふ戦前の大陸紀行文学の名作選に『モロッコ紀行』なる短編あり。いたく美的。そして、ふと全く関係のない読書の最中、その『モロッコ紀行』の作者に『道 徳を歪む者』なる耽美的な若い頃回憶の手記があることを知り、神田の古書店などもかなり探したが見当たらず。今のやうにネットで容易に検索できる時代でも なし。で、文化人類学など多少齧つた頃にレヴィ=ブルュル『未開社会の思惟』、マルセル=モース『交換に関する試論』などもテキストとして読んでゐる。数 年前に「きだみのる」の『氣違ひ部落周遊紀行』を読みたいとネットの古書店で検索してゐて、実は気にも止めてゐなかつたファーブル『昆虫記』やレヴィ=ブ ルュル、モースの譯者が、そして山田吉彦といふ『モロッコ紀行』や『道徳を歪む者』の著者が、この『気違ひ』の著者・きだみのる、と知つた時の驚き!
▼石原銀行破綻寸前での都の追加出資を都議会が可決する動き。朝日新聞は社説で「与党は知事の言ひなりか」と都議会の与党・自公に「熟慮を」と求めるが、 結局、300万票で東京都知事石原(新銀行東京だの首都大学東京だの、といつたトンマな言ひ回しに従へば石原都知事は東京都知事石原だらう)を支持し自公 に安定多数与へた都民に最終的な自己責任あるはず。竹篦返しが新銀行への公金支援程度で収まつただけファッショよか、まだマシか。

三月廿四日(月)耶蘇復活祭。香港に97年まで3年居住で現在、横浜在住S夫妻の夫人Aさん会社の社員旅行で来港。Z嬢と早朝に金鐘の アイランドシャングリラホテルでAさんに再会。中環の陸羽茶室で 早茶。久々の陸羽茶室。アタシももうすっかり老いたので陸羽の給仕(ギャル叔)にも慇懃丁重に扱われ老ふも格別、と感じ入る。天気の良い休日で午後、Z嬢 とふと「大角咀に行きましょう」とお出かけ。九龍の昔は沿岸、東京で言えば昔の大井か鮫洲の風情。鍛冶屋、工事関係の鉄資材商など並ぶメタルタウン、が地 下鉄東涌線の開通で奥運(オリムピック)站出来て站周辺に近代的なビル立ち並びHSBCの事務センターなど工場街のすぐ傍に出来たおかげで昔ながらの鉄工 街に突然ホワイトカラーが侵略。で工場の職工相手の安い飯屋が突然、B級グルメ、なんて雑誌に紹介されたり。そういうアタシもそんな記事眺め「そういや大 角咀なんて行ったこともない」と気づいた次第。で太子からお散歩。ところで「太子」の英語名(地名)はPrince Edwardなんだが、もしウェセックス伯爵エドワード王子(エリザベス女王の三男)が、旺角に続く、この場末の下町を見たら、どう想うのかしら。で、ま ずは炭火焼肉で馳名の永合隆で叉焼飯。美味至極。Z嬢を街路 の名前にも上品さ感じるSycamore街(詩歌舞街)界隈に案内。50〜60年代の都市開発。Willow St(柳樹街)を背にMaple St(楓樹街)に企つと、この街路を中心とした線対称で少しずつ意匠の異なるモダニズムの六、七階建ての建物がファサードを形成するのが美しい。都市開発 で新界の天水圍の社会問題など注目される昨今、ふと半世紀前のこの九龍のモダニズムの都市計画に回想が馳せる。大角咀道の高架道潜り大角咀に入ると釣具屋 あり。沿岸は1km以上先の貨物ターミナル、悠長に釣りも出来ず。復活祭の日がな鉄工街は競馬中継に浸る人々とあちこちから麻雀の喧騒。予想通り春三月の 陽光が古いビル街に面白い影を映す。ビルの谷間、光と影と隠れん坊するように路地を歩く。東涌線の奥運站。毎年、香港マラソンのときに通るWest Kowloon HighwayでZ嬢がこの奥運站の架線橋の上で応援。その架線橋に初めて立つ。応援も大変だ。東涌線の一つ上って九龍站。昨年ここにElements(圓方)なる「高級」商業施設出来。全く興味 もないが早晩に映画看るので来た次第。時間潰しでぶらぶら。早晩に尖沙咀で別な映画看るZ嬢去る。商業施設としてつまらないが此処からの尖沙咀と港島の眺 めは格別。晴天の夕方で殊にMetro Bookなる書店からの眺望映える。Taschen出版社の写真集“20th Century Photography”購う。この施設内の映画館でタイ映画“The love of Siam”看る。「シャムの愛」って「ビルマの竪琴」じゃないんだから。バンコク舞台に小学校での同級生の少年二人が十代になり お互いに恋心抱き、といった耽美派、所謂「やおい」で、家庭崩壊だの絡ませ多少、当世バンコク事情。興味深いのは「豊かさ」。裕次郎や若大将の映画を看て60年代当時 の日本が豊かだったとは誰も思わぬわけで、この映画の情景も理想化された世界とは思いつつ、豊か。この映画と表裏一体で貧困に身を窶し廓に身を売らざるを 得ぬ少年少女でも一葉かゾラ的に描く作品を、このChookiat Sakveerakulという監督なら撮れる、と思う。ところでこの監督、舞台挨拶で上映前に監督から一言、と求められ「この映画は(153分と)とても 長い映画ですから、上映前に今のうちにおトイレに行ってください」と宣った。白眉。帰宅して昨晩の残りの葡萄酒飲む。
▼MTRの香港站に「不幸の柱」あり。アタシがさう勝手に呼んでゐるだけだが。香港新空港開港に合はせエアポートエクスプレスと東涌線の開業。でこのコン コースの柱の最初の宣伝は当然、エアポートエクスプレス。列車には各座席に液晶画面が設けられ車内ではAirport Express Ambassador(機場快線大使……ダサい名前)がサービス、と宣伝したが一年経つたか経たぬか、で機場快線大使は(無用だから)お払ひ箱となり各座 席の液晶画面も数年前に取り外し。で香港ディズニーランド開園もこの柱周辺でたいさうな宣伝されたが事後ご周知の通り閑古鳥。で昴平360のランタオ島の ケーブルカーも実物大のケーブルカー模型まで展示して宣伝してゐたが「不幸の柱」の祟りか、事故あり半年だか運航停止。で今回は北京五輪のカウントダウン 電光掲示板。「不幸の柱」の祟りのありませんように。北京五輪といへば最近の香港のマイナーなロードレース、とにかく全てが北京五輪開催記念の冠。良心の 呵責で地味なロードレースにすらアタシは出場できず。

三月廿三日(日)HK Distance Runners Club主催の春恒例のMount Butlerの15kmレースあり。参加。前半のUp & Downが厳しく下手なハーフよかハード。アタシは最近また耳の三半規管が不調のか眩暈といふか平衡感覚がをかしく船で揺れてゐる感じ、こ の10年で2度ほどひどい時に入院したが春はとくにダメで、専門医の診察受けようが服薬しようが感知もせず、この症状と上手く付き合つていかうと思つてゐ るが、ここ数日またひどい。今日の走りはとにかくゆつくり、と決め込んだが、ほんと後半のフラットなコースでもスピードが出せず、抜かれる、抜かれる。1 時間50分ほどでゴール。午後は映画。科学館で中国の王晶監督の『街 口』看る。山西省の町でちよつと不良がかつた十代の少年らの生活をドキュメンタリー風に淡々と描く。ただデジタル作品でこれが140分続くと(デ ジタルへの偏見かも知れないが)アタシはどうも辛い。デジタルであることで映画製作の費用もだいぶ軽減されるだらうし、レンズの向かうの登場人物たちも演 技が硬くならない利点はあるのだらうが。続けてマレーシアのLiew Seng-tat(劉城達)監督の“Flower in the Pocket”(口袋裏的花)看る。こちらもデジタル作品。マレーシアの小巷で6、7歳の幼い兄弟が主人公。男寡の父はマネキン製 造業が忙しく子どもをかまへず、二人の少年の健気さ、がこの映画のテーマ。……と書くと「よくある話」だが、同じ筋を他の監督ではかうも優しくは撮れま い、と思はせるのがこの劉城達なる若い監督の力量。父親がふと子どもに目を向ける優しさを見事に描いてみせた。デジタルなのだが画質が優しい。科学館で2 本見終はり、次が『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』なのに気づ く。今年の映画祭は四月の第二部で故・楊徳昌監督とともに若松孝二監督の特集あり。そこで、この『あさま山荘』の上映あり入場券購入したが上映取消し。取 消し理由不明だが映画祭の第一部の上映は予定通り。それが今晩。ならば今晩看ればいい のだが、かなり迷つて看ようと決めた上映が取消しになつた時に、これで「ご縁がなかつた」と看るのを諦めたので、今晩だとは確認してもをらず。かなり悩ん だが、やはり看ないことに。逃げた、か……。夕飯をとつてをらず空腹で安い卓上葡萄酒とチーズ購ひ帰宅。葡萄酒がほんと安くなつた。日本でいふ1000円 ワインでそれなりの品柄が並び、卓上なら20ドル台(500円未満)も夜遅くチーズとクラッカー頬張るには十分。
▼加藤周一さんの夕陽妄語(朝日新聞)で「漢字文化讃」。東アジアでの情報交換での漢文の効用。それだけなら誰でも書けるが周一さんは一海知義編註『漢詩 一日一首』(平凡社ライブラリー)をぢつくりと読んだ時に発見したこと……この本で取り上げられてゐる漢詩で「神」に触れた詩が一篇もなく宗教に係はる語 さへも殆どないこと。
「神」とは、ここで道教の大衆的な神、仏教の神、キリスト教やイス ラム教の超越的人格神などを含む。そのどういう神もここにはいない。そういうことは、おそらく、編者の趣味の問題ではない。また超越的な人格神の不在は、 必ずしも社会史的にみて、東アジア社会の弱点ではないだろう。中国古代のいきあんり世俗的な世界観は、次第にキリスト教を離れようとしている人間社会に、 何らかの根源的な寄与をなし得るのかもしれない。その可能性はバラ色ではない。しかし灰色ではない。東北アジアには神のいない社会秩序の一つの典型があ り、それこそが「希望」であるかもしれない。
なんて示唆的なこの達観。神のゐない社会秩序……極論のやうだが「希望」は確かにこんなところに見出していけるのかしら。
▼俳優の小澤重雄氏逝去。享年八十一歳。「夕鶴」で故・山本安英さんと共演の舞台看たのは何十年も前の中学生の時。

三月廿二日。今日は映画四本。映画祭で朝から三更まで六本看た頃に比べれば今回の映画祭中たつた一日の日に四本は苦にもならず。曇空が昼に尖沙咀の地下鉄 站出ると本降りの雨。Z嬢と台湾の李康生の『幫 幫我愛神』看る。蔡明亮がプロ デュースの李康生の監督第二作。蔡明亮と李康生の映画は至今全作看過。台北で個人投資家の青年(李康生)は破綻し怠惰な生活のなか大麻栽培。青年の住むマ ンション(すでに裁判所が押へてゐるが)から路上に出れば檳榔売りの少女たち。破綻した青年と檳榔売りの少女、自殺防止熱線の職員の女と、その女職員の豪 華マンションに同居するゲイのカップル……。相変はらず絶望的な都会の人間模様。李康生が舞台挨拶で「誰か知り合ひの興行主がゐたら、この映画上映するや うに推してくれ」とコメントして笑つてゐたが李康生の映画を看たい香港の観衆は全てが今日のこの上映を看てしまつた感あり、の文化中心大劇院。大麻の烟の 中のエロス、はLove & Peaceなのだが絶望的なのが21世紀かしら。会場の外は大雨。続けて映画『ガチボーイ』看る。北海道の私大のプロレス研究会舞台に記憶障害 のある学生主人公に勇気・希望・友情をお笑ひのオブラートに包んで、と日本映画。スターフェリーで港島に渡り三本目は早晩から『めがね』看る。『か もめ食堂』の荻上直子監督で小林聡美終演。日本人の求める「癒し」「憩ひ」「黄昏」に香港の観衆も同感か、で満席。荻上さんの流暢な英語での舞台挨拶あ り。Z嬢と別れ独り尖沙咀に戻り『圍 城』看る。香港で十数年前に開発された新界の天水圍は最近ではすつかり社会問題で注目浴びるのは高島平や千里の団地で自殺者相次いだのと一緒か。 今回の映画祭にはこの劉國昌の作品のほか許鞍華も同じ天水圍舞台にした作品あり。十代の少年少女の非行、暴力、麻薬……と盛り沢山。香港映画で感心するの は映画製作にあたり「旺角あたりでふらふらしてゐる」少年少女がカメラの前でかなり迫真の演技見せる事。この映画に出演の7名の少年と一人の少女が監督と 一緒に舞台挨拶に立つたが「そのへんの」ガキを見事に演技させるのは劉國昌の上手。これで芸能事務所に飼はれヘンな勘違ひスター芸人にされませんように。 台湾と香港の映画が未来なき真つ暗な現実で、日本映画が「癒し」系なのが印象的な一日。むしろ日本の方が絶望的なのかしら。やはり今日もどの上映もエンド ロールは最後の最後まで場内の照明が灯らず。開幕上映の猛省か。
▼台湾総統選。国民党馬英九君当選的確にせよ民進党が台南、高雄両市落とし大票田の台南県でも辛勝で110万票差と読まれてゐた敗Ô